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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京から実家のある岐阜市にUターンした中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。ほとんど書評ブログ。たまにモノローグ。双極性障害Ⅱ型を公表しながら仕事をしているのは、「双極性障害(精神障害)の人=仕事ができない、そのくせ扱いが難しい」という世間の印象を覆したいため。

 中長期的な研究分野は、
 ①日本の精神、歴史、伝統、文化に根差した戦略論を構築すること。
 ②高齢社会における新しいマネジメント(特に人材マネジメント)のあり方を確立すること。
 ③20世紀の日本企業の経営に大きな影響を与えたピーター・ドラッカーの著書を、21世紀という新しい時代の文脈の中で再解釈すること。
 ④日本人の精神の養分となっている中国古典を読み解き、21世紀の日本人が生きるための指針を導くこと。
 ⑤激動の多元的な国際社会の中で、日本のあるべき政治的ポジショニングを模索すること。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2018年09月17日

チャールズ・オライリー、ジェフリー・フェファー『隠れた人材価値』―「価値観重視」の経営は重要だが、ちょっと油断すると簡単に崩壊する


隠れた人材価値 (Harvard Business School Press)隠れた人材価値 (Harvard Business School Press)
チャールズ オライリー ジェフリー フェファー 長谷川 喜一郎 Charles A.,3 O’Reilly

翔泳社 2002-03-20

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 伝統的な経営学やコンサルティングファームのアプローチに従えば、まずは戦略を立案する。事業領域を定め、どのような差別化要因で競合他社と戦うのかを決定する。次に、その戦略を分野別の戦略に落とし込む。マーケティング戦略、製造戦略、ファイナンス戦略、人事戦略などといった具合だ。その後、戦略を成功させるためのCSF(Critical Success Factor)を特定する。CSFが特定されたら、そのCSFが反映された社内慣行や制度を整備する。経営陣は、戦略の妥当性や、戦略と各種制度の整合性、施策の遂行状況を見守る。これが伝統的なやり方である。私も以前の記事「【戦略的思考】SWOT分析のやり方についての私見」(戦略立案の外部環境アプローチ)や、「DHBR2017年12月号『GE:変革を続ける経営』―戦略立案の内部環境アプローチ(試案)」で、これらの方法について書いてきた。

 本書は、「隠れた人材価値」を引き出すために、「企業や組織の価値観」を中心に据えた経営が重要であることを説いた1冊である。だから、伝統的な経営のやり方とは全く異なる方法を採用する。出発点となるのは、企業や組織の基本的な価値観や信念を定めることである。価値観とは、企業や組織、経営陣や社員が何か重要な意思決定を必要とする局面に直面した時に、判断のよりどころとなる基準である。価値観は社会規範として外部から当然に要求されるものもあるし、当事者がこれまでの仕事・人生経験を通じて主体的に獲得したものもある。通常は、両者がミックスされたものが企業や組織の価値観となる。

 次に、価値観に沿って経営慣行を生み出す。人材採用、業績管理、研修や能力開発をどのようなものにするかなどを決定する。その後、コア・コンピタンスを磨く。ゲイリー・ハメル&C・K・プラハラードがコア・コンピタンスという概念を発表した時は、企業や組織の価値観との整合性は特に論じられていなかったように思えるが、ここでは両者の整合性が非常に重要となる。安直な例だが、チャレンジ精神を重要な価値観とする企業は、常にアップデートされる技術の開発能力をコア・コンピタンスとするべきだし、信頼性を重要な価値観とする企業は、徹底した品質管理を通じた高品質の製品の製造能力をコア・コンピタンスとするべきである。

 そして、価値観とコア・コンピタンスの連関を出発点として、ここでようやく戦略を立案する。両者の連関を考えた場合、競合他社から模倣されずに価値を生み出すにはどうすればよいのかを検討する。最後に、経営陣の役割は、伝統的には戦略のモニタリングであったのに対し、本書によれは企業文化のマネジメントとなる。そういえば、私も昔のブログでは「競争優位が戦略からビジョンへ移行しつつあることの再発見―『絆の経営(DHBR2012年4月号)』」、「「その課題を解決できるのは自分だけ」という思いが使命感になる―『MBB:思いのマネジメント』(1)(2)」などといった記事をよく書いていた。私は、両方のアプローチには一長一短があると思う。双方を統合した重厚な戦略論を構築できないものかと思案しているところである。

 価値観を中心とした経営が一体どういうものなのかイメージしにくいという方のために、もう少し補足しておく。基本的に、価値観には善悪はない。「人を殺してもよい」というような、よほど極端なものでない限り、ある価値観が成立すると、それとは正反対の価値観も成立する。例えば、ある企業はチームワークを重視するとしよう。しかし、チームワークは普遍的な価値観ではない。というのも、チームワーク重視とは反対に、社員1人1人が自分の力で仕事を完結させる自律性、個の強さを重視するという価値観も成立しうるからだ。

 重要なのは、これだと決めた価値観を企業や組織の隅々にまで浸透させることである。これを、日本人が好きな「品質を作り込む」という言葉に倣って、「価値観を練り込む」と表現しよう。チームワーク重視を例にとると、①製品・サービスを提供する社員がチームで顧客の課題解決にあたるように業務プロセスが設計されていること、②場合によっては顧客もチームの一員に加え、顧客と一緒になって製品・サービスを完成させるように案件がマネジメントされていること、③マネジャーは単に部下に対して指揮命令をするのではなく、メンバー間の協業を促し、メンバー間の障害を取り除くことに集中するよう職務が定義されていること、④チーム間で積極的にリソースを融通し合ったり、ノウハウを共有したりすることが認められていること、

