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小関智弘『町工場巡礼の旅』―日本のモノづくりを下支えする男たちの言葉
【ベンチャー失敗の教訓(第28回)】営業で失注しても「敗因分析」をしない
【ベンチャー失敗の教訓(第27回)】白昼堂々と、しかもだらだらと続けられる社内会議

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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

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(以下の資格の講師をしています。
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 谷藤友彦と株式会社サイトビジット代表取締役・鬼頭政人氏の対談動画(1)(2)(3)
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2013年07月31日

小関智弘『町工場巡礼の旅』―日本のモノづくりを下支えする男たちの言葉

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町工場巡礼の旅 (中公文庫)町工場巡礼の旅 (中公文庫)
小関 智弘

中央公論新社 2009-01

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 旋盤工でありながら作家でもあるという変わった肩書を持つ小関智弘氏の著書。昨年の夏に入院した時に、たまたま病院に置いてあったこの本を読んだのだが、最近改めて読み直してみた。「キサゲ」、「バイト」、「キリコ」、「三枚合わせ(三面摺り)」、「へら絞り」、「逆剃り仕上げ」、「スッポン」、「捨挽き」、「分子が詰んでいる」、「分子があたける」など、モノづくりの現場で使われている言葉のいい勉強になった。もっとも、単に言葉を知っているだけでは、町工場の職人から「しゃらくせえ」(※「小生意気だ」の意味。この言葉もこの本で知った)と一喝されてしまうだろうが・・・。

 昨年は予期せぬ入院によって、それまでの仕事をほぼ全て失ってしまった。この本を手に取ったのは、そんな絶望的な気分の中で、次の仕事をどうしようかと思案していた時だった。私は、職人たちがみな、特定の分野で傑出した技能を持っているのをうらやましく思った。それと同時に、これといった技能が自分にはないことをひどく恥じた。私もこの本の職人のようになりたいと、町工場の求人情報を隅々まで読みあさっていたこともある。

 結局、町工場には転職せず、元のコンサルティング業に収まったのは、ひとえに私の勇気が欠けていたためである。だが、この業界にまた戻ってきた以上、職人たちに笑われないようなクオリティの高い仕事をしなければならないと気を引き締めているところだ。

 モノづくりの言葉に加えて、職人の心構えも非常に勉強になった。以下、本書より印象に残った部分を引用する。現在の日本企業が忘れてしまった大切なことが、ここにはたくさん含まれているような気がする。
 マシニングセンタだのNC旋盤だのをいくら立派に並べてみせたって、あんなものは金を出せば買えるものね。でも、工場の隅っこにある旋盤を、丁寧に使っているかどうかを見れば、工場の技術がわかるんだ。あれは道具づくりには欠かせない機械だもの。それで、売っていない道具を工夫して作る。それを粗末にしているようじゃあ、いくら新しい機械が揃っていたって、そんな工場はたいしたことはないんだ。
 規格にはずれていないんだからこれでいいや、という人のネジと、規格にはずれてはいないけれど、こんなものを出荷したら工場の恥だ、と考える人のネジとでは、箱にたまったネジの山をひと目見たらすぐにわかります。美しさがちがいますよ。
 素人は、複雑に入り組んだ形をしたもののほうがむずかしいと思いがちだが、そうではない。肉厚の極端に薄いものや、長くて細いもののことを”薄もの””長もの”と呼んで、加工はむずかしい。金属というのは、削っていくうちに変形してくる。その変形を防ぐための工夫が、加工の知恵として要求される。多くの場合、治具と呼ぶ工具を自作することなしに、それは作れない。(中略)「治具づくりで手抜きをすると、必ずしっぺ返しを食うものね」
 「いまも不況知らずの工場というのは、工場で使う道具の7割は自前で作っていますね」石川さんは自問自答のようにしてそう言い、わたしはその言葉もメモしたのだった。石川精器の自己表現が、その言葉を裏付けるように”道具”にこだわり続けているのも、見逃せない。
 たとえばウチではリミットが100分の1ミリという精度を守って作っているのを、海外で100分の3ミリなら安く作れます。形は同じものだし、その部品を組み込んでも当初は大差なく機能します。でも、ガタがガタを呼ぶんです。100分の3のガタがあったら、100分の5や6になるのはアッという間ですよ。耐久性を考えないで、安く作ることが優先されています。それはこわいことですよ。
 大手メーカーと呼ばれるような企業の変質が、リストラの名のもとに進んでいる。メーカーの消費化という変質である。メーカーでありながら実はモノを作らず、できる限り安く買いあさる。おおよその設計と買い集めた部品を組み立てるくらいしかしないメーカーの仕事は、もはやマネージングであり、実業というよりは虚業に近い。
 職人とは、モノを作るみちすじを考え、モノを作る道具を工夫することのできる人間だと、わたしは思っている。工業製品のように均質で無個性のモノを作る人間を、どうして職人かといぶかる人は多い。(中略)

