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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。ほとんど書評ブログ。双極性障害Ⅱ型を抱えながら頑張っています。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2013年01月20日

【ベンチャー失敗の教訓(第1回)】経営ビジョンのない思い入れなき経営


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 個人にとって「私は何者であるのか?」を表すのがアイデンティティであるならば、企業にとって「我が社は何者であるのか?」を表すのは経営ビジョンであると思う。そして、個人のアイデンティティが混乱した社会の中で人生を生き抜くのに必要であるのと同様に、ビジョンは複雑な経済環境の中で企業が競争力を保ち、持続的な利益を上げるための源泉となる。

 人間は社会的な存在であるから、アイデンティティには客観的に規定される側面がある。すなわち、外的世界の要請の結果として「私は何者になるのか?」ということである。しかし同時に、人間は主体的な存在でもあるので、アイデンティティは主観的な面も備えている。つまり、「私は何者でありたいのか?」という問いへの積極的な答えだ。同じように経営ビジョンも、客観的・主観的双方の観点から規定される。

 ここで、客観面と主観面のどちらが重要かを考えてみると、それはやはり主観面の方だろう。「私は何者でありたいのか?」が不明確な人間は、社会に振り回される刹那的な人生を送ることになる。同様に、「我が社は何者でありたいのか?」が不明確な企業は、環境変化に受動的に反応するだけの空しい組織体となる。そのような企業は、社員を結束させられず、モチベーションを引き出せないことは想像に難くない。

 経営ビジョンの主観的な側面は、経営陣の個人的な経験に根ざしていることが多い。例えば、スターバックスを急成長させたハワード・シュルツの経営ビジョンは、シュルツが約30年前にイタリアを訪れたことに端を発している。イタリアのコーヒーバーであるバールは、イタリア人にとっては単なる「コーヒーを飲む場所」ではない。バールは朝から夜まで多くの人で賑わい、バリスタが入れたエスプレッソを媒介にして、人々がつながっていく一種のコミュニティである(※1)。当時、アメリカではコミュニティの崩壊が社会問題となっていた。シュルツは、イタリアのバールをアメリカに持ち込むことで、コミュニティの再建を狙ったわけだ。

 また、スターバックスは人間重視企業としても知られる。これもシュルツの個人的な経験に基づいている。シュルツの幼少時代、トラック運転手をしていたシュルツの父親は、氷の上を歩いている時に転び、足首を骨折した。その結果父親は職を失い、家族の健康保険の権利も喪失した。その頃は労働災害保障も存在しておらず、家族は頼るべき収入を失った。両親は毎晩、電話で借金の工面をしていた。シュルツはこの経験から、将来自分に機会が訪れたら、社員を大切にし、十分な給与を支払い、充実した福祉を提供できる企業を作ろうと決心した(※2)。

 90年代に苦境に陥っていたIBMを再建させたルイス・ガースナーは、就任直後の記者会見で、「今のIBMに最も必要でないものは経営ビジョンだ」と語った。しかし、その発言通りに全く経営ビジョンを掲げなかったわけではない。むしろ、ハードベンダーからサービス、ソリューションプロバイダへの転換を図るという、野心的な経営ビジョンを持っていた。

 これは、当時のIT業界の動向を考察した結果であると同時に、ガースナー自身の経験から導かれたものである。ガースナーは前職でアメリカン・エキスプレスの副社長を務めており、IBMは同社のシステムを担う取引先の1つであった。ガースナーは、IBMの社員が自社製品ばかりを売りつけてくるのに辟易していた。それよりも、社内に乱立する様々なベンダーのシステムをまとめて、ビジネスに直結した成果を出してくれる役割を誰か担ってくれないものかと期待していた。ガースナーはIBMに転籍した後、その役割をIBM自身に課し、トータルソリューションを提供する企業を標榜したのである(※3)。

 経営ビジョンが個人的な経験に基づいた強い主観面を備えていると、経営ビジョンはその企業に固有のものとなり、深みを増し、意思が宿る。そして、経営ビジョンの持つ固有のストーリーや意思に惹かれるようにして、同じ志を持った社員が集まってくる。

