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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2013年04月04日

「必ず解がある数学は、解のない実世界には役立たない」という意見へのちょっとした反論(2)


 (前回の続き)

(3)手始めにいくつかケースを試してみると、道筋が見えてくる
 全く法則が見つからない場合でも、いくつかのケースを試してみると、規則性が見えてくることがある。高校数学では、数列や場合の数、確率などの問題でこうした手法が有効だ。ここでもまた、今年の京都大学の入試問題を見てみよう。

2013年京都大学数学(理系)第2問

2013年京都大学数学(理系)第2問_解答

 数列の定義が入り組んでおり、普通のやり方では一般項を導くことができない。そこで、n=1、2、3、4・・・の場合を実際に計算してみる。すると、n≧3の時は、一般項は「2N-n+1-1」(つまり、全て奇数)だと予測できる。ただ、「2N-n+1-1」は徐々に減少していく整数であり、最後は「20-1=0」、すなわち偶数となる点に注意が必要だ。一般項が上記の式で表されるのは、n=Nの時までである。よって、3≦n≦Nの時は一般項が「2N-n+1-1」となると予測して、数学的帰納法を用いてこれを証明している。

 では、n≧N+1ではどうなるかというと、n=N+1の時は先ほど述べたように0(偶数)となり、ここで奇数と偶数が入れ替わる。与件に従えば、n=N+2の時も0であり、実はこれ以降全ての項が0となる。従って、n=1からn=Mまでの和を求めると、Mがどんな数であれ、和が最大となるのはn=1からn=Nまでの和であるから、これを求めて与えられた不等式を証明すればよい。

 ビジネスにおいても、実験は重要だ。アマゾンはサイト訪問者のユーザビリティを高め、購買意思決定を手助けするために、幾度となくサイトデザインを変え、何千回も実験をしていることで有名だ。また、P&Gも新製品を発売する前には、自社が持つ仮想店舗で競合他社の製品と一緒に新製品を陳列し、どこに製品を置けば、どんなパッケージにすれば、どんな店頭プロモーションを打てば、価格はいくらに設定すれば、顧客が競合他社ではなく自社の製品を選択してくれるのか?という問いに答えるべく実験を行っている。

 流行に左右されやすく、顧客のニーズを読みづらいファッション業界で高い競争力を持つ企業は、実験を得意としている。GAPは新製品の発表後数週間で売れ筋を見極め、死に筋の生産をストップして売れ筋のみに特化する。乱暴な言い方をすれば、顧客ニーズを予測して製品開発をするのではなく、「出たとこ勝負」で売れたものだけを作るというスタイルを確立している。

 日本企業でGAPの実験的手法と似ているのが、子供服の西松屋だ。西松屋は新製品を発売する際、夏物は2月ごろに沖縄の店舗で、冬物は9月ごろに北海道で先行販売する。そして、沖縄や北海道で売れたものだけを全国で販売する。日本中で最初に暑くなる沖縄で売れたものが今年の夏の流行に、日本中で最初に寒くなる北海道で売れたものが今年の冬の流行になる、というのが西松屋の考え方なのだ。このように、前例や効果的な原理・原則がなくお手上げだという状況でも、少しずつ実験を行って事実を集めていけば、一定の法則が発見できるものである。

(4)与えられた条件を自分に有利なものに変えることで、状況を打開する
 幾何学の問題で、図形に補助線を引いたら解決の方向性が見えた、という経験をした人は多いだろう。高校数学では、座標平面の図形の問題をベクトルで解いたり、複素数平面で解いたりすると、案外すんなりといく場合がある。さらに、ベクトルと複素数も相互に行ったり来たりすることが比較的容易であり、ベクトルの問題を複素数平面で、複素数平面の問題をベクトルで解いたりすることもある。このように、所与の条件を変えることで、問題を解きやすくする発想力が数学ではモノを言う。例えば、次の問題を考えてみよう。
A(2, 1)、B(4, 3)とするとき、△ABCが正三角形となるように頂点Cの座標を求めよ。
(「複素数の割り算のちょっとした小手技」より)

