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安岡正篤『論語に学ぶ』―安岡流論語の解釈まとめ
『理想の会社(DHBR2013年12月号)』―私が考える「よい会社」の条件(約150個)
『競争優位は持続するか(DHBR2013年11月号)』―戦略構想の7ポイント

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プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都豊島区を拠点に、東京23区で活動する中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。コンサルティングなどの仕事の実際の中身は守秘義務の関係で書くのが難しいため、書評が中心となっている点は何卒ご容赦あれ。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

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(一社)東京都中小診断士協会一般社団法人東京都中小企業診断士協会
(城北支部執行委員、青年部長を務めています)

企業内診断士フォーラム(KSF)企業内診断士フォーラム
(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)

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2013年12月24日

安岡正篤『論語に学ぶ』―安岡流論語の解釈まとめ


論語に学ぶ (PHP文庫)論語に学ぶ (PHP文庫)
安岡 正篤

PHP研究所 2002-10

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 陽明学者・安岡正篤が『論語』の読み方を解りやすく解説した一冊。通り一遍の解釈なら今やWebでも調べられる時代だから、安岡流の独自の解釈が施されている部分をまとめてみた。
 子曰く、民は之を由(よ)らしむべし。之を知らしむべからず。(泰伯)
 《よくある誤解》
 「民衆というのは、服従させておけばよいのであって、知らせてはいけない。知恵をつけてはいけない」と誤解されることが多い。そして、孔子はおよそ非民主的な人間で、封建制度の代弁者に過ぎないという、余計な注釈までついていることがある。

 《安岡流の解釈》
 「民は之を由らしむべし」とは、先ずもって民衆を信頼させよ、政治というもの、政治家というものは何よりも民衆の信頼が第一だという意味であり、この場合の「べし」は「・・・せしめよ」という命令のべしである。また、「之を知らしむべからず」の「べし」は。可能・不可能のべしで、知らせることはできない、理解させることは難しい、という意味である。

 民衆というものはみな、自己自身の欲望だの、目先の利害などにとらわれて、本質的なことや遠大なことは解らない。個々の利害を離れた全体というようなことは考えない。したがって、それを理解させることはほとんど不可能に近い。できるだけ理解させるようにしなければならないことは言うまでもないけれども、それはできない相談である。

 そこで、とりあえず民衆が、何だかよく解らぬけれども、あの人の言うことだから間違いなかろう、自分はあの人を信頼してついて行くのだというふうに持っていくのが政治である。この一文は、政治家に与えられた教訓であって、決して民衆に加えた批評ではない。

 孟武伯孝を問ふ。子曰く、父母は唯(た)だ其の疾を之憂ふ。(為政)
 《通常の解釈》
 孟武伯が孝とはどういうことですかと尋ねたところ、孔子がいうには、「父母はただ子どもの病気のことだけを心配する」 だから、子どもは自分が病気にならないように注意しなければならない、という意味である。あるいは、「父母は唯だ其の疾を之れ憂へしめよ」と読むこともある。この場合、「父母には病気のことだけで心配をかけよ」、つまり子どもはやむを得ず病気になることはあっても、それ以外のことで心配をかけてはならない、という意味になる。

 《安岡流の解釈》
 孟武伯ともあろうような堂々たる人間に対する答えとしては、少々幼稚すぎる。随分色々な注を読んでみたが、どうもしっくりするものがない。ところが、『呂氏春秋』の注を見ると、「疾」は「争ふ」に同じとある。近頃の子どもは、ことあるごとに反抗して、親の言うことを素直に聞かないので、随分悩んでおられる方が多い。疾を憂うとはそのことを言っている。つまり、親子の断絶を憂うるのである。これなら孝の答えにぴったりである。

 子曰く、 人の己を知らざるを 患(うれ)へず、己、人を知らざるを患ふ。(学而)
 《通常の解釈》
 孔子先生がおっしゃった。「他人が自分を知ってくれないということはどうでもよい。そもそも自分が他人を知らないことが問題である」と。優れた思想を持ちながら、なかなか世の政治家に用いられることがない孔子に向かって弟子が心中を尋ねたところ、このような答えが返ってきたという。つまり、政治家に自分の評判が及んでいないことが問題なのではなく、自分の修練がまだまだ足りないことが問題なのだ、という謙遜の答えである。

