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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。ほとんど書評ブログ。双極性障害Ⅱ型を抱えながら頑張っています。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2019年01月29日

【2018年反省会(7)】7月に実家に戻った時は割と平気だったが悪い兆候があった


実家

 6月まで小規模の案件はいくつかやったものの、事業を継続できるほどの案件は獲得できなかった。そのため、再び徐々に体調が悪くなっていった。普段の私は月に17冊ほど本を読むのに(年200冊ペース)、体調が悪くなると本がほとんど読めなくなる。これが私の抑うつ症状のサインである。実は3月頃から、岐阜の実家にいる父親には「こっちに帰って来い」と言われていた。そこで、7月は1か月間岐阜で静養すると決めて、一旦実家に戻ることとした。

 実家に戻った後、地元の病院の精神科にかかり、そのまま入院する予定であった。ところが、たまたま外来が立て込んでいたらしく、初診日が1週間後になった。さらに、これまた偶然にも、初診時には精神科の病棟が満床であった。病床に空きが出るまで待っていたのだが、実家に戻ってから10日ほどで割と元気になった。そのため、入院を見送り、実家で静養することにした。そのまま7月末までは仕事を全くせずに、読書三昧の日々を送った。しかしながら、この時既に、私の実家はかなりおかしいと思わせる兆候がいくつもあった。

 まず、病院の精神科に電話で初診の予約を入れようとしたところ、父親から「自分はあの病院の院長と友達だから、まずはその院長に会え」と言われた。私がかかろうとしていた病院は、岐阜の中でもかなり大きな病院である。一方、私の父親は、今は潰れてしまったアパレル会社に定年まで勤めていたしがないサラリーマンであった。

 父親に関してなぜそう言い切れるのかというと、父親は文字を書くのが非常に遅いからである。私は幼少期に父親が何か文字を書いている様子を見たことがなく、今回実家に戻った時に初めて文字を書くのを見た。父親は文字を真っすぐに書くことができないのか、文字を書くスペースの下に定規を置き、定規の上に手をあてがいながら文字を書いていた。驚くべきことに、自分の名前を書くだけで1分ぐらいかかった。父親はパソコンが使えないため、会社員時代には手書きで資料を作成していたはずである。だが、これほど文字を書くのが遅ければ、管理職として文書を裁くことはまず無理だろう。勤務先がアパレル業であるから、図面を描いていたのかもしれない。しかし、文字を書くのは遅いのに図面を引くのは早いというのも考えにくい。

 ともあれ、父親に反論すると面倒なことになりそうだったため、院長に会うことにした。院長は消化器内科の先生だったらしく、消化器内科の診察室に入った。すると、案の定、精神科に行って初診の予約をするように促された。私は精神科で初診の予約を入れたのだが、「消化器内科にかかった」ことになっていて、初診料を支払う羽目になった。電話で直接予約をしていれば時間もコストもかからなかったのにと父親に言ってやりたかった。そもそも、大病院の院長と父親が友達であるはずがない。父親は院長のことを友達だと思っていても、院長は方々につき合いがあるから、父親のことはつき合いのある人の中の1人としか見ていない可能性が高い。

 他にも不思議なことがいくつもあった。私が薬をお茶で飲もうとしたところ、「何でお茶で飲むんだ?水で飲むのが常識だろ」と怒られた。基本的に、薬はお茶で飲んでも問題ない。例外は鉄剤ぐらいである。お茶に含まれるタンニンという成分が鉄の吸収を妨げるためだ。私が過去3回入院した際には、薬をお茶で飲んでも看護師から注意されたことはない。

 私の朝食は、社会人になった時からトーストとカフェオレと決まっている。実家に戻った当初は母親が朝食を用意してくれた。ただ、ブラックコーヒーであったため、私は冷蔵庫から牛乳を取り出してコーヒーに注ごうとした。すると父親は、「何をやっているんだ。牛乳が腐るだろ」と口を挟んできた。いちいち説明するのも馬鹿馬鹿しいのだが、カフェオレとはそうやって作るものである。仮に牛乳が腐るとすれば、私は何度もカフェオレでお腹を壊すのに一向に学習しない人になってしまう。スターバックスでは、熱々のエスプレッソに牛乳を注いでアイスカフェラテを作る。もしそれで牛乳が腐るならば、スターバックスはアメリカの2号店ぐらいで潰れていただろう。父親はスターバックスのスタッフの動きを見たことがないのかと疑問に感じた。