 X社、Y社、Z社いずれの経営陣も、明確な経営ビジョンを持っていなかった。私が転職活動をしていた時、最終面接でX社のA社長と面談する機会を得たのだが、私はA社長に「3年後に御社はどうなっていたいとお考えですか?」と質問した。どういう経営ビジョンを持っているのかを確認するための質問だった。しかし、A社長の回答は、「3年後にどうなっていたい、というものは特にない」というあっけないものであった。

 X社は当時、創業して3年ほどの会社であったから、私は逆に、「この3年間でどのような成果がありましたか?」と過去のことを尋ねた。3年間の成果の中身から、X社が一体どういう企業で、今後どのような方向に動く可能性があるのかを間接的に知ることができると考えたからだ。しかしここでもA社長からは、「とりあえず3年間で、やっと会社らしくなった、ということぐらい」という、何とも歯切れの悪い答えしか聞くことができなかった。

 賢い転職者ならば、A社長との面談の内容から、「この会社は危ない」と感じて内定を辞退していたことだろう。しかし、私は新卒入社で入った企業をわずか1年あまりで辞めた後、中小企業診断士の勉強をしていた関係で、8か月ほどのブランクがあった。このブランクが不利に働いて転職活動で苦戦していたこともあり、私は目先の内定確保に走ってしまった。今振り返れば、失敗の始まりはこの時であった。

 私がX社に入社した後も、経営ビジョンが不明確であることがたびたび問題視された。A社長も現場からの突き上げに渋々応じるような形で経営ビジョンを考えるのだが、「日本のGDP成長率は労働力人口の伸び率と相関関係にある」とか、「グローバル経済において知識経済化が進んでいる」とか、「中国・インドの台頭で日本の経済的地位は低下する」といった、マクロ環境の話ばかりを振りかざしていた。そして、コンサルティングファームの出身者らしく、きれいなパワーポイントの資料を作って満足してしまっていた。社員が知りたかったのは、そんな大上段に構えた話(しかも、インターネットでちょっと調べれば誰にでも解るような情報)ではなく、「結局、我が社は何をしたいのか?」という意思の話であった。

 こうした事態を見かねたのか、Z社のC社長主導で、3社の経営ビジョン作成を外部のコンサルタントに依頼したことがあった。コンサルティングファーム出身の人間が、自社の経営ビジョンすら作れないということ自体おかしな話なのだが、C社長はこのプロジェクトに一千万円に近い投資したと言われる。3社の合計売上が2億円台だったことを考えると、それがいかに高額の投資であったかがお解りになるだろう。しかし、これだけの投資にもかかわらず、でき上がった成果物はパワーポイント3枚のみ。つまり、3社の経営ビジョンの文言が1枚ずつまとめられただけだった。

 もっとも、経営ビジョンは簡潔であることに越したことはないから、枚数の多寡はこの場合あまり問題ではない。より問題なのは、3人の社長が3枚のスライドに書かれた文言を自分のものにできていなかったことである。このコンサルティングプロジェクトが終わった後、経営陣と社員との間で新しい経営ビジョンを共有するためのワークショップが何回か開かれた。だが、悲しいかなA社長はX社の経営ビジョンを上手く説明できなかった。それどころか、「これを読んでどう思うか?」ということばかりを聞いてきた。社長が理解できていないことを、社員の口から説明させようというのは無茶な注文である。ワークショップはすぐに形骸化した。

 経営ビジョンについて、現場の社員の声を聞くという発想自体は間違っていない。社長の考えが絶対とは限らないし、経営ビジョンについて各々がどのように解釈し、日常業務に活かしているのかを共有することは重要だ。そうした対話を通じて、経営ビジョンに対する全社員の相互理解が深まる。あるいは、認識の違いが浮き彫りになったとしても、それを解消する建設的な対話によって、経営ビジョンの中身がより鮮明になることもある。

 しかし、そういうワークショップを行う大前提として、誰よりもまず社長自身が経営ビジョンについて深く考え、その解釈をストーリーとして社員に語らなければならない。結局、最後に人間を動かすためには、「論理」に加えて「情理」が必要なのである。A社長には情理が欠けており、経営への思い入れが低かったと言わざるを得ない。
(※注)
 X社(A社長)・・・企業向け集合研修・診断サービス、組織・人材開発コンサルティング
 Y社(B社長)・・・人材紹介、ヘッドハンティング事業
 Z社(C社長)・・・戦略コンサルティング
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(※1)「『スターバックス ラテ』を徹底解剖 - おいしいラテとは何なのか」(マイナビニュース、2012年10月2日)

