プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2013年03月12日

『経営の未来(DHBR2013年3月号)』―藤本隆宏氏の苦しい「日本のものづくり擁護論」


Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2013年 03月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2013年 03月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2013-02-09

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 表紙の左側がマイケル・ポーター、右側がゲイリー・ハメル。2人の論文はインタビュー記事で、2人が近年唱えている経営の新しいコンセプトに関するものであった(ちょっと肩透かしを食らった)。ポーターについてファイブ・フォーシズ・モデル以上のことを、ハメルについてコア・コンピタンス経営以上のことを知りたい場合には、まず本号で概要をつかんだ上で、『戦略と競争優位(DHBR2011年6月号)』および『絆の経営(2012年4月号)』を一読することをお勧めする。

Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2011年 06月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2011年 06月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2011-05-10

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 《レビュー記事(旧ブログ)》
 社会的ニーズの充足を通じて経済的価値を創造する(1)―『戦略と競争優位(DHBR2011年6月号)』
 社会的ニーズの充足を通じて経済的価値を創造する(2)―『戦略と競争優位(DHBR2011年6月号)』
 「社会的価値」はどうやって測定すればいいのだろう?―『戦略と競争優位(DHBR2011年6月号)』

Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 04月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 04月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2012-03-10

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 《レビュー記事(旧ブログ)》
 マネジメントの究極の目的はマネジャー職をなくすことかもしれない―『絆の経営(DHBR2012年4月号)』

 さて今日は、日本のものづくり研究で有名な藤本隆宏氏の論文「戦後70年の歴史から考える 日本のものづくり2030年への展望」についての感想を述べてみたい。昨今、半導体メーカーや家電メーカーが相次いで業績不振に陥り、「日本のものづくりは終わった」という声が聞かれる中、藤本氏は日本のものづくり力は決して落ちていないと言って、次のように反論している。
 国民経済の成長と現場のものづくり競争力が連動しないことはもはや明らかだろう。それは円高、デフレ、財政赤字、信用不安、人口動態、消費者心理などの複合的な結果である。現場力の高低だけでは説明できない。デフレ脱却をめぐってマクロの「需給ギャップ」概念が注目されるが、現場力が直接影響するのは供給側(潜在成長率)であり、概して需要側ではない。

 このように現場(事業所・工場・設計室など)は経済・産業・企業の基層単位であるが、経済・産業・企業そのものではない。ものづくりとは「付加価値のある設計情報のよい流れで顧客満足や利益確保を目指す経済活動」である。したがって、ものづくり現場の評価は「よい流れ」を示す物量表示の指標、たとえば物的労働生産性、リード・タイム、不良率、直行率、可動率、付加価値作業時間比率などによるべきだ。これを特定企業の当期業績、特定産業の盛衰、GDP成長率の高低などと混同されると、企業が存続可能な国内工場を閉鎖したり、政府が現場強化の政策を怠るなど、経済に実害が生じる。
 この話は、プロ野球で例えるならば、個々の選手の能力を示す数値、打者ならば出塁率、長打率、OPS(出塁率+長打率)など、投手ならば奪三振率、QS率(6回を自責点3以内に抑える割合)などのセイバーメトリクス的な数値は向上しているが、プロ野球全体の人気は下がっているという現象と似ている。プロ野球のファンが減少すれば、選手の能力がどうであろうと、「プロ野球は終わった」と烙印を押されるのと同じで、日本の製品を購入する消費者が減少すれば、ものづくり現場力がどうであろうと、日本のものづくりは終わったと言われてしまう。どんなに戦術が優れていても、戦略とリンクした戦術でなければ無意味なのである。

 プロ野球が人気を回復するためには、エンターテイメントとしてのスポーツに対してファンがどのような経験や価値を期待しているのかを球団が丹念に読み取らなければならない。その上で、ファンの期待のうち、フロントで実現できることは何か?選手に実現できることは何か?と役割分担をする。そして、選手がセイバーメトリクス的な指標以外にプロ野球人気の向上に貢献できる要素についても、年俸査定用の指標として積極的に取り込んでいくことが求められる(事実、年俸査定にファンサービスの実践度を取り入れている球団は少なくない)。

 引用文にある日本のものづくりの場合、ものづくりが「顧客満足や利益確保を目指す経済活動」と定義されていながら、ものづくり力を測定する指標が、物的労働生産性、リード・タイム、不良率、直行率、可動率、付加価値作業時間比率など、効率や利益を確保することを重視するものになっており、顧客満足の視点が抜けているのが問題である。どのように顧客満足を得るかはまさに戦略の問題であるが、その戦略に対して、ものづくり現場がどのように貢献しているのかを測定する指標が欠けているのである。よって、ものづくり現場はせっせと戦術を磨いていながらも、実は戦略の実現に十分寄与することができていない。

