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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2013年03月17日

【ベンチャー失敗の教訓(第9回)】額縁に飾られているだけの行動規範


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 3社が入っていたオフィスには、至るところに5つの行動規範が書かれた額縁が飾られていた。
 ・勇気を出して未知の領域に飛び込む
 ・決意を持って独自の価値を創りだす
 ・多様性の中で志を相互に尊重する
 ・内外の知を結集して最高を目指す
 ・体現主義を貫くことで深い信頼を築く
 どれももっともな内容であり、ベンチャー企業らしい行動規範である。だが、3社の社長がこの言葉の意味を深く理解し、実践しようとしていたかどうかははなはだ疑問である。社長が理解していないのだから、社員が理解していなくて当然である。その結果、表面上は上記の行動規範を実践できているかもしれないが、実際には成果につながらないというケースが散見された。

 まず、「勇気を出して未知の領域に飛び込む」、「決意を持って独自の価値を創りだす」に関しては、以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第4回)】何にでも手を出して、結局何もモノにできない社長」でも触れたが、Z社のC社長は介護ビジネス、飲食業、サービスマネジメント、デザインコンサルティング、Webマーケティング、農業コンサルティングなど、次々と新分野に手を出していた。これだけを見れば、勇気と決意を持って未知の領域に進出しているかもしれない。

 だが、具体的にどの市場をターゲットとするのか?そのターゲットにはどうやってアプローチするのか?サービス提供のオペレーションはどうするのか?自社の資産のうち何を強みの源泉とするのか?足りない資源はどこからどうやって獲得するのか?などといった戦略上の問いに答えないまま、「巷で流行っていて、何となく儲かりそうだから」という淡い期待だけでベンチャー企業の希少な人的資源をつぎ込むのは、勇気ではなくただの無鉄砲である。コンサルティングファーム出身のC社長ならば、なおさらその点をよく自覚していなければならなかったはずだ。戦う武器を持たずに戦場へ出る勇気が称えられるのは、映画とRPGの世界の中だけである。

 X社のA社長も、C社長ほどではないが似たようなところがあった。女性のキャリア開発が話題になると女性向けのキャリア開発研修やメンタリング研修を、企業内のうつ病社員の増加が話題になるとメンタルヘルスマネジメント研修を、IBMや日産に倣ったダイバーシティマネジメントが話題になるとダイバーシティ研修を、ミドルマネジャーのリーダーシップ不足が話題になるとリーダー育成研修を、リーマンショック以降売上を短期的に回復させるために営業力強化に乗り出す企業が多くなると営業力強化研修をやる、といったありさまであった。私も研修開発に携わっていたが、次から次へと新しい研修を担当させられるため辟易していた。

 「多様性の中で志を相互に尊重する」に関しては、社員の顔触れを見ると確かにバックグラウンドは多様だった。コンサルファーム出身者以外にも、ITベンダー、保険会社、住宅メーカー、金融、教育など様々な業界から、いろいろな職種の人たちが集まっていた。だが、私が5年半在籍した中で、多様性のありがたみを感じた、すなわち「この業界のこの職種の経験を持った人の知識が、仕事をする上で非常に役に立った」と感じたことは、残念ながら記憶にない。結局のところ、多数派を占めるコンサルティングファーム出身者の流儀に合わせざるをえなかった。

 多様性は目的ではなく手段である。例えば、あらゆる業界で通用する営業力強化研修を作るために、多様な業界から営業経験者を採用する、ということであれば理解できる。しかし、とりあえず何でもいいからいろんなものを混ぜておけば何か起きるだろうと期待するのは、様々な物質を混ぜ合わせて、できもしない金を作り出そうとする錬金術師と同じくらい詐欺的な話である。

 「内外の知を結集して最高を目指す」に関しても、C社長の人脈のおかげか、外部の力だけは異常なほど充実していた。以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第5回)】とにかく形から入ろうとする社長」で述べたように、顧問が最高で6人もいた。しかし、C社長は内部の知を高めようとする努力、簡単に言えば社員の人材育成を怠っていたため、内外の知がうまくかみ合わなかった。C社長は、"Hire and Fire"の方針を公言してはばからなかった。すなわち、使えない奴は首を切って、新しく人を雇えばいいという考え方である。

 ある時私はC社長に、「C社長の前職のコンサルティングファームが創業間もない頃、若手社員の育成はどうしていたのですか?」と尋ねた。するとC社長は、「狭いスタッフルームがあって、仕事がない連中はそこに大量に閉じ込められていた。それに耐えられなくなった人は皆辞めていった」と答えた。C社長の頭の中には、人材は育成するものという発想がなかったのかもしれない。当たりくじが出るまでくじを引き続ければよいと考えていたように感じた。

 「体現主義を貫くことで深い信頼を築く」に関しては、話が長くなるため別の機会に譲る(後日アップした記事「【ベンチャー失敗の教訓(第10回)】自社ができていないことを顧客に売ろうとする愚かさ」、「【ベンチャー失敗の教訓(第35回)】人材育成が事業テーマなのに自社には人材育成の仕組みがない」を参照)。

 たいていの行動規範は、言葉だけを眺めると抽象的であり、当然のことしか言っていないものだ。問題は、その行動規範を現実の様々な意思決定の局面でどのように解釈し、適用するかである。我々にとって「勇気」、「決意」とは何を意味するのか?「未知の領域」とはどんな領域を指すのか?「独自の価値」とは何か?「多様性」とは何の多様性を意味するのか?「志を相互に尊重する」とは具体的にどんな言動を指すのか?結集させるべき「内外の知」とは何なのか?「体現主義」とは何を体現するのか?「深い信頼」は誰との間にどうやって構築するのか?こうした問いを経営陣が自らと社員に投げかけ、答えを洗練させていく不断の努力があってこそ、初めて行動規範は本物となる。3社の社長にはこの点が決定的に欠けていた。
(※注)
 X社(A社長)・・・企業向け集合研修・診断サービス、組織・人材開発コンサルティング
 Y社(B社長)・・・人材紹介、ヘッドハンティング事業
 Z社(C社長)・・・戦略コンサルティング
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