2013年06月30日
【ベンチャー失敗の教訓(第24回)】行き当たりばったりでシナリオのないサービス開発
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X社は、まずは診断で顧客企業の経営上の問題点をあぶり出し、人材育成面の課題に関しては研修サービスを、それ以外の課題に関してはコンサルティングサービスを提供する、という一気通貫型のサービスで、顧客企業の懐に深く入り込むことを目指していた。だが、どのサービスメニューを見ても、診断、研修、コンサルティングのどれか(あるいは2つ)が欠けており、サービス開発は行き当たりばったりで、3つをモレなく揃えようという努力に乏しかった。
例えば、統計的手法を駆使した高度な企業風土診断を開発したが、風土改革コンサルティングのメソッドは整備されなかったし、意識改革プログラムも開発されなかった。また、ダイバーシティマネジメント(性別・国籍などが異なる多様な人材を活用するマネジメント)が注目されると、顧客企業のダイバーシティマネジメントのレベルを測定する診断を開発したが、診断に続く研修やコンサルティングはほとんど皆無であった。冒頭のビジネスモデルの場合、診断はフックであり、顧客企業からあまりお金をいただくことができない。その後の研修やコンサルティングで最初の投資を回収することになるのだが、投資だけで終わってしまうケースが頻繁にあった。
逆に、研修はあるが診断がない、というパターンもあった。例えば、メンターやメンティー向けのメンタリング研修に関しては、メンター制度や社内のコミュニケーション、人材育成上の問題点を明らかにするような診断が開発されなかった。そのため、メンタリング研修は、私が知る限り最も売れない研修になっていた。また、営業研修に関しては、組織的な営業力を測定する診断があったものの、研修と診断のコンセプトがまるで異なっており、営業研修を売るためのツールとして営業力診断を使うことができなかった。
ある時、あまりに遅々として進まないサービス開発に業を煮やした私は、全社会議の場でA社長に対し、「サービスを担当しているシニアマネジャーに、サービス開発のスケジュールをエクセルでちゃんと作らせて、進捗管理をしたらどうか?」と迫ったことがあった。だが、A社長からは、「エクセルでスケジュールを作りたくない人だっているのだから、そんなことを言っても仕方ない」という、呆れた回答が返ってきた。その人がやりたくないならやらなくていい、その人の好みで仕事を選んでいい、などという言い分がまかり通るようになったら、組織は終わりである。そもそも、仕事のスケジュールを組んでPDCAサイクルを回せないような人が、管理職、しかも”シニア”マネジャーのポジションに就いていること自体がおかしな話であった。
私が最も頭を抱えたのは、キャリア開発研修に付随するサービスとして、「携帯電話を使った新サービス」の開発に乗り出した時であった。キャリア開発研修の差別化を図るために、研修とキャリアカウンセリングをセットにしたがうまくいかなかったという話は、以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第22回)】明確な成果物を顧客に提示できないビジネス」で書いた。そこで、A社長とキャリア開発研修の責任者であったマネジャーは、別の視点から差別化を図ろうとした。
キャリア開発研修では、事前に受講者がコンピテンシー(行動特性)診断を受診し、自分の強みと弱みを明らかにする。その結果を踏まえた上で、研修においては、強みを伸ばし、弱みを克服するためのアクションプランを策定する。従来の研修では、研修中に作成したアクションプランが、研修後に現場で実施されているかどうかをモニタリングすることができなかった。往々にして、アクションプランは作りっぱなしで終わっていた。そのような事態を防ぐために、A社長らが考えたのは、”携帯電話を利用すること”であった。
研修でアクションプランを作成した後、受講者は自分の携帯電話で専用サイトにアクセスし、アクションプランを登録する。例えば、「出勤したらその日の仕事をリスト化し、優先順位をつける」、「顧客の声をよく知るために、営業担当者の商談に同行する機会を増やす」、「幅広い視野を養うために、退社後に30分ビジネス書以外の本を読む」といったプランを3~5個程度登録する。
