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【戦略的思考】SWOT分析のやり方についての私見
DHBR2017年10月号『グローバル戦略の再構築』―日本の中小製造業がこれから海外進出する際の5つのポイント
『世界』2017年10月号『「一強」は崩壊したのか』―「様々な政治的課題で左派の山の方が大きい」という事実誤認、他

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

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(城北支部執行委員、青年部長を務めています)

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(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)

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2017年10月31日

【戦略的思考】SWOT分析のやり方についての私見


グリーンアーミーメン

事業戦略策定ガイドブックー理論と事例で学ぶ戦略策定の技術ー事業戦略策定ガイドブックー理論と事例で学ぶ戦略策定の技術ー
坂本 雅明

同文舘出版 2016-07-01

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 戦略の立案プロセスについては、坂本雅明『事業戦略策定ガイドブック―理論と事例で学ぶ戦略策定の技術』(同文舘出版、2016年)が比較的解りやすかった。本書の最初は、事業アイデアの検討から始まり、ここではSWOT分析が用いられている。「強み(Strength)」と「機会(Opportunity)」が合致する事業アイデアが最も望ましいが、「強み」を活かす事業アイデア、「機会」に乗じる事業アイデアでもよいとされている。ただ、これだと「弱み(Weakness)」や「脅威(Threat)」を検討した意味があまりないのではないかと個人的には感じた。

 SWOT分析はもう半世紀ぐらい前に開発されたフレームワークで、戦略立案の場面ではおそらく最も多く利用されているものであろう。しかし、フレームワークの自由度が高すぎるがゆえに、目的を明確にせずに分析すると、「使ってはみたものの、結局何が言いたかったのか解らない」という状況に陥りやすい。欧米には、「SWOT分析をやってみたが、SO WHAT?(それで何なの?)」というジョークがあるそうだ(このジョークも本ブログでこれまでに何度用いたことか)。

 私は一応中小企業診断士の資格を持っているのだが、中小企業診断士の2次試験(筆記試験+口述試験)に合格すると、「実務補習」と呼ばれる一種の実地研修を受けることになっている。実務補習では、基本的に5名程度のチームを組んで、実際に中小企業の経営を診断し、経営課題とそれに対する解決策の提言をまとめて、5日間で100ページぐらいの報告書を作成する。診断プロセスは中小企業庁や(一社)中小企業診断協会の意向を受けて概ね標準化されており、プロセスの最初にSWOT分析が位置づけられている。

 だが、実務補習に参加登録しても、診断対象企業の情報は事前には与えられず、実務補習当日の午前中になって初めて指導員(診断士の先輩)から教えられる。そして、診断対象企業についての事前調査がほとんどできないまま、その日の午後にはその企業の経営者にヒアリングをすることになる。翌日には、ヒアリングの結果をSWOT分析でまとめて、経営課題を導き出す。残りの3日間は課題の掘り下げと報告書の作成にあてられるというのが大体のケースである。私は、このやり方には大きく2つの問題があると考えている。

 まず、事前調査なしにヒアリングをするため、どうしても質問が総花的になりやすいということである。私は、1回目の実務補習では、灯油の巡回販売と水道工事、リフォーム事業という3つの事業を行っている中小企業を診断し、3回目の実務補習では、信号の工事とLED照明の製造・販売という2つの事業を行っている中小企業を診断したが、限られた時間の中で、全ての事業について事業環境から組織構造まで万遍なく質問しようとすると、表面的なことしか聞くことができない。2つ目の問題は、SWOT分析から課題を導く際に、往々にして、S、W、O、Tの内容の単なる要約になってしまうということである。特に、弱みを裏返しただけの課題になることが多い。ヒアリングで得た情報が表面的であるがゆえに、導かれる課題も底が浅いものになりがちである。私はどうも、実務補習におけるSWOT分析の使い方には納得がいかない。

 SWOT分析は、何を目的にするかによって、結果が全く違うものになる。冒頭で紹介した書籍では、事業アイデアの検討が目的となっている。これに対して、実務補習では、単なる事業環境の整理が目的になっているのではないかと思われる。私は、SWOT分析をこのような目的では使わない。SWOT分析は、事業のCSF(Critical Success Factor:重要成功要因)を導くために用いる。このことを説明するためには、私が考える「事業戦略の立案プロセス」について述べる必要がある。このプロセスは8つのプロセスから成り立っている。

