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ティム・クラーク他『ビジネスモデルYOU』―キャリア開発における「内省」を企業の内部環境分析に応用するための私案(2)
ティム・クラーク他『ビジネスモデルYOU』―キャリア開発における「内省」を企業の内部環境分析に応用するための私案(1)
アレックス・オスターワルダー、イヴ・ピニュール『ビジネスモデルジェネレーション』―モデル図から文章を起こしてロジックを検証しよう

プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2013年05月31日

ティム・クラーク他『ビジネスモデルYOU』―キャリア開発における「内省」を企業の内部環境分析に応用するための私案(2)


ビジネスモデルYOUビジネスモデルYOU
ティム・クラーク アレックス・オスターワルダー イヴ・ピニュール 神田 昌典

翔泳社 2012-10-26

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 (前回の続き)

 (2)スキルと能力
 「スキルと能力」を明らかにするワークは、「ライフライン」というワークである。横軸に「時間」を、縦軸に「喜び/ワクワク」をとり、幼少期から現在までの「喜び/ワクワク」の変化を折れ線グラフで表現する。そして、「喜び/ワクワク」を大きく上昇させた、逆に大きく減少させたライフイベントを書き込む。最後に、それぞれのライフイベントを通じて習得したスキルと能力を明らかにしていく。私のライフラインのグラフは割愛するが、重要なライフイベントを5つ抽出してみた。

 ⅰ)小学2年生の初めから中学3年の途中まで7年以上にわたり、週4日のペースでそろばん塾に通い続けた。珠算は初段、暗算は準初段まで到達することができた。市や県のそろばん大会でもたくさん優勝し、いろんな表彰を受けた。

 中でも一番印象に残っているのは、珠算の準2級の検定試験で、全科目満点という成績で合格し、商工会議所から特別表彰を受けたことだ。私がいた市では、珠算の1級・2級・3級の検定試験で全科目満点を取って合格すると、商工会議所が特別表彰を行う慣例があった。しかし、「準2級」については前例がなく、表彰するかどうか商工会議所内で議論になった。最終的には、「3級は表彰があるのだから、準2級も表彰があっていいのではないか?」ということで、商工会議所が”特別に”特別表彰してくれることとなった。
 ⇒「1人で黙々と同じ作業を続ける忍耐力」が身についた。また、「努力は意外な形で結実する」ということを学んだ。

 ⅱ)大学時代に塾講師のアルバイトをしていた時、ある先生から、問題児扱いされていた高校3年生の生徒を2人引き継ぐことになった。2人は遅刻や宿題忘れが日常茶飯事で、成績も芳しくなかった。引き継ぎの際に、前任の先生の授業を見学させてもらったが、最後の授業にもかかわらず、2人を大声で怒鳴りつけていた。「これは大変な生徒を受け持つことになってしまったなぁ」と思うと同時に、その2人が先生の怒声に全く応えていないことに気づいた。そこで、私は「何があっても絶対に怒鳴らない」と決めて、1年間辛抱強く個別指導を続けた。その結果、1人は芸術大学に、もう1人は産近甲龍レベルの大学に合格することができた。
 ⇒「人を動かすのは怒鳴り声ではなく、真摯に接し続ける姿勢である」ことを学んだ。

 ⅲ)同じく塾講師時代、古典が非常に苦手な生徒を受け持ったことがある。文法の知識を一から教えても生徒の頭がパンクするだけだと思ったため、期末テストの直前に生徒から教科書のコピーをもらって予想問題を作り、それを生徒に繰り返し解いてもらった。すると、その生徒は初めて70点台を取ることができた。本人が一番驚いた顔をしていたのを今でもよく覚えている。

 また、社会人になってから研修事業に携わるようになり、あるクライアントから「新しい営業手法を全営業担当者に浸透させるための研修を作ってほしい」という依頼を受けた。だが、クライアントにいくらインタビューしても、「新しい営業手法」とは一体何を指しているのか、意見が一致しなかった。そこで、クライアントの特性を踏まえた上で「新しい営業手法」をこちら側で定義し、それを盛り込んだ研修を実施した。研修終了後、クライアントの担当者から、「我が社が『新しい営業手法』と呼んでいたものが何だったのか、この研修でようやく解った」という感想をいただいた。
 ⇒「どう学ぶべきか?」の前に、「何を学ぶべきか?」を明確にするのは得意だと思う。