 わたしは、ものづくりとはプロセスが勝負だと考えている。モノを作る過程にこそ、人は個性を発揮する。わたしたちは、無個性で均質なモノを作るために、どのような段取りで、どのような道具を使うかに心を砕く。そのプロセスはとても個性的なもので、たとえばひとつの機械部品を削るためのコンピュータ・プログラムは一人ひとりちがっている。だから職人なのだとわたしは思っている。
 合理化や効率を追って作業の細分化が進むにつれて、若い労働者がたっぷりと”雑用”を体験する機会が少なくなった。わたしなぞは、そのぶん彼等を不幸だなと感じることがある。”雑用”は、マニュアルとはちがう言葉を持っている。マニュアルだけで純粋培養される技能技術は、創造性に欠ける。(中略)

「なあ小関くんよ、俺たちの工夫ってのはさ、机に向かって図面描いているときには出ねえのさ。現場に降りて、ヤスリのケツ押してると、ふっと浮かぶんだよな。わかるだろう」


2013年07月28日

【ベンチャー失敗の教訓(第28回)】営業で失注しても「敗因分析」をしない

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 元楽天の監督である野村克也氏は、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」というのが口癖であった。敗れた試合には必ず何か原因があると言い、敗因の分析を怠らなかった(野村氏のすごいところは、「勝ちに不思議の勝ちあり」と、一見運による勝利の存在を認めているようでありながら、実は勝った試合についても、なぜ勝てたのかをしつこく分析していた点にある)。強い組織は、失敗から学習する能力にたけているものだ。

 ただ、失敗から学べる企業や組織というのはむしろ例外であり、日本人は失敗から学ぶのがあまり上手ではないように感じる。例えば、食品の産地偽装が社会問題になると、普通ならば食品業界の関係者は、「我が社も気をつけよう」と危機意識を持ってしかるべきだが、他社の不祥事はまるで対岸の火事のように扱われ、しばらくすると似たような偽装事件が発覚する。

 いじめで少年・少女が自殺しても、文部科学省や教育委員会は十分な予防対策を講じず、別の学校ですぐに自殺が起きる。東日本大震災から2年以上が経過しても、いまだに復興は遅々として進まず、関係者からは、18年前の阪神・淡路大震災の教訓が活かされていないとの声が聞かれる。歴史をさかのぼれば、太平洋戦争では、軍部のトップが明確なビジョンや戦略を策定せず、陸軍と海軍がそれぞれ勝手に動いていたがゆえに、統一的な戦闘が行えず敗北したと言われているが、ビジョンや戦略の策定が苦手な組織は今でも多い。

 X社も、日本人の特性を凝縮したような企業であった。営業で失注しても、なぜ失注したのか誰も敗因分析をしない。私は、営業チームの会議に何度か参加させてもらったことがあるが、そこでは各自の担当案件の進捗報告しか行われていなかった。案件のステータス確認がしたいのであれば、それぞれの営業担当者が自社に導入されているSalesforce.com(営業管理システム)の情報を確認すれば十分である(もっとも、Salesforce.comをちゃんとチェックしている社員が少ないというお粗末な状況だから、わざわざ会議を開いていたという面も否めないが・・・。以前の記事「【第20回】マネジャーなのに数字に無頓着」を参照)。

 たまに失注の原因に言及することがあっても、例えば「提示した見積の金額が高く、顧客の予算との折り合いがつきませんでした」、「顧客の中で研修の企画そのものが流れてしまいました」といった具合に、顧客企業側に原因を求めるケースが非常に多かった。もっとひどいケースだと、「競合の○○社の研修が採用されることで決まってしまいました」という、原因でも何でもない原因を挙げる営業担当者もいた。

 原因分析は、最終的には自分自身に原因を求めなければ意味がない。顧客企業側に原因を求めたとしても、顧客企業の行動をこちら側から変えさせることはほとんど不可能だ。変えられるのは、自らの行動だけである。「提示した見積の金額が高く、顧客の予算との折り合いがつきませんでした」という場合は、提示した価格に見合った研修の価値や効果を的確に訴求できていなかったのかもしれない。あるいは、顧客企業の要求に対して、過剰なサービスを盛り込んでしまっていたのかもしれない。または、決裁者との交渉で何かミスを犯したのかもしれない(そもそも、決裁者に会っていなかった、ということもありうる)。もしかしたら、価格以外の条件で交渉する余地があったのに、それを怠ったためかもしれない。