 (1)事業機会の抽出と選択
 自社を取り巻く事業環境を観察して、事業機会(=儲けの機会)を洗い出し、自社にとって最も実現可能性が高そうな機会、取り組む価値の高い機会を特定する。
 (2)ターゲット顧客・差別化要因の決定
 (1)で選択した事業機会における顕在的/潜在的な競合他社を分析し、自社はどの顧客をターゲットとするのか、また競合他社とどのように差別化を図るのか決定する。当然のことながら、差別化要因は顧客にとって意味のあるもの、価値を生むものでなければならない。
 (3)戦略目標の設定
 (1)で選択した事業機会の推定市場規模や将来的な市場の伸び率、(2)で分析した競合他社の数や各社の市場シェア、市場におけるパワー、および各社が今後とるであろう戦略の予測などから、自社の中長期的な戦略目標を設定する。具体的には、「○○年後に、市場シェア○○%/売上高○○億円/販売数量○○個を達成する」といった目標を立てる。
 (4)CSFの特定
 (3)で設定した戦略目標を達成するために、カギとなる要素=CSF(Critical Success Factor:重要成功要因)を特定する。CSFは重要な経営課題と言い換えてもよいだろう。
 (5)ビジネスモデルの設計
 (2)のターゲット顧客に対して、競合他社と差別化を図りながら、(5)の戦略目標を達成するためのビジネスモデルを設計する。ビジネスモデルとは、自社を中心として、外部のどのようなプレイヤーと協力しながら儲けを生み出すのか、その仕組みを可視化したものである。重要なのは、ビジネスモデルは、(4)で特定したCSFを実現するものにしなければならないということである。CSFを反映したビジネスモデルを設計すると、その実現のために必要な施策が見えてくる。
 (6)ビジネスプロセスの設計
 (5)のビジネスプロセスが、業界における川上から川下までの全体像であったのに対し、(6)は自社内部の業務プロセスを設計するものである。ここでも(5)と同様に、(4)のCSFを反映したビジネスプロセスをデザインしなければならない。すると、(5)と同じように、そのビジネスプロセスを実現するために実施しなければならない施策が明らかになる。
 (7)施策の投資対効果試算と優先順位づけ
 (5)と(6)から導かれた各種施策は、多くの場合一気に実行することが難しい。そこで、優先順位をつけて取り組む必要がある。優先順位の1つの目安となるのが投資対効果の大小である。言うまでもなく、投資対効果が高い施策の優先度が高い。ただし、投資対効果を試算しなくても、例えばBという施策を実行するためには先にAという施策を実行しなければならないという施策間の因果関係がある場合には、施策Aが優先される。施策間の優先順位がつくと、施策の実行計画を作ることができるようになる。実行計画では、必ず各施策の責任者を明確にしておく。
 (8)将来の損益計算書の作成
 (5)と(6)の各種施策を実行した場合の将来の損益計算書(A)をシミュレーションする。その際、新しい戦略を何も実行せず、成り行きに任せた場合の予想損益計算書(B)も合わせて作成するのが望ましい。(A)と(B)を比較した場合に、例えば向こう5年間の累積経常利益は、確かに(A)>(B)となっていることを確認する(ごく稀に、各種施策の投資は回収できるものの、累積経常利益ベースで見ると、成り行きのケースを下回ることがあるので要注意である)。また、損益計算書とは別に資金繰り表を作成すると、どのタイミングでいくらの資金(投資)が必要となるのかが明らかとなり、資金調達の必要性を認識することもできる。

 (1)の事業機会の抽出については、以前の記事「【戦略的思考】事業機会の抽出方法(「アンゾフの成長ベクトル」を拡張して)」で書いた。複数の事業機会の中から自社が取り組むべき機会を選択するには、PEST分析を用いるとよい。ただ、PEST分析は元々産業構造をマクロ的に分析するためのものであり、E(Economics)では景気動向や為替の変動など、S(Society)では文化や価値観などを分析するのが一般的である。しかし、ここでは事業機会をミクロ的に分析するのが目的であり、Eは市場・顧客分析に近い。すると、Sとの違いがほとんどなくなるため、Sを省略してPET分析としても構わないと考える。

PET分析による戦略機会の評価

 PET分析におけるP、E、Tの切り口の例を上に示す。Eの「市場ニーズはあるか?」、「関連・支援産業は成熟しているか?」、「競争はどのくらい激しいか?」、「人材は豊富に存在するか?」という4つの視点は、競争戦略論で有名なマイケル・ポーターの「ダイヤモンドモデル」を参考にしている。PとTの切り口は私が考えた例であり、これ以外の視点で評価しても全く構わない。(1)で抽出したそれぞれの事業機会について、P、E、Tの視点から採点をした結果、最も得点が高いものが自社にとって魅力的な選択肢となる。

 (2)、(3)については今回は省略させていただく。競合他社の分析方法や、より効果的に差別化を実現ためのポイントがいくつかあるのだが、機会を改めて書くことにしたい。

 さて、問題の(4)である。SWOT分析には2つのポイントがある。SWOT分析については、どういう切り口でどんな情報を書けばよいのかが解らないという声をよく聞く。そこで、1つ目のポイントは、まずはOとTの欄に、(1)のPET分析や(2)の競合他社分析で明らかになった情報を書き込むことである。そして、それらの情報について、できればもっと突っ込んだ調査を行う。OとTを埋めた上で、そのOとTに照らし合わせて自社の経営資源を見た場合に、何がSやWになるのかを書き込んでいく。こういう手順で作成すれば、少なくとも「社長のリーダーシップが強い」などという意味不明な強み(あるいは「社長がワンマンである」などという弱み)を書くことはなくなる。

 2つ目のポイントは、単にSWOT分析をするのではなく、”クロス”SWOT分析を行うことである。つまり、SとO、SとT、WとO、WとTを掛け合わせて、この事業機会で成功するためには何がカギを握るのかを明らかにすることである。これがつまり、CSF(Critical Success Factor:重要成功要因)である。以下に、加工野菜工場を運営する中小企業のクロスSWOT分析の架空の事例を掲載する。ここでは6つのCSFが列挙されている。

クロスSWOT分析によるCSFの特定

 気をつけなければならないのは、クロスSWOT分析の段階で施策(ソリューション)を先取りしないことである。例えば、「○○システムの導入」、「○○人事制度の構築」などといった施策を書き込んではならない。施策は手段であって目的ではない。CSFとして書くべきなのは、あくまでも目的にあたる経営課題である。ある経営課題を実現する手段(ソリューション)は1つとは限らない。例えば、「営業プロセスの標準化」という経営課題があった場合、ITベンダーの人はすぐに「SFA/KMSの導入」というソリューションを提案したくなるかもしれない。だが、「営業プロセスの標準化」を実現するには、他にも「提案書雛形集の整備」、「チームセリングの実施」、「OJTの強化」、「マネジャーによる日報チェックの強化」など、様々な施策が考えうる。これらのうち、どれが最適なのかは、この後でデザインするビジネスモデルやビジネスプロセスによって決まる。

