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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都豊島区を拠点に、東京23区で活動する中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。コンサルティングなどの仕事の実際の中身は守秘義務の関係で書くのが難しいため、書評が中心となっている点は何卒ご容赦あれ。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~


◆別館◆
こぼれ落ちたピース
所属組織など
◆個人事務所「シャイン経営研究所」◆ シャイン経営研究所ロゴ


(一社)東京都中小診断士協会一般社団法人東京都中小企業診断士協会
(城北支部執行委員、青年部長を務めています)

企業内診断士フォーラム(KSF)企業内診断士フォーラム
(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)

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 持病の悪化により、今年の3月に続いて再び入院することとなりました。皆様にはご心配をおかけして申し訳ございません。復帰は8月末~9月上旬の予定です。それまでは過去の記事をお楽しみいただければと思います。
2018年06月27日

エドガー・H・シャイン『キャリア・ダイナミクス』―今だったら「キャリア研修」のカリキュラムをこう設計する


キャリア・ダイナミクス―キャリアとは、生涯を通しての人間の生き方・表現である。キャリア・ダイナミクス―キャリアとは、生涯を通しての人間の生き方・表現である。
エドガー・H. シャイン 二村 敏子

白桃書房 1991-02-01

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 キャリア開発と組織文化に関する研究の第一人者であるエドガー・シャインの著書。以前の記事「横山哲夫編著『キャリア開発/キャリア・カウンセリング』―今までが組織重視だったからと言っていきなり個に振り子を振り過ぎ」で、日本のキャリア開発の現場では組織よりも個人の方が過剰に重視されていると書いたが、シャインも本書の中で同様の警告を発している。
 個人のキャリア計画が立てられようと立てられまいと、このような組織の計画は組織の有効性のために立てられなければならないと、初めから強調しておくことが重要である。キャリア計画の焦点が、最近、個人の計画を助けることにおかれすぎ、主要かつ本質的な組織活動としての人間資源の計画には、十分な注意が払われてきていない。
 実際のところ、あまりにも多くの人間資源計画が、長期目標の観点から効果的に機能したいとする組織の要求に関わるよりは、むしろシステムにいる現従業員たちの欲求に対する計画に関わりすぎるようになって、失敗している。
 私の前職は組織・人事関連のコンサルティングと企業向け教育研修サービスを提供するベンチャー企業であった。サービスのラインナップの中に「キャリア研修」があったのだが、シャインが提唱した「キャリア・アンカー」のアセスメントは著作権の問題で使えないという理由で、エニアグラムで代替的に自己理解を行い、研修参加者を取り巻く環境の理解については、手軽なフレームワークであるSWOT分析でお茶を濁して、結局はマインドマップで自分のやりたいことを自由に描いてみましょうという、非常に中身の薄いものであった。これではとても売れるはずがない。当時のマネジャーたちにはグーパンチをお見舞いしてやりたいものだ。

 今回の記事では、今だったら、私だったらキャリア研修のカリキュラムをこういうふうに設計するという案を披露したいと思う。ただし、読んでいただければお解りのように、キャリア開発は決してキャリア研修だけで完結するものではない。

 【研修前の準備】
 (1)組織文化を踏まえた戦略の立案と人員計画の策定
 企業が人的資源に関するニーズを明らかにするためには、まずは戦略を立てなければならない。しかも、以前の記事「DHBR2018年5月号『会社はどうすれば変われるのか』―戦略立案プロセスに組織文化の変革を組み込んで「漸次的改革」を達成する方法(試案)、他」で述べたように、戦略は組織文化と整合性が取れている必要がある。組織文化とは、価値観の集合体である。価値観とは、重要な意思決定を迫られた時の判断基準となるものである。自社の組織文化がどのようなものかを知るには、自社のこれまでの社史を紐解き、成功、あるいは失敗した事業・製品・サービス・施策・プロジェクト・取り組みなどを分析し、重要な意思決定のよりどころとなった価値観、あるいはよりどころとすべきだったと後から学習した価値観を記述する。

 組織風土と整合性の取れた戦略が立案できたら、その戦略の実現に向けた組織体制を設計する。そして、それぞれの部門の各ポジションに求められる人材要件を定義する。人事部は、社員の現在の保有能力を踏まえ、誰をどのポジションにつけるか計画を立てる。別の言い方をすれば、新しい組織のそれぞれのポジションに割り当てる候補者のプールを形成する。あるポジションの候補者が複数いるということは、社員の側から見れば、キャリア選択肢が複数になる人もいるということである。人事部がこの作業を行う上では、全社員の能力レベルを体系的に管理し、必要な時にすぐに参照できるデータベースを持っていることが前提となる。

 (2)今後のキャリア予定に関する上司と部下の面談
 人事部は(1)の人員計画を上司に伝え、その上司の下にいる部下がどのようなキャリアを歩む予定になっているのかを共有する。それを受けて、上司はそれぞれの部下と個別面談を行い、そのキャリア予定を部下に伝える。「我が社はこれからこのような戦略を実行する予定である。それに伴って、新しく○○という部門ができる。○○部門の○○ポジションには○○という能力が要求される。君が持っている○○という能力は一定のレベルにあり、○○という部門の○○というポジションでその能力を大きく伸ばすチャンスになるだろう」などといった形で部下と面談を行う。部下のキャリア予定が1本に絞り込まれておらず、人事部が複数の選択肢を検討している場合には、それらの選択肢の全てについて正直に部下に話す。

 【キャリア研修】
 (3)参加者を取り巻く環境の分析と自身に期待される役割の理解
 (2)の面談で今後のキャリア予定を伝えられた当事者は、ある程度自分に期待される役割を理解しているが、研修ではさらにその理解を深める。具体的には、自分が配属される予定の部門=外部環境の現況と今後の見通しから機会と脅威を分析すると同時に、内部環境である自分自身の強みと弱みを洗い出し、SWOT分析を行う。例えば、○○製品の営業部門に配属される見込みがある参加者は、○○製品の営業部門という外部環境、具体的には市場、競合他社、技術の動向などといった営業部門を取り巻く事業環境と、営業部門の人材、ノウハウ、IT、制度などといった営業部門の組織環境を分析すると同時に、営業担当者としての自分自身の強みと弱みを洗い出す。当事者に複数のキャリア選択肢がある場合、例えば営業部門か製造部門のどちらかに異動する予定である場合には、両部門についてSWOT分析を実施する。

