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2013年05月09日
ケリー・マクゴニガル『スタンフォードの自分を変える教室』―経営に活かせそうな6つの気づき(その1~3)
スタンフォードの自分を変える教室 ケリー・マクゴニガル 神崎 朗子 大和書房 2012-10-20 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
「どうしたら悪い習慣を捨てて健康的な習慣を身につけられるか?」、「どうすれば物事をぐずぐずと先延ばしにしないようになれるか?」、「集中すべき物事を決め、ストレスと上手につき合うにはどうしたらよいか?」など、「意志力」をめぐる様々な問題に答えてくれる本。著者の個人的な成功体験をひけらかす安っぽい自己啓発本ではなくて、心理学、経済学、神経科学、医学など豊富な科学的知見に裏づけられており、非常に説得力がある。今日と明日の記事では、本書から得られた気づきのうち、経営にも活かせそうなポイントを6つほど挙げてみたいと思う。
人は意志力を使っているうちに「使い果たしてしまう」ということです。(中略)研究結果によれば、自制心が最も強いのは朝で、その後は時間が経つにつれて衰えていきます。ですから、ようやくひと息ついて自分にとって大事なことをしようと思うころには―仕事のあとジムに行くとか、大きなプロジェクトに取り組むとか、子供たちがソファにお絵かきしてもキレないようにするとか、いざというときのための引き出しのタバコには手をつけないでおくとか―意志力などこれっぽっちも残っていません。本書では、意志力には「物理的な量」があると説明されている。また、意志力は「筋肉」にも例えられる。つまり、意志力は筋肉と同じで、使い続ければ疲労が蓄積して機能しなくなるのである。ということは、重要で決断力が求められる仕事ほど、朝早くに着手した方がよい。難しい意思決定を迫られる会議ほど、朝早くに設定してみよう。出勤後、メールボックスにたまった大量のメールを見て、返信すべきメールはどれか?スルーしてもよいメールはどれか?などといったつまらない判断のために、貴重な意志力の貯金を切り崩すのはあまりにもったいない。
私の前職での経験は、「【ベンチャー失敗の教訓】シリーズ」でまとめている最中だが、先ほどの引用文を読んで1つ思い出したのは、前の会社では経営会議が必ずといっていいほど夜6時以降に行われていたことだ。会議終了の時間もはっきりしておらず、9時になっても10時になっても会議がだらだらと続いていることが多かった(その時間まで残って仕事をしている私もたいがい非生産的なのだが・・・)。どうりで重要な意思決定が下せないわけだ。
人は何かよいことをすると、いい気分になります。そのせいで、自分の衝動を信用しがちになります―多くの場合、悪いことをしたってかまわないと思ってしまうのです。(中略)彼らには罪悪感もありません。それどころか、がんばってごほうびを手に入れた自分を誇らしく思う、とさえ語りました。「がんばったんだから、ちょっとぐらいごほうびがなくちゃ」とみずからを正当化しているのです。そんなふうに自分を甘やかすことが、往々にして失敗の原因になります。心理学者はこれを「モラル・ライセンシング」と呼ぶそうだ。「衝動買いをぐっと我慢した人が、家に帰ったとたんにおやつをペロッと食べてしまったり、プロジェクトに膨大な時間を取られている社員たちが、会社のクレジットカードを当然のごとく使用に使ったりする」のがその例である。
これは、企業にとっては喜ばしくないニュースである。企業は社員の統率を図るために、様々なルールを設定する。加えて、昨今はコンプライアンスや社会的責任、内部統制、サステナビリティなど、企業にとって何かと制約となりがちな要請が増えている。「モラル・ライセンシング」に従えば、社員は網の目のように張り巡らされたルールを守ろうとする反面、ルールを守ったごほうびとして、網の目の隙間を狙って逸脱行為をする可能性がある。
こうした事態を防ぐためには、まずは過剰なルールを減らして社員の心理的負担を和らげるのがよいだろう。そしてもう1つは、ルールを守ること自体が目的化して社員が近視眼的にならないよう、「なぜそのルールを守る必要があるのか?」という本来の目的や意義を、折に触れて社員と確認することでは大切ではないだろうか?(月並みな提案だが・・・)
目標達成の大きな味方であるはずの「やることリスト」でさえ、じつは油断なりません。プロジェクトのために抜けモレのない完璧なやることリストを作成したら、何だかものすごく達成感があって、今日の仕事はこれでおしまいだ、なんて思ったことはありませんか?心当たりがあるのは、あなただけではありません。実際はこれから何をすべきかがはっきりしただけなのに、リストを完成させた達成感があまりにも大きくて、あたかも目標に向かって前進したかのように満足してしまうのです。この引用文は、動機づけ理論の1つである「目標設定理論」に真っ向から反対しているようである。この記述に従えば、四半期ごとに上司と面談して次の目標を設定することも、(多くのタイムマネジメントの本に書かれているように)1日の初めにTo-Doリストを作ってタスクの優先順位を明らかにすることも、かえって逆効果というわけだ。実際には、目標達成のプレッシャーが日々かかるから、さすがにここまで怠けてしまうことは少ないだろうが、人事部から言われるがままに渋々面談を実施して目標設定を形式的に済ませたり、To-Doリストを作った後に一息入れたせいで、早速1日のプランに遅れが生じたりすることはよくある。
目標を立てただけで満足しないようにするには、「あなたは目標を達成するために、どれくらい真剣に『努力』していますか?」と問いかけることが重要だと著者は指摘する。安易に達成感を味わうのではなく、まだ目標に至る道の途中にいることを自分に意識させるのである。面談で設定した目標を紙に書いてデスクに張り出し、毎朝その紙を見ては先ほどの問いを自分に投げかけ、5分間じっと考えてみる、To-Doリストを2時間ごとに見直し、やはり同じように自問自答してみる。こうすることで、常に目標と現在との距離感を認識することが有効かもしれない。
(続く)