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『小さなイノベーション(DHBR2015年6月号)』―イノベーションをめぐるよくある4つの問いに対する私見、他
戦略を立案する7つの視点(アンゾフの成長ベクトルを拡張して)(2/2)
戦略を立案する7つの視点(アンゾフの成長ベクトルを拡張して)(1/2)

プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2015年06月29日

『小さなイノベーション(DHBR2015年6月号)』―イノベーションをめぐるよくある4つの問いに対する私見、他


Diamond ハーバードビジネスレビュー 2015年 06月号 [雑誌]Diamond ハーバードビジネスレビュー 2015年 06月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2015-05-09

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 (1)本号を手がかりとして、イノベーションに関してよく見られる4つの論点について、私なりの見解を述べてみたいと思う。まず、イノベーションの定義をはっきりとさせておかなければならないのだが、先日の記事「戦略を立案する7つの視点(アンゾフの成長ベクトルを拡張して)(1)(2)」で書いた、「新市場創造戦略」、「代替品開発戦略」、「完全なるイノベーション」の3つをイノベーションと位置づける。簡単に言えば、未知の顧客・市場を切り開くか(「新市場創造戦略」、「完全なるイノベーション」)、顧客は既知だが既存製品を代替する新製品によって既存市場を破壊すること(「代替品開発戦略」)がイノベーションである。

 ①顧客の声は聞いた方がよいのか?リーダーの直観に頼った方がよいのか?
 通常、新製品を開発する際には市場調査を行う。しかし、イノベーションを起こすためには、市場調査は役に立たないと言われる。イノベーションとは顧客も気づいていなかった潜在ニーズに応えるものであるから、市場調査では顧客の声は解らないというのがその理由である。アップルは市場調査をあまり重視していなかったことで有名である。むしろ、スティーブ・ジョブズの直観やひらめきがイノベーションの源泉となっていた。

 顧客の声を聞きすぎるのはよくないと明確に否定する論者もいる。破壊的イノベーションを提唱したクレイトン・クリステンセンである。既存の大企業は、収益の大部分を占める重要顧客の声を大切にする。重要顧客の要求はレベルが非常に高いので、製品のスペックがどんどん上がっていく。しかし、あまりに製品が高度化してしまうと、そこまでの機能を必要としない顧客層が一定の規模で生まれる。破壊的イノベーターは、彼らをターゲットとして、性能や機能を簡素化した(その意味では技術的に退化した)製品を提供することで、市場を破壊するというわけである。

 「代替品開発戦略」の場合、ターゲットは既存顧客である。だから、顧客の声は大切にしなければならないと思う。その際、顧客が本当に解決したい問題は何なのかを注意深く聞くことが重要である。前述の記事で髭剃りの例を出したが、顧客の真のニーズは「髭をスムーズに剃ること」ではなく、「髭が生えないようにすること(それによって、朝の髭剃りの時間を節約すること)」かもしれない。深い顧客理解に基づき、製品をゼロベースで設計し直すことが必要になるだろう。

 「新市場開拓戦略」の場合は、既存顧客とは異なる属性の層がターゲットとなる。ピーター・ドラッカーの言葉を借りれば、「非顧客」である。ドラッカーは、顧客よりも非顧客の方が圧倒的に多いのだから、非顧客の声にこそ耳を傾けるべきだと主張した。私もこの見解に賛成である。今まで全く自社のターゲットとなっていなかった彼らが、自社の製品を使用するとしたら、どのような場面で、どんな使い方をするだろうか?自社の製品にどのような改良を加えたら、非顧客はその製品を使うようになるだろうか?このような問いを積極的に非顧客に投げかけなければならない。

 顧客の声を聞かなくてもよい、イノベーターの直観に頼った方がよいのは、「完全なるイノベーション」の領域だけであろう。まずは、イノベーターが個人的に非常に気に入った製品を開発する。そして、「この製品はこんなに優れている。私はこの製品の虜になっている」と熱心にアピールする。すると、イノベーターに感化されて、「その製品があると面白いかもしれない」と思う人たちが出てくる。その数が一定水準に達すれば、爆発的に製品が普及してイノベーションが成就する。アップルがたどった道はこんな具合ではなかっただろうか?