 ただし、参加者にいきなりSWOT分析をさせるのは難しいため、部門別の外部環境に関する情報はあらかじめ人事部が準備する。参加者は人事部からのインプットに自分が知っている情報を追加し、SWOT分析を行って、自分に求められる役割をより具体的にイメージしていく。そして、グループワークで各々のSWOT分析の結果を共有し、外部環境や自身の強み・弱み、自分に期待される役割に関する認識について第三者からフィードバックを受ける。

 (4)自己の価値観の棚卸し
 (3)までは外部からの要求に対する理解であったのに対し、(4)は自己理解である。シャインは本書で、「自己(個人的な好み、趣味・余暇、社会的活動を想起するとよい)」、「仕事」、「家庭」という3つのキャリアを想定している。(1)で組織の価値観を明らかにしたように、(4)では当事者個人の価値観をあぶり出す。研修の現場では、前述のエニアグラムや「価値観カード」のようなツールが用いられることが多い。しかし、個人的には自己理解はキャリア開発の肝であり、簡易なツールに頼るべきではないと思う。面倒かもしれないが、今までの人生における重要な出来事を振り返って、「自己」、「仕事」、「家庭」それぞれに関する自分の価値観を考える。

 仕事に関する私の価値観は、以前の記事「私の仕事を支える10の価値観(これだけは譲れないというルール)(1)(2)(3)」で書いたことがある。価値観を整理するのが難しいと感じる場合には、リチャード・モリタ『これだっ!という「目標」を見つける本』(イーハトーヴフロンティア、2007年)の巻末についている273(!)の質問が役に立つだろう。価値観を棚卸した後は、参加者同士でその内容を共有する。ひょっとすると、自分は気づいていないが、第三者が感じ取っているその人の価値観というものがあるかもしれない。

 (5)自身に期待される役割と自己の価値観のコンフリクトの整理
 理想的なのは、組織文化と整合性の取れた戦略から導かれた役割が、当事者本人のニーズや価値観とも合致することである。人材要件という表面的なレベルではなく、価値観という深層的なレベルで合致しているから、当事者本人はすんなりと新しい役割へと移行することができるだろう。しかし、このようなケースは稀であることは想像に難くない。

 たいていは、自身に新しく期待される役割は、自分の価値観とコンフリクト(葛藤)を起こす。まず、「自己」、「仕事」、「家族」3つのキャリア全体を見渡して、価値観に優先順位をつける。次に、仮に自身に期待される新しい役割をそのまま受け入れた場合に、マイナスの影響を受ける価値観を特定する。そして、犠牲にしてもよい価値観と、犠牲にはしたくない重要な価値観を峻別する。解りやすい例で言えば、子どもが産まれたばかりで家族との時間を大切にしたいのに、地方への単身赴任を命じられる可能性があるケース(家族に関する価値観が新しい役割とコンフリクト)や、自分は様々な人と会うのが好きなのに、管理部門への異動を命じられる可能性があるケース(仕事に関する価値観が新しい役割とコンフリクト)などが挙げられる。

 (6)組織と個人のニーズの調和の模索
 シャインは本書の中で、企業と社員の間でコンフリクトが生じた場合には、双方のニーズを「調和」させることが重要であると繰り返し述べている。ただ、その「調和」というものが具体的に何を指しているのか、やや判然としない印象を受けた。
 蓄積しつつあるデータベースによれば、人びとは、自分の家族が新しい状況にうまく適応しないなら、あまり高いレベルでは職務を遂行しない。したがって、全体的な家族の態度を調べて、動かされたくない人びとを動かさないことが、明らかに、組織のためである。私は最近、次のように報告する多くの会社に出会った。すなわち、独身者は、配偶者や子どもたちと同じように地域社会に対して他に移せない愛着を抱くため、既婚者よりはるかに移動させにくい、と。組織はこうした問題をめぐって誠実に交渉し、たとえ人びとが移動を拒否しても彼らを不良とみなすのはやめるべきである。
 本書で「調和」の具体的な例として書かれているのはこれぐらいしか見当たらなかったのだが、これは果たして「調和」と言えるだろうか?企業と社員のうち、どちらか一方が自らの要求を100%取り下げ、他方の要求を完全に呑むことは調和とは言いがたい。これではWin-Loseの関係になってしまう。調和とは、双方がともに変化することで、第三の道を創造し、Win-WInの関係を構築することである。先ほど書いた、「子どもが産まれたばかりで家族との時間を大切にしたいのに、地方への単身赴任を命じられる可能性があるケース」では、例えば「出張ベースで仕事が回るように、業務手順やIT環境を変えてもらう」というのが調和の一例になるだろう。研修の最後には、各々が調和の道を模索し、その内容を共有して、相互にアドバイスを行う。

 【研修後のフォローアップ】
 (7)組織と個人のニーズの調和に関するキャリアカウンセリング
 受講者の中には、自分の価値観や、新しい役割と価値観とのコンフリクトがあまりにプライバシーにかかわることであるため、研修の中では明かしたくないという人もいるだろう。よって、(3)~(6)の研修は、あくまでも”練習”である。自分の価値観を棚卸し、新しく期待される役割とのコンフリクトを理解し、調和の道を模索する方法に慣れてもらうためのものである。(7)では、キャリアカウンセリングという、プライバシーが確保された空間の中で、より本音を開示できるようにする。カウンセラーは基本的に聞き役に徹するが、最後には調和の選択肢を示す必要がある。そのためには、組織の業務慣行、職務分掌、権力構造、企業風土、人事制度などに精通し、相談者の役割や相談者を取り巻く環境を柔軟に可変する想像力が求められる。

