この月の記事
「アセアン進出対策セミナー」(川崎商工会議所主催)に参加してきた
【城北支部国際部オープンセミナー】「中小企業診断士による国際展開支援事例から、支援のありかた、診断士の役割を学ぶ」
【ドラッカー書評(再)】『イノベーションと起業家精神(下)』―イノベーションの保守思想

プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2015年12月30日

「アセアン進出対策セミナー」(川崎商工会議所主催)に参加してきた


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 (※写真はベトナム・ホーチミンの夜の風景。まさにカブ天国)

 川崎商工会議所主催の「アセアン進出対策セミナー」に参加してきた。その内容のメモ書き。

 (1)1985年のプラザ合意以降、日本の製造業はASEANの中でも比較的経済成長が進んでいたシンガポール、マレーシアに進出した。その後、90年代には中国への進出がブームとなったが、2000年代に入ってからはタイやベトナムへの進出が増加している。2020年までには、ASEAN各国を点で捉えるのではなく、ASEAN全体を面で捉える戦略が必要になる。

 2015年末にはASEAN共同体が発足し、その下部組織であるASEAN経済共同体(AEC:ASEAN Economic Community)の下でASEANが経済的に統合される。具体的には、単一の生産拠点、単一の消費市場が生まれ、ヒト・モノ・カネの自由化が実現されると言われる。ところが、ASEANはモノの自由化にはかなり本腰を入れて取り組んでいるのに対し、ヒト・カネの自由化はあまりやる気がないようである。ASEANの大半は第2次世界大戦後に独立したばかりの新興国であり、EUのように国境をなくす方向にはなかなか進まないと考えられる。

 (2)(1)の繰り返しになるが、1985年以降日本企業はASEANや中国へと進出した。そのため、中国やASEANの輸入に占める日本の割合は低下傾向にある。一方で、中国企業のASEAN進出はそれほど進んでいない。中国企業はASEAN企業から原材料・部品を輸入して完成品を製造し、世界中に輸出している。よって、中国の輸入に占めるASEANの割合は比較的高い。

 ASEANは、日本、中国、韓国、インド、オーストラリアとFTAを締結している。ASEANはまず中国とFTAを締結した上で、日本に対し「日本から中国に輸出すると関税がかかる。日本からASEANを経由して中国に輸出すれば、関税をゼロにできる」と働きかける。ASEANはこれと同じことを他国にも言い、次々とFTAを締結している。FTAに関しては、ASEANが扇の要の役割を果たし、ホストのように振る舞っている。問題は、FTAを個別に締結していることで、原産地証明書のフォーマットがバラバラになっていることである。この点は、RCEPによる解消が期待されている(ただし、RCEPはインドが自由化に反対するなど、交渉が難航している)。

 (3)日本企業の関係者は視察ミッションで現地を訪れることがあるが、視察ミッションで見る都市の生活は、その国の平均からはかなりかけ離れていることに注意する必要がある。ASEAN諸国の都市化率はまだまだ低い。大半の国民はまだ農村部に暮らしており、その暮らしぶりは都市部とは全く異なる。日本の都市―地方の感覚をあてはめると、例えばバンコクで1,000円のラーメンが売れていれば、バンコクから離れた地方では700円ぐらいのラーメンが売れると考えたくなる。しかし、実際には、タイの地方で700円のラーメンは売れない。

 (4)みずほ総研の「2015年2月アジアビジネスアンケート調査結果」によると、近年中国を重視する日本企業が減少しているのに対し、ASEANを重視する日本企業の割合は高水準で推移している。ところが、拠点別の収益満足度を見ると、ASEANは2010年以降下落傾向にある。インドネシアでは緊縮財政によって景気が減速していることや、タイでは軍事クーデターで政治が混乱していることなどが影響していると考えられる。

日本企業の「今後最も力を入れていく予定の地域」のトレンド
拠点別に見た日本企業の収益満足度DIの推移

 (5)経済同友会の「企業経営に関するアンケート調査」(2010年8月)の中に、日本企業のグローバル化推進にあたっての課題を海外売上高比率別に尋ねた項目がある。これによると、海外売上高比率が上昇するにつれて、「グローバル化を推進する人材の育成」を課題として挙げる企業の割合が高くなる。海外事業が成長すれば、人材プールが大きくなり人材に困らなくなるように思えるが、実態はその逆であるようだ。

