2013年07月19日
『起業に学ぶ(DHBR2013年8月号)』―製品が先か、営業が先か?
Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2013年 08月号 [雑誌] ダイヤモンド社 2013-07-10 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
DeNAの南場智子氏、元ライブドア社長の堀江貴文氏のインタビューが収録されており、興味深い特集となっている。DHBRの特集は、日本人が多く登場する時はたいてい面白い(海外の論文は、時にコンセプチュアルすぎて、実践に活かしにくい印象がある)。
さて本題。日本では90年代から一貫して廃業率が開業率を上回り(『中小企業白書(2013年度版)』を参照)、長期的に見ても開業率の下落傾向が見られるが(『中小企業白書(2007年度版)』を参照)、海外では昨今、起業家の研究が盛んなようだ。その中でも、トヨタの「リーン生産方式」に倣って「リーン・スタートアップ」と名づけられた起業のメソッドが注目されているという。リーン・スタートアップでは、完璧な事業計画の作成を目指さずに、仮説と検証を繰り返し、戦略やビジネスモデルを”学習する”ことが推奨される。極端な話になると、製品を作るよりも前に顧客を作れ、というアドバイスも出てくる。
インタビュー対象者のうち、製品開発が完了するのを待って見込み客に意見を求めた者が半数を超えていた。後から振り返り、ほとんどの起業家はこのことを過ちだったと考えていた。これは、エリック・リースが提唱する「リーン・スタートアップ」哲学の「初日から見込み客に会う」というモットーとも一致する。(中略)ただ、製品がゼロの段階で顧客を作ることに対して懐疑的な姿勢を見せる人もいる。ウェブブラウザ「ネットスケープ」の開発者であり、現在はベンチャーキャピタルを経営しているマーク・アンドリーセンは、ドットコムバブルの時代を振り返ってこのように述べている。
ある起業家からは、「買い手がつくまで何もつくるな」というアドバイスもあった。「時間と労力を注ぎ込みすぎる前に、相手を本気で買う気にさせなければならないのだ。
(ビンセント・オニェマー、マーサ・リベラ・ペスケーラ、アブドゥル・アリ「起業家が使うべき営業フレームワーク 製品をつくる前に顧客を訪ねよ」)
地元のあるVCは、99年に2つのモットーを掲げました。1つは「ビッグになるか、あきらめて故郷に帰るかだ」。もう1つは「細かいことはどうでもいい。契約がすべてだ」です。2つ目のモットーのせいで、彼らは苦境に陥りました。投資先に実質を伴わないベンチャー企業がいくつかあったからです。それらの企業は、ほとんどプレス・リリースだけでIPOまでたどり着いたのです。(マーク・アンドリーセン「伝説のネット企業創業者が語る 【インタビュー】スタートアップ企業が目指すべきこと」)バブルの崩壊を経験したアンドリーセンの助言は、いたってシンプルだ。
現在のスタートアップの方法論は、それとは基本的に正反対です。重要なことはただ1つ、まともな商品をつくること。人々に求められ、使われ、愛され、対価を払ってもらえる商品を開発してから、それ以外のことをせよ、ということです。結局のところ、スタートアップ時には製品が先なのか、営業が先なのか?という問いにたどり着くわけだが、日本の場合はある程度製品ができ上がっていなければ厳しいと思う。三現主義(現地、現場、現物)という原則にも表れているように、日本人は実際に自分の目で見て確かめることを重視する。トヨタが「見える化」という言葉を作って、瞬く間に他の企業にも広まったが、「見える化」とは見えないことを極度に恐れる日本人のための方策だと言える。
(同上)
このように、日本人は現物を目にしないと判断ができない。従って、スタートアップの段階で、ある程度完成された製品を用意する必要がある。ただし、完全を求める必要はない。見込み顧客から製品改良のための有益なフィードバックが得られるレベルに達していればよい。そのパーセンテージは、感覚的に60%ぐらいといったところだろうか?日本人とは対照的に、西欧人はコンセプチュアルな思考が得意だから、製品の完成度が低く、アイデアベースの話しかなくても程度理解してくれるだろう。20~40%ぐらいの出来であっても、顧客を作ることが可能かもしれない。リーン・スタートアップには、「実用最小限の製品(MVP:minimum valuable product)」という考え方があるみたいだが、その「最小限」のレベル感は、日本と海外で大きく異なると考えられる。
