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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。ほとんど書評ブログ。双極性障害Ⅱ型を抱えながら頑張っています。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2019年01月26日

【2018年反省会(4)】閉鎖病棟とはどういうところか?


閉鎖病棟

 以前の記事「【精神科】閉鎖病棟とはどういうところか?【入院】」で書いたように、2月の下旬から3月にかけて1か月ほど精神科単科の病院に入院した。X社で収録し直したビジネス実務法務検定と中小企業診断士の経営法務の仕事が忙しかったのと、他の案件の納品が続いていたことに加え、X社との報酬に関する交渉が不調に終わった影響もあって、2月末はかなり体調が悪かった。精神疾患が悪化したというのもあるが、そもそも2015年から2017年にかけて働きすぎであった。医師からは過労も重なっているから、しばらく休息した方がよいと助言された。

 私はフリーランスなので、顧客企業での会議や研修などがない場合は、基本的にはどこでも仕事ができる。ただし、双極性障害を発症した当初から過眠の傾向があり、自宅にいるとすぐに寝てしまう。元々はロングスリーパーではないのに、発症後は1日10時間以上の睡眠を1か月ぐらい続けることも可能になった(初期の頃は実際にそういうことが多かった)。だから、私の仕事場は主に近所のカフェである。ところが、これもまた困ったことに、1つの仕事を同じ場所で継続できるのは2~3時間が限界になってしまった。2~3時間ごとにこまめに休憩を取り、場所を変えて別の仕事をしないと集中力が持たない。これが病気のせいなのか、歳を取ったせいなのか、自由度の高いフリーランスという仕事をしているせいなのかは、自分でもよく解らない。

 独立した当初は、1日研修の仕事も結構やらせていただいていた。しかし、集中力が続かなくて顧客企業に迷惑をかけてしまう可能性があるので、途中から1日研修の仕事はほとんど引き受けなくなった。私がやる研修・セミナーは、長くても半日というものが大半である。また、前職のベンチャー企業にいた時は、大企業向けの経営コンサルティングに従事しており、顧客企業のオフィスに数か月間常駐して、1つのプロジェクトに全ての時間を注いでいた。だが、独立後はこのような働き方をすることも難しくなった。中小企業診断士のいいところは、顧客が中小企業であるから、大規模なコンサルティング案件で1つの企業に缶詰めになることもないし、1日研修をオーダーされることもまずないという点である。複数の仕事を同時に進め、自分の裁量で比較的自由に仕事を切り替えることができる。だから、私の性質によく合っている。

 とはいえ、2015年から2017年の3年間は仕事を抱えすぎた。前述のように、1日の間に何度も休憩を取り、その度に仕事を変えながら働いていた。だが、私の場合、1日の間に働くことができる時間は、合算してもせいぜい8~9時間にすぎない。昔は12時間労働も平気だったし、徹夜することも多かったのに、加齢と病気の影響で長い時間働けなくなってしまった。問題は、1日8~9時間程度の仕事量では、引き受けた案件を全て消化できないことであった。そのため、土日も働く必要があった。X社の資格講座のレジュメはほとんど土日に作成している。1週間の間に休むことができるのは半日ぐらいしかなった。1日平均8.5時間仕事をしているとして、1週間に6.5日働けば、年間で8.5時間×6.5日×52週=2,900時間近くなる。

 加えて、私は本を年間200冊以上読み、ブログを毎年50万字以上書いていた。本を読んだりブログを書いたりするのは、基礎的な思考力と文章力を鍛えるためであった。これらに費やした時間も合わせると、年間の活動時間は4,000時間ぐらいになったと思う(2017年だけは、8月の1か月間を入院と休息にあてたので、活動時間は少し短い)。最後の方は、朝4時頃に起床してすぐに自宅のPCでメール対応をし、朝食と入浴を済ませた後はずっと外出をして、夜8時過ぎに帰宅し、夕食をとった直後に就寝するという生活を送っていた。こんなことをしていれば、さすがに医師からも過労だと言われる。3月に入院した病院での生活については、冒頭に掲載した記事でまとめた。以下では、その記事に書ききれなかったことを述べたいと思う。

 まず、精神科への入院にはいくつかの形態がある。

 (1)任意入院
 医師が治療のために必要と診断した場合に、患者の同意に基づいて行われる入院。ただし、72時間に限り、精神保健指定医の判断により退院を制限されることがある。”任意”であるため、患者が退院を希望すればいつでも退院することが可能である。極端なことを言えば、医師がいない夜中に急に退院を要求してもよい。とはいえ、実際には、医師が患者の病状を見ながら、両者が相談して退院日を決定することが多い。また、夜中に退院したいと言っても、医師が急いで対応してくれるとは限らず、医師が来る翌日まで待ってほしいと看護師に説得されることもある。よって、患者が完全に自由に退院日時を決められるとまでは言い切れない。

