プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2013年04月18日

【ドラッカー書評(再)】『乱気流時代の経営』―高齢社会に必要な新しい戦略的思考


「新訳」乱気流時代の経営 (ドラッカー選書)「新訳」乱気流時代の経営 (ドラッカー選書)
P・F. ドラッカー Peter F. Drucker 上田 惇生

ダイヤモンド社 1996-06

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 本書は1980年に発表された"Managing in Turbulent Times"の邦訳である。ドラッカーは、人口構造から将来の社会的変化を予測することを得意としていた。本書でも先進国の少子高齢化に着目し、定年の延長や定年制そのものの廃止、ビジネスパーソンにとっての第二のキャリアの必要性など、まさに現在議論になっていることを、30年以上も前にすでに取り上げている。
 先進国では、1995年までに、定年、つまり働くことをやめる年齢を、日本の55歳はもちろん、現在欧米で一般的となっている65歳でさえなく、72歳近くにまで引き上げる必要があるということである。(中略)

 私は『見えざる革命―来たるべき高齢化社会の衝撃』において、アメリカでは、強制的な退職年齢が、1980年代の半ばまでに65歳から70歳に延長されるであろうと予測した。そのとき、ほとんどの識者が、この予測をありえないこととした。当時は誰もが、アメリカでは定年が急速に下がるはずだといった。(中略)

 しかるに、私の本が出て1年後には、カリフォルニアの州議会において、定年制そのものを禁止する法律が成立した。さらに、その後間もなく、連邦議会においても、あらゆる識者の組織的な反対にもかかわらず、連邦政府職員の定年を撤廃し、すべての労働者の定年を70歳に延長することを法制化した。連邦議会が、カリフォルニアの州議会と同じように、すべての労働者について、定年制そのものを禁止する日も遠くはない。
 日本でも、55歳で引退はしない。そのような余裕はない。働く場は変えても働き続ける。普通、中小企業に雇われて、前よりもかなり安い賃金で働くことになる。あるいは自分の技能を生かして独り立ちする。あるいは非常勤で働く。

 今日ではあらゆる先進国において、似た現象が見られる。今日でも、制度的には、退職した人たちは働かないものと想定されている。しかし、もはやそのようなことは、むしろますます例外となる。とくにインフレの時代には、ますます多くの人たちが、勤め先を変え、非常勤となり、パートとなって働き続ける。
 さらにそれだけにとどまらず、少子高齢化に伴って先進国で加速する労働力不足に対し、新興国では過剰な労働力が生まれると予想し、労働力ギャップを埋めるために先進国と新興国との間で「水平分業」が進むと主張した。これも現在ではグローバル企業が当たり前のように行っていることであり、ドラッカーの先見性の高さに驚かされる。
 アメリカで売られる男性用の靴は、アメリカ産の牛皮を材料とする。しかし国内で皮をなめすことはできない。ブラジルなどに送られてなめされる。なめしは、きわめて労働集約的な仕事であって、アメリカでは労働力を確保できない。なめされた革は、おそらく日本の商社が仲介してカリブ海諸国に送られる。一部は英領バージン諸島で甲革に加工され、一部はハイチで靴底に加工される。甲革と靴底は、イギリスをはじめECにアクセスを有するバルバドスやジャマイカに送られる。あるいはアメリカの関税圏に入るプエルトリコに送られ、加工されて靴となる。

 それらの靴の原産地はどこか。生皮はコストとしては大きいが、総コストの4分の1程度にすぎない。アメリカにとっては、加工度からするならば「輸入品」であるが、技術からするならば「国産品」である。したがって、まさにそれらの靴こそ「国際品」である。

 労働集約的な加工は、すべて途上国で行われる。逆に、優れて資本集約的であり、オートメ化が進んでおり、高度の技術とマネジメントが必要とされる牛の飼育という工程は、そのための技術や知識を持つ先進国で行われる。全行程のマネジメント、靴のデザイン、品質管理、マーケティングも、それらの仕事に必要な人材と技術を持つ先進国で行われる。
 日本では高齢者(65歳以上)の割合がついに4人に1人となり、2030年にはその割合が3人に1人となる。日本は先進国の中でも真っ先に高齢社会に突入すると言われて久しいが、いよいよ待ったなしの状態となっている。その高齢社会が果たしてどのようなものになるのか、我々はドラッカーの指摘以上に具体的なイメージを描かなければならない段階に来ている。

