お問い合わせ
お問い合わせ
プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都豊島区を拠点に、東京23区で活動する中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。ほとんど書評ブログ。たまにモノローグ。

 中長期的な研究分野は、
 ①日本の精神、歴史、伝統、文化に根差した戦略論を構築すること。
 ②高齢社会における新しいマネジメント(特に人材マネジメント)のあり方を確立すること。
 ③20世紀の日本企業の経営に大きな影響を与えたピーター・ドラッカーの著書を、21世紀という新しい時代の文脈の中で再解釈すること。
 ④日本人の精神の養分となっている中国古典を読み解き、21世紀の日本人が生きるための指針を導くこと。
 ⑤激動の多元的な国際社会の中で、日本のあるべき政治的ポジショニングを模索すること。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~


◆別館◆
こぼれ落ちたピース
所属組織など
◆個人事務所「シャイン経営研究所」◆ シャイン経営研究所ロゴ


(一社)東京都中小診断士協会一般社団法人東京都中小企業診断士協会
(城北支部執行委員、青年部長を務めています)

企業内診断士フォーラム(KSF)企業内診断士フォーラム
(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)


2012年12月05日

リチャード・モリタ『これだっ!という「目標」を見つける本』―成功者は昔のことを驚くほどよく覚えている


【ダイジェスト版マイ・ゴール】これだっ!という「目標」を見つける本【ダイジェスト版マイ・ゴール】これだっ!という「目標」を見つける本
リチャード・H・モリタ ケン・シェルトン

イーハトーヴフロンティア 2007-01-10

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 前半が事例編、後半が理論編という構成なので、後半だけ読むという手抜き読書をしてしまったが、要点は押さえたつもり。数ヶ月前、ドラッカーの『現代の経営』を読んでいるうちに、ドラッカーが同書で初めて提唱したとされる目標管理について色々と調べたくなって、Amazonで本をまとめ買いした。ところが、どうも間違って1冊だけキャリア開発の本を買ってしまったみたい。でもまぁ、この際いい機会だからと思って読んでみた。
 とびきりの成功者はとても記憶力がいい。自分の生まれ育った環境や過去のエピソードをとってもよく覚えている。本当の自分がどんな人間なのかっていう自己認識も、この抜群の記憶力によって支えられている気がする。成功する目標とでも言うのかなあ。とびきりの成功者にとって目標は自分そのものなんだよ。
 成功するための絶対条件は「しっかりとした自己認識と、心の底からの本当の目標設定にある」と述べた。これを記憶の見地から言うと、自己認識と目標設定は、過去の「記憶の再生」に解決策があり、目標達成は、その自己認識と目標をどこまで鮮明に見つめ続けられるかという「記憶の保持」の方法に解決策があるということである。
 私の前職の会社は「キャリア研修」を売っていたので、私も一応キャリアデザインについて、多少の知見は持っているつもりである。キャリアは自分の未来を描くためのものだが、そのためには自分の過去を振り返るという作業が欠かせない。この本も、大半のページは自己分析の方法=生活史の記述方法に費やされている。

 ただ、この本のすごいところは、自己分析に要求されるレベルの高さだ。著者は、「自分を表現しようと思えば、少なくとも原稿用紙で百枚ぐらいは必要だと考えていただきたい」と読者に覚悟を迫っている。つまり約4万字分である。卒論か修論並みのボリュームで、自分の過去を振り返らなければならないわけだ。恥ずかしながら、前職の会社で提供していたキャリア研修では、そこまでの深い自己分析を受講者に課していなかった。せいぜい簡単なチェックシートとチャート図の作成で自分の性格や価値観、昔の主な出来事を整理する程度であり、今振り返れば非常にお粗末であったと言わざるを得ない。

 「とびきりの成功者はとても記憶力がいい。自分の生まれ育った環境や過去のエピソードをとってもよく覚えている」というのは、確かに納得感がある。例えば、プロ野球野球史上、捕手として唯一三冠王を取った野村克也氏の著書を読んでいると、プロ入りした当初のことや南海時代のエピソードが数多く登場する。半世紀近くも前の出来事をよく覚えているものだと驚かされる。

