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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都豊島区を拠点に、東京23区で活動する中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。コンサルティングなどの仕事の実際の中身は守秘義務の関係で書くのが難しいため、書評が中心となっている点は何卒ご容赦あれ。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

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マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~


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こぼれ落ちたピース
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◆個人事務所「シャイン経営研究所」◆ シャイン経営研究所ロゴ


(一社)東京都中小診断士協会一般社団法人東京都中小企業診断士協会
(城北支部執行委員、青年部長を務めています)

企業内診断士フォーラム(KSF)企業内診断士フォーラム
(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)

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2018年04月11日

【うつ病の治し方】うつ病を治すために実践すべき簡単な「7つの習慣」


うつ病

 本ブログをお読みの方はご存知の通り、私は双極性障害Ⅱ型という精神疾患を患っている。先日、マライア・キャリーが告白して話題になった、あの病気のことである。双極性障害とは、躁状態(簡単に言えばハイテンションの状態)とうつ状態が交互に現れる障害である。躁状態の時は、本人もよもや自分が病気だとは思っていない。むしろ絶好調だと思っているので、医療機関にかかることがほとんどない。うつ状態になって初めて診療を受けるため、医師も当初はうつ病と診断してしまうことが多く、診断が難しい疾患である。私も最初の診断名はうつ病であったが、発症から4年ほど経って双極性障害という病名に変わった。

 うつ病は、十分な休息を取り、適切な治療を受ければ寛解する。だが、双極性障害は再発率が高く、うつ状態は90%の割合で再発すると言われている。マライア・キャリーも言っていたように、一生つき合っていかなければならない病気である。そこで今回は、うつ状態を少しでも早く脱するために必要な7つの習慣について書いてみたいと思う。双極性障害の患者が、うつ状態を脱するための方法について書いているため、正確に言えばうつ病の患者がうつ病を治すための方法とは必ずしも一致しないかもしれない。ただ、今回の記事がうつ病で苦労している方にとって、何かの参考になれば幸いである。また、この6年間で3回も入院した私がこんなことを言っても説得力に欠けると思われるだろうが、その点もどうかご容赦いただきたい。

 なお、これから述べる習慣の中には、食習慣は入っていない。うつ病の時に食べる/飲むとよいもの、食べる/飲むのを控えた方がよいものというのは一応ある。だが、ある人は「これを食べた/飲んだ方がよい」と言っているのに、別の人は「これは食べては/飲んではいけない」と言っていることがあり、どの情報を信用してよいのか私自身解らないことが多い。例えば、うつ病の人はコーヒーを飲まない方がよいとされる。カフェインの過剰摂取により、ストレスに反応するアドレナリンという脳内物質が放出されるためである。ところが、ある研究によると、コーヒーを入れる時の香りが脳内のα波を増やし、リラックス効果をもたらすと言う。

 万事こんな具合なので、個人的な見解を言えば、「食べたい/飲みたいものを口にすればよい」のではないかと思う。ただでさえうつ病で苦しい思いをしているのに、食べたい/飲みたいものまで我慢してしまったら、余計にストレスを感じてしまう。だから、食事に関してはあまり心配しなくてもよいというのが私の実感である。ただし、抗うつ薬の中には食欲を増進する作用があるものがあり、過食の傾向が表れることがあるため、この点だけは注意が必要である。

 ①思い切って人を頼ってみる
 うつ病になる人は責任感が強く、自分で何でもやらねばという義務感に駆られることが多い。だが、あなたの周りには頼りになる人がいくらでもいることに気づいてほしい。1人で全てを抱え込むのではなく、思い切って他人に任せてみる。あなたの普段の頑張りを見ている人は、あなたに何かあったら助けてあげたいと思っているものである。私も3回入院した時はいずれも、その時に抱えていた仕事を全て他の中小企業診断士に依頼した。迷惑だったかもしれないが、お願いした先生方は皆、クオリティの高い仕事をしてくださった。先日、診断士の会合に出席したところ、ある先生からは「谷藤先生に何かしてあげられることはないものかと皆言っていますよ」というありがたい言葉をいただいた。自分は1人ではないのだと実感することができた。

 また、障害者手帳を取得するための煩雑な手続きや、入院費の支援を家族にお願いしたこともある。家族はやはり頼りになる存在である。実は私は、義理の両親には病気のことを伝えてあったが、以前の記事「『致知』2018年3月号『天 我が材を生ずる 必ず用あり』―素直に「感謝」ができない私は人間的にまだまだ未熟」で書いたように、実の両親とは長く不仲であったため、病気のことを黙っていた。3月に入院した際(以前の記事「【精神科】閉鎖病棟とはどういうところか?【入院】」を参照)、意を決して実の両親に打ち明けたところ、たいそう驚かれたが、入院費を支援してくれることになった。この点では両親に本当に感謝している。「もっと早く教えてくれたら色々としてあげたのに」とも言ってくれた。この歳になって親の脛をかじるのは恥ずかしいかもしれないが、病気は一時的なものである。病気がよくなったら親孝行すればよい。