(※2)ビル・ジョージ、ピーター・シムズ『リーダーへの旅路―本当の自分、キャリア、価値観の探求』(生産性出版、2007年)

リーダーへの旅路―本当の自分、キャリア、価値観の探求リーダーへの旅路―本当の自分、キャリア、価値観の探求
ビル ジョージ ピーター シムズ Bill George

生産性出版 2007-08

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(※3)ルイス・ガースナー『巨象も踊る』(日本経済新聞社、2002年)

巨象も踊る巨象も踊る
ルイス・V・ガースナー 山岡 洋一

日本経済新聞社 2002-12-02

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2013年01月17日

竹田恒泰『日本人はなぜ日本のことを知らないのか』―よくも悪くも「何となく、何とかしてしまう」のが日本人


日本人はなぜ日本のことを知らないのか (PHP新書)日本人はなぜ日本のことを知らないのか (PHP新書)
竹田 恒泰

PHP研究所 2011-09-16

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 グローバル化が進むにつれて、日本企業と海外企業の経営スタイルの違いが明らかになることが多くなった。その1つに、社員のキャリア開発が挙げられる。日本企業は中長期雇用を前提に、OJTを中心に長い時間をかけて社員を育てる。しかし、雇用契約が短期でなされ、その中でパフォーマンスを上げることを求める海外企業では、まず事業の方針や戦略を見える化し、3年、5年というスパンで社員それぞれの目標、やるべきことを決定する。その上で、Off-JTやマニュアルに重きを置いた育成を行うケースが多い。こうしたトレーニングに慣れている外国人からしてみれば、日本的人材育成は「3年後、自分がどのように成長して、何を任されているのかがわからない」ということになり、日本人管理職に対する不信感につながりやすい(※1)。

 ただ私はここで、敢えて前向きな見方をしてみたい。つまり、外国人は不確実性が高い環境に置かれると、自分がどこに向かうのかを明確に教えてもらわなければ不安で動けないのに対し、日本人は同じような環境でも、「何となく、何とかしてしまう」ような気がする。

 「何となく、何とかしてしまう」国民性によって行われる経営は、自ずと暗黙知に頼った経営になる。事態が上手くいっているとしても、どういう方法が功を奏しているのか、なぜその方法が有効なのかをはっきりと説明することが難しい。例えば、日本が世界に誇る経営手法の1つに「トヨタ経営方式」があるが、トヨタ経営方式は様々な経営手法とトヨタという企業の文化の複合体であり、トヨタ経営方式を的確に表現できる人は、トヨタの中にもいないと言われる。それでも何となく、何とかなってしまうのが日本企業なのである。

 だから、アメリカから最新の経営手法が入ってくると、実は日本企業で既に行われていたことにヒントを得たもの、あるいは日本企業の実践の焼き直しであることも少なくない。品質管理の分野ではこういう現象がよく見られる。例えば、「ベンチマーキング」という、業界内外のベスト・プラクティスを調査し、自社との違いを分析・学習する経営改善手法は、GEの元CEOであるジャック・ウェルチが採用したことで日本でも有名になった。GEの社員が他の企業を訪れると、「あのGEの社員が我が社に頭を下げてやってきた」と話題になったという。しかし、このベンチマーキングは、本来は日本で開発された品質改善ツールがアメリカに紹介されたものにすぎない。

 また、マイケル・ハマーが1993年に提唱した「リエンジニアリング」も、元をたどれば日本企業の業務・管理プロセスや製品開発システムの特質を手法化したという側面が強い。そのため、「リエンジニアリング」というタイトルがついた本を何冊も買い込んで勉強した複数のメーカーの企業人は、皆一様に「過いてあることは当たり前のことで、うちの会社でいつもやっているようなことが書いてある」という感想を持ったという(※2)。

