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山本七平、加瀬英明『イスラムの読み方』―日本はアラブ世界全体に武器を輸出した方がよい?他
山本七平、加瀬英明『イスラムの読み方』―イスラム世界の5つの常識、他
山本七平『危機の日本人』―「日本は課題先進国になる」は幻想だと思う、他

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

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(城北支部執行委員、青年部長、および国際部員を務めています)

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(監事を務めています)

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2014年09月30日

山本七平、加瀬英明『イスラムの読み方』―日本はアラブ世界全体に武器を輸出した方がよい?他

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イスラムの読み方―なぜ、欧米・日本と折りあえないのか (Non select)イスラムの読み方―なぜ、欧米・日本と折りあえないのか (Non select)
山本 七平 加瀬 英明

祥伝社 2005-09

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 (前回の続き)

 (3)日本はイスラエルとパレスチナの紛争を見ると、どちらか一方に肩入れをして、もう一方とは関係を絶ちたがる傾向がある。例えば、イスラエルには日本の飛行機が飛んでいない(本書執筆時点)。これに対してヨーロッパやアメリカは、イスラエルとパレスチナの双方と上手くつき合う術を心得ている。ヒルトンホテルはイスラエルにもパレスチナにもあるそうだ。

 以前の記事「イザヤ・ベンダサン(山本七平)『日本人と中国人』―「南京を総攻撃するも中国に土下座するも同じ」、他」、「山本七平『存亡の条件』―日本に「対立概念」を持ち込むと日本が崩壊するかもしれない」で述べたように、対立する関係者のごく一部に過度に味方して、そのために自らの身を滅ぼすというのが日本の伝統のようである。だから、それを防ぐために、関係者全体にできるだけ広くリスクヘッジをしなければならない。「内部で対立しているアラブ世界全体に武器を売った方がよい」といった加瀬氏の主張も、その一環なのだろう。
 加瀬 かりに中東で、イスラエル、アラブの対立がなくなったとしても、今度はアラブ内の対立が激しくなりますから、やはり彼らにとって武器の必要性というのは大きいですね。
 山本 大きいでしょうね。
 加瀬 だからアメリカやフランスみたいに、全部に売っちゃえばいいわけです。
 山本 できれば、ですか。平等に。
 加瀬 ええ、平等にやればよい。
 山本 しかし、そのバランスを読み違えないほど正確に中東を知っているでしょうか。それがわからないかぎり、平等の算出はむずかしいでしょう。
 (最近、要件が緩和されたが、)日本は武器輸出を禁じているではないか?という反論もあるだろう。しかし、山本によれば、武器を輸出しなくても、原材料を輸出するだけで、アラブ世界の武装化に加担(貢献?)することになるのだという。
 たとえば、特殊鋼ですが、これは素材ですからいろんな国に輸出され再輸出もされているわけで、これを止めることは不可能です。それが何に使われるか。民需か、軍需か、兵器か、砲身か、銃身か、これは不明ですが、特殊鋼さえ輸入すれば、たいていの国は兵器をつくれるんです。小銃などは中東は家内工業でつくってますから。ですから、なにも日本から野銃を輸入する必要はないんで、この鋼だけで十分なわけです。
 (4)加瀬氏によれば、20世紀初頭から70年代に至るまで、イスラム諸国は概してイスラム教条主義を排し、穏健現実主義路線を歩んできたという。先日の記事で、アラブ世界は西欧のような近代化を経なかったと書いたが、20世紀の大部分はアラブ世界の西欧化・世俗化が試みられた期間であった。しかし、どの国も西欧のように資本主義化するのではなく、社会主義化した点が興味深い。イラク、シリア、エジプトで政権を握ったのは社会主義者であった。
 1960年代にシリアとイラクにおいて、バース党が政権を握った。バース党は、1930年代にパリに留学していた、ダマスカス出身の2人のシリア人教師によって、1947年、社会主義と汎アラブ主義を掲げて結党された。バース主義は政教分離をはっきりと謳って、イスラム教を社会の近代化を妨げるものとして排斥した。「バース」はアラビア語で、「ルネッサンス」を意味する。
 エジプトで1952年にナセル大佐が率いる自由将校団が、クーデターによって政権を握った。エジプトではサラマ・ムーサが1913年に著書『社会主義』を発表し、1920年にエジプト社会党を結党している。ナセルは1970年に生涯を閉じるまで、”アラブ社会主義”を標榜して、一党独裁を行なった。ナセルの政党は、「アラブ社会主義連合」と呼ばれた。ナセルはエジプトだけではなく、アラブ世界で大衆に人気が高く、時代の寵児となった。
 以前の記事「内田樹、中田考『一神教と国家』―こんなに違うキリスト教とイスラーム・ユダヤ教」で述べたように、西欧が私有財産の文化であるのに対し、アラブ世界は共有財産の文化である。この文化が社会主義と結びついたのかもしれない。ただ、アラブ世界は合議制の文化でもあったはずのに、なぜ権力者の暴政が導かれてしまったのかが次の論点となるだろう。

