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『世界』2018年1月号『民主政治の混迷と「安倍改憲」/性暴力と日本社会』―「安保法制は海外での武力行使を可能にする」はミスリード、他
『正論』2018年1月号『非礼国家 韓国の自壊/「立憲民主」という虚構』―日本の左翼の欺瞞
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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都豊島区を拠点に、東京23区で活動する中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。コンサルティングなどの仕事の実際の中身は守秘義務の関係で書くのが難しいため、書評が中心となっている点は何卒ご容赦あれ。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

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(城北支部執行委員、青年部長を務めています)

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2018年01月25日

『世界』2018年1月号『民主政治の混迷と「安倍改憲」/性暴力と日本社会』―「安保法制は海外での武力行使を可能にする」はミスリード、他


世界 2018年 01 月号 [雑誌]世界 2018年 01 月号 [雑誌]

岩波書店 2017-12-08

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 (1)本号でトランプ大統領とロシアとの関係について取り上げられていたが、本当のことは私にはよく解らない。ロシアがトランプ氏を大統領にすることでどのような国益の実現を狙ったのかは不明である。ただ、トランプ氏が大統領に選出された過程を見ると、以前の記事「【シリーズ】現代アメリカ企業戦略論」で書いた、アメリカのイノベーション創出プロセスと非常に酷似していると感じる。まず、トランプ氏自身が正しい人物であることを唯一絶対の神と約束(契約)する。そして、国民の支持を集める、言い換えれば契約の正しさを人々に信じ込ませるために、あの手この手を使ってプロモーションを仕掛ける。

 その情報は真実なくてもよい。トランプ氏が神のお墨つきを受けた正しい人物だと思わせることが重要である。今回の大統領選ではロシアからアメリカに向けて大規模なサイバー攻撃があったとされるが、そのかなりの部分はアメリカの激戦区に向けられていたそうだ。そして、そのサイバー攻撃を担っていたのが、マケドニアの人々であったことが明らかにされている。マケドニアでは工業が衰退し、若者の失業率が上昇していた。Web上にトランプ氏を支持する(ポスト)真実を投稿するだけで、簡単にお金を稼ぐことができる。マケドニアの若者がこれに飛びつかないわけがなかった(吉見俊哉「トランプのアメリカに住む 第1回 ポスト真実の地政学」より)。

 イノベーションにおけるプロモーションがそうであるように、トランプ氏のプロモーションも国民の嗜好を強引に転換させようとする強硬なものである。だから、当然のことながらトランプ氏に反発する人々が出てくる。トランプ氏は彼らを敵と見なし、徹底的に攻撃する。以前の記事「『組織の本音(DHBR2016年7月号)』―イノベーションにおける二項対立、他」でも書いたように、ここに二項対立が出現する。トランプ氏にとっての敵はヒラリー・クリントン氏である。公開討論において、ヒラリー氏が理路整然と政策を語ったのに対し、トランプ氏はヒラリー氏のメール疑惑を執拗に攻撃し、さらに人格批判まで行った。この場合、真実がどうであるかよりも、相手にいかにクリティカルなダメージを与えられるかの方が重視される。こうしてヒラリー氏に打ち勝ったトランプ氏が晴れて大統領になったというわけである。

 トランプ大統領は、アメリカ流のイノベーションの産物であると言えよう。今回の大統領選の直後には、アメリカ国民が分断され、深刻な亀裂が残ったと報じられた。しかし、本ブログでしばしば書いているように、大国というのは本質的に二項対立的な発想をする国である。だから、どういうメカニズムによるものかは私もまだ十分に明らかにできていないが、アメリカは今回の大統領選で生じた二項対立に今後も上手に対処していくものと思われる。

 (2)
 わが国に対する武力攻撃を排除するための必要最小限度の実力を備えることは、9条第2項が禁じる戦力を持つことではないとしてきた。つまり、自衛隊が「戦力」でないのは、それが専守防衛の実力組織であり(安保法制が施行されるまでは)他国の軍隊のように集団的自衛権に基づき海外で武力行使をすることがないからであった。(中略)しかし、安保法制の施行によって、自衛隊が限定的とはいえ海外でも武力行使ができるようになった現在、それが「戦力」に当たらないことを憲法上「はっきりと分かりやすく」表現することは、必ずしも容易ではなくなった。
(阪田雅裕「憲法9条改正の論点 自衛隊の明記は可能か」)
 私の読み方が悪いのかもしれないが、安保法制や憲法改正をめぐる左派の記事を読んでいると、「現行憲法の自衛隊は専守防衛の実力であり武力行使ができないが、安保法制によって海外における武力行使が可能になった。ここで憲法に自衛隊を明記すると、武力行使が明文によって正当化される。その結果、自衛隊が海外での戦争に巻き込まれる」といった論理を展開しているように感じる。ここでまず注意すべきは、現行憲法の下でも、そして安保法制がなくても、9条第1項の武力行使の禁止に反して、武力行使が限定的に認められているという点である。