 (8)組織的課題の取りまとめと経営陣への報告
 カウンセラーは、様々な相談者の様々な調和のパターンに直面することになる。新しい戦略を実行するにあたって、社員側も変化するが企業側にも変化してほしいと思っていることがたくさんある。カウンセラーは、相談者の守秘義務に注意しつつ、調和のパターンから、企業が戦略を実行するにあたって組織的に取り組むべき課題を取りまとめ、経営陣に報告する。例えば、「生産性を上げる代わりに健康に配慮してほしい」という声が多ければ、法律で定められたストレスチェックに加えて独自のストレスチェックを実施する、「新しい戦略で野心的な業績目標を掲げるのはよいが、チームワークのよさを大事にしたい」という声が多ければ、過度に社内競争をあおらず、チームワークを評価する人事制度にする、といったことを経営陣に提案する。

 (9)戦略変更のニーズが強い場合の戦略見直し
 (8)は、企業が当初想定していた戦略を実行するにあたって、当初想定していた戦術を変更するパターンであるが、新しい役割を提示された社員が、自分の価値観に基づいて「もっとこういう製品・サービスを作りたい/売りたい」という強い思いを持っていることがある。それが単なる社員の願望ではなく、冷静な外部環境分析と自身の強みに基づいているのであれば、さらに同じ思いを持っている社員が多数存在するのであれば、経営陣は彼らの声に耳を傾ける価値がある。すなわち、ボトムアップでの戦略立案を認めるということである。この場合には戦略の練り直しになるから、再び(1)に戻って全てのプロセスをやり直さなければならない。

 以上が私の素案であるが、実際にはハードルが非常に高いと言わざるを得ない。第1に、人事部は必ずしも経営陣と十分な連携が取れておらず、従って戦略に十分精通しておらず、戦略とリンクした人員計画を持ってないということである。欠員が出たから中途採用する、現場が何人新人がほしいと言っているから今年は何人新卒を採用する、といったスタイルの人事部では、上記のキャリア開発は出発点でつまずいてしまう。第2に、マーケティング部や営業部が顧客データベースを充実させているのに比べると、人事部は全社員の能力に関するデータベースの構築が遅れている。よって、各社員のキャリアの予定を見通すことが難しい。

 第3に、仮に各社員のキャリア予定を見通すことができたとしても、それを上司を通じて本人に伝えることに多くの人事部は抵抗を示すであろう。ただでさえ人事情報は機密性が高いのに、可能性レベルの情報を伝えることはためらわれるに違いない。特に、本人のキャリア選択肢が複数検討されている場合には、それを本人に伝えることでかえって本人を当惑させてしまう恐れがある。しかし、この情報がないと、例えばある営業担当者がキャリア研修に参加して、本人はこの先も営業部門でキャリアを歩むものだと思ってワークショップに取り組んだのに、実は裏では人事部が彼を製造部門に異動させる予定を立てていたせいで、後になってせっかくワークショップで検討した内容が無に帰すという悲劇が起きることになる。

 第4に、キャリアカウンセラーが社員1人1人の働き方についてアドバイスできるほどに企業の諸事情に精通しており、かつ経営陣と緊密な関係が構築できていなければならない。カウンセラーが社内の人間であればまだよいが、社外の人間となると相当に難易度が上がる。最後に、キャリア開発とは結局のところ、全社員を巻き込んだ組織開発であり、経営陣の強いコミットメントが必要であるということである。キャリア研修がいまいち普及しないのは、そして、前職のベンチャー企業でキャリア研修が売れなかったのは、キャリア開発がこうした大掛かりな取り組みであることを理解せず、前述の(3)~(6)のみで安易に済ませようとしていたからだと思う。

 今までは企業が社員のキャリアパスを作り、社員はそれに従っていればよかった。ところが、企業の競争環境が不確実になったせいで企業がキャリアパスを示すことが困難になったため、社員が自律的にキャリアを開発しなければならない、と説明されることがある(私の前職のベンチャー企業もそう説明していた)。だが、上記で示したように実際には逆で、事業環境が不確実だからこそ企業は戦略を持たなければならないし、かつそれをはっきりと社員に提示する必要がある。欧米人は「私は1年後にはこうなり、3年後にはこうなり、5年後にはこうなる」と明確なキャリア目標を持っていると日本人は称賛する。しかし同時に、欧米人は企業に対して、「我が社は1年後にどうなっているのか?3年後にどうなっているのか?5年後にどうなっているのか?」と厳しく問うているのである。それに答えられない企業は、社員のリテンションに失敗する。

 もう1つ、日本企業に見られる勘違いは、キャリア開発では長期的なキャリアビジョンを持たなければならないと思われていることである(私の前職のベンチャー企業もそう思っていた)。だが、企業でさえ長期的なビジョンを持つことが難しくなっているのに、個人が10年後、20年後のビジョンを持つことはさらに難しい。むしろ、目まぐるしく変わる戦略に対して、自己の価値観から生じる欲求を認識し、企業と個人のニーズを調和させるという短期~中期的な視点が現実のキャリア開発の根幹をなすと考える。だから、ブログ別館の記事「佐藤厚『ホワイトカラーの世界―仕事とキャリアのスペクトラム』―PDCAサイクルからGDSA(Goal⇒Do⇒Support⇒Assess)サイクルへ」では、キャリア開発を次のように定義した。
 まず、一見バラバラに見える、仕事を中心とした過去の様々な経験について、上司、同僚、部下、その他企業や組織の関係者、さらには友人、家族など多様な人物を登場させつつ、自分なりに意味づけをすることによって筋の通った1つの物語を編纂し、自分は何者なのか(自分はどんな価値観を大切にしているのか、自分には何ができるのか、自分は何をしたいのか)という自己認識を持つこと。

 その上で、企業や組織を取り巻く環境の変化を把握し、周囲から中期的に期待されている役割を理解するとともに、個人的な問題や家族の問題との葛藤が生じた時、そこに自己認識の物語を照射し、納得のいく意思決定を下して、仕事を中心とする人生の中期的なビジョンを構想すること。
 キャリア開発で大切なのは、自己の価値観という幹をしっかりと持つことである。視点は未来に向けて長く設定するのではなく、過去に向けて長く設定するべきである。
2018年06月26日

『正論』2018年7月号『平和のイカサマ』―「利より義」で日本と朝鮮統一国家の関係を改善できるか壮大な実験を行うことになるだろう


正論2018年7月号 (向夏特大号 平和のイカサマ)正論2018年7月号 (向夏特大号 平和のイカサマ)