 《安岡流の解釈》
 もっと突っ込んで考えると、「人が己を知ってくれようがくれまいが問題ではない、そもそも己が己を知らないことの方が問題だ」と解釈した方が、もっと切実に感じられる。案外人間というものは、自分自身を知らないものである。自分が自分を知らないのだから、人が自分を知らないのは当然である。したがって、問題は、まず己が己を知ることでなければならない、ということになる。

 子曰く、苟(いやしく)も仁に志せば、悪(にく)むこと無きなり。(里仁)
 《通常の解釈》
 普通は悪むをあしきと読んで、いやしくも仁を志せば、悪いことはなくなる、という解釈になる。

 《安岡流の解釈》
 悪むは退ける、拒否するの意味であり、「仁に志せば、人の言うことをあれもいけない、これもいけない、というふうに退けることをしなくなる」と解釈する方がよい。仁は色々な意味に用いられているが、最もよく『論語』に出てくるのは、天地が万物を生成化育するように、我々が事物に対して、どこまでもよくあれかしと祈る温かい心、尽くす心を指す場合である。したがって、仁に志すようになれば、何事によらずそのものと一つになって、それを育てていく気持ちが起こってくる。

 斉の景公、孔子を待って曰く、季氏の若(ごと)きは則ち吾れ能はず、季孟の間を以て之を待せん。曰く、吾れ老いたり、用うること能はざるなり。孔子行(さ)る。(微子)
 《通常の解釈》
 斉の景公が孔子を待遇するのに、「魯の国の三卿の中でも貴い上卿の季氏と同じような待遇はできないが、季氏と下卿の孟氏との中間の待遇をいたしましょう」と言った。そして、「私ももう年を取った。到底あなたを用いることはできない」と言ったので、孔子は斉を去った(いかにも待遇が不満で、孔子が去ったかのような解釈である)。

 《安岡流の解釈》
 当時、景公を補佐した人に、晏子という名宰相がいる。晏子が孔子を用いることにあまり賛成ではなかったため、景公もその心を察して、孔子を尊敬しているけれども、それほど立ち入って話をしなくなった。それで孔子も諦めて、斉を去ったと推定される。

 だが、もう少しよく考えると、晏子という人は己の利益などを考えて反対するような人ではない。いつの時代でもそうだが、人を用いようとする場合には、必ず反対者がいる。斉においても、もちろん反対者がいたに違いない。そういう連中が、晏子が孔子を用いるのに進んで賛成ではないのを知って、それを利用して、いかにも晏子が孔子を排斥したようにしてしまった、というのが真相であろうと思われる。そのあたりの事情は、『晏子春秋』からうかがい知ることができる。

 子曰く、甯武子、邦(くに)に道有れば則ち知、邦に道無ければ則ち愚。其の知及ぶべきなり、其の愚及ぶべからざるなり。(公冶長)
 《よくある誤解》
 甯武子は春秋初期の人で、衛の国の大夫である。現代語に訳すと、「甯武子は、国に道がある時は智を発揮し、国に道がない時は愚になった。その智は真似することができるが、その愚は到底真似ることができない」となるが、これを「その馬鹿さ加減が話にならない」と解して、甯武子に対する批判だととらえているケースが見られる。

 《安岡流の解釈》
 これは讃嘆の言葉である。「邦に道無ければ則ち愚」は、「国家が乱れている時こそ愚直であるべきだ」と解釈するのがふさわしい。知―頭がよい、気が利くということは五十歩百歩で、真似できないことはない、学んで至り得ぬことではない。けれども、人間というものは、なかなか愚―馬鹿にはなれぬものである。甯武子は、人が真似できない馬鹿になれた人だというわけだ。

 「馬鹿殿」という言葉は、本来は賛辞である。殿様は、内には世話の焼ける領民と大勢の厄介な家来を抱え、外には幕府という絶対権力者を戴いて、一日として心の休まる時がない。下手をすると、いつ取り潰されるか解らない。そういう内外の苦境の中にあって、殿様としてやっていくには、利口になってはいけない。解っても解らぬような顔をして、馬鹿にならないと務まらない。