 防衛省のHPには次のように書かれている。
 憲法第9条はその文言からすると、国際関係における「武力の行使」を一切禁じているように見えますが、憲法前文で確認している「国民の平和的生存権」や憲法第13条が「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」は国政の上で最大の尊重を必要とする旨定めている趣旨を踏まえて考えると、憲法第9条が、わが国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置を採ることを禁じているとは到底解されません。

 一方、この自衛の措置は、あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置として初めて容認されるものであり、そのための必要最小限度の「武力の行使」は許容されます。これが、憲法第9条のもとで例外的に許容される「武力の行使」について、従来から政府が一貫して表明してきた見解の根幹、いわば基本的な論理であり、1972(昭和47)年10月14日に参議院決算委員会に対し政府から提出された資料「集団的自衛権と憲法との関係」に明確に示されているところです。
 つまり、自衛権の範囲で武力行使は肯定されているというわけである。そして、武力行使の3要件として、従来は、①我が国に対する急迫不正の侵害があること、②これを排除するために他の適当な手段がないこと、③必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと、が定められていた。この3要件を修正したのが安保法制であり、それによると、武力行使の新3要件は、①我が国に対する武力攻撃が発生したこと、または我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること、②これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと、③必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと、とされている。

 ちなみに、通常の集団的自衛権が同盟国に対する攻撃から同盟国を守ることを目的としているのに対し、安保法制で認められた集団的自衛権は、同盟国に対する攻撃から我が国を守ることを目的としているという点で、個別的自衛権の延長線上にあるものだと私はとらえている。さらにつけ加えると、この集団的自衛権は、実際には「使えない」代物であると私には映る。

 2014年5月28日付毎日新聞「安保法制:与党協議 提示された15事例 集団的自衛権が過半数」で紹介された15事例のうち、集団的自衛権の行使に該当するのは事例8~15の8つであるが、集団的自衛権の行使には全て国会の同意が必要とされている。例えば、事例11「米国に向け日本上空を横切る弾道ミサイルの迎撃」については、仮に北朝鮮がアメリカに向けてICBMを発射した場合、日本の上空に達するのはわずか5分程度である。その間に国会を召集し、集団的自衛権の行使の同意を取りつけ、ミサイルを迎撃するのは不可能である。

 また、安倍首相が頻繁にパネルを使って説明した事例8「邦人を乗せた米輸送艦の防護」についても、戦闘地では刻々と危険が増大しており、迅速に邦人を国外に退避させなければならないのに、のうのうと国会を召集しているようでは、結局のところ自衛隊は役に立たない。個人的に、安保法制はアメリカとの同盟・協力関係に対する日本のコミットメントを示す程度の役割しか果たしていないと思う(以前の記事「『躍進トランプと嫌われるメディア(『正論』2016年7月号)』―ファイティングポーズを見せながら平和主義を守った安倍総理という策士、他」を参照)。

 話を憲法改正に戻そう。私は、自衛隊を憲法に明記するべきだと考える。どの国も、自国の領土・領海・領空と国民を防衛してくれる軍隊には最大限の敬意が払われている。日本の自衛隊を海外の軍隊と同列に扱うことには異論もあるだろうが、少なくとも現に日本と日本人を守ってくれている自衛隊のことが憲法からすっぽりと抜け落ちているのは、自衛隊に対する重大な差別である。この異常事態を一刻も早く解決しなければならない。では、具体的にどう憲法に規定すればよいか?以前の記事「『致知』2018年2月号『活機応変』―小国は国内を長期にわたって分裂させてはならない。特に日本の場合は。」でも書いたように、論理的に考えれば交戦権まで否定した9条第2項を削除して新たに自衛隊を規定するのが筋である。だが、交戦権の否定は国民の反対に遭う可能性が高いため、安倍首相が提示した9条第3項加憲が無難であると考える。