日本工業新聞社 2018-06-01

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 以前の記事「岡部達味『国際政治の分析枠組』―軍縮をしたければ、一旦は軍拡しなければならない、他」、「『北朝鮮”炎上”/日本国憲法施行70年/憲法、このままなら、どうなる?(『正論』2017年6月号)』―日本はアメリカへの過度の依存を改める時期に来ている」の内容を改めてまとめると、国家間の相互不信を原則とする国際政治の舞台においては、どの国も他国から侵略されるのではないかと恐れを抱いて自衛権を拡張する。だが、A国が他国からの侵略を過度に警戒する場合、A国の自衛権は過剰になる。専守防衛にとどまらず、いざとなれば他国を攻撃する能力を装備する。A国の動きを見た他の国は、A国の脅威から自国を守るために軍備を拡張する。他国の動きを警戒するA国は、さらに軍拡へと進む。こうして、各国は軍拡競争へと突入する。そして、A国と他国とが、このままでは本当に軍事衝突をしてしまうかもしれないというほどに軍事的緊張が高まった時、A国と他国との間で軍縮に向けた交渉が始まる。

 6月12日に史上初の米朝首脳会談が開催されたが、北朝鮮がそれまでの強硬な姿勢からアメリカとの対話路線に転換したのは、アメリカを中心とする国際社会からの「最大限の圧力」が功を奏したからだと言われる。だが、これは北朝鮮をどうしてもやっつけたい右派に特有の論理であり、実のところは、北朝鮮が「火星15」の完成によりアメリカ大陸の東海岸まで射程圏に収めたことで、アメリカ国内に現実的な恐怖が生じたからだと説明した方がしっくりくる。

 その米朝首脳会談をめぐっては、「完全で検証可能かつ不可逆的な非核化(CVID)」を求めるアメリカと、段階的な非核化を求める北朝鮮との間には相当の開きがあった。北朝鮮は約60の核弾頭と、約150の核兵器関連施設を有していると言われる。アメリカは当初これを半年ほどで全廃棄させると言っていたものの、それは土台無理な注文であり、国際的な交渉に特有の”ふっかけ”である。最初に無理な注文を突きつけておいて、それが無理ならではどうするのかと相手に迫るのがアメリカ(というか世界の普通の国全般)のやり方である。そもそも、完全なる非核化となると、核弾頭や核兵器関連施設を廃棄すれば済むわけではなく、核実験のデータの消去や、核兵器開発のノウハウを持った人材の封じ込めなど、難題が山積している。これらを踏まえれば、完全なる非核化には10年単位の時間がかかるのが当然であり、北朝鮮が求める段階的な非核化に落ち着くのは自然なことであると思われた。

 だが、誤算だったのは、非核化に向けた具体的な方法や工程表に一切踏み込むことなく、トランプ大統領が金正恩委員長に「体制の保証」を与えてしまったことである。さらに、米朝は急速に仲良くなっており、朝鮮戦争の終結も近いと言う。本来であれば、北朝鮮がアメリカの要求する形で非核化を段階的に進め、それに伴って徐々に経済制裁を緩めていき、北朝鮮の非核化が完全に実現した段階で体制の保証を与え、朝鮮戦争を終結させるべきである。ところが、体制の保証を先に与えてしまった以上、北朝鮮は優先度の低い核兵器関連施設をパフォーマンス的に爆破して非核化を進めていることをアピールしながら、体制を脅かすもの、すなわち在韓米軍の撤退を求めるに違いない。そのために、朝鮮戦争の終結を急ぐだろう。

 この状態を隣国の韓国はどう見ているのか?以前の記事「『正論』2018年5月号『策略の朝鮮半島/森友”改竄”の激震/新たなる皇帝の誕生・・・』―南北統一で「金氏朝鮮」が成立する可能性、他」では、北朝鮮主導による朝鮮半島統一の可能性について書いた。現在の文在寅大統領はウルトラ左派であり、韓国では全体主義化が進んでいるという。
 西岡:北と戦ってきた国家情報院の歴代院長が逮捕され、国情院のスパイ摘発部門を警察に移すといい、かつ国情院の過去の「積弊」を調査する集団のトップには民間人の左翼知識人を据えています。そのトップが国情院に乗り込んで秘密データベースにアクセスしています。文大統領の参謀たちの約半数は1980年代に地下活動をしたり、激しい学生運動のリーダーだったりした人たちです。
(古森義久、西岡力「トランプVS金正恩最終決戦」)
 文政権の成立後、韓国で全体主義独裁の狂風が吹きまくっている。「積弊清算」という名の人民裁判や魔女狩り式の右派静粛は、従来の権力闘争とは根本的に違い、階級闘争の形で進行している。近代国民国家形成のために主要先進国はすでに経験した混乱だが、韓国は21世紀にとんでもない混乱を経験している。文在寅政権の目的は体制変革、つまり自由民主主義体制と自由市場経済体制の破壊。この「ロウソク・主思派政権」が金正恩体制と共助して推進する左翼民衆革命は、中国が主導する現状変更戦略と共鳴している。
(洪熒「文在寅 自由の破壊 いよいよ韓国の赤化が始まった」)
 だから、韓国は北朝鮮による朝鮮半島統一を喜んで受け入れる。当然のことながら、米韓同盟は破棄され、朝鮮半島統一国家は中国寄りになる。この段階では、北朝鮮の非核化は完全に完了していない可能性がある。この危険な国家と日本は向き合っていかなければならないのである。日本と朝鮮半島統一国家の関係を、軍事評論家の兵頭二十八氏は「日本がイラクになって、朝鮮半島がイスラエルになるという構造だ」と指摘したそうだ(西尾幹二「政府に今、クギを刺す トランプに代わって、日本が自由と人権を語れ」)。唯一違うのは、イラクが反米、日本が親米であり、イスラエルが親米、朝鮮半島統一国家が反米であるという点である。

 私は、アメリカがこのようなシナリオを予想していないとは到底思えない。むしろ、韓国のことは諦めたのではないかと感じる。だから、米韓合同演習をあっさりと休止してしまった。アメリカとしては、朝鮮半島のいざこざに労力を費やすよりも、中東や中国との問題にエネルギーを注ぎたいというのが本音なのだろう。そして、朝鮮半島のことは日本に任せてしまう。これが、トランプ大統領による「体制の保証」の裏に隠されたメッセージではないかと思う。