 ⑤チーム間だけでなく、職能が異なる他部門との連携が推奨されていること(マーケティング部門と営業部門、R&D部門と製造部門など)、⑥全ての研修でチームワークの重要性が強調されていること(例えば、必ずグループワークを取り入れるなど)、⑦メンバー同士で相互評価を行わせること、⑧研修や情報システム、予算の企画には現場部門の意見が反映されること、⑨逆に、人事部、情報システム部、経理部は現場部門の業務を十分に理解し、経営資源の適正な配分のために現場業務の見直しを支援すること、⑩他のチームメンバー、他のチームや他部門への貢献が適正に評価される業績・人事評価制度になっていることなどを実現させなければならない。しかも、組織に埋め込まれた価値観には一点の矛盾もあってはならない。

 よくありがちなのが、チームワーク重視と言いながら、人事評価は相変わらず個人評価になっているといった例だ。わずかなほころびから価値観に対する社員の信頼は崩壊し、企業の業績を転落させる。価値観を完全に貫徹させられる企業はそれほど多くない。以前の記事「DHBR2018年10月号『競争戦略より大切なこと』―当たり前だが戦略もオペレーションもどちらも重要」で、アメリカでは今、オペレーショナル・エクセレンスが再注目されていると書いた。だが、本当に強い企業とは、単に業務の効率化を図っているだけでなく、価値観を基礎とした完璧な組織をデザインし、それを具現化できている企業のことだと思う。

 本書は面白い構成になっていて、そうした価値観重視の経営によって高い業績を上げている7社(サウスウエスト航空、シスコシステムズ、メンズ・ウェアハウス、SASインスティチュート、PSSワールド・メディカル、AES、NUMMI)の事例を紹介した後で、最後に、一見すると価値観重視の経営を取り入れているようでありながら、その取り組みが不十分だったり、あるいは過剰であったりしたがために経営が行き詰まっているサイプレス・セミコンダクターの事例考察が行われている。先ほども書いたように、価値観重視の経営にもデメリットはある。以下では、本書から読み取れる価値観重視の企業の特徴を挙げるととともに、その慣行が不十分だったり行きすぎたりするとどのようなデメリットが生じるかについて整理したいと思う。

 まず、価値観重視の経営を行っている企業が最も重視しているのが顧客中心主義である。顧客中心主義ぐらいであれば、今の時代どの企業でも掲げていると思われるかもしれない。しかし、価値観重視の経営を行っている企業のそれは徹底している。サウスウエスト航空の伝説的な顧客サービスについては、今さら私が述べるまでもないだろう。

 とはいえ、顧客中心主義が行きすぎると、顧客の「ワガママ」、「モンスター化」につながる。前掲の記事「DHBR2018年10月号『競争戦略より大切なこと』―当たり前だが戦略もオペレーションもどちらも重要」の最後でも書いたが、消費者は自由市場経済の中で勝手に振る舞うことができる私人ではないと私は考える。私人という側面を完全には否定しないものの、消費者は国家から「有限の資源を上手に活用して、社会で賢く生きよ」と命じられている公人でもある。この点を理解しない顧客まで招き入れる必要はない。事実、本書から外れるが、サウスウエスト航空では、カウンターで無理難題を突きつける顧客に対しては、アメリカンエキスプレスのチケットを渡して、「あちらのカウンターに行ってください」と誘導しているようだ。

 先ほどから何度か例示しているチームワーク重視も、価値観重視の企業にはよく見られる。目的や機能が異なるチーム同士を協業させることは比較的たやすい。問題は、同じ営業チーム同士や、各地域の製造・販売子会社同士を競わせる場合である。この場合、相手を助けることが自分の業績悪化につながることがあるため、チームワークが発揮されるどころか、逆にお互いの足を引っ張るという事態になりやすい。チームワーク重視を取り入れる場合、自社のビジネスモデルや組織構造がどういう特徴を持っているのかをよく確認する必要がある。また、チームワークを重視する場合、マネジャーはチームメンバーに対して大幅な権限移譲をすることになる。しかし、権力を失うことを恐れるマネジャーが中途半端な権限移譲を行うと、メンバーは自律性が制約される上にマネジャーから干渉を受け、チームが機能不全に陥る。

 財務や人事に関する情報を積極的に公開するのも、価値観重視の企業の特徴である。財務情報を公開するのは、社員に対して、自分の仕事がどのように全社の業績とつながっているのかを意識させ、企業に対する貢献意欲を引き出すためである。人事情報を公開するのは、社員が周囲からどう評価されているのか、どんな役割を期待されているのか、自分の強みと弱みは何か、自分の能力を高めるためには何のトレーニングや職務経験が必要とされているのかを理解してもらい、キャリア開発をサポートするためである。

 しかし、これらの情報の取り扱いには慎重にならなければならない。まず、情報の公開によって社内競争が巻き起こる恐れがある場合は、情報公開を止めた方がよい。人事情報の公開によって、社員の昇進の順番の予定が公にされた結果、社員同士の足の引っ張り合いに発展するケースもある。もう1つは、情報公開は中途半端に行ってはならないということである。公開するならば可能な限り全てを公開する。公開しないならば公開しないという割り切りが必要である。「この情報は公開してもよいが、あの情報は公開してはならない」というルールを作り始めると、情報公開に関するルールばかりが増えて、経営陣に対する社員の不信感が募る。

 価値観重視の企業は、「隠れた人材価値」を引き出すために、人材育成に多大な投資をしている。異動も頻繁に行われる。また、私のように研修サービスを生業としている人間には不利な話なのだが、研修を外注せずに内製化する傾向が強い。私がこんなことを書くと元も子もないのだけれども、研修は内製化できるならば内製化できることに越したことはない。前述のように、研修コンテンツには自社の価値観を十分に埋め込む必要があるし、ブログ別館の記事「ロバート・M・ガニェ他『インストラクショナルデザインの原理』―IDの本なのにこの本自体が全くインストラクティブではなかった」でも書いた通り、研修実施後の業務プロセス、職場環境、評価制度などもセットでデザインしなければならないからだ。外部の研修会社にはこれは難しい。