グローバル化の推進に当たっての課題

 (6)株式会社ジェイエーシーリクルートメントは、日系企業のアジアにおける人材採用を支援する企業である。ASEANは日本とは人材採用のスピード感が全く異なる。タイでは、同社に求人登録してから1か月以内に転職先が決まる人の割合が半分以上に上る。

 日本の感覚で、1次面接と2次面接の間を1~2週間ほど空けてしまうと、その間に求職者に逃げられてしまう。1次面接官には、面接の場で2次面接の日程を決定する権限を与えるなど、工夫が必要である。面接の合否判定に本社の決裁が必要な場合は、Skypeで現地と本社をつなぎ、本社が迅速に決裁を下せるようにすることも重要となる。

 (7)(6)のように時間に厳しい面がある一方で、日本では考えられないほど時間にルーズな側面もある。インドネシアのとある日系企業は、総務マネジャーを採用する際に、求人広告を使って400名の応募を集め、そのうち書類審査で60名を通過させた。しかし、連絡がついたのは半数の約30名、さらに時間通り面接に来たのが20名だったため、結果的にその20名から3名を選んで最終面接に進めたという。インドネシアには「時間は伸び縮みするもの」という考え方があり、時間をあまり守らない傾向がある(ただし、書類通過者が面接に来なかったのは、他の企業から早く面接の連絡が入り、そちらを選択したからだとも考えられる)。

2015年12月28日

【城北支部国際部オープンセミナー】「中小企業診断士による国際展開支援事例から、支援のありかた、診断士の役割を学ぶ」


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 私が所属する(一社)東京都中小企業診断士協会 城北支部国際部で、中小企業のグローバル化支援を行っている、または今後行う予定の中小企業診断士向けに、オープンセミナーを開催した。中小企業基盤整備機構(中小機構)で海外展開支援の専門家としてご活躍されている診断士、中小企業と直接的に海外進出支援コンサルティングの契約を結んでいらっしゃる診断士を講師にお招きした。以下、セミナー内容のメモ書き。

 (1)1人目の講師は、中小機構で海外展開支援の専門家を務める診断士であった。中小機構の専門家には大手商社のOBが多く、講師がおっしゃるには「海外に詳しい猛者ばかり」だという(この講師の海外経験は、中国で5年ほどしかないそうだ)。商社OBは海外経験が長いだけあって、現地の法制度やビジネスの仕組みに非常に詳しい。言い換えれば、進出後の”How”に強い。そういう商社OBと差別化を図るために、この講師は進出前の”Why”を大切にしているという。海外進出をしたいという中小企業経営者に対して、講師は次のように理由を掘り下げる。

 経営者:「最近、国内の売上高が減少傾向にあるため、海外に進出しようと思います」
  ⇒講師:「業種、地域、製品・サービス別に売上高の推移を分析しましたか?」
 経営者:「実は、親会社が海外について来いと言っているのです」
  ⇒講師:「親会社はどこまで自社への発注を保証してくれていますか?」
 経営者:「親会社からの発注がなくても、日本ブランドは海外で強く、チャンスだと思います」
  ⇒講師:「最近はインバウンド需要も増加していますが、そちらには対応しないのですか?」
 経営者:「急激に円安になったため、海外に出るなら今しかないと考えています」
  ⇒講師:「では、円高になったら日本に戻ってくるつもりでしょうか?」
 経営者:「本当のことを言うと、海外事業を成功させて自分の求心力を高めたいのです」
  ⇒講師:(やっと本音を話してくれた)

 海外進出の理由について深く切り込んでいくと、実は経営者の個人的な動機に基づいている、というケースは決して少なくない。個人的な動機の有用性を否定するつもりは毛頭ないのだが、個人的な動機だけでは海外事業を成功させることは難しい。まず、個人的動機に基づく海外戦略はいかに脆弱であるかを経営者に認識してもらう。その上で、海外で通用する戦略を経営者と一緒に組み立てていくのが専門家の仕事だという。