 戦術は優れているのに、戦略とリンクした戦術になっていない、というのは、日本の悪しき伝統のように思える。太平洋戦争でも、緒戦となった真珠湾攻撃では、自国の近海で敵艦隊を叩く大艦巨砲主義が主流だった当時にあって、山本五十六が空母と艦載機を組み合わせた画期的な戦法を生み出し、奇襲攻撃を成功させた。その後の南方作戦(南アジアの天然資源を獲得するための作戦)でも、日本軍はマレー半島でイギリスを、インドネシアでオランダを、フィリピンでアメリカを次々と撃破した。日本軍の快進撃は、植民地支配に苦しむ現地の人々を歓喜させた。

 しかし、戦略論の大家であるクラウセヴィッツが述べているように、戦争とはそれ自体が目的ではなく、「政治的目的を達成するための一手段」にすぎない。つまり、戦争は政治的目的という戦略に従属する戦術の1つにすぎないのである。日本軍はこの点を理解しておらず、政府と大本営の間で明確な戦略が共有されていなかったため、陸軍は対中国を、海軍は対アメリカを意識した戦いを繰り広げるなど、統率がとれずに敗北した。この歴史があるにもかかわらず、日本には戦後も戦略の概念があまり根づかずに、今度はマイケル・ポーターに「日本企業には、オペレーション効率の改善はあっても戦略は存在しない」と批判されてしまう。

 藤本氏は、昨今の中国企業の賃金向上などによって日本の製造業に追い風が吹いており、ものづくり現場は「夜明け前」だと見ている。加えて、日本のものづくり現場のさらなる生産性向上の余地を見出し、これを改善すれば中国と対等に戦えると考えているようだ。
 ここで注目したいのが、「付加価値作業時間比率」の大幅改善の可能性である。これは実労働時間に占める設計情報転写時間の比率をいい、トヨタの大野耐一はこの数値をとても重視していた。実は、過去に大きな生産性向上を行ってきた優良国内工場であっても、この比率がいまだに5~10%という現場が多い(トヨタ系の組立現場ではさすがに、50%前後に達しているようだが)。この比率が2倍になれば、他の条件が一定の時、物的労働生産性も2倍という計算になる。
 だが、ここでもやはり、問題になっているのは設計情報転写時間の比率という効率の話にとどまっている。時代は、ものづくりのうち、「つくり」重視から「もの」重視へ移行した。換言すれば、いかに効率的・低コストで作るかよりも、いかに顧客があっと驚くイノベーティブな製品を作るかに移行した。にもかかわらず、日本企業がその流れに追いついていないことにこそ、日本の製造業の根源的な問題がある。プロセス・イノベーションだけではなく、プロダクト・イノベーションを起こす創造的な現場をどのように構築するかが、現在の日本の製造業の課題なのである(※)。

 藤本氏も、論文の最後の最後になってこの点に言及している。
 それ(「ものづくり現場の夜明け前」といストーリー)を補うものは、「よい設計」による需要創造である。そもそも、「広義のものづくり」は「よい設計のよい流れ」をつくる経済活動であり、その範囲は製造業のみならずサービス業や農業をも包含する。(中略)

 需要創造は、全国に散らばる個々の企業、開発現場、設計者が、顧客にインパクトを与える「構えの大きい企画」を心がけることから始まる。消費財なら「あなたの人生をこの製品で変えてみせる」という気迫。産業材なら「あなたの会社をこの製品で変えられる」という説得力。1つの巨大な画期的イノベーションも大事だが、こうした多くの設計者による一群の「気迫あるコンセプト提案」の積み重ねのほうが、最終的には、より大きな付加価値や雇用を生むのではないか。
 この主張には全く異論はない。いやむしろ、ものづくりの中心はもっとこちら側にシフトすべきだと思う。「広義のものづくり」が「よい設計のよい流れ」をつくる経済活動によって需要を創造することを指すのであれば、日本のものづくりは、藤本氏が論文の大半を費やして擁護してきたにもかかわらず、まさに終わりを迎えようとしていると言わざるをえない。


 (※)プロセス・イノベーションが全く不要だとは思わない。ゲイリー・ピサノは、アメリカ企業が製造アウトソーシングを積極的に行った結果、かえってプロダクト・イノベーションが減ってしまったと指摘している(旧ブログの記事「「よかれと思ってやったのに・・・」というマネジメントのパラドクス集(その1~3)」を参照)。

 また、これは仮説の域を出ないが、通常イノベーションは、普段から顧客と密に接し、顧客のニーズをよく理解している営業部門から生まれることが多いように思えるものの、実は製造部門でプロセス改善に長らく取り組んでいた社員の方がイノベーションを起こしやすい可能性も否定できない。イノベーション人材のキャリアを研究してみると、興味深い結果が得られるかもしれない(旧ブログの記事「製造アウトソーシングでイノベーションが失敗する3つのケース―『「競争力再生」アメリカ経済の正念場(DHBR2012年6月号)』」を参照)。

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