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【神奈川産業振興センター】日本農業の明るい未来に向けて~農業経営の今後の課題と新たな動き~【セミナーメモ書き】
【2017年3月16日(木)】「第二創業・経営革新セミナー」開催のお知らせ【東日本銀行主催】
ロイ・ポーター『啓蒙主義』―最初の啓蒙主義は全体主義につながる過激なものではなく、もっと穏健だった

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

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2017年02月28日

【神奈川産業振興センター】日本農業の明るい未来に向けて~農業経営の今後の課題と新たな動き~【セミナーメモ書き】

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農業

 「神奈川産業振興センター(KIP)」の農業セミナーのメモ書き。

 (1)食糧自給率については旧ブログの記事「食糧自給率の目標値自体はそれほど重要なことじゃない」で書いたのでこれ以上立ち入らないが、セミナーで少しだけ触れられていたのでご紹介する。日本人が毎食ご飯をあと一口だけ余分に食べると、日本の食糧自給率(カロリーベース)は1pt上がるという(農林水産省「食料自給力・自給率の向上に向けた取組」を参照)。

 それから、セミナーでは松阪牛などの国産牛の過酷な飼育方法について話があった。松阪牛などは、ビールを飲ませることで無理やり飼料を食べさせ、脂肪をつけている。飼育員は毎日牛の血糖値を計測し、牛がぶっ倒れる寸前まで飼料を食べさせるのだという。こうして霜降りたっぷりの日本人好みの国産牛ができ上がるわけだが、日本の食糧自給率の計算について知っている人ならお解りのように、いくら日本国内で飼育しても、輸入飼料を使用すると食糧自給率にカウントされない。高カロリーの松阪牛を食べるよりも、オーストラリアからタスマニア産の牛を輸入した方が、食糧自給率のマイナスは小さくて済むというのが現状である。

 (2)日本の農家数は、2005年には200万戸弱であったが、10年後の2015年には約130万戸にまで減少している。内訳を見ると、専業農家は2005年も2015年も約40万戸でほとんど変化していない。これをもって、日本の農業はまだ底力があると判断してはいけない。専業農家とは、「世帯員の中に兼業従事者が1人もいない農家のこと」であり、要するに農業以外に所得がない農家を指すが、この「所得」には年金が含まれていない。つまり、専業農家が横ばいなのは、年金を受け取っている高齢農家の割合が増加していると解釈するのが妥当である。こうした誤解を避けるため、近年は専業農家、兼業農家という区分をせずに、主業農家、準主業農家、副業的農家という分類を用いるようになっている(農林水産省「農家に関する統計」を参照)。

 (3)年齢階層別に基幹的農業従事者数を見てみると、2005年、2010年では70~74歳、75~79歳がグラフの山であった。ところが、2015年になると、グラフの山が65~69歳に移動している。その理由としては、①2005~2010年まで最も従事者数が多かった70代のリタイヤが急速に進んだこと、②他の産業から農業への流入が増えていることが挙げられる。

 (4)農地面積は1970年には約600万haあったが、2015年には約450万haとなっており、45年で4分の3に縮小している。耕作放棄地は約40万haあり、これは滋賀県の面積にほぼ等しい。農地面積が減少するだけでなく、耕地利用率も減少の一途をたどっている。耕地利用率とは、田畑で1年の間に何回収穫をしたかを表す。米を1年に1回収穫すれば100%、米麦二毛作を行えば200%となる。小松菜のように、年に何度も収穫できる野菜などでは数百%となる。こういう野菜などがあるにもかかわらず、2015年の耕作利用率は91.8%であり、全国の田畑では年1回の収穫すらできていない。ちなみに、米麦二毛作が進まないのは、①麦の収穫前に田植えの時期が来てしまうこと、②米麦二毛作で作った米は味が劣る(らしい)ことが影響している。

 (5)「都市農業」は、都市農業振興基本法第2条では「市街地及びその周辺の地域において行われる農業」と規定されている。消費地に近いという利点を生かした新鮮な農産物の供給といった生産面での重要な役割のみならず、身近な農業体験の場の提供や災害に備えたオープンスペースの確保、潤いや安らぎといった緑地空間の提供など、多面的な役割を果たしている(農林水産省「都市農業の振興・市民農園をはじめませんか」を参照)。