 多治見市の夏の最高気温が40度近くまで上がってしばしば全国ニュースで紹介されるように、岐阜の夏は非常に暑い。父親は普段、リビングの横の和室で寝ていたようである。私が戻ってきたことで、わざわざ和室を空けてくれ、父親自身はリビングで寝るようになった。ところが、父親はエアコンが嫌いなのか、リビングのエアコンをつけるのは夕食前後の数時間だけであった。しかも、建物の構造上、和室にはリビングのエアコンの空気が流れてこない。夜中のリビングも蒸し暑いだろうが、和室はもっと蒸し暑かった。以前にも書いたように、私は精神病を発症して以来、過眠体質である。実家に戻る前も、若干過眠の傾向があった。しかし、和室があまりにも蒸し暑いために、9時頃に寝ても、夜中の2時前には目が覚めて、そのまま明け方まで眠れなくなってしまった。この状態が1か月ほど続いたのが苦しかった。

 父親は既に定年退職しており、普段は朝からずっとリビングでテレビを見て過ごしているようだ。私はどちらかと言うとテレビを観るのが嫌いであるから、和室にいながらテレビの音だけを聴いていた。すると、父親は午前中、正午、昼下がり、夕方と、チャンネルを変えながら1日に4回も同じニュースを観ていることに気づいた。私がテレビ、特にニュース番組を嫌う理由は、インターネットであれば2~3分で読むことができる話題を、10~15分ぐらいかけて丁寧すぎるほど丁寧に解説するためだ。1つの番組で主に取り上げられるニュースは5つ程度にとどまり、展開が遅くてイライラしてしまう。その5つ程度の話題を1日に4回観るだけで1日の大半を過ごしていたら、脳の機能が低下して認知症のリスクが高まるのではないかと心配になった。

 父親は、その5つ程度の話題について、毎日あれこれ言っていた。テレビが取り上げる5つ程度の話題の中には、夏場のエアコンの使い方も含まれていた。様々な番組が、就寝中も熱中症にかかるリスクがあるため、エアコンを適切に使用するようにと連日のように視聴者に呼びかけていた。それなのに、このエアコンの件だけは、父親は絶対に触れなかった。

 私は単刀直入に、なぜエアコンを使わないのかと尋ねてみた。すると、「エアコンを使うと電気代が月に5万円上がるからだ」という返事が返ってきた。実家に設置されていたエアコンはかなり新しいモデルである。だから、1日中つけっぱなしにしても、おそらく電気代は1万円程度増えるにすぎない。毎月の電気代を明細で確認しようと思えばできたはずの父親が、何を根拠に5万円という金額を持ち出したのかは全くもって不明である。今となれば、1万円ぐらいの電気代なら自分が払うので、頼むから夜はエアコンをつけてくれとお願いすればよかったと思う。だが、その時はどうせ実家にいるのは1か月程度だからと我慢して過ごした。

 私は、午前中に外出して近所のカフェで本を読み、昼食になると一旦実家に戻り、昼食後には再び外出しカフェを転々としながら本を読んで、夕食の時間に実家に戻るという生活を送っていた。そのような生活をして間もなく、父親が「午後は車でショッピングセンターに連れていく」と言った。父親は日中エアコンをつけないし、ショッピングセンターで涼みがてら買い物をしたいのだろうと思い、父親に同行することにした。父親が買い物をしている間、私はフードコートでドリンクを飲みつつ本を読んでいた。小一時間すると父親がやって来て、車で実家に戻った。

 しかし、私はすぐに、父親が実は買い物をしておらず、単にショッピングセンターの中を散歩しているだけであると解った。父親が日中にテレビを観ない日は毎日のようにショッピングセンターに行くのだが、岐阜のショッピングセンターは各地に点在しているため、どのショッピングセンターであっても車で往復2時間近くかかる。私は、近所のカフェを使えば読書時間が2時間近く増えるのにと思っていた。もっとも、実家に戻る際にそれほど多くの本を持ち込んでおらず、あまりに読書時間が増えると本を読み切ってしまい、残りの時間を持て余すかもしれないから、読書のことはそれほど問題にしていなかった。それよりも、頻繁に車で2時間近く走るためのガソリン代があれば、1か月のエアコン代を賄うことができたのではないかと考える。

