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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京から実家のある岐阜市にUターンした中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。ほとんど書評ブログ。たまにモノローグ。双極性障害Ⅱ型を公表しながら仕事をしているのは、「双極性障害(精神障害)の人=仕事ができない、そのくせ扱いが難しい」という世間の印象を覆したいため。

 中長期的な研究分野は、
 ①日本の精神、歴史、伝統、文化に根差した戦略論を構築すること。
 ②高齢社会における新しいマネジメント(特に人材マネジメント)のあり方を確立すること。
 ③20世紀の日本企業の経営に大きな影響を与えたピーター・ドラッカーの著書を、21世紀という新しい時代の文脈の中で再解釈すること。
 ④日本人の精神の養分となっている中国古典を読み解き、21世紀の日本人が生きるための指針を導くこと。
 ⑤激動の多元的な国際社会の中で、日本のあるべき政治的ポジショニングを模索すること。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2012年12月22日

曾野綾子『二十一世紀への手紙 私の実感的教育論』―相手に期待しすぎなければ、裏切られることも少ない


二十一世紀への手紙 私の実感的教育論 (集英社文庫)二十一世紀への手紙 私の実感的教育論 (集英社文庫)
曾野 綾子

集英社 1995-05-19

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 個人の存在は、大きいようでいて小さい。一人一人の生を大切に取り出し、それに深い思いを馳せ、限りなくいとおしむということ以外、小説家の仕事の基本的な姿勢もないものである。しかしそれは、自分の体験が、絶対であり、正しく、人はすべて自分の存在を大切に考えてくれるのが当然だ、と要求する幼児的な精神構造を許容することとは違う。

 自分の子供がかわいくてたまらない話など投書するな。ゴルフの話なら誰でも興味を持つと思うな。下手な歌をカラオケで聞かせることは罪悪に等しいと思え。自分史をやたら人に配るな。自分が閑だからと言って気楽に他人に手紙を書くな。アンケートには必ず返事が来るものと思うな。信仰の話など気楽に人にするな。自分のかわいがっている犬や猫なら客もかわいいと思ってくれるだろうと思うな。自分の苦労話を他人が感動すると思うな。
 引用文には厳しい例が並んでいるが、要するに「自分の中で勝手に相手に対する期待値を上げてはならない」ということだと解釈している。これは私が今年学んだ大きな教訓の1つである。私は仕事であれプライベートであれ、いろんなシチュエーションで、相手にこうしてほしい、あるいはこのレベルまではやってくれて当然だ、という絶対的な基準を設定することが多かった。しかし、相手が私の期待値を超えず怒りを感じる。だが、その発散方法が解らずに怒りを溜め込んでしまう。その繰り返しで随分と心身を痛めつけていたのだろう。

 だから、最近は些細なことは受け流すように努めている。マンションの住民から挨拶が返ってこなくても、近所で新築マンションの工事をしているために自宅が揺れても、勉強や仕事目的で入ったカフェに大声で話す先客がいても、バカみたいにでかいエンジン音で突っ走るバイクとすれ違っても、スーパーで商品を選ぶのに夢中なあまり狭い通路をふさいでいることに気づいていない人がいても、3,700円の買い物をしてこちらが4,200円を出したところ500円のおつりが100円玉5枚で返ってきたとしても、まぁいいかと思うようにしている。まだまだ不完全だが、怒りを受け流す技術が少しずつ身についてきている。

 怒りを受け流す技術に長けている人物の1人として、私は落合博満前中日監督を挙げたい。落合氏は3冠王を3度獲得した稀代の大打者であるから、普通であれば選手に教えたいことは山ほどあるだろうし、「何でこんなこともできないんだ」と怒りたくなるケースも多々あるに違いない。しかし、試合前の練習にはほとんど姿を見せず、試合になれば、選手交代でベンチを出る時以外は石のように動かない。参謀の森繁和前ヘッドコーチをして、あそこまで動じない人は見たことがないと言わしめたほど、感情を表に出さない不動の人である。

 落合氏はハナから選手にあまり期待していなかったのだと思う。監督退任後にテレビのインタビューをたくさん見たが、「オレの思い通りに選手が動いてくれれば8回とも優勝していた」とか、「8年間で成長した選手なんて1人もいない」などと柔和な笑顔で放言(?)してしまうあたりに、選手への期待値の低さが表れている。8年という長期にわたって、常に優勝争いの強いプレッシャーにさらされながら、それでも結果を出すことができた(リーグ優勝4回、日本一1回)秘訣の1つが、このどっしりとした心構えにあるような気がする。落合氏が選手に過剰な期待をかけて、思い通りにいかないたびに怒りをあらわにしていたら、チームは早い段階で崩壊していただろう。

 それでも、落合氏も人間であるから、自軍の攻撃が終わって監督室に戻ると、「バカヤロー、あいつあんな球振りやがって」と怒ることもあったというし、「選手はオレが相当怒っているのを感じていたと思う」とも述べている。長嶋一茂氏は落合氏とのインタビューを通じて、「おそらくサンドバック的な存在の人が誰かいたのではないか?」と推測している。それぐらい、怒りを完全にコントロールすることは難しい。最近になって落合氏が顔面麻痺に見舞われたのは、監督時代のストレスが少なからず影響していると思われる。
2012年12月20日