座標平面と複素数平面

 これを座標平面のまま解く場合は、C(x, y)とおいて、x と y の2次方程式に持ち込む。だが、計算が少々面倒だ。そんなことをしなくても、複素数平面に置き換えてしまえば、別解のように簡単に計算することができる(なお、リンク先では解答がC(3-√3, 2+√3)のみとなっているが、Cが直線ABより下にある場合も考えられるので、(3+√3, 2-√3)も解に含めなければならない)。

 経営においては、自社を取り巻く経営環境を、自社の力が及ばないものととらえると、環境変化に対して受動的な戦略しか取れなくなる。そうではなく、先進的な企業は、事業環境を自らの力で変える、換言すれば、ゲームのルールを変えてしまうことで、活路を見出している。そのような取り組みは、業界地図をがらりと書き換えてしまうイノベーションとなる。

 今でこそHPに押され気味で経営難に陥っているデルだが、マイケル・デルが会社を立ち上げた時には、パソコン業界のルールが一変した。それまでパソコンは、部品製造から最終組立まで全ての工程が垂直統合されているのが当たり前だった。ところが、マイケル・デルが自宅のガレージで市販のパソコンを分解したところ、売価に対して原価が非常に低いことが解った。

 そこで、「メーカーから必要な部品をかき集めて自分で組み立てれば、今までよりもはるかに安い価格でパソコンを提供できるのではないか?」と考えた。こうしてでき上がったのが、BTO(build to order)のビジネスモデルである。デルの登場によって、パソコン業界ではアンバンドリング(デカップリングとも言う)が加速した。パソコン製造のバリューチェーンはバラバラになり、それぞれの部品に特化した専門企業が登場した。

 イノベーションと言えば真っ先に名前が挙がるアップルも、業界のルールを変えるのが得意である。iPod/iTunesが登場する前までは、「音楽はアルバム単位で買うもの」という認識がレコード会社にもユーザにも根づいていた。アップルはこのルールに対して挑戦状を叩きつけ、「アルバムの中の曲を1曲ずつ買いたいユーザが実は多いのではないか?」という仮説を立てた。そして、スティーブ・ジョブズがレコード会社を直々に説得して、アルバムの”分解”を認めさせたのである。iPodの成功は、iTunesの成功なしには語れない。アップルの仮説は当たっていたわけだ。

 ゲームのルールを変える企業は、次の問いについて絶えず考えている。「この業界を長年に渡って支配しているルールは何か?」、「そのルールを自社の力で変えることは可能か?」、「ルールの変更は顧客にどのような付加価値をもたらすか?」、「ルールの変更によって我が社はどのくらいの便益を受けられるか?」イノベーションを起こすためには、常識を疑う力が必要だ。

(5)鮮やかな別解で、一気に時間を節約する(競争相手を大きくリードする)
 (4)と似ているが、(5)はもっとドラスティックな手法である。数学の問題の中には、一般的な解き方でも十分対応できるものの、時に別の分野の公式や定理を使うと、驚くほど簡単かつ鮮やかに解にたどり着けることがある。例えば、以下のベクトルの問題がそうだ。

 通常この問題は、ベクトルOPを2通りで表して、係数を比較するという方法を取る。だが、ページ最下部にあるように、幾何学における「メネラウスの定理」を知っていると、ベクトルを使わなくても、ベクトルを使うよりはるかに早く解答することが可能だ。「メネラウスの定理」は、高校数学の中ではあまりメジャーな定理とは言えないが(下図で書かれているように、教科書の編者が取り上げたがらない)、これを知っているのとそうでないのとでは、テストで大きな差が出る。

ベクトルとメネラウスの定理

 (※)岡部恒治、数研出版編集部『もういちど読む数研の高校数学 第1巻』(数研出版、2011年)より。

もういちど読む数研の高校数学 第1巻もういちど読む数研の高校数学 第1巻
岡部恒治 数研出版編集部

数研出版 2011-04-26

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 経営においても、「自社しか知らない独自の法則」を使って、競合他社が思いつかないような利益創出ストーリーが描けると非常に有利である。今はスピードが命の時代だから、利益創出のタイミングを早められる独自の原則は、強力な競争優位をもたらす。