 (2)中小機構の海外展開支援は、日本国内における海外戦略立案のフェーズと、現地調査を実施するフェーズに分かれる。以前は、後者のフェーズを重視しすぎていたという。例えば、ベトナムに進出したい中小企業に対しては、北部5か所、南部5か所、計10か所を回るような視察を提案していた。しかし、これでは10か所回ることが目的となってしまい、候補地を効果的に絞り込むことができない。まずは、ベトナム南北のどちらにするか決める。その上で、立地や地盤などの条件を調べて2ケ所ほどに絞り込んでから視察に出かけるべきである(以前の記事「「海外ビジネス進出セミナー」で学んだこと(1)(2)」でも似たようなことを書いた)。

 現地調査で最も苦労するのは、現地企業にアポイントを取ることである。中小機構は現地のアドバイザーとパートナー契約を結んでおり、彼らにアポ取りを依頼している。それでも、当日訪問したら担当者がいなかったり、「アポの話を聞いていない」と面会を拒否されたりする。そのため、必ず予備の訪問先を用意しておく。ちなみに、海外に視察に行く場合は、日本大使館や領事館も訪れるとよい。講師によれば、日本大使館などにはそれほど重要な情報はないのだが、「身体検査をして領事に会える」ことに喜びを感じる経営者が多いのだという。

 (3)(2)とも関連するが、1回目のアポイントは中小機構の専門家や現地アドバイザーが取ってくれる。だが、2回目以降のアポイントは自分で取るという姿勢が必要である。あまりに当たり前の話なのだが、これができない中小企業は意外と多い。海外の展示会に出展したある企業は、ブースで現地企業の関係者と名刺交換した後、注文がないことを嘆いていた。しかし、よく話を聞くと、その企業は名刺をもらっただけで、何のフォローもしていなかった。当然のことながら、こちらから電話やメールで連絡を取り、商談のアポイントを取らない限り、絶対に進展はない。

 日本の展示会もそうだが、ブースの前をたまたま通りかかった人に自社製品・サービスを売り込むのは至難の業である。よって、事前にターゲット顧客をリストアップし、展示会の案内状を送付して、ブースに来てもらえるように誘導しなければならない。海外の場合は、中小機構の現地アドバイザーや信用調査会社に現地企業のリストを作ってもらうことが有効である。

 (4)海外に製造子会社を設立すると、日本の工場長クラスが現地法人の社長として派遣される。海外子会社の社長は、日本の工場長とは比べ物にならないほど忙しい。人事・労務管理、総務、経理処理など、製造以外の仕事も行う必要がある。ところが、海外子会社の社長に対し、本社は従来通り工場長として接する傾向がある。すると、OKY問題が発生する。海外子会社の社長からすれば、「OKY=お前、来てやってみろ」と本社に言いたくなるのである。

 本社は、海外子会社の社長の忙しさに配慮しなければならない。本社は、海外の様子が解らないからと言って、海外子会社の社長にいちいち報告させてはならない(報告業務は、本社が想像する以上に現地の負担となっているものだ)。現地のことを知りたければ、本社が現地に出向いて聞きに行くことが大切である。海外子会社の社長を多忙にしないことは、海外子会社の社長が突然の急病で倒れるといった不測の事態を防ぐことにもなる(この話も、以前の記事「「海外ビジネス進出セミナー」で学んだこと(1)(2)」で書いた内容に通じるところがある)。

 (5)海外で自社製品・サービスを販売するには、現地のパートナー企業を探し、販売店・代理店契約を締結する。だが、パートナーが見つかれば簡単に製品・サービスが売れるようになると勘違いしている中小企業は少なくない。販売店・代理店の役割は、あくまでも「売れる製品・サービスの拡販」である。「売りにくい製品・サービスを売れるようにする」ことではない。日本の販売店・代理店でさえ、売りにくい製品・サービスを売れるようにしてくれるところは例外的である。