 都市計画法上においては、市街化区域と線引きされる地域の農地について「宅地化すべきもの」とされ、いずれは消滅するものと位置づけられてきた。しかし、時代の流れとともに市街地に農地があることの多面的価値が認識されるようになり、都市住民を対象としたアンケートなどでも都市農地の存続を求める声が大きくなってきた。以上の背景を受けて2015年成立の「都市農業振興基本法」、2016年閣議決定の「都市農業振興基本計画」において、市街化区域に残る農地についても「宅地化すべきもの」から「あるべきもの」へと位置づけが大きく転換された。

 神奈川県には都市農業に該当する農地が多い。ちなみに、「過疎法(過疎地域自立促進特別措置法)」で定められた過疎地が唯一存在しないのが神奈川県である(2016年4月1日時点。総務省「過疎地域市町村地図」を参照)(従来、大阪府も過疎地がなかったが、2016年4月1日時点のデータでは初めて過疎地が出現した)。神奈川県では市街地と農地が共存している。

 農産物の年間販売金額を見てみると、全国平均に比べて都市農業では「販売なし(自家消費)」の割合が高いが、同時に、年間販売額が「300~700万円」、「700~1,000万円」と高額である割合も高い。また、1haあたりの販売金額では、全国平均が127万円であるのに対し、(狭義の)都市農業では236万円と倍近い金額になっているというデータもある。

 (6)現在、「6次産業化」という言葉がブームになっている。この「6次」は「1次×2次×3次」であって、「1次+2次+3次」ではない。というのも、足し算の場合は1次が0になってても、残りの2次産業と3次産業でやっていけることになるが、掛け算の場合は、1次が0になれば全体が0になるということで、農業の不可欠性を強調したいためである。6次産業化には2つのタイプがある。1つは農家が加工や販売も手がけるように、バリューチェーンの川上から川下へと下りていくパターンである(①)。これに加えて、これからの6次産業化は、農家が地域の工業、商業、観光などと連携して、地域全体を6次産業化することを目指すべきだという(②)。

 (※)余談だが、講師は①を「農業経営の多角化」であり、「範囲の経済(企業が単一の事業ではなく複数の事業を持つことで経営資源を共有し、低コストの運営が可能になること。単一の製品を大量に生産することで、1個あたりのコストが下がる規模の経済とは異なる)」の発揮につながると説明していた。しかし、これは誤りである。①は「垂直統合」に該当する。②こそが多角化であり、範囲の経済の発揮につながる。

 (7)かつて、都市は農村から人口を吸収することで成長した。農家の長男は親から言われて農家を継ぎ、それ以外の兄弟姉妹は全員都市に出ていった。ここには、農村の方が都市より劣位にあるという意識が働いている。だが、都市が飽和状態になり、農村が後継者不足になった現代では、都市から農村に回帰する人が増えている。言い換えれば、自分の意思で就農する人が増えている。ここに、農村と都市の優位性の逆転が見られると講師はおっしゃっていた。

 講師が農村と都市の優位性の逆転を感じるのは次のような場面だと言う。講師は仕事柄様々な農家を訪れる機会が多い。農家の方たちは収穫した野菜などを分けてくれる。講師はお土産として都会でお菓子などを持っていく。昔は、農家の人もそういうお菓子を珍しがってくれた。ところが、現在は田舎にいても都会のお菓子をインターネットで買うことができる。農家の人は自ら農作物を作ることができるのに、都会人である講師はお菓子を自分で作ることなどできない。この時、都会人としての価値の軽さを感じてしまうそうだ。言葉は悪いが、これまで都会は農業・農家を踏み台にして発展してきた。今後は、農業・農家に助けてもらう時代になるだろう

 《余談》
 ここからは全く別の話題。今回のセミナーは神奈川県のよろず支援拠点で実施されたものであり、配布資料の中によろず支援拠点の広報誌が入っていた。中を読んでみると、補助金の採択を受けた中小企業の特集記事が組まれていた。私自身、中小企業向けの補助金事務局の仕事で収入面では随分とお世話になったので、あまり補助金のことを悪く言うのはよくないのだろうが、「我が社は○○補助金を受けました」などと、こういう広報誌や自社HP、さらには製品カタログなどで堂々と公表する企業のことが、私にはまるで理解できない。

 語弊を恐れずに言えば、補助金は生活保護のようなものである。経営が苦しい時に受けるという点では、生活が苦しい時に受ける生活保護と同じであるし、将来的に利益が出たら補助金を返さなければならない(これを収益納付と言う)という点でも、収入のめどが立ったら返さなければならない生活保護と同じである。「私は生活保護を受けています」と言う人などいないように、「我が社は○○補助金を受けています」と公言するのはおかしいのではないかと感じる。「現在、我が社は経営が非常に苦しいので、今回だけは補助金のお世話になります」といった感じで、慎ましやかに受けるのが補助金ではないかと思う。