 ⅳ)あるクライアントのキーパーソンに、コンサルティングプロジェクトの提案を行った時のこと。私がシステムエンジニア出身であることを伝えると、「俺はSEが嫌いなんだよなぁ。頭が固いから」と言われた。まだ何も仕事をしていないのに、先入観だけでそう言われたのが悔しかったので、「絶対にこの人を見返してやろう」と思い、プロジェクトに臨んだ。

 プロジェクト期間が非常にタイトだったこともあり、一番気を遣ったのは、タスクの管理とスケジューリングであった。幸いにも、最終的にはキーパーソンから私の仕事ぶりを認めてもらうことができた。そのキーパーソンはプロジェクトの後、社内で何らかのプロジェクトの話が持ち上がると、私が作成した成果物を持って行っては、「こうやってプロジェクトを進めればいいんだよ」と関係者に教えている、と私に話してくれた。
 ⇒これ以外のコンサルティングプロジェクトなども通じて、「プロジェクトのゴールを決めて、タスクを区切り、スケジューリングを行う力」は結構鍛えられたと思う。

 ⅴ)今年に入ってから、私のブログを読んでくださっている方に会う機会があって、「DIAMONDハーバード・ビジネス・レビューの書評記事がすごくいい」、「内容はマニアックだが(←私、思わず苦笑)、特定の人に深く刺さる文章だ」というお褒めの言葉をいただいた。また、私のブログを読んでくださった出版社の担当者2人から連絡があった。1社からは原稿執筆の機会をいただき、もう1社からは最新刊の献本を受けることができた。
 ⇒「文章で解りやすく書く能力」は、おそらく同年代の人たちよりも優れていると思う。

 企業の場合、自社の強み・弱み分析はすでにお手のものだが、ここでは2つの点に注意してもらいたい。1つは時間軸を伸ばして考察することである。強み・弱み分析は、ややもするとここ数年の事象に目が行きがちだ。そうではなく、時には社史を一から紐解いて、企業が大きく成長するきっかけとなった出来事や、逆に企業が危機に瀕した出来事にも目を向けるとよい。

 もう1つは、表面的には失敗であっても、何かしら学習成果は存在するということだ。例えば、製品開発プロジェクトが失敗して新製品が日の目を見なかったとしても、プロジェクトの途中で取得した特許、新製品のデザインや設計図、プロモーションの企画などは、別のプロジェクトでも使える貴重な知的資産である。失敗の分析というと、悪かったことを次にどう直すか?という点ばかりに集中してしまうが、部分的な成功が埋もれていることに気づくと、組織の学習能力が上がる。

 (3)個性
 本書で言う「個性」は、「性格」、「パーソナリティ」と言い換えた方が解りやすいと思う。本書では、ジョン・ホランドが開発した「六角形モデル」を用いて、自分のパーソナリティを明らかにするワークが紹介されている。ホランドが類型化した6つのパーソナリティは以下の通りである(詳細は「適職探しに役立つホランド理論 - @IT自分戦略研究所」を参照)。

 ・現実的(Realistic)
 ・研究的(Investigative)
 ・芸術的(Artistic)
 ・社会的(Social)
 ・企業的(Enterprising)
 ・慣習的(Conventional)

 厳密に測定するには、リンク先にも書かれているように、ホランド理論に基づいて開発された「CPS-J」(日本マンパワー)や「R-CAP」(リクルート)といったテストを受診する必要がある。それができない場合は、6タイプの説明文を読んで、自分に当てはまりそうなものを感覚的に選んでも構わないと思う。私のパーソナリティは、自己分析に基づくと、「研究的」が最も高く、その次に「慣習的」と「社会的」が高いと考えている。