 ここで問題になるのは、交戦権が否定された自衛権にどこまでの武力行使が可能かということである。自衛権の歴史を紐解いてみると、1837年のカロライン号事件に行き着く。カロライン号事件とは、イギリス領カナダで起きた反乱に際して、反乱軍がアメリカ合衆国船籍のカロライン号を用いて人員物資の運搬を行ったため、イギリス海軍がアメリカ領内でこの船を破壊した事件である。アメリカ側からの抗議に対し、イギリス側は、自衛権の行使であると主張した。アメリカ側は、国務長官ダニエル・ウェブスターが、自衛権の行使を正当化するためには「即座に、圧倒的で、手段選択の余地がない」ことが必要だと主張し、本件に関しこれらの要件が満たされていることについての証明を求めた。この自衛権行使に関する要件は「ウェブスター見解」と呼ばれる。

 現在、国際的には、「ウェブスター見解」において表明された自衛権正当化の要件である「即座に、圧倒的で、手段選択の余地がない」ことを基礎に、その発動と限界に関する要件が次の3つにまとめられている。つまり、①急迫不正の侵害があること(急迫性、違法性)、②他にこれを排除して、国を防衛する手段がないこと(必要性)、③必要な限度にとどめること(相当性、均衡性)の3つである。日本の武力行使の3要件も新3要件もこれに従っている。だがここで私は、ウェブスター見解にある「圧倒的で」という文言に着目したい。

 以前の記事「『正論』2018年1月号『非礼国家 韓国の自壊/「立憲民主」という虚構』―日本の左翼の欺瞞」でも書いたように、専守防衛に徹し、必要最小限度の武力行使のみを行うだけでは抑止力にならない。自衛権は国内法の正当防衛とは完全にイコールではない。正当防衛であれば、殴りかかってきた相手を殴り返したらそれで事が収まるかもしれない。しかし、国家間の紛争となると、相手は軍事資源が尽きるまで際限なく攻撃をしてくる可能性がある。それに対して必要最小限度の武力行使でちまちまと対抗していてはやがて限界が来る。相手が3発撃ってきたら3発撃ち返すのではなく、5発でも6発でも撃ち返す覚悟があることを示すことが抑止力になる。実際、現在の日本の軍事費は世界で第8位と大規模であり、国土の狭さを考えれば、必要最小限度の規模を明らかに超えている。憲法改正はこの実態も踏まえる必要がある。

 私の考えはこうである。まず、9条第3項として、「前項(=第2項)の規定は、自衛のための実力組織の保持を妨げるものではない」という規定を置く。自衛隊という名称は将来的に変わる可能性もあるため、憲法には書かず、「自衛のための実力組織」という表現にとどめる。また、様々な論者の改憲案を見ていると、「自衛のための『必要最小限度の』実力組織」という文言が使われていることが多いが、前述のように必要最小限度では抑止力にならず、また実態として現在の自衛隊の実力が必要最小限度を超えているので、そのような縛りはかけない。

 そして、武力行使について混乱を来す第1項も修正する。「武力による威嚇又は武力の行使」と言う文言を削除し、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」とする。このように規定すると、「交戦権にまでは至らず、かつ抑止力として最大限の自衛権の行使とは具体的にどの程度の武力行使を指すのか?」が争点となるが、この点は今後の憲法解釈に委ねる。

 (3)日本では、自民党に有利だと言われる選挙制度を修正すると、かえって自民党を利するという不思議な現象が起きる。以前の記事「『世界』2017年12月号『「政治の軸」再編の行方―検証 2017年総選挙』―「希望の党」敗北の原因は「排除」発言ではない、他」では、中選挙区制から小選挙区比例代表制への移行が自民党の一強をさらに加速化させたことを述べた。2017年に行われた衆議院議員総選挙は、選挙権が20歳以上から18歳以上に引き下げられてから初めて行われた選挙であったが、10代は自民党への投票率が高かった。しかし、元々選挙権の年齢の引き下げを強く希望していたのは旧民主党である。

 だが、10代の政治意識は必ずしも成熟しているとは言えない。選挙後に行われた調査で、各政党のスタンスが保守と革新のどちらであるかを年齢階層別に尋ねたものがあるが、これによると、10代~20代は、自民党や維新こそが革新的であり、民進党や社民・共産党は保守であると認識している(BUSINESS INSIDER「「自民党こそリベラルで革新的」―20代の「保守・リベラル」観はこんなに変わってきている」〔2017年10月31日〕。本号でも小熊英二「「3:2:5」の構図 日本の得票構造と「ブロック帰属意識」」で本調査に言及している箇所がある)。保守と革新(リベラル)の違いを正しく認識していない日本の若者像が浮かび上がってくる。

