この月の記事
『叙述のスタイルと歴史教育―教授法と教科書の国際比較』―whyを問うアメリカ人、howを問う日本人
ASEAN諸国(ブルネイを除く)の平均賃金の推移(2008年~2013年)
日本政策金融公庫総合研究所『中小企業を変える海外展開』―日本企業の海外展開とその影響に関するアンケート

プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2014年11月29日

『叙述のスタイルと歴史教育―教授法と教科書の国際比較』―whyを問うアメリカ人、howを問う日本人


叙述のスタイルと歴史教育―教授法と教科書の国際比較叙述のスタイルと歴史教育―教授法と教科書の国際比較
渡辺 雅子 近藤 孝弘 深谷 優子 木全 清博 河崎 かよ子 J・ディルケス 王 淑英 岡本 智周 溝口 雄三

三元社 2003-12-01

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 本書で一番興味深かったのは、日米の歴史教育の違いであった。
 教師がどのような質問をどれくらいの量問うているのかを知ることは、日米の歴史の語り方の違いを把握するうえで示唆に富んでいる。(中略)歴史授業では両国ともに「何が/を(what)」のカテゴリーの質問が最も多かったことである。次に多かった質問は、米国では原因の特定を求める「なぜ(why)」であったのに対して、日本では出来事の展開や当時の状況、歴史上の人物の気持ちを問う「どのように(how)」という質問であった。
 具体的には、アメリカでは次のように授業が進む。
 N教諭が独立戦争を教えた時には、授業の最初の5分間で児童はその経緯について各自教科書を読み、残りの時間は次のような質問に答えることに費やされた。「アメリカの独立革命の結末は?そう、アメリカの戦争勝利です。これは言うなれば結果です。では、その原因は何でしょう?なぜアメリカは戦争に勝ったのでしょう?」N教諭は黒板の中央上部に「アメリカの勝利」と大きく囲み書きをし、その下に児童が答えた原因を書き出していった。原因結果の短い直接的な結びつきを強調した授業も観察された。
 一方、日本の歴史授業の風景はこうである。
 例えば、室町時代の導入の授業では、その前の時代である鎌倉と室町時代の建物や室内の写真を比べ、いかに2つの様式が異なるのか―どこが、どのように違うか―を写真から児童に読み取らせるのに45分間の授業すべてが費やされた。

 同様に、日本が封建制から近代国家へと移行する明治時代を紹介するために、江戸時代の日本橋界隈の浮世絵と明治時代の新橋周辺の錦絵を比較するのに、ひとコマの授業時間が費やされた。

 これらの授業では、新しい時代はいかなる時代であったのかという枠組みを最初から教師が与えるのではなく、絵や写真の細部の違いに注目させて、生活様式や技術の発達など様々な面の積み重ねを通じて時代の変化を理解させるという手法が取られていた。
 以前の記事「果たして日本企業に「明確なビジョン」は必要なのだろうか?(1)(2)(補足)」などでも書いたが、アメリカは未来のある地点にゴールを設定し、そこから現在へと逆算して考える国である。こうした思考方法は、教育現場にも浸透しているようだ。すなわち、独立戦争における勝利というゴールを設け、そのゴールに向かって何をすべきかを生徒に考えさせる。しかも、原因と結果の距離を可能な限り縮め、効率的に目的を達成することをよしとする。あらゆる選択肢が考えられるとしても、その中から最善のものを絞り込み、それ以外は勇気を持って捨て去る。アメリカの教育は、生徒の決断力を養うことを目的としている。

 それと比べると、様々な事実を積み重ねて時代の変化を理解させる日本の教育は、非常にまどろっこしく思える。しかし、これには日本なりの意図があると著者は分析する。
 現在学習するという行動は、目前にある結果とは直接結びつかず、知恵を使って良い社会を作るというある意味では高遠な未来の目標と結びつけられている。さらにその目標を達成する手段は、自己を抑制して、他人の立場を考えて、勉学に励んで、自ら考えて行動してと、多岐にわたる。

