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2013年05月16日
『20歳のときに知っておきたかったこと―スタンフォード大学集中講義』―やっぱり人脈は大事
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イノベーティブな人材としてキャリアで成功を収めるためにはどうすればよいか?という内容の本である。タイトルは『20歳のときに知っておきたかったこと』となっているが、20歳の時に読んでも、ビジネスのことをこれっぽっちも解っていなかった自分には理解できなかったと思う。30歳を過ぎて、ようやく少し腹落ちするようになった気がする。そして、毎年読み返すたびに、新しい発見が得られそうな良書である。
扉はたくさんあり、その向こうには驚くほどのチャンスがあります。その扉を開けようとしさえすればいいのです。チリ大学のカルロス・ビグノロは、よくこう言います。どこかに出かけて、新しい人と出会わないなら、友達をつくる機会と100万ドルを儲ける機会を逃したということだ。学生にはこう言うそうです。バスに乗るたびに100万ドルが待っている。見つけさえすればいいだけだ、と。もちろん、この場合の「100万ドル」は喩えであって、新しい何かを学ぶことであり、友達をつくることなのですが、ときには100万ドル儲ける場合もあるかもしれません。周りの人から私がどう見えているかは定かではないが、私はお世辞にも社交的と言える人間ではない。昔は、仕事のつき合いで飲みに行くだけでも、お酒ではなくストレスで胃が痛くなるほどであった(今はだいぶ改善されたが)。加えて、何でも一人でやるのが好きな自前主義も手伝って、私は人脈というものをどうも軽視していた。新しい仕事を見つけるには人脈が重要だと頻繁にアドバイスを受けたにもかかわらず、誰かの力に頼って仕事をもらうのは、何となく恥ずかしいことだと心の中で思っていた。しかし、中小企業診断士として独立した今となっては、背に腹は変えられぬとの思いから、人脈の形成に少しずつ注力するようになった。
私はこの本をあるカフェで読んでいた。その日はある大きな会合があり、定刻よりもかなり早く会場に着いてしまった私は、会場近くのカフェでこの本を読みながら時間をつぶしていた。実のところ、その日は朝からあまり体調がすぐれず、会合を欠席しようかとも考えていた。しかしながら、年に数回しかない重要な会なので、重たい身体を引きずりながら会場へと向かった。
本を読み終わったが、会合が始まるまでにはまだ若干の時間がある。いつもの私なら、「まだ早いけれども、会場に向かおう」とカフェを後にするところなのだが、疲れていた私はもうしばらくカフェにとどまることに決めた。すると、そこに偶然知り合いの診断士の先生が現れた。知り合いといっても、ほんの数ヶ月前に名刺交換をした程度である。その先生が「向かいの席に座ってもいいですか?」とおっしゃるので、向かいの席にあった私のカバンを退けて、先生を招き入れた。
「実はあるIT業界のクライアントでリサーチの案件があって、とりまとめ役が私になっているのですが、リサーチをどういうふうに進めようか悩んでいたんです。そうしたら、あなたと名刺交換した時に、あなたがIT業界に詳しいと言っていたことをふと思い出して、ひょっとしたら何かいいアイデアをお持ちかと思って声をかけさせてもらいました」
何という偶然だろうか!?その後もとんとん拍子で話は進み、会合終了後には案件の詳細がメールで送られてきて、私もプロジェクトに参画できることになったのである。もしもあの時すぐにカフェを出ていたら、もしも体調不良を理由にその日の予定をキャンセルしていたら、間違いなくこの仕事は舞い込んでこなかっただろう。もっとも、「100万ドル」からはほど遠い小さな仕事だったけれども、「人脈はこんなふうに仕事につながっていくのだ」と実感した瞬間であった。
ある時、独立診断士の大先輩で支部の副部長を務めていらっしゃる先生から、「とにかく研究会に顔を出すことが大事だ」と言われた。中小企業診断士の試験に合格すると、大部分の人は各都道府県にある中小企業診断士協会に入会する。各協会には様々な研究会があり、東京だけを見ても、ほぼ毎日何かしらの研究会が活動を行っている。「協会から仕事がもらえると思わない方がいい。協会との縦のつながりはあてにならない。仕事につながるのは、研究会における横の人脈だ。私は研究会に10年いて、研究会の会長もやっていたことが仕事に結びついた。こんな私でも独立してやっていけるのだから、君もとにかく研究会に顔を出せば大丈夫だ」
「こんな私でも独立してやっていけるのだから」というのは先生の謙遜だが、それでもこの言葉に私は随分と勇気づけられた。これからは自らの非社交性と自前主義を改め、もっと人脈に甘えてみようかと思う。扉はたくさんある。問題はそれを自分で開ける意思があるかどうかだ。
《余談》
本筋とは直接関係ないが、リスク許容度が低い文化、起業家が軽んじられている文化というのは、日本以外にも結構あることを本書で知った。
・タイでは、失敗すると人生をやり直すために名前を変えなければならない。2008年の北京五輪では、重量挙げの金メダリストが「名前を変えたおかげで勝てた」とインタビューで答えた。
・スウェーデンなどの国の破産法では、会社が倒産した場合、経営者は債務から逃れることができない。事業に失敗すれば、自分や家族に長期にわたる厳罰が待ち受けている。
・ブラジルで起業家にあたる言葉「エンプレサリオ」の元の意味は「泥棒」である。歴史的に起業家として成功し、お手本となる人がほとんどいないため、型破りの成功を収めると法を犯したのではないかと怪しまれる。同様の問題はエジプトでも見られる。