 「顧客の中で研修の企画そのものが流れてしまいました」という場合は、顧客企業の企画スケジュールを認識していたか?顧客企業内の稟議プロセスを把握していたか?顧客企業内の利害関係者のパワーバランスを見抜き、意思決定に影響力のある人に対して適切にアプローチできていたか?顧客企業内で企画がスムーズに通るよう、企画書の作成などできる限りの支援を行ったか?などといった点から、営業活動の改善ポイントを検討する必要がある。「競合の○○社の研修が採用されることで決まってしまいました」というケースでは、言うまでもなく、自社のサービスのどの部分がどういう点で競合他社より劣っていたのかを正確に突き止めなければならない。

 私はSalesforce.comの運用管理を任されていた時期があるのだが、あまりに営業担当者が敗因分析をしないので、「案件がロストした場合には、失注の理由を必須入力にする」という仕様に変更したことがある。だが、そうした途端、営業担当者は失注案件をシステムに登録しなくなった。やはり、社員の意識改革をシステムに頼ってはいけない。私は、営業チームの会議で、失注の原因をもっと積極的に議論するよう促せばよかった。私は講師&開発チームの所属にしてマーケティングを兼務している立場であり、営業会議では部外者にあたるから、どこか遠慮してしまうところがあった。そこが私の反省材料である。

 失敗分析をしないのは、社員が「失敗を責められている」という気分になるからだ。実際、営業の数字が上がらない社員を全員の前で吊るし上げるような企業はいまだに存在すると聞く。だが、これでは失敗を分析しようという気運は起きない。もちろん、フォローの余地がない基本的なミスは厳しく責められるべきだろうが、普通の失敗は組織にとってマイナスではなく、第2、第3の失敗を防ぐためのプラスの材料だととらえた方がよい。極端なことを言えば、「失敗してくれてありがとう」というぐらいでちょうどいい。

 IBMの創始者であるトーマス・J・ワトソン・シニアにはこんな逸話がある。ある時、部下が事業に失敗して1,000万ドルの損害を会社に与えてしまった。ワトソンはその部下を呼び出した。部下は「クビになることは覚悟しています」と言ったが、ワトソンの口から出たのは意外な言葉だった。「君の教育に1,000万ドルを投資したところなんだよ」と。

《追記》
 コンサルティングファームのローランド・ベルガーの会長・遠藤功氏は、営業現場強化のコンサルティングプロジェクトが立ち上がった際、最初に「営業日報」と「失注報告書」を見せてもらうのだという。営業日報はほとんどの会社に存在するが、失注報告書がある企業はまずない。しかし、強い営業力を持つ会社は、失注報告書を現場力を磨く最大の材料として活かしている、と遠藤氏は指摘している(遠藤功『現場力を鍛える―「強い現場」をつくる7つの条件』[東洋経済新報社、2004年])。

現場力を鍛える 「強い現場」をつくる7つの条件現場力を鍛える 「強い現場」をつくる7つの条件
遠藤 功

東洋経済新報社 2004-02-13

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(※注)
 X社(A社長)・・・企業向け集合研修・診断サービス、組織・人材開発コンサルティング
 Y社(B社長)・・・人材紹介、ヘッドハンティング事業
 Z社(C社長)・・・戦略コンサルティング
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2013年07月21日

【ベンチャー失敗の教訓(第27回)】白昼堂々と、しかもだらだらと続けられる社内会議

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 X社は会議が多い割にその運営が下手な会社だった。私が一番信じられなかったのは、2011年の春から夏にかけて、新しい研修を開発するという目的で、講師&開発チームがほぼ毎日のように、日中にリミットを定めず3時間も4時間もかけて会議を行っていたことである。これでは他の研修サービスに時間を割くことができない。いや、講師の稼働率が低く、営業同行が必要な商談も少なかったがゆえに、会議を開いて仕事をしているフリをしていたと言った方が正しい。度重なる会議は、「私には仕事がありません。私は暇です」という告白に見えて仕方なかった。

 最近私が話をうかがったある中小企業では、新製品開発のために毎月第2土曜日を出勤日とし、その日に集中して製品開発を進めたそうだ。その結果、1年後には事業の新しい柱となる製品ができたという。既存の仕事を圧迫しないよう、既存の仕事とは別に、新製品のために新たに時間を捻出したわけだ。逆に、X社のように、新製品開発ばかりに時間をとられて、既存の製品の提供がおろそかになるようでは本末転倒としか言いようがない。

