プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2013年06月16日

【ベンチャー失敗の教訓(第22回)】明確な成果物を顧客に提示できないビジネス


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 X社の事業は、マクロ的な視点から見て大きな欠陥を抱えていたことは以前にも述べた。加えて、ミクロ的な視点で個々のサービスをとってみても、いろいろとまずい点があった。その1つが今回の記事のタイトルに掲げた「明確な成果物を顧客に提示できない」という問題である。

 【第11回】シナジーを発揮しない・できない3社
 【第12回】独り歩きした戦略的目標に全くついて行けなかった組織能力
 【第13回】曖昧で中途半端だったポジショニング

 X社は20代、30代、40代、50代という階層別の「キャリア開発研修」を人事部に販売しようとしていた。だが、キャリア開発研修は他の研修会社も提供しており、知名度でどうしても劣るX社はコンペで負けることが多かった。そこで、他社との差別化を図るために考え出されたのが、研修受講者に対して、研修後に講師と1対1のキャリアカウンセリングを行う、というものであった。

 そもそも、キャリアカウンセリングは儲からなかった。顧客企業(人事部)がカウンセリングに出せるお金は、どんなに高くても受講者1人あたり1万円であった。カウンセリングに要する時間は受講者1人あたり約1時間であるから、1日あたりの売上は8万円(講師がかなり無理をすれば10万円)が精一杯だった。以前の記事「【第21回】何年経ってもまともな管理会計の仕組みが整わない」で述べたように、X社は1日50万円の研修を売っても赤字になる体質であるから、1日8万円などというビジネスが成り立つわけがない。しかも、研修受講者が20人とか30人になると、カウンセリングだけで講師が3日~4日も拘束され、より赤字が膨らんでしまう。

 こうしたビジネスモデル上の問題もさることながら、私がこのサービスに関して一番の問題だと思うのは、カウンセリングは成果物が出せない、ということであった。講師には守秘義務があり、受講者との間で具体的にどのようなカウンセリングを行ったのかを人事部に報告することができなかった。せいぜい、受講者の満足度を報告するしかなかった。人事部は、自分がお金を払っているにもかかわらず、その見返りを目に見える形で確認することができない。これは、人事部にとってはなはだおかしな話である。人事部も、経理部から予算の使い道を尋ねられ、カウンセリングには効果があったのかと言われたら、答えに窮してしまったことだろう。

 産業カウンセラーのように、法的に設置が義務づけられているのであれば、成果物の有無は問題にならない。成果物があろうとなかろうと、企業は法的対応をしなければならない。2008年に施行された労働契約法の第5条において、生命、身体などへの安全配慮義務が明文化され、さらに行政通達で「法第5条の『生命、身体等の安全』には、心身の健康も含まれる」とされたことから、企業側のメンタルヘルス対策が急務となった。産業カウンセラーは社員からの相談内容について守秘義務を負うものの、産業カウンセラーの成果が目に見えないからと言って、企業は産業カウンセラーとの契約を反故にすることはできない。

 しかし、キャリアカウンセリングは法的に何の定めもない任意のサービスである。目に見えないサービスだからこそ、サービスを見える化する工夫が必要であった。X社は他社との差別化のつもりでカウンセリングを導入したのだけれども、かえってサービスの中身が見えにくくなり、他社よりもさらに魅力が落ちてしまったように感じる。人事部がX社をベンダー選考から落とす格好の理由を、X社は自ら人事部に与えてしまったわけだ。

 私は、カウンセリングのような付随サービスで差別化するのではなく、もっと研修そのものの中身で勝負するべきだったと思う。X社の研修を受ければ、受講者は自己理解が深まる、社内で中長期的に取り組むべき仕事を明確に意識できる、会社の方向性と自分のキャリアの重なりを確認できて日々の仕事へのモチベーションが高まるといったメリットを、他社の受講者が研修で作成した成果物を使いながら、人事部に対して強く訴求するべきだった。そうすれば、人事部は研修の成果物がイメージしやすくなり、研修の投資対効果の判断が容易になったと思われる。

 A社長はある顧客企業から、「我が社の顧問になってくれないか?」と顧問契約を持ちかけられたことがあった。だがA社長は、顧問契約はコンサルティングプロジェクトと異なり、明確な成果物の提出を確約することができないという理由で、この打診を断った。私はこの判断は正しかったと思う。顧問契約は安定的に収入が見込めるものの、対価に対するバリューをきちんと発揮しているかという、プロフェッショナルとしての自己判断が曇るリスクがある。これと同じ意思決定が、なぜキャリアカウンセリングに関してはできなかったのかが非常に疑問である。

 明確な成果物を顧客に提示できないという問題は、副次的に別の問題を生み出していた。それは、社内でノウハウを共有し、社員のスキルを平準化することができないということである。社内には何人ものキャリアカウンセラーがいたが、お互いが現場でどのようにカウンセリングを行っているのか不明であり、他の社員から学ぶことが不可能であった。コンサルティング事業の場合、各プロジェクトの成果物(報告書など)がファイルサーバで共有され、ノウハウやフレームワークが他の社員にも伝播していく。しかし、キャリアカウンセリングという成果物のないビジネスのせいで、社内の人材育成も後手に回ってしまったのである。
(※注)
 X社(A社長)・・・企業向け集合研修・診断サービス、組織・人材開発コンサルティング
 Y社(B社長)・・・人材紹介、ヘッドハンティング事業
 Z社(C社長)・・・戦略コンサルティング
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