 こう書くと、「では、若者に対して政治教育を実施しよう」という意見が出てくる。選挙年齢が引き下げられた際、学校での政治教育の必要性が主張されたこともあった。しかし、選挙年齢が20歳以上であった時代には政治教育など議論の遡上にも上らなかったのに、選挙年齢が18歳に引き下げられた途端に政治教育が登場するのはおかしい(以前の記事「『震災から5年「集中復興期間」の後で/日本にはなぜ死刑がありつづけるのか(『世界』2016年3月号)』―「主権者教育」は子どもをバカにしている、他」を参照)。選挙権が与えられるということは、その年齢になって政治意識が成熟し、政治的な判断ができるようになったと見なされることである。そして、その政治意識は、教育ではなく、若者が日頃接触する様々な情報によって自然と醸成される。

 現在の10代はインターネットから多くの情報を得ている。しかし、仮にインターネットの影響力が強いのであれば、ネトウヨが跋扈しているWeb上の世界に感化されて、10代の意識は自民=保守、それも強烈な保守に振れるはずである。それとは正反対の結果になっているということは、私は依然としてマスメディアの影響力が強いためだと考える。10代の政治意識が混乱しているのは、各政党が保守や革新に関する党としての考えを適切に発信せず、またマスメディアもそれを適切に報じていない点に負うところが大きいと思う。政党とマスメディアの責任は重い(もちろん、自民党もその責任を逃れられるわけではない)。

 (4)金鐘哲「韓国「ロウソク革命」の中で 小田実太後10年に寄せて」は、韓国が日本の民主政治に説教を垂れているようで、読んでいていい気がしなかった。著者はまずこう述べる。
 韓国の歴代軍事政権や守旧政権も定期的に選挙を行い、形式的に議会制を維持しました。日本を長期的に支配してきた自民党政権や今日の安倍政権もそうで、またいわゆる民主主義の模範国家といわれる米国の政治も選挙と議会政治をしていますが、その民主主義は見かけだけという現実がますます明確になっています。
 つまり、形式としての民主主義ではなく、その実質が問われなければならないとしている。ところが、著者は日本の民主主義がいわゆる下からの革命を経験していないことを問題視し、逆に韓国のロウソク革命が下からの革命、しかも無血革命を実現したことを賞賛している。
 普段はどんなに苦痛や不満があってもじっとそれに耐えていますが、決定的な瞬間にはためらうことなく抵抗的な行動に打って出るのが、韓国近代の民衆運動史の大きな特徴になってきました。そうしなければ、支配勢力は少しも譲歩しないし、奴隷的な生活を強要される状況は少しも変わらないことを、韓国人は長年にわたる王朝時代と植民地時代、そして独裁政権時代を通じて痛感してきたからです。李承晩の独裁政権に対抗して決起した1960年4月の経験、1980年の光州民主抗争、そして軍部独裁政権を終わらせた1987年6月抗争は、そうした抵抗運動の大きなな流れを形成してきた代表的な事例です。今回の「ロウソク革命」も結局、その抵抗運動の延長線上で展開された闘争であったことはあえて説明するまでもありません。
 ここで著者は、民主主義は下からの革命という形式を取らなければ獲得できないという形式論に陥っており、先ほどの主張と矛盾する。そもそも、1987年の6・29民主化宣言によってようやく民主主義が実現した”急造”民主主義国家に、明治時代の自由民権運動から大正デモクラシーを経て日本国憲法に民主主義が定着した歴史を持つ日本のことを批判されたくない。それに、民主主義とは権力を一部の限定された人間に集中させないための仕組みであるにもかかわらず、韓国では民主主義によって選ばれた大統領がほぼ例外なく権力に溺れ、失脚している。その韓国に、一体日本の民主主義をとやかく言う資格があるだろうか?