「ベンチャー失敗の教訓」シリーズの記事「【第22回】明確な成果物を顧客に提示できないビジネス」とも関連するが、前職の会社では研修やコンサルティングという解りにくいサービスを提供していたので、提案段階でサービスの中身を具体的にイメージしてもらうのに苦労した。コンセプチュアルスキルを重視する外資のコンサルティングファームの出身者が多かったことから、提案書もコンセプトレベルのみで、具体的な中身に踏み込まないことが多かった。外資のコンサルティングファームにいた頃は、ネームバリューもあってそれでも通用したのかもしれないが、無名のベンチャー企業がそれで勝負するのはあまりに無謀であった。
商談で相手からサービスの中身を見せてほしいと言われた時、研修サービスであれば研修テキストを見せるのだが、それでも相手にはイメージが湧かないようだった。よく考えればこれは当然の話で、研修テキストはテキストだけを通読しても内容が理解できるようには作られていない(テキストだけで完結するのであれば、市販の書籍と何ら変わらない)。研修当日の講師の話やグループワークの成果物を補完することで、初めて内容に一貫性が出てくるよう設計されている。従って、相手にサービスのイメージを持ってもらう最善の方法は、研修の一部分を実際に受講してもらうことだったのではないかと思う。
コンサルティングの場合は、成果物のサンプルを見せてほしいという要求が圧倒的に多かった。外資のコンサルティングファームにはナレッジデータベースが完備されており、過去の成果物が保管されている。提案書を書く時には、成果物から機密情報を削除したものをサンプルとして添付していたという。ところが、ベンチャー企業の場合は実績がないわけだから、データベースもない。しかも、外資のコンサルティングファームにいた頃とは違う分野のコンサルティングをやろうとしていたため、成果物のサンプルの作りようがなかった。その結果、成果物のサンプルがない⇒受注できない⇒実績が積めない⇒次の提案ができないという悪循環に陥っていた。
前職の会社は、提供サービスがMVPの水準に達していなかった例である。これに対して、最近はMVPの水準を上回りすぎている例に出くわした。あるベンチャー企業がWebを使った新サービスを開発したのだが、技術の用途や販売先としてどのようなものが考えられるか相談に乗ってほしいと話を持ちかけてきた。確かに技術は優れており、Webでここまでできるのかと思わせるものがあった。私を含む中小企業診断士数名でチームを組んであれこれとアイデア出しを行い、見込み顧客リストを作成した。そして、社長自身が見込み顧客にアプローチすることになった。
数日後、社長から進捗報告のメールがあったが、リストの中の数社に当たっただけで営業活動を断念したとのことだった。社長は、自分に足りないのは技術力だと思ったらしく、メールには「プログラミングのスキルをもっと上げたい」と書かれていた。もっとたくさんの見込み顧客にアプローチするのが先ではないか?技術の応用の可能性がいろいろとあるのだから、幅広い業界の見込み顧客に会ってみるべきではないのか?というのが診断士の一致した見解であった。
見込み顧客に会う場合、私は下手に大企業を狙うよりも、中堅企業を狙った方が効果的ではないかと考える。確かに、無名の会社が大企業から受注できれば資金的にも安心だし、大企業に自社製品を導入したという実績もできる。しかし、リスク回避的な大企業は完璧な製品を求めるきらいがあり、ベンチャー企業が中途半端な製品を持って行っても弾かれる可能性が大きい。また、大企業は毎日あらゆるベンダーから提案を受けており、内部の稟議プロセスも多層かつ複雑であるから、他社の提案を押しのけて自社の提案を稟議に乗せてもらうだけでも大変である。
大企業に比べると、中堅企業はあまりお金にならないかもしれない。だが、大企業ほど稟議プロセスが複雑でない中堅企業ならば、キーパーソンに会える確率は高い。キーパーソンに会えれば、製品に対する意見も期待できる。こういう言い方はやや語弊があるが、中堅企業のキーパーソンは大企業のキーパーソンに比べると話し方が直観的である。しかし、その直観こそが重要であり、例え支離滅裂であっても、ああだこうだと主観を言ってもらえると、こちらが気づかなかった視点を発見できて非常に勉強になる。中堅企業は、お金にはならなくても知恵になるのである。