 日本でもできないことを海外で望むのは無謀だ(この話に限らず、日本では難しいことが海外では簡単にできると錯覚してしまうことはよくある)。「売りにくい製品・サービスを売れるようにする」のは、自社の役割である。それでもなお、売りにくい製品・サービスを販売店・代理店に売ってもらいたければ、国内以上の労力と費用をかけて、販売店・代理店を育成する必要がある。

 (6)海外販路開拓においては、海外向けWebサイトの構築が必須である。海外の人は、日本人が思っている以上にWebサイトをよく見ている。Webサイトがない企業とは取引しないと明言する外国人も多い。逆に、日本企業が海外企業と取引する場合には、海外企業のWebサイトがあるからと言って安心してはならない。Webサイトはあるが、Webサイトに書かれている住所にはオフィスがない(つまり、会社としての実体がない)ことがある。こういう詐欺的な企業を見破るには、信用調査会社を活用するのが一手である。

 言うまでもなく、日本と海外では価値観や嗜好が異なるため、海外の事情に配慮しなければならない。例えば、日本では挿絵やイラストを多用するが、欧米人は子どもっぽいと感じて敬遠し、むしろ写真や文章を好む。また、表示言語を切り替えるために国旗のアイコンを並べることがあるが、国旗の侮辱だと受け取る人もいるので要注意だ。Web制作会社を選ぶ際には、単に外国語に翻訳するだけの会社(そういう会社は、たいてい翻訳を外部の翻訳家に丸投げしている)ではなく、外国の事情を考慮して外国用のWebサイトを作ってくれる会社を選ぶべきである。

 (7)2人目の講師は、中小企業と直接的に海外進出支援コンサルティングの契約を結んでいる方であった。最近、「チャイナプラスワン戦略」としてASEAN諸国が注目されている。ASEAN諸国は親日国が多いとされるが、この講師はその見方に疑問を呈していた。人間の欲求は経済成長とともに変わる。10年前の中国人は、勤勉で残業もいとわない、家は狭くても文句は言わない、社宅に冷房をつけると「そのお金を賃金に回してほしい」と申し出るなど、日本人にとって非常にビジネスがしやすい相手であった。だが、現在の中国人は、食堂の食事がまずいと言って暴動を起こす。ASEAN諸国も、経済が成長すればストライキや暴動を起こす可能性がある。

 講師は、中国の13億人の市場はやはり捨てがたいと語っていた。私もこの見解には同意する。世界銀行は毎年、各国のビジネス環境をランキング化しているが、実はASEAN諸国は軒並み中国よりはるかに順位が低い。最近、CLM(カンボジア、ラオス、ミャンマー)の労働コストの安さに惹かれて、この3国への進出を検討する中小企業が増えている。しかし、初めての海外進出のターゲットをCLMに設定するのは、あまりにリスクが高い。まずは、比較的進出しやすく、かつ市場が大きい中国に進出して海外経験を積むというのが定石であるように感じる。

 (8)ブログ別館の記事「下川裕治『本社はわかってくれない 東南アジア駐在員はつらいよ』」で、ASEAN各国の人々の特徴について書いたが、講師から教えていただいた情報を追加する。

 ①タイ・・・人前で叱るのはタブーである。特に、人格を否定するような叱り方は絶対にやってはいけない。人格を否定されたタイ人は、仲間と一緒に殺しにやってくる。
 ②ベトナム・・・非常に自意識が過剰で、何でもすぐに「できます」と答える。英語ができるベトナム人を採用しようとして、応募者に「英語はできるか?」と尋ねたところ、「できます」と言ってきた。そこで「英語で自己紹介してください」と言ったら黙り込んでしまった。「英語ができると言ったではないか?」と問い詰めると、「半年後にはできるようになります」と答えたという。
 ③ミャンマー・・・後から序列をつけられるのを嫌がる。ワーカーとして採用した人たちの中から、能力が高い特定の人をリーダーに昇格させようとすると、「私は皆と一緒に働きたいので、ワーカーのままでいい」と言ってくる。それでも無理に昇格させると、昇格したリーダーも、昇格させた人事担当者も、残りのワーカーから嫌われる。リーダークラスを作りたいのであれば、面接の段階から「この人はリーダーにする」と決めておく必要がある。