 CSFが特定できたら、そのCSFを実現するビジネスモデルとビジネスプロセスをデザインする。ビジネスモデルの例を以下に示す。これは、「食品スーパーが、これから料理を始める男性をターゲットに、『初心者お助けセット』という調味料のパッケージをPBで販売する」という架空の戦略に基づくビジネスモデルである。ビジネスモデルであるから、モノとカネの流れは最低限押さえておかなければならない。加えて、情報の流れも書いておくとなおよい。下段にある「外部企業を巻き込んだ低価格のセット製品開発」、「消費者ニーズのきめ細かい分析と製品への反映」、「facebookを活用したレシピ情報の自動増殖」、「SNSを活用したレシピ情報の自動増殖」、「消費者が納得する低価格と高品質の両立」の4つがCSFである。CSFの下に書かれている黄色い四角の内容が、CSFを実現するための各種施策となっている。

ビジネスモデルのデザイン

 ビジネスプロセスについても同様に、CSFを実現するためにはどのようなビジネス(業務)プロセスにするべきか、という視点で検討する。ビジネスモデルは業界全体を俯瞰的に描写するものであるのに対し、ビジネスプロセスは自社内部の業務プロセスを割と細かく設計するものである。よって、CSFからいきなりビジネスプロセスを導くのではなく、間に「ビジネスプロセスのあるべき姿の方向性」というワンクッションを挟むとよい。これは、CSFを1段階ブレイクダウンしたものであり、ビジネスプロセスをデザインする上での基本的な考え方、基軸を表している。

ビジネスプロセスのデザイン~あるべき姿の方向性

 上記の例では、「組織営業力の強化」というCSFに基づいて営業部門のビジネスプロセスをデザインしようとしている。そこで、まずは、自社にとって「組織営業力の強化」とは何を意味しているのかを咀嚼している。その結果、「A.組織連携を通じて、中長期的な視点で顧客とのリレーションを強化」、「B.顧客ニーズを深く理解し、製品価値を的確に訴求する提案営業の実施」、「C.標準的な営業プロセスの確立・浸透と、全体のマネジメントサイクルの確立」という3つの方向性を定めた。これらの方向性に基づいて、ビジネスプロセスをデザインしようとしているのが下図である。各プロセスのA~Cは、あるべき姿の方向性のA~Cに対応している。あるべきビジネスプロセスが固まれば、ビジネスモデルの場合と同様に、施策の検討へと移る。

あるべき姿のデザイン

 ビジネスモデルやビジネスプロセスの設計の仕方については、今回はこれ以上は踏み込まない。別の機会にまた解説できればと考えている。また、今回全く触れなかった(7)と(8)についても、別途記事を書く予定である。今回の記事では、事業戦略立案プロセスにおけるクロスSWOT分析の位置づけとその使い方についてご理解いただければ幸いである。


2017年10月24日

DHBR2017年10月号『グローバル戦略の再構築』―日本の中小製造業がこれから海外進出する際の5つのポイント


ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 10 月号 [雑誌] (グローバル戦略の再構築)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 10 月号 [雑誌] (グローバル戦略の再構築)

ダイヤモンド社 2017-09-08

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 本号にはホンダの八郷隆弘代表取締役兼CEOのインタビュー記事が掲載されていた(八郷隆弘「需要地生産の理念と収益性を両立させるホンダの要諦 ローカルで愛され、グローバルで儲ける」)。ホンダは、創業者である本田宗一郎の「需要のあるところで生産する」というモットーに従って、世界6極体制(日本、中国、アジア・オセアニア、ヨーロッパ、北米、南米)を構築してきた。つまり、中国の自動車は中国で、ヨーロッパの自動車はヨーロッパで生産するという体制である。ところが、昨今は世界経済が不安定になり、各地域の需要変動が大きくなりつつあるため、例えばアジア・オセアニアで生産した自動車を南米に持っていくなど、生産能力をグローバル規模で調整し、融通し合うことを検討しているという。ただ、これは海外進出の歴史が長い大企業だからこそ直面している課題であり、また解決可能な課題であると言えよう。

 私は一応中小企業診断士なので、これから海外に進出することを検討している中小企業、特に中小製造業に向けて、今回の記事を書いてみたいと思う。製造業に注目しているのには理由がある。本号にも書かれている通り、製造業はサービス業と違い、規模の経済によって生産性を大きく向上させることができる。しばしば言われるように、昨今の深刻な経済格差を解消するには、生産性向上がカギを握っている。また、製造業には雇用の乗数効果がある。製造業の雇用を1創造すると、サービス業の雇用が1.6創造されるという。「自動車組立工場を作ると隣にウォルマートが来る。だが、ウォルマートができても自動車組立工場は来ない」という言葉もある(アイリーン・ユアン・サン「産業革命の次なる舞台 ”世界の工場”は中国からアフリカへ」より)。