 ロウソク革命に関するレポートを読むと、革命の中核を担っていたのは親北派の活動家であるとされている。近年の韓国は左傾化が進んでおり、それが文在寅というウルトラ親北派の大統領の誕生として結実した。現在、アメリカは中国と協力して北朝鮮の非核化を進めている。アメリカと中国の関係は、対立もあれば協力もあるという非常に複雑な関係であるが、私は、北朝鮮問題を機に米中が手を握るのを恐れている。そして、北朝鮮が非核化し、中国が北朝鮮に傀儡政権を打ち立てれば、韓国は喜んで北朝鮮と統合するであろう。すると、日本は米中と朝鮮半島の国に囲まれるという危機に陥る。そうなった場合、日本がどうすればよいか、私には妙案がない。もしかすると、ロシアと手を結ぶという選択肢が浮上するのかもしれない。


2018年01月23日

『正論』2018年1月号『非礼国家 韓国の自壊/「立憲民主」という虚構』―日本の左翼の欺瞞


正論2018年1月号正論2018年1月号

日本工業新聞社 2017-12-01

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 『孟子』には、大国に挟まれた小国がとるべき戦略ついて書かれた文章がある。
 滕の文公問いて曰く、滕は小国なり。斉・楚に間(はさ)まれり。斉に事(つか)えんか、楚に事えんか。孟子対えて曰く、此の謀(はかりごと)は吾が能く及ぶ所に非ざるなり。已むなくんば則ち一〔法〕あり。斯の池を鑿(うが)ち、斯の城を築き、民と与に之を守り、死を効(いた)すとも民去らずんば則ち是れ可為らん。

 【現代語訳】
 滕の文公がたずねられた。「滕はごく小さな国で、しかも斉と楚の2つの大国の間にはさまっています。〔どちらかに附かないと危いのだが〕、さて斉に附いたらよいものか、楚に附いたらよいものか、自分は迷っている。いったい、どうすればよいのだろう。」孟子はお答えしていわれた。「さあ、どうすればよいのか、私にも分かりかねます。だが、是非にとおっしゃるなら、たった1つだけ〔方法が〕あります。それは、このお城の堀を深くし、城壁を高くし、万一の場合には人民といっしょに籠城して、たとえ命をおとすとも、人民が〔殿様を見捨てて〕逃げだすようなことがなければ、宜しいでありましょう。〔それにはひたすら仁政を施したもうことです。〕」
孟子〈上〉 (岩波文庫)孟子〈上〉 (岩波文庫)
小林 勝人

岩波書店 1968-02-16

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 つまり、小国は徹頭徹尾、専守防衛に徹するべきだというわけである。ところで、『正論』2018年1月号を読んでいたら、恐ろしい事実が書かれていた。
 17年8月と9月に太平洋上に弾道ミサイルを撃ち込んだときの北朝鮮発の宣伝写真も面白い。リリースされた写真の、金正恩の近くの卓上モニターの表示は、ミサイルがどこに落ちたかを西側の報道によって把握した後で、画面を直して合成したものである。北朝鮮は近年のミサイル発射において事前に着弾海面に観測船を出していないので、どこにどう飛んでどう落ちたかは、西側情報を総合するまで、知り得ないのである。
(兵頭二十八「北のミサイル 日本国民はここに備えろ」)
 北朝鮮軍事に無知な私などは、北朝鮮は弾道ミサイルが日本列島を避けるよう、着弾地点を正確にコントロールしているものだと思い込んでいた(中国やロシアから移植した技術を用いれば、それは簡単に実現できるはずである)。ところが、驚くべきことに、北朝鮮は自国が発射した弾道ミサイルがどこに落ちるのか事前に把握していないのだという。ということは、弾道ミサイルが誤って日本列島に落ちる危険性があることを意味する。日本は迎撃態勢を早急に整えるべきだし、以前の記事「『正論』2017年11月号『日米朝 開戦の時/政界・開戦の時』―ファイティングポーズは取ったが防衛の細部の詰めを怠っている日本」でも書いたように、永世中立国であるスイスに倣って、核シェルターを急いで全国に張り巡らせる必要がある。

 そもそも、日本の防衛の基本方針である「専守防衛」というのも足枷である。日本は、「相手から武力攻撃を受けた時に初めて防衛力を行使し、その防衛力行使の態様も、自衛のための必要最低限度にとどめ、また保持する防衛力も自衛のための必要最低限度のものに限る」としている。この点について、日本の元陸上自衛官で、第36代東部方面総監を務めた渡部悦和氏は、著書『米中戦争―そのとき日本は』(講談社、2016年)の中で、次のように述べている。
 手足を縛りすぎた、この専守防衛というキャッチフレーズのために、国際的なスタンダードの安全保障議論がいかに阻害されてきたことか。集団的自衛権の議論、他国に脅威を与えない自衛力という議論、長距離攻撃能力(策源地攻撃能力)に関する議論、宇宙の軍事利用に関する議論など、枚挙にいとまがない。例えば、「他国に脅威を与えない自衛力」にこだわれば抑止戦略は成立しない。他国に脅威を与える軍事力があるからこそ、他国の侵略が抑止できるのである。
米中戦争 そのとき日本は (講談社現代新書)米中戦争 そのとき日本は (講談社現代新書)
渡部 悦和