 子貢、問うて曰く、賜(し)や何如(いかん)。子曰く、女(なんじ)は器なり。曰く、何の器ぞや。曰く、瑚連(これん)なり。(公冶長)
 《一般的な解釈》
 子貢がこう言って尋ねた。「賜、つまり私などはどうでしょうか」、「お前は器だ」、「何の器ですか」、「国家の大事な祭祀に用いる立派な器だ(国家の大事な仕事に従事させることのできる立派な人物だとの意)」

 《安岡流の解釈》
 子貢は他人の批評をするのが好きな人物であったから、自分の評価も気になるわけだ。本文では子貢がたいそう褒められているように見えるが、実は、未だ至らざることに対して孔子が戒めている。器は用途によって限定されている。瑚連であろうが、茶碗であろうが、またそれがいかに立派であろうが、便利であろうが、どこまでも器であって、無限ではなく、自由ではない。

 これに対して道は、無限性、自由性を持っている。したがって、道に達した人は、何に使うという限定がない。非常に自由自在で、何でもできる。こういう人を道人と言う。本文は、子貢は立派な器であるが、まだ道には達していない、ということを孔子が言っているわけだ。


2013年12月19日

『理想の会社(DHBR2013年12月号)』―私が考える「よい会社」の条件(約150個)


Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2013年 12月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2013年 12月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2013-11-09

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 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2013年12月号は、エバーノートのCEOフィル・リービンのインタビュー記事が刺激的で面白かった。
 どんな製品にも、その会社の姿が透けて見えるもので、オフィスの様子までわかってしまうほどです。それはごまかすことのできないことで、美しい製品は美しい会社からしか生まれてこない。製品と会社は同一のもので、製品には企業文化が直接に体現化されるのです。いや、100年経つと企業文化自体が製品になる。企業文化以上に大切なものはなく、それは最新の製品よりも重要なのです。
 この指摘は、グローバル競争の波にのまれ、ヒット製品を生み出せずに苦しんでいる日本企業にとって、デザイン力の欠如やイノベーション人材の不足といった、しばしば指摘される課題とは別の視点から、興味深い課題を提示しているように思える。

 本号の特集テーマは「理想の会社」である。ロブ・ゴフィーらの論文「社員に最高の仕事をさせる 『夢の職場』をつくる6つの原則」では、理想の会社を作るための6原則が示されている。

 (1)個人個人の様々な違いを尊重して活用する。
 (2)情報を抑制したり、操作したりしない。
 (3)社員から価値を搾り取るだけでなく、会社側も社員の価値を高める。
 (4)何か有意義なことを支持している。
 (5)業務自体が本質的にやりがいのあるものである。
 (6)愚かしいルールがない。

 私にとって「理想の会社」とは一体何だろうか?「ベンチャー失敗の教訓」シリーズの内容を裏返せば、”多少はましな”会社になるのだが、それ以外にもいろいろと考えるところがあるので、思いつくままに書き出してみたいと思う。ブレインストーミング的であるため、抜け漏れやダブりがあったり、論理的に整合性が取れていなかったりするかもしれないが、ご容赦いただきたい。

 経営陣が明確な企業理念(ミッション、ビジョン、行動規範)を示している。経営陣が企業理念の伝道師となっている。経営陣が行動規範を率先垂範している。経営陣にとって、自社の企業理念が自分の人生のミッションやビジョンの一部になっている。経営陣は企業理念について社員と頻繁に対話を行っている。経営陣は、金融機関や投資家とも企業理念について対話を繰り返し、企業理念に賛同する資本を引きつけている。経営陣にとって、企業理念を社内外に浸透させ、強固な企業文化を築くことが重要な仕事となっている。経営陣の報酬は短期的な業績だけでなく、中長期的な業績や企業文化の構築度合いも考慮される。