 個人の集合体である組織にも性格は見られる。野心的な企業もあれば、官僚主義的な企業もある。企業の場合には性格とは言わずに、企業文化、組織風土といった表現の方が的確だろう。ホランドの六角形モデル以外にもパーソナリティを類型化する方法がいくつか存在するように(例えば、心理学者エドガー・シャインが提唱した「キャリア・アンカー」や、宗教家ゲオルギイ・グルジエフが初めて本格的に使い始めたとされる「エニアグラム」など)、企業文化の類型についてもこれといった正解があるわけではない。ただ、企業が個人の集合体である以上、企業文化は個人のパーソナリティと似たような性質を持つと考えられる。ホランドの六角形モデルを援用して、自社の企業文化がどのタイプに該当するのかを議論するとよいだろう。

 私の「関心」は「長い歴史の中で蓄積された知見に価値を見出し、それを解りやすい形で経営に活用して、組織の学習をサポートすること」にある。私の主要な「スキルや能力」は、「1人で黙々と同じ作業を続ける忍耐力」、「努力を続ける力」、「人が動くまで真摯に接し続ける姿勢」、「『何を学ぶべきか?』を明らかにする力」、「プロジェクトのマネジメント能力」、「文章で解りやすく説明する力」の6つである。そして、私の「個性」は第一義的には「研究的」であり、次に「慣習的」、「社会的」である。「関心」、「スキルと能力」、「個性」が重なり合うところが、私のキャリアのスイートスポットとなる。それは一言で言うと、「経営に必要な知を粘り強く、かつ解りやすく体系化し、その知を活用して人々の学習を辛抱強く支援する」ということになるだろう。

 戦略に関してスイートスポットという言葉を使う場合は、競合他社がまだ気づいていないが、高い成長率や収益性が見込める市場の”隙間”を意味する。つまり、外部環境におけるホワイトスペースをいかにして発見するかが戦略のカギとなる。しかし、より先進的な企業は、これまで見てきたような自社組織の内省を通じて社内のスイートスポットも発掘し、外部環境のスイートスポットと内部環境のスイートスポットが一致するところに戦略を見出すに違いない。

2013年05月30日

ティム・クラーク他『ビジネスモデルYOU』―キャリア開発における「内省」を企業の内部環境分析に応用するための私案(1)


ビジネスモデルYOUビジネスモデルYOU
ティム・クラーク アレックス・オスターワルダー イヴ・ピニュール 神田 昌典

翔泳社 2012-10-26

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 前回の記事で紹介した『ビジネスモデルジェネレーション―ビジネスモデル設計図』の個人版。「ビジネスモデル・キャンバス」のフレームワークをビジネスパーソン個人にも当てはめて、キャリア開発に役立てようとするものである。私はこのブログで、企業の事業戦略と個人のキャリアデザインには共通点があると指摘してきたが(「リチャード・モリタ『これだっ!という「目標」を見つける本』―キャリアデザインと戦略立案のアナロジー」、「『最高のキャリアを目指す(DHBR2013年5月号)』―組織の戦略は人間のキャリア形成から何を学べるか?」を参照)、その意味でこの2冊の連続性は興味深い。

 しかし同時に、2冊の内容は微妙に連動していない箇所があり、それもまた興味深い。『ビジネスモデルジェネレーション―ビジネスモデル設計図』では、外部環境の将来の変化に重点が置かれているのに対し、『ビジネスモデルYOU』では、個人の内省にフォーカスが当たっている。企業の戦略も所詮は人間が構想し、実行するものである。したがって、企業の戦略は個人のキャリアデザインの方法にもっと倣うべきであり、逆もまたしかりである。すなわち、企業は自社のことをもっと内省する必要があるし、個人は自らを取り巻く環境の将来的な変化にもっと敏感になる必要がある。今回と次回の記事では、『ビジネスモデルYOU』で紹介されている内省のためのワークを、企業の内部環境分析に応用する方法について、私案を述べてみたいと思う。

