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【ドラッカー書評(再)】『経営者の条件』―「マネジメント」を万人に開いた1冊

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2012年03月05日

【ドラッカー書評(再)】『経営者の条件』―「マネジメント」を万人に開いた1冊


ドラッカー名著集1 経営者の条件ドラッカー名著集1 経営者の条件
P.F.ドラッカー

ダイヤモンド社 2006-11-10

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 「ドラッカー山脈」とも呼ばれるピーター・ドラッカーの大量の著書をもう一度読み返してみようという個人的な企画。月に1冊ずつぐらいのペースで書評を書ければと思っております。とはいえ、ドラッカーの本は30冊以上あるので、この企画が終わるのは、順調に進んでも3年後かい?まぁ、気長にお付き合いください。

 第1弾は、1967年に発表された『経営者の条件』(原題は"The Effective Executive")。思えば、ドラッカーの著書で最初に読んだのは『ネクスト・ソサエティ』だったのだが、本格的にドラッカーを読み込んでみようと思ったきっかけはこの本だった。ドラッカーは、「知識労働者(ナレッジワーカー)」という言葉を半世紀も前から使っていた。そして、現代の組織社会において中心的な存在となりつつある知識労働者のうち、企業や組織の業績に影響を与える意思決定を下す人を、”地位を問わず”「エグゼクティブ」と位置づけている。
 今日では、知識を基盤とする組織が、社会の中心的な存在である。現代社会は、組織の社会である。それら大組織のすべてにおいて、中心的な存在は、筋力や熟練技能ではなく、頭脳を用いて仕事をする知識労働者である。筋力や熟練ではなく、知識や理論を使うよう、学校で教育を受けた人たちが、ますます多く組織の中で働くようになっている。
 私は、地位やその知識ゆえに、日常業務において、組織全体の活動や業績に対して、重要な影響をもつ意思決定を行う経営管理者や専門家などの知識労働者を、エグゼクティブと名づけた。
 われわれはすでに、最下層の経営管理者が、企業の社長や政府機関の長とまったく同じ種類の仕事、すなわち、企画、組織化、統合、調整、動機づけ、そして成果の測定を行うことを知っている。意思決定の範囲は、非常に限られた狭いものかもしれない。しかし、たとえ狭くとも、その範囲内においては、まぎれもないエグゼクティブである。(中略)そして、トップであろうと、新人であろうと、エグゼクティブであるかぎり、成果をあげなければならない。
 極端なことを言えば、組織で働く人々はほぼ例外なく「エグゼクティブ=経営者」であらねばならない、ということだ。経営者の仕事は第一義的にはマネジメントである(もう1つ重要な仕事としてリーダーシップがある)。そのマネジメントを万人に開いたのが、この1冊であると言えよう。若かりし頃の私は、「新人であろうとトップであろうと、地位や役職を問わずマネジメントが要求されるのならば、これを学ばない手はない」と、興味と危機感の入り混じった感情で「ドラッカー山脈」へと足を踏み入れていったものだ。

 本書は、エグゼクティブが成果を上げるための5つの能力について書かれたものである。個々の能力自体は、タイムマネジメントや仕事の優先順位づけなど、世の中に星の数ほどある仕事のハウツー本とそれほど変わらない。しかし、これらの能力の必要性を、
 確かに人生には、成果をあげるエグゼクティブになることよりも高い目標がある。しかし目標があまり高くないからこそ、実現も期待しうるというものである。すなわち、現代社会とその組織が必要とする膨大な数の成果をあげるエグゼクティブを得る、という目標の実現である。(中略)

 大規模組織のニーズは、非凡な成果をあげることのできる普通の人によって満たされなければならない。これこそ、成果をあげるエグゼクティブが応ずべきニーズである。しかも目標は謙虚であって、だれでも努力さえすれば実現可能である。
と社会的な文脈から論じている点が、いかにも”社会生態学者”を自称するドラッカーらしいところである。

 成果を上げるための5つの能力のうち、最初に登場するのが実は「時間管理」というのはちょっと意外な気もする。だが、これはエグゼクティブ特有の事情を反映している。仕事の範囲が狭く限定された肉体労働者であれば(最近はそういう肉体労働者も随分減っていると思うが)、作業スケジュールも1つ1つの作業に費やすべき標準時間もきっちりと決まっているから、それに忠実に従えばよい(従わなければ、工場の監督者から叱り飛ばされるか即刻クビである)。

 これに対して、エグゼクティブの知識集約的な仕事は、定型化が難し上に発生頻度もまちまちで、かつ他のエグゼクティブとの協業を必要とするものが非常に多い。よって、自分で積極的に時間をコントロールしない限り、偶発的な仕事と周囲のエグゼクティブに振り回されてしまうのである。

 こうした実情を同じように指摘しているのが、ヘンリー・ミンツバーグ(※1)やトム・ピーターズ(※2)などである。彼らの考察対象はマネジャーに限られるけれども、2人に共通しているのは「マネジャーが机に座って理路整然と仕事を進めているというのは、学者が勝手に考えた絵空事であって、生身のマネジャーは重要事案の検討から些細な事務処理まで、実に多様な業務を同時並行的にこなしていかなければならない」という現状認識である。