 父親はある日突然、「自分の友人が近所で会社の社長をやっているから会わせてやる」と言った。私には特段それを断る理由もなかったので、父親について行った。社長からは、私の父親は高校の同級生であると聞いた。私はこの時初めて、父親の最終学歴が高卒以上であることを知った。私は幼少期にかすかに聞いた断片的な話を総合して、てっきり父親が中卒であると思い込んでいた。社長はもう30年ぐらい自分の会社を経営しているらしく、当然のことだがまともにコミュニケーションを取れる人だった(社長をやっていなくても、また30年仕事をしていなくても、まともにコミュニケーションできるのが普通だが)。一方、その社長と会話をしている父親は、一体何を話しているのか理解できないことが多々あった。前述した文字を書くスピードの遅さのこともあり、いよいよ父親はどうやって定年まで勤め上げたのか、不思議でならなかった。

 母親もおかしいと思わせる兆候があった。前述の通り、私が外出した時には、昼食と夕食の時間までに実家に戻る必要があった。昼食は11時半、夕食は5時半ときっちり決まっていた。7月の後半に、私の体調を心配した岐阜の友人たちから、一緒に晩御飯を食べようと誘われたことがある。友人たちも仕事で忙しいので、7時から10時半の間だけ時間を作ってくれた。母親にこのことを伝えると、その日に夕食をスキップするのは構わないが、なぜ帰りが10時半になるのかと迫られた。「カギを貸してくれれば勝手に開けて入るから」と私はお願いした。そう、私は実家のカギを渡されていなかったのだ。だから、私がいつも外出先から昼食と夕食の時間に実家へ戻るたびに、インターホンを押して両親のどちらかに玄関を開けてもらっていた。

 母親はパートの仕事をしており、父親もいくら退職後で時間があると言っても用事で出かける日はある。すると、私が早めに実家に戻ってきてしまった時には、インターホンを押しても両親が不在であることがあった。仕方なく私は、炎天下の中で両親のどちらかが帰ってくるのを待っていた。私は、両親が毎日9時過ぎには就寝することを知っていた。だから、私が10時半に帰ると、インターホンでどちらかを起こさなければならない。それを避けるためにカギを貸してほしいとお願いしたのに、母親からは「あんたは大学生の時に銀行の実印を落としたことがあるから、カギは渡せない」と言われてしまった。学生時代に実印を落としたのは確かである。だが、それはもう15年ほど前の話であるし、社会人になってからカギを落としたことなど一度もない。やむを得ず、その日だけは母親に10時半まで起きていてもらうという例外措置を取った。

 以上、色々とあったが、7月は比較的元気になったこともあり、あまり深刻にはとらえていなかった。月末に東京に帰る際、両親がJR岐阜駅まで送ってくれた。駅には新幹線の自動券売機が設置されている。私はいつも通り、自動券売機で東京駅までの切符を買おうとした。すると父親が、「なぜそっちで買うんだ?窓口に並んで買え」と私を引き留めた。みどりの窓口は、新幹線の定期を購入する人や、一般の券売機で購入できない長距離の在来線の切符を購入する人などが利用するものである。自動券売機で切符を購入できる人間が、なぜわざわざ窓口に並んで買わなければならないのかと心の中で反発した。とはいえ、1か月近く実家で世話になった手前、帰り際に喧嘩をしてもただ失礼なだけだと思い、窓口で切符を買ってさっさと帰京した。
2019年01月28日

【2018年反省会(6)】就労継続支援A型・B型とは?障害者手帳とは?


作業所

 前回の記事では、「就労移行支援」という障害者の就労をサポートするサービスに触れた。同様のサービスとして、他には「就労継続支援A型」と「就労継続支援B型」がある。就労継続支援A型の対象者は、雇用契約に基づいた勤務が可能だが、現在は一般企業への就職が困難な65歳未満の人である。事業所と雇用契約を結び、労働者として働きながら就職のための知識・能力を身につける。さらに就労に向けた訓練を受け、一般企業への就職を目指す。

 就労継続支援B型は、A型の仕事を行うことが難しい障害者や、年齢・体力などから見て一般の企業で働くことができなくなった人が対象である。A型とは異なり、事業所と雇用契約を結ばないため、非雇用型とも呼ばれる。利用者は作業訓練などを通じて生産活動を行う。その上で、A型や就労移行支援を目指す。就労継続支援事業所は、いわゆる「作業所」であり、利用者は製品組み立てのような軽作業、カフェのスタッフなどといった仕事に就く。A型では利用者が事業所と雇用契約を結んでいるので、基本的には最低賃金以上の給与を得ることができる。一方、B型は非雇用型であり、給与の代わりに工賃が支払われる。平たく言うと、事業所が獲得した利益を、利用者の貢献度合いに基づいて配分するものである。