 しかし、単に人材育成に投資しているだけでは、育った優秀な人材をめぐって、異動が頻繁に行われることをいいことに、部門間で仁義なき争奪戦が勃発する可能性がある。それを防ぐには、何のために彼の育成に投資しているのかをはっきりさせなければならない。彼のキャリア志向や特性は何なのか、一方で企業側が彼に期待していることは何なのか、両者を考慮した結果、企業として彼を将来的にどのような方向へと育成していくのか、どんなキャリアパスを想定しているのか、そのために強化すべき彼の強みは何か、逆に彼に欠けている弱みは何か、こうした点を明らかにした上で、強みを伸ばし弱みを克服するためにこのトレーニングを行っているのだという詳細な人材育成計画を立案し、マネジャー間で共有する必要がある。

 研修に限らず、価値観重視の企業には自前主義を貫いている企業が多い。例外的にシスコシステムズが買収を通じて成長を遂げているが、同社は買収によって技術を買っているのではない。技術に紐づいている人材を買収しているのであって、彼らに逃げられてしまっては買収は失敗だと言う。だから、綿密なPMIプログラムが用意されており、被買収企業の社員にシスコシステムズの価値観を染み込ませている。買収対象企業をシスコシステムズと完全に一体にしてしまうという点では、自前主義の延長線上にあると言ってもよいだろう。

 自前主義は、価値観に基づいた迅速な経営を実現する上でメリットがある。しかし一方で、あまりに価値観が強すぎると、組織が硬直するリスクもある。事業環境が変化しているのに、強すぎる価値観がその変化に関する情報を受けつけないという現象が起きる。これを「過適合」と呼ぶ。先ほど、価値観重視の経営は完璧でなければならないと書いたが、実は、多少穴が開いていた方がよい。それは、価値観に矛盾があってもよいという意味での穴ではなく、異質な価値観を招き入れる余地を残しておくという意味での穴である。

 おそらく、この点を最も強く意識している日本企業は、以前の記事「『トヨタが「現場」でずっとくり返してきた言葉』―トヨタの名言とトヨタの弱み」でも書いたように、トヨタであろう。現在、どの業界でも製品・サービスが複雑化しており、1企業が単独で全てのバリューチェーンを担うことは難しくなっている。垂直方向で見れば様々な取引先や販売チャネルと協業し、水平方向で見れば異業種企業や時には競合他社と協業しなければならない局面が増える。

 私は旧ブログで、マイケル・ポーターの「価値連鎖(Value Chain)」をもじって、「価値観連鎖(Values Chain)」という言葉を使い、共通する価値観を持つパートナーと組むことが重要だと書いた(旧ブログの記事「自社のビジョンに利害関係者も巻き込む「価値観連鎖(Values Chain)」の再発見―『絆の経営(DHBR2012年4月号)』」を参照)。だが、今はこの考えを改めなければならないと感じている。パートナーはパートナーなりの価値観を持っている。パートナーの価値観を自社の価値観と同質化させるならば、シスコシステムズと変わらない。今後は、パートナーの異質な価値観から学ぶ必要がある。「なるほど、我が社は今までこう考えてきたが、そういう考え方もあるのか」という発見から、新たな創造をしなければならない。

 自動車業界の場合、水平方向の関係を見れば、競合他社にエンジンを供給するなど、伝統的に競合他社との連携は盛んである。また、近年はEVの開発をめぐって、異業種との連携も活発になっている。後は、垂直方向の連携をいかに進めるかが問われる。EVが完成すると、今までの部品メーカーとの取引関係はがらりと変わる。また、EVを販売するチャネルも再編されるだろう。新規参入するプレイヤーとどうやって相互学習を行い、顧客に提供する価値に磨きをかけていくのかが、トヨタをはじめとする自動車業界全体の課題である。

 価値観重視の企業は基本的に現場を信頼しているため、本社の規模は非常に小さい。本社のスタッフ部門は現場部門の業務プロセスの円滑な遂行を支援し、必要に応じて最適な経営資源を投入することである。だが、権限が小さくなったスタッフ部門がプレゼンスを発揮するために、現場部門に過剰に介入しようとする誘惑に駆られることがある。現場の業務プロセス整備を支援するという名目で、現場業務の複雑さを無視した過度な標準化を行い、分厚いマニュアルを作成して現場部門に使わせる。このリスクを承知している価値観重視の企業では、経営陣が率先してマニュアルやメモの類を廃止している。ところが、今度は権限移譲された現場部門の社員が好き勝手に動いてしまい、無秩序に陥るというリスクがある。

 どこまでをマニュアル化し、どこからを社員の裁量に任せるかは非常に難しい問題である。フレデリック・ラルー『ティール組織―マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』(英治出版、2018年)では、全ての仕事の進め方を社員の自主経営に任せるというやり方が紹介されている。マネジメントは全てインフォーマルなやり方で行われる。だが、日本企業がこれをそのまま取り入れると、ただでさえ暗黙知中心で「重い」と言われる組織がさらに重くなるリスクがあるのではないかと感じる。「組織の<重さ>」に関する研究でも解っていることだが、日本人はフォーマルな手続きがあった方が組織が効率的に回るという。事業や業務の特性、社員の性向に応じてマニュアル化の範囲を決定し、さらにマニュアルの改変を誰がどのような方法で行うのかを明確に決めておかなければならないとしか、今の段階では言えない。

 最後に、業績・人事評価についてであるが、価値観重視の企業では、解りやすい業績評価制度が導入されている。また、金銭的報酬でモチベーションを上げることの限界に気づいており、非金銭的報酬を積極的に与える。その最たるものは、「職場の人間関係が良好であること」である。だから、価値観重視の企業は、社員同士の人間関係の向上に常に心を砕いている。このように、金銭的/非金銭的報酬を合わせて、トータルで報酬を設計する。

