2016年12月26日
ASEAN新著の著者が語る『検証:ASEAN経済共同体の創設―サービス、金融、運輸・交通』(セミナーメモ書き)
(※)バックパッカーの聖地、タイのカオサンロード。
日本アセアンセンター主催のセミナー「ASEAN新著の著者が語る『検証:ASEAN経済共同体の創設―サービス、金融、運輸・交通』」に参加してきた。以下、セミナー内容のメモ書き。
ASEAN経済共同体の創設と日本 石川 幸一 清水 一史 助川 成也 文眞堂 2016-11-20 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
《Ⅰ.サービス》
(1)まず、サービス貿易には4形態があることを押さえておく必要がある。
<第1モード>
【国境を越える取引】
いずれかの加盟国の領域から他の加盟国の領域へのサービス提供。
《例》A大学(日本)がB大学(タイ)に対してオンライン授業を実施し、B大学の学生がタイでそのオンライン授業を受講する。
<第2モード>
【海外における消費】
いずれかの加盟国の領域内におけるサービスの提供であって、他の加盟国のサービス消費者に対して行われるもの。
《例》A大学(日本)にB大学(タイ)の学生が訪問し、A大学の講義に参加する。
<第3モード>
【業務上の拠点を通じてのサービス提供】
いずれかの加盟国のサービス提供者によるサービスの提供であって、他の加盟国の領域内の業務上の拠点を通じて行われるもの。
《例》A大学(日本)がタイにA大学分校を設立し、タイの学生に対して講義を実施する。
<第4モード>
【自然人の移動によるサービス提供】
いずれかの加盟国のサービス提供者によるサービスの提供であって、他の加盟国の領域内の加盟国の自然人の存在を通じて行われるもの。
《例》A大学(日本)がB大学(タイ)に教師を派遣し、B大学で講義を実施する。
各モードに関する規制緩和は以下の通り。
①第1モード、第2モードについては制限を撤廃。ただし、善意に基づく規制理由(公共の安全など)は例外とする。
②第3モード(外国(ASEAN)からの資本参加の容認)については次の通り。
a)4優先サービス分野については、2008年までに51%以上、2010年までに70%の外資参加を容認。b)物流サービス分野については、2008年までに49%、2010年までに51%、2013年までに70%の外資参加を容認。c)その他のサービス分野については、2008年までに49%、2010年までに51%、2015年までに70%の外資参加を容認。その他の第3モード市場への参入制限を2015年までに段階的に撤廃。
(2)第3モードの外資出資比率緩和スケジュールは、次のように進行した。
<第7パッケージ(目標終了期限=2008年経済相会議)>
優先統合分野(29)は51%、ロジスティクス分野(9)は49%、その他サービス(27)は49%(つまり、外資がマジョリティを獲得できるのは優先統合分野のみ)。
<第8パッケージ(目標終了期限=2012年経済相会議)>
優先統合分野(29)は70%、ロジスティクス分野(9)は51%、その他サービス(42)は51%(第3モードの全ての分野において、外資のマジョリティ獲得が可能となった)。
<第9パッケージ(目標終了期限=2013年経済相会議)>
ロジスティクス分野(9)は70%、その他サービス(66)は51%(ロジスティクス分野の外資出資比率の上限が70%まで引き上げられた。また、その他サービスの対象分野が増加した)。
<第10パッケージ(目標終了期限=2015年経済相会議)>
その他サービス(90)は70%(その他サービスの対象分野が増加し、かつ外資出資比率の上限が70%まで引き上げられた)。
(3)ASEAN各国の第9パッケージの履行状況だが、自由化対象業種のうち、当該業種全てにおいて自由化が進んでいる業種の割合が約半数に及ぶ(=自由化が進んでいる)のはインドネシア、マレーシア、シンガポール、ベトナムである。一方、自由化が当該事業の一部にとどまる業種の割合が高い(=自由化が遅れている)のはタイ、フィリピンである。
サービス種類別に第3モードの自由化の状況を見ると、比較的自由化が進んでいるのは、実務、通信、建設および関連エンジニアリング、流通、教育、環境、金融、観光・旅行サービスである。一方、健康関連・社会事業、娯楽・文化・スポーツ、運送サービスは自由化が遅れている。
(4)ASEANのみに出資比率が緩和されている事業がある。例えば、インドネシアでは、「森林地域内でのエコツーリズム施設、活動、サービス事業の形態によるネイチャーツーリズム事業」について、外資の出資比率上限を51%としているが、ASEAN企業に限っては出資比率の上限を70%まで引き上げている。ただし、ASEAN企業の定義は明確になっていない。ASEANの法に基づく、ASEANで実質的にオペレーションをしている、ASEANで5年以上事業を継続しているなどの条件が想定されるが、最終的には各国政府の判断に委ねられると考えられる。