 ※遅い夏休みを1ヶ月ほどいただきます(気が向いたらちょこっと更新するかもしれませんが)。11月にまたお会いしましょう。

2014年09月29日

山本七平、加瀬英明『イスラムの読み方』―イスラム世界の5つの常識、他

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イスラムの読み方―なぜ、欧米・日本と折りあえないのか (Non select)イスラムの読み方―なぜ、欧米・日本と折りあえないのか (Non select)
山本 七平 加瀬 英明

祥伝社 2005-09

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 (1)以前の記事「イザヤ・ベンダサン(山本七平)『中学生でもわかるアラブ史教科書』―アラブ世界に西欧の「国民国家」は馴染まないのではないか?」で、半ば思いつき的に、アラブ世界には国民国家ではなく宗教国家の方が適していると書いたが、本書で山本七平がちゃんと論理的に宗教国家の可能性を論じていた。
 厳密な意味ではバハイ教徒のあいだでしか契約が成り立たず、ユダヤ教徒はユダヤ教徒のあいだでしか契約は成り立たない。そのため、それぞれが結社のようになり、この教団の内と外とでは国籍が違うような関係になってしまいます。したがって<国民国家>というものが成立しうるかどうか、相当に問題です。
 各人がイスラム教徒とかドルーズ教徒とかいう意識を捨てて、自分はシリア国民であるとか、レバノン国民であるとかいう意識を本当に持たせることができるかどうか、これが問題なんです。それのいちばん基本というのは、つまり宗教法体制というものを認めるか認めないかということになるわけです。
 あれ(※パキスタンとインドの分断)と似た現象が、ほかでも起こるんじゃないかと思うんですよ。シーア派はシーア派連邦のような形でまとまるなどということが。そうなると、イラクは半分に切れてしまうわけですね。その可能性は絶対ないとはいえない。ですから、民族国家ではなくて宗団国家という形で、それぞれが自分たちの宗教法を憲法としてまとまる。こうなれば、ある程度、まとまりうるのではないか。そうなっているのがサウジアラビアですね。だいたいワッハーブ派で一本ですから。
 国家の成立要件にはいろいろ議論があると思うが、非常に簡略化すれば以下のようになるだろう。まず、個人が集まって社会として生活するにあたり、各個人の財産と生命を保護するために各人が最低限守らなければならないルール(法)が必要である。ただし、この法は最初は人々の意識の中にとどまるだけであるから、法を明文化する機関(立法府)が要求される。立法府は、時代のニーズに応じて法を修正したり、新たな法を立案したりもする。法の成立後は、その法を執行する機関(行政府)も必要となる。また、法をめぐって人々の間で紛争が生じた場合に備えて、紛争を解決する機関も設置しなければならない(司法府)。

 国家は、社会の内部で生じる脅威(紛争)だけではなく、外部の国家からの脅威にも備えなければならない。他国との間で法を形成して紛争を鎮めるためのソフトな交渉権=外交権と、他国からの物理的な攻撃に対処するハードな力=軍を持つ必要がある。このように、法を基点として構築される国家が「法治国家」である。また、法と諸機関、外交、軍隊に対して同じように信頼を寄せる人々の集団が「国民」ということになり、この国民が国家と結びつくと「国民国家」となる。

 西欧では、啓蒙主義によって聖俗の分離が進み、宗教とは別に、理性の結晶として法が形成された。理性は宗教を個人の内面へと押しやり、宗教に対する法の優位性を認めさせた。そして、理性的な法を中心に、近代的な議会、官僚組織、裁判所、軍隊などの整備が進められた。これに対して、啓蒙主義を経験しなかったアラブ世界では、聖俗が分離しなかった。