 この点を理解していない企業は、解りやすい業績評価制度を導入しただけでは不安に感じるようである。そもそも業績とは、複合的な要因によって決まる。モチベーションは金銭的報酬によって決まる部分が大きいと考える企業の経営者は、この複合的な要因を解きほぐして、業績を決定づける数式を見つけ出そうとする。その結果、最初は解りやすかった業績評価制度がだんだんと複雑になる。経営陣は、報酬の公平さを実現するためにやっていると主張するのだが、社員はそのように受け取らない。自分の給与が企業にとって都合のよいように操作されていると感じる。すると、経営陣の期待とは裏腹に、社員の間で不公平感が生まれる。

 アメリカ人がどう言うか知らないが、個人的には、金銭的報酬は社員が生活費を十分にカバーできるものであれば十分であるし、それ以上はいらないと考える。世の中、お金は揉めごとの原因になりやすい。それを避けるために、経営陣は知恵を絞って非金銭的報酬を多様化し、あの手この手を尽くすことで、社員に「自分はこの会社からこんなにも大事に扱われているのだ。必要とされているのだ」と、企業との絆を感じてもらう方がよっぽど効果的であろう。
2018年09月14日

DHBR2018年10月号『競争戦略より大切なこと』―当たり前だが戦略もオペレーションもどちらも重要


DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年10月号 [雑誌] DIAMONDハーバード・ビジネス・レビューDIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年10月号 [雑誌] DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー
ダイヤモンド社 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部

ダイヤモンド社 2018-09-10

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 「競争戦略より大切なこと」という特集でありながら、競争戦略論の大家であるマイケル・ポーターの論文「『何をすべきか』、そして『何をすべきでないか』 戦略の本質」という論文を再掲し、それに対して、「いやいや、競争戦略やポジショニングよりも業務効果(オペレーショナル・エクセレンス)が重要だ」と主張する論文「1万2000社超の大規模調査が明かす 競争戦略より大切なこと」(ラファエラ・サドゥン、ニコラス・ブルーム、ジョン・ヴァン・リーネン)を載せて、結局は「戦略もオペレーションもどちらも大事である」という、至極まっとうなことを述べた「強い会社が持つ4つの要因 『学習優位』の競争戦略」(名和高司)という論文から構成される特集である。

 そもそも、ポーターが競争戦略論を提唱したのは、次の理由による。縦軸に「買い手に提供された価格以外の価値」、横軸に「相対的に見たコストポジション」を取ってグラフを描くと、生産性の限界線ができるのだが、この曲線の内部に位置する間は、品質と低コストの両方を同時に追求することが可能であった。1980年代に日本の自動車業界が競争力を持ったのはこのためである。ところが、生産性が向上し、生産性の限界線上に位置するようになると、品質と低コストの二兎追いが難しくなる。両者はトレードオフの関係になる。だからポーターは、品質を追求する差別化戦略か、低コストを追求する価格戦略のどちらかしか企業は採用できないと主張したわけである(もう1つのニッチ戦略と合わせて、ポーターの3つの基本戦略と呼ばれる)。

 だが、私が思うに、生産性の限界線は固定的ではない。企業が成長し、多様な顧客を取り込み、様々な製品・サービスを取り扱うようになると、企業活動は複雑性を増す。その分、生産性を向上させる余地が生まれる。つまり、生産性の限界線は右上へとシフトする。もちろん、企業も生産性向上の努力をするものの、それ以上のスピードで生産性の限界性は右上へと移動していく。その結果、企業は未だに生産性の限界性の内側に取り残される。だから、品質と低コストの両方を追求することは可能である。いやむしろ、昨今の競争環境の厳しさを考えれば、両方を徹底的に追求し、遠ざかる生産性の限界線に追いつかなければならない。この点で、オペレーション重視の伝統は死んでいない(むしろ、ますます重要になっている)と言える。

 とはいえ、企業はオペレーションだけを一生懸命磨いていればよいというわけではない。ブログ別館の記事「ゲイリー・ハメル『リーディング・ザ・レボリューション』―イノベーション=自己否定ができない人間をトップに据えてはいけない」で書いたように、イノベーションの脅威があるからだ。私はアンゾフの成長ベクトルを拡張して、①非顧客に着目して既存製品・サービスの新しい使い道を発掘する「新市場開拓戦略」、②全く新しい市場に全く新しい製品・サービスを供給する「完全なるイノベーション戦略」、③代替品や破壊的イノベーションなど、既存の産業・市場構造を抜本的に刷新する「代替品戦略」という3種類のイノベーションを想定している。

 このうち、「新市場開拓戦略」と「完全なるイノベーション戦略」は、新しい市場を追加するものであるから、既存事業にとっての脅威は(ないとは言わないが)それほど大きくない。怖いのは「代替品戦略」である。というのも、代替品は既存事業を完全に吹き飛ばす威力を持っているからだ。そして、これだけ社会が成熟してくると、完全に新しい需要を一から生み出すことは非常に難しく、イノベーションの大部分は代替品戦略になると予測される。経営陣は自社の既存事業を潰さないように、代替品戦略というイノベーションを先取りしなければならない。これは、ブログ別館の記事「河合忠彦『戦略的組織革新―シャープ・ソニー・松下電器の比較』―3社のその後の命運を分けた要因に関する一考察」で書いた「包括的戦略」に該当する。

 経営陣は包括的戦略を主導する。現在の経営陣は、既存事業で成功したから現在の地位があるわけであって、過去の成功を自ら否定することには後ろ向きになる。だが、イノベーションの脅威に目をつぶった結果自社を苦境に陥れて経営責任を取るはめになるならば、裏を返せば、イノベーションを先取りして自社の事業を革新することも経営責任だと言えるはずだ。