 成長しすぎない。売上高より営業利益(もしくは営業キャッシュフロー)を重視する。売上高の成長率より、社員1人あたり営業利益(もしくは営業CF)の成長率を重視する。社員1人あたり営業利益(営業CF)の成長率は、GDPの成長率を上回る水準を目指す。社員1人あたり営業利益(営業CF)に重要な影響を与えるKPI(Key Performance Indicator:重要業績指標)が特定されている。そのKPIの値は、経営陣から現場社員まで共有されている。

 買収の有効性を否定はしないが、買収頼みの成長はしない(経営は”企業のお買い物”ではない)。内的成長を中心として、社員1人あたり営業利益(営業CF)の成長を目指す。不要なコストは徹底的に削る。社会的使命を終えた衰退事業も削る。ただし、削った分は、社員1人あたり営業利益(営業CF)を伸ばせる分野に投資する。衰退事業を延命させるために、企業買収をして売上高を一時的に大きく見せるようなことはしない。

 経営陣が社内政治に明け暮れておらず、顧客の方を向いている。経営陣は、自社の重要顧客や将来的な潜在顧客と頻繁に接点を持ち、彼らの声に耳を傾けている。経営陣は、自社の製品を心から愛している。経営陣は、自社製品の最も優れたセールスパーソンである。もしくは、経営陣は、自社製品の最も優れたエンジニアである。顧客からのクレームは経営陣に届けられる。時には、経営陣が自らクレーム対応にあたる。経営陣は、クレームを受けても、製品改良のための貴重な意見を与えてくれたと感謝する。経営陣は、クレームを報告した部署や社員を罰しない。

 ターゲット顧客を定め、そこに経営資源を集中させている。非ターゲット顧客=嫌われてもいい顧客が明確である。顧客に対する提供価値が明確である。自社の提供価値は、競合他社の提供価値と比べて容易に識別可能である。製品はシンプルで利便性が高く、洗練されている。最先端の技術を使うことが顧客価値を高めることだと勘違いしないようにする。提供価値や製品構成はシンプルだが、それを実現するためのビジネスモデルは複雑で、競合他社に容易に真似されない。ビジネスモデルを機能させる圧倒的な強みを持っている。競合他社に対する直接的な嫌がらせをしない。顧客に対する提供価値の優劣で勝負する。

 社会的に意義のある製品を販売する。顧客に売りすぎない。顧客の効用を最大化する最適量を販売する。価格体系はシンプルで、顧客を混乱させていない。顧客から搾取する価格体系になっていない。プロモーションが伝えるメッセージに嘘偽りがない。顧客が想起するブランドイメージと具体的な製品価値との間に矛盾がない。ブランドイメージと一貫性の取れた製品が、ブランドイメージをさらに強固なものにするという好循環が生まれている。自社のマーケティング戦略、さらにその背景にある企業理念や企業文化のことを理解してくれる販売パートナーを探す。販売パートナーとは担当者レベルだけでなく、経営陣レベルでリレーションを構築する。

 未知の顧客、未知のニーズに対して敏感になる。また、常に代替品の脅威に備えている。既存事業を脅かす代替品を早い段階で自社に取り込み、ビジネスモデルの転換を図る。社員から広くイノベーションのアイデアを募る。部下のアイデアをたった1人の上司が握り潰すようなことはしない。アイデアは多くの社員に公開され、内容がブラッシュアップされていく。数多くの実験を素早く行い、成功しそうなイノベーションを見極める。たとえイノベーションが失敗しても、十分な注意を払った上での失敗ならば罰しない(逆に、不注意による失敗は罰する)。失敗プロジェクトの情報はデータベース化し、将来の実験に役立てる。

 イノベーションのための予算は既存事業の予算とは別に全社的に管理されており、実験を行いたい時にすぐに予算があてがわれるようになっている。イノベーションの推進にあたっては、エース級の人材を各部署からかき集める。エース級の人材を手放すことに反対する既存事業のマネジャーに対しては、降格処分も辞さない。経営陣もイノベーションの推進を強く支持する。経営陣は、推進しているイノベーションが企業理念や企業文化と合致していることを確認する。自分を育て上げてくれた既存事業がイノベーションによって縮小してしまうことを理由に、イノベーションを妨害しようとする経営陣についても、厳しい姿勢で臨む。