研修の翌朝には、アクションプランをリマインドするメールが自動配信される。それから1週間後の夜には、その週のアクションプランの実施度合いを確認するメールが届く。受講者は、メールに記載されているURLから自身の専用サイトにジャンプし、それぞれのアクションプランがどのくらい実行できたのか、パーセンテージで入力する。この「アクションプランのリマインド⇒アクションプランの実施度合いの登録」という1週間のサイクルが、研修終了後数か月間続く。
受講者は他の受講者のアクションプランやその実施度合いを閲覧することができ、他の受講者に対して応援のメッセージを書き込むことも可能であった。加えて、受講者の上司などを「サポーター」として登録すると、受講者のアクションプランとその実施度合いはサポーターにも報告され、サポーターが受講者に向けてコメントを発信できる機能も備えていた。このようなコミュニティ機能は、各自のアクションプランの実施を後押しするものであった。
この携帯電話を使ったサービスには、さらに続きがあった。受講者は研修から一定期間が経過した後に、コンピテンシー診断をもう一度受診する。そのデータを研修受講前の診断結果と比較すれば、それぞれのコンピテンシーの成長度合いが解る。これとアクションプランの実施度合いのデータを活用すれば、各コンピテンシーを向上させるのに最も効果的なアクションプランとは何かを明らかにすることができる予定であった。
このサービスの開発のために、ある大学の教授と業務委託契約を結んで助言を求め、また弁理士事務所に依頼して特許を申請し、さらに携帯電話のシステム開発のために外部のSIerを採用した。全部のコストを合わせれば1,000万円は超えていた(これに、サービス開発に関わったX社の社員の人件費を加えれば、コストはもっと膨れ上がる)。何度も言うがX社の売上高は1.5~2億円程度であるから、結構な投資額である。
確かに、アクションプランを現場できちんと実行させたいというニーズは多くの人事部が抱えていたし、アクションプランの実施度合いを定量的に可視化し、コンピテンシーとアクションプランの関係性を体系化することができれば、人事部に対して有益なレポートとなったであろう。だが、ここでの問題点は、肝心のキャリア開発研修の中身が完全に固まっていないことであった。
異なる顧客企業に研修を提供するたびに中身がコロコロと頻繁に変更されており、各企業の受講者が作成するアクションプランはてんでバラバラだった。また、以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第23回)】サービスのコアな部分を外部企業に頼らなければならないという構造」でも述べたように、コンピテンシー診断は外部企業のものを用いており、顧客企業ごとに微妙にレポートがカスタマイズされていたり、X社が本当に測定したいコンピテンシーとは必ずしも一致していなかったりするといった問題も抱えていた。
私は、このサービス開発プロジェクトには当初から強く反対していた。X社の財務状況が厳しい中での多額の投資が高リスクだったのはもちろんだが、優先順位として、まずはキャリア開発研修の中身をきちんと固め、外部企業のコンピテンシー体系ではなく、X社としてのコンピテンシー体系を作ることが先であると考えていた。それをやらないまま携帯電話のサービスを開発するのは、自動車で例えれば、まともに走る車の本体ができ上がっていないのに、サブ製品であるナビゲーションシステムだけを豪華にするようなものであった。
結局、研修内容もコンピテンシー体系もあやふやであったから、携帯電話システムの仕様も曖昧にならざるを得なかった。そして、システム開発が見事に頓挫したことは想像に難くない。A社長はシステム開発から1年ほど経った頃、研修がいつまでも思うように売れないのは、X社としてのコンピテンシー体系が定まっていないからだとようやく気づき、体系の構築に着手した。サービスのコアな部分とサブの部分の区別がついておらず、コアな部分を最優先で開発して徐々にサブの部分を広げていくというシナリオ感がないから、こういう事態になってしまうのである。
(※注)>>シリーズ【ベンチャー失敗の教訓】記事一覧へ
X社(A社長)・・・企業向け集合研修・診断サービス、組織・人材開発コンサルティング
Y社(B社長)・・・人材紹介、ヘッドハンティング事業
Z社(C社長)・・・戦略コンサルティング