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「新ものづくり補助金(平成25年度補正)」申請書の書き方(賃上げに関して)
「新ものづくり補助金(平成25年度補正)」申請書の書き方(例)
【ベンチャー失敗の教訓(第50回終)】会社の借金を管理職に背負わせて人生を狂わせたY社

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2014年03月29日

「新ものづくり補助金(平成25年度補正)」申請書の書き方(賃上げに関して)


 平成29年度補正予算「ものづくり・商業・サービス経営力向上支援事業補助金」の申請書の書き方に関する記事を公開しました。ご参考までに。

 ものづくり補助金(平成29年度補正予算)申請書の書き方(1)(2)
 前回「「新ものづくり補助金(平成25年度補正)」申請書の書き方(例)」の続き。今回、申請者にとって悩みの種となっているのが、申請書の最後にある「人材育成・賃上げの実施状況について」という部分ではないだろうか?安倍首相の指示で、給与総額を上げた、または上げる企業・処遇改善に取り組む企業を審査時に加点することになっている。ただ、申請書には、以下のように書いてあるだけで、フォーマットが何も用意されていない。
 以下のいずれかの取組を行っている場合は、該当箇所に☑を付し、その内容を具体的に説明するとともに、研修の実施、賃金アップの比較等の証拠書類(源泉徴収票の写し、領収書、賃金台帳等)を添付書類として必要部数提出してください。(該当しない場合、記載する必要はありません。)

 □ ①企業による従業員向けの教育訓練費支出総額(外部研修費用、資格取得・技能検定の受験料、定時制高校や大学の授業料などに対する企業による補助総額)が給与支給総額の1%以上である企業

 □ ②以下のいずれも満たす賃上げを実施している企業
 ・平成25年の給与支給総額が、24年と比較して1%以上増加
 ・平成26年の給与支給総額を25年と比較して増加させる計画

 □ ③平成26年の給与支給総額を25年と比較して1%以上増加させる計画を有し、従業員に表明している企業
(東京都の申請書より抜粋)
 ①はエビデンスを用意するのがそれほど難しくないので、②を中心に説明したい。厄介なのは「給与支給総額」となっている点だ。極端なことを言えば、既存社員の給与はそのままでも、新しく社員を採用すれば、それだけでも給与支給総額は増える(逆に、社員が辞めてしまうと給与支給総額は減ってしまう)。そういう企業まで優遇するのは、安倍首相の意図に反するだろう。

 安倍首相の関心は、「社員1人1人の給与がちゃんと上がっているかどうか」にあるはずだ。そこで、平成24年度~平成26年度の3年間に渡り在籍している社員だけを抜き出して(途中で入社したり退職したりした社員を除いて)、それぞれの社員の給与の増加割合と、これらの社員の給与合計額の増加割合を示す、という方法を提案したい。具体的には、以下のような表を作成する。そして、平成24年度と平成25年度に関しては、各社員の給与のエビデンスとして、賃金台帳や源泉徴収票を添付する。社員数が多い企業は資料が膨大になるが、エビデンスがないと表を操作したのではないかとどうしても疑われてしまうため、面倒でもエビデンスをつけた方がよい。

新ものづくり補助金(賃上げの取り組み)

 ③の場合は、上記表の「平成24年度」の列を削除した表を作成する。「従業員に表明している」ことのエビデンスとしては、例えば経営陣が社員向けに説明した給与計画の資料に、社員代表の印鑑を押したものなどがあるとよい。単なる計画書だけでは、本当に社員に対して表明したかどうかが解らないため、社員代表の印鑑があることが重要であると考える。

 以上、私なりの考え方を書いてみたが、正直なところ、この賃上げの部分は曖昧な部分が多く、公平な審査ができるかどうか、やや疑問が残る。例えば、3年間で基本給は変わらないが、社員を馬車馬のように働かせて残業代だけが増えていく場合であっても、給与総額は増加したことになる。これでは、賃上げではなく、ブラック企業化の推奨になってしまうのではないか?また、売上減などに伴って休業を実施し、雇用調整助成金を受けていた年があると、翌年に元の給与に戻しただけで給与総額が大幅に上がってしまう。このように、いろいろと穴がある部分である。

2014年03月28日

「新ものづくり補助金(平成25年度補正)」申請書の書き方(例)


 平成29年度補正予算「ものづくり・商業・サービス経営力向上支援事業補助金」の申請書の書き方に関する記事を公開しました。ご参考までに。

 ものづくり補助金(平成29年度補正予算)申請書の書き方(1)(2)
 平成27年度補正予算「ものづくり・商業・サービス新展開支援補助金」の申請書の書き方に関する記事を公開しました。ご参考までに。