 だが、高齢社会の踏み込んだビジョンを構想するには、ドラッカーのスタンスとは裏腹に、人口構造の統計ばかりを眺めていては不十分であると思う。戦略論の言葉を使って言えば、外部環境の情報をどんなに緻密に分析しても、有益な示唆は得られないだろう、ということだ。なぜならば、高齢社会は世界中で誰も見たことがないし、我々がずっと依拠してきた「若者中心の社会」という過去の延長線上にもないからである。存在しないものを分析することはできない。それならば、ビジョンのリソースは、「結局のところ、我々はどういう社会に暮らしたいのか?」という、我々の純粋で主観的な希求に求めるべきではないだろうか。

 「ジェロントロジー」(老年学、加齢学)を学部横断的に研究する取り組みを始めている東京大学は、『2030年 超高齢未来 ―「ジェロントロジー」が、日本を世界の中心にする』の中で、理想の超高齢社会を次のように定義している。

 ・高齢者が自由に就業や起業できる社会環境
 ・ずっと健康で元気に暮らせる生活環境
 ・誰もが安心して暮らせる地域生活環境
 ・社会貢献が適正に労われる地域環境
 ・身体の不自由をサポートし自立して暮らせる生活環境
 ・高齢者が充実した暮らしや人間関係が育める生活環境
 ・要介護になっても快適な暮らしと尊厳が保たれる地域環境
 ・若い人が将来に夢を抱いてがんばれる社会
 ・親が要介護になっても安心して仕事を続けられる生活環境
 ・子どもたちが安心して成長できる地域環境

2030年 超高齢未来 ―「ジェロントロジー」が、日本を世界の中心にする2030年 超高齢未来 ―「ジェロントロジー」が、日本を世界の中心にする
東京大学高齢社会総合研究機構

東洋経済新報社 2010-11-26

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 もちろん、これはごく初歩的な社会条件にすぎない。だが、こうした基本合意から出発して、

 ・我々が高齢者になった時、日々どのような生活を送りたいか?
 ・どの辺りを生活圏として、何を購入しようとするだろうか?
 ・どのような組織で、どういう契約形態で、何の仕事をしているだろうか?
 ・余暇はいつ誰とどこでどのように過ごしたいか?
 ・家族や子どもとはどのようにつながっていたいか?
 ・地域コミュニティとはどのように関わりたいか?
 ・どのような医療や介護を望むだろうか?
 ・生活費の不安を減らすために何をするだろうか?
 ・お金以外の生活面の不安を減らすために何をするだろうか?

など、高齢社会の理想形について様々なイメージを飛び交わせることが必要になるだろう。そして、そのような理想社会を実現するためには、どのような製品やサービスが必要か?どのような制度が必要か?と問うことで、高齢社会を構成する新しい市場や社会的インフラが具体化されていくはずだ。重要なのは、データによる根拠をすぐに求めようとすることではなく、あらゆる可能性を排除せずに、曖昧なものも含めて多様アイデアを歓迎する姿勢である。端的に言えば、外部環境の分析力ではなく、「たくましい創造性」である。

 同じく東京大学が発表している『2030年超高齢未来破綻を防ぐ10のプラン―ジェロントロジーが描く理想の長寿社会』では、2030年までに対策が必要=ビジネスチャンスが見込める10の分野が列挙されている。その10分野とは、(1)生きがい就労、(2)ライフデザイン、(3)住まい・住環境、(4)移動・交通システム、(5)情報通信技術(ICT)、(6)生活支援、(7)食生活、(8)介護予防、(9)医療・介護連携、(10)医療・介護のICT・機器開発である。これらの提言が理想社会の全てではないが、イメージを膨らませる参考にはなる。