 先日、日本電産の永守社長の下で働いたことがある元役員の方からお話をうかがう機会があったのだが、M&Aで急成長を遂げた日本電産は、買収企業の企業価値算定を絶対に公認会計士に丸投げしないそうだ。永守社長自らが数字を1つ1つチェックして、適正な買収価格を設定する。そこには、永守社長なりの「企業価値算定の方程式」が働いている。だから、高値づかみをすることがなく、投資回収を早めることができるという。

 また、日本電産が買収した企業では、まず5S(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)を徹底する。日本電産は現場の5Sを採点する独自の評価体系を持っており、「5Sの得点が60点を超えれば黒字を出せる」というのが永守社長の持論である(買収したての企業は、10点、20点という低い得点になることが大半らしい)。ここにも、永守社長しか知らない独自の公式が存在する。

 以上、数学と経営の共通点を私なりに5つまとめてみた。ビジネスの世界では論理的思考が流行ったり廃れたりを繰り返しているが、数学は論理的思考力を鍛えるのに優れた学問だと思う。だから、安易な「数学不要論」に流されてほしくないし、また今の子どもたちには、「どうせ数学なんて将来使わないから」という理由で数学嫌いにならないでほしいと願っている。
2013年04月02日

「必ず解がある数学は、解のない実世界には役立たない」という意見へのちょっとした反論(1)


 「必ず解が1通りに定まる数学は、解が1通りに定まらない現実の世界では役に立たない」と言われることがある。最近も、「IQの高い人は、問題に対して必ず答えがある予定調和の世界で力を発揮する。その反面、環境の変化に直面すると応用がきかない面がある」といったことが書かれている本を見かけた(※1)。しかし私は、数学は経営に必要な論理的思考法を養うのにうってつけだと思っている(興味深いことに、『大学への数学』2013年4月号の巻頭にも、トヨタの張富士夫氏をはじめ、経営のトップリーダーたちが数学と経営の関係についてコメントした内容が掲載されていた)。その理由を5つほど挙げてみたいと思う。

大学への数学 2013年 04月号 [雑誌]大学への数学 2013年 04月号 [雑誌]

東京出版 2013-03-19

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(1)原理・原則を駆使しながら、望ましい状態へと至るストーリーを描く
 数学は、公式や定理、汎用的な解法をうまく組み合わせて、論理的に解を導く作業である。例えば、今年の京都大学の入試問題(理系)を見てみよう。

2013年京都大学入試問題(数学・理系)
京都大学入試問題(数学・理系)_解答

 この問題を解くには、数式の除法、2次方程式における解と係数の関係、数学的帰納法、背理法、素数に関する知識を組み合わせる必要がある。これだけ幅広い分野にまたがる問題を出すあたりは、さすが京大という感じだ。だが、逆に言えば、高校で学習する公式や定理を使えば、全ての問題は必ず解けるようにできている(そうでない問題は、学習指導要領を超えた悪問である)。数学の得意・不得意は、解に至る一連のストーリーをどうデザインするかにかかっている。

 経営にもいくつかの原理・原則、定石と呼ばれるものがある。事業戦略の鉄則、資金調達の鉄則、マーケティングの鉄則、イノベーションの鉄則、組織デザインの鉄則、人材マネジメントの鉄則、調達の鉄則、物流の鉄則、生産管理の鉄則、在庫管理の鉄則、ITガバナンスの鉄則など、経営学者が学術的に明らかにしたものや、経営者やコンサルタント、実務家たちが経験則的に定式化したものが数多く存在する。

 これらをどのように組み合わせて、「持続的な利益の創出」という企業の目標を達成するのか?(ドラッカー流に言えば、「顧客の創造」という事業の目的をどのように達成するのか?)を考えなければならない。これはまさに、数学的思考と同じである。数学と違うのは、数学の公式や定理は100%正しいのに対し、経営の原理・原則は必ずしも100%正しいとは限らないということである。そのため、使える原理・原則とそうでないものを慎重に見極めながら、確度の高い利益創出ストーリーを描くことが求められる(※2)。

(2)既存の原理・原則を組み合わせると、新しい原理・原則が生まれる
 数学では、簡単な公式や定理を組み合わせることで、別の公式や定理が導かれる。新しい公式や定理を使えば、より複雑な問題が解けるようになる。例えば、三角比(正弦・余弦・正接)の基本的な定義を応用すると、以下のように「正弦定理」や「余弦定理」が導かれる。ここまでは数学Ⅰの範囲だが、数学Ⅱになると余弦定理を応用して「加法定理」が導かれる。