 ミンツバーグやピーターズは、マネジャーの一見場当たり的にも思える仕事のやり方は必然なのであって、それをどうこう変えることは不可能であると割り切っている。ピーターズに至っては、上司や部下、同僚などからアドホックに寄せられる情報の中に、明日のビジネスチャンスのヒントとなる情報が混じっていることもあるのだから、マネジャーの仕事はアドホックで構わないとさえ述べている。

 一方ドラッカーは、エグゼクティブの忙しさを認めつつも、それでもやはり意識的に時間管理を行って、自分で自由に使える時間を一定量確保するべきであると主張している。なぜならば、重要な意思決定や仕事には、ある程度まとまった時間が必要だからである(※3)。特に人事に関する意思決定には、通常よりも多くの時間をかけるべきだという。人事は間違うと取り消しが難しいし、不適格な人材を長くそのポストに張りつけておけば、企業にとって多大な損害をもたらす。
 アルフレッド・P・スローンは、人事についての意思決定はその場では決してしなかったそうである。一応の判断はするが、それにさえ、通常、数時間を使っている。しかも、その数日あるいは数週間後には、初めから考え直していた。二度も三度も同じ名前が出てきたときだけ、人事の最終決定を行った。スローンは、人事の秘訣を聞かれたとき、「秘訣などない。最初に思いつく名前は、概して間違いだということを知っているにすぎない。だから私は、何度も検討し直して、決定することにしている」と答えたという。
 私の記憶が正しければ、ここ10数年で最も大臣の不祥事や失態が少なかった小泉内閣では、内閣改造の度に小泉氏が官邸に何時間も閉じこもって人事を検討していた。そして、小泉氏が官邸から出てくると、小泉氏の机の上には新しい大臣の名前が書かれた紙が置かれていたという。また、GEの「セッションC」などのように、サクセッションプラン(後継者育成計画)が整っている企業は、候補者が若いうちから何度もその適性を厳しく評価する仕組みを整えている。これも人事に時間をかける一例であろう。

 話がちょっと逸れてしまったが、エグゼクティブが徹底的に時間管理を行い、不要な仕事を捨て去って、自由に使える時間をかき集めたとしても、そのボリュームはたかが知れているという。そして、地位が上がれば上がるほど自由に使える時間の割合は小さくなり、トップに至っては4分の1しかない、というのがドラッカーの分析である。
 自分の時間の半分以上をコントロールしており、自分の判断によって自由に使っているなどという者は、実際に自分がどのように時間を使っているかを知らないだけであると断言してよい。組織のトップにいる人たちには、重要なことや、貢献につながることや、報酬を払われている当の目的に使える自由な時間など、4分の1もない。これは、あらゆる組織についていえる。
 エグゼクティブが100%とまでいかなくても、かなり高い割合の時間を自由に使えるとしたら、そのエグゼクティブは自分が想定していない出来事や情報の大半を排除して、既知の世界の中で意思決定を行っていることになる。しかし、言うまでもなく、新しいビジネスチャンスや、逆に既存のビジネスを脅かす変化は、自分が知らない世界からやってくる。その意味では、ピーターズが指摘したように、アドホックであっても例外的な情報を受け取るよう、周囲の人々に門戸を開いておくことは、ひとまとまりの自由な時間を確保することと同様に重要であるように思える。

 (続く)

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(※1)ヘンリー・ミンツバーグ著『マネジャーの仕事』(白桃書房、1993年)

マネジャーの仕事マネジャーの仕事
ヘンリー ミンツバーグ Henry Mintzberg

白桃書房 1993-08

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(※2)トム・ピーターズ著「組織論では真の姿に迫れない リーダーの仕事」(『DHBR2008年2月号』、初出は1979年)

Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2008年 02月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2008年 02月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2008-01-10

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(※3)ちょうど最近、興味深い記事が出ていたのでご紹介(「同時作業が得意な『2%の超人類』」[WIRED、2012年3月1日])。ユタ大学応用認知ラボの主任、デビッド・ストレイヤー氏によると、マルチタスクを処理できず、どちらの課題もパフォーマンスが落ちてしまう人の割合は、全体の98%にも上るらしい。残りの2%は、実際にマルチタスクが可能な「スーパー・タスカー」だが、彼らは脳の構造が一般の人とは決定的に異なっており、シングル・タスカーがスーパー・タスカーになることは期待できないという。

 また、日常的に情報をマルチタスク的に操り、ネットやビデオ、チャット、電話などを同時に駆使する人の方が、認識テストの成績が劣るという研究もあるそうだ。不要な情報を無視したり、作業記憶内で情報を整理したりする能力等が落ちている可能性が指摘されている。

(※4)私が所有しているのは、冒頭で紹介した「ドラッカー名著集」ではなく、その前のシリーズである「ドラッカー選書」であるため、引用文の表現が「ドラッカー名著集」のものとは一部異なるかもしれない点はご了承ください。




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