 イノベーションは短期的な業績だけで判断しない。早期に売上を立てる、つまり新規顧客を獲得することは要求するが、利益に関しては長い目で見る。イノベーションに携わる社員も業績給で評価しない。イノベーションに対する取り組み姿勢を評価する。既存事業部門は、イノベーション推進のために役立ちそうな経営資源(顧客基盤、販売チャネル、技術など)を提供する。イノベーションの推進に協力的な部門のマネジャーは高く評価し、イノベーションによって自らの事業が脅かされることを理由に協力を拒む部門のマネジャーは評価を下げる。ただし、あまり会社をイノベーション依存体質にしない。マーケティング:イノベーション=8:2ぐらいが理想である。

 顧客接点の中心である営業を重視する。営業担当者は自社製品のセールスではなく、顧客ニーズのヒアリングに徹する。受注ほしさに安易な値引きをしない。営業担当者が吸い上げた顧客ニーズは、マーケティング部門や製造部門を中心に、全社にフィードバックする。受注した時は成功分析を、失注した時は失敗分析を行い、分析結果を営業担当者間で共有する。営業担当者は、成功事例の横展開をいとわない。営業担当者は売上高だけで評価しない。営業利益や他の営業担当者への貢献度も評価する。全社員が営業担当者であるという意識を持つ。「自分がこの会社の顧客だったら、この営業担当者からこの製品を購入するだろうか?」と自問する。

 製造現場では5S(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)が徹底されている。7つのムダ(加工のムダ、在庫のムダ、作りすぎのムダ、手待ちのムダ、動作のムダ、運搬のムダ、不良を作るムダ)が徹底的に取り除かれている。工場の設備は手入れが行き届き、大切に扱われている。社員の安全対策が施されている。環境負荷の低い製造プロセスが確立されている。製造プロセスの絶え間ない改善が行われている。製造プロセスを安易にアウトソーシングしない(アウトソーシングは、新興国からライバル企業が現れるのを手助けするだけである)。仕入先をすぐに買い叩かない。仕入先もパートナーとみなし、自社の戦略や企業理念、企業文化について対話を継続する。

 製造現場以外の部門でも、5Sが徹底され、7つのムダが取り除かれている。社員との間で元気よく挨拶が交わされている。来客があった時にも、社員が大きな声で挨拶をしている。オフィスレイアウトは、工場と同様に生産性が考慮されている。社員間のコミュニケーションは、ITを使った非対面形式よりも対面形式が重視されている。ITを使った非対面コミュニケーションは、あくまでも対面コミュニケーションを補完するものとして位置づけられている。対面コミュニケーションを活性化させる仕組みがオフィスに取り入れられている(個室の廃止など)。

 組織やチームが必要以上に細分化されていない。子会社や事業部門をいたずらに増やさない。顧客視点ではなく、自社都合で組織改編を行わない。組織改編をやって経営改革を行った気分に浸ってはならない。組織は最低限の大まかなくくりにとどめる。大きな組織の中で社員を柔軟に再配置する。社員は複数の業務に従事できるよう、複数の能力を身につける。企業は社員の多能工化を支援する学習プログラムを提供し、人事考課で多能工化の度合いを見る。

 会議は必要最小限にとどめる。会議には、利害関係がある人(利害関係がある部門やチームを代表する人)を必ず全員出席させる。欠席者向けの議事録作成をしない。会議が予定時刻通りに始まり、予定時刻通りに終わる。会議では声の大きな人が主導権を握らないようにする。会議の主催者は、出席者全員が自分の意見を表明できるようファシリテートする。会議後のそれぞれの参加者が起こすべきアクションを明確にする。各アクションの期限と責任者を決める。各アクションの進捗を会議後にモニタリングする。アクションは期日までに必ず完了させる。

 人材育成に投資する。業績が一時的に悪化しても、人材育成への投資をすぐに削らない。戦略や事業計画とリンクする形で人材戦略(どういう能力を持った社員が何人必要なのか?)が立案されている。人材戦略に基づいて学習プログラムが体系化されている。学習プログラムは研修ベンダーが用意する固定的なものではなく、人材戦略の見直しに伴って常に入れ替えが行われている。研修の学習内容と現場の業務内容を一致させる。研修の学習内容を現場で実践した人が評価されるような人事考課制度になっている。

