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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2013年01月20日

【ベンチャー失敗の教訓(第1回)】経営ビジョンのない思い入れなき経営


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 個人にとって「私は何者であるのか?」を表すのがアイデンティティであるならば、企業にとって「我が社は何者であるのか?」を表すのは経営ビジョンであると思う。そして、個人のアイデンティティが混乱した社会の中で人生を生き抜くのに必要であるのと同様に、ビジョンは複雑な経済環境の中で企業が競争力を保ち、持続的な利益を上げるための源泉となる。

 人間は社会的な存在であるから、アイデンティティには客観的に規定される側面がある。すなわち、外的世界の要請の結果として「私は何者になるのか?」ということである。しかし同時に、人間は主体的な存在でもあるので、アイデンティティは主観的な面も備えている。つまり、「私は何者でありたいのか?」という問いへの積極的な答えだ。同じように経営ビジョンも、客観的・主観的双方の観点から規定される。

 ここで、客観面と主観面のどちらが重要かを考えてみると、それはやはり主観面の方だろう。「私は何者でありたいのか?」が不明確な人間は、社会に振り回される刹那的な人生を送ることになる。同様に、「我が社は何者でありたいのか?」が不明確な企業は、環境変化に受動的に反応するだけの空しい組織体となる。そのような企業は、社員を結束させられず、モチベーションを引き出せないことは想像に難くない。

 経営ビジョンの主観的な側面は、経営陣の個人的な経験に根ざしていることが多い。例えば、スターバックスを急成長させたハワード・シュルツの経営ビジョンは、シュルツが約30年前にイタリアを訪れたことに端を発している。イタリアのコーヒーバーであるバールは、イタリア人にとっては単なる「コーヒーを飲む場所」ではない。バールは朝から夜まで多くの人で賑わい、バリスタが入れたエスプレッソを媒介にして、人々がつながっていく一種のコミュニティである(※1)。当時、アメリカではコミュニティの崩壊が社会問題となっていた。シュルツは、イタリアのバールをアメリカに持ち込むことで、コミュニティの再建を狙ったわけだ。

 また、スターバックスは人間重視企業としても知られる。これもシュルツの個人的な経験に基づいている。シュルツの幼少時代、トラック運転手をしていたシュルツの父親は、氷の上を歩いている時に転び、足首を骨折した。その結果父親は職を失い、家族の健康保険の権利も喪失した。その頃は労働災害保障も存在しておらず、家族は頼るべき収入を失った。両親は毎晩、電話で借金の工面をしていた。シュルツはこの経験から、将来自分に機会が訪れたら、社員を大切にし、十分な給与を支払い、充実した福祉を提供できる企業を作ろうと決心した(※2)。

 90年代に苦境に陥っていたIBMを再建させたルイス・ガースナーは、就任直後の記者会見で、「今のIBMに最も必要でないものは経営ビジョンだ」と語った。しかし、その発言通りに全く経営ビジョンを掲げなかったわけではない。むしろ、ハードベンダーからサービス、ソリューションプロバイダへの転換を図るという、野心的な経営ビジョンを持っていた。

 これは、当時のIT業界の動向を考察した結果であると同時に、ガースナー自身の経験から導かれたものである。ガースナーは前職でアメリカン・エキスプレスの副社長を務めており、IBMは同社のシステムを担う取引先の1つであった。ガースナーは、IBMの社員が自社製品ばかりを売りつけてくるのに辟易していた。それよりも、社内に乱立する様々なベンダーのシステムをまとめて、ビジネスに直結した成果を出してくれる役割を誰か担ってくれないものかと期待していた。ガースナーはIBMに転籍した後、その役割をIBM自身に課し、トータルソリューションを提供する企業を標榜したのである(※3)。

 経営ビジョンが個人的な経験に基づいた強い主観面を備えていると、経営ビジョンはその企業に固有のものとなり、深みを増し、意思が宿る。そして、経営ビジョンの持つ固有のストーリーや意思に惹かれるようにして、同じ志を持った社員が集まってくる。

 X社、Y社、Z社いずれの経営陣も、明確な経営ビジョンを持っていなかった。私が転職活動をしていた時、最終面接でX社のA社長と面談する機会を得たのだが、私はA社長に「3年後に御社はどうなっていたいとお考えですか?」と質問した。どういう経営ビジョンを持っているのかを確認するための質問だった。しかし、A社長の回答は、「3年後にどうなっていたい、というものは特にない」というあっけないものであった。