 そしてもう一人、史上初の3度の三冠王に輝いた稀代の大打者・落合博満氏も、非常に記憶力がよい。落合氏の場合は、自分自身のこともさることながら、野球界全体の歴史を熟知している。だから、野村氏が楽天の監督、落合氏が中日の監督だった頃、交流戦で両チームが対決すると、試合前には監督室で昔の野球談議に花が咲くことがしばしばあったという。野村氏と落合氏は20歳ほど歳が離れている。普通、これほど歳が違うと共通の話題を探すのが大変なものだが、落合氏は野村氏の昔話に十分について行けたというのだからすごい。そんな落合氏は、監督退任後に出した著書『采配』の中で、「大袈裟かもしれないが、歴史を学ばないということは、その世界や組織の衰退につながる」と述べている。

采配采配
落合博満

ダイヤモンド社 2011-11-17

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 野村氏や落合氏なら、自分史を書かせたら4万字ぶんぐらいスラスラと書き上げてしまうかもしれない。しかし、普通の人がいきなり4万字分の記憶を引き出すのは至難の業だ(私もそんなのは無理である・・・)。そのために著者は、生活史を作成するための273(!)もの質問を巻末に用意している。これに沿って答えていけば、自分がどんな人間であるのか、かなり深く知ることができるという。さぁ、気合いを入れて根気よくやってみるか!?
2012年12月03日

安倍晋三『美しい国へ』―この本を中学・高校の公民の授業で使ってほしい


美しい国へ (文春新書)美しい国へ (文春新書)
安倍 晋三

文藝春秋 2006-07

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 自民党の安倍総裁が、2006年9月の首相就任直前に発表した本。あとがきで安倍氏が記しているように、
本書は、いわゆる政策提言のための本ではない。わたしが10代、20代の頃、どんなことを考えていたか、わたしの生まれたこの国に対してどんな感情を抱いていたか、そしていま、政治家としてどう行動すべきなのか、を正直につづったものだ。だから若い人たちに読んでほしいと思って書いた
ものであるためか、国家観、日米同盟、アジア諸国との関係、年金制度、教育改革について、割とオーソドックスな内容が並んでいるとの印象であった。

 そういう意味では、中学・高校の公民の授業でこの本を取り上げて、基礎的な政治知識を子どもたちに習得させるのに役立つのではないだろうか?安倍氏が再び総裁の座に就き、次の衆院総選挙を経て総理再登板となる可能性が高まった今、マスコミは相も変わらず「お腹イタイイタイで総理を辞めた人」というレッテルを貼って必死にネガキャンを展開しようとしている。そういうマスコミに毒されない、健全な政治的視野を持った子どもたちを教育現場で育ててほしい。

 少し話がそれるが、日本の教育現場では、(1)古典(特に『四書五経』)、(2)政治、(3)経済の3つが十分に教えられない。これは現代の日本人にとって悲劇であると思う。『論語』などの古典は、太古の昔から戦前まで長きにわたって日本人が読み続けた書物であり、日本人の伝統的精神の根幹を成している。また、政治と経済は、現在の社会がどのような仕組みで動いているのかを理解する上で必要不可欠な知識だ。(1)~(3)をセットで身につけた人材こそが、国内外の様々な情勢変化や圧力に対応しながら、日本人として望ましい社会のあり方を主体的・立体的にデザインし、その実現にコミットできるようになるはずである。しかし、残念なことに、現在の教育制度はそのような人材を輩出するように設計されていない。

 戦後のGHQは、アメリカにとって有利に動く日本人を育成するような教育制度へと改革した。アメリカは、日本を二度と軍国主義に向かわせず、一方でアジアにおける西側陣営の代表として、軍事力なしで中ソの共産主義に対抗しうる国力を蓄えさせようとした。つまり、「軍事力とマクロ経済の仕組みはアメリカが政治主導で何とかする。だから、日本は頑張ってミクロ経済の面で成長してくれ」ということであった。こうした思惑の下で生まれたのが、とにかく他人の言うことをよく聞いて馬車馬のように働き、会社の成長に貢献する勤勉で均質な人間であった。