 とはいえ、それだけをもって、アラブ世界は近代化が遅れていると結論づけるのは乱暴だろう。アラブ世界では、コーランが個人の財産や生命をはじめ、生活の全てを規定している。コーランの解釈・適用に困った時は、コーランの専門家が解を与えてくれる。コーランは、国家の構成要素たる法として機能している。コーランの絶対性ゆえ、立法府というものは存在しないが、コーランの専門家が行政府に相当するとも言える。

 啓蒙主義者は、宗教に定められた規律が矛盾に満ちた非理性的なものだと批判する。確かに、コーランには矛盾する記述もあるらしい(例えば、ある箇所では4人まで妻を取ってよいと書かれているが、別の箇所では妻は1人までにすべきとされている、など)。しかし、理性的な法とて完全ではないのであって、宗教だから前近代的と決めつけるのは機械論的すぎるように思える。

 コーランは普遍的な教えであるが、現実には微妙に教義が異なる宗団が多数形成されている。オスマン・トルコの時代には、各宗団がそれぞれ独自に裁判所を持ち、宗派の教えに従って紛争を処理していた。さらに、宗団が自ら外交を行い、軍隊も保有していたという。フィヒテはこれを「国家の中に国家を認める」と評したそうだ。このように見ていくと、アラブ世界では、それぞれの宗団が国家としての要件を満たしている。宗団=国家とすればよかったものを、西欧の都合で機械的に国境を引いたことが、アラブを混乱させる結果になったのではないだろうか?

 (2)とはいえ、アラブ世界の国家と西欧の国家では異なる点も非常に多い。本書から相違点をまとめておく。

 (a)イスラム世界に公私という意識はない。サウド家(サウジアラビアの王家)でもハシム家(ヨルダンの王家)でも、国家とは自分の私有財産のように扱われている。中東では、国名に人名がつくことが多い。サウジアラビアは「サウド家のアラビア」という意味である。また、ヨルダンは「ハシム・ヨルダン家」から来ている。国家が私有財産のように扱われるため、権力者が私腹を肥やして政治が腐敗することが多い。

 (b)イスラエル北部にドルーズ教徒という、11世紀にイスラム教シーア派から派生した一派がいる。ドルーズ派はシリアやレバノンにもおり、彼らはイスラエル北部のガリラヤのヒッティンの丘にある聖所に巡礼に行く。彼らは特別なパスポートを持っていて、シリア政府もレバノン政府も止めることができない。近代国家の原則に反するようだが、これが彼らの現実である。彼らには「○○国の国民」という意識はなく、宗教集団に対する帰属意識があるのみである。

 (c)セム族の社会は非常に厳格な血縁社会である。砂漠で遊牧している限り、地縁は生じない。例えばリヤドに行くと近代的なビルが並んでいるが、ビルに番地がない。ベドウィンのテントに番号をつけても意味がないのと同じ理屈である。郵便はどうやって届くのかというと、毎朝私書箱へ行って受け取るのだという。これに対して、アメリカなどは地縁社会であり、アメリカという地域に入ると、血縁的関係、人種、宗教を問わず誰もが「アメリカ族」になる。

 (d)イスラム世界には、人と人との間に契約は成立しない。契約が成立するのは神と人との間のみである。例えばお金の貸し借りをする場合、当人の間で契約を結ぶ必要はなく、各人が神との間で契約を結ぶことになる。同一の頂点である神に双方とも同じ契約をしているから、結果として両者の間に合意が成立する、と考える。日本のように、当事者間の話し合いによって契約が成立するという考え方は、イスラム圏では全く通用しない。

 (e)勤労は美徳という意識がない。砂漠を動いて略奪する方が、土を耕す人間よりも立派だと見なされる。よって、勤労をしなくてはならない人間は下層に位置づけられる。清貧という概念もなく、貧富の差に関しても非常に無神経である。マホメット自身が商業によって金儲けをしているくらいである。キリスト教のように禁欲的になって、お金を危険なものとして見なすことがない。

 (続く)


《追記》
 「イスラム国(IS: Islamic State)」は、欧米を敵視するイスラム原理主義の産物だと思われがちだが、基本的にはシーア派とスンニ派の対立が根底にある。イスラム国が国家の樹立を宣言する前の名称は、「イラクとシリアのイスラム国(ISIS: the Islamic State in Iraq and al-Sham)」であった。ということは、イラクとシリアの政権に対抗して作られた国家ということになる。