 こうした、「何となく、何とかしてしまう」国民性の起源は一体どこにあるのだろうか?竹田恒泰『日本人はなぜ日本のことを知らないのか』を読むと、それは日本という国家の形成過程そのものに見出すことができるように思える。日本では紀元後3世紀に入ると、前方後円墳が急激に全国の広範囲にわたって作られるようになった。前方後円墳を作れるのは、一部の権力者に限られる。この事実をもって、大和朝廷による日本国家の統一とみなすことができるという。ただ、ユニークなのはその統一プロセスである。
 その時代(筆者注:大和朝廷が成立したと見られる3世紀後期から4世紀初頭)は古墳時代前期に該当し、考古学の成果によると、大規模な戦争の形跡は観察されないことから、日本列島は平和で安定した時代だったことが分かっている。また、日本列島は古墳時代を通じて、一定の方向性をもって文化的な発展を続けていて、文化的な断裂も観察されないため、王朝交代などを想定することもできない。ということは、日本では戦争のほとんどない平和で安定した時代に、統一王権が成立したことを意味する。

 ところが、世界史の常識によれば、統一国家が成立するためには、それなりの戦争を経るものである。たとえば秦の始皇帝、英国のウィリアム征服王、中国の毛沢東などの建国の英雄たちは、いずれも大規模な戦争に勝利を収めて統一国家を樹立した。アメリカも然りである。では、我が国はなぜ戦争のない時代に統一王権が成立したのか、これは日本史上の大きな謎の1つではなかろうか。

 それが可能だったのは、武力で一方的に併合するのではなく、あくまでも話し合いで、すなわち「ことむけ」により国々をまとめようとしたからだろう。天皇の下に各地の豪族が束ねられた連合政権として勢力を拡大させたことが窺える。そして、見事に大きな戦争を経ずに統一を果たしたのである。
 乱暴な表現だが、何と曖昧な国づくりだろうか!?大和朝廷は、諸外国のように血みどろの戦闘を一切行わず、「話し合い」という何とも柔らかい手段で諸国を抱きかかえていったのである。そして、その話し合いの内容は、わずかに『古事記』や『日本書紀』で知ることができるにすぎない(詳細に記されているのは、有名な「出雲の国譲り」ぐらいである)。

 では、この「何となく、何とかしてしまう」国民性のメリットとデメリットは何だろうか?メリットは、複雑な環境に置かれても、自分が当事者であれば知恵を振り絞ってその場を乗り切る強い底力を持っているということだろう。それが如実に表れたのが、東日本大震災の時に、途中のコンビニなどで略奪行為をせず、秩序正しく帰宅する人々の姿である。

 逆にデメリットは、当事者から外れてしまうと、権威主義にもたれかかって簡単に思考を放棄しやすいということだ。同じく東日本大震災の際には、原発の安全性の神話を国民がいかに安易に信じ込んでいたかを教えられることとなった。政治家や専門家に任せておけば、何となく大丈夫だと思い込んでしまう。これを機に国民は反省するのかと思いきや、昨年末の衆院総選挙では原発政策を進めてきた自民党にNoを突きつけるどころか、原発がある小選挙区では自民党の圧勝という結果になっているのである(※3)。

 日本は今後、成長社会から成熟社会へと移行し、先進国が経験したことのない少子高齢社会へと突入する。日本が解決しなければならない課題は山積みである。しかし、個人的には今回も、情勢が逼迫すれば、日本人は「何となく、何とかしてしまう」のではないかと淡い期待を抱いている。ただ、その淡い期待をもっと確信に近づけるために、またもっと前もって課題に備えるためには、私たち1人1人が成熟社会、少子高齢社会の当事者であることを認識する何か強いきっかけが必要だろう。そして、解決策を暗黙知にとどめるのではなく、形式知にまとめ上げなければならない。その上で、日本と同じく少子高齢社会へと突入する中国や韓国に対して、日本の形式知を提供できるようにすること、それが「課題先進国」としての日本の使命になると思う。


 (※1)リクルートワークス研究所『Works No.111 201X年、隣の席は外国人』(2012年4月~5月号)
 (※2)高橋伸夫『虚妄の成果主義―日本型年功制復活のススメ』(日経BP社、2004年)

虚妄の成果主義―日本型年功制復活のススメ虚妄の成果主義―日本型年功制復活のススメ
高橋 伸夫

日経BP社 2004-01

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 (※3)原発がある小選挙区の当選者は以下の通り。自民党の14勝2敗である。