 経営陣はまず、新しいミッション、ビジョン、価値観を掲げる。そして、それらに基づく新しい製品・サービスコンセプトを構想する。その上で、その製品・サービスを顧客に提供するためのビジネスエコシステム(生態系)を設計する。近年は、自社の利益を中心に据えたビジネスモデルという言葉よりも、多様なパートナーと一体となって顧客価値を提供するという点を重視して、ビジネスエコシステムという言葉が使われる。ビジネスエコシステムは、複雑な顧客価値を企業が単独で提供することが難しく、他社との協業が不可欠であるという前提に立っている。とりわけ今後重要になるのが、異業種との連携である。過去の代替品によるイノベーションを見ると解るように、代替品は予期せぬ異業種からやってくる。据え置きゲーム機、CD、DVD、メール、デジカメ、書籍、漫画、雑誌、クレジットカードなどは、スマートフォンという異業種によって破壊された。だから、異業種からの参入には、異業種との連携で対抗するのが効果的である。

 また、ビジネスエコシステムでもう1つ重要になるのが、競合他社との連携である。ポーターの競争戦略論は、競合他社を叩くことを主眼に置いている。本号に収録されている論文はポジショニングに関するものであったため、競合他社叩きは影を潜めていたものの、ポーターの大著『競争の戦略』は、有名なファイブ・フォーシズ・モデルを用いて、いかにして業界内で自社のパワーを保ち、競合他社を排撃するかについて多くのページを割いている。しかし、そのようなやり方はもう時代に合わなくなってきているということであろう。

競争の戦略競争の戦略
M.E. ポーター 土岐 坤

ダイヤモンド社 1995-03-16

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 ブログ本館の記事「岸見一郎、古賀史健『嫌われる勇気―自己啓発の源流「アドラー」の教え』―現代マネジメントへの挑戦状」で、アドラーは垂直的な競争を否定し、各々がそれぞれのやり方で前に向かっていくような水平関係を構築しなければならないと主張していることを書いた。私はこの意味をまだ十分に咀嚼できていないのだが、1つの解釈として次のような見方が成立すると考える。以前の記事「『一橋ビジネスレビュー』2018年SPR.65巻4号『次世代産業としての航空機産業』―「製品・サービスの4分類」修正版(ただし、まだ仮説に穴あり)」で書いたように、日本企業が強いのは、右下の「必需品である&製品・サービスの欠陥が顧客の生命(BtoC)・事業(BtoB)に与えるリスクが大きい」という<象限②>である。

 この象限は必需品であるから、何としてでも全ての顧客のニーズを満たさなければならない。しかも、顧客のニーズは多様化かつ高度化している。すると、どの企業も単独では個別の顧客のニーズに完全には対応できない恐れがある。一方で、各企業には、長年にわたって獲得された精緻で微細かつ多彩な組織能力が蓄積されている。自社のターゲット顧客でありながら自社の組織能力では十分に対応できない場合は、競合他社の組織能力の一部を借りる。逆に、他社のターゲット顧客でありながらその企業の組織能力では十分に対応できない場合は、自社の組織能力の一部を提供する。こうして、競合他社間で細かく組織能力を調整し、市場の全顧客のニーズに応える。これが競合他社との連携の1つのあり方ではないかと考える。

 ビジネスエコシステムの設計の後には、研究開発・製品開発チームの編成、ビジネスプロセス・組織体制の見直し、人材育成の実施、評価制度の再構築などが続く。(外部のコンサルタントである私が言うことではないが、)外部のコンサルタントにこうした一連の経営改革の支援を依頼すると、論理的には筋の通った案を作成してくれる。ただ、注意しなければならないのは、製品・サービスコンセプト、ビジネスエコシステム、研究開発・製品開発チーム、ビジネスプロセス、組織体制、人材育成、評価制度に、自社の新しい価値観を丁寧に織り込んでいくという情理面の作業が欠かせないということである。これを怠ると、頭では理解できるが気持ちがついていかないという改革になって、最悪の場合改革が計画倒れになってしまう。

 イノベーションに関してよく問題になるのが、「イノベーションの組織を既存事業と分けるべきか?」という点である。イノベーションはすぐに成果が出ない。それに、既存事業とは異なる仕事のやり方が求められる。よって、既存事業と同じマネジメントを適用したり、同じ業績指標で評価したりするとすぐに潰れてしまう。だから、イノベーションの組織は既存事業から分けるべきだというのが一般論である。古くはピーター・ドラッカーがそのように主張していたし、破壊的イノベーションを提唱したクレイトン・クリステンセンもドラッカーを支持していた。

 この点に関しては、以前の記事「『イノベーションのジレンマ(DHBR2016年9月号)』―イノベーションの組織は既存組織と分けるべきか否か?」で論じたことがある。先ほど挙げた3つのイノベーションの類型のうち、①新市場開拓戦略は、既存事業の延長線上に新市場を創造するから組織を分けない方がよい、②完全なるイノベーション戦略は、既存事業とは全く異なることを行うから組織を分けた方がよい、③代替品戦略は、既存事業にとって脅威となり、既存事業から妨害を受ける恐れがあるから組織を分けた方がよい、というのが当時の結論であった。今、この記事で中心的に取り上げているのは代替品戦略であるから、それに絞って話を進めると、果たして組織を分けた方がよいのかどうか、最近は私の中で考えが揺れている。

 というのも、仮に代替品戦略が成功して既存事業がお払い箱になった場合、既存事業の社員を簡単に捨て去ってよいのかという疑問が生じるからである。よく考えてみると、既存事業と代替品は完全なる対立関係にあるとは限らない。既存事業の社員は、顧客が代替品へとシフトすることを支援することもできる。よって、両方の組織を分けずに、代替品の浸透に伴って、徐々に既存事業の社員を代替品事業へと移行するという手もあるのではないかと思うようになった。もっとも、代替品の普及スピードなど様々な要因に左右されるため、代替品戦略だからといって既存事業と組織を分ける/分けないと杓子定規に決められる問題でもないのが難しい。