 厚生労働省の資料「障害者の就労支援について」(2015年7月14日)を読むと、就労移行支援、就労継続支援A型・B型における障害種別ごとの利用者数の推移が解る。就労継続支援B型では障害種別による差はほとんどないのに対し、就労移行支援と就労継続支援A型では、精神障害者の伸びが大きくなっている。

就労移行支援、就労継続支援A型・B型の利用者数の推移

 先ほど、就労継続支援A型では利用者は最低賃金以上の給与を獲得できると書いた。ところが、実際には、給与の額は事業所によってかなりのばらつきがある。平均賃金月額は2006年から2013年にかけて約40%減少しており、2013年の平均賃金月額69,458円を時給換算すると、全国の最低賃金の平均額である764円を若干下回る。

就労継続支援A型における平均賃金の状況

 就労継続支援B型については、2013年の利用者の平均工賃月額は14,437円であり、2006年と比べて18.1%上昇している。とはいえ、上位25%と下位25%の事業所の平均工賃には約5.8倍の差があり、A型と同様に事業所ごとのばらつきが大きい。また、平均工賃月額を時給換算すると178円となり、全国の最低賃金の平均額の4分の1以下にとどまる。

就労継続支援B型における平均工賃の状況

 就労継続支援事業所は、A型・B型ともに企業から請け負った軽作業や飲食店の運営などによって一定の売上を上げている。とはいえ、一般企業に比べるとどうしても売上は小さい。また、就労移行支援事業所は職業訓練の場であり、基本的には売上が存在しない。これらの事業所は国から支給される「障害福祉サービス等報酬」によって経営されている。障害福祉サービス等報酬とは、医療機関における診療報酬のようなものである。詳細は「障害福祉サービス費等の報酬算定構造」にかなり細かく記載されている(1単位=10円)。簡単に言うと、利用者1人あたりの報酬と、事業所側の支援体制の充実度合いに応じた報酬によって成り立っている。

 以下のサイトでは、就労移行支援事業所、就労継続支援事業所A型・B型の簡単な収支シミュレーションが掲載されている。

 就労移行支援事業所の収支シミュレーション
 就労継続支援事業所A型の収支シミュレーション
 就労継続支援事業所B型の収支シミュレーション

 ただし、私から見ると、このシミュレーションはかなり甘いと思う。いずれも営業利益率が20~40%ほどあり、こんなに利益が出るならば誰もが参入したがるに違いない。上記のシミュレーションには、利用者を集めるのに必要な広告費用や、細かい報酬計算を行う経理の費用、仕事を獲得するための営業費用(就労継続支援A型・B型の場合)などが含まれていない。また、スタッフ給与も相当低く設定されている。一般に、福祉関係の仕事は給与が低いことは、この仕事に就く人ならばある程度は理解している。とはいえ、長く働き続けるとやはり昇給を期待するものである。事業所側が人件費の上昇を嫌うのであれば、スタッフを交代させ、新規のスタッフを採用しなければならない。その場合の採用や訓練に要する費用も考慮されていない。

 仮にこれらの費用を入れて試算をすると、営業利益率はおそらく3%程度になるのではないかと予想する。3%程度の営業利益では、売上やコストが少しでも変動するだけですぐに吹き飛んでしまう。就労移行支援、就労継続支援A型・B型ともに、障害福祉サービス費等の報酬は厚生労働省によってあらかじめ決められている。一般的な事業では、顧客が増えて競争が激化したら、付加価値をつけて差別化を狙い、顧客単価を上げようとする。ところが、この手の報酬は、診療報酬や薬価のように、利用者が増えれば増えるほど、年々切り下げられることが多い。事業所が差別化のためにサービス品質を上げると、かえって収益を圧迫してしまう。

 ここで、就労移行支援、就労継続支援A型・B型と障害者手帳の関係について述べたいと思う。障害者手帳は、身体障害(身体障害者手帳)、知的障害(療育手帳)、精神障害(精神障害者保健福祉手帳)をカバーする。就労移行支援、就労継続支援A型・B型ともに精神障害者の利用が増加していることと、私自身も精神障害者保健福祉手帳(以下、精神障害者手帳と呼ぶ)を保有していることから、以降では精神障害者に限って話を進める。精神障害者手帳には3級から1級までの3等級があり、厚生労働省が次のように定義している。
 1級=精神障害であって、日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度のもの。
 2級=精神障害であって、日常生活が著しい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの。
 3級=精神障害であって、日常生活若しくは社会生活が制限を受けるか、又は日常生活若しくは社会生活に制限を加えることを必要とする程度のもの。
 私自身の経験や、他の精神障害者の方々から聞いた話を総合すると、3級は「日常生活はほとんど問題なく送れるものの、労働に制約がかかる人」、2級は「基本的に労働ができず、日常生活ではある程度介護を必要とする人」、1級は「労働がまず不可能であり、日常生活においても常に介護を必要とする人」と言い換えることができる。