 イラクでは、イラク戦争でスンニ派のフセイン政権が倒され、シーア派が実権を握った。政権に対抗するスンニ派は過激組織を構成し、活動を開始した。彼らが武力を手にし始めたのは、2006年にイラク政府がシーア派統一会派として成立した頃である。2004年頃には「イラクの聖戦士アルカイダ」と名乗っていた組織が分裂、解体、連合を経て2006年には「ムジャヒディーン(聖戦士)諮問評議会」と名乗り、スンニ派をまとめ始めた。これがイスラム国の初期の姿である。

 イスラム国は、内戦が長期化していたシリアにも手を伸ばした。シリアのアサド政権は、シーア派の一派とされるアラウィ派の影響力が強い。よって、国内には反体制派のスンニ派武装組織が多数存在する。イスラム国は反体制派に混じってアサド政権への抵抗を開始した(ただし、イスラム国は他のスンニ派武装組織とも対立しているため、事態はもっと複雑である)。こうした背景を見るにつけ、イスラム世界では宗教と政治が密接に結びついており、両者を無理に引き剥がすとかえって混乱が増すだけだと思ってしまう。

 啓蒙主義による世俗化を経験した欧米世界から見れば、イスラム世界は近代化が遅れた地域と映るのだろう。しかし、最も近代化が進んでいるとされるアメリカでさえ、多くの国民は今でも熱心に教会に足を運ぶし(以前の記事「山本七平『日本人とアメリカ人』―アメリカをめぐる5つの疑問」を参照)、進化論を否定して旧約聖書の創世記の正しさを説明するミュージアムを国中に建設している。だから、宗教と国家が結びついても、個人的にはそれほど不思議ではない。

奇妙なアメリカ: 神と正義のミュージアム (新潮選書)奇妙なアメリカ: 神と正義のミュージアム (新潮選書)
矢口 祐人

新潮社 2014-06-27

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 イスラム国は、古代のカリフ制を復活させ、コーランに基づく政治の実現を目指している。また、油田から得られる豊富な資金をバックに、着々と軍事力を強化している。表面的に見れば、イスラム国は国家としての要件のいくつかを満たしているようにも思える。しかし、その暴力的な手法は、およそ現代国家として認められるものではない。

 イスラム国は、征服地のスンニ派以外の人々に対し、同派への改宗か税の支払いを要求している。ここまでは伝統的なイスラム教徒のやり方なのだが、イスラム国は、改宗などを拒否した異教徒を殺害したり、キリスト教会を破壊したりしている。古代から伝わるヤジード教徒と呼ばれる少数派やキリスト教徒、さらにはシリア北部に住むクルド人などが迫害されている。イスラム国の横暴によって非難を余儀なくされた人々の数は100万人以上に上るという推計もある。

 本文でも述べたが、国家とは一言で言えば「人々の身体や財産を内外の脅威から保護する仕組み」である。現代において独立を目指す国家は、既存の国家に対して、「自らの方が既存国家よりも人々の身体や財産を効果的に保護することができる」ことを証明し、その証明を支持する人々を集めなければならない。これら一連のプロセスは、(スコットランドのように)交渉とキャンペーンによるべきであって、武力に頼るのは国際法違反である。他国の人々の住む地域や、まして生命までをもむやみに奪う行為は、国際的に非難されても仕方ない。

《参考》
 世界を地獄に放り込む「イスラム国」の脅威(行政調査新聞、2014年9月3日)
 米国が「イスラム国」空爆 イラクで何が起こっているのか?(THE PAGE、2014年8月11日)
 「イスラム国」勢い衰えず 警戒強める欧米諸国 (日本経済新聞、2014年8月23日)
 イスラム国の恐怖支配が終わりそうにないことがわかる「仰天データ」(THE HUFFINGTON POST、2014年8月30日)

2014年09月28日

山本七平『危機の日本人』―「日本は課題先進国になる」は幻想だと思う、他

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危機の日本人 (角川oneテーマ21)危機の日本人 (角川oneテーマ21)
山本 七平