 伝統に対する認識を奪い取られ、社会に関するマクロ的洞察を磨く機会を失った人間は刹那的であり、第三者が好きなようにコントロールできる。その意味で、アメリカは(途中で日米貿易摩擦などの誤算はあったにせよ、)当初の目的を達成したと言える。しかし、アメリカにとってコントロールしやすいということは、他の国にとってもコントロールしやすいということである。事実、中国は国民に気づかれないように、親中派の政治家とマスコミを通じた対日工作を行っているし、韓国もK-POPで友好的な顔を見せながら、日本の歴史認識と領土を歪めようとしている(もちろん、良識ある日本人は、これら諸外国の陰謀に騙されない態度を身につけている)。こうした世界情勢の中を主体的に生き抜くために、古典、政治、経済の基礎知識を子どもの頃からしっかりと学習させて、本当の意味での考える力、実行する力を養成してほしいものだ。

 話を元に戻そう。タイトルにある「美しい国」とはどんな国なのか?その答えは本書では必ずしも明確にされていない。むしろその答えは、安倍氏が首相に就任した直後の所信表明の中にある。所信表明の草案は、安倍氏のスタッフがこの本を徹底的に読み込んで準備したという。
 このような状況にあって、今後のあるべき日本の方向を、勇気をもって、国民に指し示すことこそ、一国のトップリーダーの果たすべき使命であると考えます。私が目指すこの国のかたちは、活力とチャンスと優しさに満ちあふれ、自律の精神を大事にする、世界に開かれた、「美しい国、日本」であります。この「美しい国」の姿を、私は次のように考えます。
 一つ目は、文化、伝統、自然、歴史を大切にする国であります。
 二つ目は、自由な社会を基本とし、規律を知る、凛とした国であります。
 三つ目は、未来へ向かって成長するエネルギーを持ち続ける国であります。
 四つ目は、世界に信頼され、尊敬され、愛される、リーダーシップのある国であります。
(引用は小川栄太郎著『約束の日 安倍晋三試論』による)
約束の日 安倍晋三試論約束の日 安倍晋三試論
小川 榮太郎

幻冬舎 2012-09-03

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 ただ、『美しい国へ』の最終ページに、「1回の失敗で人生の決まる単線的社会から、働き方、学び方、暮らし方が複線化された社会に変えていきたいと思う」とあり、これも「美しい国」の重要な要素の1つであろう。所信表明中の「活力と『チャンス』と優しさに満ちあふれ・・・」の部分とも対応する。日本は失敗に対して厳しく、再チャレンジを認めない社会と言われてきた。そんな中で、「潰瘍性大腸炎」という厚生労働省指定の難病を克服した安倍氏自身が再チャレンジに成功した時、つまり首相に返り咲いて民主党政権の失策をカバーして余りあるほどの成果を残した時、日本国民は安倍氏を賞賛し、再チャレンジが可能な社会へと傾き始めるのかもしれない。

 これは、特に40代~50代の中高年層にとって朗報であろう。かつて栄華を誇った大企業が次々と業績を悪化させ、聖域なきリストラに走っている。真っ先にそのターゲットとなるのが、バブル期に大量採用された中高年層である。彼らは子どもを抱え、ローンを抱え、介護が必要な親も抱えている。リストラされた人たちは、一刻も早く次の職場を見つける必要があるのだが、残念ながら今の転職市場は彼らに対して最も冷たい。

 これは、企業組織のピラミッド構造に人口構造と重ね合わせるとどうしても中高年層があふれてしまう、他方で雇用を受け入れる新しい産業基盤がまだ整っていない、という構造的な問題であるから、一朝一夕に解決できる話ではない。だが、安倍氏の再チャレンジが中高年にとっての希望となるだけでも、少しは社会の前途が明るくなるのではないか?そしてもちろん、安倍”総理”には、この構造的問題を解決する経済政策や雇用対策を期待している。
2012年12月02日

小川榮太郎『約束の日 安倍晋三試論』―朝日新聞のネガキャンで潰された首相


約束の日 安倍晋三試論約束の日 安倍晋三試論
小川 榮太郎

幻冬舎 2012-09-03
売り上げランキング : 32

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 衆院総選挙を約2週間後に控えて、小川榮太郎著『約束の日 安倍晋三試論』を読んだ。安倍氏に対しては、5年前の総理辞職の際に不当な批判をしてしまったことについて、本当に申し訳なかったと言わなければならない。安倍氏は戦後生まれ初の首相として、「戦後レジームからの脱却」というテーマを掲げ、在任期間わずか約1年の間に、「教育基本法改正、防衛庁の省昇格、憲法改正の布石となる国民投票法の制定、天下りの規制を皮切りとする公務員制度改革など、過去半世紀の全ての首相が敬遠してきた国家の土台部分の難しい宿題を一挙に前進させたのである」(同書より)。

