プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2018年06月27日

エドガー・H・シャイン『キャリア・ダイナミクス』―今だったら「キャリア研修」のカリキュラムをこう設計する


キャリア・ダイナミクス―キャリアとは、生涯を通しての人間の生き方・表現である。キャリア・ダイナミクス―キャリアとは、生涯を通しての人間の生き方・表現である。
エドガー・H. シャイン 二村 敏子

白桃書房 1991-02-01

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 キャリア開発と組織文化に関する研究の第一人者であるエドガー・シャインの著書。以前の記事「横山哲夫編著『キャリア開発/キャリア・カウンセリング』―今までが組織重視だったからと言っていきなり個に振り子を振り過ぎ」で、日本のキャリア開発の現場では組織よりも個人の方が過剰に重視されていると書いたが、シャインも本書の中で同様の警告を発している。
 個人のキャリア計画が立てられようと立てられまいと、このような組織の計画は組織の有効性のために立てられなければならないと、初めから強調しておくことが重要である。キャリア計画の焦点が、最近、個人の計画を助けることにおかれすぎ、主要かつ本質的な組織活動としての人間資源の計画には、十分な注意が払われてきていない。
 実際のところ、あまりにも多くの人間資源計画が、長期目標の観点から効果的に機能したいとする組織の要求に関わるよりは、むしろシステムにいる現従業員たちの欲求に対する計画に関わりすぎるようになって、失敗している。
 私の前職は組織・人事関連のコンサルティングと企業向け教育研修サービスを提供するベンチャー企業であった。サービスのラインナップの中に「キャリア研修」があったのだが、シャインが提唱した「キャリア・アンカー」のアセスメントは著作権の問題で使えないという理由で、エニアグラムで代替的に自己理解を行い、研修参加者を取り巻く環境の理解については、手軽なフレームワークであるSWOT分析でお茶を濁して、結局はマインドマップで自分のやりたいことを自由に描いてみましょうという、非常に中身の薄いものであった。これではとても売れるはずがない。当時のマネジャーたちにはグーパンチをお見舞いしてやりたいものだ。

 今回の記事では、今だったら、私だったらキャリア研修のカリキュラムをこういうふうに設計するという案を披露したいと思う。ただし、読んでいただければお解りのように、キャリア開発は決してキャリア研修だけで完結するものではない。

 【研修前の準備】
 (1)組織文化を踏まえた戦略の立案と人員計画の策定
 企業が人的資源に関するニーズを明らかにするためには、まずは戦略を立てなければならない。しかも、以前の記事「DHBR2018年5月号『会社はどうすれば変われるのか』―戦略立案プロセスに組織文化の変革を組み込んで「漸次的改革」を達成する方法(試案)、他」で述べたように、戦略は組織文化と整合性が取れている必要がある。組織文化とは、価値観の集合体である。価値観とは、重要な意思決定を迫られた時の判断基準となるものである。自社の組織文化がどのようなものかを知るには、自社のこれまでの社史を紐解き、成功、あるいは失敗した事業・製品・サービス・施策・プロジェクト・取り組みなどを分析し、重要な意思決定のよりどころとなった価値観、あるいはよりどころとすべきだったと後から学習した価値観を記述する。

 組織風土と整合性の取れた戦略が立案できたら、その戦略の実現に向けた組織体制を設計する。そして、それぞれの部門の各ポジションに求められる人材要件を定義する。人事部は、社員の現在の保有能力を踏まえ、誰をどのポジションにつけるか計画を立てる。別の言い方をすれば、新しい組織のそれぞれのポジションに割り当てる候補者のプールを形成する。あるポジションの候補者が複数いるということは、社員の側から見れば、キャリア選択肢が複数になる人もいるということである。人事部がこの作業を行う上では、全社員の能力レベルを体系的に管理し、必要な時にすぐに参照できるデータベースを持っていることが前提となる。

 (2)今後のキャリア予定に関する上司と部下の面談
 人事部は(1)の人員計画を上司に伝え、その上司の下にいる部下がどのようなキャリアを歩む予定になっているのかを共有する。それを受けて、上司はそれぞれの部下と個別面談を行い、そのキャリア予定を部下に伝える。「我が社はこれからこのような戦略を実行する予定である。それに伴って、新しく○○という部門ができる。○○部門の○○ポジションには○○という能力が要求される。君が持っている○○という能力は一定のレベルにあり、○○という部門の○○というポジションでその能力を大きく伸ばすチャンスになるだろう」などといった形で部下と面談を行う。部下のキャリア予定が1本に絞り込まれておらず、人事部が複数の選択肢を検討している場合には、それらの選択肢の全てについて正直に部下に話す。