角川書店 2006-04

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 (1)
 中将の給いけるは、後にはしだいしだいに、いやしきもの天下国家を保ち、昔より名高き家はいよいよおとろえ、大社は名なく、名もなき邪神のやしろは栄えて、君は臣下のちりを取り、親を殺し子を殺し、上下のわかちなく、時にあえるを君主とし、よろずは人のいいなしになり、誠ある人はおとろえ、いつわりへつらいし者は栄え、ただ道無が言いしように、よろずは人心金銀にきわまりて、この君子国といわれし日本は、南蛮国のごとくに美しきもの着たるを貴み、知不知にかまわず、ただ明けても暮れても利欲の沙汰のみにて一生くらし侍らんは、口おしきしだいなり。人々はいかに思い給いぬるや。我はかように人の心の畜類と同じくなり侍るを、今度も神明に祈り申さん。
 本書の最初で述べられていることだが、江戸末期から明治時代に日本を訪れた多くの外国人は、日本人が秩序を愛し、整理・整頓を心がけ、非常に勤勉で好奇心旺盛であり、正義を重んじ、倹約の精神を保持していることに驚いていた。一言で言えば、外国人の目には、日本人は非常に道徳的な国民だと映っていた。

 ところが、『人鏡論』という書物によれば、古くから日本人は「世の中全てカネがあれば何とかなる」、「道徳的になれるかどうかはカネ次第」と考えていたようである(引用文を参照)。『人鏡論』は江戸時代に最もよく読まれたらしいが、書かれたのは室町時代と推定されている。日本人を批判する際に使われる「エコノミック・アニマル」という言葉は戦後になってから登場したものだが、日本人自身には少なくとも室町時代から自覚症状があったらしい。

 経済と道徳の対立は、利己主義と利他主義の対立と言い換えることができるだろう。旧ブログの記事「人間は利他的だとしても、純粋な利他的動機だけで富は生まれぬ―『自分を鍛える 人材を育てる(DHBR2012年2月号)』」でも書いたが、私は純粋な利己主義だけ、あるいは純粋な利他主義だけでは社会は立ち行かないと思う。利己主義だけを貫けば、他者から搾取を続けた結果、ついには搾取する対象としての他者が消えてしまう。逆に利他主義を貫いても、いつかは他者に捧げる自己が存在しなくなる。

 利己主義は道徳的に批判しやすいが、利他主義は”きれいごと”として称賛されるから厄介である。太平洋戦争で特攻隊作戦を決行する際、草鹿龍之介参謀長と三上作夫作戦参謀は「一億玉砕の魁になってもらいたい」という一言で、作戦に反対する伊藤整一長官を説得した。しかし、本当に一億人が総玉砕したら、日本という国は空っぽになってしまい、結局「お国のため」という当初の目的は達成できなくなる(旧ブログの記事「日本軍の失敗から意思決定の教訓を引き出そう―『日本軍「戦略なき組織」失敗の本質(DHBR2011年1月号)』」を参照)。

 私は、二言目には公共のため、社会のためと言い、公平性や公共性を持ち出す人を心から信用することができない。むしろ、「私のためになることがあなたのためになる」、「私が豊かになると同時にあなたも豊かになる」とはっきり言ってくれる人の方が信頼できる。日本人は本質的に拝金主義的であるにもかかわらず、幕末の外国人には道徳的に見えた。ということは、日本人は利己主義と利他主義を、経済と道徳を両立させるすべを自然と身に着けているのだろう。これは、日本人が大切にすべき資質の1つではないだろうか?

 (2)
 姜沆がいうように律令時代には日韓両国の体制は似たようなものであったかも知れない。しかし、姜沆のいう頼朝以来、法制史的にはむしろ『貞永式目』(1232年)の発布以来の日本は、李朝の韓国(1392~1910年)とは全く違う制度、中国文明を基準としてみれば、土俗文化の制度になっていた。

 それを簡単にいえば、日本は下剋上的混乱を重ねつつ、地方分権的体制を中央が何らかの形である程度、集権的に統制するという体制、簡単にいえば参勤交代制に帰結する方向に進み、一方韓国は極端な中央集権制で、地方分権になりそうな芽は徹底的に排除する地方長官の任期制と相避制へと進んだのである。従って地方分権の伝統は今でもなく、地方自治制を採用するか否かが今も問題になっている。
 姜沆は豊臣秀吉の文禄・慶長の役(壬辰・丁酉倭乱)で捕虜となり、3年ほど日本で過ごした韓国人である。彼は、その時の生活の様子を『看羊録』として著した。前述のように、幕末に日本を訪れた外国人が総じて日本に対して肯定的な評価を行っているのに対し、姜沆は立場が立場であるゆえ、日本を卑下する文章が目立つ。日本と韓国は同じように中国を手本として儒教化を目指したが、真の意味で儒教化に成功したのは韓国の方である、というのが姜沆の主張である。