 私は3級の手帳を保有している。精神障害者手帳の更新は2年に1回であり、私も2018年5月に更新をした。この時点で、2012年8月~9月上旬、2017年8月、2018年2月末~3月末と3回の入院を経験している。厚生労働省「平成30年版 障害者白書」によると、精神障害者の数は392.4万人であり、そのうち入院患者数は31.3万人と、その割合は約8%である。複数回入院したことがある人の割合を正確に算出することは難しいのだが、3回も入院した精神障害者はあまりいないであろう。それでも、私は退院すれば働くことができるので、更新後も3級のままであった(別に2級にしてほしいと思っているわけではない)。3級と2級の間にはかなり大きな違いがあるし、2級と1級の間にはさらに大きな違いがあると感じる。

 就労移行支援は概ね3級(障害者手帳を保有していなくても可となっている事業所が多い)、就労継続支援A型は概ね3級から2級、就労継続支援B型は概ね2級を対象としているようである。2級以上は労働にかなりの制約がかかる人であるものの、私が入院中に2級の手帳を保有している人と話した時には、就労継続支援B型で月に1万円でも2万円でも稼ぎたいという人がいたし、A型に通所して前述の平均賃金月額とほぼ等しい賃金を得ている人もいた。1級の手帳を保有している人の中にも、仕事に対する意欲を示す人がいた。

 だから、障害者=働くことができない人と一律でとらえてほしくないと私は思う。神奈川県川崎市に、知的障害者を積極的に採用している日本理化学工業株式会社という企業がある。同社は、チョークなどの各種文房具を製造・販売している。当初は障害者の雇用に積極的でなかったのだが、特別支援学校の教師が知的障害のある子どもを連れて、「この子に仕事をさせてほしい」と依頼してきたのが障害者雇用の始まりであった。障害者雇用に関する評判が広まると、知的障害を持つ子どもの母親が、「無給でもいいからこの子を働かせてやってください」とお願いに来たこともあったという。全ての障害者が働けると一般化するのは困難であろう。しかし、障害者でも働きたいと思っている人は決して少なくない。よって、障害者雇用はもちろんのこと、就労移行支援や就労継続支援A型・B型などを通じて場を用意することは重要である。

 障害者は常に一定数存在し、かつ近年はその数が増加していることから、就労移行支援や就労継続支援A型・B型には持続可能性が必要である。事業所の開設を考えている人に対しては、利益目的で安易に参入し、利益が出なくなったらさっさと撤退するようなことは避けてほしいと思う(実際、前述の試算の通り、利益を出すことはかなり難しく、慎重に経営しなければならない)。同時に、国に対しても、予算が厳しくなったからといって簡単に報酬を下げてほしくないと望んでいる。障害者が働けないことで病状が悪化し医療費がかさむことと、就労支援関連の予算が増加したとしても障害者がそれぞれ可能な範囲で働くことによって病状の悪化を食い止め、医療費を節約できることを天秤にかけて、適正な報酬体系を設計してもらいたい。

 精神障害者手帳を保有していると、行政から様々な金銭的支援を受けることができる。支援の内容は自治体によって異なる。東京都のHPでは、次のような支援が紹介されている。

 ①所得税計算上の優遇措置
 ②住民税計算上の優遇措置
 ③相続税計算上の優遇措置
 ④贈与税計算上の優遇措置
 ⑤少額預金の利子所得などの非課税制度、少額公債の利子の非課税制度
 ⑥自動車税・軽自動車税・自動車取得税の減免(1級のみ)
 ⑦個人事業税の減免
 ⑧都営交通乗車証の交付
 ⑨路線バスの運賃半額割引
 ⑩生活保護の障害者加算(1級と2級のみ)
 ⑪都営住宅の優先入居、使用承継制度、特別減額(特別減額は1級と2級のみ)
 ⑫都立公園・都立施設の入場料免除
 ⑬都立公園付設有料駐車場の利用料金免除
 ⑭全国の指定宿泊施設の利用料金に対する助成
 ⑮NTT電話番号案内の無料利用(ふれあい案内)
 ⑯携帯電話料金の割引
 ⑰生活福祉資金貸付制度
 ⑱駐車禁止規制からの除外措置(1級のみ)
 ⑲NHKの受信料免除