 (2)医療保護入院
 患者の同意がなくても、精神保健指定医が入院の必要性を認め、患者の家族(配偶者、父母〔患者が未成年の場合は両親が望ましい〕、祖父母、子、孫、兄弟姉妹)または後見人、保佐人、その他家庭裁判所が選任した扶養義務者のうち、いずれかの者が入院に同意した場合に実施される入院。患者に家族などがいない場合、あるいは家族などの全員が意思を表示することができない場合で、精神保健指定医が入院の必要性を認めた時には、患者の居住地の市区町村長が同意することにより医療保護入院となるケースもある。

 (3)応急入院
 患者本人または保護者・扶養義務者の同意がなくても、精神保健指定医が緊急の入院が必要と認めた時、72時間を限度として行われる入院。

 (4)措置入院
 自傷他害の恐れがある(自殺や自傷の可能性がある、または他人に暴力を振るったり物を壊したりするなど、他人に危害を加え他人との関係を著しく損なう可能性がある)場合で、知事の診察命令による2人以上の精神保健指定医の診察の結果が一致して入院が必要と認められた場合、知事の決定によって行われる入院。

 (5)緊急措置入院
 自傷他害の恐れがある場合で、措置入院の手続きが取れず、急速を要する時、精神保健指定医1人の診察の結果に基づき、知事の決定によって72時間を限度に行われる入院。

 任意入院以外の4形態については、患者の同意がなくても実行される入院であるから、強制入院と呼ばれることがある。また、応急入院や緊急措置入院であっても、72時間を超えれば退院できるわけではなく、応急入院中に家族などの同意を取りつけて医療保護入院に切り替えたり、緊急措置入院から措置入院に移行したりするのが通常である。強制入院の場合は、患者がいくら自分から退院したいと要求しても、少なくとも医師の許可が下りない限りは絶対に退院することができない。現実的には、入院患者の大半は任意入院であるのだが、強制入院という形態があることが、精神科は怖いという世間的なイメージを醸成していると思う。

 私の入院は任意入院であった。ただ、入院前の外来診察の際に、医師からは「入院までの間、絶対に自殺しないと約束できますか?」と言われた。この約束に同意することで、今回の入院が任意入院であることを最終確認する意味があったのだろう。また、万が一自殺未遂をした場合は、任意入院ではなく強制入院になると牽制する狙いもあったと考えられる。

 閉鎖病棟とは、病棟内は基本的に自由に移動できるものの、病棟の出入り口の扉が施錠されており、医師や看護師の許可がないと病棟外に出ることができない病棟のことである。外部から見ると、完全に閉ざされた空間であるため、これもまた精神科=怖いというイメージにつながっているに違いない。ただし、精神科が閉鎖病棟になっているのはやむを得ないことである。

 患者の中には、勝手に病棟外に出て行ってしまう可能性がある人もいる。また、精神科には認知症を併発している高齢者もおり、徘徊の恐れもある。病棟外に勝手に出ていくだけならまだしも、他人に暴力を振るうなどしてトラブルに発展するケースも考えられる。もちろん、精神科以外の診療科であっても、精神的に不安定な患者が衝動的な行動に出ることはあり得る。ただし、精神病の患者はその可能性がより高く、誰がいつ何時そのような行動を取るか予測できないので、一律で外出を制限するために閉鎖病棟になっている。とはいえ、私が入院していた病院では、閉鎖病棟という処遇に反発して、無理矢理外に出ようとするような患者は皆無であった。

 冒頭に掲載した記事でも書いた通り、精神科に入院しても、投薬以外に何か特別な治療を受けるわけではなく、日中はほとんど何もすることがない。1日中ベッドに横になっていると退屈であるから、私を含む患者はよく廊下を散歩していた。また、デイルームで塗り絵をしている人も多かった。散歩や塗り絵をしている間に他の患者と談笑し、気分転換をしているようであった。ただ、私は他の患者と仲良くなるつもりはあまりなかったし、絵が苦手で塗り絵が全くできないという致命的な欠陥があった。そのため、自宅から持ち込んだ本をひたすら読んでいた。今思えば、入院中に本を大量に読むことができたくらいだから、この時はまだ元気な方だったのだろう。

 精神科の病棟に特有な部屋として、保護室というものがある。閉鎖病棟の中でも、さらに隔離された部屋である。自殺未遂をした人や希死念慮が著しく強い人、または他人に暴力を振るったり、暴言を吐いたり、物を壊したりするなどして、他の患者や医療スタッフとの関係性を著しく損なう恐れがある人は、保護室に入る。病状が落ち着いた後で、一般の部屋に移動する。保護室の運用は病院によってまちまちだと思うが、私が入院していた病院の保護室は次のような感じだった(入院当初は保護室におり、その後一般の部屋に移った人から話を聞いた)。

 まず、保護室の構造は、拘置所に似ている。日産のカルロス・ゴーン氏が逮捕された際に、東京拘置所の様子がニュースで紹介されたが、あの部屋の作りに近い。いや、正確に言えば、東京拘置所よりも質素である。東京拘置所の床は畳である一方で、保護室の床はコンクリートであり、そこに布団が敷いてあるだけである。東京拘置所には本を読むための机があるのに対し、保護室には机すらない。部屋の中に洗面台とトイレがある点は共通しているものの、保護室には監視カメラがついており、トイレを済ませて流してほしい時には、トイレの横のボタンを押し、監視カメラに向かってトイレを流してくださいとお願いしなければならない。食事の時間になると、保護室の扉の小窓を通して、段ボール箱に乗せられた食事が運ばれてくる。