 もう1つ、イノベーションに関する論点としてよく挙がるのが、「イノベーションはアジャイルで完成できるのか?」というものである(本号には、アジャイルに関する論文もあった)。個人的には、イノベーションにアジャイルを適用することには懐疑的である。とりわけ、日本企業が強い<象限②>は、モジュール化が進んだとはいえ、未だに擦り合わせがものを言う。だから、部分的なアジャイルの導入はできても、完全なるアジャイルは難しいと考える。そもそも、アジャイルは、製品・サービスを完結したモジュールやコンポーネントに分解し、開発者は自分が担当するコンポーネントの完成に集中すればよいという考え方である。その意味で自己実現的であり、誤解を恐れずに言えば自己満足的、利己的である。しかし、日本人の強みは利他的であることとチームワーク重視である。アジャイルの原則は日本人の精神と相容れないように感じる。

 話は変わるが、現在経済産業省は、日本企業の競争力を回復・強化するために、あらゆる産業で合併・経営統合を進めている。だが、私はあまり好ましい傾向だとは思わない。経産省は、企業が合併すれば経営が合理化されてコスト減につながると安易に考えている節がある。しかし、マーク・L・シロワー『シナジー・トラップ―なぜM&Aゲームに勝てないのか』(プレンティスホール出版、1998年)を読めば解るように、シナジー効果というのはそう簡単には表れない。まして日本の場合、企業同士が大きすぎて合併することが難しく、持ち株会社を作って経営だけを統合し、傘下の企業には独立運営を認めるというパターンが多い。この場合、コスト減などのシナジー効果はかなり限定されてしまうと考えた方がよい。

シナジー・トラップ―なぜM&Aゲームに勝てないのか (トッパンのビジネス経営書シリーズ)シナジー・トラップ―なぜM&Aゲームに勝てないのか (トッパンのビジネス経営書シリーズ)
マーク・L. シロワー Mark L. Sirower

プレンティスホール出版 1998-06

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 最も危険なのは、産業の川上に位置する企業を合併・経営統合することである。川上の企業は川下の企業に比べて取り扱っている製品が少ないから、合併・経営統合すればスケールメリットが得られると思われがちである。だが、川上の企業が合併・経営統合されると、実は、川下の企業の戦略が同質化する。解りやすい例で言うと、近年食品メーカーが季節ごとに発表する新製品が似たり寄ったりになっている。ある年はどのメーカーもイチゴを使った製品を出し、ある年はどのメーカーも梨を使った製品を出す。これは、食品産業における川上の企業が集約化されているためである。市場の多様なニーズに対応し、川下の企業が幅広い戦略的ポジショニングを取れるようにするためには、川上の企業こそバラエティに富んでいなければならない。川下の企業は、川上の企業の独自性あふれる製品を活かして、競合他社と差別化された製品を作る。だから、川上の企業を集約するなどというのは禁じ手である。

 経産省は、縮小する国内市場を埋め合わせる形で、合併や経営統合によって海外の需要を取り込もうと息巻いている。しかし、海外の需要を獲得するということは、その分だけ現地国企業の売上を奪うことでもある。私は経済音痴なのでまたおかしなことを言っていると思われるかもしれないが、これは新しい経済植民主義とでも呼ぶべき現象である。日本は世界各国から評価されているから、日本企業の進出は海外で諸手を挙げて歓迎されると思ったら大間違いである。どの国も、最初に考えるのは自国民の雇用を確保することである。よって、新興国をはじめ、外資企業の参入を規制している国は決して少なくない。

 日本の人口が減少するということは、需要も減るが供給も減る。経産省がなすべきことは、いつまでも成長神話にとらわれて企業を合併・経営統合し、企業を巨大化させることではなく、逆に、減少する需要に合わせて供給力を調整することである。とはいえ、その過程で余剰の人員はどうしても発生する。しかし、幸いにも新しい産業が生まれているし、人手不足の産業も存在する。余剰人員をこれらの産業にシフトさせるよう、職業訓練を施したり、セーフティーネットを整備したりすることこそ、経産省に求められる仕事である。

 最後に、経産省の仕事についてもう1つ注文をつけておく。経産省の仕事は、産業・企業に介入することだと思われている。だが、私が本ブログで何度か示している日本社会の多重構造「神⇒天皇⇒立法府⇒行政府⇒市場/社会⇒企業/NPO⇒学校⇒家庭(国民)」という図式に従えば、行政府の一部である経産省がまず介入するべきは市場/社会である。つまり、有限の資源を上手に分け合って国民が物質的・精神的に恵まれた生活を送るために、よき消費者/市民として振る舞うよう導かなければならない。先ほどの構図は、階層構造の上に行けば行くほど利他的でなければならず責任が伴い、下に行けば行くほど利己心が許され自由が認められることも示している。「市場/社会」は階層構造のちょうど中間に位置し、利己心/自由とともに利他心/責任も要求される。顧客は神様だから、また自由市場経済だから、消費者は自由に振る舞ってよいとは私は考えない。消費者/市民には一定の社会性が要求される。

 かつて経産省は、大型スーパーの台頭に伴って、「安く、早く、高品質のものを購入するのが賢い消費者」というイメージを国民に吹き込んだ。その結果、企業は過度な価格競争に巻き込まれ、高品質への対応に苦慮し、モンスターペアレントに手を焼くことになった。消費者が勝手気ままに企業に要求を突きつける⇒業績が悪化した企業は社員の給与を下げる⇒社員が消費者側の立場になった時に苦しい生活を強いられ、暴走する⇒企業はさらに社員の給与を引き下げる⇒社員は消費者となった時にもっと暴徒化する―現在起きているのはこうした悪循環である。経産省はこの悪循環を断ち切る新しい消費者/市民像を提示しなければならない。例えば、製品・サービスの価値を正しく評価する、価値に見合う価格を支払う、1人の人間として道徳的・倫理的に行動する、企業のCSRを意識する、ほしい製品・サービスがない時は我慢するなどといった像である。経済産業省は、市場経済省などと名前を改めた方がよいと思う。
2018年09月10日