 私ならば、昼間の一番いい時間を社内会議にあてることは絶対にしないと思う。日中はやはり、目の前の稼ぎを作るための時間とするべきである。X社の業績が芳しくなかったことはこのシリーズで何度も触れているが、業績が悪ければなおさら昼間の時間を大切にしなければならない。それでもなお新サービスの開発が必要だというのならば、朝8時~9時もしくは夜19時~20時といった、ビジネスアワー外に会議を設定するべきだろう。もっと言えば、夜はエネルギーが消耗されて意志力が落ちるというから、意志力が一番充実している朝に会議をする方が望ましいのかもしれない(ケリー・マクゴニガル『スタンフォードの自分を変える教室』〔大和書房、2012年〕)。

スタンフォードの自分を変える教室スタンフォードの自分を変える教室
ケリー・マクゴニガル

大和書房 2012-10-18

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 私も講師&開発チームの一員であったため、会議に参加せざるを得なかったが、この会議には上記以外にも2つの大きな問題を抱えていた。1つは、会議でありながら、各回のゴールが設定されていなかったことである。そもそも、研修の開発スケジュールが曖昧であり、毎回の会議でどこまで決めなければならないのか明確にされていなかった。会議が始まると(たいていは誰かが遅れてきて、時間通りに始まらないのだが・・・)、「さて、今日は何について話し合おうか?」といった具合に、手探りで会議が進行する。

 会議とは意思決定の場である。よって、会議を始める際には、「今日の会議では何について意思決定を下すのか?」というゴールイメージを持っておかなければならない。その上で、議論の材料となる情報をあらかじめ用意しておく。ここで重要なことは、情報は必ず紙に落とし込んでメンバーに配布しなければならない、ということだ。口頭で議論をすると、どうしても会議が”空中戦”になりやすい。どういうことかと言うと、お互いの認識がだんだんずれていき、認識が異なったまま、めいめいが自分の言いたいことばかりを言うようになるわけだ。これに対して、紙に書かれた情報があれば、議論が脱線した時でも資料に戻って、メンバーの認識を揃え直すことができる。

 X社の会議では、各メンバー自分の作成した研修資料を一応持ち寄るものの、「今日の会議で何を議論したいのか?何を決めたいのか?」という論点が資料として整理されていなかった。よって、ここを変えた方がいい、こういう考え方もある、このページはいらない、この図よりあの図がいい、などといった具合に、レベル感の異なる話がいろいろと噴出して、議論がすぐに拡散してしまう傾向があった。メンバーからあれこれ指摘を受けた人は、全員の意見を消化し切れないため、次の会議で不十分な資料を持ってくる。そうすると、またメンバーからあれこれと意見を言われる。その悪循環に陥っていた。

 もう1つの大きな問題は、会議の主催者であるA社長が、会議の中でメンバー全員で議論をしながら研修コンテンツを作り上げればよい、というスタンスをとっていたことだ。つまり、形式上は会議だが、実質的には講師&開発メンバーによる共同作業の場にしようとしていたのである。一見すると民主主義的でいい方法のように思えるけれども、この方法には致命的な欠陥がある。それは、フリーライダーが生まれるということだ。メンバーは、「自分が完全に研修コンテンツを作らなくても、他のメンバーがいろいろとアイデアを出してくれるからいいや」と甘えるようになる。

 私は、一人である程度仕事を完結させるだけの力がない人は、組織人として失格だと思う。確かに、組織は一人だけではできないことを達成するための装置であり、チームワークは重要である。だが、組織やチーム内の他のメンバーは、自分の成果をインプットとして仕事をしているわけだ。そう考えると、他のメンバーに迷惑がかからないよう、自分が担当している領域については、最高のアウトプットを出さなければならない。X社にはこうした考え方が欠けており、民主主義の意味するところをはき違えていたように思える。

 スズキ自動車の鈴木修会長兼社長は、次のように述べている。「民主主義だからといって時間をかければよいというものではない。カネと時間がかかるものは大嫌い。会議はその最たるものだ」(鈴木修『俺は、中小企業のおやじ』〔日本経済新聞出版社、2009年〕)

俺は、中小企業のおやじ俺は、中小企業のおやじ
鈴木 修

日本経済新聞出版社 2009-02-24

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 組織文化研究の第一人者であるエドガー・シャインは、「企業文化を理解するには、その企業の会議に出席するのが一番だ」と語った。独立した現在、私は前職時代に比べて、様々な企業の会議に出席する機会が増えた。その際、私は会議の開催時間や、会議で配布される資料に注目している。会議の終了時間が定まっていなかったり、配布資料がなかったりすると、「この会議は何を決める会議なのかがはっきりしていないのだろう」、「この会議は長引く割に大きな成果が上がらないだろう」という勘が働く。そして今のところ、この勘は結構な確率で当たっている。
(※注)
 X社(A社長)・・・企業向け集合研修・診断サービス、組織・人材開発コンサルティング
 Y社(B社長)・・・人材紹介、ヘッドハンティング事業
 Z社(C社長)・・・戦略コンサルティング
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