 私は決してサービス業を軽視しているつもりはない。しかし、製造業は様々な機能、職能、技術の複雑な集合体であり、その経営には高度な知識とノウハウが必要とされる。よって、製造業に強い国こそが世界で高い競争力を持つと思っている。アメリカやドイツが第4次産業革命、インダストリー4.0を掲げているのは至極真っ当なことだと思う。製造業が凋落したからと言って、金融業にシフトしたイギリスがますます落ち目になってしまったのとは対照的である。最近の日本では、スマートフォンのゲームアプリで何百億円もの売上高を上げたとか、Youtuberが1億円を稼いだといったことばかりが話題になるが、私が見たい未来はそういう未来ではない。

 今回の記事では、これから海外進出する中小製造業が注意すべきポイントを5つ挙げる。1つ目は、海外市場で売れる「最終製品」を開発することである。日本の中小製造業は、最終製品を組み立てる大企業の下請として、各種部品を製造しているところが多い。しかし、大企業の工場は今や海外に移転してしまった。さらに、大企業はコスト削減のために現地のサプライヤーと新たな関係を構築している。日本に残された中小製造業が、後からその関係に割って入ることは難しい。そこで、今まで部品製造で培ってきた技術を活用して、海外市場向けの最終製品を作る。これは、アンゾフの成長ベクトルで言うところの「多角化戦略(新しい製品を新しい顧客に提供する)」に該当し、最もリスクが高いが、中小製造業が生き残るにはこれしかない。

 日本企業は、顧客に直接会い、顧客の声に耳を傾け、ニーズを丁寧に拾い上げて製品に反映させる能力に長けていると思う。アメリカ企業が大量のデータを駆使して統計的に顧客のニーズを分析したがるのとは対照的である。本号でも、海外、特に新興国では「プッシュ型戦略(企業が売りたい製品を顧客に売る戦略)」ではなく「プル型戦略(顧客を企業側に引きつける戦略)」が有効とされている。具体的には、①顧客が直接表明する怒り、いらだち、不安、苦痛を理解する、②顧客が代替品で何とかやりくりしている問題に着目する、③顧客が法律を歪曲して対応している問題に注目する、といった手法が挙げられている(クレイトン・クリステンセン他「潜在的なニーズをいかにつかむか 市場創造型イノベーション:アフリカを開拓する新手法」より)。

 中小製造業が、日本で製造していた部品と同じ部品を海外で安く製造するのではなく、全く異なる最終製品を海外で製造するのにはメリットがある。ある中小企業は、取引先の親会社からの要請に基づいて、コストダウンのために国内工場の一部を海外に移転させた。海外では何とかコスト削減に成功したが、その後親会社はとんでもないことを要求してきた。「海外でこれだけ安く作れるのだから、御社が国内で我々の日本本社に納めている部品についても、同じ価格で納品してほしい」。親会社が海外でその中小企業の海外子会社から購入している部品と、親会社が日本でその中小企業の日本工場から購入している部品は同じなのだから、親会社の要望は解らなくもない。ただ、中小企業にとっては、とても対応できる問題ではない。もしも国内と海外で別々の製品を製造していれば、こういうリスクは回避することができる。

 本号にはアフリカに関する論文がいくつか所収されていた。アフリカのリスクは、①賄賂・汚職が蔓延している、②インフラが未整備である、③能力を持った人材が欠如している、④(BOP理論で増加が予想されていた)中間層が育っていない、といったことが挙げられる。ただし、これらは程度の差はあれ、アジアの新興国にも該当することである。特に①~③の問題に対処するために、できるだけ自前主義をとるという方策がある。これが2つ目のポイントである。

 前掲のクレイトン・クリステンセン他論文では、ナイジェリアで「インドミー」というインスタント麺の製造・販売を行うドゥフィル・プリマ・フーズ(インドネシアのトララム・グループ傘下の企業)の事例が紹介されている。新興国では、原材料の横流しや、仕入先への賄賂などが頻発する。同社はこうした不正を防ぐために、外部のパートナーに頼らず、自社で原材料から製造することにした。また、ナイジェリアはインフラが未整備で工場の稼働に支障をきたしていたため、同社は電力・水道事業にも着手した。さらに、製品を納品するために、自前のトラックを活用したサプライチェーンを構築し、流通倉庫や小売店も設けた。加えて、ナイジェリアの学校を好成績で卒業した人材を採用し、自前の研修を通じて電気工学、機械工学、ファイナンスなどを教えている。

 ただ、日本で部品製造に特化し、業界のバリューチェーンの一部を占めるにすぎなかった中小製造業が、海外でいきなりバリューチェーンの全部を構築するのはハードルが高い。どうしても現地企業をパートナーとして活用せざるを得ない。そこで、川上や川下のプレイヤーに対して、強いパワーを発揮することが重要となる。原材料メーカーには、高いレベルの品質マネジメントシステムを導入してもらう。そして、定期的に工場の内部監査を行い、5Sが徹底されているかといった基本事項から始まり、高品質と低コストを両立させる製造ラインが整備されているかを直接目で見て確認する。販売店・代理店に対しては、厳しい与信管理を行い、きめ細かく業績管理をする。そして、必要に応じて契約内容やインセンティブを見直す。さらに、川上・川下の両プレイヤーに対して共通することだが、現地パートナーの人材育成に積極的に力を貸すことである。