 教育基本法改正は日教組との、公務員制度改革は官僚との全面対決を要する。安倍氏はこれらの既得権益に対して真っ向から勝負を挑んだ。また、防衛庁の省昇格は、従来の日米同盟における「アメリカ=主、日本=従」という関係を見直し、日本がアジアにおける安全保障の責任を主体的に果たすことの意思表明である。さらに、憲法改正をめぐっては、改憲派と護憲派が、とりわけ第9条をめぐって神学的な論争を長年続けてきたが、肝心の改正手続きが整っていなかったところに、安倍氏が国民投票法によって憲法改正の現実的な道を開いたのである。

 これだけの実績を、たった1年で上げたことを私は見落としていた。そして、既存メディアをそう簡単に信じまいと心の中では思いながら、結局は安倍バッシングの報道に流されていた自分を恥じた。著者は、特に朝日新聞による常軌を逸した報道を断罪している。「安倍の葬式はうちで出す」。これが朝日のある幹部の言葉だという。つまり、どんな手段を使ってでも、安倍氏を総理の座から引き摺り下ろすことだけが目的だったわけだ。

 私は昔から、朝日と毎日だけはどうも好きになれない。論調が左寄りである点もさることながら、左寄りであるにもかかわらずあまり一貫性のある強い主張が展開されないように思えるためだ(言葉を濁さずに言えば、読者に対して知らず知らずのうちに親中派の意識を植えつけようとする思想工作的な報道にも嫌気が差している)。その点、産経は右寄りで主張もはっきりしているから、その論調に賛否両論はあるが、私は割と好きだ。メディアは中立であるべきだという議論があるけれども、中立という立場それ自体が1つの立場である。メディアである以上は何らかの立場に立って、しかるべき主張を発信するのが宿命だと考えている。

 だから、ポータルサイトのMSNのニュースが毎日から産経に切り替わった時は、喜んで飛びついたものだ。ところが、産経と同じくフジサンケイグループに属するフジテレビの某キャスターが、安倍氏のことを未だに「お腹イタイイタイ病で政権を放り投げた人」と揶揄したのは残念でならない。もっとも、安倍氏が自民党総裁に返り咲いた時に食べた高級カツカレーを批判して自爆した朝日に至っては、コメントのしようがないわけだが・・・(朝日新聞「安倍総裁、高級カツカレー食べ話題」→朝日社内のカツ無しカレーは3675円)。

 安倍氏は熱心なFacebookユーザーである(http://www.facebook.com/abeshinzo)。多忙な中濃密な情報を毎日発信しており、フィード購読者は今や10万人を超えている。日本の政治を諦めず、少しでもよくなってほしいと願う人には、是非フィードを購読してもらいたい。安倍氏の再登板の日は近づいている。

 それにしても、なぜ朝日新聞は安倍氏を敵視していたのか?安倍氏が「戦後レジームからの脱却」を掲げて、日教組や官僚・公務員といった既得権益と全面対決したことは前述の通りだが、新聞社は必ずしも直接的なターゲットではない。むしろ、民主党政権下で原口総務相が打ち出した「クロスオーナーシップの禁止」の方が、新聞社ならびにテレビ局にとっては死活問題である。そんな個人的な疑問に対して、池田信夫氏の次の分析を読んでなるほどと思った。
 私は、朝日が代表しているのは団塊の世代のサンクコストではないかという気がする。

 戦後すぐ教育を受けた朝日の幹部の世代にとって、平和憲法は絶対の善であり、社会主義は理想だった。日本は非武装中立から社会主義に向かって『進歩』することになっていた。しかしその後、彼らの嫌悪する資本主義がめざましい発展を実現する一方、社会主義は挫折し、冷戦の終了でその勝敗は明らかになった。

 民主党の首脳のような団塊の世代には、学生運動で人生を棒に振った人も少なくない。彼らにとっては、『戦後民主主義』を否定することは自分の人生に意味がなかったと認めることになる。
(池田信夫 blog part2「安倍晋三vs朝日新聞」)

  • ライブドアブログ
©2009 free to write WHATEVER I like