 さすがに個々の保護室に風呂を設置することは難しいためか、風呂だけは他の患者と同じように入る。同じように入ると言っても、他の患者が全員入り終わった後で、保護室の患者が看護師に見守られながら入っていた。また、入院中はほぼ毎日掃除のスタッフがベッドの周りを清掃してくれる。一般の部屋には掃除のスタッフが普通に入ってくるのに対し、保護室に掃除のスタッフが入る時には、必ず看護師がそばについていた。

 率直に言って、私がいた病院の保護室の運用はかなり厳しい方だろうと思う。昨今は患者の人権擁護を求める声が強まっており、このような運用に対しては批判的な意見もあるに違いない。病棟内の公衆電話の横には、患者の処遇に関する相談窓口や精神医療人権センターの電話番号が掲載されている。保護室内の患者は自由に電話することができないものの、患者の家族がこれらの窓口に電話して処遇改善を訴えることは可能である。私は入院中に、おそらく医療保護入院で入ってきた患者の家族が保護室の内部を見て、「自分の家族をこんなところに入れるわけにはいかない」などと医師と揉めていた様子を目撃したことがある。

 私はあまり人権という言葉を安易に使いたくないのだが、保護室の患者には人権があるという点は認めよう。だが、人間が皆人権を有しており、その価値が同等であるとしたら、保護室の患者の人権を守ることにも、その他大勢の患者や医療スタッフの人権を守ることにも価値があるはずだ。万が一、保護室の患者が他の患者に暴力を振るって怪我をさせた場合には傷害事件へと発展してしまい、誰も得をしない。まず、被害者は精神疾患に加えて身体的な痛みを伴う。傷害がトラウマとなって、元々の精神疾患が悪化する可能性もある。

 加害者は被害者との間で示談が成立すれば起訴猶予になるものの、(前科ではなく)前歴というものがつき、次に同様の事件を起こした際にかなり不利になる。もし示談が成立しなければ、起訴されることもある。精神科に入院していたという事実をもって、弁護士は精神鑑定に回すだろう。精神鑑定は非常に時間がかかるし、鑑定中の処遇は保護室よりも悪い。だから、辛い思いをするのは被害者だけではなく、加害者も同じである。病院としても、院内で傷害事件が起きたことがマスコミにリークされたら、信用はがた落ちになる。ただでさえ精神科に対する世間の印象はあまりよくないのに、あの病院では傷害事件が起きるといった話が広まれば、誰もその病院に入院しなくなるだろう。保護室は色んな人を守るために存在しているのである。
2019年01月24日

【2018年反省会(3)】(負け犬の遠吠え)資格学校の講師を専業とする人は何が楽しいのかと思う


講師

 資格学校の講師の仕事をするべきでなかったもう1つの理由は、10年以上前の話に遡る。前職のベンチャー企業に入社する前に転職活動をしていた時、ある外資系コンサルティング会社の子会社に応募したことがあった。面接官から「あなたはどんな分野を専門としたいですか?」と尋ねられた際、私が経営学者のピーター・ドラッカーに憧れてマネジメントのあらゆることに精通したいという思いがあったのと、経営全般について幅広く勉強しなければならない中小企業診断士の試験に合格したばかりであったことに加え、当時の私が20代半ばで生意気だったのも手伝って、「戦略、組織、財務会計、マーケティング、生産管理、人事などの仕事を数年ずつ経験して、全ての分野の専門家になりたい」といった回答をした。

 これに対して、面接官は「例えば人事を極めるだけでも10年かかるのに、全ての専門家になるのは無理だ」と言った。今となれば面接官の反応は至極まっとうだと解るのだが、青二才だった私はそんなはずはないと食い下がった。すると、私が中小企業診断士の試験に合格していることを知っていた面接官は、「そんなに全部の分野をやりたいのであれば、中小企業診断士の資格でも教えていればよい」と呆れかえっていた。それを聞いて、資格というのはこの程度にしか軽く見られていないのだと悟った記憶がある。X社から講師の打診を受けた時にこの話を思い出していれば、最初から仕事を引き受けなかっただろう。

 前回の記事で書いたように、中小企業診断士のうち、6~7割ぐらいは資格学校で勉強している。それに、私自身も資格学校の講師をやっていた事実はあるのだから、あまり大きな声では言えないものの、資格学校の講師は何が楽しくて講師をしているのかと思うことがある。特に、資格学校の講師を”専業”としている人には、果たしてやりがいがあるのだろうかと感じてしまう。どんな資格でもそうだが、資格とはある仕事をするのに必要な最低限の知識を知っていることを保証するものである。いや、厳密に言えば、実務ではほとんど使わない知識、あるいは自分が覚えなくても他人に聞けばすぐに解る知識もあるから、必要最低限の知識ですらない。私も講師をしながら、「こんなことは覚える必要はないのに」と思うことが多々あった。だが、テキストに書いてあり、試験に出る可能性がある以上、講義で取り上げないわけにはいかない。