 ②大きな声で挨拶をする
 うつ病の人は失敗をひどく恐れる。そのためか、コミュニケーションが億劫になってしまうことが多い。「こんなことを言ったら自分は頭が悪いと思われるのではないか?」、「相手を傷つけてしまうのではないか?」と過剰に心配してしまう。すると、日常生活の中で他人と言葉を交わす機会が減少し、ますますうつ状態がひどくなるという悪循環に陥る。そこで、最低限のコミュニケーションとして、挨拶ぐらいはきちんとしたい。それも大きな声でするのがポイントである。挨拶は定型文であるから、失敗のしようがない。相手が挨拶を返してくれないという失敗はあるが、それは相手の問題であって、あなたには何の落ち度もない。

 3月に入院した時、私はできるだけ大きな声で挨拶するように心がけた。朝起きたら他の患者さんや看護師さんに「おはようございます」と言う。清掃担当の方が病室を掃除してくれたら「ありがとうございました」と言う。食事後に看護師さんが下膳しに来た際には「ごちそうさまでした」と言う。これだけでいい。それに、大きな声を出すと気分もスッキリとする。もちろん、①で書いたように、他人に何かをお願いする時には「よろしくお願いします」と言い、お願いごとをしてもらった時には「ありがとうございました」と言うことも欠かせない。②はあまりにもベタなことであるが、ベタなことでも恥ずかしがらずに行うことが大切である。

 ③朝起きたらカーテンと窓を開ける
 うつ病の人は朝が苦手である。あなたも朝になると気分がふさぎ込んだり、不安になったり、恐ろしくなったりすることだろう。だが、朝起きたら思い切ってカーテンと窓を開けるようにしてほしい。日光はうつ病を改善する効果がある。うつ病の人は、気分の安定や心のバランスに寄与する脳内物質であるセロトニン不足している。に日光を浴びると、脳内でセロトニンが分泌される。朝日光を浴びれば、寝起きの身体を覚醒させて、活動的な状態にしてくれる。

 それから、カーテンを開けて空気を入れ替えることも重要である。1日中締め切ったままの部屋の空気はどんよりと沈滞している。そんな空気の中で生活していれば、自ずと気持ちもどんよりとしてしまう。そこで、朝になったら朝の新鮮な空気を部屋に取り込む。すると、気分をリフレッシュすることができる。ただし、うつ病の大敵である雨の日には、無理してこれを行う必要はない。うつ病の人は几帳面な人が多いので、これをすると決めたら毎日それをしなければならないと思ってしまいがちである。だが、雨の日には日光は取り込めないし、窓を開けたらよどんだ湿り気のある空気が部屋に入り込んでしまう。この辺りは、ある程度いい加減でよい。

 ④背筋を伸ばし、前を向いて歩く
 精神科の病院に入院しても、手術などをするわけではなく、基本的には薬物療法のみであるから、日中ははっきり言って暇である。だから、3月に入院した病院では、患者さんがよくフロア内を散歩していた(閉鎖病棟であったため、フロア外には原則として出ることができない)。その様子を見て思ったのは、具合の悪そうな患者さんほど、うつむき加減でとぼとぼと歩いているということである。これでは余計に気分がふさぎ込んでしまう。歩く時は背筋をしゃんと伸ばし、しっかりと前を向いて、少し大股で歩くのがよい。堂々としていれば、自ずと気持ちも前向きになってくる。気持ちが姿勢を作るのか、姿勢が気持ちを作るのかという問題は、鶏が先か、卵が先かという問題である。ここでは姿勢が気持ちを作るという因果関係を信じてみようではないか。

 入院しておらず自宅で療養している場合、外出の機会がどうしても減ってしまう。その場合、自宅の周りを毎日5分でもよいから散歩する習慣をつけるとよい。特に、朝の散歩が有効である。③で述べたように、日光を浴びることによるプラスの効果が見込める上、朝一旦外に出てしまえば、1日中家に閉じこもっていようという気分が起きなくなる。朝の散歩は思考をクリアにするという効果もある。偉業を成し遂げた人の中には、朝の散歩を日課にしていた人が多い。例えば、哲学者のキルケゴールは「重要なアイデアの多くは朝の散歩の中で生まれた」と振り返っている。もっとも、雨の日には、無理に散歩をする必要はない。この点は③と同じである。