 社員の職務範囲を狭く定義しない。社員には多様な能力が必要で、セルフマネジメントが要求されるレベルの大きな仕事を任せる。新人・若手社員であっても、1つの完結した仕事を任せる(小口顧客の営業を担当させる、会社全体の売上高に占める割合が小さい製品の設計全体を任せる、など)。社員を同じ仕事に何年も固定しない。社員を金銭的報酬だけで動機づけるのではなく、やりがいのある仕事で動機づける。

 社員を褒め、叱る。社員へのフィードバックは迅速に行う。ただし、顧客の前で社員を叱らない(社員に恥をかかせるし、顧客にとっても不愉快)。半期に一度の評価面談で終わらせない。毎日が評価面談のつもりで部下に接する。社員の間に適度なライバル意識を醸成する。社員が企業理念を体現しているかどうかも評価する。企業理念に合致しない二流社員は、ハイパフォーマーであっても解雇する。企業理念に合致せず、成果も低い三流社員にも居場所を与えない。

 他にもあるが、これぐらいにしておこう。いろいろと書いたけれど、煎じ詰めれば「理想の会社」に必要なのは、(1)既存顧客を何とかして喜ばせようという熱意と、(2)どこかにまだ誰も見つけていない潜在顧客がいるのではないかという探求心ではないだろうか?前者はマーケティングであり、後者はイノベーションである。今日書いた内容は、全てこの2つにつながっている。


2013年12月17日

『競争優位は持続するか(DHBR2013年11月号)』―戦略構想の7ポイント


Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2013年 11月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2013年 11月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2013-10-10

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 (前回の続き)

 DHBR2013年11月号に関して書きたかったのは前回の記事のような内容ではなくて(汗)、これから書く内容である。思いがけず前置きが長くなってしまったため、記事を分割した。

 戦略とは、簡単に言えば「誰をターゲットに、どのような顧客価値を提供するのか?競合他社と差別化を図るためにどうするのか?」ということである。だが、様々なセグメントの顧客を相手に、様々な製品・サービスを取り扱う企業の経営者は、もう一歩踏み込んで戦略を構想しなければならない。そのための7つのポイントを、まだまだ不十分ながら図にまとめてみた(この7つのポイントをもっと上手にまとめられる図があったら教えてください)。

アンゾフの成長ベクトルを基にした「戦略構想の7ポイント」

 この図のベースとなっているのは、イゴール・アンゾフの「成長ベクトル」である。製品、顧客の両軸ともに、自社にとって既知か未知か、競合他社にとって既知か未知か、という区分を設けており、やや複雑な図になっている。以下、7つのポイントを簡単に見ていきたいと思う。

(1)リピート購入
 自社・競合他社の双方にとって既知の顧客に対し、自社・競合他社の双方にとって既知の製品を提供する場合である。要するに、どうすれば自社の製品をリピート購入してもらえるか?ということだ。CRM(顧客維持管理)の分野でよく知られた研究であるが、既存顧客を維持するためのコストは、新規顧客を獲得するためのコストの5分の1ですむ。既存顧客の再購入を動機づけ、競合他社が自社の顧客に手をつけられないような防壁を築くことがポイントとなる。

(2)顧客の奪取
 競合他社にとっては既知の顧客だが、自社にとっては未知の顧客に対し、自社・競合他社の双方にとって既知の製品を提供する場合である。言い換えれば、市場の中で自社が手つかずの顧客を競合他社から奪い、市場シェアの拡大を目指すケースである。(1)で既存顧客のリテンション(維持)の重要性について述べたが、そうはいっても一定割合の既存顧客は離反していくものであり、穴埋めのために新規顧客を獲得しなければならない。

(3)製品の新用途
 自社・競合他社の双方にとって未知の顧客に対し、自社・競合他社の双方にとって既知の製品を提供する場合である。入念なマーケティングを行っても、自社や競合他社が全く想定していなかった顧客層が出現して、製品を利用することがある。