 資格を取得するというのは、ある仕事のスタートラインに立つことにすぎない。中小企業診断士に関しても、合格する前の勉強量より、合格した後の勉強量の方が圧倒的に多い。これはどの資格にもあてはまるだろう。資格学校の講師は、他人をスタートラインに立たせるお手伝いをしているだけである。X社のメインの講座を担当している講師は、他の資格学校から引き抜かれた名物講師であり、講師業を生業としている有資格者であった。確かに、その講師の講義は非常に解りやすいと評判だった。だが、へそ曲がりの私が意地悪な見方をすれば、いくら講師としての能力が高くても、所詮は他人をスタートラインに立たせているだけであり、せっかく資格を持っているのに、社会に対してほとんど付加価値を提供していないようにも映る。

 このように書くと、教えることを専業としている学校の先生はどうなるのかという疑問を抱く方もいらっしゃるに違いない。子どもの場合は、そもそも自分で学習する方法を知らないから、それを教える人が必要である。自分で学習する方法を身につけるために、各年齢で有益と考えられる知識をまとめたのが学習指導要領や教科書である。その内容を正確に教えないと、子どもが自分で学習する方法を習得できない。したがって、教える専門家が不可欠である。

 とはいえ、教える専門家が必要なのは高校ぐらいまでであろう。大学生ともなると、相当程度自力で勉強することが求められる。だから、大学教授は教える専門家ではない。それでも教授が学生に教えるのは、自分の研究分野に対する理解を深めるためである。ドラッカーが90歳過ぎまで教授を務めたのも、「教えることによって自分が最もよく学ぶことができるからだ」と語っていた。大学を出れば、もはや自主学習が中心となる。

 もちろん、全てを完全に自力で勉強できる人はほとんどいないから、資格学校に対するニーズが生じることは理解できる(資格勉強用のテキストに対するニーズが生じることも解る)。だが、その資格に基づく専門的な仕事を生業とする人が、本業の傍らで他人の資格取得を支援するならばともかく、基本的に自主学習ができる人に対して、講師(あるいはテキストの執筆者)が必要最低限の知識を教えるのに一生懸命になっているだけだとしたら、その仕事にどれほどの意味があるのか疑問である。自主学習すべき人に対して、基礎知識を手取り足取り教えることで、かえって自主学習を阻害しているとさえ言える。こうなると、社会的には害悪である。

 弁護士で伊藤塾の塾長を務める伊藤真氏という人がいる。法曹関係者ならば知らない人はいないだろう。伊藤塾は司法試験の予備校であり、1995年に開設されてから20年以上続いているから、それなりに高い評価がされているのだと思う。しかし、司法試験の内容を解りやすく教えられることと、法律に関する最新の議論ができることは別であると思い知らされた本がある。もっとも、伊藤真氏の件をもって、資格の専門講師が実務から乖離していると一般化することはあまりにも乱暴であることは百も承知である。しかし、資格講師の能力と実務能力が別物であることを示す例として、伊藤真氏の『憲法問題』(PHP新書、2013年)を紹介したい。

憲法問題 (PHP新書)憲法問題 (PHP新書)
伊藤 真

PHP新書 2013-07-13

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 同書は、自民党が野党の時代にまとめた「日本国憲法改正草案」の各条文に対して、著者が問題点を指摘するというものである。確かに、自民党の草案は私が読んでも滅茶苦茶だと思う部分が多い。だが、著者の反論にも結構無理がある。細部で1つ例を挙げると、自民党の草案では参政権を日本国籍を有する者に限定している(現行憲法では明記されていない)。ここで著者は、外国人であっても住民税を支払い地方自治体の行政サービスを受けているのだから、地方行政に意見する権利があるとして、地方選挙に限って参政権を認めるべきだと主張する。実際、EUにおいては、各加盟国は他の加盟国の国民が自国内に居住している場合には、その外国人に地方参政権を認めなければならないことになっている。オランダなどはもっと進んでいて、EU非加盟国の在留外国人に対しても地方参政権を付与している。

 ここで、地方参政権を外国人に認めると、地方自治体の条例が外国人の好きなように制定されるのではないかという懸念が生じる。昨今、日本に居住する中国人が増えており、中国人が地方議会の多数を占めるようになると、中国共産党にとって有利な条例を策定される恐れも否定できない。著者は、仮に外国人に対して有利な条例が作られたとしても、条例は法律に反してはならないと憲法に定められているから杞憂であると言う。著者は明らかに、国政参政権については日本国籍を有する者に限定することを想定している。参政権の根拠として納税を持ち出すのであれば、国政参政権も外国人に認めなければおかしい。先ほどオランダの例を挙げたが、実はオランダも国政参政権はオランダ国籍を有する者に限定している。国政参政権と地方参政権でこのようなねじれが生じる理由を著者は十分に説明できていない。