 ⑤決断しないという決断をする
 病気で療養している間にも、何か物事を決めなければいけないというケースに直面することがある。私の場合、入院中に「退院後の仕事をどうやって受注しようか?」、「もうフリーランスは辞めて一般企業に転職した方がよいのだろうか?」、「退院後は収入が下がるから、家賃の安い家に引っ越した方がよいのだろうか?」などといった問題が次々と襲ってきた。だが、うつ病の状態にある時は普段と比べて判断能力が鈍っているので、無理にこのような問題に結論を出さない方がよい。「決めない」ことを「決める」のも重要である。どうしても決める必要があるのであれば、①で書いたように、思い切って他人に決めさせればよい。

 一般の人でも、意思決定は十分な時間をかけて慎重に行うべきだと言われている。選択肢の数が十分に机の上に並んでいるのかを確認する、それぞれの選択肢が立脚している仮説が正しいかどうかちょっとしたテストをする(これを「ウーチング」と言う)、自分とは別の利害を持つ他者の立場に立ったとするとどのような決断をするか想像してみる、10分後・10時間後・10日後・10か月後・10年後にその決断を振り返った時に「後悔しない」と言い切れるかどうかよく考えるなど、アドバイスには事欠かない。これと同じことをうつ病の患者に求めるのはあまりにも酷である。だから、あなたも無理して意思決定をする必要はない。そして、たいていのことは、それほど急いで決める必要がないと後から気づくものである。

 ⑥できなかったことではなく、できたことに目を向ける
 うつ病になると、何をするにも気乗りがせず、仕事をするスピードが落ちたり、趣味に没頭できなくなったりする。うつ病の人は元々責任感が強く、几帳面で、頑張り屋であるから、できないことが増えてくると、以前の自分の姿とのギャップに苦しむ。そして、「自分には何も価値がない」、「もう死にたい」(「希死念慮」と言う)と思うようになる。だが、本当に1日中何もできなかった日というのは案外少ないものである。できない、できないと言いながら、何かしらのことはしている。それがたとえ些細なことであってもよい。そのできたことに着目することが重要である。あなたがもしここまでに書いてきた①~⑤のことをできたのであれば、できた自分を褒めてあげてほしい。今日この記事をここまで読んだことも、できたことに含めてよい。

 私が3月に入院する直前は、読書が困難になっていた。年明けから本が読めない兆候があったのだが、2月末にはとうとう全く読書ができなくなった。年間200冊以上を読むことを目標としている私にとっては、これは苦痛であった。入院の目的の1つは、休養してまた本を読めるようになることであった。とはいえ、いきなり今まで読んでいたような1冊200~300ページの本を読むのは無理である。そこで、たまたまデイルームに置いてあった『月刊PHP』という小冊子から読み始めた。これなら内容も簡単だし、1時間弱で読める。月刊PHPを何冊か読み切ったことが自信となって、入院生活中盤からは、今まで読んでいたような本を読むことができるようになった。

 ⑦日記をつける
 うつ病の人は、落ち込んだ気分を自分の中にため込んでしまう傾向がある。そういう場合には、以前の記事「DHBR2017年9月号『燃え尽きない働き方』―バーンアウトでうつになったら日記をつけてみよう」でも書いたように、日記をつけることをお勧めしたい。1日3行程度でよい。まずはその日の気分を書きなぐるだけでよい。極端な話をすれば、「死にたい、死にたい、死にたい、・・・」と書いてもよい。すると、不思議なことに自分のネガティブな気持ちが「外部化」され、落ち着きを取り戻すことができる。これを心理学では「ジャーナリング効果」と呼ぶそうだ。

 負の感情をありのままに書きだすと同時に、①~⑥で述べてきたような、「できたこと」も日記に書くとよい。そうすると「できたこと」が形になって残り、前向きな気持ちを取り戻すことができる。日記というのは不思議なもので、マイナスの内容を書けばそれを忘れることができる反面、プラスの内容を書けば記憶に残る。この日記の効用を活かして、あなたの頭の中をネガティブモードからポジティブモードに切り替えていくとよいと思う。
2018年04月09日

土屋勉男、金山権、原田節雄、高橋義郎『革新的中小企業のグローバル経営―「差別化」と「標準化」の成長戦略』―共著と中小企業研究の悪癖が両方とも出た1冊


革新的中小企業のグローバル経営 ―「差別化」と「標準化」の成長戦略―革新的中小企業のグローバル経営 ―「差別化」と「標準化」の成長戦略―
土屋 勉男 金山 権 原田 節雄 高橋 義郎

同文舘出版 2015-01-22

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 ローカルニッチトップの中小企業の研究に関する共著である。いきなりの悪口で恐縮だが、中小企業の研究書は一体何が言いたいのかよく解らないものが多く(たいていは中小企業の多様性を言い訳にしている)、中小企業診断士でありながら読むのを敬遠してきた。また、共著というのはそれぞれの著者の考え方や文章スタイルを合わせるのが難しく、その調整に失敗したものは、これもまた読んでいて何が言いたいのか解らない代物になってしまう。残念ながら、本書は中小企業研究と共著の悪癖が両方とも露呈してしまった1冊であった。