 この方法では、目的(結果)と到達するための手段(行動)は長い連鎖によってゆるやかにつながっているものの、現在の行動がどう意図した結果に結びつくのかは直接には見えにくい。そうなると、結果を速やかに達成しようと計画したり行動を起こしたりするよりは、目的に向かう「態度」や「心構え」が重視されるようである。
 以前の記事では、アメリカ人は未来⇒現在という考え方をするが、日本人には現在しかないと書いた。日本人は、よりよい未来が来ることを何となく信じながら、現在を懸命に生きることしかできない。まさに、人事を尽くして天命を待つという状態である。ただし、その「人事の尽くし方」に関しては手を抜くことが許されないのであって、目指す成果と直接的には関係がなさそうに思えること、具体的には礼儀作法や道徳的な規範についても、厳しく身を律することが要求される。

 以前の記事「『長の一念(『致知』2014年6月号)』―社員を動機づける目標は「手垢のついた泥臭い目標」かもしれない」で、常盤木学園高等学校の女子サッカー部監督である阿部由晴氏の記事を紹介した。阿部氏は、ハインリッヒの法則にヒントを得てユニークな目標管理を行っている。阿部氏が高校生に対して与える目標は何百にも及び、その中にはあいさつをする、整理整頓をきちんとする、といったものまで含まれる。

 これらの目標が試合の勝利とどのように関係するのか、理路整然と説明できる人はまずいないだろう。また、こんなにたくさんの目標を立ててしまっては、管理するだけで大変かもしれない。しかし、数多くの当たり前を積み重ねていったその先に、おそらく勝利があるのだろうと信じて、今ここを必死に生きるというのは、いかにも日本人らしい姿勢なのだ。逆にアメリカ人であれば、サッカーの試合を定量的に分析して様々な指標を編み出し、その中で勝利と最も因果関係の強い指標を特定して、その指標を改善するための練習にエネルギーを注ぐに違いない。

 ところで、アメリカ人も日本人も野球が好きなのだが、思考パターンがまるで異なる両者がどうして同じように野球に熱心になるのか、私なりに考えてみた。前述のように、アメリカ人はデータ好きである。野球は他のスポーツに比べて、多種多様なデータが集まる。さらに、年間の試合数も多いから、1年間で膨大なデータが蓄積される。それをお得意のITで解析して、勝利と結びつくKSF(Key Success Factor:重要成功要因)を絞り込む。

 MLBにセイバーメトリクスが導入された当初は、出塁率と長打率だけを重視すればよいという極端な戦略も取られた。守備に関しては、勝利との因果関係がはっきりしないという理由で、指標が重視されなかった。ビリー・ビーンの下でチーム改革を進めたオークランド・アスレチックスは、2000年代前半に黄金期を築き上げた(もっとも、セイバーメトリクスは日々進歩していて、アメリカでは守備面も含めて次々と新しい指標が生まれているようだ)。

マネー・ボール〔完全版〕 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)マネー・ボール〔完全版〕 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
マイケル・ルイス 中山宥

早川書房 2013-04-10

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 一方、日本ではアメリカほどセイバーメトリクスが浸透していない。もちろん、野村克也氏が言うように、配球のデータは重要であり、決してデータを軽視しているわけではない。ただ、日本の場合は、データよりも個々の選手が自分の役割をきちんと果たしているかどうかの方が大切とされる。野球では、試合中局面が変わるごとに、具体的には回が進む、ランナーが出る、もっと細かく言えば投手が1球投げるごとに、各選手に求められる役割が明確に定まる。例えば、広島カープの年俸査定項目は1,000以上に及ぶそうだ。それだけ、1人の選手がやるべきことは多い。

 その1つ1つを的確に遂行していれば試合に勝つことができる。逆に、つまらないところで小さなミスをすると試合に敗れる。どんな場面でも、今自分がなすべきことを判断し、目の前のプレーに全力を尽くす。そうすれば、勝利は後からついてくる。これが日本の野球である。野球という同じスポーツでありながら、一方はデータを駆使しながら重要ないくつかの指標にフォーカスしてマネジメントし、もう一方はそれぞれの選手に非常に多くの目標を課してマネジメントする。野球はこうした両方の見方ができるので、アメリカでも日本でも人気があるのではないだろうか?