自分を苦しめていた怒りからの脱却、そして思想的転換


 夏場にブログを一時休止し、この冬に新ブログを立ち上げたことから推し量っていただけるように、今年の夏は個人的にかなりのドタバタがあり、同時にこれまでの人生と今後の自分についてじっくりと考えさせられる機会があった。

 この3か月ほどで変わったこと。上手く表現できないのだが、今年の夏ぐらいまでは、「頭の中の思考は未来を向いているのに対し、現実の体験は過去を向いていた」。独立してちょうど1年ぐらいだったこともあって、自分が目指す事業を構想し、ビジネス書を読み漁って新しい知識の吸収に努めていた。しかしその一方で、仕事をするたびに昔の苦い経験を思い出しては、不適切な怒りで自分自身を苦しめていた。前に向かって一生懸命走ろうとしているのに、過去への怒りが足かせになって、なかなか真っ直ぐ前に進むことができなかった。

 やや話がそれるが、怒りっぽい人は心筋梗塞になりやすい。これには医学的根拠があるようだ。レッドフォード・ウィリアムズ&ヴァージニア・ウィリアムズの著書『怒りのセルフコントロール』には、怒りが心筋梗塞へとつながるシナリオがリアルに描かれている。簡単にまとめてみると、こんな感じだ(一応断っておきますが、私は何らかの心臓病になったわけではありません)。
 ・怒りを感じると視床下部が刺激され、神経細胞が副腎にシグナルを送って、アドレナリンとコルチゾールを血中に大量に分泌させる。
 ・アドレナリンは身体を戦闘モードに切り替えるべく、動脈を拡張させて心臓と筋肉に血液を送り込む。
 ・視床下部は交感神経を刺激して、皮膚や腎臓、腸に血液を送る動脈を収縮させる(戦闘モードの時は、食べ物を消化している場合ではないため)。
 ・コルチゾールには、アドレナリンの効果を増幅させる働きがある。さらに視床下部は、副交感神経系の働きを抑制し、これによってアドレナリンの効果を持続させる。
 ・アドレナリン&コルチゾールのタッグで血圧が上昇したことにより、冠状動脈の内膜にある内皮細胞が侵食される。すると、血小板がその傷を治そうと集まってくる。
 ・血小板が分泌する化学物質は、冠状動脈壁の筋肉細胞を動脈内面に移動させ、動脈内で肥大、増殖させる。
 ・血中の細胞群であるマクロファージが冠状動脈の損傷箇所に集まり、傷ついた組織や残骸を飲み込んでいく。
 ・アドレナリンは脂肪細胞にも働きかけ、戦闘に使用するエネルギーを供給するために、脂肪を運動エネルギーに変換する。
 ・しかし、本当に戦闘をするわけではないからエネルギーは過剰となり、余ったエネルギーは肝臓でコレステロールに変えられ、血中に放出される。
 ・血中のコレステロールは、冠状動脈の損傷箇所に溜まっている血小板やマクロファージに吸収されて、泡沫細胞となる。
 ・コレステロールが詰まった泡沫細胞は、怒りを感じるたびに上記のようなプロセスを繰り返して肥大し、冠状動脈を圧迫する。
 ・ある日冠状動脈が完全にふさがれてしまい、心筋梗塞に至る(怖い・・・)。
怒りのセルフコントロール怒りのセルフコントロール
レッドフォード ウィリアムズ ヴァージニア ウィリアムズ Redford Williams

創元社 1995-05

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 今は反対に、「頭の中の思考は過去を向いているのに対し、現実の体験は未来を向いている」。経営の流行を追いかけるのは止めた。新しいビジネス書もほとんど読んでいない。前のブログを休止する直前に、「将来的には今の個人事業を法人化する」とか、「法人化したらこういう方針で人材を採用する」などと計画を練っていたが、それらの計画を全て中止した。私の精神は、どちらかというと、「戦後の日本社会はどうやって創られたのか?」、「あの戦争は一対何だったのか?」と、今までとは正反対に過去へと遡りつつあり、突き詰めていくと「日本とは何か、日本人とは何か、日本の文化や価値観とは何なのか?」といったことに関心が移っている。

 では、現実の体験はどうかというと、過去の呪縛から徐々に解き放たれて、今はとにかく、目の前にある1つ1つの出来事に、自分ができる範囲で取り組もうと前向きな体験を求めている。といってもごくごく単純なことで、毎日規則正しい生活をする、日記を書く、家事を手伝う、セミナーや勉強会に足を運ぶ、友人の集まりや中小企業診断士の懇親会に顔を出すなど、本当に些細な活動を積み重ねることである。そして、再びコンサルティングの仕事を軌道に乗せようとしていること、それ以外の何物でもない。言うなれば、後ろを振り返りながら前向きに走っている。走りにくいけれども、今まで私の足を縛っていた鎖はなくなった。過剰な怒りを感じることも少ない。だから、以前よりむしろスムーズに走ることができている。