 ②社内の声は聞いた方がよいのか?
 イノベーションは従来にない取り組みであるから、社内で絶対に反対意見が出る。だから、社内の意見は聞かない方がよいという立場がある。むしろ、反対意見が出れば出るほど、よいアイデアである可能性が高いから、トップは迷わず実行すべきだ、と主張する経営者もいる。

 一方で、イノベーションに社内の知見を活用しようとする動きもある。旧ブログの記事「「みんなの意見」が案外正しくなるためには、個人が自立していないとダメ」、「企業経営に市場原理を入れてみよう!でもマネジャーの仕事はどうなる?-『経営の未来』」でも書いたが、社内から広くイノベーションのアイデアを募り、それを社員による投票などによって得点化して、評価が高いアイデアを実行する、という仕組みを導入しているアメリカ企業もある。市場原理を厚く信奉するアメリカ企業らしい取り組みである。

 「代替品開発戦略」は、既存製品の事業を破壊するものであるから、絶対に既存事業から反対される。また、「完全なるイノベーション」は、海のものとも山のものとも解らない分野に進出することになるため、これもまた社内から反対意見が出る。しかし、社員が反対するからと言ってやめるべき理由にはならない。イノベーションに取り組まない企業は、早晩他の競合他社に取って代わられる。だから、反対を押し切ってでもこの2つの戦略は実行しなければならない。

 これに対して、「新市場開拓戦略」の場合は、既存事業との利害相反が起きない。しかも、社員が慣れ親しんだ既存製品の売上高を拡大する取り組みであるがゆえに、社員が積極的に協力してくれる可能性が高い。よって、社員の意見をどんどん取り入れるべきである。

 ところで、前述のように、イノベーションに社員の集合知を活用しようとする企業が増えているが、個人的には限界があると思う。確かに、様々なアイデアのスクリーニングには役立つだろう。しかし、良質のアイデアを俎上に載せる上では、それほど有効ではない。市場メカニズムによって、アイデアがどんどん振り落とされることはあっても、アイデアがどんどん生まれるとは考えにくい。良質なアイデアは、イノベーションに真摯に取り組む個人の姿勢に負うところが大きい。

 ③社員はイノベーション専任か?兼任でよいか?
 勤務時間の一部をイノベーティブな活動に振り向けることを許可する施策として、グーグルの20%ルールや3Mの15%ルールがよく知られている。だが一方で、本号の論文「いま求められるのは、地に足のついた実行体制 イノベーション体制をたった90日で構築する」(スコット・D・アンソニー、デイビッド・S・ダンカン、ポンタス・M・A・サイレン)にある以下の指摘は注目に値する。
 ベンチャーキャピタル(VC)の支援を受けたスタートアップの約75%は、投資収益をいっさい生まずに終わる、という事実を考えてほしい。4年以内に消滅する割合が50%を超えているのだ。メンバー全員が全身全霊を傾けてこの結果である。片手間で成果が上がる見込みがはたしてどれだけあるだろうか。
 基本的に、イノベーターは専任にした方がよいというのが私の考えである。「代替品開発戦略」や「完全なるイノベーション」は、とても本業の片手間でできるようなものではない。この2つに関しては、専任のイノベーターが必要である。しかも、既存事業の中から最も優秀な人材を引き抜かなければならない。それによって、短期的な業績が犠牲になることに現場は難色を示すだろう。しかし、今、長期的な投資を行わなければ、長期的な業績が犠牲になる。現場の反対を押し切って、優秀な人材をイノベーションに配置する決断を下せるのは、経営者しかいない。