2030年超高齢未来破綻を防ぐ10のプラン―ジェロントロジーが描く理想の長寿社会2030年超高齢未来破綻を防ぐ10のプラン―ジェロントロジーが描く理想の長寿社会
東京大学ジェロントロジーコンソーシアム

東洋経済新報社 2012-09

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 戦略立案における内部環境分析も、大きく様変わりするだろう。従来の戦略論では、内部環境の分析対象は基本的に自社の経営資源のみであった。そして、自社の強みと弱みが、戦略を実現する上でアドバンテージとなるのか制約となるのかを検討し、制約となる場合には足りない分だけを外部から調達して補完する、というアプローチをとるのが一般的であった。

 これに対して、高齢社会における内部環境分析は、最初から自社以外の様々な組織を取り込んだものとなる。それは「分析」というよりも「実験」に近い。なぜならば、高齢社会に登場する新市場は社会システムの変化を伴うことが多く、1社単独ではそのような変化を起こすことが困難だからだ。例えば、『2030年超高齢未来破綻を防ぐ10のプラン―ジェロントロジーが描く理想の長寿社会』に登場する「パーソナル・モビリティ(高齢者向けの小型移動車)」を考えてみよう。

 パーソナル・モビリティの実現は、自動車メーカー単独ではおそらく無理だ。従来の自動車とはデザインや部品構成が全く異なるため、部品メーカーとの幅広いネットワークを活用した緊密な連携が戦略段階でこれまで以上に重視されるに違いない。あるいは、パーソナル・モビリティに近い移動手段であるオートバイや自転車(?)など、隣接業界のメーカーを技術研究に巻き込むことが効果的かもしれない。時には、競合他社との共同研究も有効となるであろう。

 また、販売チャネルも従来のディーラー網にとらわれずに、高齢者の生活圏内にある異業種のチャネル(例えば家電量販店)などとタイアップした新しいチャネルを構築する可能性も考えうる。さらには、パーソナル・モビリティと従来の自動車が混合する交通システムを円滑に機能させるために、交通ルールを変える必要性も出てくるならば、行政との連携も欠かせない。加えて、交通ルールの変更に伴い道路などの物理的インフラも変わることが予想されるならば、建設業者とのコラボレーションも視野に入れなければならないかもしれない。

 自動車メーカーは、協業の可能性がありそうな、あるいは利害関係がありそうなありとあらゆるプレイヤーを洗い出して、それぞれの組織能力や経営資源をくまなく洞察する必要がある。競合他社ですら、内部環境の一部としてとらえるべきなのかもしれない。このように、これからの内部環境分析は、自社以外の様々なプレイヤーを初めから取り込み、各プレイヤーの強みを様々に組み合わせることから見えてくるポテンシャルを追求する探索的な活動となるだろう(それをどのようなフレームワークで検討すればよいのか、まだ十分なアイデアがないのだが・・・)。

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 《2013年11月16日追記》
 このように書いてみたが、実際のところ、来るべき高齢社会がどんな社会になるか、そしてその社会ではどんな市場が生まれるかを想像することは、日本人にはおそらく難しいだろうと悲観するもう一人の自分がいることを、私は正直に告白しなければならない。日本人は三現主義(現地、現場、現物)という言葉に代表されるように、目で見えるものをあれこれ分析することは得意である反面、目に見えないものを空想することは非常に苦手だ。

 よって、いざ高齢社会が本格的に到来した頃(2030年頃?)になってようやく、やれこういう製品がほしい、こういうサービスが必要だという具体的なアイデアが出てくるようになる。さながら、夏休みの終盤になって、慌てて宿題に取りかかる小学生のようである。

 しかし、日本にとって1つ朗報がある。それは、日本より急速に高齢化が進む国はないということだ。だから、諸外国の企業が高齢者向けのイノベーションを起こす前に、高齢社会が必要とする新しい製品・サービスをじっくりと開発すればよい。そして、諸外国が日本と同じように高齢化した暁には、日本企業は先行するノウハウに基づいて、優位に競争を展開できるはずだ。


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