 だが、「ネイション(民族)の境界線が国家の境界線であるべきである」という政治学者アーネスト・ゲルナーの言説に従えば、南北朝鮮が統一されるのはむしろ歓迎されるべきこととも言える。本来であれば、太平洋戦争で日本が敗戦した段階で、日本もドイツと同様に連合国によって分断統治される可能性があった。ところが、日本の敗戦によって空白地帯となった朝鮮半島にアメリカとソ連が侵攻して南北が分断され、朝鮮戦争へと発展した。

 なぜ朝鮮半島に空白地帯が生じたかと言えば、他ならぬ日韓併合のせいである。日本では、安重根は朝鮮総督府統監の伊藤博文を暗殺した”犯罪者”だと扱われているが、韓国人にとっては、テロリスト以下の扱いをされることが我慢ならないのだという。安重根は『東洋平和論』を著して、日本が東アジアを西洋列強の帝国主義から救ってくれると本気で信じていた。だから、日清戦争の時も、日露戦争の時も、朝鮮半島を戦場として提供した。ところが、両戦争に勝利した日本は、結局西洋列強と同じ統治を行った。それに憤った安重根は、伊藤博文暗殺という、政治的意図を持った”テロ行為”に出たというわけである。
 南北分断は、日本にはまったく責任はない。ソ連に条約を干渉しての対日参戦を促すために米国や中国など連合国がソ連に38度線以北を占領させたことから起きた問題であって、たとえば、日本敗戦から数年のうちに独立させるということであれば、南北分断も、朝鮮戦争も、とげとげしい日韓関係もなかったはずである。
(八幡和郎「南北朝鮮との新たなる歴史戦に備えろ!」)
 本号にはこのように南北分断に関する日本の責任を否定する記事もある。しかし、個人的には、日韓併合がもっと別のスマートな形で行われていれば、あるいは別の選択肢がとられていれば、現在にまで続く南北分断の悲劇は回避できたかもしれないと思う。その意味で、日本人は南北分断による民族の痛みに敏感にならなければならないし、仮に北朝鮮主導で朝鮮半島が統一されても、その統一国家と真正面から真摯に向き合う必要があると考える。

 朝鮮半島に誕生する新たな統一国家は、独裁政治を行う危険な国家でる。しかも、前述のように核兵器を保有しているかもしれないし、仮に核兵器を保有していなくても、いつでも核兵器を開発する能力を残している可能性のある国家である。このような国を目の前にして、国家間の相互不信を原則とするならば、日本は軍拡し、場合によっては核兵器の保有も辞さない覚悟が必要になるだろう。だがここで、私は敢えて違うアプローチを提案してみたい。

 私は、国内では相互信頼を原則とし、見返りを求めない利他的な精神が重要であるとしがら、国際政治の舞台では相互不信を原則とし、国家が利己的に振る舞うべきだというダブルスタンダードに長年苦しんできた(このような二重基準は、私が定期購読している『致知』にも見られる)。冒頭でも書いたように、相互不信に基づくアプローチは双方の国にとって負担が重い。こんなことを書くと私が左派に転向したのではないかと思われそうだが、朝鮮半島統一国家に対しても、信頼を原則としたアプローチを試してはどうか?具体的には、日本が新しい統一国家の経済的・社会的インフラに投資し、教育基盤を構築し、社会的な各種制度の整備を支援するというものである。見返りを求めずに、ただ朝鮮半島統一国家の発展を信じてこれらを実行する。

 これは、戦後の日本が東南アジア諸国に対して行ってきたことと同じである。右派はよく、日本は太平洋戦争で東南アジアを植民地支配から解放したと主張し、その結果として現在の東南アジア諸国には親日国が多いと言うが、これは正確ではない。日本軍は伝統的に兵站を軽視する傾向があり、物資を現地調達していた。地元民は食糧を日本軍に奪われ、また働き手として基地建設などにかり出された。さらに、日本軍が軍票(日本が作った現地通貨)を乱発したことで超インフレが起こり、約束されていた独立も一向に実現しない。地元民は、これなら欧米の支配の方がよかったと思い、反日運動に転じた。それを憲兵が弾圧すると、急進派が抗日武装して蜂起し、それが全国規模にまで広がって連合国軍と連携した。フィリピン、インドネシア、ビルマなどで見られたのはおおよそこのようなストーリーである。戦後、補償の一環としてODAを中心とした開発援助などを行うことで、東南アジア諸国は徐々に親日になっていった。

 もちろん、今度の相手は半世紀以上も日本への憎悪を膨らませてきた国であるから、一筋縄ではいかないだろう。左派は「対話」が重要だと言うが、私は対話という言葉につきまとうソフトなイメージが受け入れられない。対話は「議論」のアンチテーゼとして持ち出されることが多い。議論が論理的、線形的、算術的、合理的に行われるものであるとすれば、その反対に位置する対話は感情的、飛躍的、策略的、権力的に行われるものである。拉致問題、慰安婦問題などをめぐっては、今後もけんか腰の対話が続く。重要なのは、その間も継続して経済的・社会的支援を止めないということである。経済的・社会的支援を政治の駆け引きの道具にはしない。日本人のソフト・パワーは「勤勉に働く姿」である。それを朝鮮半島統一国家の人々に見てもらうことで、労働に価値を置く社会主義者である彼らの心を動かすものがあるかもしれない。

 これは言うなれば、右手で拳を振り上げながら左手で握手をする外交である。実は、これこそ小国同士の理想的な外交である。大国(私が本ブログで大国と言う場合、米独中ロの4か国を指す)は二項対立的な発想をし、敵味方をはっきりと分ける。ところが、国内も二項対立で対立している。例えば米ロ関係を見ると、両国は表面的には明確に対立している。しかし、アメリカ国内は反ロ派と親ロ派に、ロシア国内は反米派と親米派に分かれており、反ロ派と反米派が表で対立している裏で、親ロ派と親米派が手を握っている。例えるならば、ボクサーがリング上で殴り合っている裏で、両者のコーチがツーカーの仲になっているようなものである。こうすることによって、大国同士の決定的で破滅的な対決を防ぎ、両国の均衡を保っている。