正弦定理
余弦定理
加法定理
加法定理の証明

(『チャート式 基礎からの数学1+A 改訂版』、『チャート式 基礎からの数学2+B 改訂版』より)

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数研出版 2007-01-30

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 経営においても、いくつかの基本的な原理・原則を組み合わせることで、複雑な原理・原則を作り出すことができる。新しい原理・原則は、より高度な状況で意思決定を下すのに役立つ。非常に簡単な例で言うと、「顧客満足度が上がると利益も増える」というマーケティング上の原則と、「社員満足度が上がると顧客満足度も高くなる」という人材マネジメント上の原則を組み合わせると、「利益を上げるためには、社員満足度を上げればよい」という新しい原則が生まれる。

  「利益を増やすためにはどうすればよいか?」と尋ねられた時に、視野が狭い人は単価を上げる、不要な値引きを避ける、営業担当者にハッパをかけて訪問・商談件数を増やす、あるいは経費を削るといった短絡的な発想しかできない。これに対して、高度な原理・原則を持っている人は、人材マネジメントの観点から社員満足度が上がるような施策を打つことができる。

 手前味噌な話で恐縮だが、私は最近、「利害関係者(顧客、取引先、株主、金融機関、地域社会など)と価値観を共有している企業は競争力が高い」という原則について考えている(まだ実証できていないが・・・)。そして、利害関係者と価値観が共有されている状態を、マイケル・ポーターの「価値連鎖(Value Chain)」に倣って、「価値観連鎖(Values Chain)」と呼んでいる。

 これは、「社員が価値観を共有していると、事業の長期的な発展につながる」という経営ビジョンに関する原則と、「自社と販売チャネルが同じ価値観を持っていると信頼関係が強くなり、長期的な取引につながりやすい」(※3)という販売チャネル論における原則を組み合わせ、さらに原則の適用範囲を販売チャネルだけではなく、全ての利害関係者に拡張したものである。

 この原則があると、「社員に経営理念を浸透させるためにはどうすればよいか?」と問われた時に、いわゆる「理念共有セッション」を社内で開催するだけでなく、価値観に沿って取引先を取捨選択する、価値観と合致する顧客にターゲットを絞る、金融機関に対し事業計画書だけでなく経営理念の説明を行う、といった打ち手も考えられるようになる。

 (続く)


 (※1)林野宏『BQ~次代を生き抜く新しい能力~』(プレジデント社、2012年)

BQ~次代を生き抜く新しい能力~BQ~次代を生き抜く新しい能力~
林野 宏

プレジデント社 2012-12-19

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 (※2)経営ストーリーの描き方は、楠木建『ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件』(東洋経済新報社、2010年)が参考になる。

ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)
楠木 建

東洋経済新報社 2010-04-23

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 (※3)住谷宏『利益重視のマーケティング・チャネル戦略』(同文舘出版、2000年)

利益重視のマーケティング・チャネル戦略利益重視のマーケティング・チャネル戦略
住谷 宏

同文舘出版 2000-09

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 《2016年3月17日追記》
 『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2016年4月号の野矢茂樹「【インタビュー】新しいものを生み出すプロセス はたして、論理は発想の敵なのか」が非常に面白い内容だったので、ここで簡単に触れておく。数学は、一般的な原則(定理)を現実に適用するという形をとるので、「演繹」である。野矢氏は演繹について、次のように述べる。
 私たちが演繹としてイメージするのは数学でしょう。たとえば「ユークリッド幾何学」では、前提として公理があり、そこから三平方の定理などのさまざまな定理が証明されます。その定理が必然的に証明されるのも、証明の過程で公理に含まれていないことは何一つ付け加えていないからです。言わば、定理は隠された情報として公理の内に潜んでいるんですね。それを取り出してくるのが、演繹です。
 だから、演繹によっては何一つ新しいものは生まれないのだという。確かに、今回の記事でも書いたように、三角比の定義から正弦定理、余弦定理が生まれ、さらにそこから加法定理などが生まれる。しかし、それらは三角比の定義を定めた段階で、導かれることが必然的に決まっている事柄であり、何一つ新しいものではない、ということなのだろう。

