プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2013年02月10日

【ベンチャー失敗の教訓(第4回)】何にでも手を出して、結局何もモノにできない社長


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 Z社のC社長は非常に移り気の激しい人で、戦略コンサルティング以外にも様々な分野に手を出そうとしていた。本業の戦略コンサルティングが軌道に乗っていれば、多角化する意義もまだ理解できるというものだが、私が入社した頃は、C社長が個人的にやっていた投資事業(「【ベンチャー失敗の教訓(第2回)】営業活動をしない社長」を参照)が前年度に稼ぎ出した利益のおかげで、何とか会社が持っているような状態であった。

 C社長が最初にやろうと言いだしたのは、当時民間企業の参入が相次いでいた介護分野であった。しかし、C社長には介護事業に関する知見も経験もなく、スタッフにも介護分野に詳しい人はいない。にもかかわらず、介護事業のHPを立ち上げて、「我々は介護事業のエキスパートです」などといった嘘八百を並べ立て、転職サイトに介護事業スタッフの募集広告を出していたことが解った時には、入社したばかりの私もさすがに驚いた。幸いなことに(?)、応募してくる人は誰もおらず、数か月もするとC社長の熱も冷めてしまったので、この話は立ち消えになった。

 次にC社長が目をつけたのは飲食業であった。C社長は社内のコンサルティングスタッフを集めて、業務時間の合間に事業計画を作らせていた。コンサルタントが作っただけのことはあって、資料だけは立派だった。精緻な市場動向分析から始まって、ポジショニングマップで競合他社をマッピングし、ブルーオーシャン戦略に登場する戦略キャンバスを使って自社が提供しようとしている顧客価値を定義していた。しかし、立地はどこにするのか?内装はどうするのか?材料はどこから調達するのか?店舗のオペレーションはどうするのか?店舗スタッフはどうやって採用し、教育するのか?見込み客にはどのようなプロモーションをかけるのか?などといった肝心の議論が抜けており、まさに文字通り画餅に終わってしまった。

 介護事業も飲食業も、非常に泥臭い労働集約型のビジネスであり、かつ利益も出しにくい。言い換えれば、苦労の多いビジネスである(他のビジネスは苦労が少ないというわけではないが・・・)。C社長にはおそらく、その苦労を自ら背負う覚悟はなかったのではないか?なぜならば、C社長は介護事業に対しても飲食業に対しても、「私が前職のコンサルファームで儲けたお金がある。そのお金を出すから、後は君たちでやってくれ」というスタンスを常に崩さなかったからである。大企業の新規事業であれば、経営陣が資金のバックアップを約束し、実行部分は部下に権限移譲する、ということも考えられるであろう。しかし、人手不足のベンチャーにあって、お金(と口)を出すだけの傍観者など全く不要なのである。

 その後もC社長はいろんな分野に手をつけようとした。サービスマネジメントがブームになると「サービスマネジメントのコンサルティングをやる」と言い出し、日本のメーカーはデザインが弱点だと言われ始めると「デザインのコンサルティングをやる」と言い出し、海外の優れた法人営業研修のコンテンツを見つけてくると「それを使って営業力強化のコンサルティング」をやると言い出し、ソーシャルメディアの登場で新しいWebマーケティングが出てくると「Webマーケティングのコンサルティングをやる」と言い出し、民間企業の農業への参入が話題になると「農業のコンサルティングをやる」と言い出すありさまだった。

 どのコンサルティングをとってみても、深い知見と確かなノウハウが必要なものばかりである。しかも、Z社のような無名のベンチャーがコンサルティングをやるからには、よっぽど優れたメソドロジー(方法論)を持っているか、その分野での実務経験が豊富なスタッフを抱えていなければ競合他社と勝負できない。しかし、そういう武器を持たないZ社は、結局のところ、

 C社長が「これをやる」と言ってお金を出す
⇒コンサルティングスタッフがメソドロジーを考える
⇒コンサルタントにとっても未知の分野なので、メソドロジーの確立に時間がかかる
⇒クライアントに提案してもメソドロジーの曖昧さゆえに相手にされない
⇒コンサルティング実績が積めないので、メソドロジーに磨きがかからない
⇒ますますクライアントからの受注が困難になる
⇒やがてC社長が出したお金が底をついて、C社長がその事業に飽きる

というサイクルを繰り返すばかりであった。

 C社長は、とりあえず見込みがありそうなものには何にでもお金を出しておき、どれかが当たってリターンが上がればそれでOKという考え方の持ち主であった。これはひとえに、C社長の経歴も影響していると考えられる。C社長は前職のコンサルティングファームで、コンサルタントとしてキャリアを踏んだ後、最後はファーム内の投資部門で働いていたそうだ。投資部門の役割は、有望な事業家を見つけ、ポートフォリオを組んで投資を行うことである。その時のクセが、Z社を立ち上げた後にも抜けきっていなかったのであろう。

 投資家であれば、リスク低減のために分散投資をするのは理に適っている。しかし、経営者、しかも中小企業の経営者の仕事は、大きなリスクを取って限られた経営資源を特定の事業に全集中させることでなければならない。この点をC社長は解っていなかったのだと思う。

 余談だが、X社、Y社、Z社の各社長は、お互いの会社の株式を持ち合っていた。私が入社してから4年ほど経った頃、ずっと業績低迷にあえいでいたY社がグループから離脱することになった。Y社の大株主であったC社長は、保有するY社の株式を全て、Y社の新しい社長に譲渡することで話がついていた。ところが、譲渡手続に入る直前になって、C社長が「やはり過半数は持っておきたい」などと言い出し、交渉が難航したことがある。どうしても株主として振る舞いたいC社長の一面が、ここでも垣間見えた格好となった。
(※注)
 X社(A社長)・・・企業向け集合研修・診断サービス、組織・人材開発コンサルティング
 Y社(B社長)・・・人材紹介、ヘッドハンティング事業
 Z社(C社長)・・・戦略コンサルティング
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