 本書では、「関心(自分をワクワクさせるもの)」、「スキルと能力(学んで得た才能と、生まれ持った才能。自分が簡単に行えること)」、「個性(自分なりの働き方や人との関わり方)」の3つが重なり合う部分を、キャリアの「スイートスポット」と呼んでいる。多くのキャリアコンサルタントによると、スイートスポットに沿ったキャリアを歩む時、仕事での満足度が高くなるという。本書で紹介されている数々のワークは、読者が自らのスイートスポットを発見し、スイートスポットに沿ったビジネスモデル・キャンバスをデザインできるように設計されている。

 (1)関心
 「関心」を明らかにするためのワークは、「私は、どんな人?」というワークである。まず、何も書かれていない紙を10枚用意する。それぞれの紙の一番上に、「私は、どんな人?」という質問を書く。それから、1枚に1つずつ答えを書いていく。その後、また10枚の紙に戻って、「それぞれの役割において、どういう時にワクワクするか?」という視点から、答えを膨らませる。最後に、10枚の紙をよく見て、自分をワクワクさせるものについての共通項を探す。自分には10個も役割がないと思う場合は、「私は、誰からどんな人として見られたいか?」という点で考えてみるとよい。私の結果はこんな感じだ(中には意外な役割も含まれているが、これが私という人間である)。

 1.経営コンサルタント・中小企業診断士・・・クライアントの経営改善につながる本質的な施策を2~3個程度に絞り込むことができた時。クライアントの経営陣から、「我が社の業績が上がる方法が解った」と言ってもらえる時。
 2.研修プランナー・・・受講者の頭をいい意味で悩ませるケーススタディを開発できた時。受講者から、「明日から現場で使えるナレッジを学習することができた」と言ってもらえる時。
 3.夫・・・妻を献身的にサポートする時。妻の人生にとって大事な一ピースとなる時。
 4.読書家・・・マイナーだが良書に出会えた時。ある本で読んだ内容と、別の本で読んだ内容がつながり、「そうか、そういうことか!」と納得できた時。
 5.ブロガー・・・単なる本の紹介ではなく、批評を行い、自分なりの明確な見解をつけ加えることができた時。オリジナルのフレームワークを紹介することができた時。たくさんのページビューを稼ぐことができた時。読者から、「解りやすい記事だ」と言ってもらえる時。
 6.研究者・・・「創発的戦略」に関する新しい知見が見つかった時。欧米流の受け売りではなく、日本の文化に根差した経営のアイデアが見つかった時。そのアイデアをコンサルティングの現場で活用し、クライアントから高い評価が得られた時。
 7.作詞家・・・作曲家が作ったメロディーにぴったりと乗る日本語が見つかった時。陳腐な愛情の歌ではなく、世相をえぐる深い歌詞が書けた時。リスナーから、「私が普段思っていることをまさに的確に歌ってくれている」と言ってもらえる時。
 (※ここから先は私の現在の役割ではなく、身につけたいと願っている役割である)
 8.数学講師・・・数学の楽しさを高校生に解ってもらえた時。高校生がどこでつまづき、どうすれば理解できるようになるのかが解った時。数学における論理的思考の重要性、その論理的思考が社会で生きていく上で極めて有益であることに高校生が気づいてくれた時。
 9.四書五経に精通した人・・・江戸時代までは教養書として利用されていた四書五経の価値を再発見して、経営に活かせそうなヒントを導き出すことができた時。そのアイデアをコンサルティングの現場で活用し、クライアントから高い評価が得られた時。
 10.経済学と政治学に精通した人・・・ビジネスパーソンに経済学と政治学についてもっとよく知ってもらい、「社会を見る視野が広がった」と言ってもらえる時。経済学と政治学の知見を踏まえて経営学の理論を発展させることができた時。その理論をコンサルティングの現場で活用し、クライアントから高い評価が得られた時。

 これら10個の役割を眺めてみると、私は「長い歴史の中で蓄積された知見に価値を見出し、それを解りやすい形で経営に活用して、組織の学習をサポートする」ことにワクワクするようだ。