 しかし、私個人に限って言うと、これらの支援はほとんど受けていない。

 ①課税対象所得を計算する際に、27万円の「障害者控除」が加わる。所得税の税率は国税庁のHPに記載があり、仮に課税対象所得が330万円を超え695万円以下であれば、所得税が27万円×20%=5.4万円下がる。私が受けられるのは、この①ぐらいである。
 ②住民税の計算方法と障害者に対する優遇措置は自治体によって異なる。私が住んでいた豊島区の場合、前年中の所得が125万円以下であれば住民税が非課税になる。
 ③私には相続財産がない。
 ④私は贈与を受けていない。
 ⑤預金の利子は微々たるものであるし、公債は保有していない。
 ⑥私は自動車を保有していない。
 ⑦東京都の場合、合計所得金額(事業・不動産所得と給与・雑所得など各種所得金額を合計した金額〔青色申告特別控除前〕)が370万円以下であれば減免される。ただし、減免措置を受けるには申請が必要であり、私は今回の記事を書くまでこの減免措置を知らなかった。
 ⑧たまたまかもしれないが、私は都営地下鉄や都電さくらトラム、日暮里・舎人ライナーを利用する機会がほとんどない。一時期、大田区に顧客企業が何社かあり、都営浅草線をよく利用していたことがあった。しかし、月数千円のために申請するのが面倒だったのでやっていない。
 ⑨路線バスはまず利用する機会がない。
 ⑩生活保護を受給していない。
 ⑪都営住宅に住んでいない。
 ⑫ごくまれに東京都現代美術館や東京都美術館を利用する程度であり、普段は手帳を持ち歩いてないため、一般料金を支払っている。
 ⑬自動車を保有していないので、駐車場を利用しない。
 ⑭もう8年ぐらい旅行をしていないため、宿泊施設を利用することもない。
 ⑮NTT電話番号案内を利用したことがない。
 ⑯私はドコモと契約しており、ハーティ割引を受けている。だが、ハーティ割引を受けると他のいくつかの割引が受けられなくなる。私は、通話については24時間かけ放題プランを、データ通信については5Gプランを使っている。月額利用料はだいたい1万円(端末代を含む)で、ネットで調べた限りでは、他のユーザーとあまり変わらない。
 ⑰生活福祉資金貸付制度は利用していない。
 ⑱自動車を保有していないので、駐車禁止規制に引っかからない。
 ⑲NHKのHPによれば、手帳を保有している人がいる世帯で、かつ世帯構成員全員が住民税非課税の場合に限り、全額免除となる。

 私の場合は、自立支援医療(精神通院医療)高額療養費制度に大変お世話になっている。自立支援医療(精神通院医療)とは、精神科の病院や診療所に入院しないで行われる治療(外来、投薬、デイケア、訪問看護など)の自己負担額を軽減する制度である。通常、患者の自己負担は3割であるが、自立支援医療の適用を受けると、自己負担は基本的に1割となる。また、高額療養費制度とは、医療機関や薬局でかかった医療費の自己負担額が、ひと月(月の初めから終わりまで)で一定額を超えた場合に、その超えた金額が支給される制度(別の言い方をすれば、自己負担額が一定額に収まる制度)である。

 精神疾患の治療は長期にわたることが多い。治るまでに時間がかかるし、治った、あるいは寛解した(=全治ではないが病状が治まって穏やかになった)後も、再発・悪化を防ぐために継続的な通院が必要となる。私も長らく月に1回のペースで通院している。私の場合、1回の通院による診療代と薬代の合計は5,000円前後になる。1割負担でこの金額であるから、年間で使われる保険料は約5,000円÷10%×12か月=約60万円となる。また、精神科に入院すると、1か月でだいたい50~60万円かかる。そのうち、私の負担分は高額療養費制度で定められた上限額のみであり、残りは保険料で賄われる。だから、私は他の被保険者の皆様に頭が上がらないし、日本が国民皆保険制度を採用している国で本当によかったと感謝している。
2019年01月27日

【2018年反省会(5)】なぜか「就労移行支援事業所」でアルバイトをしようと思っていた


パソコン

 3月末に退院してから、4~6月の間に何をしていたのか、実はあまりよく覚えていない。当時の日記を見てもほとんど白紙である。ただ、たまたま2月末に終了する案件が重なっており、一から案件を開拓しなければならない時期であった。