 表面的に対立する大国は、国内のガス抜きをするために、同盟国である小国に代理戦争をさせる。中東が解りやすい例である。小国はリング上で殴り合うボクサーであるから、相手が倒れるまで徹底的に叩き潰す。一方で、自分が受けるダメージも相当なものになる。だから私は、小国は同盟国である大国にどっぷりと依存することに対して警告を発してきた。そうではなく、大国的な流儀を身につける必要がある。と言っても、大国のように資源が豊富にあるわけではないから、リング上ではボクサーに戦わせて、リングの下ではコーチが手を結ぶという真似はできない。小国はボクサーとコーチの役割を同時に担う必要がある。その結果生まれる外交スタイルが、右手で拳を振り上げながら左手で握手をする外交である。

 朝鮮半島統一国家への経済的・社会的支援であれば、日韓併合時代にも行ってきたではないかという批判もあるに違いない。確かに、警察制度は日本が作ったし、漢文をハングルで読めるようにしたのも日本人である。だが、当時の日本軍のやり方が、現地の人々のニーズに合っていたかどうかが問題である。山本七平は『一下級将校の見た帝国陸軍』の中で、日本軍は植民地のニーズを汲み取っておらず、そのために現地の反発を招いたと指摘している。

一下級将校の見た帝国陸軍 (文春文庫)一下級将校の見た帝国陸軍 (文春文庫)
山本 七平

文藝春秋 1987-08-01

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 だから、今度は朝鮮半島統一国家のニーズに合った形で支援を行う。言うなれば、明治40年代~昭和10年代をもう一度やり直すということである。新保祐司氏は、昭和10年代=明治70年代と位置づけた上で、次のように述べている。
 戦前の復活ではない。明治70年代の文明の復活なのです。このように、明治70年代の文明を否定していた戦後七十余年の日本文明は、本来の日本文明と言えるようなものではなかった。
(新保祐司「日本人は日本文明を保持する意思があるか」)
 そして、明治70年代の文明の特徴の1つとして、「美より義を優先する精神」を挙げている。この精神こそ、朝鮮半島統一国家に対して日本が発揮すべき精神である。松山藩の財政を立て直し、わずか8年で10万両(約300億円)の借財を10万両の蓄財に変えた山田方谷も、「義を明らかにして利を計らず」と述べている。朝鮮半島統一国家を支援すれば、積年の禍根は全て解消されてしかるべきだと期待してはならない。それは利己心の表れである。大半の支援は日本の徒労に終わるだけかもしれない。それを覚悟の上で支援し続ける。そして、仮に中国が朝鮮半島統一国家をけしかけて日本を攻撃せよと命じた場合、朝鮮半島統一国家がそれまでの日本の支援を思い返して攻撃をちょっとためらうようなことがあれば、それで十分である。

 私は、究極のウルトラCとして、アメリカが北朝鮮との国交を回復した後に、直ちに日本も北朝鮮と国交を回復するのもありだと考える。国交が回復すれば、北朝鮮に日本の大使館を置くことができる。すると、今まで入手が困難であった拉致被害者に関する情報が入手しやすくなる。政府は「拉致被害者全員の帰国」を目標としているが、実は「拉致被害者全員」とは誰のことを指すのか、誰も解っていないのだという(荒木和博「特定失踪者をウヤムヤにしてはならない」)。日本大使館の設置は、このような状況の改善の一歩につながる。また、日本政府としては、「拉致被害者全員の一括帰国」ばかりにこだわって交渉をするべきではない。交渉には幅を持たせるのが鉄則である。もちろん、表向きは「拉致被害者全員の一括帰国」を強弁するのは構わないが、その裏で複数の腹案を抱えていないのであれば、それは愚策である。
2018年06月24日

【み・らいず2の採用の秘密】なぜ若者は”み・らいず2”に集まるのか?(セミナーメモ書き)


福祉

 神奈川県よろず支援拠点のセミナー「人が集まる会社の秘密~みんなが幸せになる職場の作り方教えます~助成金を有効利用して、社内環境の整備、社員がいきいきと働ける職場作りをしませんか!」に参加してきた。第1部は「平成30年度業務改善助成金」についてであったが、第2部はNPO法人み・らいず2執行役員兼一般社団法人FACE to FUKUSHI事務局長を務める岩本恭典氏より、NPO法人み・らいず2の採用についてのお話があった。

 以下、セミナー内容のメモ書き。

 ・NPO法人み・らいず2は、大阪府、大阪府堺市、京都を拠点に、障害のある人、発達障害や不登校や引きこもりの子どもたち、高齢者への支援を行う団体である。「支援を必要としている人に支援を届け、必要な支援をつくり続けていくこと」をミッションとし、「だれもが、自分らしく地域で暮らせる社会」というビジョンの実現を目指して、育む事業(児童発達支援、大阪市不登校児童通所事業、課題早期発見フォローアップ事業)、学ぶ事業(個別学習塾・家庭教師派遣、放課後等デイサービス、堺市学習と居場所づくり支援事業)など6つの事業を展開している。正職員約30名、非正規職員約20名であり、直近の売上高は約3億円である。2012年より新卒採用を開始し、人手不足が特に深刻であると言われる福祉業界で、毎年一定数を採用している

 ・岩本氏は、「人材がほしいと思ってから採用活動をしているようでは遅い」と言う。み・らいず2の活動は、200~300人の学生ボランティアによっても支えられている。そのボランティアを募集するために、み・らいず2の職員が関西圏の各大学に対し、「講義の最後の5分だけでよいので、み・らいず2のPRをさせてください」と電話で依頼をしている。現在では、年間100校ぐらいを訪問しているそうだ。こうした地道な活動によって集まった学生ボランティアは、1年生のうちからみ・らいず2の活動にかかわっていれば、4年間みっちりとみ・らいず2の理念を叩き込まれることになる。その学生ボランティアのうち、2~3割が会社説明会に出席してくれている。