 タイトルにある「革新的中小企業」とは、次のような企業のことである。
 革新的中小企業の特徴は、世の中にないまったく新しい製品技術を先行投入する事例がみられる。また他社に差別化した市場や技術領域で競争するため、独占に近い「オンリー1」ビジネスを展開する場合が多い。しかも製品技術の先行投入は、1回だけではなく、常に先行開発を持続することが重要である。多くの革新的中小企業は、経営理念や社是の中に研究開発の重要性をうたい、「持続可能な開発」の仕組みを構築している企業である。
 このような経営を実現するために、本書のサブタイトルにあるように、「差別化」と「標準化」を行っているというわけである。だが、本書で紹介されている11社の事例を見ると、確かにニッチ市場で高いシェアを保っているものの、標準化によって高いシェアを実現している企業と、多品種少量生産で高いシェアを獲得するに至った企業が区別されていないように思える。

 例えば、株式会社南武は、自動車用と製鉄用の特殊油圧シリンダで高いシェアを持つ企業だが、特殊シリンダは自動車メーカーなど顧客によってニーズが様々であるから、多品種少量生産を行っていると推測される。また、工作機械用の3ポジションイネーブルスイッチを製造するIDEC株式会社に関しては、工作機械自体が半受注生産型のカスタマイズ製品であるから、イネーブルスイッチもそれに合わせて多種多様になっていると思われる。栄通信工業株式会社(精密ポテンショメータを製造)や西精工株式会社(ナットを中心としたファインパーツを製造)は、本書に掲載されている写真を見るだけで、多品種少量生産型の企業であると解る。

 それに、その市場で「オンリー1」であるならば、競合他社が存在しないわけだから、差別化のしようがない。この点でもサブタイトルは矛盾を抱えている。また、引用文では、革新的中小企業は製品技術を常に先行開発、先行投入するとある。一般に、イノベーションにおいては、市場に一番乗りした企業が勝つとは限らないと言われている。むしろ、一番乗りした企業は市場のニーズを先読みしすぎて失敗することが多い。このことを知っているP&Gは、新製品を必ず2番手で市場に投入するそうだ。ただし、革新的中小企業に限っては、ターゲット市場に競合他社がいないから、新製品を市場に投入すれば、必ず1番手になるということなのだろう。

 新製品を市場に投入する時、「特許」と「標準化」のどちらを選択するかは重要な問題である。特許は「守りながら」市場を拡大する戦略であるのに対し、標準化は「攻めながら」市場を拡大する戦略であると言える。この点については、『一橋ビジネスレビュー』2017年WIN.65巻3号の「日本発の国際標準化 戦いの現場から(第1回) 大成プラス『ナノモールディング技術』」(江藤 学、鷲田祐一)が詳しい。大成プラス株式会社は、金属と樹脂の直接接合を可能にしたナノモールディングという技術を市場に展開するにあたって、より多くの企業にこの技術を使ってもらうことが、結果的に自社の利益に跳ね返ってくると判断し、特許でクローズにするのではなく、標準化によって敢えてオープンにするという選択を下した。

一橋ビジネスレビュー 2017年WIN.65巻3号―コーポレートガバナンス――「形式」から「実質」へ変われるか一橋ビジネスレビュー 2017年WIN.65巻3号―コーポレートガバナンス――「形式」から「実質」へ変われるか
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2017-12-08

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 この「特許か、標準化か」という問題について書かれたのが本書の第5章であり、極めて重要な章なのだが、内容がひどくてがっかりした。
 生き残る中小企業は、円(※この円については省略)上部の左上のビジネス―技術競争に特化している。消える中小企業は、円上部の右上のビジネス―価格競争に特化している。この事実は、同じく大企業にもいえる。
 国際ビジネスに限っていえば、商品販売に向いているのが欧米人(白人)である。それにくらべて、技術開発は国を選ばない。頭脳を選ぶ。だから、その担当はベトナムでも、日本でも、中国でも、もちろん欧米でも構わない。発展途上国の企業でも、技術が特段に優れていれば、それだけで技術開発から商品販売まで、通しのビジネスが可能である。
 製造販売業では、商売の強みを労賃という量(価格の価値)に置くか、技術という質(商品の価値)に置くか、という選択も必要になる。価格で勝負する企業の生命は1年、品質で勝負する企業の生命は10年、技術で勝負する企業の生命は100年、それが妥当なところであろう。
 価格競争が長続きしないという点には賛同するが、それにしても恐ろしく技術偏重の文章が続くのがこの5章である。技術が優れていても市場で勝てるとは限らないことは、ここ数十年の間に日本企業が嫌というほど経験したことではなかったか?顧客は技術の中身など評価しない。スマートスピーカーや電気自動車にどんな技術が使われているのかは、顧客の知ったことではない。顧客にとって大事なのは、「その製品・サービスがどのような価値を提供してくれるのか?」である。破壊的イノベーションで知られるクレイトン・クリステンセンの言葉を借りれば、「どんなジョブを解決してくれるのか?」である。そのためには、技術が優れているか劣っているか、進んでいるか遅れているかは関係ない。高い顧客価値を提供できるのであれば、劣った時代遅れの技術を使っていても構わないのである。アップルの初期のiPodはまさにそうであった。