 「平成27年度補正ものづくり補助金(ものづくり・商業・サービス新展開支援補助金)」申請書の書き方(細かい注意点)
 平成26年度補正予算「ものづくり・商業・サービス革新事業」の申請書の書き方に関する記事を、2015年2月2日(月)~6日(金)にかけて順次公開しました。昨年に比べて内容を充実させましたので、こちらもご一読いただければ幸いです。

 「ものづくり補助金」申請書の書き方(例)(平成26年度補正予算「ものづくり・商業・サービス革新事業」)(1)(2)(3)(4)(5)
 経済産業省関連の補助金は、エコカー補助金のように、申請が通ればすぐにもらえる補助金とは全く異なります。一言で言えば、事務・経理処理が非常に大変です。主な留意点をまとめましたので、ご参照ください。

 【補助金の現実(1)】補助金は事後精算であって、採択後すぐにお金がもらえるわけではない
 【補助金の現実(2)】補助金の会計処理は、通常の会計処理よりはるかに厳しい
 【補助金の現実(3)】補助金=益金であり、法人税の課税対象となる
 【補助金の現実(4)】《収益納付》補助金を使って利益が出たら、補助金を返納する必要がある
 【補助金の現実(5)】補助金の経済効果はどのくらいか?
 平成25年度の補正予算で実施されている「新ものづくり補助金(中小企業・小規模事業者ものづくり・商業・サービス革新事業)」(予算額約1,400億円)の1次公募1次締切が3月14日(金)に設定されていたのだが、東京都だけで約670件、全国では実に7,000件もの応募があったらしい。平成24年度のものづくり補助金を大幅に上回る数であり、採択率は昨年度の約4割に比べてかなり下がることを覚悟した方がよさそうだ。

 今回からは、「応募のハードルを下げるために、応募書類を簡素化する」という経済産業省の方針もあり、申請書がぺらっぺらになっている。だが、バカ正直にこの書式に従って簡単に済まそうとすると、たぶん審査で落ちると思う。だいたい、たかだか3枚程度の紙で最高1,500万円のお金(しかも、原資は国民の貴重な税金)をもらおうというのがおかしな話なのである。枚数が多ければよいというわけではないが、普通に書けば、10枚前後の申請書になるはずだ。

 公募要領には親切にも「審査項目」が列記されている。それぞれの項目で要求されている内容をもれなくカバーすることが肝要だ。補助金事務局の関係者がかつて説明会で、「補助金の申請書類は、採点基準が公開されているテストの答案用紙のようなものだ。こちらが求めている解答をきちんと書けば、高いポイントが得られる」と話していた(私はあまり好きな表現ではないが)。1次公募2次締切は5月14日(水)である。応募を検討している企業は、よく作戦を練るとよい。今日の記事では、私なりに、申請書のポイントを列記してみたいと思う。

 ちなみに、愛知県中小企業団体中央会のHPに、新ものづくり補助金の応募書類の書き方が載っている。もちろん、HPに書かれているように、サンプル通り書いたからと言って採択されるとは限らないのでご注意いただきたい。愛知県は、前回のものづくり補助金で、採択企業数が大阪府に次いで全国2位だったこともあり、補助金にかなり力を入れているようだ。

 申請書(例)(公募提案型の応募のため、このとおり記載しても採択するものではありません。)

《2014年4月4日追記》
 ミラサポにも申請書の記載例がアップされたので、ご参照いただきたい。

 >>申請書記載例(ものづくり技術)(革新的サービス)

《2014年4月14日追記》
 私が所属する認定支援機関「NPOビジネスサポート」で説明会を開催することにしました。お時間のある方、申請を検討されている方は是非ご参加ください。
 >>【東京】新ものづくり補助金・創業補助金説明会【緊急開催】

 (※説明会は終了しました。今後の説明会は未定です)


《2014年5月3日追記》
 1次公募1次締切で採択された案件の「認定支援機関」に関する分析をしてみた。
 >>
【平成25年度補正新ものづくり補助金】採択件数が多い認定支援機関一覧(都道府県別)など【1次公募1次締切】

《2014年5月25日追記》
 2次公募のスケジュール、および採択数の見通しなどについての記事をアップ。
 >>
平成25年度補正「新ものづくり補助金」の2次公募は7月予定??