 これは細かい話であって、私は著者の言うそもそも論に対してそもそも疑問を抱いている。著者は、主権者である国民が国家の権力を縛る法として憲法を制定するという考え方が立憲主義であると指摘する。立憲主義のルーツは啓蒙主義の時代に遡る。啓蒙主義者は、人間が生まれながらにして有する自然権を発見した。ただし、各人が自由に自然権を行使すると、他人の自然権を侵害する恐れがある。そこで、各人の自然権を守る目的で政府を構成し、政府が各人の自然権を庇護することを契約で約束する。政府がこの契約に反した場合には、各人は抵抗権(革命権)によって政府を打倒できる。これがいわゆる社会契約説である。

 憲法が国家の権力を縛る法であるとすれば、憲法においてはまず国家が有している権力が明記されていなければならない。その上で、どの権力をどのように制約するのかを定めるのが筋である。だから、条文の基本形は、「国家は○○することができる。ただし、○○の場合は○○してはならない」となるはずだ。ところが、日本国憲法の条文は「何人も○○する自由を有する」となっているものが多い。だから、一部の保守派にとっては、現行憲法は西洋の自由主義の影響で国民の権利ばかりが強調されており、国家に対する義務が退行していると映る。なぜ、「国家は○○してはならない」という形で国家権力をダイレクトに制限せず、「何人も○○する自由を有する」という設定によって間接的に国家権力を制限しているのか、私には理解できない。

 また、憲法によって制限される権力も不明確である。社会契約説が想定している権力とは政府の権力、つまり行政権である。フランスや、フランス革命に影響されたアメリカの憲法においては、前述のような条文形式の問題はあるにせよ、制限の対象となっているのは明らかに政府の権力である。ところが、日本の場合は天皇という存在がある。現行憲法では、天皇は日本国民の象徴とされ、国事行為が限定的に列挙されているにすぎない。言い換えれば、明治憲法とは違って、天皇の権力はほとんどないに等しい。

 著者は自民党の憲法草案によって、天皇の権力が増すことを危惧している。だが、元々現行憲法によって天皇の権力をほぼ無力化した根拠が何であり(昭和天皇の下で戦争が拡大したから天皇の権力を大幅に制限したというのは理由にならない。なぜなら、後の東京裁判で昭和天皇の責任は不問にされたからだ)、その根拠が自民党案によってどういうふうに阻害されるのかが明白にされていない。また、何の権力もない天皇とは、権力のない権力者なのか、あるいは権力者以外の別物なのか、著者がどうとらえているのかも読み取ることができない。

 権力のない権力者であれば、当初は権力があったわけだから、一定の論理をもって権力を追加することができる。自民党はこのように考えていると思う。これに対して、著者はおそらく権力者以外の別物であると位置づけているため、自民党案は天皇に新たな権力を付与することになり、そのためには相当の理由づけが必要だと反発しているのだろう。それならば、現行憲法で定められている国事行為は、権力の発露でなければ一体何なのかという疑問も生じる。

 社会契約説に従うと、各人は生まれながらにして同じ自然権を有している。だとすれば、その自然権を守る方法も1つであり、政府は1つあれば足りる。1つの政府の権力を縛るのが憲法であるから、憲法も1つで済む。よって、カントの言う世界政府も実現されるだろう。しかし、実際には世界は複数の国家に分かれており、各国が独自の憲法を有している。百歩譲って、各人には契約の自由があるから、どの政府と契約するのかを自由に決定することができると考えれば、国家が複数併存する理由も理解できる。問題は、なぜ国境という地理的境界線が存在するのかということである。ヨーロッパ大陸に存在するある政府と契約する人が、アフリカ大陸、ユーラシア大陸、オーストラリア大陸、アメリカ大陸などに点在していてもおかしくない。

 イスラームにおいては、ムスリムは皆共同体の一員であるとされる。彼らはイスラームの教えに忠実な自分たちを庇護してくれる人を指導者として仰ぐ。その指導者が自分たちの生活にとってプラスの影響をもたらしてくれるならば従う。指導者が世襲制の王であろうと独裁主義者であろうとほとんど関係ない。一方、マイナスの影響を及ぼす時にはその指導者を打倒する。これが本来のジハード(聖戦)の意味である。それぞれのムスリムがどの場所にいて、どの指導者に従うかは本人の自由に委ねられている。これは、彼らが本来遊牧民であることも強く影響している。ムスリムは、物理的な境界線によって分断されることをひどく嫌う。

 私は啓蒙主義者がどのような理屈で自然権を発見したのか十分に理解していないが、結局のところ自然権は”存在すると信じる”しかないのではないかと思う。この点で、宗教と決別したはずの啓蒙主義は、実は「自然権教」とでも呼ぶべき一種の宗教である。その宗教のあり方は、西洋社会よりもイスラーム社会の方が理想に近いように感じる。それなのに、領土的概念によって国家を設定し、人々を束ねるためにネイションという観念を導入しなければならなかったヨーロッパ諸国は、イスラームを前近代的、非民主的などと批判し、排除しようとしている。