 日本で新規事業を立ち上げる際には、顧客の生の声を吸い上げると同時に、各種機関が公表している統計データや、市場調査会社から得られる情報に基づいて、緻密な事業戦略を構想することが可能である。ところが、海外の場合は、信頼できる客観的なデータが入手できないことが多い。したがって、厳密なフィージビリティ・スタディは困難である。だから、最後は経営者の直観に頼る部分が大きくなる。ただ、1つだけ明確に決めておくべきことがある。それは「撤退基準」である。撤退基準をはっきりさせておくことが3つ目のポイントである。例えば、「進出後○○年後の累積赤字が△△円になったら撤退する」といった具合である。海外進出で失敗する企業を見ていると、撤退基準を設定しておらず、ずるずると赤字を垂れ流しているのに、「いつか事態は好転するだろう」と楽観視して、結局膨大な負債を抱えてしまう、というケースが少なくない。

 日本の新規事業がそうであるように、海外の新規事業も最初の数年間はほぼ間違いなく赤字になる。日本本社は、海外事業が軌道に乗るまでは、その赤字を補填しなければならない。補填可能な金額が撤退基準であると言えるだろう。海外事業の赤字を補填するためには、日本本社の利益を上積みする必要がある。逆説的なことだが、日本の市場が飽和状態であるから海外に進出するのに、海外事業を成功させるには日本の事業を拡大させなければならないのである。ただし、1つ朗報がある。『通商白書2012』によると、海外での売上高が増加している企業のうち、約5割が国内の売上高も増加しており、海外での売上高が減少している企業のうち、約6割が国内の売上高も減少している。つまり、海外売上高と国内売上高はトレードオフの関係というより、同じ方向に動く傾向が高いことが解っている。

 化学薬品商社である「江守グループホールディングス」は、福井市で100年以上続く名門商社であったが、2015年4月に民事再生法を適用した。同社は2000年代に入ってから中国に進出し、中国事業を積極的に拡大していた。中国事業の売上高は、日本事業の売上高をはるかに上回るまでに成長した。ところが、実は中国子会社では架空売上の計上など粉飾決算が日常的に行われており、実態は大幅な赤字であった。中国事業の実際の累積赤字が発覚すると、その額があまりにも大きすぎたため、日本本社でカバーすることができず、最後は倒産してしまった。これは、中国子会社のガバナンスが機能不全に陥っていたことと、撤退基準が明確でなかったことが重なって引き起こされた悲劇であると言えるだろう。

 4つ目のポイントは、一度ある国に進出したら、中長期的にその国にコミットメントするべきだということである。コスト削減を目的に進出する日本の大企業は、現地の賃金が上がると、すぐにもっと労賃の安い国に工場を移す傾向がある。大企業には余剰資源と体力があるから、それも可能である。しかし、中小企業にとっては、工場を頻繁に移動させることは難しい。一度その国に進出したら、10年、20年はその国でビジネスをする腹積もりでいなければならない。

 アジアの新興国では、政治家の人気取り政策によって、最低賃金が毎年10%以上上がるということも珍しくない。それに耐えられない大企業はすぐに他の国に移ってしまう。だが、これは見方を変えると、最低賃金が上がる分だけ、その国の人々の生活水準が上がるということでもある。今、この記事では、中小製造業が現地で売れる最終製品を製造・販売することをテーマとしている。現地の生活水準が上がったら、今度はより高付加価値製品にシフトしていく。今、新興国で何が売れるのか解らないわけだから、将来的にどんな高付加価値製品が売れるようになるのかを予測することは不可能に近い。しかし、新興国に進出する以上は、長い目で見た時に高付加価値製品にシフトすることも視野に入れておくことが肝要である。

 最後のポイントは、4つ目のポイントとも関連するが、進出先の国の発展に貢献するのだという意気込みを持って進出しなければならないということである。本号には、新興国で電気バイク、電気三輪車を製造・販売するテラモーターズの代表取締役社長である徳重徹氏の記事があった(徳重徹「テラモーターズは失敗から学ぶ 新興国で勝ち残る5つの鉄則」)。これによると、新興国企業のリーダーは非常に愛国心が強いという。そして、社会的意義の高い事業を行おうとしている。日本の中小製造業は彼らと競争することになる。国内市場が頭打ちだから、何となく海外の方が稼げそうだからといった生半可な気持ちで進出すると手痛い目に遭う。

 ただ個人的には、「採点審査に困る創業補助金の事業計画書(その6~10)」でも書いたように、事業の社会的価値を強調しすぎるのもいかがなものかと感じる。大言壮語でビジョンを語られると、かえって胡散臭さを感じてしまう。進出先の国の”全国民”を豊かにするといった類のビジョンは、私はかえって邪魔だと思う。それよりも、経営者が直接観察して発見した、先進国なら当然存在する製品・サービスが欠けているために困っている人たちを助けたいという”リアルな”思い、経営者が雇用したローカル社員に少しでも高い給与を払って彼らの生活レベルを上げたいという”リアルな”思いの方がはるかに重要である。そして、以前の記事「『致知』2017年10月号『自反尽己』―上の人間が下の人間に対してどれだけ「ありがとう」と言えるか?、他」でも書いたように、「この国で事業をさせていただいている」という謙虚な姿勢を忘れないことである。

 新興国は国策として外国からの投資を呼び込んでいる。よって、新興国に進出する中小製造業は、政府や行政と良好な関係を構築することが必要になる。『コークの味は国ごとに違うべきか』の著者であるパンカジュ・ゲマワットは、本号の論文で、現在各国で問題になっている収入格差を解消するために、政府は保護主義ではなく、セーフティーネットの整備、最低賃金の引き上げ、税制改革、職業訓練などを施すべきであり、企業がこれらの政策の支持を表明すれば大きなメッセージになると述べている(パンカジュ・ゲマワット「多国籍企業は混乱の中でどこに向かうべきか トランプ時代のグローバル戦略」より)。