 中小企業向けの補助金では、中小企業が使った経費を事後的に精算する。よって、精算を受けるまでの間はつなぎ資金が必要になる。多くの場合は、金融機関からつなぎ融資を受ける。この金融機関もまた情けない。普段は中小企業にお金を貸さないくせに、補助金が絡むと「お金を借りてください」とぞろぞろ動き出す金融機関が何と多いことか。金融機関としてみれば、中小企業に補助金が下りれば必ず返済される融資なので、是が非でも貸したいのだろう。

 しかし、本来金融機関というのは、補助金がなくとも、融資先の企業に寄り添って、相手企業の事業を十分に理解し、成長戦略を先取りしてしかるべき融資の提案をする存在である。また、企業が作成した将来の事業計画が不十分ならば、融資が返済される可能性を少しでも高めるために適切な助言をする。こういうことが昨今、金融機関に求められているコンサルテーションの役割であるはずだ。それができなければ、金融機関は企業から「好景気の時は借りろ、借りろと言うくせに、不景気になった途端返せと言ってくる」という批判を免れられないだろう。

 最近は補助金の申請支援を専門とするコンサルタントが増加している。こういうコンサルタントは、支援した企業が採択されると、採択金額の10~20%を成功報酬として受け取るのが相場であるようだ。1,000万円の補助金に採択された場合、成功報酬が20%ならば、それだけでコンサルタントの実入りは200万円になる。200万円というと、私が前職のコンサルティング会社で、1か月間フルタイム(約200時間)でコンサルティングプロジェクトに従事した時に顧客企業に請求した金額である。ところが、補助金の申請書の作成にどのくらいの時間を使ったのか聞いてみると、数社をかけ持ちする上、締め切り日は決まっているため、1社に割ける時間は限られており、1社あたり4、5日だという。それで採択されれば200万円なのだから、実にいい商売である。

 味を占めたコンサルタントは、同じ企業に何度も補助金を申請させ、何度も成果報酬を受け取る。その様子はまるで、ブローカーが大勢の生活困窮者をつかまえて、仕事もさせずに安いアパートに放り込んで生活保護の申請をさせ、生活保護が受給できたらその一部をピンハネするというビジネスを想起させる。彼らが自立の道を断たれているように、あくどい補助金コンサルタントにつかまった中小企業も、まともな経営ができなくなると思う。

カテゴリ: 経営 コメント( 0 )
2017年02月27日

【2017年3月16日(木)】「第二創業・経営革新セミナー」開催のお知らせ【東日本銀行主催】

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事業承継

 東日本銀行が主催する「第二創業・経営革新セミナー」に、私が所属する特定非営利活動法人NPOビジネスサポートの中小企業診断士が講師として登壇します。

 ■日時:2017年3月16日(木)14:00~16:30(受付開始13:30)
 ■場所:東日本銀行 吾妻橋ビル6階 研修センター
 (墨田区吾妻橋2-2-7 TEL:03-3625-2953)
 ■定員:60名(定員に達し次第、お申し込みを締め切ります)



 ■セミナー内容:
 <第1部>14:00~14:45
 「第二創業の進め方」(講師:日本政策金融公庫 職員)
 <第2部>15:00~16:30
 「事例に学ぶ事業承継と経営革新」
 (講師:NPOビジネスサポート 遠山純夫、高垣正幸)
 ■お問い合わせ:
 東日本銀行 ビジネス戦略推進部 担当:宮本・鹿戸
 ■お申し込み:
 下記申込書に必要事項をご記入の上、FAX(03-3273-4083)にてお申込み下さい。
 https://www.dropbox.com/s/h1fr1d26nodtm3a/20170227_seminar_entry.pdf

2017年02月26日

ロイ・ポーター『啓蒙主義』―最初の啓蒙主義は全体主義につながる過激なものではなく、もっと穏健だった

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啓蒙主義 (ヨーロッパ史入門)啓蒙主義 (ヨーロッパ史入門)
ロイ ポーター Roy Porter