 一例を挙げると、最近はゲームセンターに通う高齢者が増えている。これは、若者をターゲットに長年ビジネスを行ってきたゲームセンターにとっては想定外である。だが、高齢者は、老化防止のためにゲームセンターに通い、同じくゲームセンターに通う他の高齢者と交流を図っている。こういうケースがありうるので、経営者は次の問いを検討しなければならない。「自社の製品を重宝している意外な顧客はいないか?」

(4)顧客単価向上
 自社・競合他社の双方にとって既知の顧客に対し、自社にとっては未知だが競合他社にとっては既知の製品を提供する場合である。その目的は、自社の既存顧客に対し、自社ではそれまで取り扱っていなかった製品を販売することで、顧客単価を上げることにある。

 (2)顧客の奪取との違いは、ソフトバンクとドコモの違いを考えると解りやすい。ソフトバンクは、印象的な広告と基地局の増強によって、ドコモの顧客を奪うことに必死である。一方、ソフトバンクにシェアを食われているドコモは、らでぃっしゅぼーやを買収したり、dマーケットを充実させたりと、ECサイトの充実に注力している。ドコモは通信料収入以外の収入を増やそうとしており、明らかにアマゾンや楽天を意識している。

(5)多角化
 自社にとっては未知であるが競合他社にとっては既知の顧客に対し、自社にとっては未知だが競合他社にとっては既知の製品を提供する場合である。簡単に言えば、異業種への参入である。既存事業の成長スピードよりももっと早く成長を達成したい場合、あるいは既存事業が衰退に向かっており新たな成長源を見つけなければならない場合は、多角化が選択される。

 前者の例としては、DeNAが挙げられる。もともとオークションサイトの運営会社としてスタートした同社は、携帯電話向けのゲーム市場が急速に広がると、ゲーム事業の拡大を重視するようになった。後者の例としては、富士フィルムがある。デジカメの台頭によってフィルム事業が縮小した同社は、フィルム事業で培った技術を活かして化粧品事業へと参入した。

(6)代替品
 自社・競合他社の双方にとって既知の顧客に対し、自社・競合他社の双方にとって未知の製品を提供する場合である。これは、既存の製品によって満たされていたニーズが、全く新しい別の代替品によって満たされるケースである。代替品は自社のビジネスを侵食するため、(1)リピート購入などと同時並行で検討するのは非常に難しい。しかし、代替品の検討を放置すれば、いずれは他社が代替品を引っ提げて市場をかく乱するであろう。

 最近の例で言うと、デジタルカメラ業界は、スマートフォンのカメラ機能の高度化によって苦境に陥っている。そのスマートフォンが浸食した意外な市場としては、成人向けのマンガ雑誌市場がある。マンガを読む大人は、マンガを求めていたわけではなく、通勤電車の中での暇つぶしを求めていた。スマートフォンは、暇つぶしのための格好のアイテムになったわけだ。

(7)新市場の創造
 顧客が自社・競合他社の双方にとって未知である、または製品が自社・競合他社の双方にとって未知である場合である。7つの戦略の中では、最も難易度が高い。これが上手なのは言うまでもなくアップルである。これに成功すると、飛躍的に企業を成長させることができる。

 ただし、同時に劇薬でもあることを忘れてはならない。新市場の創造に成功した企業は、あまりにも急速に、そして鮮やかに成長するので、株価が急上昇する。だが、すぐに競合他社が追随してくるものだ。市場はこれまでと同様の成長を期待するものの、新市場の創造はそうそう簡単に起こせるものではない。市場の期待が失望に変わると、あっという間に株価は下落する。アップルがこれから何で食っていくのかは注目が集まるところだ。

 私は、「顕在化しているマーケットのシェアを奪い合う」のがマーケティング、「新しい市場を出現させる」のがイノベーションと定義している。この定義に従えば、(1)リピート購入、(2)競合からの奪取、(4)顧客単価向上、(5)多角化はマーケティングであり、(3)製品の新用途、(6)代替品、(7)新市場の創造はイノベーションに該当する。



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