《Ⅱ.金融》
(5)ASEANの金融統合の中心分野としては、以下の3つが挙げられる。
<①金融サービスの自由化>
銀行、証券、保険など金融機関がASEAN域内での活動を自由にすることを目指す。具体的には「ASEAN銀行統合枠組(ABIF)」により、平等なアクセス、待遇、環境を確保する。ABIFに基づく「適格ASEAN銀行」の認定を進める。また、「ASEAN保険統合枠組(AIIF)」は保険業界の自由化を目指しており、消費者の選択肢の増加に資する。
<②資本取引の自由化>
域内各国間での規制緩和による経常取引、海外直接投資、証券投資などの資金フローの自由化を目指す。具体的な取り組みとしては「資本取引自由度ヒートマップ」の作成が挙げられる。証券投資および他項目の流入・流出資本フローや対内および対外の直接投資などの指標に基づいて、各国の目標達成度合いをモニタリングするツールである。
<③資本市場の発展>
ASEANの様々な資本市場間でのクロスボーダーの協力実現を目的とする。金融機関に関する監視の能力を含む能力開発とインフラ整備に主眼が置かれており、相互認証、ルール・規制の調和を目指している。具体的な取り組みとしては、「ACMF(ASEAN Capital Market Forum)」が挙げられる。③については、マレーシア、タイ、シンガポールの3か国が先行して進めている項目が多く、①②に比べると具体的な成果が多い。
(6)(5)の取り組みに対して、外部機関は概ね肯定的な評価をしている。ERIA(東アジア・ASEAN研究センター)は、域内金融の安定化と2020年までの銀行セクターの多国間の自由化はゆっくりだが着実に進展していると述べている。しかし、ASEAN各国の金融市場の発展段階、経済構造、優先度は多様であり、金融・資本分野統合の前提条件を整えるのはチャレンジングであるとも指摘している(2014年)。また、IMFは、「物事をゆっくり、着実に進める」という「ASEAN WAY」にも理解を示しており、一連の取り組みはASEANの経済成長、1人あたりの所得増に寄与していると評価している(2015年)。
(7)ASEANの今後の課題としては大きく2つある。1つ目は、「資本取引自由度ヒートマップ」の精緻化である。ASEAN各国が自己評価した結果によると、ラオス、ミャンマーを除き自由化が相応に進捗している印象を受ける。ところが、この結果は、ERIAやIMFの評価と差がある。ASEAN各国の自己評価に頼っていることが影響していると考えられる。ASEAN共通の評価基準を明示し、客観的なスコアリングを行う必要がある。
2つ目の課題は、域内国通貨間の為替レートの安定化である。各国の独立した金融政策の維持を前提とする場合、域内通貨間の為替レートのより柔軟な変動を許容しなければならない。ここで、ASEAN各国の現状の経済発展段階の違いを踏まえると、現時点でEUのような共通通貨を想定するのは困難である。しかし、域内通貨間の為替レートの安定に向けた取り組みの整理・検討が将来的には必ず必要となる(必ずしも共通通貨である必要はない)。
《Ⅲ.運輸・交通》
(8)AEC2025ブループリントでは、交通・運輸に関して連結性を実現するとある。「物理的連結性」(=ハード。陸上、海上、航空運輸。内陸水運、島嶼間リンク、インターモーダル輸送)は比較的進んでいるが、「制度的連結性」(=ソフト。交通、運輸の円滑化。物品貿易の自由化。国境手続きの円滑化)はやや遅れている。ASEANの交通プロジェクトは、越境交通に注力しているという特徴がある。他方、日本からの支援は都市交通の整備を主眼としている。しかし、越境交通の需要はまだ比較的小さく、長距離鉄道はBtoBでほとんど使われていないことから、整備が長期間に渡って停滞している。
(9)陸上交通のフラッグシッププロジェクトは、①ASEANハイウェイ(AHW)の完成と②シンガポール―昆明鉄道(SKRL)主線の建設と支線の建設完了の2つである。①に関しては、ミャンマーにミッシングリンクが存在しており(=ミャンマーに悪路が多い)、その解消が課題となっている。②に関しては、既存の鉄道をどのようにアップグレードするかが1990年代から続く課題である。ASEAN各国は、GMS越境交通協定(CBTA)には2007年に加盟しているが、交通円滑化協定(AFAFGIT・AFAMT・AFAFIST)の批准は進んでいない。
(10)海上交通の主なテーマは、①ASEAN海運単一市場(ASSM)と②RoRo船の優先航行ルートの実現である。ただし、①は難航しており、AEC2015ブループリント、AEC2025ブループリントともに記載がない。一方、RoRo船は短距離輸送に向いており、需要も高いことから、整備が進んでいる。航空交通は例外的に進捗している領域であり、航空協定(MAFLAPS、MAAS)は全てのASEAN加盟国が批准している。いわゆる「9つの自由」のうち、5つまでが実現している。