 ただし、「新市場開拓戦略」に関しては、兼任の方がむしろ望ましいかもしれない。既存製品を未知の市場に展開する戦略であるから、既存製品を熟知した人の方が、迅速に物事を進められる可能性が高い。経営者は既存事業のマーケティング担当者や営業担当者に、既存の顧客グループだけではなく、時には全く属性が異なる人々にアプローチするように促すとよいだろう。そして、非顧客の声を設計・開発チームにフィードバックする。時には、設計・開発のメンバーも、業務時間の一部を活用して非顧客に会いに行くとよいかもしれない。

 ④イノベーションの組織は、既存組織から切り離した方がよいか?
 イノベーションの組織は、既存組織から切り離すべきというのが、多くの論者に見られる傾向である(ドラッカーやクリステンセンを含む)。イノベーションは、成果が出るまでに時間がかかる。よって、既存事業と同じ業績指標(売上高、利益)で管理すると、イノベーションの芽が摘み取られてしまう。それに、イノベーションは社内からの反対を受けやすい。社内の雑音を気にせずに、イノベーションに集中できる環境を作るために、別組織として切り出した方がよいというわけだ。

 この理屈は、「代替品開発戦略」と「完全なるイノベーション」には当てはまるだろう。社内の反対が起きやすいし、イノベーターは専任でなければならないからだ。一方で、「新市場開拓戦略」に関しては、既存組織の中にイノベーションを位置づけた方がよい。既存顧客と未知の顧客という違いはあるものの、製品は基本的にほぼ共通している。したがって、マーケティング、営業、生産、物流など、何かと既存事業と連携した方が効率的な局面が多い。

 (2)ステファン・ミシェル「イノベーションには価値獲得が不可欠である 価値創造をキャッシュに変える5つの方法」は、イノベーションにおいては、新たな顧客価値の創造だけではなく、価値を獲得する、言い換えれば、提供した価値をキャッシュに変換することが重要であると説く。つまり、ビジネスモデルの構築を怠ってはいけないということである。

 論文では、価値獲得の5つの方法が紹介されている。主に、価格設定に関するものである。①価格決定メカニズムを変える、②費用負担者を変更する、③価格キャリア(※顧客が製品・サービスを構成する要素のうち、対価を支払う対象となる部分)を変更する、④支払いのタイミングを変える、⑤ターゲットとなるセグメントを変える、の5つである。

 旧ブログで4年ほど前に「【シリーズ】ビジネスモデル変革のパターン(全20回予定)」を書いたが、このシリーズを書くにあたって、ビジネスモデルを変える切り口として、①顧客を変える、②製品・サービスを変える、③販売チャネルを変える、④(顧客に製品・サービスを提供するための)ビジネスプロセスを変える、というマーケティング的な視点を4つ想定していた。しかし、1つ重要な観点が抜けていたと後悔しながら4年が過ぎてしまった。それが、⑤価格を変えるというものである。本論文の価値獲得の方法は、20の変革パターンに追加した方がよいかもしれない。

2015年06月25日

戦略を立案する7つの視点(アンゾフの成長ベクトルを拡張して)(2/2)


 (前回の続き)

 《参考記事(旧ブログ)》
 【シリーズ】ビジネスモデル変革のパターン(全20回予定)

戦略を立案する7つの視点

 ⑤新市場開拓戦略とは、既存の製品を活用して、新規の市場を切り開く戦略である。ただし、既存の製品がそのまま新規の市場に通用するとは考えにくいため、既存の製品を多少変更する必要はある。新市場開拓戦略としてまず挙げられるのが、「破壊的イノベーション」で知られるクレイトン・クリステンセンの「ローエンド型破壊」や「新市場型破壊」である。企業は製品の付加価値向上を狙い、こぞって性能アップを目指す。ところが、あまりに性能が上がりすぎると、そこまでのレベルを期待していない顧客層が生まれる。彼らをターゲットに、既存製品の性能を落としたり、機能を絞り込んだりした製品を販売すると、一気に受け入れられることがある。