 第5章には、「デファクト標準」、「デジュール標準」、「デファクト知財」、「デジュール知財」という言葉が登場する。「デファクト知財」、「デジュール知財」とは耳慣れない言葉であるが、「デジュール=公的機関が定めた」という意味合いであることを踏まえると、「デジュール知財」とは特許権をはじめとする産業財産権のことである。これに対して、「デファクト知財」は「デジュール知財」の反対であるから、ノウハウ、アイデアなどを秘匿しておくことを指す。第5章の著者は、事業の成長に応じて、標準と知財の戦略が変化すると述べている。誕生期には「デファクト標準/デファクト知財」、成長期には「デファクト標準/デジュール知財」、成熟期には「デジュール標準/デジュール知財」へと変化していく。言い換えれば、誕生期はクローズであるが、成長期、成熟期とステージを経ていくとオープンに移行するというわけである。

 第5章は本書の中で最も読みにくかったが、私なりに下図のような整理もできるのではと仮説を立ててみた。「市場の成長スピードが速いか緩やかか?」という軸と、「競合他社との関係が協調的か敵対的か?」という2軸でマトリクスを作る。市場の成長スピードが緩やかで競合他社との関係が協調的な場合、競合他社と協力しながら市場を成長させることが重要となるから、公的機関のお墨つきを得た「デジュール標準」が選択される。一方、競合他社との関係が協調的だが市場の成長スピードが速い場合は、協調的な企業が提供する一連の製品・サービスが市場の標準となり、「デファクト標準」が成立する。例として、ウィンテル連合が挙げられる。

 市場の成長スピードが速く競合他社との関係が敵対的な場合は、競合他社による模倣で損害を受けないように特許権などを取得する必要がある。よって、「デジュール知財」となる。製薬業界においては、新薬が完成すると市場が爆発的に広がるため、特許戦略をいかに展開するかが経営に大きな影響を与える。これに対して、競合他社との関係が敵対的であるが市場の成長スピードが緩やかな場合は、反対に敢えて特許権などを取得せずに秘匿するという選択肢もあり得る。つまり「デファクト知財」である。例えば、お菓子業界を見てみると、江崎グリコはポッキーに関して、製造方法や製造設備の特許を一切取得していない。

「標準化」と「知財」の使い分け

 本書を読んでも解らないことは山ほどある。五月雨式にここに書いておく。
 ・本書で紹介されている革新的中小企業は、そのニッチ市場をどうやって発見したのか?(事例を読むと「たまたま」という印象が拭えない)他の市場は検討しなかったのか?
 ・大手企業などの他社が開発を諦めるほどの高難度の技術をどのように開発したのか?
 ・毎年の研究開発費の予算をどのように捻出しているのか?
 ・毎年の研究開発のテーマはどのようにして決められるのか?
 ・自社の技術はポートフォリオ管理しているのか?
 ・高難度の技術を開発する人材をどのように育成しているのか?
 ・革新的中小企業の特徴に「規模を追わない」というものがあるが、規模を追わない経営の中で、役職やポスト以外の手段をどのように用いて社員のモチベーションを上げているのか?
 ・特許と標準化はどのように使い分けるべきなのか?あるいは、両者を組み合わせる場合にはどのような点に注意をすればよいのか?
 ・ISOによる標準化を競争力強化のためにどのように活用しているのか?(ISOはプロセスの標準化、デファクト標準は製品の標準化であり、両者はどのように関連するのか?)
 ・技術開発にあたって、地域産業クラスターの力をどのように活用しているのか?
 ・技術開発にあたって、産学連携にはどのように取り組んでいるのか?
 ・革新的中小企業はグローバル市場でも高いシェアを獲得しているが、どの国・地域に進出するかはどうやって決めたのか?(単に展示会があったからという理由ではなく)
 ・輸出の場合、社内でどう準備を進めたのか?社内体制はどうやって整備したのか?
 ・輸出の場合、最終顧客の声をどのように拾い上げ、製品改善に活かしているのか?
 ・技術重視の中小企業の場合、往々にして営業が受け身になりがちだが、その営業をどのようにして能動的な集団へと変えたのか?
 ・営業と開発の調整・連携・協調はどのようにして達成されているのか?
 ・革新的中小企業における経営者の役割は何か?一般の中小企業と何が違うのか?
 ・経営者の思いはマネジャーなどを通してどのように一般社員に届けられるのか?逆に、一般社員の声をボトムアップ的に経営者に上げるようなことはやっているのか?