 X社の仕事だけは、続けようと思えば続けることができた。収録は全て終わっていたものの、試験の内容は毎年少しずつ変わる。そのため、動画を修正しなければならない。とりわけ、中小企業診断士の「中小企業経営・中小企業政策」という科目は、毎年の中小企業白書をベースにしていることに加え、政策も年々変化していくことから、ほぼ全部を撮り直す必要があった。また、入院前にX社からは、受講者から届く質問に対して回答する仕事をお願いしたいと打診されたことがあった。しかし、提示された金額は、1回の対応につき500円であった。いつ来るか解らない受講者からの質問に対し、迅速に返答する仕事が1回あたり500円ではさすがにやっていられない。くだんのレジュメの報酬の件もあって、X社との契約は2月末で解除していた。

 本当は3月に案件の新規開拓をしなければならなかったのだが、1か月間入院してしまったため、4月には余計に焦りを感じていた。X社に先行投資していた分が回収できなかったこともあり、私の貯蓄はほとんど消えていた。まず、生活費を下げるために引っ越しをした。実を言うと、2014年にも生活費を下げるために引っ越しをしている。今回の引っ越しによって、家賃は私が就職して東京に出てきた当時と変わらない水準にまで下がった。

 ここで、どういうわけか、生活の基盤を作るためにアルバイトをしようと思い立った。私が精神疾患を抱えており、自分なら同じように精神疾患を持っている人の気持ちが理解できるだろうと勝手に考えて、就労移行支援事業所での仕事を探し始めた。就労移行支援とは、一般企業への就職が可能と見込まれる18~65歳未満の障害者を対象とした支援制度である。支援対象の障害者でかつ就職を希望する人は、一定の訓練を受けた後に就職に取り組む。解りやすい例で言うと、職場でうつ病を発症し、長期の休職を経て退職した人が、次の就職先を探すために様々なプログラムやサポートを受けることのできる福祉サービスである。

 長期休職をしていた人は、生活のリズムが整っていないことが多い。うつ病の人の中には、昼夜が逆転している人もいる。だから、最初は朝決まった時間に事業所に来て、事業所内で何かしらの作業(最初はネットサーフィンでもよい。とにかく、日中寝ないことが重要である)をしながら時間を過ごし、事業所が定めた時間に帰宅するというパターンを繰り返す。これは、就職した後、定時に出社し、定時に退社するための練習である。生活のリズムが整ってくると、就職に必要な能力を身につけるための訓練を受ける。訓練内容は、ビジネスマナー、パソコンのスキル、コミュニケーションスキルなどである。訓練が進み、本人が就職の意思を固めると、就職活動が始まる。事業所は、障害者の自己分析を支援したり、履歴書を添削したり、疑似面接を実施したりする。事業所は日頃から、障害者を受け入れてくれる企業を開拓している。

 就労移行支援事業所は訓練機関であるため、事業所と障害者との間に雇用契約はない。逆に、年収などを基準にした利用料金を支払わなければならない(詳しくはこちらを参照)。ただし、職場実習などを行った場合には、工賃が支払われることがある。工賃は雇用契約に基づいて支払われる給与とは異なり、最低賃金を大幅に下回ることが多い。

 私は、研修やセミナーの講師の経験があるから、パソコンのスキルやコミュニケーションスキルを教えるトレーナーであればできるだろうと考え、色々な事業所の求人に応募してみた。ただ、就労移行支援事業所に限らず、大半の福祉関係の施設はフルタイムの正社員(正職員)を求めている。私は本業である中小企業診断士の仕事は継続したかったので、週2~3日程度のアルバイトでお願いできないかと無理な注文を出していた。いくつかの事業所は理解を示してくれたものの、最終的に採用に至ったところはなかった。

 今となれば、この時に採用されなくてよかったと思う。自分なら同じように精神疾患を持つ人の事情がよく解ると考えていたものの、実際にはそんなに甘くない。もちろん、精神障害者の中には、他の精神障害者の支援が上手な人もいる。精神科の中には、患者同士が集まって自分の悩みを共有するというプログラムがある。自分の疾患をオープンにすると同時に、他人の話にも共感し、相互理解を通じて自分の気持ちを和らげるのが目的である。確かに、こうしたプログラムを積極的にリードできる患者はいる。だが、私はそのようなプログラムに参加したことがない。自分は治療の目的で病院に来ているのに、なぜ他人の悩みにまで耳を傾けなければならないのかと思っていたからである。実際、3月に入院していた病院では、他の患者同士がよく談笑していたのに対し、私は自分から患者と交流することはほとんどなかった。