『致知』2018年10月号『人生の法則』―「夢や希望」がある人と「志がある人」では「八観六験」の結果がこんなに違う


致知2018年10月号人生の法則 致知2018年10月号

致知出版社 2018-09


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 私が前職の組織・人事コンサルティング&教育研修サービスを提供するベンチャー企業に勤めていた頃、以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第1回)】経営ビジョンのない思い入れなき経営」で書いたように、当時の経営陣(皆、大手コンサルティングファームでパートナー〔共同経営者〕にまで上り詰めた人である)は、あろうことか自社のビジョンの策定を外部のコンサル会社に丸投げしていた。でき上がった成果物はコンサル会社らしく、何十ページにも及ぶ細かいレポートであったものの、ビジョンがそんな長ったらしいものでは社員に浸透するはずもなく、外部のコンサル会社に支払った大金は無駄金になってしまった。

 さすがにこのままでは社員が皆バラバラになってしまうと感じた一部の社員は、自力でビジョンの策定に乗り出し、私もメンバーの一員に入らせてもらった。だが、マネジャーからは、「ビジョンがあったところで何になるのか?」、「今のところ仕事がそれなりに回っているのだから(実際には回っていなかったのだが)、ビジョンなど必要ない」などと猛反発を食らってしまった。

 確かに、私は以前、「果たして日本企業に「明確なビジョン」は必要なのだろうか?(1)(2)」という記事を書いたことがある。ただ、これは、内発的に創造されたイノベーションを全世界に普及させて莫大な富を生み出そうとする自己実現的な考え方に染まった一部のアメリカ人イノベーターには明確なビジョンが必要だと言ったまでのことであって、日本企業はビジョンを掲げなくても全く問題ないなどとは一言も言っていない。

 ビジョンとは、事業の将来イメージである。顧客は自社の製品・サービスをどのような気持ちで使用し、どんな幸福を手に入れるのか、顧客に奉仕する社員はどのような働きぶりをしているのか、自社と協業するパートナーや取引先とはどんな関係を構築しているのか、こうした点について、おぼろげながらも言葉にしておくことが重要である。考え方も価値観もバラバラな社員が同じ方向性に向かって大きな仕事をやり遂げる際に、ビジョンはそのよりどころとなる。現に、ビジョンがある企業は、ビジョンがない企業よりも平均で4倍業績が高いというデータもある。

 仮にも組織・人事コンサルティングのサービスを手がけている企業でありながら、こういった点に対して上層部が全くの無理解であることには驚きを隠せなかった。それでも何とかマネジャーたちを説得して、オフィスの一角に大きなホワイトボードを設置し、そこに経営陣や社員が思い描くそれぞれのビジョンを書き出してみようということで話がまとまった。我々の活動に賛同してくれた社員がポツポツとビジョンを書いてくれたのだが、ある時、グループ会社の社長が「1,000億円の寄付をする」というビジョン(?)を書き込んだ瞬間、その内容に他の社員が引いてしまったのか、書き込みがパタリと止まってしまった。

 この社長は、前職の大手コンサルティングファームに所属していた時にストックオプションを付与されており、同社の上場に伴ってそれなりの資産を手にしたらしい。噂によると10億円単位の収入があったという。それを元手にして自社のビジネスを大きくし、1,000億円の寄付をするというアイデアを思いついたのかもしれない。だが、これはその社長の個人的な夢であって、先ほど述べたビジョンとは性質が全く異なる。結局、この一件があってから、自社のビジョンをまとめるという我々の作業は頓挫してしまった。この会社はどこまで行っても皆がまとまらず、個人事業主の集まりのようなものなのだとひどく落胆したものである。

 そういえば、前職の企業の経営企画部長は、実は社員ではなく、個人事業主であった。彼だけ他の社員と違って出勤時間も休日の取り方も異なるので、私は不可解に思っていた。ある時、彼の名前をネットで調べたところ、実は既に個人事業主として独立しており、前職の企業とは業務委託契約ベースで仕事をしていたことが判明した。経営企画という、戦略の中枢ですら外部に丸投げしてしまうのだから、会社が1つにまとまるなどというのは夢のまた夢であった。

 以前の記事「【中小企業診断士】私が独立診断士として失敗した5つの原因」でも書いたように、本号には「夢や目標はあるけれど、志はあるのか」(河村京子「言い続け、思い続け、やり続ければ、夢は必ず実現する」)という言葉があった。夢や目標というのは、例えば「高級な家に住みたい」、「ベンツに乗りたい」などといった利己的なものである。他方、志とは、人々を幸せにしたい、この世界をもっと住みよい場所にしたいといった利他的なものである。

 先ほどのグループ会社の社長の「1,000億円の寄付をする」という宣言は、どのような利他的な事業を行って1,000億円以上の利益を獲得し、社会に還元するのかという観点がすっぽりと抜けており、単に自分が1,000億円寄付したいという願望を表したものにすぎないから、利己的な夢や目標である。ただし、そう批判する私も、前掲の記事で書いたように、前職の企業にいた頃は「30歳でマネジャーになって年収1,000万円を稼ぎたい」と思い、それが叶わずに独立した時には「35歳には年収1,000万円を達成する」と思っていたのだから、利己的な夢や目標を掲げていたという点では同じである。むしろ、グループ会社の社長に比べると夢や目標がしょぼすぎて、スケールが小さい人間だと逆に非難されてもおかしくない。だから、今度私が独立診断士に再挑戦する時は、利他的な志を真剣に、慎重に設定しなければならないと思っている。