 【キャリア研修】
 (3)参加者を取り巻く環境の分析と自身に期待される役割の理解
 (2)の面談で今後のキャリア予定を伝えられた当事者は、ある程度自分に期待される役割を理解しているが、研修ではさらにその理解を深める。具体的には、自分が配属される予定の部門=外部環境の現況と今後の見通しから機会と脅威を分析すると同時に、内部環境である自分自身の強みと弱みを洗い出し、SWOT分析を行う。例えば、○○製品の営業部門に配属される見込みがある参加者は、○○製品の営業部門という外部環境、具体的には市場、競合他社、技術の動向などといった営業部門を取り巻く事業環境と、営業部門の人材、ノウハウ、IT、制度などといった営業部門の組織環境を分析すると同時に、営業担当者としての自分自身の強みと弱みを洗い出す。当事者に複数のキャリア選択肢がある場合、例えば営業部門か製造部門のどちらかに異動する予定である場合には、両部門についてSWOT分析を実施する。

 ただし、参加者にいきなりSWOT分析をさせるのは難しいため、部門別の外部環境に関する情報はあらかじめ人事部が準備する。参加者は人事部からのインプットに自分が知っている情報を追加し、SWOT分析を行って、自分に求められる役割をより具体的にイメージしていく。そして、グループワークで各々のSWOT分析の結果を共有し、外部環境や自身の強み・弱み、自分に期待される役割に関する認識について第三者からフィードバックを受ける。

 (4)自己の価値観の棚卸し
 (3)までは外部からの要求に対する理解であったのに対し、(4)は自己理解である。シャインは本書で、「自己(個人的な好み、趣味・余暇、社会的活動を想起するとよい)」、「仕事」、「家庭」という3つのキャリアを想定している。(1)で組織の価値観を明らかにしたように、(4)では当事者個人の価値観をあぶり出す。研修の現場では、前述のエニアグラムや「価値観カード」のようなツールが用いられることが多い。しかし、個人的には自己理解はキャリア開発の肝であり、簡易なツールに頼るべきではないと思う。面倒かもしれないが、今までの人生における重要な出来事を振り返って、「自己」、「仕事」、「家庭」それぞれに関する自分の価値観を考える。

 仕事に関する私の価値観は、以前の記事「私の仕事を支える10の価値観(これだけは譲れないというルール)(1)(2)(3)」で書いたことがある。価値観を整理するのが難しいと感じる場合には、リチャード・モリタ『これだっ!という「目標」を見つける本』(イーハトーヴフロンティア、2007年)の巻末についている273(!)の質問が役に立つだろう。価値観を棚卸した後は、参加者同士でその内容を共有する。ひょっとすると、自分は気づいていないが、第三者が感じ取っているその人の価値観というものがあるかもしれない。

 (5)自身に期待される役割と自己の価値観のコンフリクトの整理
 理想的なのは、組織文化と整合性の取れた戦略から導かれた役割が、当事者本人のニーズや価値観とも合致することである。人材要件という表面的なレベルではなく、価値観という深層的なレベルで合致しているから、当事者本人はすんなりと新しい役割へと移行することができるだろう。しかし、このようなケースは稀であることは想像に難くない。

 たいていは、自身に新しく期待される役割は、自分の価値観とコンフリクト(葛藤)を起こす。まず、「自己」、「仕事」、「家族」3つのキャリア全体を見渡して、価値観に優先順位をつける。次に、仮に自身に期待される新しい役割をそのまま受け入れた場合に、マイナスの影響を受ける価値観を特定する。そして、犠牲にしてもよい価値観と、犠牲にはしたくない重要な価値観を峻別する。解りやすい例で言えば、子どもが産まれたばかりで家族との時間を大切にしたいのに、地方への単身赴任を命じられる可能性があるケース(家族に関する価値観が新しい役割とコンフリクト)や、自分は様々な人と会うのが好きなのに、管理部門への異動を命じられる可能性があるケース(仕事に関する価値観が新しい役割とコンフリクト)などが挙げられる。