《2014年12月1日追記》
 アメリカではMLB(ベースボール)、NFL(フットボール)、NBA(バスケットボール)、NHL(アイスホッケー)が4大スポーツと言われる。MLBだけ特別視するのはフェアではないと思い、他のスポーツについてもちょっと調べてみた。メディア・エンターテインメント企業大手で、ウォルト・ディズニー・カンパニー傘下のスポーツ専門チャンネルである「ESPN(Entertainment and Sports Programming Network)」のサイトを見ると、4大スポーツはいずれも"Statistics"のページが充実している(NFL StatisticsMLB StatisticsNBA StatisticsNHL Statistics)。

 MLBのセイバーメトリクスでは指標が非常に細かく設定されているのだが、NFLに詳しい人のサイトを読んでいたら、「データ収集はNFLの方が進んでいて、MLBがようやく最近になってNFLのレベルに追いついてきた」などといった記述も見られた。アメリカ人はデータ分析ができるスポーツが大好きなようで、逆にデータ分析ができないと人気が出ない。その証拠に、ESPNのサッカーのページには"Statistics"のページがない。ただ、アメリカが本気を出せば、サッカーの戦略を高度な分析手法で丸裸にするのはたやすいことであるような気がするが・・・。

《2014年12月25日追記》
 各スポーツに関する参考URL。
 ○NFLにおけるデータ分析
 アメリカンフットボールのデータ収集及び分析支援システム|情報処理学会
 ビッグデータの活用~データの分類「タグ付け」~|ビッグデータなう

 ○NBAにおけるデータ分析
 No.1は誰だ?|ワールドスポーツデータスタジアム
 NBAに本格到来した「マネーボール」の流れ|@ITk

 ○NHLにおけるデータ分析
 NHL statistics and data analysis services - Hockey Analysis
 QuantHockey - Complete NHL Stats

 ○サッカーにおけるデータ分析
 アメリカのサッカーにはStatsがないことは前述したが、ヨーロッパではデータ分析が進んでいるようだ。例えばドイツは、データ分析を基に「選手がボールを保持する時間を最小化する」というシンプルな目標を掲げて2014年W杯を制した。アメリカが本気を出すのはいつの日か?
 サッカーW杯優勝のドイツ代表が8年間改善してきた「数字」とは?|DIAMOND IT&ビジネス

 伊サッカー界を変える25歳:提供するのは「オンラインデータ分析サーヴィス」|WIRED

2014年11月27日

ASEAN諸国(ブルネイを除く)の平均賃金の推移(2008年~2013年)


 最近、ASEAN諸国(シンガポール、タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ベトナム、ミャンマー、カンボジア、ラオス)の人件費が高騰しているらしい。安い人件費を求めて生産拠点を海外に移転したのに、予想以上のスピードで賃上げが進んで経営が逼迫しているという声が聞かれる。いったい、各国の賃金はどのような状態にあるのか、JETROの「アジア主要都市・地域の投資関連コスト比較」で調べてみた(ただし、データがなかったブルネイを除く)。

<賃金絶対額の推移>
 単位は米ドル。プノンペン(カンボジア)は2010年、ビエンチャン(ラオス)は2011年からのデータを掲載。シンガポールが頭一つ抜けており、クアラルンプール(マレーシア)、バンコク(タイ)、ジャカルタ(インドネシア)、マニラ(フィリピン)が第2グループを形成している。これに続く第3グループがハノイ(ベトナム)、ヤンゴン(ミャンマー)、プノンペン(カンボジア)、ビエンチャン(ラオス)といった感じだ。最近は、タイの人件費が上昇していることを受けて、近隣のミャンマー、カンボジア、ラオスに生産拠点の一部を移管して水平分業するという動きが見られる。

ASEAN賃金推移(絶対・表)_製造業ワーカー(一般工職)
ASEAN賃金推移(絶対・グラフ)_製造業ワーカー(一般工職)

ASEAN賃金推移(絶対・表)_製造業エンジニア(中堅技術者)
ASEAN賃金推移(絶対・グラフ)_製造業エンジニア(中堅技術者)

ASEAN賃金推移(絶対・表)_製造業マネジャー(課長クラス)
ASEAN賃金推移(絶対・グラフ)_製造業マネジャー(課長クラス)

ASEAN賃金推移(絶対・表)_非製造業スタッフ(正規雇用の一般職)
ASEAN賃金推移(絶対・グラフ)_非製造業スタッフ

ASEAN賃金推移(絶対・表)_非製造業マネジャー
ASEAN賃金推移(絶対・グラフ)_非製造業マネジャー

<賃金相対額の推移>
 2008年を1とした場合の各年度の賃金を算出した。プノンペン(カンボジア)は2010年を、ビエンチャン(ラオス)は2011年を1とした。ヤンゴン(ミャンマー)の上昇幅が非常に大きい。各国とも、最低賃金を10%単位で切り上げる動きが見られるため、最新情報を確認する必要がある。