 自分でも何を書いているのかよく解らなくなってきた(汗)。時が経てば、今年の夏の意味がもっとクリアになるのかもしれない。そして思うに、今の精神と身体、すなわち「日本人とは何か?」という壮大な問いに答えようとする「過去志向の思考」と、目の前のタスクを粛々とこなしていく「未来志向の体験」は、いつの日か融合して、「日本らしい経営のあり方」という、骨太の思想へと私を導いてくれるような気がする(何だこの禅問答みたいな記事は!?)。
2012年12月18日

佐々木玲仁『結局、どうして面白いのか─「水曜どうでしょう」のしくみ』―「嬉野Dのカメラ=視聴者の目線」という構図


結局、どうして面白いのか ──「水曜どうでしょう」のしくみ結局、どうして面白いのか ──「水曜どうでしょう」のしくみ
佐々木玲仁

フィルムアート社 2012-09-13

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 昨日の記事「佐々木玲仁『結局、どうして面白いのか─「水曜どうでしょう」のしくみ』―物語の二重構造」の続き。昨日は、「メタ物語」として展開される水曜どうでしょう固有の「型」が、「人生は偶然に左右されやいものであり、偶然はしばしば計画よりも好ましい状態を生む」という人生の法則に合致しており、それゆえに視聴者が共感しやすいと書いた。だが、視聴者が”何度も見たくなるほど”強く共感してしまうのはなぜだろうか?

 それはひとえに嬉野Dのカメラワークにあると私は思う。本書でも嬉野Dのカメラワークが分析されているが、ここでは私論を述べてみたい。結論から言えば、嬉野Dのカメラワークには、あたかも視聴者がどうでしょう班と一緒に旅をしているかのような気持ちにさせる作用がある。

 水曜どうでしょうでは、移動する車中を撮影するシーンが非常に多い。この時、嬉野Dはどこに座っているかというと、たいては助手席である。藤村Dか大泉さんが運転する時には、嬉野Dは助手席に座る。カブの企画でも、嬉野Dは助手席に座っている。助手席は、車で言えば下座にあたる(稀に、藤村Dが複雑な道を運転し、ミスターが助手席に座って地図を見ながらナビをする場合には、大泉さんがミスター〔助手席〕の後ろ、嬉野Dが藤村D〔運転席〕の後ろに座るが、これは珍しく嬉野Dが優遇されている特殊形である)。

 ここで嬉野Dは、出演者の2人を撮ったり、外の景色を撮ったりと、かなり自由に撮影を行っている。藤村Dが嬉野Dのカメラワークに口出ししたことはないと本書にも書かれているから、嬉野Dが何を撮るかは完全に嬉野Dの裁量に委ねられている。そして、嬉野Dがあの座席で撮っているのは、「何となく旅について来てしまった人が見る風景」なのだ。

 「何となく旅について来てしまった人」だから、上座には座れない。下座にちょこんと座って、成り行きを見守る。3人の会話で大事なポイントが来ればそちらを見るものの、それ以外の時は外の車窓の外に目をやり耳だけを会話に傾けている。そして、時々退屈になって寝てしまう(実際、嬉野Dが撮影中に居眠りをして、道がガバッと横になった映像になってしまったり[ヨーロッパ・リベンジ]、重たいデジカムを大泉さんにぶつけたり[四国八十八か所Ⅱ]したことがある)。

 車以外のシーンでの撮影はどうかというと、やはり嬉野Dは遠慮がちな立ち位置でカメラを回している。マレーシアのジャングルや洞窟を探検する時も(「マレーシア ジャングル探検」、「ジャングル・リベンジ」)、東京で大泉さんが行きたいスポットを歩いて回る時も(「東京ウォーカー」)、嬉野Dはタレントの後ろについて行ってバックショットを撮っている。タレントを正面で受けることはほとんどない。せいぜい横に並んで大泉さんの横顔のアップを押さえるぐらいである。

 こうした嬉野Dの一連の行動は、仮にどうでしょう班の旅に視聴者が同伴していたら、視聴者が取るであろう行動そのものなのである。2011年の「原付日本列島制覇」では、大泉さんに「彼(嬉野D)はもはや作り手でも何でもない。どうでしょうの旅に選ばれて参加した素人みたいなもの」と揶揄されているけれども、この発言こそ嬉野Dの立ち位置を最もよく表現している。

 嬉野Dのカメラワークは、視聴者にどうでしょう班の旅を仮想体験させる効果がある。さらに、ほどよい”手振れ加減”が、旅の臨場感を増幅させる(2011年に放送された4年ぶりの最新作「原付日本列島制覇」では、嬉野Dがカメラを回さず、撮影がプロのスタッフに任せられた結果、嬉野D特有の手振れが減ってしまいちょっと残念だった)。よって、どうでしょうのメタ物語は、旅の記憶として視聴者の頭にインプットされる。そして、私たちが旅の思い出を写真で時々振り返りたくなるのと同じような感覚で、番組を何度も観てしまうのではないだろうか?

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