 啓蒙主義の最先端であるフランスは、革命で勝ち取った自由、平等、博愛の精神を受け入れる人ならばフランス共和国の一員になれると約束している。以前、ムスリムの女性がイスラームの教えに従って身につけているスカーフが女性の人権を抑圧しているとヨーロッパで非難されたことがあった。フランスは世俗主義(ライシテ)が徹底しているため、とりわけ強い批判が起きた。だが、イスラームでは女性の髪は性器である。性器を覆うのは人間として当然であろう。ヨーロッパ人がムスリムのスカーフを問題視するならば、彼らはパンツを履けなくなってしまう。

 さらに言うと、フランスに移住したムスリム女性の中には、フランスの教育を受け自由の精神を学習した上で、自らの意思でスカーフを着用している人もいる。それなのに、フランス社会はこういう人までも排除する(内藤正典『ヨーロッパとイスラーム―共生は可能か』〔岩波新書、2004年〕を参照)。西洋の倒錯した国家観を、啓蒙主義をルーツとする立憲主義によってどのように説明すればよいのか、著者の記述の中に手がかりを求めることができない。

憲法問題 (PHP新書)憲法問題 (PHP新書)
伊藤 真

岩波新書 2004-08-20

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 最後にもう1つ。憲法は国家の権力を縛る法であるというのが立憲主義の立場である。権力は腐敗し、暴走するものであるから、何らかの縛りが必要だという考えが背景にある。国家権力とは、モンテスキューの三権分立論に従うと、立法権、行政権、司法権である。司法権はひとまず脇に置くとして、行政権は憲法によって制約がかかっている。一方、立法権を支えているのは、啓蒙主義者の主張に従うならば国民主権である。現行憲法にも、前文で国民主権が明確にうたわれている。ということは、国民主権、すなわち国民の権力も、誰かが何らかの方法で制約しなければならないことになる。著者はこの点に全く触れていない。

 実際には、行政権を有する内閣によって作成された内閣提出法律案が国会で可決されることにより(行政立法)、行政権による国民への制約を、国民が自らの代表を通じて承認していると言える。とはいえ、行政による国民への制限(法律)が、国民による行政への制限(憲法)よりも強い場合には、行政権が強すぎる、すなわち憲法違反であると司法に訴えることができるのに対し、逆の場合に行政権が国民の権力を制御する仕組みがないのではないかと私は思う。法的効力の序列は一般に憲法>法律とされる。しかし、三権分立においては、国民主権に裏打ちされた立法権と行政権は対等である。だから、単純に考えれば法的効力も対等でなければおかしい。この辺りをどのように整理すればよいのか、著者の見解は見当たらない。

 伊藤真氏は、現行憲法のことを教えるのは上手であろうと思う。しかし、こと新しい憲法の話となると、本書を読む限りでは、根本的な部分に関する考察が不十分であるがゆえに、あまり建設的な議論ができないように見受けられた。
2019年01月22日

【2018年反省会(2)】資格学校の講師の仕事は止めるべきサインがあった(続き)


考えるビジネスマン

 前回の記事で、2017年7月時点で中小企業診断士講座の受講者数が50人しかいないと書いた。私は2016年4月から収録を開始しており、2017年7月までに1年4か月も仕事をしていたから、仮にこのタイミングで契約を解除しても、ダメージが大きいことには変わりがなかった。それよりも、今になって振り返ると、もっと前に契約を解除すべきタイミングがあったと思う。

 私はセミナーや研修の講師をしたことはあったが、資格講座のe-Learningの講師をした経験はなかった。セミナーや研修であれば、顧客企業と企画内容を擦り合わせた上で、ある程度裁量を持ってコンテンツを開発することができる。また、セミナーや研修の本番中に多少言い間違いがあっても、その場で修正することが可能だ。一方、資格講座の場合は教えるべき内容が決まっている。さらに、e-Learningともなれば、さながらテレビ番組のように、視聴している受講者がストレスを感じないよう、流麗な動画に仕上げる必要がある。e-Learningを提供する資格学校は、コンテンツの構成とプレゼンの技術についてノウハウを持っていなければ勝負にならない。

 収録を始めたばかりの頃は、自分の動画をX社がどのように評価しているのかを知りたくて、「今日の講義はどうでしたか?」と担当者によく確認していた。X社からは、「この部分をこのように説明してほしい」、「話し方をこのように工夫してほしい」などとダメ出しが入ることを覚悟していた。ところが、X社からの返答は、「迫力があってよかったです」、「とても解りやすかったです」といったものばかりで、動画に対する注文が全くと言っていいほどなかった。そのため、X社は前述のノウハウを持っていないのではないかと疑うようになった。