 ただ、これはどちらかというと大企業向けの提言であり、中小製造業が実施するには困難が伴う。中小製造業は身の丈に合った形で政府の政策に協力し、社会的責任を果たせばよい。例えば、繰り返しになるが、最低賃金すれすれの賃金ではなく、社員にとって魅力的な賃金を支払うこと、また、社員に対して十分なトレーニングを実施し、能力の向上に貢献することなどである。これらの取り組み1つ1つは小さなものかもしれないが、日本の多くの中小製造業が新興国に進出するようになれば、確実にその国の発展に貢献する。


2017年10月17日

『世界』2017年10月号『「一強」は崩壊したのか』―「様々な政治的課題で左派の山の方が大きい」という事実誤認、他


世界 2017年 10 月号 [雑誌]世界 2017年 10 月号 [雑誌]

岩波書店 2017-09-08

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 (1)
 現下の状況では、米朝両国に対し、世界中に災厄を撒き散らしかねない武力衝突への道を回避するように諫め、朝鮮戦争の完全停止―両国の平和条約締結・国交正常化に向かう話し合いを開始せよ、と促すことだ。
(神保太郎「メディア批評 第118回」)
 米朝関係が緊迫したまま膠着状態にあるが、左派はすぐにここで「対話」を持ち出してくる。しかし、この段階で米朝がどんな対話をすればよいのか、具体的なスクリプトを提示した左派を私は知らない。ただ単に、対立する両者が交渉のテーブルに着いて、「まあまあ、ここは仲良くやりましょうよ」と言えば、両者が和解するというユートピアを描いているかのように私には映る。

 第一、ミサイルを次々と打ち込んでくる北朝鮮に対して、すぐに対話を求めること自体がおかしい。仮に、日本国内で、空に向かってパンパンと拳銃を撃ち鳴らす凶暴な人がいたら、まずは警察に何とかしてくれと頼むであろう。まさか、その人に近づいて行って、「ここは話し合いを」などと言う人はいない。それに、左派がすぐに対話を求める姿勢は、沖縄県における基地反対運動と矛盾する。辺野古移設をめぐっては、工事現場に出入りする車両を力づくで止めようとする左派、市民活動家が後を絶たないと聞く(実際に逮捕者も出ている)。力に対しては力で対抗するのが普通の反応である。左派は、身近に感じている脅威に対しては過激に振る舞うのに、それ以外の脅威に対しては冷静な対話を要求しているわけであり、論理的に一貫していない。

 そもそも、左派は「対話」というものを誤解している。旧ブログの記事「「対話」という言葉が持つソフトなイメージへのアンチテーゼ」でも書いたが、一般的に「対話」と言うと、和やかな雰囲気の中でお互いの意見を語り合うという印象がある。しかし、対話は「議論」の対極に位置する。議論は、参加者が冷静に意見交換をし、合理的に結論を導くプロセスである。その対極にある対話とは、実は本質的に暴力的である。参加者は冷静さを欠き、感情的に高ぶっている。相手を非難し、罵倒し、恫喝し、脅迫する。その言動は時に支離滅裂であり、非合理的である。一歩間違えば、本当に暴力の応酬になる。かろうじて残っている理性が非理性を何とか制御している。

 そして、お互いに気の済むまで自分の見解を奔放にぶつけ合うと、相手の意識の根底に横たわっていた本音が透けて見えてくる。ここに至って初めて、相互理解が進む。対立していた両者は、必ずしも相手のことを正しいとは認めないが、未来に向けて同時に一歩を踏み出すようになる。何か合理的な結論に双方が合意することが重要なわけではない。むしろ、そんな合意は存在しないかもしれない。双方が膠着から前進へと移るという事実こそが重要である。これが本来の対話のプロセスというものなのである。現在、北朝鮮は相変わらずミサイルでアメリカを挑発し、アメリカがそれに言葉と制裁で応酬するということを繰り返している。これは彼らなりの対話のプロセスの一環であり、将来的に交渉のテーブルに着くために避けては通れない道である。

 (2)
 中野:実際の世論調査では、むしろリベラル、左派の山のほうが大きい。どういうことかというと、原発、雇用、福祉、安保法制、特定秘密保護法、共謀罪―これらのイシューで民進党の立ち位置よりも左側に多くの有権者がいることを世論調査はむしろ示している。真ん中に高い山が1つではなく、右寄りと左寄りに2つ山があるのかもしれない。
(中北浩爾、中野晃一「政党政治の底上げは可能か―揺れる安倍政権と野党の活路」)
 引用文中にある政治的課題をめぐっては、右派より左派の方が山が大きいと著者は言うわけだが、これは正確な表現ではない。実際の世論調査の結果を拾えるだけ拾ってみた。

 <安保法制
 ・共同通信=「廃止するべきではない(47%)」⇔「廃止するべきだ(38%)」
 ・産経新聞=「必要(57%)」⇔「必要だと思わない(35%)」
 ・日本経済新聞=「廃止すべきではない(43%)」⇔「廃止すべきだ(35%)」
 ・朝日新聞=「賛成(30%)」⇔「反対(51%)」
 ・毎日新聞=「評価する(37%)」⇔「評価しない(49%)」

 <共謀罪
 ・日本経済新聞・テレビ東京=「賛成(58%)」⇔「反対(23%)」
 ・読売新聞=「賛成(58%)」⇔「反対(25%)」
 ・産経新聞・FNN=「賛成(57.2%)」⇔「反対(32.9%)」
 ・朝日新聞=「賛成(35%)」⇔「反対(33%)」
 ・毎日新聞=「賛成(49%)」⇔「反対(30%)」