 「ローエンド型破壊」や「新市場型破壊」は、個人的には意外と高度な戦略であると思う。もっと手軽にできる方法としては、旧ブログの記事「【第4回】全く異なる属性の顧客を狙う―ビジネスモデル変革のパターン」で述べたように、反対の属性の顧客に狙いを定める、というものがある。非常に安直な発想だが、男性向けの製品を女性向けに、若者向けの製品を高齢者向けに販売する、といった具合だ。だが、中には比較的成功しやすい逆転の発想のパターンもある。

 例えば、BtoBから始まった企業がBtoCでも成功することがある。一般的に、法人顧客は個人顧客に比べて要求水準が厳しいため、製品の完成度が高くなる。それを、個人顧客の要求レベルに合わせて上手く調整すれば、個人顧客にも受け入れられるようになる。日本通運は、陸運元会社として創業し、法人向けの貨物輸送・物流業務を得意としていたが、一方で1977年に開始した「ペリカン便」でも成功した(その後、JPエクスプレスに移管)。もちろん、顔の見える限られた顧客とじっくりビジネスを行うBtoBと、不特定多数の顧客を相手に迅速にビジネスをしなければならないBtoCでは、求められるビジネスモデルが異なる点は言うまでもない。

 富裕層向けの製品を一般消費者向けに展開するという方法もある。リチャード・コニフ『金持ちと上手につきあう法』(講談社、2004年)によると、富裕層の「顕示的消費」が人々の生活を豊かにしたという。富裕層は、プラスティック、水洗トイレ、陶器、ガラス、自動車などの最初の購入者となった。それをうらやましく思った多数の一般消費者からのプレッシャーによって、数多くの高級技術が実用技術へと変容し、やがて一般消費者にも手が届くようになったというのだ。よって、今は富裕層しか消費していない製品の中に、将来のヒット製品が隠れている可能性がある。

金持ちと上手につきあう法  「ザ・リッチ」の不思議な世界へ金持ちと上手につきあう法 「ザ・リッチ」の不思議な世界へ
R・コニフ

講談社 2004-03-16

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 軍事技術を民生技術に転用するという道もある。コンピュータはもともと弾道計算が目的であったし、電子レンジはアメリカのレイセオン社のレーダー開発が発端である。インターネットについても、ソ連からの核攻撃を想定し、仮に核攻撃を受けても指揮能力を喪失しないようにするために、分散処理システムとしての現在のインターネットの原型が誕生したという俗説がある。アメリカは財政赤字などを理由に軍事費を削減しているが、軍需産業を手放すことは絶対にないだろう。軍事技術から重要なイノベーションが生まれることをよく知っているからだ。

 既存の製品を未知の市場で展開する方法には、海外展開も含まれる。ただし、日本ではよく知られた製品でも、海外では初めて見る製品であるから、それが受け入れられるには長い時間がかかるし、場合によっては大幅なローカライズも必要である。日本のコンビニは今や世界各国に進出しているが、現地の習慣に合わせてカスタマイズされている。例えば、インドネシアでは家族で買い物に出かけ、お店で買ったものをその場で食べる習慣がある。そこで、インドネシアに進出したコンビニは2階建てとし、2階を食事スペースとしている。

 逆に、インドネシアに進出したある100円ショップから、1つ失敗談を聞いたことがある。この100円ショップは、オペレーション効率を優先し、日本とほとんど同じ製品ラインナップにした。ところが、その中にはカブトムシ用の虫かごと虫取り網が含まれていた。現地のインドネシア人によれば、インドネシアにはカブトムシはいないし、昆虫を捕まえて家で飼うという習慣もないという。