岩波書店 2004-12-21

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 以前の記事「【現代アメリカ企業戦略論(1)】前提としての啓蒙主義、全体主義、社会主義」で書いたように、私は人間の理性を唯一絶対の神と同一視する啓蒙主義を警戒し、「【現代アメリカ企業戦略論(4)】全体主義に回帰するアメリカ?」や「鈴木大拙『禅』―禅と全体主義―アメリカがU理論・マインドフルネスで禅に惹かれる理由が何となく解った」で書いたように、アメリカが全体主義的な傾向に流れているのではないかと危惧している。そういう疑いの目で啓蒙主義の歴史に目を向けた時、最初の啓蒙主義は全体主義の源泉となるような過激なものではなく、実はもっと穏健なものであるとの印象を抱いた。

 もちろん、最初の啓蒙主義と全体主義の共通点を指摘することもできる。全体主義においては、人間の理性と神が直線的につながることを重視する。いや、もっと言えば、人間の理性=神である。よって、人間と神の間に何かしらの階層が介在することを極度に嫌う。初期の啓蒙主義者は自らのことを「フィロゾーフ(哲学者)」と呼んだが、彼らは議会、選挙、代議制度、政党制度といった、現代の民主主義の構成要素を拒んだ。議会は貴族の既得権益の牙城となっていた。政党は私的な利益を追求する派閥主義と結びついていた。直接民主政は古代ギリシアの一過性のものとしか見なされなかった。そして、代議制度は腐敗選挙区の温床でしかなかった。

 啓蒙主義に従えば、人間の理性は皆神に等しい。私とあなたという区別はなくなる。1人は全体に等しく、全体は1人に等しい。よって、この考え方を突き進めれば私有財産制は否定され、財産は全人類の共有物となる。また、全人類の叡智に依拠した究極の民主主義を実現することができる。『百科全書』を書いたディドロは、1768年にタヒチを訪れたルイ・ブーガンヴィルの記録を読んで、タヒチの社会が専制主義と私有財産の全ての災いから解放されていると述べた(ただし、全体主義の下では1人の意見が全体の意見に等しくなるわけだから、独裁と民主主義が両立するというカール・シュミットの言説には耳を傾ける必要がある)。

 とはいえ、最初の啓蒙主義には、必ずしも全体主義には直結しないいくつかの特徴があった。第一に、自然に対する態度が挙げられる。啓蒙主義と言うと、自然を科学によって分析可能な物質的対象と見なし、バラバラの要素に還元してしまったかのようなイメージがあるが、全ての啓蒙主義者がそうであるわけではなかった。確かに科学と哲学はキリスト教的な神には疑問を投げかけたとはいえ、天地をつかさどる何らかの神的な存在、一つの超自然的な創造主あるいは設計者、精神が存在すると信じていた。人間は万物の秩序についてじっくり考えることによって、自然を介して自然の神にたどり着く。それは「自然の宗教」である。

 キリスト教から「自然の宗教」に移行すれば、人によってはさらに「自然教」にまで至る。自然そのものの背後に、またそれを超えたところに、意識を持つ知性的な原理、つまり至上の存在ないし創造主が存在しなければならない理由は一つもない。存在するのはただ自然だけであり、聖なるものが存在し、しかも崇敬する必要があるとすれば、それは自然そのものである。17世紀の哲学者スピノザは、神は自然と同じようなものだとしていたが、その影響を受けたものでもある。偉大なる自然をありのままに受け入れるということは、人間の理性が自然には及ばないことを認めることでもある。つまり、啓蒙主義は全くの理性万能主義ではないのである。

 2つ目は教育を重視したことである。究極の全体主義においては、人間は生まれながらにして唯一絶対の神と等しい完全なる理性を備えているから、周囲の人間が下手に教育を施して理性に傷をつけてはならない。だが、現実問題として、生まれたての人間にできることはほとんどない。その数少ない仕事の1つが、人間の最も原始的で根源的な生産活動である農業である。そこで、全体主義者は農業を神聖化する。これが共有財産制と結びつくと農業共産制になる。

 一方、啓蒙主義は人類が進歩すべきものだという前提に立つ。よって、種としての人間も改造可能な存在である。人間の精神はまっさらの白紙の状態から活動を開始し、五感を介してデータを絶えず吸収し、情報を蓄積し、その情報を理念の形に整え、その理念がやがて世界についての経験的な知識となり、我々の道徳的な価値観となる。人間の本性なり能力なり知識とは全て、観念連合を含む過程を通じて経験から学習したその産物である。人間は環境の産物であるが、同時に、その環境を変える能力も獲得する。