 <特定秘密保護法
 ・共同通信=「賛成(35.9%)」⇔「反対(50.6%)」
 ・時事通信=「必要(63.4%)」⇔「必要でない(23.7%)」
 ・FNN=「必要(59.2%)」⇔「必要でない(27.9%)」
 ・日本テレビ系列=「支持する(57.3%)」⇔「支持しない(27.6%)」
 ・テレビ朝日系列=「支持する(38%)」⇔「支持しない(32%)」
 ・NHK=「必要(25%)」⇔「必要でない(16%)」
 ・朝日新聞=「賛成(30%)」⇔「反対(42%)」
 ・毎日新聞=「賛成(29%)」⇔「反対(59%)」

 <原発再稼働>
 ・朝日新聞=「賛成(29%)」⇔「反対(57%)」
 ・毎日新聞=「賛成(26%)」⇔「反対(55%)」

 原発再稼働に関する世論調査は、東日本大震災から6年を迎える今年の3月に実施されたものであるが、朝日・毎日新聞以外では実施されていないようであった(個別の原発の再稼働に関して、地元新聞が行った世論調査はあった)。引用文中には、あと「雇用」と「福祉」がある。雇用に関しては「労働市場を流動化するべきか、それとも労働者の権利を保護すべきか」、福祉に関しては「社会保障を削減するべきか、それとも充実させるべきか」という世論調査を想定しているのだろうが、「雇用 世論調査」、「労働市場 世論調査」、「福祉 世論調査」、「社会保障 世論調査」をキーワードにgoogleで上位100ページを調べたものの、そのような世論調査は見つからなかった。以上の結果を見ると、右派より左派の山の方が大きいのは原発再稼働ぐらいで、総合的に左派の山の方が大きいとはとても言い難い。

 今月号は、何としてでも安倍政権を倒したいという意向が随所に垣間見える内容だった。上記の世論調査に関する印象操作はまさにその典型である。左派は自分にとって都合のいいように事実を捻じ曲げている。左派は、歴史問題に関しては、まずは事実と真摯に向き合うべきだと主張する。日中、日韓の間で、歴史的事実に関して完全なる合意ができなければ、両国との過去を清算し、未来志向の関係を構築することは困難だと言う(もっとも、左派が言う歴史的事実が本当に事実なのかという疑問はあるのだが)。ところが、こと実際の政治問題となると、虚言を並べ立てる。ナチスでプロパガンダの天才と呼ばれたヨーゼフ・ゲッベルスは、「嘘も100回言えば真実になる」と言い、旧ソ連は虚偽の情報を国民に信じ込ませるための広告手法を共産党員に熱心に教育した。日本の左派がやっていることは、これと大して変わらないのではないか?

 (3)
 そんな中、1つだけはっきり言えるのは、「ポスト安倍」時代こそ「中庸の精神」にもとづく政治が必要とされてくる、ということだ。安倍政権は、戦後秩序を根本から変えるという国民を二分するテーマに挑戦し続け、国民の間に深刻な軋轢を生じさせた。寛容な態度で多様な価値観を認める「中庸の精神」という保守主義の美徳は、国民の分断という傷を癒やし、再び統合へと導く大きな力となるだろう。
(園田耕司「保守政党よ、「中庸の精神」たれ―「ポスト安倍」時代への提言」)
 私は、安倍総理は十分に中庸の精神を発揮していると思う。前回の衆議院議員総選挙で改憲勢力が3分の2以上を獲得した時、自民党は野党時代の2012年に取りまとめた「日本国憲法改正草案」をベースに議論を進める予定であった。しかし、この草案は現行憲法の内容を大きく書き換えるものであり、天皇を元首として定め、愛国心と郷土愛を強調し、国民の基本的人権を制限し、家制度の復活を匂わせる内容であった。さすがにこの内容では国民の理解が得られないと感じた安倍総理は、熟慮の結果、9条の改正一本に絞ったわけである。しかも、自民党草案では「国防軍」と明記されていたところを、まずは国民に広く理解・支持されている「自衛隊」の存在を9条3項に書き込むという、極めて穏健な加憲を目指すことにした。

 もちろん、この加憲案は問題もはらんでいる。9条2項には「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」とあり、この後に3項として自衛隊の存在を加えると、「戦力ではない自衛隊とは何なのか?」、「交戦権が認められていないのに、自衛権を行使してもよいのか?」などといった議論を巻き起こす恐れがある。そして、これまでもそうであったように、この手の議論は日本を取り巻く安全保障の現状を離れて、神学的な論争になりやすい。それでも私は、安倍総理が本当は心の中で実現したいと思っている自民党草案を一旦棚上げし、9条のみにフォーカスしたことに中庸の精神を感じるのである。少なくとも、改憲か護憲かという単純な二項対立の図式にはめ込み、改憲と護憲の中庸は護憲であるという不可解な方程式を導く左派よりはずっとましである。

 (4)
 しかし、事故前に定められた「自衛隊原子力災害対処計画」にはない、原発敷地内、つまり原発オンサイトでの原子炉への注水や給水、燃料プールへの放水などの作業が、いつ誰からどのような経路で自衛隊に依頼され、自衛隊内部でどのような議論がなされ、事後それはどう総括されたかという点については(※防衛省は)一切回答しなかった。
(七沢潔、中村勝美「吉田調書を超えて(第3回)―原発事故と自衛隊(下)」)
 福島原発事故では自衛隊が出動したが、日本の自衛隊は海外の軍とは違って、ポジティブリスト方式で動いている。海外の軍は「これだけは絶対に行ってはいけない」という禁止事項を列挙するネガティブリスト方式であるのに対し、日本の場合は「これだけは行ってもよい」という事項を列記するという方式をとっている。本記事は、原発オンサイトにおける自衛隊の一連の活動が、このポジティブリスト方式に則っていないのではないかと問題提起をするものであった。