 北海道泊(4区):中村裕之(自民)
 青森県東通(2区):江渡聡徳(自民)
 青森県大間(2区):  〃
 宮城県女川(5区)安住淳(民主)
 福島県浪江・小高(1区、5区):亀岡偉民(自民)、坂本剛二(自民)
 福島県第一(5区):坂本剛二(自民)
 福島県第二(5区):  〃
 茨城県東海(4区):梶山弘志(自民)
 茨城県東海第二(4区):  〃
 新潟県柏崎刈羽(2区):細田健一(自民)
 静岡県浜岡(3区):宮沢博行(自民)
 石川県志賀(3区):北村茂男(自民)
 福井県敦賀(3区):高木毅(自民)
 福井県美浜(3区):  〃
 福井県大飯(3区):  〃
 福井県もんじゅ(3区):  〃
 福井県ふげん(3区):  〃
 島根県島根(1区):細田博之(自民)
 山口県上関(2区):岸信夫(自民)
 愛媛県伊方(4区):山本公一(自民)
 佐賀県玄海(3区):保利耕輔(自民)
 鹿児島県川内(3区):野間健(国民)
2013年01月15日

『強い営業(DHBR2012年12月号』―「モチベーションのダイバーシティ」に基づく報酬体系の必要性


Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 12月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 12月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2012-11-09

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 社員を正しく動機づけるための報酬制度の設計は、人事部門にとって永遠の課題であるに違いない。特に、金銭的報酬にはどの企業も神経質になるのではなかろうか?私も前のブログで素案をいくつか示してみたものの、体系的な制度からはほど遠い。企業の業績にそれぞれの社員がどの程度貢献しているのかを短期・長期両方の視点から評価し、また利益には直接つながらないが企業の永続・発展にとって重要な活動も考慮しなければならない。数学的・統計学的な知見を総動員して、多数のパラメータからなる複雑なモデルを構築する必要があるだろう。

 功ある者には禄を、徳ある者には地位を-『人事と出世の方程式』
 「顧客生涯価値」と「社員生涯価値」のまとめ(1)-『バリュー・プロフィット・チェーン』
 「顧客生涯価値」と「社員生涯価値」のまとめ(2)-『バリュー・プロフィット・チェーン』
 「人材の柔軟な配置変更」の実現に向けてクリアすべき課題(1)―『イノベーションの新時代』
 マネジャー(管理職)の評価方法に関する素案
 「イノベーションに失敗した人」の評価方法に関する素案

 だが、『DIAMONDハーバードビジネスレビュー』2012年12月号には、業績と連動した公平な金銭的報酬の制度をあれこれ思案している私にとって、見過ごすことができない論文があった。『ハイ・コンセプト』などの著者であるダニエル・ピンクの「創造的で複雑な仕事に歩合制は馴染まない セールス・モチベーション3.0」という論文(実際にはたった2ページの記事)である。
 とりわけ、「○○をしたら報酬を与える」といった種類の条件付き報酬は、社会科学者が「機械的」と呼ぶルーチン作業によく効く。封入を素早く行う、組立ラインで同じネジを同じように回す、といった作業を考えてほしい。報酬、特に現金報酬を約束されると、俄然意欲が湧いてきて、仕事をやり遂げることだけに意識を集中するのが、人間の性なのである。

 ところが、同じ条件付き報酬でも、創造性が求められる複雑で概念的な仕事(心理学者の言う「発見的」な仕事)のモチベーションを高める効果は格段に低いと判明している。新しい製品を考案したり、顧客とともに未知の課題の解決を目指したりする状況を考えてほしい。このようなプロジェクトでは幅広い視野が求められるが、研究によれば、条件付き報酬は視野を狭めるおそれがある。
 ピンクはこう述べた上で、昨今の営業職の仕事が創造性を増していることから、歩合制はかえってパフォーマンスを低下させる危険性があると警告している。記事の中では、これまでの歩合制を改めて報酬の90%を基本給で支払い、業績連動分を10%に抑えた結果、売上高が増加した企業の事例が紹介されている。人事部は、金銭的報酬の決定モデルをどうすればよいかということで頭を悩ます必要はもうないのかもしれない。