 ⑥代替品開発戦略は、新規市場開拓と同時に既存市場を破壊するという意味で、非常に危険な戦略である。しかし、放っておけば誰かが代替品を開発して、自社のビジネスを破壊するに違いない。よって、痛みを伴うとしても、着手せざるを得ない領域である。最も予測しやすい代替品は、大幅な技術革新によって、性能などが飛躍的に変化するものである。ガソリン自動車から電気・水素自動車への転換は最たる例だろう。顧客層自体は変化しないが、技術的には全く別物となる。しかも、電気・水素自動車は、ガソリン自動車に取って代わる存在である。

 2つ目のパターンは、顧客の同じニーズを別の手段で満たすような代替品の開発である。以前、マンガ雑誌社の人から、「社会人男性に雑誌が売れなくなった」という嘆きを聞いたことがある。雑誌不況も一因なのだが、一番の原因は「スマホが普及したこと」であると分析していた。結局、電車でマンガ雑誌を読んでいる大人にとって、マンガの中身が重要なのではなくて、目的地に着くまでの暇つぶしができることが重要だったわけだ。そして、スマホは暇つぶしの道具として最適であり、マンガ雑誌を駆逐してしまった。この教訓から学ぶことは多いと思う。

 ここまでの2つの話は、既存顧客のニーズをいわば対処療法的に解決するものである。代替品開発戦略の3番目は、顧客ニーズを根源的に解決する。最近、電車で髭剃りの広告をよく見かけるのだが、髭剃りの広告は10年前から切れ味のよさを訴求するだけで、内容的にはあまり変わっていないように感じる。髭剃りは、「伸びた髭を剃る」というニーズを解決するものである。しかし、顧客の根本的なニーズは、「髭が生えないようにする」ことかもしれない。よって、髭を毛根から死滅させる塗り薬が発明されたら、髭剃り市場は一気に縮小するのではないだろうか?

 未知の市場を今までに存在しなかった製品で開拓するのは、⑦完全なるイノベーションである。この分野ははるかに難易度が高く、どんなアプローチがあるのか、私には十分なアイデアがない。顧客の潜在ニーズから出発するか、先行する技術シーズから出発するか、そのどちらかなのだが、具体的にどう検討すればよいのか、今後もっと詰める必要がある。ただ1つ、完全なるイノベーションとは言えないかもしれないけれども、「日本には存在しないが海外に存在する製品を日本に持ち込むことで、日本国内の市場を切り開く」という方法があることを指摘しておきたい。

2015年06月24日

戦略を立案する7つの視点(アンゾフの成長ベクトルを拡張して)(1/2)


 《参考記事(旧ブログ)》
 【シリーズ】ビジネスモデル変革のパターン(全20回予定)

 上記の「ビジネスモデル変革のパターン(全20回)」シリーズといい、今日これから書く記事といい、戦略というものをエレガントに描き上げる力が私にはどうも欠けているようだ。だから、私は戦略コンサルタントには向いていないと思う。そう自覚してながら、敢えて戦略について書くことをどうかお許しいただきたい。

 戦略コンサルタントには向いていないと言いながらも、ありがたいことに戦略立案のコンサルティングの仕事は舞い込んでくる。たいていの場合、コンサルタント側も顧客企業側も、単体の製品・サービスもしくは単独事業の戦略立案を目指している。しかし、企業というのは、全体を見渡しながら戦略を構想しなければならない。その全体感をとらえられるフレームワークはないものかと思案した結果、アンゾフの「成長ベクトル」を変形した以下のアイデアにたどり着いた。

戦略を立案する7つの視点

 まず、戦略の最も基本的な目的として、企業は既存の顧客に対して既存の製品・サービス(以下、単に製品と記す)を再購入してもらわなければならない。そのための戦略が、①リピート購入戦略である。だが、どんなに既存顧客を囲い込み、リテンションに努めても、一定の割合で既存顧客は離反してしまう。また、リピート購入だけでは企業の成長が見込めない。よって、競合他社から顧客を奪う戦略も必要となる。これが、②市場シェア拡大戦略である。この2つの戦略を考えていない企業はまず存在しないだろう。