 本書は学術書である。学術書の一般的な構成は次の通りである。
 ①同書で取り上げるテーマに関する先行研究のレビュー。
 ②①を踏まえた上での著者による仮設の設定。
 ③②の仮説を検証するために実施した調査の内容とその結果。
 ④同書の学術的な価値・成果と今後に残された課題。

 この流れに沿ってきれいに書かれている本として、ブログでは取り上げたことがなかったが、川上智子『顧客志向の新製品開発―マーケティングと技術のインタフェイス』(有斐閣、2005年)がある。同書は内容もさることながら、学術書としてのまとめ方も非常に参考になる。

顧客志向の新製品開発―マーケティングと技術のインタフェイス顧客志向の新製品開発―マーケティングと技術のインタフェイス
川上 智子

有斐閣 2005-08-01

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 これに比べると、本書は中小企業に関する先行研究のレビューもないし、特許と標準、クローズとオープンに関する仮説もない。11社の事例は視点がバラバラであり、結局何を主張したかったのかが最後まで解らない。学者ならば、少なくとも検証したい仮説をまずは設定し、それを踏まえて定量調査や定性調査(事例研究を含む)を行ってほしかった。

 個人的に検証してほしかった仮説は、前述のマトリクスもそうであるが、もう1つある。下図はグローバル経営の発展の段階を簡単に示したものである。まず、生産面(縦軸)では、国内生産⇒生産委託⇒現地生産(現地に自社工場を保有する)⇒水平分業体制(例えば、タイで部品を製造し、ベトナムでその部品を組み立てる、など)と発展していく。次に、販売面(横軸)では、国内販売⇒輸出・代理店⇒現地販社⇒販社ネットワーク(例えば、タイとフィリピンに販社があるとして、タイの在庫が足りない場合にフィリピンの在庫を補充するなど、グローバルレベルで各地の販社の在庫を調整する、など)と発展していく。そして、グローバル化は、概ね矢印の方向に向かって進展していく(現実的な話をすれば、多くのグローバル企業はまず代理店や販社を通じて海外市場にアクセスし、海外でも自社製品が売れると手ごたえを感じてから現地工場を作る場合が多いため、下図のようなきれいな矢印にはならない)。

グローバル経営の発展と「クローズ―オープン」の変化

 私の仮説は、「グローバル化の進展によって、クローズからオープンへと移行する割合が高くなるのではないか?」というものである。この仮説に従って、中小企業に質問票を配布し、その企業がグローバル化のどの段階にあるのか、その企業の戦略がクローズなのかオープンなのかを回答してもらって、その結果を定量分析する。そして、必要に応じ事例研究で調査を補完する。本書でも、せめてこれぐらいのことはやってほしかったというのが正直なところである。
2018年04月06日

元井弘『目標管理と人事考課―役割業績主義人事システムの運用』―言葉の定義にこだわる割には「役割業績給」とは何かが不明なまま


目標管理と人事考課―役割業績主義人事システムの運用目標管理と人事考課―役割業績主義人事システムの運用
元井 弘

生産性出版 2007-08-01

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 本書の著者からは、人事制度をめぐる様々な言葉の定義を明確にしようという姿勢がよく伝わってきた。「期待基準主義と実績主義」、「基準主義と審議主義」、「要点主義と範囲主義」、「絶対考課と相対考課」、「加点主義と減点主義」、「期待値主義と時価主義」、「画一主義と複線主義」、「仕事ベースと人ベース」、「役割と職務」、「役割等級と職能等級」、「目標と計画」といった言葉の違いが丁寧に記述されている。本書の帯には「『評価』と『考課』の違いは?」とあったのだが、恥ずかしいことに私は答えられなかった。著者によれば、「評価」とはある期間の勤務実績について、特定の基準に基づいて判断することであるのに対し、「考課」とは個々の事実の評価を総合して、ある期間の勤務実績を集団内における成績として判定することである。