 (6)組織と個人のニーズの調和の模索
 シャインは本書の中で、企業と社員の間でコンフリクトが生じた場合には、双方のニーズを「調和」させることが重要であると繰り返し述べている。ただ、その「調和」というものが具体的に何を指しているのか、やや判然としない印象を受けた。
 蓄積しつつあるデータベースによれば、人びとは、自分の家族が新しい状況にうまく適応しないなら、あまり高いレベルでは職務を遂行しない。したがって、全体的な家族の態度を調べて、動かされたくない人びとを動かさないことが、明らかに、組織のためである。私は最近、次のように報告する多くの会社に出会った。すなわち、独身者は、配偶者や子どもたちと同じように地域社会に対して他に移せない愛着を抱くため、既婚者よりはるかに移動させにくい、と。組織はこうした問題をめぐって誠実に交渉し、たとえ人びとが移動を拒否しても彼らを不良とみなすのはやめるべきである。
 本書で「調和」の具体的な例として書かれているのはこれぐらいしか見当たらなかったのだが、これは果たして「調和」と言えるだろうか?企業と社員のうち、どちらか一方が自らの要求を100%取り下げ、他方の要求を完全に呑むことは調和とは言いがたい。これではWin-Loseの関係になってしまう。調和とは、双方がともに変化することで、第三の道を創造し、Win-WInの関係を構築することである。先ほど書いた、「子どもが産まれたばかりで家族との時間を大切にしたいのに、地方への単身赴任を命じられる可能性があるケース」では、例えば「出張ベースで仕事が回るように、業務手順やIT環境を変えてもらう」というのが調和の一例になるだろう。研修の最後には、各々が調和の道を模索し、その内容を共有して、相互にアドバイスを行う。

 【研修後のフォローアップ】
 (7)組織と個人のニーズの調和に関するキャリアカウンセリング
 受講者の中には、自分の価値観や、新しい役割と価値観とのコンフリクトがあまりにプライバシーにかかわることであるため、研修の中では明かしたくないという人もいるだろう。よって、(3)~(6)の研修は、あくまでも”練習”である。自分の価値観を棚卸し、新しく期待される役割とのコンフリクトを理解し、調和の道を模索する方法に慣れてもらうためのものである。(7)では、キャリアカウンセリングという、プライバシーが確保された空間の中で、より本音を開示できるようにする。カウンセラーは基本的に聞き役に徹するが、最後には調和の選択肢を示す必要がある。そのためには、組織の業務慣行、職務分掌、権力構造、企業風土、人事制度などに精通し、相談者の役割や相談者を取り巻く環境を柔軟に可変する想像力が求められる。

 (8)組織的課題の取りまとめと経営陣への報告
 カウンセラーは、様々な相談者の様々な調和のパターンに直面することになる。新しい戦略を実行するにあたって、社員側も変化するが企業側にも変化してほしいと思っていることがたくさんある。カウンセラーは、相談者の守秘義務に注意しつつ、調和のパターンから、企業が戦略を実行するにあたって組織的に取り組むべき課題を取りまとめ、経営陣に報告する。例えば、「生産性を上げる代わりに健康に配慮してほしい」という声が多ければ、法律で定められたストレスチェックに加えて独自のストレスチェックを実施する、「新しい戦略で野心的な業績目標を掲げるのはよいが、チームワークのよさを大事にしたい」という声が多ければ、過度に社内競争をあおらず、チームワークを評価する人事制度にする、といったことを経営陣に提案する。

 (9)戦略変更のニーズが強い場合の戦略見直し
 (8)は、企業が当初想定していた戦略を実行するにあたって、当初想定していた戦術を変更するパターンであるが、新しい役割を提示された社員が、自分の価値観に基づいて「もっとこういう製品・サービスを作りたい/売りたい」という強い思いを持っていることがある。それが単なる社員の願望ではなく、冷静な外部環境分析と自身の強みに基づいているのであれば、さらに同じ思いを持っている社員が多数存在するのであれば、経営陣は彼らの声に耳を傾ける価値がある。すなわち、ボトムアップでの戦略立案を認めるということである。この場合には戦略の練り直しになるから、再び(1)に戻って全てのプロセスをやり直さなければならない。