 このように言われると、「ビジネスは常に変化を創造しなければならない。新しいものを何も生み出さない数学はやっぱり役に立たないではないか?」と思われてしまうかもしれない。ところで、そもそも「変化を創造する」とはどういうことであろうか?
 そしてこれら(演繹、帰納)に加えて、アブダクション(abduction)と呼ばれるタイプの推論があります。(中略)ある現象があって、これはどうしてだろうと考える。そしてその現象を説明するような仮説を考え出す。これが、仮説形成です。(中略)演繹の場合には推論過程は一本道でしたが、仮説形成は一本道ではなく、むしろ積極的に飛躍が求められる。この飛躍の力が、思考なのです。
 ここで、野矢氏は、思考によって飛躍した後は、演繹でつなぐ必要があると指摘する。アブダクションが触れている原因と結果は、一見するととてもつながっているようには思えない。ところが、既知の定理・原則・規則などを駆使すれば、原因と結果の間を埋められるかもしれない。そして、溝を埋めることに成功したら、その仮説は仮説ではなく、立派な定理・原則・規則となる。

 数学や自然科学の場合は、定理・原則・規則が厳密であるから、正しく組み合わせないと因果関係を説明できない。これに対して、社会科学の場合は、しばしば原因も結果も定性的である。定性的な情報をつなぐのは言葉の役割である。
 狭い意味では、ここまでお話ししてきた演繹、つまり必然的に成り立つ推論を指しますが、広い意味ではもっとゆるやかに、「言葉と言葉のつながり」にまで論理の範囲を広げることができます。また、そのようにゆるやかに論理ということをとらえるほうが実践的だと思っています。そのような広い意味では、「論理的」とは言葉と言葉が的確に有機的に関連し合っていることを意味します。
 言葉の定義は、ややもすると定理・原則・規則ほど厳密ではない。だから、言葉の使い方が多少不適切でも、仮説を証明できたような気になってしまうことがある。なまじボキャブラリが豊富な人は、多様な言葉を散りばめて、何となく結論に達してしまう。口達者な人は、機関銃のようにしゃべり倒して、何となく相手を言いくるめてしまう。しかし、それでは本当の論理とは言えない。1つ1つの言葉の定義を明確にしながら、緻密に意味の連鎖を紡いでいく作業が必要になる。

 「必ず解がある数学は、解のない実世界には役立たない」という言葉は、新しいアイデアを生み出す力がない人への皮肉であろう。しかし、ここまでの話を総合すれば、新しいアイデアを生み出しても、それを実行する力に欠けることがあり得ると容易に想定できる。アイデアを思いついた後の実行段階では、周りの人にそのアイデアを論理的に説明し、納得してもらわなければならない。経営は、自然科学と社会科学が入り混じった世界である。だから、定理・原則・規則と同時に、言葉も駆使しなければならない。これは、相当に訓練を積んでいないと難しい。

 多くの人が考えるように、数学ができても、創造ができるとは限らない。その点は私も認める。だが、数学ができなければ、創造は完遂できないとも私は思うわけである。


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2013年03月31日

【ベンチャー失敗の教訓(第11回)】シナジーを発揮しない・できない3社


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 前職の会社が3社に分かれて3つの事業を行っていたのは、3社がシナジーを発揮し、クライアントとの太いパイプを構築するためであった。具体的には、まずはZ社が戦略コンサルティングという最上流工程を担当する。そこから見えてきた組織・業務・人材面の課題を、X社の組織開発・人事コンサルティングで解決する。コンサルティングの結果、教育研修のソリューションが必要となればX社の研修サービスを、要となる人材が不足していることが判明すればY社の人材紹介サービスを提供する、という流れであった。ITベンダーはしばしば社内にコンサルティング部隊を持ち、コンサルティングからシステム構築までを一貫して行うビジネスモデルを採用しているが、3社が目指したビジネスモデルはその人事版と言えるだろう。