 私に限らず、精神障害者が他の精神障害者のことを理解できるとは限らない。以前に入院していた病院では、デイルームで2人の女性がこんな会話をしているのを耳にしたことがある。1人は摂食障害と思われる人で、もう1人はうつ病と思われる人である。

 「私はご飯が食べられないんですよね。スプーンですくって口元まで持っていくんですけど、そこから口の中に入れることがどうしてもできないんです」
 「えーっ?ご飯を食べるのなんて簡単じゃないですか?口元までご飯を持ってきたのなら、後はそれをひょいと口の中に放り込めばいいんですよ。口の中に入れてしまえば、ご飯は勝手に溶けていきますから。私の場合は、夜どうしても寝られないんですよね。眼が冴えてしまって朝まで起きているんです。でも、病院の夜は何もすることがなくて退屈ですね」
 「えーっ?夜寝るのなんて簡単じゃないですか?布団をかぶってじっとしていればいいんですよ。それに、昼に病院の中を歩き回れば身体が疲れるから、夜は勝手に眠くなりますよ」

 2人は口裏を合わせたように「信じられなーい」と声を揃えていた。この2人は仲良しのようだからよかったものの、お互いの無理解が差別につながる可能性もある。一般には、健常者が障害者を差別すると考えられている。だが、私から見ると、健常者が障害者を差別すること以上に、障害者が他の障害者を差別することの方が、問題は深刻であると感じる。

 「平成30年度 障害者白書」によると、精神障害者の数は392万4,000人である(白書では身体障害者、知的障害者の数も公表されている。ただし、身体・知的障害者については障害者手帳の保有者数をカウントしているのに対し、精神障害者に関しては病院・診療所に通院している人のうち、その症状からして精神障害者と判断される人をカウントしているという違いがある。統計上の精神障害者が障害者手帳を保有しているとは限らない点に注意が必要である)。人口に占める精神障害者の割合は約3%である。健常者の割合と精神障害者の割合で円グラフを作成すれば、精神障害者の割合はおそらく「その他」に分類されるほどに低い。

 しかし、わずか3%しかいない「その他」の中には、実に様々なタイプの精神障害者が含まれている。同じ病名でも、人によって症状が全く異なることもある。「その他」というふうに1つのラベルを貼ってしまえばあたかも1つのマイナーなカテゴリーのように見えるが、マイノリティこそ多様なのである。例えば顧客アンケートを実施し、顧客の声を分類して円グラフを作成した場合、最後の数パーセントには「その他」という名前がつくだろう。だが、「その他」というカテゴリーに入っているから皆同じ意見であるわけではないことは容易に想像がつく。どのカテゴリーにも分類できない細かい意見ばかりで、名前をつけようがないから「その他」と扱われているにすぎない。だから、その中身をつぶさに観察すれば、てんでバラバラな意見であることに気づく。

 顧客アンケートの場合は、「その他」というカテゴリーが存在するという話で終わるだろう。しかし、障害者というマイノリティとなれば話が違ってくる。一般に、マイノリティはその存在を社会に認めてもらいたいと思っている。とはいえ、マイノリティはあまりに多様であるため、必ずしも一枚岩ではない。「私はあの人と違う。私とあの人を一緒にしてほしくない。私を先に認めてほしい」という感情が渦巻く。例えば、障害者雇用をめぐって、「自分のような疾患を持つ人の方が仕事ができる。だから自分たちを優先的に雇用すべきだ」と主張する人が現れるかもしれない。こうなると、マイノリティの間で足の引っ張り合いが生じる。

 私は、性的マイノリティのことをほとんど理解していない。当初はLGBTと呼ばれていたのにQ(ジェンダークィア)が加わり、Facebookも58種類もの性別を用意しているから、性的マイノリティはかなり多様なのだろう。彼らがどのようなパートナーシップのあり方を望んでいるかはバラバラであるに違いない。そして、自分のパートナーシップを認めてほしいと我先に主張し、結果として他の性的マイノリティを差別するという実態があるのではないかと推測する。

 私は精神疾患の治療歴が長いし、その間に様々な精神疾患を持つ人を見てきたつもりであるから、精神障害者のことは理解したいと思っている。しかし、それは表面的なことであって、心の底では他の精神障害者の内面に深く介入することを無意識に回避しようとしているのかもしれない。そのような人間が就労移行支援事業所で仕事をしたところで、満足なパフォーマンスは上げられなかったであろう。障害者が他の障害者を差別するという深刻な問題に加担する可能性があったわけである。だから、どの事業所にも採用されなくてよかったと感じる。



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