ASEAN賃金推移(相対・表)_製造業ワーカー(一般工職)
ASEAN賃金推移(相対・グラフ)_製造業ワーカー(一般工職)

ASEAN賃金推移(相対・表)_製造業エンジニア(中堅技術者)
ASEAN賃金推移(相対・グラフ)_製造業エンジニア(中堅技術者)

ASEAN賃金推移(相対・表)_製造業マネジャー(課長クラス)
ASEAN賃金推移(相対・グラフ)_製造業エンジニア(課長クラス)

ASEAN賃金推移(相対・表)_非製造業スタッフ
ASEAN賃金推移(相対・グラフ)_非製造業スタッフ

ASEAN賃金推移(相対・表)_非製造業マネジャー
ASEAN賃金推移(相対・グラフ)_非製造業スタッフ


2014年11月25日

日本政策金融公庫総合研究所『中小企業を変える海外展開』―日本企業の海外展開とその影響に関するアンケート


中小企業を変える海外展開中小企業を変える海外展開
日本政策金融公庫総合研究所

同友館 2013-07-03

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 本書は、日本政策金融公庫総合研究所が2012年8月に実施した「日本企業の海外展開とその影響に関するアンケート」の結果を分析したものである。冒頭で、経済産業省の「企業活動基本調査」(社員数50人以上かつ資本金3,000万円以上が対象)の結果が紹介されており、日本企業の海外展開の実態を知ることができる。それによると、海外に子会社・関連会社を保有する企業数は、1997年の3,505社から、2010年には5,081社へと増加している。輸出を行っている企業の数も、5,159社から6,409社へと増えている。また、同調査では、2009年から海外への製造委託についても尋ねており、2009年が1万2,938社、2010年が1万3,043社となっている。

 安倍総理は、「平成26年度中小企業・小規模事業者政策」の中で、政策の柱の1つとして「今後5年間で新たに1万社の海外展開を目指す」と宣言している。私は、本当に1万社が海外に出て行ってしまったら、国内の売上高も雇用も減ってしまうから、政府としては困るのではないか?と思っていた。以前の記事「平成26年度経済産業省予算案 中小企業関連政策のポイント」では、海外展開支援が政策の柱になっているにもかかわらず、予算が少なかったことから、政府は本気ではないのではないか?とも書いた。

 ただ、本書のアンケートを見ると、私の認識は間違っていたようである。海外展開企業と非展開企業で、最近3年間の国内事業の売上高、採算、社員数の増減を尋ねた結果、いずれの設問についても、増加傾向と答えた企業の割合は海外展開企業の方が高かった。いわゆる産業空洞化というキーワードは、実態には即していないようである。

海外展開企業と非展開企業の比較(1)

海外展開企業と非展開企業の比較(2)

 本書によれば、このアンケート結果は先行研究の内容と一致しているという。
 たとえば、樋口・松浦(2003)は、「企業活動基本調査」のデータをもとに製造業を対象とする分析を行い、①海外に製造子会社をもつ企業では、労働生産性や付加価値額が増加していること、②製造業全体で雇用が減る中でも海外に製造子会社をもつ企業では雇用の減少率が小さいことを指摘している。

 また、若杉ほか(2008)は、「企業活動基本調査」と「海外事業活動基本調査」のデータを使い、①輸出や海外直接投資を行っている企業は、それらを行っていない企業に比べて、雇用者数、付加価値、賃金、資本集約度、技術集約度が上回っていること、②輸出や海外直接投資を開始した企業はそうしていない企業に比べてもともと労働生産性が高いが、輸出や海外直接投資後にその差がさらに拡大することを明らかにしている。
 ただ、海外展開をするとなぜ業績がよくなるのか、とりわけ、なぜ雇用が増えるのかまでは、本書を読んでもよく解らなかった。単にコスト削減のために工場を海外に移転したり、製造業務を海外委託したりするならば、売上高・利益率は上がるとしても、社員数は減少するはずである。となると、雇用が増えるのは、コスト削減ではなく、海外の需要獲得を目的としたケースに限られる。