《2014年6月9日追記》
 「成長型(補助上限1,500万円)」、「一般型(同1,000万円)」を選択した場合、「機械装置費」以外の費用に対する補助金の上限は500万円と定められている。例えば、一般型で機械装置費が600万円(税抜)、それ以外の原材料費などの合計が900万円(税抜)の場合、補助金申請額は(600万円+900万円)×2/3=1,000万円ではない。600万円×2/3+({900万円×2/3}と{500万円}の小さい方)=900万円となる。2次公募への応募を検討されている企業は、この点に十分留意されたい。1次公募の採択企業の中には、このことを理解しておらず、事務局とトラブルになった事例もあると聞いている(なお、「小規模事業者型」にはこのような制限はない)。


「その1:試作品・新サービスの開発や設備投資の具体的な取組内容」
 試作品開発・設備投資によって解決を目指す技術的な課題、および課題解決のための工程を列記する。そして、各工程について、開発内容、原材料や機械装置などを明確にしながら、具体的な目標および達成手段を記載する。必要に応じてフローチャートや図表、写真などを用いる。

《記入例》
 【本事業で解決を目指す技術的な課題】
 昨今、A技研の重要顧客である・・・からは、・・・という要望を受けることが増えた。ところが、従来の・・・という技術では、製品の・・・という部分に不具合が残りやすく、QCDの面で顧客の要望を十分に満たすことができない。そこで、新たに・・・という技術を開発することで、品質基準を・・・程度高め、製造リードタイムを・・・%短縮すると同時に、コストも・・・割ほど下げることを目指す。

 【本プロジェクトの進め方】
 <1.○○の加工条件シミュレーション>
 B製作所は、C会社の分析結果を受けて、構造シミュレーションにより・・・の条件抽出を行い、最適な・・・の確立を目指して、A技研と・・・材質検討や・・・方法の検討を行う。なお、・・・の検討にあたっては、E技術センターに・・・の分析を委託する。
 <2.試作・設計へのフィードバック>
 B製作所は、シミュレーション結果を構造設計に反映させるため、・・・を分析し、・・・の最適な組み合わせを効果的に反映させて設計を行う。
 <3・・・の試作品の開発>
 上記設計を基に、A技研とB製作所は連携し、・・・の試作品の開発を実施し、・・・。

 さらに、プロジェクト全体のスケジュールをガントチャートでまとめたり、協力会社を含めたプロジェクトの体制図を示したりするとよい。プロジェクトの遂行可能性があるかどうか、実施体制が整っているかどうかは、審査の重要ポイントとなっている。

「その2:将来の展望(本事業の成果の事業化に向けて想定している内容及び期待される効果)」
 まずは、試作品に関連するマーケットの現状と将来的な展望を記載する。その際、市場調査に基づく定量的な情報と、顧客の生の声などを含む定性的な情報の両方を入れると、説得力が増す。その上で、試作品がターゲットとする顧客層、競合他社に対する優位性、想定価格、3~5年後に目標とする販売量・市場シェアを書く。市場規模の推移を示したグラフや、競合製品との違いを示したポジショニングマップなどを使うと、審査員の目に留まりやすい。

《記入例》
 本事業の成果である・・・について、・・・をターゲットとして・・・市場の獲得を目指す。現在の市場規模は・・・程度であるが、本製品については他の製品と比べて・・・・・・・・の優位性があり、また、・・・といった収益性をもつことから、・・・により付加価値が高いと判断されれば、約・・・倍の市場に広がることとなる。当社はこの市場において、5年後に約・・・個の製品を販売し、約・・・%のシェア獲得を目指す。

 そして、先ほど設定した目標売上高・目標シェアの獲得に向けた3~5年間の事業計画を立案する。ただし、本補助金の対象はあくまでも試作品開発であるため、プロジェクト終了直後にすぐに販売できることは少ないだろう。1年目は市場調査と追加開発、2年目は量産体制の構築を行い、3年目から本格的に販売を開始する、ということも十分にあり得る。その場合は、そのスケジュールが解る事業計画にするとよい。すると、3年目から徐々に売上が立つはずであるから、3年目以降の毎年の売上見込みも記載する。

 欲を言えば、1年目の市場調査・追加開発にかかる費用、2年目の量産体制構築にかかる費用、そして3年目以降の生産・販売にかかる費用も算出して、5年間の投資対効果を出せるとベストである。ただ、個別原価管理などが必要となり煩雑になるから、無理はしなくてよい。とはいえ、最低限、各年度の目標売上高は示したい。補助事業の費用対効果の高さ(補助金の投入額に対して想定される売上・収益の規模)も重要な審査項目となっている。