 通常、評価はまずは対象者の上司が行い(1次評価)、さらに上司の上司が行う(2次評価)。評価とは、期初に設定した目標が達成できたか否かという評価であるから、自ずと「絶対評価」になる。一方、2次評価が終わると、全社員の評価結果を持ち寄って、経営陣と人事部との間で最終的な判定が下される。この場合、例えばSは全社員の10%、Aは25%、Bは40%、Cは20%、Dは5%程度を目安にしていれば、各社員の判定はこの範囲内に収まるように調整される。絶対評価で同じAを得た甲と乙という2人の社員について、経営陣と人事部による議論の結果、甲の方がより優れていると判断されれば、甲の評価がSに変わることがある。このように、最終段階では社員間の比較によって結果が変わるため、「相対考課」であると言える。

 ただし、本書を読んで色々な疑問も出てきた。以下、突っ込んだ話になるが列記していく。

 ①本書のサブタイトルには「役割業績主義人事システム」とある。職能資格制度における給与が職能給であるのと同様に、役割業績主義人事システムにおける給与は「役割業績給」(p60)ということになる。ところが、この役割業績給というのが一体何なのか、実は明らかにされていない。役割給や業績給と何が違うのかという素朴な疑問が生じる。

 ここで、給与の性質について整理しておきたい(旧ブログの記事「功ある者には禄を、徳ある者には地位を-『人事と出世の方程式』」を参照)。給与は、大きく分けると基本給と賞与から構成される。基本給とは、「このぐらいの仕事をする人にはこのぐらいの給与を支払おう」という企業側の意志の表れであり、社員に対する投資である。経営陣は、事業計画の中で売上高や利益の目標を設定し、その目標を達成するためには社員にいくら投資すればよいのかを考えて、人件費を予算化する。あるいは逆に、現在の社員の人件費(投資)を踏まえると、このぐらいのリターンを獲得する必要があると考えて、事業計画を作成する場合もあるだろう。

 「このぐらいの仕事」の中身を詳細な職務分析を通じて明らかにし、職務の内容や難易度に応じて給与を支払うとすれば役割給、職務給となる。一方、そこまで詳細な分析は行わず、「このぐらいの能力を持っている人は、このぐらいの仕事が期待できるから、このぐらいの給与を支払おう」というのが職能給、能力給である。欧米企業は前者を、日本企業は後者を採用することが多い。いずれにしても、基本給のポイントは、「投資型」であるということである。

 これに対して、賞与とは、過去半年間ないし1年間の利益の一部を社員の貢献度合いに応じて還元しようとするものであり、「精算型」である。最初から賞与も予算化している企業もあるが、多くの企業は利益の見通しが立ってから、賞与をいくらにするか決めている。賞与の額は、社員の貢献度合いに左右される業績連動型である。実力で高い成果を上げた社員も、たまたま運がよかっただけの社員も関係ない。あくまでもその社員がその期間内に上げた成果に応じて利益が配分される。ただし、このルールを厳密に適用すると、中長期的な取り組みを行った社員や、難易度の高い仕事にチャレンジして失敗した社員が報われないため、ルールが多少調整されることはある。とはいえ、賞与の性質は「精算型」であるという点には変わりがない。

 以上を踏まえて「役割業績給」という言葉を考えてみると、p60の図を見る限り、賞与とは別立てになっていることから、基本給に相当すると著者は位置づけているのだろう。だが、役割業績給という言葉からは、役割給と業績給の混合型が想起される。しかし、既に述べたように役割給は投資型、業績給は精算型であり、性質の異なる2つの給与が混同されていることに違和感を感じる。役割業績給の定義がなされていないため、当然のことながら役割業績給をどのように決定し、給与制度をどうやって運用するのかについては一切触れられていない。

 ②p67以降では、「ダブルラダー人事制度」というのが提案されている。職能等級と役割等級の2本立てで運用する人事制度らしい。職能等級の場合、能力は線形的に成長するものとされているため、通常は時間の経過とともに等級が上がっていく。他方、役割等級については、p61で野球の投手の例が挙げられている。その例では、投手に4つの等級を設けている。
 P4等級=勝敗に直結する役割。
 P3等級=試合の流れを維持し勝敗に間接的に貢献する役割。
 P2等級=勝敗にあまり関係なく主要ピッチャーの戦力消耗を回避する役割。
 P1等級=試合には登場しない練習時における役割。
 P4は先発ローテーションの投手や勝利の方程式を担うリリーフ陣、P3は大量リード時に登板する中継ぎ陣、P2は敗戦処理の中継ぎ陣、P1はバッティングピッチャーといったところであろう。監督は各投手の能力や適性を見極めて、どの投手がどの等級に属するかを決定する。職能等級との違いは、降格があるという点である。例えば、先発投手(P4)として長く結果が出ない場合は、一時的に負担の軽い中継ぎ(P2)として起用するといったケースである。