講談社 2016-11-16

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 日本が相手国の攻撃を思いとどまらせるだけの抑止力を持つためには、自衛隊の位置づけを早く憲法上で明らかにしなければならない。安倍首相は9条3項に自衛隊を書き加えるという加憲案を提示しており、公明党もこれを支持している。だが、3項に自衛隊を書き加えた場合、2項(「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」)との関係が問題になる。戦力でない自衛隊とは何なのか、交戦権を持たない自衛隊には何ができるのかをめぐって、またしても神学論的な論争が繰り広げられる恐れがある。かといって、自民党内に根強く残る「国防軍」案も、自衛隊と国防軍との違いは何なのかという別の論争を巻き起こすに違いない。自衛隊が外国(特に中国と北朝鮮)に対して抑止力を持つためには、2項を削除して、新たに2項に自衛隊のことを記述するのがベストだと思う。
 ―共産党は?
 山添:明記すべきではありません。自衛隊を書き込んだ途端に2項は死文化、無意味なものになっていきます。自衛隊に対する縛りがなくなっていく、制限が解かれていくと思います。
 ―自衛隊は先々なくした方がいいというお考えですよね?無くしてからどのようになされたいのですか?
 山添:北東アジアで平和友好関係を構築するということです。攻めてこられなければ、あるいはお互いに威嚇するような関係でなければ、抑止力を持つ必要はないわけです。しかし、それには時間がかかります。まずは自衛隊の海外派遣を可能にする立法を改めるべきです。安保法制は廃止にすべきだし、軍縮を進めていくことも必要です。
(中谷元、細野豪志、山添拓、福島瑞穂、山尾志桜里「あの山尾志桜里センセイが語った憲法論とは・・・」)
 この山添拓議員の発言は意味不明である。確かに、国家間に信頼関係が構築されていれば、抑止力を持つ必要はない。例えば、日本とアメリカの間には日米同盟を基礎とする分厚い信頼関係があるから、日米がお互いに対して抑止力を持つことはない。だが、中国は現に尖閣諸島に対する野心を露わにし、ゆくゆくは沖縄も狙っている。北朝鮮は弾道ミサイルを日本にぶち込んで日本を火の海にしてやると威嚇している。日本と中朝の間には信頼関係がない。この状況で抑止力を手放せば相手の思うつぼである。以前の記事「岡部達味『国際政治の分析枠組』―軍縮をしたければ、一旦は軍拡しなければならない、他」でも書いたように、軍縮のためには一旦軍拡という回り道をしなければならない。両国の緊張が極限に達してようやく、対話の糸口が見えてくる。これが国際政治のリアリズムである。山添議員にはこの感覚が欠けている。

 それから、自衛隊の海外派遣の問題と安保法制の問題は別物である。現在、憲法解釈に基づいて自衛隊の海外派遣と安保法制が可能になっているが、いかようにも揺れ動く可能性がある憲法解釈という脆弱な基盤に頼るのではなく、憲法にしっかりと自衛隊のことを書いた上で、その条文と自衛隊の海外派遣、ならびに安保法制との関係を個別に論じるのが筋だと思う。その手続きを踏まないで、自衛隊の海外派遣も安保法制も一緒くたにしてダメだと言うだけであれば、共産党は何に対してもNOとしか言わない政党だとの誹りを免れ得ないだろう。

 ちなみに、共産主義国以外で国会に共産党が議席を持っているのは、日本とフランスだけだそうだ。トランプ大統領は、11月7日に「共産主義犠牲者の国民的記念日(National Day for the Victims of Communism)」声明を発表した。声明の中でトランプ大統領は、20世紀に世界中で共産主義の犠牲になった人の数は1億人を超えており、これは戦争による犠牲者よりも多いと述べている(江崎道朗「SEIRON時評 No.40」)。これが共産主義の実態である。