 最近、み・らいず2では中途採用も行うようになったが、一般的な中小企業と同じで、ハローワークに求人を出しただけでは満足な人材を採用することができない。そこで岩本氏は、学生ボランティアのネットワークを活用することができるのではないかと考えた。学生時代にみ・らいず2でボランティアをし、大企業に就職したものの、2~3年で退職してしまった人にアプローチする。彼らは既にみ・らいず2の理念も活動も十分に理解しているため、中途採用に至るケースがある。今後、こうした学生ボランティアのネットワークへのアプローチを強化する予定である。

 ・リクルーターから見ると、就職活動をしている学生は皆同じようなスーツを着て、同じような髪形をし、同じようなバッグを持っているため、見分けがつかない。そこで、学生の個性が見えるような工夫をしている。例えば、履歴書は一般の履歴書を使わず、「その人が写っている楽しそうな面白写真」を掲載する欄を設けたり、「好きな食べ物・その理由」、「好きな漫画・映画・本・小説などとその理由」を記入する欄を設けたりしている。以前は、「あなたをゴレンジャーに例えると何色ですか?」という質問欄を設けたこともあったそうだ。

 ・「2018年卒マイナビ学生就職モニター調査 3月の活動状況」によると、学生が企業を決める上で大切にしていることの第1位は「社員の人間関係がよい」ことである。また、「リクルートキャリア 就職白書2016」で、学生が企業を選ぶ時に最も重視した条件を見ると、就職活動が進むにつれて「一緒に働きたいと思える人がいるかどうか」が重視される傾向にある。

 よって、み・らいず2の新卒採用では、学生に「このNPO法人は雰囲気がよさそう」、「このNPO法人で働くと楽しそう」と思ってもらうことに重点を置いている。まずは【①】ブランディングに注力している。約5年に1度のペースで、パンフレット、ロゴ、名刺、HPを一新している。その費用は約500万円であり、売上高約3億円のNPO法人にとって決して軽くない。だが、働いた経験がない学生は、結局のところ見た目でしか判断できないので、見た目を重視している。

 とはいえ、デザイナーに丸投げするのではなく、職員たちが「自分たちのやりたいこと、事業にかける想い」を自由に語り、それをかっこよく表現してもらうようにオーダーを出している。また、自分たちのやりたいことは案外自分たちでも解っていないことから、デザイナーには職員から言葉を引き出してもらう役割も期待している。冒頭で、み・らいず2のビジョンは「だれもが、自分らしく地域で暮らせる社会」であると述べたが、当初は「だれもが、地域で当たり前に暮らせる社会」であった。ところが、「我々が目指すのは『当たり前』なのか?」という疑問が生じ、職員とデザイナーとの間で議論を深めた結果、「『自分らしく』地域で暮らせる社会」となった。

 5年に1度ブランディングを刷新すると、それまで築いてきたブランドがゼロに戻ってしまうのではないかという質問が参加者から出たが、岩本氏は「み・らいず2のやっていること、核心は変わらないが、それが社会からどのように認識されるかは変わる。だから、社会の認識に合わせる必要がある」と語った。また、ブランディングを定期的に見直すことで、対外的にも対内的にも、「この法人は攻めている」という印象を与えることができるとのことであった。

 次に、【②】①のブランディングと関連するが、会社説明会ではとにかく「楽しそうな動画」を流すことである。アップテンポの音楽と笑顔の写真を組み合わせて会社説明の動画を制作する。プロに依頼しなくても、Windows Movie Makerでそれなりの動画は作れる。セミナーではその動画も紹介されたが、岩本氏は「これを見ても、み・らいず2が何の事業をやっているか解らない。我々にも解らないのだから、学生が見たらもっと解らない」と自虐的に語っていた(笑)。だが、楽しそうな雰囲気が伝わることが重要であり、その点でこの動画が果たす役割は大きい。

 【③】①②だけを読むと、中身を軽視して上辺だけを綺麗に整えているように思えるが、実際には中身の作りこみも行っている。み・らいず2では、新卒採用を若手職員に任せている。学生と若手職員は距離が近いため、学生には親しみを持ってもらえるし、入職後の仕事のイメージも湧きやすい。また、会社説明会では、若手職員が自分の仕事やキャリア、み・らいず2の理念を思い思いに語る機会が多い。上層部が理念などを画一的に語るより、若手職員が多少表現に粗があったとしても自分で考えた言葉で語る方が、学生の共感を呼びやすい。最近の学生は、理念、事業内容、製品・サービスよりも「どんな人と働くことになるのか」をよく見ている。

 ・み・らいず2では、ペルソナ」を設定することで、ターゲットとなる学生増を具体化している。漠然と「中小企業への就職を希望する学生を採りたい」と考えるよりも、「理系出身で、地元の中小企業への就職を希望している学生を採りたい」と考えると、学生のニーズがより具体化される。前者であれば、「経営は安定しているか」、「業績は成長しているか」、「給与は年々上昇するか」といった程度のニーズしか想定できないが、後者になると「大学の選考で学んだことが活かせるか」、「転勤はないか」、「研究開発や新製品開発に積極的に投資しているか」、「エンジニア、設計開発者、研究職としてのキャリアパスはあるか」などといったニーズが想定される。ニーズが明らかになったら、そのニーズに合わせて企業側が適切な情報を発信する。

 ここで、「メリット」と「ベネフィット」を区別することが重要だと岩本氏は指摘する。メリットとは、顧客にとってプラスに働く製品・サービスの特徴のことであり、採用の場面で言えば、学生にとってプラスに働く企業の特徴である。一方、ベネフィットとは、顧客が製品・サービスから得られる満足感や将来の期待感のことであり、採用の場面で言えば、学生が企業から得られる満足感や将来の期待感である。メリットは企業目線に立っているのに対し、ベネフィットは顧客(学生)目線に立っているという違いがある。企業は往々にしてメリットを強調するが、仕事経験がない学生は、そのメリットをベネフィットに転換することが難しい。そこで、企業側があらかじめその転換を済ませておくことがポイントである。例えば、以下のように転換する。

 「研修制度が充実しています」⇒「資格を持っていなくても、働いてから資格が取れます」
 「社員の仲がよいです」⇒「困った時に親身になって相談に乗ってくれます」
 「産休・育休制度が整っています」⇒「子どもを産んでも働き続けられます」