 今回から新たに追加された「革新的サービス型」で応募する際には、3~5年の事業計画で「付加価値額(=営業利益+人件費+減価償却費)」が年率3%以上、および「経常利益」が年率1%以上向上することが条件とされる。これは、経営革新計画に準じた基準だ。なお、毎年3%ないし1%ずつ増加させる必要があるのではなく、”年平均で”3%ないし1%ずつ増加していればよい。つまり、5年後の付加価値額が現在と比べて3%×5年=15%、経常利益が1%×5年=5%増えていれば十分であり、途中で3%ないし1%未満の成長率にとどまる年度があってもよい。

 しかしながら、その計画について記入する表がないという、非常に不親切な書式となっている。革新的サービス型での応募を検討している企業は、納得感のある仮説とシナリオに基づいて、3~5年の事業計画を慎重に作成していただきたい。単に付加価値額や経常利益の金額を書くのではなく、その付加価値額・経常利益がどのようにして導かれた数字なのか、ロジックを見せる必要がある。具体的には、その革新的サービスをどのくらいの顧客に対して、どの程度の価格で提供するのか?サービス提供にかかるコストをどのように見積っているのか?といったことである。

 (続く)

《2014年4月1日追記》
 革新的サービスに求められている「付加価値額年率3%以上、経常利益年率1%以上の向上」という条件は、「経営革新計画」(※)の条件と同じである。したがって、経営革新計画の雛形に入っている事業計画書が役立つ。具体的には、次のような表を作成し、数字の根拠を文章で記述するとよい(「別表3-2」の「新規事業」を「本補助事業」と読み替える)。

(※)「経営革新計画」とは、中小企業が「中小企業新事業活動促進法」に基づいて、新製品の開発や生産、新サービスの開発や提供などの新たな取り組みを行い、経営基盤を強化するための計画である。経営革新計画について都道府県から承認を受けると、様々な優遇措置を受けることができる。例えば、政府系金融機関による低利融資制度、信用保証の特例、高度化融資制度、小規模企業設備資金貸付制度の特例、設備投資減税などがある。


経営革新計画_中期経営計画サンプル1

経営革新計画_中期経営計画サンプル2


2014年03月27日

【ベンチャー失敗の教訓(第50回終)】会社の借金を管理職に背負わせて人生を狂わせたY社


 >>シリーズ【ベンチャー失敗の教訓】記事一覧へ

 以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第11回)】シナジーを発揮しない・できない3社」でも述べたが、3社はグループ企業でありながら、独立独歩の状態であった(もっとも、戦略やビジネスモデルが脆弱で、独歩できていなかったが)。特に、Y社と他の2社との関係は希薄であり、X社にいた私も、Z社と一緒に仕事をしたことはあるものの、Y社と仕事をしたことはついになかった。そのため、今回のシリーズでも、Y社に関する記述・分析が少なくなっている点はご容赦いただきたい。ただ、Y社の末路については、関係者からいろいろと話を聞いている。

 Y社の資本金の大部分を出資していたのは、Z社のC社長であった。ただ、自分は代表取締役にならず、Y社長を代表取締役に立てて、C社長自身は取締役のポストに収まっていた。ところが、Y社の人材紹介事業は、一向に軌道に乗る気配がなかった。

 Y社の事業は、自社をプラットフォームとして、求職者と求人企業という2種類の顧客ネットワークを構築する事業である。この手のビジネスは、ネットワークの拡大に伴って飛躍的にビジネスが拡大する。つまり、求職者が増えれば、「あの人材紹介会社に登録している人が多いから」という理由で新たに求職者が増えるとともに、求職者のプールに魅力を感じる求人企業も増加する。同様にして、求人企業が増えれば、「あの人材紹介会社を使っている企業が多いから」という理由で新たに求人企業が増えるとともに、求人企業の多さに魅力を感じる求職者も増加する。

 しかし、裏を返せば、求人企業や求職者が少ない状態では、ネットワークが全く魅力を持たず、ビジネスとして成立しないという難しさがある。普通の企業が普通に顧客を開拓するのでも大変なのに、Y社は2種類の顧客を同時に開拓しなければならないという”ハンデ”を背負っていた。そのハンデを克服する決定策をY社は打ち出せず、ずるずると累積赤字を積み重ねていた。

 債務超過になりそうになると、C社長が私財を突っ込んで増資を行った。増資も限界になると(増資は手続きが面倒であり、体力のないベンチャー企業が何度も繰り返せるものではない)、C社長がY社に貸し付けを行うようになった。その正確な額は解らないが、Y社の毎年の赤字額から推測するに、5,000万円は超えていたと思う。