 企業が単一の製品だけで成長を遂げるのには限界がある。それに、ある日突然、その製品の代替品が登場したら、その企業は一発でアウトである。そういう事態を避けるために、企業は周辺製品への進出を検討しなければならない。既存の顧客に対し、既存の製品と関連がありそうな新規製品を提供する。顧客が財布の中から自社に支払う金額を増やすという意味で、③ウォレットシェア拡大戦略と呼ぶ。具体的には、旧ブログの記事「【第5回】顧客の隣接する消費行動を押さえる―ビジネスモデル変革のパターン」、「【第6回】顧客のライフステージを押さえる―ビジネスモデル変革のパターン」で書いたような戦略が該当する。

 アンゾフの成長ベクトルでは、新規顧客に新規製品を提供する④多角化戦略はリスクが高い禁じ手であるとされる。しかし、自社のターゲット市場が一瞬にして消え去る可能性もある今日では、リスクヘッジとしての多角化も十分検討に値する。多角化戦略には、大きく分けて外部環境アプローチと内部環境アプローチがある。

 外部環境アプローチで最も単純な方法は、マクロ的に見て高い成長が見込める業界に参入することである。現代であれば、高齢者や環境などをテーマにしたビジネスが容易に思いつく。もう1つの外部環境アプローチは、輸入超過に陥っている製品に着目することだ。輸入超過であるということは、国内に確実にニーズがありながら、それを充足する企業が足りていないことを意味する。競合他社に先んじてその分野に参入すれば、勝機がある。例えば、以前の記事「『ベンチャーとIPOの研究(一橋ビジネスレビュー2014年AUT.62巻2号)』―マクロデータから見る事業・起業機会のラフな分析」で挙げた医療機器などがこれに該当する。

 内部環境アプローチの1つ目は、経営資源の有効活用である。その好例は、富士フィルムであろう。デジタルカメラの台頭によって(その一翼を富士フィルムも担っていたわけだが)、カラーフィルム市場は年10%以上も減少した。この危機的状況を救ったのが、フィルム技術の転用による化粧品市場への進出であった。現在の富士フィルムは、デジタルイメージング、ヘルスケア、高機能素材、グラフィックシステム、光学デバイス、ドキュメントの6つを重点事業領域としている。

 もう1つの内部環境アプローチは、経営ビジョンを起点とするものである。かなり古い事例になるが、NECは1970年代に「C&C(コンピュータ&コミュニケーション)」というビジョンを描いていた。C&Cというコンセプト自体にはそれほど新鮮味はないのだが、NECの戦略を大きく転換させるのに十分な役割を果たした。当時のNECは、NTTに通信機器を供給するのが主たる事業であった。ところが、C&Cを標榜したことで、NECは企業をターゲットとし、コンピュータ、通信、電子部品を融合させたソリューションを提供する企業へと変化したのである(ゲイリー・ハメル、C・K・プラハラード『コア・コンピタンス経営』〔日本経済新聞社、1995年〕)。

コア・コンピタンス経営―未来への競争戦略 (日経ビジネス人文庫)コア・コンピタンス経営―未来への競争戦略 (日経ビジネス人文庫)
ゲイリー ハメル Gary Hamel C.K. プラハラード C.K. Prahalad 一條 和生

日本経済新聞社 2001-01

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 ①~④は、国内に既に市場が存在していることを前提とし、その市場を取り込む戦略であることから、マーケティングの範疇に入る。一方で、これから述べる⑤~⑦は、国内や海外で未知の市場を創造することを目的としているので、イノベーションである。マーケティングとイノベーションの違いは、論者によっててんでバラバラなのだが、私自身はこのような使い分けをしている。

 (続く)




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