 輸出の場合、国内よりも大きな海外市場を狙うことで国内工場の拡張が必要となり、製造部門の人員増が見込めるであろう。また、貿易業務に携わる人材や、海外の販売パートナーをマネジメントする責任者も採用しなければならない。しかし、輸出を続けているうちに、相手国との貿易摩擦が問題になるケースがある。相手国は生産拠点を自国に移すよう圧力をかけてくる(かつての自動車産業のように)。また、経営的な視点からしても、製造拠点が市場から遠く離れた国内にあるよりも、市場に近い現地にあった方が、市場ニーズを製品に素早く反映させやすい。

 したがって、最初は輸出から始まったとしても、やがては生産拠点を国内から海外に移転し、それに伴って販売拠点も海外に移すことになる。その結果、国内の製造・販売部門の人員は減少するに違いない。頭で考えるとそうなるのだが、現実にはそれでも国内雇用が増えるのはなぜなのか?また、どのような戦略を描けば、国内の雇用を増やしながら海外展開をすることができるのか?この辺りをもっとよく考えていかなければならない。

 本書では、海外進出の目的別に事業の成果との関係を分析したデータが興味深かった。調査では、先ほど述べたコスト削減、海外需要の獲得という2つの目的に加えて、後者の派生形として、既往取引先への対応という目的を追加している。顧客企業から「海外に進出するので、一緒に海外に来ないか?」と要請されるケースである。この3つの目的別に、進出後の事業の成果との関係を調べたところ、コスト削減、海外需要の獲得を目的とした場合は成果が上がりにくかったのに対し、既往取引先への対応を目的とした場合は成果が上がりやすいという結果になった。

 確かに、初めから顧客が決まっている方がビジネス的には成功しやすいことは感覚的にも理解できる。国内で起業したり新規事業を立ち上げたりする場合には、顧客がいる状態で事業を興すべきというのが鉄則になっている。逆に、顧客がいないのに事業を始めるのは無謀である。海外事業でもこの鉄則は通用するようだ。

 ただし、取引先に要請されて海外に出て行ったのに、蓋を開けてみたら取引先からの注文が全く入って来ず、海外工場が稼働しなかった、という話をしばしば耳にする。取引先の1社、2社と事前に話がついていると、「進出後も顧客がいるから安心だ」と思ってつい有頂天になってしまう。しかし、取引先とて急に戦略の方向性が変わるのであり、自社との取引は必ずしも確約されたものではない。特定の取引先に過度に依存することなく、現地で他の日系企業にアプローチするなど、新規顧客を開拓する努力を怠ってはならない。

 製造業は低賃金の国を求めて製造拠点を転々とする傾向がある。数年前までは中国が一番人気だった。しかし、経済成長に伴って賃金が急上昇し、また日中関係の悪化もあって、今度はタイが注目された。ところが、タイも政治や自然災害のリスクがあるということで、今は別の国が模索されている。ニュースではミャンマーがアジア最後のフロンティアとして持ち上げられているけれども、海外に詳しい知り合いの話によれば、現在最もホットなのはインドネシアだという。

 グローバル経済を信奉するリベラルな経済学者は、その時点で最も低コストで生産できる国を探して、製造拠点をどんどん移転させるべきだと主張する。しかし、個人的にはこれはあまり現実的ではないと思う。製造拠点はそう簡単に他の国に移動させることができない。海外工場での勤務経験がある方の話によると、工場の建設に1年、工場責任者や現場のリーダーを現地で採用・育成するのに1年、現地のワーカーを採用・育成するのに1年ぐらいかかるらしい。だから、海外進出を決めてから最初の3年間は、事業として芽が出ないと思った方がよい。3年でようやく形になり、事業としてモノになるにはやはり5年、10年という長い時間がかかる。

 5年も10年も経てば、現地ワーカーの賃金が上がってしまい、コスト削減の効果がなくなってしまうのではないか?と言われるかもしれない。しかし、賃金が上がるということは、それだけワーカーの生活水準も上がるということである。そうなれば、その工場をコスト削減のための工場としてではなく、今度は現地市場向けの製品を製造する工場として位置づける。賃金が上がったので賃金が安い別の国に移ろうとすると、また一から工場をやり直さなければならない。そうではなく、最初はコスト削減を目的とした進出であっても、将来的には経済成長を見越して現地の需要獲得を目指すといった、長期的な展望を持つことが重要ではないだろうか?




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