 大株主であるC社長は、Y社の社員にもっと危機感を持ってもらうために、マネジャー4人を取締役にするという手に出た。ところが、C社長はY社の業績回復を願っているわけではなかった。この時点で、C社長はY社の事業を見限っているようであった。マネジャーの取締役昇格は、表向きはマネジャーを経営に参画させるという口実で行われたが、実際には経営責任を4人に転嫁するためのものであった。

 4人が取締役に昇格してまもなく、C社長は次のように言った。「Y社の業績は悲惨だ。私は今まで多額のお金をY社に貸し付けてきたが、返済の見込みがない。Y社が私から借金をすることになったのは、君たち4人が現場で実績を上げられなかったためだ。よって、私の借金の責任は君たちにある。だから、私がY社に貸したお金は、君たちから返してもらいたい」 要するに、C社長に対するY社の債務を、Y社ではなく4人に弁済させようというわけである。

 5,000万円を超えるY社の債務を4人で按分したので、1人あたりおよそ1,000万円の借金を背負わされたことになる(もちろん、Y社長も借金を背負わされた)。Y社長は経営者であるから、責任を負ってしかるべきだろう。しかし、4人はついこの間までマネジャーとして働いていた身分である。いきなり1,000万円の債務を負うことになっても、返済できるわけがない。それでも、2人は貯蓄を切り崩して返済のめどを立てたらしい。だが、残り2人のその後は悲惨である。1人は消費者金融を使って返済しようとしたが、借金に借金を重ねる形になり、結局は自己破産してしまった。もう1人は、自宅マンションが差し押さえられた状態のまま、今も借金の返済を行っているという。

 <終わりに>
 1年に渡って続けてきた連載も今回が最終回である。改めて振り返ってみると、「当たり前のことが当たり前にできていなかった」という一言に尽きる。”自称”経営のプロであるコンサルタントが設立した企業でも、注意を怠るとこういう悲惨な状態になってしまうということを、1人でも多くのビジネスパーソンに知っていただければ幸いである。そして、経営の基本を踏み外してビジネスに失敗する中小・ベンチャー企業が1社でも減ることを願ってやまない。

 3社のその後であるが、どの会社も未だに業績低迷から抜け出せていないらしい。X社は、自社で抱えていた研修講師を全員手放して、外部講師を使う方針に改めた。さらに、営業担当者も全員リストラしたので、残っているのは研修開発担当者と事務員だけらしい。どうやって売上を立てているのか不明なのだが、多分A社長が自ら営業をしているのだろう。しかし、A社長の能力からして、営業がうまく行っているとは思えない。帝国データでX社の財務諸表を調べると、売上高は解るが営業利益がブランクになっているから、おそらく赤字のままに違いない。

 Y社は上記のような騒動があった後、借金返済のめどが立った2人のうちの1人が、C社長に対して、「自分と親しいメンバーや顧客を引き抜いて、新しく人材紹介事業を始めてもよいか?その際、Y社の株式を全部譲渡してくれないか?」と提案した。Y社のビジネスにもはや興味を失っていたC社長はその提案を受け入れ、1株1円でその人に株式を譲渡した。Y社はグループ企業から外れ、社名を変えて現在も存続している。しかし、前述のようにこの手のビジネスは難易度が高く、あまりうまく行っていないらしい。

 Z社も大幅な人員削減を行い、今ではコンサルタントをほとんど抱えていない。外部の独立コンサルタントをたくさん集めてプールを作り、プロジェクトに適宜コンサルタントを派遣して、その手数料収入で事業を回しているという。Z社はもはやコンサルタント派遣会社である。Z社の最近の悩みは、派遣するコンサルタントの質が低くて、クライアントからのクレームが多いことだという。関係者から話を聞くと、Z社は人月単価70万円でコンサルタントを派遣しているらしい。これではプログラマの単価とほとんど変わらない。それでいてクオリティを求めるのは、酷な話である。

 3社とも、何か大きなミッションを達成しようと事業を行っているようには思えない。ただ漫然と事業を続けており、会社の存続自体が目的と化しているように感じる。3社が存続することで、本来ならばもっと成長性、生産性の高い事業に振り向けられるべき経営資源が縛りつけられており、社会的なコストが発生している。私が5年半の間、曲がりなりにもお世話になった3社に対してこんなことを言うのは大変無礼なのだが、3社ともいっそなくなってしまった方が社会のためである。
(※注)
 X社(A社長)・・・企業向け集合研修・診断サービス、組織・人材開発コンサルティング
 Y社(B社長)・・・人材紹介、ヘッドハンティング事業
 Z社(C社長)・・・戦略コンサルティング
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