 (9)ベトナムは建前上サービス業が外資に開放されているが、現在ホーチミンでは飲食店の許認可が下りない。当局の担当者がのらりくらりと処理を引き延ばすうちに担当者が異動になり、新たな担当者と一から交渉をしなければならない。これが繰り返されているのが実情のようだ。この問題はJETROなども認識しており、当局と交渉中だという。

 いわゆる「袖の下」を渡せば許認可が下りるのではないか?という質問が出たが、袖の下を渡しても許認可が下りないらしい。ちなみに、袖の下に関しては、日本人は違法と認識するのに対し、現地の人はそれほど違法だとは思っていない。当局の担当者は、「自分が許認可を与えた、投資奨励策に基づく特典を与えたのだから、その対価をもらってしかるべきだ」と考える。

 別のセミナーで、中国での駐在経験がある講師が、駐在時代に1,000円程度の「交通カード」(昔日本でも使われていたプリペイド型の乗車券)を何枚か常に持ち歩いていた、という話をしてくれた。当局の担当者と交渉する時、書類の間に交通カードをそっと紛れ込ませておく。これだと、袖の下ではないかと指摘を受けても、「うっかり紛れ込んでしまった」とごまかすことができる。

2015年12月25日

【ドラッカー書評(再)】『イノベーションと起業家精神(下)』―イノベーションの保守思想


「新訳」イノベーションと起業家精神〈下〉その原理と方法 (ドラッカー選書)「新訳」イノベーションと起業家精神〈下〉その原理と方法 (ドラッカー選書)
P.F. ドラッカー Peter F. Drucker

ダイヤモンド社 1997-11

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 ドラッカーのイノベーション理論は非常に保守的である。この点で、日本人受けがいいのかもしれない。以前の記事「【ドラッカー書評(再)】『イノベーションと起業家精神(上)』―変化を活かすのか?変化を創るのか?」でも書いたが、イノベーションと言うと普通はイノベーターがリーダーシップを発揮して変化を”作り出す”ものだと思われている。ところが、ドラッカーは、産業構造、人口構造、社会の価値観の変化などを”利用すれば”よいと指摘した。しかも、イノベーターは変化の理由を知る必要もないという。変化の理由を分析するのは学者の仕事だと言いたいのだろう。本書からも、ドラッカーの保守的な思想をいくつか読み取ることができた。
 企業であれ、社会的機関であれ、最も起業家精神に乏しく、最もイノベーションの体質に欠けているのは、むしろごく小さな組織である。既存の起業家的な企業には大企業が多い。世界中には、そのような大企業が優に100社を超える。加えて、起業家的な企業の多くは、かなりの規模の中堅企業である。
 イノベーションの世界では、無名なベンチャー企業が既存の大企業を打ち負かすストーリーが好まれる。しかし、ドラッカーによれば、イノベーションに向いているのは小規模企業ではなく、既存の中堅・大企業だという。もちろん、世界の大企業を顧客として抱えるドラッカーが、イノベーションに適しているのは小規模企業であると言ってしまっては飯の食い上げになるから、多少割り引いて受け止める必要があるのかもしれない。ただ、その点を差し引いたとしても、既存企業こそイノベーションを起こすべきという主張は、日本にフィットしやすいと考える。

 以前の記事「山本七平『山本七平の日本の歴史(下)』―「正統性」を論じる時に「名」と「実」を分けるのが日本人」で、蘇軾の『正統論』が日本の正統性の考え方に影響を与えたと書いた。アメリカや中国などでは、既存のAが正統性を獲得しているところに対して新興のBが起こり、正統性をめぐる激しい争いが展開される。BがAに勝つと、Aを完全に駆逐し、Bが正統性を確保する。時代が下って今度は新興のCが現れると、また同じように激しい対立が起きる。アメリカや中国などの歴史はこの繰り返しである(中国の王朝の交代が最も解りやすいと思う)。