 だが、実際にこのようなシナジーが発揮された案件は、私の5年半の在籍中1件もない。人事制度構築コンサルティングから研修サービスの提供に限定しても、おそらく私ぐらいしかやったことがない(営業人材の評価・教育制度構築のコンサルティングを行い、教育制度に従って営業研修を3年ほど継続受注した)。その原因は、3社とも事業が未成熟で、シナジーを発揮するどころではなかったことにあると考える。Z社のコンサルティングとX社の研修サービスは、以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第4回)】何にでも手を出して、結局何もモノにできない社長」で述べたようにかなり迷走しており、大部分のサービスが中途半端に終わっていた。

 また、X社にはそもそもコンサルティング部隊が決定的に不足していた。X社とZ社は、お互いのサービスの未熟さ、そして収益性の悪さをめぐって頻繁に対立していた。だが、論争になると口が立つのはたいていコンサルタントの方であるから、Z社のコンサルタントがX社の講師陣をやり込めてしまうことが多かった。こうして両社の社員が反目し合ううちに、X社の社員の中にコンサルタントを毛嫌いする傾向が生まれ、X社はコンサルタントの新規採用を止めてしまった。

 Y社の人材紹介事業は、自社をプラットフォームとして、求職者と求人企業という2種類の顧客ネットワークを構築する事業である。この手のビジネスは、ネットワークの拡大に伴って飛躍的にビジネスが拡大する。つまり、求職者が増えれば、「あの会社に登録している人が多いから」という理由で新たに求職者が増えるとともに、求職者のプールに魅力を感じる求人企業も増加する。同様にして、求人企業が増えれば、「あの会社を使っている企業が多いから」という理由で新たに求人企業が増えるとともに、求人企業の多さに魅力を感じる求職者も増加する。

 しかし、裏を返せば、求人企業や求職者が少ない状態では、ネットワークが全く魅力を持たず、ビジネスとして成立しないという難しさがある。名もないベンチャー企業の場合、まずは求人企業と求職者の双方に対して、自社が信頼できる企業であることを証明する必要がある。普通の企業が普通に顧客を開拓するのでも大変なのに、Y社は2種類の顧客を同時に開拓しなければならないという”ハンデ”を背負っていた。そのハンデを克服する決定的な施策も仕組みなく、何年経ってもY社の事業はほとんど物にならなかった。

 さらに、X社とY社の間でシナジーが発揮できないビジネスモデル上の致命的な欠陥があった。それは、X社のキャリア開発研修に原因がある。キャリア開発研修の導入を検討している企業の人事担当者は、「この研修を受けると、キャリア意識が高まった自社の社員が転職してしまうのではないか?」と心配することが多い。もちろん、X社は「御社の中でどうやってキャリアをアップさせるかを考えてもらう研修だ」と答えるわけだが、X社の関連会社にY社があることで、「キャリア意識が高まった社員をY社の転職サービスで転職させようとしているのではないか?」という疑いをかけられることも非常に多かった。だから、X社の提案書のグループ企業紹介ページやX社のHPには、関連会社としてY社の名前を載せない、という事態になってしまった。

 シナジーは1+1以上の成果を目指すものだと言われる。だが、個人的には、シナジーは足し算ではなく掛け算で考えるべきだと思う。したがって、未熟な事業、つまり1.0未満の事業が1つでもあれば、かえって足を引っ張られる結果になる。全てが未熟な事業ならば、どんなに集まっても1.0すら超えられない。3社はまさにそういう事態に陥っていたように思える。

 戦国の武将・武田信玄の家には、「三四十二、三四七つ」という秘伝がある。これは、「3と4は掛け合わせれば12になるが、足せば7にしかならない」という意味である。信玄は、シナジーを足し算ではなく掛け算で考えていたわけだ。信玄の下には、馬場美濃守、内藤昌豊、山県昌景といった歴戦の勇将に加え、軍師として名高い山本勘助と、傑出した才能を持つ人材が多く集まっていた。信玄は合議制によって、こうした1.0を超える優れた人材からアイデアを募って掛け算のシナジーを実現し、当時最強と呼ばれた武田軍を指揮していた(惜しむらくは、信玄が徳川家康を討つ途中、病死してしまったことだ)。信玄の秘伝に学ぶところは大きいと思う。
(※注)
 X社(A社長)・・・企業向け集合研修・診断サービス、組織・人材開発コンサルティング
 Y社(B社長)・・・人材紹介、ヘッドハンティング事業
 Z社(C社長)・・・戦略コンサルティング
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