 中国に狙われている沖縄であるが、沖縄タイムスと琉球新報という2大紙が左傾化した報道を続けていると、八重山日報編集長の仲新城誠氏が『正論』の中で何度も指摘している。沖縄貿易局が辺野古の新護岸工事に着手した11月6日には、来日したトランプ大統領と安倍首相が首脳会談を行ったが、その日の沖縄タイムスの社説には次のような文章が掲載されたという。
 「日米韓中露の協調体制を維持し、北朝鮮に非核化を求めていくと同時に、北朝鮮の安全保障を考える時期にきているのではないか」
(仲新城誠「オール沖縄は敗れたのに勝った、勝ったと大騒ぎ・・・」)
 「北朝鮮に対する日本の安全保障を考える時期にきているのではないか」の間違いではないかと疑ったが、沖縄タイムスのHPを見ると、確かに「北朝鮮の安全保障」と書かれている(沖縄タイムス「社説〔トランプ大統領来日〕戦争を防ぐ手だて示せ」2017年11月6日)。なぜ、日本を核ミサイルで威嚇するような国の安全保障を日本が考えてやらなければならないのか、全く訳が解らない。それに、6か国協議は完全に機能不全に陥っているのに、今さら「日米韓中露の協調体制」による対話を持ち出すのは、単に美辞麗句を並べてもっともらしいことを言いたいという左翼の欲求を満たしているだけである。かように、日本の左翼は滅茶苦茶である。

 先の衆議院議員総選挙で、枝野幸男氏が率いる立憲民主党が躍進した。小池百合子氏のいわゆる「排除」発言で行き場を失ったリベラルにとって、立憲民主党がその受け皿になったと言われる。だが、枝野氏は元々9条改憲論者であり、自身のことを保守と明言している。ところが、メディアが立憲民主党のことを、自民党に対抗するリベラル政党であると持ち上げたことで、枝野氏は自分が「リベラル保守」であるなどと、倒錯した発言をするようになった。

 立憲民主党は、実は党の綱領を民進党から流用しており(筆坂秀世「リベラル?革命を捨てた左翼のなれの果て」)、主要な顔ぶれは菅内閣のメンバーと同じで(阿比留瑠比「大研究『枝野幸男』論 本当に筋を通す男なのか」)、陰では続々とリベラルの議員が入党している。保守を掲げながら、裏でリベラル化が進行しているのを見ると、まるでかつての旧民主党のようである。枝野氏が「リベラル保守」を掲げるのも、前原誠司氏がセンターライトとセンターレフトの間で揺れ動いていた姿に重なる(以前の記事「『「3分の2」後の政治課題/EUとユーロの行方―イギリス・ショックのあとで(『世界』2016年9月号)』―前原誠司氏はセンターライトと社会民主主義で混乱している、他」を参照)。立憲民主党は、結局は旧民主党と同じ道をたどるのではないか?

 もちろん、自民党も保守一本やりではなく、リベラルとのバランスを取っている。安倍首相はその辺のかじ取りが非常に巧みであり、選挙が近づくとリベラルな政策で有権者の支持を集め、選挙で大勝すると保守的な政策を進める。このやり方で、5年間安定的に政権を運営してきた。厳密に言うと、リベラルには2つの種類がある。1つは狭義のリベラルとでも言うべきもので、大きな政府を志向し、社会福祉の充実を目指す。安倍首相のリベラルな政策はこれに該当する。

 もう1つのリベラルは左翼の本丸であり、革命を目指し、究極的には国家という枠組みを取り払おうとするものである。旧民主党のリベラル議員は左翼議員である。だから、中国や韓国に土下座をして日本国家の価値を否定したり、外国人参政権の導入を目指して日本の政治を外国人に乗っ取らせることを画策したりする。安倍政権は保守とリベラルの政策をともに議論の俎上に載せるのに対し、旧民主党の左翼はリベラルの政策を秘密裏に実行しようとしていたからたちが悪い。リベラルとは、「表で主張していることと裏でやっていることが違う考え方の勢力」(山村明義「よみがえる『民主党』の悪夢」)という指摘は、まさにその通りである。その旧民主党とニアリーイコールの立憲民主党の動向には、特別の注意を向けなければならない。


2018年01月20日

【数学ⅡB】センター試験(2018年)を解いてみた(7年連続)


数学

 【2018年センター試験シリーズ】
 【世界史B】センター試験(2018年)オリジナル解説
 【日本史B】センター試験(2018年)オリジナル解説
 【化学】センター試験(2018年)オリジナル解説
 【数学ⅠA】センター試験(2018年)を解いてみた(7年連続)
 【数学ⅡB】センター試験(2018年)を解いてみた(7年連続)
 《過去の戦歴》
 センター試験数学ⅡB(2012年度分)を約12年ぶりに解いてみた(旧ブログ)
 【数学ⅡB】2013年センター試験を昨年に続いて解いてみた
 【数学ⅡB】2014年センター試験を3年連続で解いてみた
 【数学ⅡB】センター試験(2015年)を解いてみた(4年連続)
 【数学ⅡB】センター試験(2016年)を解いてみた(5年連続)
 【数学ⅡB】センター試験(2017年)を解いてみた(6年連続)