 日本の場合は、「名」と「実」を分ける。正統性を確保しているAに対して新興のBが登場しても、BはAを完全には否定しない。Aが正統性を未だに維持していることを「名」目上認める。その一方で、Bは「実」質的な正統性の獲得をするため、事後的に論理を蓄積していく。日本は世界に例のない王朝国家であるが、天皇制を廃止しようとした人物は平将門ただ1人しかいない。藤原家は天皇家の外戚となることで影響力を発揮した。幕府は朝廷と二重の統治機構を形成することで日本を支配した。幕府が倒れた後も、天皇親政は新たな政府の存在を必要とした。

 これを(無理やり?)企業経営にあてはめて考えると、日本においては新興企業が現れて既存の中堅・大企業を駆逐する(そして、新興企業が成功して大企業になると、今度は別の新興企業に打ち負かされる)という非常に動的な交代劇は馴染まないのかもしれない。むしろ、中堅・大企業がこれまでの事業の延長線上にイノベーションを接合し、社内の反対や顧客からの不評に揉まれながら、徐々にイノベーションを形にしていく(正統性を獲得していく)方が向いている。

 (では、中小企業やベンチャー企業は何をすべきか?個人的には、一部の例外を除いてマーケティングに注力すべきだと考える。言い換えれば、潜在的なニーズを対象としたリスクの高いイノベーションよりも、ニーズが顕在化しており、顧客の声に耳を傾けてそれを忠実に製品・サービスへと反映させ、適切な営業活動をすれば一定の成果が見込める活動を優先させた方がよい。マーケティングによってある程度企業を大きくしてから、イノベーションに着手する。業界の構造やルールを大幅に書き換えるイノベーションは、相当の体力と覚悟がなければ実行できない)。
 「自分は何が得意で何が不得意か」という問いこそ、ベンチャー・ビジネスが成功しそうになったとたんに、創業者たる起業家が直面し、徹底的に考えなければならない問題である。(中略)これは、第2次大戦の敗戦後という暗澹たる日本において、本田宗一郎が本田技研工業という小さなベンチャー・ビジネスを始めるにあたって行ったことだった。彼は、パートナーとしてマネジメント、財務、マーケティング、販売、人事を引き受けてくれる者が現れるまでは、事業を始めなかった。彼自身は、エンジニアリングと製造以外は何もやらないことにしていた。
 以前の記事「「起業セミナー」に参加された方にアドバイスした3つのこと」でも書いたように、スタートアップ企業は経営資源に限りがあるため、パートナー企業と提携することが多い。今でこそアメリカ企業も提携に積極的になったが、アメリカの大企業はもともと自前主義が非常に強い。アメリカの自動車メーカーは、日本のように系列構造を持たず、部品や組立・加工機械などを自社で製造していた。IBMはコンピュータにかかわるあらゆる製品を自社で揃えているのが売りだった。こうした自前主義への反省から生まれたのが、オープン・イノベーションである。P&Gのコネクト・アンド・デベロップメントはその代表例である。

 他方、日本企業はオープン・イノベーションなどという言葉が生まれる前から、企業連携による製品開発を行っていたように思える。自動車業界では、系列下の下請企業も新製品開発に参加していた。また、日本には業界団体という、非常に特異な組織がある。業界団体の会合には、様々なシーズとニーズを持った企業が集まり、イノベーションに向けたマッチングが行われる。時には競合他社と手を組むこともある(業界団体自体が何かイノベーションを起こすわけではない。たまに、イノベーションの創出を目的として業界団体を設立したという記事を見かけるが、業界団体にそれを期待するのは酷である。業界団体の目的はネットワークの形成にすぎない)。

 ただ、自社で何もできないからと言ってパートナーばかり探していると、依存症になる。以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第4回)】何にでも手を出して、結局何もモノにできない社長」でも書いたように、私の前職の企業がまさにそうであった。自社の能力に自信がない企業は、パートナーを増やして不安を隠そうとする。ところが、今度はハンドリングすべき企業が増えて身動きが取れなくなる。それに、それだけパートナー企業を使わないと製品・サービスが提供できないのだとすれば、自社の存在価値が一体どこにあるのか解らなくなる。