 韓国は中国に忠実に倣って中央集権的な社会を構築した。これに対して日本は、中国のいいところだけを吸収して分権的な制度を独自に築いた。中国を絶対視する姜沆の評価に従えば、日本は遅れた国ということになる。しかし、本書を読む限り、山本は韓国的な集権社会よりも、日本的な分権社会の方を高く評価しているように感じる。

 明治時代の日本が政府主導で西欧化を進め、戦後の日本も政府主導でアメリカ化を進めて、それなりに大きな成功を収めたから、日本は中央集権的な国家であるかのように錯覚していた。ところが、(歴史を十分に検証する必要があるが、)日本の歴史の大部分は、引用文にあるように地方分権社会であったのかもしれない。

 こういう例えが適切かどうか解らないが、中央集権的な社会は円錐型、地方分権的な社会は多面体型である。中央集権的な社会では、強烈なリーダーシップを発揮するリーダーが円錐の頂点に立っている。彼の方向性が正しければ、円錐は非常に安定する。しかし、リーダーがひとたび方向性を間違えると、あるいは外部から大きな圧力がかかると円錐は倒れてしまい、起き上がることができない。無理に動かしても、頂点を中心にぐるぐる回るだけである。トップのリーダーシップが強すぎて、成功体験から抜け出せない状態とは、まさにこのことだろう。

 一方、地方分権的な社会では、多面体の各頂点にリーダーが存在する。それぞれのリーダーは自律的に動くため、多面体は全体としてどの方向に転がるか解らない。しかし、円錐のように倒れたら終わりということはなく、常にどこかに向かって動き続けている。外圧を受けても、別の方向へ転がることができる。集権型は、(かつての日本がそうであったように、)一時的に社会を安定させるのには向いているだろう。だが、持続的に社会を変化させるという意味では、分権型の方に軍配が上がる。山本が分権型を評価しているのは、こういう点ではないだろうか?

 (3)
 要約すれば次のようになるであろう。「日本人は”自然化された自然”によって形成され、”御威光”によってそれが保持されている秩序を、イデオロギーと無関係に自然的環境のように受け取り、それを”今の掟”として受容し、柔軟かつ誠実にそれに対応することによって摩擦を避け、その中で現実に社会に機能するもののみに価値を認め、その結果すべてを、経済性と有効性に還元しうる民族である」と。
 言い換えれば、日本は常に外部にお手本を求める国であり、お手本の中から役に立ちそうなものを取捨選択し、日本流にアレンジすることに長けている、ということである。日本は未来のある時点に理想像を設定し、そこから逆算して物事を考えることが非常に苦手だ。つまり、未来⇒現在という思考がない。日本人にあるのは「今、ここ」にすぎない。「今、ここ」を少しでもよくするためにどうすればよいか、その手がかりを外部に求める。日本人は現在だけを必死に生きている。そして、昨日のお手本が無益と解れば、それを潔く捨て去る(以前の記事「果たして日本企業に「明確なビジョン」は必要なのだろうか?(1)(2)」を参照)。

 日本の手本は、長らくの間中国であった。そして、明治維新以降の日本は、欧米にキャッチアップすることを目標としてきた。しかし、21世紀になって日本は未曾有の少子高齢化社会に突入し、キャッチアップする手本を失った。そこで、日本が自らこの課題を解決して、少子高齢化を迎える他の先進国の手本とならなければならない、一言で言えば、日本が「課題先進国」にならなければならない、と主張されるようになった。

 だが、私はそんなカッコいいことは日本にはできないと思う。未曽有の少子高齢化社会に突入したと騒ぎ立てても、少子化対策で一定の成功を収めたフランスのことを、日本は相も変わらず研究し続けるだろう。また、高齢化によって社会保障費が増えるならば、社会保障が充実している北欧の制度をあれこれと輸入するに違いない。2000年間従ってきた学習スタイルを今さら変更せよというのは無茶な注文である。

 諸外国に手本がないとなれば、日本は自らの歴史から教訓を引き出そうとする。上智大学の鬼頭宏教授によると、日本は過去4回の人口減少を克服してきたという(「第2回「日本が乗り越えてきた4つの人口の波」 鬼頭宏(歴史人口学者)|」〔nikkei BPnet、2011年10月26日〕を参照)。今後、これらの時代の研究が盛んになると予想される。ただ、我々はこういう生き方を恥じる必要は全くないと思う。むしろ、こういう生き方しかできないのが日本人なのである。


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