 問題、解答は「センター試験2018|解答速報2018|予備校の東進」を参照。数学ⅠAに続いて自力で解き、一応全問正解した。繰り返しになるが、おじさんだって頑張ればできるのだ。数学ⅠAとは違って邪道な解き方をしていないから、下図の解き方が適切な解き方だと思う。きちんとした解説を知りたい方は、予備校のHPでご確認ください。全体の難易度はそれほど高くないと感じたのだけれども、予備校のHPを見ると、平均点は数学ⅠAよりも約10点ほど低い50点台になっている。数学ⅡBは計算量が多いため、時間切れになってしまう受験生が多いと推測される。計算力を上げるには、やはりたくさんの問題を集中的に解くしか方法はない。なお、第5問は例によって統計の問題であるため、割愛した(何度も言うが、来年こそは解こう)。

 【第1問】三角関数、指数・対数関数(難易度:★☆☆)←難易度は私の主観。
 〔1〕は、最初に改めてラジアンの定義を尋ねられると、一体何だったかと一瞬迷ってしまった。(3)は三角関数の方程式の問題だが、問題文中で「加法定理を用いると」、「三角関数の合成を用いると」と丁寧に指示されているので、それに従えば解ける。x=θ+π/5、π/2≦θ≦πより、x-π/3の範囲に注意する。〔2〕は指数・対数関数に関する標準的な問題である。一般に、y=logaxにおいて、底の条件よりa>0かつa≠1、真数条件よりx>0、yの閾値は実数全体である。

 【第2問】微分・積分(難易度:★★☆)
 この問題に限らないが、図をできるだけ正確に描いて、設問で何が問われているのかを正確に把握することが重要である。〔1〕の(2)は、「1<v<v0の範囲でUは・・・」とあり、最後に「v>1におけるUの最小値は・・・」とあることから、最初から増減表を書いた方が解きやすい。〔2〕は、f(x)がx≧1の範囲で常にf(x)≦0を満たすことから、下図にあるように面積を求めるべき図形はx軸より下にあるため、マイナスのつけ忘れに注意。W=-F(t)+F(1)であるが、F'(t)=f(t)、またF(1)は定数であるからF'(1)=0であることに気づくと、W'=-f(t)であると解る。

 【第3問】数列(難易度:★★☆)
 (1)(2)は公差数列、公比数列の基本中の基本の問題であるから、絶対に落としてはならない。(1)(2)の結果は(3)で使用するため、(1)(2)を間違えると全滅する。(3)については、数列{cn}の定義がややこしいが、要するに、cnn(a1-b1)+(n-1)(a2-b2)+・・・+2(an-1-bn-1)+1(an-bn)を見ると、下線部はnから1まで順番に減っていき、カッコ内は1からnまで順番に増えていくということである。よって、cn+1は、下線部をn+1から1まで順番に減らしていき、カッコ内を1からn+1まで順番に増やしていけばよい。dnを求めた後は、階差数列を用いた一般項の求め方に従う。Σ2・3k+2については、Σ2・33・3k-1=Σ54・3k-1と変形すると、初項54、公比3の等比数列の和を求めるのと同じ式になる。

 【第4問】ベクトル(難易度:★★☆)
 第3問、第4問とも、問題文が長くて一瞬戸惑うが、問題文が長いということは、それだけヒントもたくさん隠されているということである。特に数学ⅡBの場合は、設問文の中で解き方を誘導している箇所があるため、問題文をよく読み込むことが大切である。個人的には、s=-a/(1-a)、t=-3(1-a)と答えさせるのがいやらしいと感じた(下線部が解答部分)。普通はs=a/(a-1)、t=3(a-1)と書きたくなるものである。ただ、0<a<1より、a-1<0となるから、マイナスの値にある値をかけるという形で答えさせるのを出題者が嫌ったのかもしれない。

センター試験(2018年)数学ⅡB①
センター試験(2018年)数学ⅡB②
センター試験(2018年)数学ⅡB③
センター試験(2018年)数学ⅡB④
センター試験(2018年)数学ⅡB⑤
センター試験(2018年)数学ⅡB⑥




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