プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2013年03月19日

Mr.Children『(an imitation) blood orange』―ロックバンドの模倣でも構わないじゃないか


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Mr.Children

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 Mr.Childrenのアルバムタイトルは、作品のテーマを端的に表したものが多い。2006年の『HOME』は、目まぐるしく変わる世界の中で揉みくちゃにされた身体を「ただいま おかえり」(「彩り」より)と温かく迎え入れてくれるようなアットホームな雰囲気を構築していたし、2008年の『SUPERMARKET FANTASY』は、ほしいものが何でも揃っているスーパーマーケットのように、幅広いジャンルの曲でファンを楽しませた。2010年の『SENSE』は、発売まで収録曲が一切明かされないというプロモーションでファンの度肝を抜いたが、ふたを開けてみたら「音楽を肌で感じろ」とでも言わんばかりのエッジの効いた個性的な曲が次から次へとあふれてきた。

 これに対して、昨年末に発表された『(an imitation) blood orange』は、タイトルの意味を自分の中でなかなか解きほぐすことができなかった。imitationとは「模倣」という意味である。だが、他のアーティストが時折「パクリ疑惑」をかけられるのに対し、デビューから20年の間、ミスチルはそのような騒動とはほとんど無縁であった(1992年発表の『KIND OF LOVE』に収録の「メインストリートに行こうよ」という曲が、エルビス・コステロの「Oliver's Army」に似ているということぐらいか)。それどころか、ミスチルは新しい音楽の形を常に世に示し続けた先導者であった。

 にもかかわらず、なぜ"imitation"という言葉を今回のアルバムのタイトルに持ってきたのか?そして、アルバムタイトルに呼応するように収録されている6曲目の「イミテーションの木」は、一体何を伝えようとしているのか?発売から4か月近く考え続けた結果(長いことかかりすぎ・・・)、ミスチルの意図が少し見えてきたような気がする。

 結論から言えば、ミスチルは自らがロックバンドの"フリ"=imitationをしているバンドであることを初めて自ら肯定した、ということである。「ミスチルはロックバンドなのか?」という問いは、ミスチルのメロディーが従来のロックに比べて異質だったことから(また、メンバーの演奏技量が、他のロックバンドと比べてそれほど傑出していなかったことも相まって、)長らくリスナーの間で議論されてきたし、そしておそらくメンバーの間でも試行錯誤が繰り返されてきたに違いない。そうした紆余曲折は、最近のアルバムの中に見て取ることができる。

 『SUPERMARKET FANTASY』に収録されている「ロックンロール」では、「R&Rのイメージそのまんま 酒に女に溺れて死んでいく わかってるよ わかってるよ 柄も器も僕とは違っている」と、自分たちが典型的なロックバンドのイメージとは程遠い存在であることを自虐的に歌っている。だが、「ロックンロール」はあくまでも彼らの生活スタイルがロックバンドらしくないことを表現したものであり、音楽のロック性を否定したわけではない。この段階ではまだ、ミスチルはロックバンドとして踏みとどまっている。そして、そのスタンスをもう一度確認しようとしたのが、『SENSE』の「ロックンロールは生きている」という曲である。

 「ロックンロール」という言葉がタイトルに入った曲を連続で持ってくることには、それなりの意味があるだろう。この曲でミスチルは、「ロックンロールは生きている 君のそばに 自由と希望を意味している」とロックの意義を認め、「レボリューション さぁ次の世界へ いまナチュラルハイで闇を蹴っ飛ばせ」とリスナーを鼓舞する。君=リスナーのそばに生きているロックンロールを今歌っている自分たちはロックバンドでなければならないのだから、この曲はミスチル=ロックバンドという等式を強く印象づけるものであった。

 しかし、この「ミスチル=ロックバンド宣言」は、実は『SENSE』の中で急激に存在感を増してきたプロデューサー兼キーボーディストの小林武史氏によって、他方では打ち消されていくのである。『SENSE』は、ロックバンドに収束していこうとする力と、ロックバンドから逸脱していこうとする力が交錯する、矛盾を抱えたアルバムであった。

 この自己矛盾にどう決着をつけるのか?それを『SENSE』以来2年間考え続けた答えが、『(an imitation) blood orange』として結実したわけだ。結局のところ、彼らはロックバンドたることをやめた。自分たちはロックバンドのフリをしているだけだ。だが、それでも構わない。

 「張りぼての命でも 人を癒せるなら」、「本物じゃなくても 君を癒せるなら」(「イミテーションの木」より)、ミスチルなりの音楽をこれからも奏でようというのが、デビュー20周年の新たな決意だったのではないだろうか?そうでなければ、デビュー20周年のツアー名をわざわざ"POPSAURUS"=POPの恐竜とはしないだろう。ミスチルは、形式上はロックバンドだが、あくまでも"POPSAURUS"たらんとしていることを暗示しているのが今回のアルバムなのだと思う。

 『(an imitation) blood orange』は、前回の『SENSE』に比べるとあまり評判がよくないようだ。だが、それはやむをえない。デビューから20年目にしてロックバンドであることを捨て、ロックバンドの真似をしながら独自の音楽を作ろうという、1つの転換点になったのが今回のアルバムなのであり、その意味で過渡期的な作品なのだ。ここ最近は2年ごとにアルバムを出しているから、次のアルバムはおそらく来年後半あたりに出ることだろう。そこでミスチルがどんな新しい基軸を打ち出してくるのか?私の期待はその1点に集まっている。

《追記》
 この記事を書いた後、6月1日公開の映画『リアル~完全なる首長竜の日~』主題歌にミスチルの新曲「REM」が決定したことを知ったのだが、この「REM」という曲が思いっ切りロックナンバーで、私の論理構成が破綻してしまった(汗)。うーん、何年ミスチルのファンを続けても、ミスチルの”次”は読めない。だから魅力的なのだけれどもね。

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