 このワークを企業に応用する場合は、「わが社は、どんな企業か?」という質問に変える。答えに際しては、自社の様々なステークホルダーを思い浮かべるとよいだろう。

 「セグメントA、B、C・・・の顧客層からは、どんな企業として見られたいか?」
 「競合他社からは、どんな企業として見られたいか?」
 「社員や社員の家族からは、どんな企業として見られたいか?」
 「主要な仕入先からは、どんな企業として見られたいか?」
 「主要な販売チャネルからは、どんな企業として見られたいか?」
 「その他のパートナー企業からは、どんな企業として見られたいか?」
 「金融機関や株主からは、どんな企業として見られたいか?」
 「労働力を供給してくれる高校・大学からは、どんな企業として見られたいか?」
 「事業所や工場を構えている地域の住民からは、どんな企業として見られたいか?」

 一連の質問を通じて、自社は何に関心があるのか?言い換えれば、自社の社員はどのような時に一番熱狂するのか?が明らかになるはずだ。

 (続く)

2013年05月28日

アレックス・オスターワルダー、イヴ・ピニュール『ビジネスモデルジェネレーション』―モデル図から文章を起こしてロジックを検証しよう


ビジネスモデル・ジェネレーション ビジネスモデル設計書ビジネスモデル・ジェネレーション ビジネスモデル設計書
アレックス・オスターワルダー イヴ・ピニュール 小山 龍介

翔泳社 2012-02-10

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 昨年流行った本を約1年遅れで読んでみた。ビジネスモデルを(1)顧客セグメント(CS)、(2)顧客への提供価値(VP)、(3)チャネル(CH)、(4)顧客とのリレーション(CR)、(5)カギとなるアクティビティ(KA)、(6)カギとなるリソース(KR)、(7)パートナー(KP)、(8)収益の流れ(R$)、(9)コスト構造(C$)という9つの要素でデザインする方法が紹介されている。例えば、Apple(iPod/iTunes)のビジネスモデルは以下のようになる。

Apple(iPod/iTunes)のビジネスモデル

 実際のワークでは、著者が「ビジネスモデル・キャンバス」と呼ぶフレームワークに、ポストイットでアイデアを次々と貼りつけながら新しいビジネスモデルを構想するのだが、「図は論理的飛躍に陥りやすい」という点に注意する必要があると思う。ポストイットをたくさん貼ってフレームワークを埋めつくすと、何となく論理的整合性が取れたような気分になってしまうのだ。

 しかし、完成したキャンバスをよく見てみると、例えば「顧客への提供価値」と「カギとなるアクティビティ」や、「顧客とのリレーション」と「カギとなるリソース」などの間に論理的な不整合が生じる、言い換えれば「そのアクティビティでは、想定している提供価値を実現できない」、「そのリソースでは、想定している顧客リレーションが十分に構築できない」などといった事態に陥ってしまう、ということは十分に考えられる。

 こういう欠陥を避けるためには、フレームワーク上で完成させたビジネスモデルを、文章で書き起こしてみるのが有効であろう。文章はつじつまが合わないとすぐに行き詰まる。筆が進まない、書いた文章を読んでもどこかしっくりこない場合は、ビジネスモデルのロジックが不完全であることを示すサインとなる。一例だが、文章のテンプレートを用意してみた。空欄にビジネスモデルの9つの構成要素を入れて、自然な文章になるかどうかチェックするとよい。

 「わが社は(   1   )というターゲット顧客に対し、(   3   )というチャネルを通じて、(   2   )という価値を提供する。(   3   )というチャネルにおいては、顧客と(   4   )という関係を構築する。

 (   2   )という提供価値を実現する上でカギとなるアクティビティは(   5   )であり、このアクティビティには(   6   )というリソースを投入する。また、(   3   )というチャネルを構築する上でカギとなるアクティビティは(   5   )であり、このアクティビティには(   6   )というリソースを投入する。さらに、顧客と(   4   )という関係を結ぶ上でカギとなるアクティビティは(   5   )であり、このアクティビティには(   6   )というリソースを投入する。(   7   )というパートナーは、カギとなるアクティビティやリソースのうち、(   5   )(   6   )を補完する役割を果たす。

