プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2013年04月07日

【ベンチャー失敗の教訓(第12回)】独り歩きした戦略的目標に全くついて行けなかった組織能力


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 X社のA社長は、ことあるごとに「社員数1,000人以上の企業をターゲットに、階層別研修を売り込む。研修を1,000社に導入することを目標にする」と口にしていた。経済産業省の「企業活動基本調査」を見ると、日本には社員数1,000人以上の企業が2,000社弱存在する。そのうちの1,000社を狙うというのだから、実にシェア50%を目指していたことになる。もちろん、野心的な戦略的目標を掲げること自体は私も否定しない。ジェームズ・コリンズの名著『ビジョナリー・カンパニー』の中でも、「BHAG(Big Hairy Audacious Goals:社運を賭けた大胆な目標)」の重要性が指摘されている。だが、肝心の組織能力が全く追いついていなかったのが問題だった。

 A社長の目標にもう少し補足すると、A社長は社員数1,000人と言いつつ、実際には3,000人以上の”超”大企業をメインターゲットにしようとしていた。その理由は、企業規模が大きいほど大きな仕事を受注しやすいから、という単純なものである。そして、これらの企業に対して、X社の主力サービスである(と言いながら、ずっと赤字だったのだが・・・)「キャリア開発研修」を、社員が20代半ば(入社3~5年目)、30歳、40歳、50歳という節目を迎えるごとに受講してもらうことを提案していた。A社長の言う「階層別研修」とはこういう意味である。

 ここで、社員数3,000人の企業に階層別研修を提供するために必要なリソースを考えてみよう。単純に考えると、23歳から60歳までの各年齢の社員が、3,000÷38=約80人ずついることになる。研修1回あたりの人数は、我々の経験上15人程度が最大である。新入社員研修のように、教えるスキルがそれほど複雑でなければ、1回で20人以上を対象にすることも可能だ。しかし、それ以外の研修では、あまり人数が多いと講師の目が行き届かず、受講者の満足度も下がる傾向にある。対象者が約80人、1回あたりの受講者数が15名程度であるから、対象者全員に研修を受けてもらうには、研修を5~6回開催することになる。

 ここでポイントになるのは、社員数3,000名ぐらいの超大企業の場合、同じ研修は一度に開催したいというニーズが強い、という点である。つまり、5~6回の研修を1年の間に分散させるのではなく、80人を5~6クラスに分けて、同じ日に研修を実施したいと思っているのである。他にも多くの種類の研修を運営しなければならない人事部の立場からすれば、少しでも効率アップを図るために、同じ研修をまとめて消化しようとするのは、至極自然な考え方である。こうなると、研修会社としては、研修講師を5~6人同時に用意しなければならない。

 しかし、X社には、各世代のキャリア開発研修を担当する講師が1人ずつ(!)しかいなかった。よって、見込み顧客に提案に行った際、人事担当者から「研修を同時開催したいのですが?」と言われると、営業担当者は言葉を濁すしかなかった。X社は、超大企業を相手にキャリア開発研修を提供する組織能力が備わっていなかった。まして、A社長が描いていたような、1つの企業から20代半ば(入社3~5年目)、30歳、40歳、50歳向けの研修を全て受注するなどという話は、夢のまた夢でしかなかった。

 こうした講師不足にさすがに危機感を抱いたのか、外部講師とパートナー契約を結んで、講師の数を増やそうと試みた時期があった。外部講師にX社の研修をやってもらうためには、X社の研修ノウハウを外部講師に教え込む必要がある。そこで、それぞれの研修についてマニュアルを整備しようという話になった。だが、このマニュアル整備がまたお粗末であった。まず各研修をICレコーダで録音して、一字一句文字起こしを行い、運営上の注意事項やファシリテーションのやり方などをつけ加えて、精緻で膨大なドキュメントを作ろうとしたのである。

 私はこれには大反対であった。外部講師を早く育成しなければならないのに、これではあまりに時間がかかりすぎると思ったからだ。事実、マニュアルを作成するのに、講師たちは何か月も時間を費やすハメになった。そんなことをしなくても、研修の様子をビデオで撮影して、それを外部講師に繰り返し見てもらえば足りる話である。苦労の末にマニュアルが完成した後も、結局のところマニュアルでは全てを伝えきれないからという理由で、初めての外部講師には研修を見学させているのを知って、非常にばかばかしい気分になった。

 講師不足が致命傷となったのは、社員数が3,000人どころか、万単位の”超々”大企業から運よく研修を受注できた時のことだ。この案件は、特定の年齢が対象ではなく、50代のシニア社員という幅広い層が対象であり、その数は数百人に上った。X社にはシニア社員向けのキャリア開発研修の講師が1人しかおらず、外部講師も1人しかいなかったため、2人がかりでまる1年、全国を飛び回りながら研修をやることになった。その講師にとって、この年だけは忙しく充実した1年になったかもしれないが、その間、他の見込み顧客への提案活動がおろそかになってしまった反動で、翌年の仕事がほぼゼロになってしまった。この講師はやむなくX社を去ることになった。

 私は、社員数が百名単位の中堅企業をメインターゲットにすべきだとずっと主張していた。中堅企業であれば、同じ研修の同時開催を求められることもない。X社の組織能力を踏まえれば、中堅企業を狙うのが最も現実的な道だと考えていた。また、大企業相手の案件は、有名研修会社とのコンペになりやすく、知名度も実績も劣るX社はどうしても劣勢に立たされることが多かったから、まずは中堅企業向けの研修で実績を積むのが有効だとも考えていた。しかし、私の意見はついに取り入れられることはなかった。

 創造的な戦略を構想するのも、野心的な目標を設定するのも、経営者の自由である。だが、戦略や目標を立てて満足してはいけない。その戦略や目標を実現するには、具体的にどのようなリソースが必要となるか?そのリソースはどうやって調達するのか?ということをしつこく問わなければならない。トヨタの「なぜ(WHY)×5回」ではないが、「どうすれば(HOW)」を5回繰り返すぐらいのしつこさが必要だ。そして、リソースの調達にめどが立たない場合は、戦略や目標そのものを修正する必要がある。ここまで考え抜いてこそ、戦略である。
(※注)
 X社(A社長)・・・企業向け集合研修・診断サービス、組織・人材開発コンサルティング
 Y社(B社長)・・・人材紹介、ヘッドハンティング事業
 Z社(C社長)・・・戦略コンサルティング
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