 自衛隊のミッションは、非常事態において国民の生命を守ることである。非常事態においては何が起きるか事前に予測することが不可能であり、その時の状況に応じて柔軟に対応することが要求されるから、本来であれば海外のようなネガティブリスト方式の方が適切である。だが、日本のポジティブリスト方式をネガティブリスト方式にがらりと変えるのは、抜本的すぎておそらく非常に時間がかかる。よって、当面は自衛隊が行ってもよいことをポジティブリストの中にできるだけ包括的に定めておくという策が現実的であろう。今回の福島原発事故が、将来の原発事故に備えてポジティブリストを見直す契機になるとよいと思う。

 ところで、9月には2020年の東京五輪・パラリンピックを見据えて、テロ対策の訓練が秩父宮ラグビー場など各地で実施された。訓練の主体は警視庁や海上保安庁であった。私はここで、なぜ自衛隊が加わっていないのかと不思議に感じた。テロは不特定多数の国民の生命を脅かす行為である。ならば、警察ではなく自衛隊が出動するべき場面であるはずだ。

 日本では伝統的に、自衛隊よりも警察の方が権限が強いという傾向がある。国際問題アナリストの藤井厳喜氏は、オウム真理教による地下鉄サリン事件はテロであり、警察のキャパシティを超えているがゆえ、自衛隊マターであったと述べている(藤井厳喜、飯柴智亮『米中激戦―いまの「自衛隊」で日本を守れるか』〔KKベストセラーズ、2017年〕)。海外では、テロが起きると必ず軍が最前線に出てくる。日本の場合、ポジティブリストにテロへの対応がまだ十分に書き込まれていないのかもしれない。テロへの対応は自衛隊と警察が協力して行うものだという認識に立って、どこまでが警察の守備範囲であり、どこからが自衛隊の出番なのか、そして、警察と自衛隊はどのように連携するのかをポジティブリストの中で明らかにする必要があると考える。

米中激戦!  いまの「自衛隊」で日本を守れるか米中激戦! いまの「自衛隊」で日本を守れるか
藤井厳喜 飯柴智亮

ベストセラーズ 2017-05-26

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 (5)
 武田さんが生涯を通じて問い続けてきたのは、伝統に根ざす、特殊で排他的な要素をも含む土着的価値の中のポジティブな要素を、いかにして普遍的な「民主的価値」にまで高めていくか、ということである。
(阿部菜穂子「インタビュー 武田清子氏に聞く―「天皇観の相剋」と現代」)
 武田清子氏は『天皇制の相剋』などの著書がある、御年100歳の近代日本思想史学者である。戦前の天皇制が天皇の絶対化・神格化から全体主義へと至ったという過去を反省し、戦後の日本人は「常に人間を超えた普遍的な価値というものに、自分たちの現実が沿っているか銅貨を反省してインプルーブしていく」ことが重要だと説いている。

 だが、ここで私は「人間を超えた『普遍的な価値』」というものが果たしてあるのかどうかと疑問に感じる。引用文では、それを「民主的価値」に高めていく必要があるとされているが、これではまるで、戦前の日本が上からの全体主義化であったのに対し、21世紀の日本が下からの全体主義化を志向しているようにも見えてしまう。実は、『正論』2017年10月号にも、「脱宗教化されたグローバルで民主的な普遍的価値をアメリカが世界に広めていき、日本はそれに協力するべきだ」といった趣旨の記事があった(ケヴィン・M・ドーク「グローバル社会だからこそ「武士道」を」)。私はこうした主張に首をかしげざるを得ない。

月刊正論 2017年 10月号 [雑誌]月刊正論 2017年 10月号 [雑誌]
正論編集部

日本工業新聞社 2017-09-01

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 我々は人間を超えた価値を認めるべきである。これは、人間が合理主義者を名乗って傲慢にならないようにするために絶対に必要である。合理主義を超える価値は、非合理である。なぜ正しいのかを合理的に説明することはできない。ただ、人間を超越しているからというその理由だけで尊い。そして、その非合理的な価値には、人間がどれだけ逆立ちしても到達することができない。我々はその価値を信じるしかない。よって、これは宗教である。そして、ここからが重要であるが、その宗教が政治を規定する。非合理が合理を規定する。合理は非合理に影響されることによって、逆説的だが絶対に完全な合理になることがない。つまり、人間を謙虚にする。

 近代以降の原則は政教分離であるとされるが、実際には土着の非合理が世俗の合理の輪郭を作る。したがって、唯一絶対の政治システムというものは存在しない。土着の非合理の数だけ、政治も多様になる。そして、我々は、他国の土着の非合理が自国の政治を脅かさない限りにおいて、他国の土着の非合理を尊重しなければならない。他国の政治を理解するとは、その国の宗教を理解することである。ある国が自国の宗教に対して謙虚であるのと同様に、他国の宗教に対しても寛容さを示せば、世界に多様な宗教的価値が併存することを認めることができ、全世界を普遍的価値が覆う場合と比べて、かえって国家間の連帯が可能になるであろう。



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