 X社は当時、創業して3年ほどの会社であったから、私は逆に、「この3年間でどのような成果がありましたか?」と過去のことを尋ねた。3年間の成果の中身から、X社が一体どういう企業で、今後どのような方向に動く可能性があるのかを間接的に知ることができると考えたからだ。しかしここでもA社長からは、「とりあえず3年間で、やっと会社らしくなった、ということぐらい」という、何とも歯切れの悪い答えしか聞くことができなかった。

 賢い転職者ならば、A社長との面談の内容から、「この会社は危ない」と感じて内定を辞退していたことだろう。しかし、私は新卒入社で入った企業をわずか1年あまりで辞めた後、中小企業診断士の勉強をしていた関係で、8か月ほどのブランクがあった。このブランクが不利に働いて転職活動で苦戦していたこともあり、私は目先の内定確保に走ってしまった。今振り返れば、失敗の始まりはこの時であった。

 私がX社に入社した後も、経営ビジョンが不明確であることがたびたび問題視された。A社長も現場からの突き上げに渋々応じるような形で経営ビジョンを考えるのだが、「日本のGDP成長率は労働力人口の伸び率と相関関係にある」とか、「グローバル経済において知識経済化が進んでいる」とか、「中国・インドの台頭で日本の経済的地位は低下する」といった、マクロ環境の話ばかりを振りかざしていた。そして、コンサルティングファームの出身者らしく、きれいなパワーポイントの資料を作って満足してしまっていた。社員が知りたかったのは、そんな大上段に構えた話(しかも、インターネットでちょっと調べれば誰にでも解るような情報)ではなく、「結局、我が社は何をしたいのか?」という意思の話であった。

 こうした事態を見かねたのか、Z社のC社長主導で、3社の経営ビジョン作成を外部のコンサルタントに依頼したことがあった。コンサルティングファーム出身の人間が、自社の経営ビジョンすら作れないということ自体おかしな話なのだが、C社長はこのプロジェクトに一千万円に近い投資したと言われる。3社の合計売上が2億円台だったことを考えると、それがいかに高額の投資であったかがお解りになるだろう。しかし、これだけの投資にもかかわらず、でき上がった成果物はパワーポイント3枚のみ。つまり、3社の経営ビジョンの文言が1枚ずつまとめられただけだった。

 もっとも、経営ビジョンは簡潔であることに越したことはないから、枚数の多寡はこの場合あまり問題ではない。より問題なのは、3人の社長が3枚のスライドに書かれた文言を自分のものにできていなかったことである。このコンサルティングプロジェクトが終わった後、経営陣と社員との間で新しい経営ビジョンを共有するためのワークショップが何回か開かれた。だが、悲しいかなA社長はX社の経営ビジョンを上手く説明できなかった。それどころか、「これを読んでどう思うか?」ということばかりを聞いてきた。社長が理解できていないことを、社員の口から説明させようというのは無茶な注文である。ワークショップはすぐに形骸化した。

 経営ビジョンについて、現場の社員の声を聞くという発想自体は間違っていない。社長の考えが絶対とは限らないし、経営ビジョンについて各々がどのように解釈し、日常業務に活かしているのかを共有することは重要だ。そうした対話を通じて、経営ビジョンに対する全社員の相互理解が深まる。あるいは、認識の違いが浮き彫りになったとしても、それを解消する建設的な対話によって、経営ビジョンの中身がより鮮明になることもある。

 しかし、そういうワークショップを行う大前提として、誰よりもまず社長自身が経営ビジョンについて深く考え、その解釈をストーリーとして社員に語らなければならない。結局、最後に人間を動かすためには、「論理」に加えて「情理」が必要なのである。A社長には情理が欠けており、経営への思い入れが低かったと言わざるを得ない。
(※注)
 X社(A社長)・・・企業向け集合研修・診断サービス、組織・人材開発コンサルティング
 Y社(B社長)・・・人材紹介、ヘッドハンティング事業
 Z社(C社長)・・・戦略コンサルティング
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(※1)「『スターバックス ラテ』を徹底解剖 - おいしいラテとは何なのか」(マイナビニュース、2012年10月2日)

(※2)ビル・ジョージ、ピーター・シムズ『リーダーへの旅路―本当の自分、キャリア、価値観の探求』(生産性出版、2007年)

リーダーへの旅路―本当の自分、キャリア、価値観の探求リーダーへの旅路―本当の自分、キャリア、価値観の探求
ビル ジョージ ピーター シムズ Bill George

生産性出版 2007-08

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(※3)ルイス・ガースナー『巨象も踊る』(日本経済新聞社、2002年)

巨象も踊る巨象も踊る
ルイス・V・ガースナー 山岡 洋一

日本経済新聞社 2002-12-02

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