 だが、このダブルラダー制度も、どのように運用していけばよいのかが述べられていない。人事考課の結果がどのように職能等級と役割等級に反映され、翌期の職能等級と役割が決まるのかが不明である。仮に、職能等級は上がっていくが役割等級が上がらないことがあるとすれば、結局は現在の多くの日本企業が運用している職能資格制度と変わらないように思える。日本企業は、ポスト不足という問題を解消するために、例えば役職は課長のままで昇進できないが、職能等級は部長相当にまで上げて昇給だけは実現させていることが多い。

 ③目標管理制度(MBO:Management by Objects)と言うと、すぐに人事考課と紐づけて考えてしまうのだが、著者は次のように述べて注意を喚起している。
 目標管理の狙いは、社員個々人が経営目標を分担し、各人が自己の目標に対してオーナーシップを持ち、各人の目標を達成することによって経営全体の目標を達成することである。(中略)目標管理は業績考課のため、賞与のためのものではないのである。ただし、目標達成度や業績貢献度には個人差が出ることから、人事考課(業績考課)に評価結果を反映させる。(p80)
 確かに、経営学者のピーター・ドラッカーが初めて目標管理を提唱した時、"management by objects and self-control"という表現を使っていた。現代の経営で重要な地位を占める知識労働者に対して、自らの成果と目標を明確に設定し、仕事を自ら適切にマネジメントせよというのがドラッカーのメッセージであった。私はこの点をすっかり忘れていたことを反省した。

 引用文にあるように、著者は目標管理を人事考課の全部ではなく一部だととらえている。まず、目標管理の結果は「実績考課」で見る。その際の注意点を次のように述べている。
 業績としての目標達成度の評価は、目標を担当する個人および組織を単位とした「目標の達成度の評価」と、個人が所属する組織および組織が所属する上位組織の業績に対する「組織業績への貢献度」の両面から把握する必要がある。(p146)
 だが、「組織業績への貢献度」を敢えて評価する必要性がいまいち理解できない。例えば営業部門において、Aさんは「売上目標4,000万円、実績6,000万円」、Bさんは「売上目標2億円、実績1億5,000万円」だったとしよう。Aさんは目標は達成しているがBさんに比べると営業部門への貢献度が低い。一方、Bさんは目標未達だが営業部門への貢献度は大きい。ここで著者は「目標の達成度の評価」と「組織業績への貢献度」の両方を考慮せよと言うわけだが、AさんとBさんで目標にこれだけの違いがあるということは、AさんとBさんの職能や役割がそもそも大きく異なっているわけである。期初に設定される目標は、職能や役割の違いに応じて、組織に対してどの程度貢献してほしいかという上司の意図を反映している。よって、「目標の達成度の評価」のみを評価すれば十分であり、「組織業績への貢献度」まで見る必然性を感じない。

 目標管理に基づく実績考課は人事考課の一部であるとして、著者はそれ以外に、「役割行動考課(業務推進考課)」、「意欲行動考課」、「マネジメント考課」、「部門業績貢献度考課」を行うべきだと書いている(p233)。しかし、なぜこの4つなのかが不明であるし、それぞれの考課も耳慣れたものではなく、具体的にどんな考課を行えばよいのか解説がない。さらに、人事考課には昇給、給与更改、賞与、昇格、昇進、異動配置、指導育成・能力開発、業績向上対策といった目的があるとした上で、それぞれの考課が各目的とどの程度強く関連しているのかをまとめた表がp217にある。これを見ると、実績考課は確かに多くの目的と強い関連を示しているものの、意欲行動考課や役割行動考課(業務推進考課)も全ての目的と一定の関連を持つとされている。これほど重要な考課の具体的な中身にほとんど触れられていないのが残念である。

 ④最後にもう1つだけ、細かい点に触れておく。
 例えば、組織業績として前年対比で110%であった場合において、本人の業績が年対比で110%であった場合の考課成績は「B:普通」となる。

 また、組織業績を目標達成度の観点で見た場合、組織の目標達成度が残念ながら90%であった場合において、本人の目標達成度が90%であった場合の考課成績も「B:普通」となる(本人の目標の達成度からすれば、「不十分」なのであるが、組織全体の中では「普通」となる)。(p259)
 前半は納得である。問題は後半である。業績連動で考課を行っているから、賞与の決定場面だと考えられる。①で述べたように、賞与は企業の利益を精算する性質を持っている。組織の目標達成度が90%であった場合、原資となる利益もその分減る。よって、本人の目標達成度が90%(つまり目標未達)であれば、「B:普通」ではなく、「C:不十分」としなければならない。これを「B:普通」としてしまうと、個人目標が未達なのに考課結果が釣り上がる社員が増え、減少した賞与の原資では賄えない恐れがある。単純な例として、社員全員の個人目標達成度が90%の場合を考えると解りやすい。企業の利益は減少し、賞与の原資も減っているのに、社員全員の評価を「B:普通」としてしまうと、賞与が足りなくなるだろう。

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