 本号では、陽明学者の安岡正篤が好んで引用していた「八観六験」が紹介されていた(安岡正泰、荒井桂「後世に語り継ぎたい」)。元々は中国の戦国時代に編集された『呂氏春秋』に記されているものであり、人間を八つの面から観察し、六種の方法で試し、その品格を見極める方法である。私は、「夢や目標がある人」と「志がある人」では、「八観六験」のそれぞれの方法に対する答えが次のように異なるのではないかと考える。

 【八観】
 ①通ずれば其の礼する所を観る。
 (順調に物事が進んでいる時、何を礼するかを観察する)

 【夢や目標がある人】結果ばかりに気を取られているため、プロセスを気にしない。多少プロセスから外れていても、結果が出ているのだからいいではないかと開き直る。
 【志がある人】その成果が適切なプロセスにのっとったものであるかどうかを厳しく検証する。組織として守るべき手順が守られていない場合には成果を評価しない。まして、組織の価値観から外れたやり方で成果を上げた場合には、絶対にそれを認めない。

 ②貴(たか)ければ其の進むる所を観る。
 (出世して、どういう人間を尊ぶかを観察する)

 【夢や目標がある人】自分と同じように、自分の努力で、腕一本で成功したことを自慢する人たちを尊敬する。派手好きで、高い社交性を持った人と交わる。
 【志がある人】自分の成功は、自分よりも優秀な人材を活用することでもたらされたことに感謝する人たちを尊敬する。素朴で、謙虚な人と交わる。

 ③富めば其の養ふ所を観る。
 (金ができ、何を養うかを観察する)

 【夢や目標がある人】まずは自分自身を養う。余りが出れば、慈善活動にお金を回す。
 【志がある人】まずは顧客に還元し、顧客に感謝する。次に社員に還元し、社員の豊かな生活を支援する。次に取引先に還元し、取引先の努力に報いる。次に株主に還元し、株主の元手のおかげで事業を大きくできたことに謝意を示す。自分に還元するのは最後である。

 ④聴けば其の行ふ所を観る。
 (よいことを聞いて、それを実行するかを観察する)

 【夢や目標がある人】自分にとって都合のいいことを取捨選択する(選択バイアス)。
 【志がある人】自分にとって耳が痛いことであっても、その意味するところを深く考え、自分の今までの考えが誤っていなかったかどうかを反省し、改めるべきところは改める。

 ⑤止(いた)むれば其の好む所を観る。
 (仕事が板についた時、何を好むかを観察する)

 【夢や目標がある人】業務を効率化し、どうすればもっと楽に儲けられるかを考える。
 【志がある人】顧客価値を見直し、どうすればもっと顧客に満足してもらえるかを考える。

 ⑥習へば其の言ふ所を観る。
 (習熟すれば、その人物の言うところを観察する)

 【夢や目標がある人】他人から学んだことを、さも自分の考えであるかのように語る。
 【志がある人】他人から学んだことを自分なりに咀嚼し、自分自身の言葉で語る。

 ⑦窮すれば其の受けざる所を観る。
 (困った時、何を受けないかを観察する)

 【夢や目標がある人】困っている以上、手段を選ばずに何でも仕事を引き受ける。
 【志がある人】価値観や倫理に反すること、人間として正しくないことには手を出さない。

 ⑧賎なれば其の為さざる所を観る。
 (落ちぶれた時、何を為さないかを観察する)

 【夢や目標がある人】落ちぶれた原因を周りの環境のせいにし、自分では反省しない。
 【志がある人】落ちぶれた原因を自分自身に求め、周りの環境のせいにしない。

 【六験】
 ①之を喜ばしめて以て其の守(外してはならない大事なことを守れるか)を験す。
 【夢や目標がある人】お金になるなら何でもよいと言ってどんな仕事にも飛びつく。
 【志がある人】たとえお金になるとしても、価値観や倫理に反する仕事は断る。

 ②之を楽しましめて以て其の僻(人間的かたより)を験す。
 【夢や目標がある人】すぐに浪費、享楽に走る。酒による失敗をしでかしやすい。
 【志がある人】趣味、娯楽はほどほどにする。人づき合いやお酒も節度を守る。

 ③之を怒らしめて以て其の節(節度)を験す。
 【夢や目標がある人】過度に感情的になり、相手の人格を否定するほど激しく攻撃する。
 【志がある人】相手の怒りの根を分析し、対立の原因を探って、対話のテーブルにつく。

 ④之を懼れしめて以て其の持(独立性、自主性)を験す。
 【夢や目標がある人】恐怖にうろたえて、普段は社員などのことを大してあてにしていないくせに、困った時だけは社員に問題の解決を丸投げする。
 【志がある人】普段は社員の能力を活用するよう努力しているが、大きな問題が起きた時は社員任せにせず、自分自身の軸をしっかりと持って、問題解決を先導する。

 ⑤之を哀しましめて以て其の人(人柄)を験す。
 【夢や目標がある人】自分の能力に対する自信が強いが、所詮空元気であり、失敗や悲しみに対しては脆く、自分の利己的な目標が達成できないと解ると自暴自棄になる。
 【志がある人】たとえ失敗や悲しいことがあっても、自分には奉仕すべき他者がいるという強い使命感があり、レジリエンス(再起力)を発揮する。

 ⑥之を苦しましめて以て其の志を験す。
 【夢や目標がある人】(⑤と似ているが、)利己的な目標を持つ人には周囲からのサポートがないため、苦境に陥ると目標が遠のいてしまい、挫折する。
 【志がある人】(⑤と似ているが、)利他的な目標を持つ人のことをちゃんと見てくれている人がおり、彼らが支援を差し伸べてくれる。彼らの力を借り、彼らに感謝しながら苦境を脱する。

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