 報酬をめぐる交渉で問題になったレジュメ(パワーポイントで作成した講義用資料)も、毎週の収録日に先立ってX社の担当者にメールで送付し、チェックを受けていた。担当者のチェックを通っても、収録中に自分でレジュメの間違いに気づくことがある。その際は、その場でレジュメを修正し、収録後に修正後のレジュメを担当者へ送付して差し替えてもらっていた。レジュメに関しては、内容の解りやすさもさることながら、パソコンとスマホの両方の媒体ではっきりと見えるように、レイアウトや文字サイズ、色などを調整する必要があった。だが、X社の担当者からは、収録の前にも後にも、レジュメの修正を依頼されたことが一度もない。ついには、収録開始から1年ぐらい経った頃に、担当者から「レジュメは収録後にまとめて送ってくれればよい」と言われた。担当者はレジュメを真面目にチェックしていなかったのだろう。

 X社の担当者も頻繁に交代していた。私がX社の仕事をしていた2年近くの間に、担当者が3回代わっている。交代した際に、「今度から担当が○○に代わります」と連絡してくれればよいのだが、X社の場合はしれっと担当者が変更になっていた。まず、担当者の他に副担当者らしき人がつき、メールのCCに追加される。私が担当者とメールのやり取りをしていると、次第に副担当者が前面に出てくるようになる。私が収録でX社のオフィスを訪れるうちに、そう言えば最近担当者を見かけないと感じて、副担当者に担当者はどうされたのかと尋ねてみたところ、実は担当者が随分前に退職していたことが判明した。そして、その副担当者が次の担当者に昇格するのであった。3回の交代劇はいずれもこのようにして行われた。

 X社の社長の資質にも問題があったと感じる。X社は社員が30人程度のベンチャー企業であった。にもかかわらず、社長には秘書がついていた。このパターンはどこかで見たことがあると思ったら、私の前職のベンチャー企業であった(以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第5回)】とにかく形から入ろうとする社長」を参照)。

 それなりの規模の企業であれば、経営陣に秘書がつく理由も理解できる。本社には顧客、取引先、金融機関、投資会社、業界団体、大学、研究機関、行政から果ては政治家まで、様々な人からメール、電話、郵送物で連絡が入る。顧客以外にも本社に物申したい人はいるし、取引先の他に営業をかけてくる企業もある。慈善団体が寄付を要求することもあるだろう。それらのことに経営陣が逐一対応していたら本業に集中できないため、前裁きをしたり、経営陣に代わって対応したりする人が必要になる。これが秘書の役割である。だが、社員が30人ほどの企業に関与する人などたかが知れている。私は中小企業向けの補助金事業の仕事をして、社員数が数十人程度の企業を100社ぐらい訪問したが、秘書がいる企業など見たことがない。

 私は、中小企業の社長は、自ら製品・サービスの開発・製造・提供をするか、自ら営業を行うか、少なくともどちらかの役割を果たさなければならないと考えている。自分ができない役割については、それを遂行してくれる信頼に足る右腕を置く。ホンダ、ソニー、パナソニックなど、現在の日本の代表的な大企業が中小企業だった頃は、社長とその右腕となる人物が二人三脚で製造と営業をリードしていたものである。ところが、X社の社長は、サービスの開発にも営業にもあまり関与していなかったように感じた。これも、私が前職のベンチャー企業で見た光景とそっくりである(以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第2回)】営業活動をしない社長」、「【ベンチャー失敗の教訓(第3回)】製品開発・生産をしない社長」を参照)。

 まず、X社がメインとしている講座については、社長が自ら講師を務めておらず、他の資格学校からスカウトしてきた名物講師らしき人をあてていた。では社長が営業をしていたかと言うと、Youtubeにチャネルを開設して宣伝動画をアップし、全国で雀の涙ほどの回数しか開催していない少人数の説明会で話をするだけで終わっていたように見えた。X社は自社でe-Learningのコンテンツを提供する以外に、他の資格学校にもコンテンツを販売しようとしていた。その営業を行っていたのは、私が知る限り社長ではなく、一般の社員であった。私には、社長は本ばかり書いている人にしか映らなかった。新刊が出る度に私も頂戴したものの、似たような内容を繰り返しているという印象しかなかった。ここまで来ると、もはや完全にデジャブである(以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第7回)】本を書いて満足してしまう社長」を参照)。

 これだけのサインがあれば、X社は危険だと判断してしかるべきだった。それなのに、私は契約解除を申し出ることができなかった。だがそれ以前に、そもそもこの仕事を引き受けるべきではなかった理由が2つある。1つ目は、前回の記事でも触れたレベニューシェアという報酬形態である。レベニューシェアとは、端的に言い換えれば成果報酬型である。私は独立した当初から、成果報酬型の仕事は基本的にやらないと決めていた(書籍の出版に関しては、印税方式という業界慣行を変えることがほとんど不可能であるため、例外的に印税方式に従っていた)。

 営業力強化のコンサルティングを行っている企業の中には、成果報酬型を売りにしているところもある。営業の場合は、元々営業担当者の給与にコミッションが取り入れられていることからも解るように、成果に対する営業担当者の貢献度合いが比較的解りやすい。受注金額から原価を引いた売上総利益のうち、営業担当者の固定給や管理部門の人件費、広告宣伝費その他本社の固定費を除いた金額に対して、営業担当者がどの程度寄与したかを取り決めたものがコミッションである。成果報酬型のコンサルティング会社は、コンサルティングによって前述の金額がどのくらい増加するかを見込んで、パーセンテージを設定する。

