プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2012年12月24日

「重要な意思決定を自分自身で下すとたいてい失敗する」という私的パラドクス


 今年の夏にこれまでの自分を色々と振り返る機会があり、その時に解ったことが1つある。それは、「人生で重要な意思決定は自分自身で下したいと思っているのに、自分で決めた場合は大抵失敗している」という、にわかには認めがたい事実である。このブログをスタートさせた時の記事"I declare that I'm free to write WHATEVER I like."で、「これからはもっと自由に生きてみたい」と書いており、周りからは「自分で意思決定を下したいのではないのか?」と言われそうだが、これまでに自分で下した重要な意思決定が失敗したことは紛れもない事実である(もちろん、失敗から学んだこともあるから、完全な失敗と決めつけるのもよくないが・・・)。

 新卒で入社したシステムエンジニアリングの会社は1年ちょっとしかもたなかったし、前職も苦い経験だらけだった。ファーストリテイリングの柳井正氏が言う「1勝9敗」どころか、「1勝29敗」ぐらいの、DeNAもビックリする勝率(DeNAファンの皆様ごめんなさい・・・)だったのではないか?と思うぐらいだ。実は2社とも、周囲は入社に反対していた。今振り返ってみると、2社とも危ない会社であるというサインが、採用面接の時からビシビシと発せられていた。当時の私もそのサインに薄々気づいていたにもかかわらず、それよりも入社後のメリットの方が大きいに違いないと勝手に判断し、周囲の反対を押し切って入社を決めてしまった。

 もう少し遡ると、中学生の頃に「法学部に入って弁護士になる」と将来の進路を決めていたものの、いざ望み通り法学部に入ってみたら、2年で見事に頓挫した過去もある。今でもよく覚えているが、2年生の冬に民法(物権法)の試験を受けた時のこと、私は授業にあまり出席しておらず、単位認定率が低いことで有名なその教授の試験に、友人からコピーしてもらった講義ノートと市販の教科書の内容をほぼ一夜漬けて頭に詰め込んで挑むことになった。試験が無事終わると、私は寝不足と脱力感に襲われ、帰宅途中に立ち寄ったサークルの部室で2時間ほど昼寝をしてしまった。そして夕方になって起きてみると、昨晩覚えた内容をすっかり全部忘れてしまったことに気づいたのである。その瞬間、私は法律を学ぶのに向いていないと絶望し、それ以降の冬の試験を全てパスしてしまった(それでも、私がいた大学は進級時の取得単位数の基準が存在しなかったことから、よくも悪くも留年せずに済んだ)。

 ただ、大学そのものを決めたのは私ではない。そして、その大学に行ったこと自体は全く後悔していない。今でも親交が続く大事な友人たちとの出会いをくれたのは、まぎれもなくあの大学である。あの大学を目指したのは、高校1年の時の担任の先生が、入学後初の実力テストでたまたま私の点数がよかったのを見て、「この成績ならあの大学を目指せるよ」と言ったのがきっかけである。それまでは正直なところ、地元の大学ぐらいしか考えていなかった。あの大学は雲の上のような存在で、私のような分際の人間が行けるところではないと勝手に決めつけていた。担任の先生がそう言ってくれていなければ、絶対にあの大学には行っていなかったと思う。

 5年前に取得し、現在の生業の中心となっている中小企業診断士の資格も、実は私が積極的に狙ったものではない。大学で生協食堂のコンサルティングなどをやっていた時に(今振り返ると、あれはコンサルと呼べるほどのものではなかったが・・・)、経営知識に乏しい私を見かねたある先輩が、「中小企業診断士の資格でも取ってみたら?」と私にアドバイスした。結局、在学中に診断士の勉強をすることはなかったが、先輩の言葉がずっと耳に残っていて、後に新卒入社した会社を半ば勢いで辞めてしまい、さてこれからどうしようか?となった段階で、購入だけしてあった診断士のテキストを見て、「診断士でも受けてみるか」という気持ちになったわけである。

 もう1つ嘘のような本当の話を。私は珠算・暗算とも有段者で、そのおかげで脳が鍛えられたと思っているのだが、そろばんを始めたきっかけは何ともあっさりしている。母親に連れられて見学に行ったそろばん塾で、先生に「1足す1をやってごらん?」と言われ、親指で2回そろばんの珠を弾いたら、「すごいじゃん。君はそろばんできるよ」と褒められたから入塾したのだ。もっとも、大人がそれを聞けば、先生なりのセールストークであることは簡単に見抜けたかもしれないが、何はともあれ先生にそう言われなければ、私は7年もそろばんを続けていなかったに違いない。

 どうも私は自分の意思決定能力を過信していたみたいである。重要な局面では、自分の判断力を信じるよりも、他人の意見に素直に従った方が、今のところうまくいっているようだ。"I declare that I'm free to write WHATEVER I like."の内容と一貫性を持たせるならば、次のように解釈できるだろう。20代の私は、人生を左右する重要な意思決定を自分で下したが、それが失敗の始まりであり、その後意思決定を覆して環境を変えることが難しく、流れに身を任せていたら余計にひどい目にあった。簡単に言えば、「重要な場面=自分頼み、重要でない場面=他人頼み」だった。30代はこれを逆にして、「重要な場面=他人頼み、重要でない場面=自分頼み」としてみよう。その結果どんな人生になるか解らないが、自分の判断力を過信しがちな私の弱みが災いすることは、20代に比べれば少なくなると信じている。

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