 引用文中でピンクが触れている「条件付き報酬」の研究が具体的にどのようなものなのかは、残念ながらピンク自身も言及していないのだが、アラステア・ドライバーグ『ビジネスについてあなたが知っていることはすべて間違っている』の中に類似の研究が載っていた。

ビジネスについてあなたが知っていることはすべて間違っているビジネスについてあなたが知っていることはすべて間違っている
アラステア・ドライバーグ 田口未和

阪急コミュニケーションズ 2012-09-27

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 研究内容を要約するとこうである。実験では、キャンドル、画鋲の入った箱、紙マッチを使った単純な論理的クイズが被験者に与えられた。被験者は、キャンドルを壁に固定し、ろうがテーブルにこぼれないようにする方法を探すように指示された。多くの被験者がキャンドルを壁に直接画鋲で留めようとしたが、うまくいかなかった。しかし、最後にはほとんどの被験者が解決策を見つけた。画鋲の入った箱を壁に画鋲で留めて、その上にキャンドルを乗せたのである。

 この実験では、被験者は2つのグループに分けられていた。片方のグループには、この問題を解くまでの平均時間を出したいと伝えられていた。もう片方のグループには、金銭的報酬が約束されていた。早く問題を解くことができた上位25%には5ドル支払うというものだ。

 2つのグループの結果はどうであったか?ここまで記事を読んだ皆様なら想像がつく通り、後者のグループの方が答えを見つけるのに平均して3分半長くかかった。パズルを解くには複雑な認知的作業が必要であり、「機能的固着」と呼ばれる固定観念(一般的な機能にとらわれ、それ以外の機能を柔軟に考えられなくなること)を克服しなければならない。この問題の場合は、箱を画鋲の入れ物ではなく、キャンドルスタンドとして見る必要がある。金銭的報酬は、被験者の視野を狭めてしまう。金銭的報酬を求めて問題を早く解こうと集中するほど、箱に異なる機能を与えるというアイデアがひらめかないのである。

 では、創造的な社員を正しく動機づけるためにはどうすればよいのだろうか?それはやはり、金銭的報酬以外の報酬にも視野をぐっと広げ、さらに社員が動機づけられる要因は社員によって様々であること認めることだろう。動機づけ理論の先駆的存在であるフレデリック・ハーツバーグは、仕事の満足度に影響を与える要因を10個挙げた。すなわち、「達成」、「承認」、「仕事そのもの」、「責任」、「昇進」、「会社の政策・経営」、「監督技術」、「給与」、「上役との人間関係」、「作業条件」である。そして、前半の5つを「動機づけ要因(モチベーティブ・ファクター)」、後半の5つを「衛生要因(ハイジーン・ファクター)」と呼んだ。ハーツバーグの重要な発見は、社員のモチベーションアップにつながるのは「動機づけ要因」の方であり、「衛生要因」に関しては、社員が仮にそれに満足していてもモチベーション向上につながらない、ということであった。

 しかしこの研究は、「ピッツバーグで技師や会計士という創造的な職業に就く200人」を対象に行われたものである点を忘れてはいけない。10の要因のうち、皆様の企業の社員を動機づける要因はピッツバーグの技師とは異なるかもしれないし、10の要因のレベル差も企業や職種によってまちまちだろう。あるいは、10の要因以外にも、重要な動機づけ要因が存在する可能性がある。例えば、ハーツバーグの10要因の中には、「同僚との関係」、「自社製品・サービスへの愛着度」、「学習機会」などが含まれていない。自社の社員は一体何によって動機づけられるのか?それは業務・部門・職種ごとにどう異なるか?を人事部は綿密に調査する必要がある。

 社員のモチベーション向上に関するソリューションを提供しているJTBモチベーションズは、「モチベーションのダイバーシティ」というコンセプトを提唱している。社員の価値観や業務の多様性にきめ細かく寄り添ったインセンティブを持つ企業こそが、社員のモチベーションを効果的に引き出し、競合他社よりも高いパフォーマンスを上げるに違いない。ただ1つ、人事部にとっては残念なことに、金銭的報酬の複雑なモデルを考える必要性からは解放されたものの、その代わりに非金銭的な報酬を含むバラエティに富んだインセンティブの仕組みを構想するという、より困難な仕事が与えられることになってしまったわけだが・・・。



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