 以上が私の素案であるが、実際にはハードルが非常に高いと言わざるを得ない。第1に、人事部は必ずしも経営陣と十分な連携が取れておらず、従って戦略に十分精通しておらず、戦略とリンクした人員計画を持ってないということである。欠員が出たから中途採用する、現場が何人新人がほしいと言っているから今年は何人新卒を採用する、といったスタイルの人事部では、上記のキャリア開発は出発点でつまずいてしまう。第2に、マーケティング部や営業部が顧客データベースを充実させているのに比べると、人事部は全社員の能力に関するデータベースの構築が遅れている。よって、各社員のキャリアの予定を見通すことが難しい。

 第3に、仮に各社員のキャリア予定を見通すことができたとしても、それを上司を通じて本人に伝えることに多くの人事部は抵抗を示すであろう。ただでさえ人事情報は機密性が高いのに、可能性レベルの情報を伝えることはためらわれるに違いない。特に、本人のキャリア選択肢が複数検討されている場合には、それを本人に伝えることでかえって本人を当惑させてしまう恐れがある。しかし、この情報がないと、例えばある営業担当者がキャリア研修に参加して、本人はこの先も営業部門でキャリアを歩むものだと思ってワークショップに取り組んだのに、実は裏では人事部が彼を製造部門に異動させる予定を立てていたせいで、後になってせっかくワークショップで検討した内容が無に帰すという悲劇が起きることになる。

 第4に、キャリアカウンセラーが社員1人1人の働き方についてアドバイスできるほどに企業の諸事情に精通しており、かつ経営陣と緊密な関係が構築できていなければならない。カウンセラーが社内の人間であればまだよいが、社外の人間となると相当に難易度が上がる。最後に、キャリア開発とは結局のところ、全社員を巻き込んだ組織開発であり、経営陣の強いコミットメントが必要であるということである。キャリア研修がいまいち普及しないのは、そして、前職のベンチャー企業でキャリア研修が売れなかったのは、キャリア開発がこうした大掛かりな取り組みであることを理解せず、前述の(3)~(6)のみで安易に済ませようとしていたからだと思う。

 今までは企業が社員のキャリアパスを作り、社員はそれに従っていればよかった。ところが、企業の競争環境が不確実になったせいで企業がキャリアパスを示すことが困難になったため、社員が自律的にキャリアを開発しなければならない、と説明されることがある(私の前職のベンチャー企業もそう説明していた)。だが、上記で示したように実際には逆で、事業環境が不確実だからこそ企業は戦略を持たなければならないし、かつそれをはっきりと社員に提示する必要がある。欧米人は「私は1年後にはこうなり、3年後にはこうなり、5年後にはこうなる」と明確なキャリア目標を持っていると日本人は称賛する。しかし同時に、欧米人は企業に対して、「我が社は1年後にどうなっているのか?3年後にどうなっているのか?5年後にどうなっているのか?」と厳しく問うているのである。それに答えられない企業は、社員のリテンションに失敗する。

 もう1つ、日本企業に見られる勘違いは、キャリア開発では長期的なキャリアビジョンを持たなければならないと思われていることである(私の前職のベンチャー企業もそう思っていた)。だが、企業でさえ長期的なビジョンを持つことが難しくなっているのに、個人が10年後、20年後のビジョンを持つことはさらに難しい。むしろ、目まぐるしく変わる戦略に対して、自己の価値観から生じる欲求を認識し、企業と個人のニーズを調和させるという短期~中期的な視点が現実のキャリア開発の根幹をなすと考える。だから、ブログ別館の記事「佐藤厚『ホワイトカラーの世界―仕事とキャリアのスペクトラム』―PDCAサイクルからGDSA(Goal⇒Do⇒Support⇒Assess)サイクルへ」では、キャリア開発を次のように定義した。
 まず、一見バラバラに見える、仕事を中心とした過去の様々な経験について、上司、同僚、部下、その他企業や組織の関係者、さらには友人、家族など多様な人物を登場させつつ、自分なりに意味づけをすることによって筋の通った1つの物語を編纂し、自分は何者なのか(自分はどんな価値観を大切にしているのか、自分には何ができるのか、自分は何をしたいのか)という自己認識を持つこと。

 その上で、企業や組織を取り巻く環境の変化を把握し、周囲から中期的に期待されている役割を理解するとともに、個人的な問題や家族の問題との葛藤が生じた時、そこに自己認識の物語を照射し、納得のいく意思決定を下して、仕事を中心とする人生の中期的なビジョンを構想すること。
 キャリア開発で大切なのは、自己の価値観という幹をしっかりと持つことである。視点は未来に向けて長く設定するのではなく、過去に向けて長く設定するべきである。

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