 これは1つ目の自然観とも関連している。人間の理性が自然に及ばない、つまり(啓蒙主義者はあまりはっきりとは言わないが)人間の理性が不完全であるという立場に立てば、その不完全や不足を埋めようとして学習が発生する。こうして、逆説的であるが、人間の理性が完全であるとする全体主義においては学習が起きないのに対し、人間の理性に限界を認める啓蒙主義においては学習が促進され、結果的に人類が進歩するという結果になる。

 3つ目に指摘しなければならないのは、啓蒙主義の多様性である。全体主義においては、唯一絶対の神と同じ完全無欠の理性を持った人間の頭の中に、生まれながらにして理念・ビジョンが埋め込まれており、人間が生まれた瞬間にその理念が具現化して革命が成就する。その理念は単一のものであり、全ての人類によって共有されている。ところが本書は、啓蒙主義は1つではないと言う。フィロゾーフはコスモポリタニズムに同調しながらも、それぞれの地域・社会に密着した問題に取り組み、固有の文化の価値観に従いながら、啓蒙的な解決策を展開した。

 時にこうした啓蒙主義の動きは、歴史的な流れを追認することもあった。例えば、オランダ共和国は民族的・宗教的に非常に多様であり、政治的にも雑種な存在であった。元首である総督は君主とはほとんど似ても似つかぬ存在であり、その総督が頼りにする共和政も分権的でしばしば対立していた。それを支配するのは世襲の貴族ではなく、都市民であって、彼らの富は土地ではなく商業から得られた。オランダ共和国は共和国の常識からすると意味不明であった。だが、啓蒙主義者が切実に求めるものが実現されている輝かしい事例と見なされるようになった。専制支配からの自由、宗教上の多元主義と寛容、経済的繁栄、平和的外交がそれである。

 イギリスも、名誉革命のおかげで代議制度、立憲政治、個人の自由、相当程度の宗教上の寛容、表現と出版の自由が勝ち取られていた。個人の権利と自然法に基づく自由主義体制、政府に対する社会の優位、合理的なキリスト教、自由主義的な経済政策の枠内において所有者が教授する財産の不可侵性、教育に対する信頼、そして知識の進歩に対する大胆な経験主義的姿勢―これらをイギリスは先取りしていた。体制を一から抜本的に覆そうとしたフランス革命の方が、むしろ啓蒙主義の例外だったのである。伝統を尊重しながら漸次的な改革を目指すという当時の啓蒙主義の姿勢は、革新的であるというよりもむしろ保守的ですらある。

 最後の特徴として、最初の啓蒙主義は政治において人類全体の叡智を信頼していなかったという点が挙げられる。本来の啓蒙主義に従えば、1人の意見が全体の意見に等しくなるという究極の民主主義を志向するはずである(繰り返しになるが、究極の民主主義は究極の独裁に転じる可能性もある)。冒頭で述べたように、フィロゾーフは、民意を直接政治に反映させるのを阻害するような議会、選挙、代議制度、政党制度を批判した。そして、彼らは大衆向けのメディアを通じて、啓蒙主義を啓蒙した。だが一方で、共和政は古代の遺物だという認識も持っていた。モンテスキューは、安定した身分制に支えられた君主政を、望ましい独裁支配だと評価した。

 純粋な啓蒙主義、さらには全体主義に従えば、階層社会というのはあり得ない。全人類がフラットな関係に立ち、全人格を政治に没入させる。ところが、最初の啓蒙主義者は、階層社会を繁栄する社会に固有の現象であるととらえた。2番目のところで指摘したように、人間の理性は完全ではない。よって、1人では物事を完遂することができず、役割分担が生じる。役割分担が生じれば、当然のことながら命じる人と命じられる人が分かれ、自ずと階層社会が出現する。

 社会の階層は、大雑把に言えば人々を養うための生産活動、社会を内外の脅威から守るための防衛活動、そしてその両者を俯瞰・コントロールする政治活動の3つに分けられる。この3つの階層に対して、人々はその特性に応じて配置される。つまり、全員が政治活動に携わるわけではないし、そうするべきでもないのだ。だから、フィロゾーフは政治における人類全体の叡智を要求しなかった。ただし、彼らは政治こそが理性を発揮する唯一の場だと考えていたわけではないと思う。そう考えてしまうと、古代ギリシア哲学と同じ罠に陥る(ブログ別館の記事「岩田靖夫『ギリシア哲学入門』」を参照)。そうではなく、各々が自分の能力を活かして、持ち場で役割を果たせば、人類全体が理性を発揮できると希望していたように感じる。


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