 自分の弱みはパートナーに頼るとしても、まずは自社で全てやってみるのが原則であると思う。極限まで自社でやってみると、自社の本当の強みと弱みがよく解る。そこまでやって初めて、パートナー探しに着手すべきである。トヨタは製造工程を外注する際、必ずまずは自社でやってみるのだという。トヨタならばどのくらいのコストでその製造工程をこなせるのかを判断する。その上で、そのコスト以下の価格で下請企業に発注するのである。
 彼らは「何をしたいか」から考える。あるいはせいぜい「自分は何に向いているか」を考える。しかし正しい問いは、「客観的に見て、今後、事業にとって何が重要か」である。(中略)次に問うべき質問は、「自分の強みは何か。事業にとって必要なことのうち自分が貢献できるもの、他に抜きんでて貢献できるものは何か」である。この問いについて徹底的に考えたあと、はじめて「本当は何を行いたいか。何に価値をおいているか。残りの人生とまではいかないまでも、今後、何をしたいか」「それは事業にとって本当に必要か。基本的かつ不可欠な貢献か」を問うことができる。
 まだ市場にない製品・サービスを一から生み出す際には、顧客が何をほしがっているかを事前に知ることはできない。そのため、まずは「自分ならこういう製品・サービスがほしい」と強く願い、それを形にすることから始める。製品・サービスができ上がると、「自分がほしがっているならば、他の人もほしいと思うに違いない」と信じて、それを市場に展開する。これがアメリカのイノベーションである(以前の記事「森本あんり『反知性主義―アメリカが生んだ「熱病」の正体』―私のアメリカ企業戦略論は反知性主義で大体説明がついた、他」を参照)。

 アメリカは自己啓発大国であり、「自分のやりたいこと」に集中せよと言われる。アメリカのイノベーターは自分のニーズから出発しているという点で、アメリカ式自己啓発と親和性が高い。そして、イノベーターの新製品・サービスが世界中に広まることを「自己実現」と呼ぶ。ところが、ドラッカーは「自分のやりたいこと」から出発するな、と警告する。逆に、「社会・市場の変化を客観的にとらえよ」と説く。つまり、社会に個人が従属するという伝統的な関係が生きている。自己啓発によって社会を個人に従属させようとするアメリカ人にとっては、ひどく退屈に映ることだろう。

 まだ十分な論理づけができていないのだが、私も「やりたいこと」と「できること」のうち、「できること」を優先すべきだと考えている。「やりたいこと」はあるがその能力がない場合は、悲惨な結果に終わる。やりたいと強く信じれば、能力は後からついてくると主張する人もいるが、私はそれが実際にできた人を見たことがない。「好きこそものの上手なれ」と「下手の横好き」という相反することわざのうち、私は後者を信じる。やりたい気持ちが強くても、能力がついてこずにいつまでも成果が出なければ、当初のモチベーションは失われる。私はそういう人をたくさん見てきた。

 やりたいことでなくても、「できること」があれば、当面仕事は任せられる。相手のモチベーションが低ければ、こちらから働きかけてモチベーションを上げればよい。「やりたいこと」は主観的なので、周囲の環境や本人の心境の変化に影響されやすい。これに対して、「できること」は客観的な評価であり、それほど変動しない。よって、ある程度の成果は期待できる。そして、成果が出るにつれて、本人もだんだんと仕事が面白いと感じるようになるかもしれない。そうすれば、「やりたいこと」と「できること」が一致する理想的な人材が生まれる。

 私の前職の教育研修・組織開発コンサルティング会社では、社員がやりたいことばかりを優先していた(私もその社員の1人であったから、強くは批判できないのだが)。繰り返しになるが「やりたいこと」は主観的であるがゆえに、人によって言うことがばらばらになる。そのため、組織を1つに束ねることが非常に難しい。仮に「できること」で組織をまとめていたら、もっと求心力が高まったと思われる。なぜなら、「できること」は客観的であるから、社員の能力が重なり合う部分を探し出せば、それはほとんど誰からも文句が出なかったに違いないからだ。




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