 だが、私の専門領域はビジョンや事業戦略(事業計画)の策定、それに紐づく人材育成計画の作成、計画に基づく研修の企画・開発・実施である。もちろん、私も顧客企業の業績が上向くことを願って仕事をしている。とはいえ、私の仕事がどの程度顧客企業の利益増に貢献したかを測ることは、私の仕事以外に影響する要因が多すぎるがゆえにほとんど不可能である。他方、私の仕事以外に影響する要因は多いものの、私の仕事は利益につながる因果関係の一部であり、私の仕事がなければ利益増は達成できなかったと考えれば、増加した利益が私の成果であり、それをそのまま支払ってほしいという強弁も成り立つ。しかし、こんな主張を受け入れる顧客企業などまずいない。だから、私は成果報酬型の仕事はしないことにしていた。

 安倍政権になってから中小企業向けの補助金が増加し、コンサルタントが補助金の申請書(事業計画書)の作成支援を依頼される機会が増えた。コンサルタントの中には、採択された補助金額の一定割合を報酬として請求する、つまり成果報酬型の契約を締結している人もいた。しかし、作成”支援”と言いながら、実質的には作成”代行”になっていることも往々にしてあった。私からすると、作成代行で成果報酬を請求する場合には、事業計画のネタこそ顧客企業が持っていたとはいえ、こちらが作成代行をしなければ補助金を受けられなかったのだから、補助金をほぼ全額頂戴したいという気持ちになる。

 もちろん、この論理が相手に通用するはずもない。例えば、行政書士に会社設立の手続きを代行してもらった際に、事業プランは依頼者にあったかもしれないが、行政書士が会社設立の手続きをしなければそもそも会社を立ち上げることができなかったのだから、設立後の利益を全部寄こせなどと言われたら、誰もが怒るだろう。

 私は、中小企業をメインの顧客としている機械メーカーから、顧客企業に提供する追加サービスの一環として、補助金の申請書の作成支援(実質的にはほとんど代行)をしてくれないかと打診されたことがあった。顧客企業の事業計画が採択されれば、計画の遂行段階で必要となる機械をそのメーカーから購入してもらうという目論見であった。機械メーカーの担当者からは、私の仕事は成果報酬型でないと顧客企業に提案できないと言われた。成果報酬に対して否定的だった私は、採択の有無にかかわらず、顧客企業の経営者の頭の中にあった事業計画を目に見える文書として構造化したこと自体に価値があると主張し、一定額の報酬を要求した。

 この件に関わらず、価格に対する私の考え方はシンプルである。まず、私と同じ仕事を顧客企業が自力でしたら、どの程度の期間と費用がかかるのかを見積もる。私がその期間よりも短期間で仕事をする場合には、顧客企業が要したであろう費用よりも高い価格を想定する。ただし、私がどの程度の品質(早く仕上げることも1つの品質である)を達成する見込みで、顧客企業がそれにいかほどの価値を認めるかはケースバイケースであるから、価格交渉の余地が生じる。一方、私が顧客企業とほぼ同じ期間で仕事をする場合には、顧客企業の費用よりも安い価格を想定する。とはいえ、際限なく安い価格では私が採算割れしてしまうし、同じ期間でも品質を上げられるならば、想定価格より高い価格を設定できるかもしれない。これも交渉事である。先ほど触れた行政書士の各種手続きなどの値段も、同様の考え方で設定されているはずだ。

 この機械メーカーにはこういう話が通じなかったため、話はお流れになった。正直に言って、私の仕事を成果報酬型でないと顧客企業に売り込むことができないというこの企業の営業担当者は腰抜けだと感じた。仮に、この機械メーカーの顧客企業から、機械の値段は成果報酬型で支払いたいなどと言われたら、営業担当者は間違いなく拒否するだろう。まして、この手の企業の主たる収益源となっているアフターサービスの費用を成果報酬型で支払いたいなどと言う顧客企業は、営業担当者が必死で説得するに違いない。

 私が以前精神科の病院に入院していた時、看護師に私の仕事内容を説明したことがあった。経営コンサルティングの仕事は、必ずしも顧客企業の業績アップにつながるとは限らず、その点で顧客企業はリスクを抱えているという話をしたら、看護師からは「そういう性質のサービスであれば、自分なら成果報酬型でお願いしたいと思う」という反応が返ってきた。

 看護師の気持ちは解らなくもない。しかし、その理屈が通るならば、医療サービスについても、患者が治るかどうかを医師が保証できないのだから、患者が診療報酬を成果報酬型にしてくれと要求してもおかしくないことになる。とはいえ、もしそのような主張を許してしまったら、日本の医療制度が崩壊することは誰の目にも明らかである。特に精神疾患は、他の疾患に比べて、治るかどうかがより一層不透明である。さらに、私が抱えている双極性障害は、寛解すること(症状が治まり安定すること)はあっても完治する可能性は低いとされている。その治療費を成果報酬型にしてしまったら、精神科医は皆逃げ出すだろう。



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