 メリットをベネフィットに転換することで、学生はその企業で働く姿を具体的にイメージすることができ、働く上での不安を減殺し、企業から得られる利益を明確に認識することができる。

 ここからは私見。ペルソナはマーケティングでは有効だと言われているが、採用、とりわけ新卒採用においても有効かどうかは個人的には疑問である。マーケティングの世界では、製品・サービスの寿命が短くなっているから、新製品・サービスを開発するたびにペルソナを設定し、ターゲット顧客に確実に製品・サービスを提供して計画通りの収益を上げることが求められる。

 だが、新卒採用で入社した社員は、長くその組織で働くことが期待されている。採用の段階でペルソナを狭く設定すると、入社後に事業内容が変更になった時に、新しい事業が求める人材像と採用時のペルソナがミスマッチを起こす恐れがある。み・らいず2では、職員の「やりたい」という気持ちを重視しており、次々と新しい事業が生まれるというから、この点はなおさら心配である。新卒採用の段階では、「素直である」、「責任感がある」、「協調性がある」、「柔軟である」といった基本特性に注目すれば十分ではないかと考える(もっとも、ブログ別館の記事「『新しい産業革命―デジタルが破壊する経営論理(『一橋ビジネスレビュー』2016年AUT.第64巻2号)』」では、ターゲットを絞ってセンターピンを狙った方がかえって製品・サービスが多角化すると書いており、人材育成でも同じことがあてはまる可能性が全くないとも言えないが)。

 もう1つつけ加えると、ペルソナを具体的に設定しているということは、それがそのまま応募者をスクリーニングする基準になるはずだが、み・らいず2では今のところそのような選別を行っていないそうだ。現状では、面接官が勘によって、「一緒に働きたい人」を選んでいる。それはそれで重要であるものの、採用する人材が同質化するという課題を抱えている。異質な人材を受け入れるためには評価基準を明確に定める必要があると認識しているところだそうだ。同じことは、入社後の職員の評価についても言える。現在は明確な評価基準がない。辞めていく職員を見ていると、み・らいず2のお祭り・サークルのような雰囲気に何となく合わない人が多い。すると、残った人が同質化していくという課題に直面する。

 ・み・らいず2は「雰囲気のよさ」を学生にアピールしている一方、実際には福祉業界の仕事は3Kと呼ばれるように、よいことばかりではない。入職後のリアリティ・ショックを防ぐために、学生に対してはよい面も悪い面もありのままに伝えるように心がけている。これを採用の世界では"Realistic Job Preview(現実的な仕事情報の事前開示)"と呼ぶ。元々は大企業向けに提唱されたコンセプトであり、殺到する応募者を初期段階でスクリーニングするために、自社の悪い点も正直に告白することが推奨されているというものである。ところが、み・らいず2や中小企業が大企業の真似をすると、誰も応募してこなくなる。そこで、み・らいず2では、選考プロセスの中盤から終盤にかけて、悪い情報を伝えるようにしている。その際、単に「こういう悪い点がある」と言うのではなく、「現在はこういう課題を抱えているが、課題解決に向けてこのようなことを行っている」、「一緒に課題解決をしてほしい」と伝えている。

 ・み・らいず2は、特に採用難と言われる福祉業界で、毎年新卒採用に成功しているという実績があるから、私が何かを指摘するのははなはだおこがましいのだが、最後にセミナーを聞いてみ・らいず2が抱えているであろう課題を挙げてみたいと思う。

 ①事業戦略の明確化=障害者は人口に対する割合がほぼ決まっており、突然増えたり減ったりはしない。その点で、市場規模は予測しやすいと言える。み・らいず2が中長期的にどの地域までカバーしたいのか、その地域では障害者支援サービスがどの程度充実しているのか、不足しているサービスをみ・らいず2が提供できるのかといったことを検討していくと、将来のみ・らいずの売上目標が見え、それに伴って必要な組織規模も判明する。その組織規模と現状とのギャップを明らかにし、その差を埋める施策を展開するという戦略的な活動が求められる。

 ②業務プロセスの標準化=職員がやりたいことを優先して次々と事業が立ち上がっているということだが、ややもすると業務が属人化している可能性がある。障害者支援の場合、例えば1時間サービスを提供するといくらの収入が得られるかは法律などによって定まっている。福祉業界に携わる人は奉仕の気持ちが強く、目の前の顧客のために採算を度外視してまでもサービスを提供しようとする傾向がある。しかし、NPO法人として安定的な収益を確保するためには、業務プロセスをある程度標準化することも必要になるだろう。

 ③行動規範の策定=み・らいず2にはミッション、ビジョンはある反面、バリュー(行動規範)がない。今までは「雰囲気重視」で皆仕事をしてきたものの、み・らいず2がミッションやビジョンを達成する上で、それぞれの職員が従うべき行動規範や価値観を明らかにすることが欠かせない。その行動規範・価値観は、採用時のスクリーニングや、職員評価の基準にもなる。もっとも、全職員が完全に同じ価値観を持つ必要はない。それでは、現在み・らいず2が直面している同質化と同じである。理想は、基本的な価値観は共有しているが、それ以外にも各職員が固有の価値観も持っているという状態である。端的に言えば「半同質/半異質」である。異質な価値観の衝突は緊張をもたらすけれども、同時に貴重な創発的学習の契機となる。

 ④スキルマップの策定と戦略的なジョブローテーション=み・らいず2の職員としてどのような能力を習得する必要があるのかを明らかにしなければならない。その人材要件に基づいて、それぞれの職員の現在の能力レベルをマッピングする。同時に、み・らいず2のそれぞれの事業内の各ポジションでは、どのような能力を習得することができるかを整理する。これらの情報に基づいて、職員1人1人が望ましい能力を習得するために、どの事業のどのポジションを順番に経験していけばよいのかというキャリアパスを描く。日本のキャリア開発の現場ではどうも、社員が自分のやりたいことを自由に構想すればよいと思われている節がある。しかし、本当のキャリア開発とは、組織の側が個人に期待するキャリアを提示することから始まり、それに対して個人が自分の欲求や家庭の事情などを踏まえてどう考えるかを議論するものである。

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