 顧客からは、(   8   )という形で製品・サービスの対価を得る。(   8   )は、(   3   )というチャネルを構築・維持するために必要な(   9   )というコスト、(   4   )という顧客リレーションを構築・維持するために必要な(   9   )というコスト、(   5   )のようなカギとなるアクティビティを実行するために必要な(   9   )というコスト、(   6   )のようなカギとなるリソースの調達に必要な(   9   )というコスト、(   7   )というパートナーへの支払に必要な(   9   )というコストをカバーするのに十分である」

 ただし、この文章は定性的・主観的な情報ばかりで、ビジネスモデルが対象としている市場が本当に高いポテンシャルを有するのかを示す情報に欠けている。より説得力のある文章にするためには、第1パラグラフの文章を次のようにするとよいだろう。

 「わが社は(   1   )というターゲット顧客に対し、(   3   )というチャネルを通じて、(   2   )という価値を提供する。(   3   )というチャネルにおいては、顧客と(   4   )という関係を構築する。近年、市場では(      )というニーズの変化(もしくは新しいニーズの出現)が見られ、(      )という理由で将来的に成長が期待できる。その市場規模は(      )億円程度と推計される。わが社はこの市場で(      )%のシェアを目指す」

 ニーズ・ドリブンではなく、新しい技術が新しい市場を生み出すシーズ・ドリブンのビジネスモデルの場合は、次のような文章にする。

 「わが社は(   1   )というターゲット顧客に対し、(   3   )というチャネルを通じて、(   2   )という価値を提供する。(   3   )というチャネルにおいては、顧客と(   4   )という関係を構築する。近年、(      )という新しい技術が登場しており、この技術は消費者の生活を(      )のように変える可能性がある。仮に消費者の生活が(      )のように変わるとすれば、(      )という新しいニーズが生まれ、(      )億円程度の市場が創出されると推計される。わが社はこの市場で(      )%のシェアを目指す」

 友人とこの本について話をしていたら、「このフレームワークは、『競争優位性をどう確保するか?』という視点が抜けている」という意見をもらった。ビジネスモデルの競争優位性を示すには、文章の中に競合他社との比較を入れるとよいだろう。例えば、第1パラグラフの文章を次のようにすることで、ポジショニングの違いを示すことができる。

 「わが社は(   1   )というターゲット顧客に対し、(   3   )というチャネルを通じて、(   2   )という価値を提供する。(   3   )というチャネルにおいては、顧客と(   4   )という関係を構築する。これに対して、競合他社は(   1'   )というターゲット顧客に対し、(   3'   )というチャネルを通じて、(   2'   )という価値を提供している。(   3'   )というチャネルにおいては、顧客と(   4'   )という関係を構築している。よって、競合他社とわが社は差別化が図れている」

 しかし、今の時代にポジショニングだけで完全に差別化を図るのは非常に困難である。たいていは、同じようなターゲット顧客に、同じようなチャネルを通じて、同じような価値を提供し、同じような顧客リレーションを構築している。そこで、もう1つの差別化の方法としては、カギとなるアクティビティやリソースの違いを強調する、という方法が考えられる。具体的には、第2パラグラフの文章を次のように変える。

 「(   2   )という提供価値を実現する上でカギとなるアクティビティは(   5   )であり、このアクティビティには(   6   )というリソースを投入する。また、(   3   )というチャネルを構築する上でカギとなるアクティビティは(   5   )であり、このアクティビティには(   6   )というリソースを投入する。さらに、顧客と(   4   )という関係を結ぶ上でカギとなるアクティビティは(   5   )であり、このアクティビティには(   6   )というリソースを投入する。わが社と競合他社の(   5   )(   6   )を比較すると、わが社の(   5   )または(   6   )は、(      )という点において競合他社に勝る」

 このような文章チェックを通じて、ビジネスモデルを魅力的なストーリーへと仕立て上げていく。そして、一橋大学大学院の楠木建教授が『ストーリーとしての競争戦略―優れた競争戦略の条件』(東洋経済新報、2010年)の中で述べたように、 ストーリの論理的整合性が高く、ストーリーが骨太であるほど、ストーリー自体が競争優位性を持つようになるのである。

ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)
楠木 建

東洋経済新報社 2010-04-23

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