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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2013年08月11日

【ベンチャー失敗の教訓(第30回)】ターゲット市場がニッチすぎて見込み顧客を発見できない


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 ランチェスター戦略に従うと、弱者は強者が入ってこないようなニッチの市場を攻めて、そこでナンバーワンになるのが有効であるとされる。実際、優良な中小企業の中には、大手企業が手をつけないニッチな市場で地位を確立しているところが多い。

 研修の市場規模は5,000億円程度で推移しているが、大半は新入社員研修と管理職向け研修だ。X社が売り物としていたキャリア研修はどちらかというとマイナーな部類に入る。オリックスの関連会社であるブルーウェーブ社が実施した調査からも、この傾向がはっきりと見て取れる。

 ≪どのような研修を実施していますか?(複数回答)≫
20090401_企業における人材研修の現状.jpg
(※ブルーウェーブ株式会社「企業における人材研修の現状 オリックスグループの研修専門施設 「クロス・ウェーブ」でアンケートを実施」〔2009年4月1日〕より)

 キャリア研修はニッチ市場である。ただ問題は、ニッチすぎるということだ。研修の種類別に市場規模を算出したレポートが見つからなかったため(この辺りが研修業界の未熟さを表している気もするが・・・)、自力でキャリア研修の市場規模を算出することにしてみた。

 キャリア研修は大まかに言って、(1)若手向け、(2)中堅社員(管理職前後)向け、(3)シニア向けの3タイプに分かれる。先進的な企業では、例えば30歳、40歳、50歳という節目ごとにキャリア研修が用意されている。

キャリア研修の市場規模推計
(※事業所数、社員数合計の数値は、総務省統計局「平成21年経済センサス」による)

 まず、300人未満の企業は、1社あたりの平均社員数が12名であり、集合研修が成立しない。また、ブルーウェーブ社のレポートによると、社員数0~449人の企業におけるキャリア研修の実施割合は11.5%と低いため、300人未満の企業はキャリア研修を実施しないものとする。

 次に、社員数300~499人の企業については、1社あたりの平均社員数が392名である。22歳(入社時)~60歳(定年退職時)までの社員数を年齢別にみると、単純計算で各年齢とも392名÷39年=約10名の社員がいる計算になる。10名では集合研修が成り立たないが、例えば若手と中堅をセットにするなどすれば研修が開催できる。よって、この規模の企業では、年間1回のキャリア研修が実施されるものとする。1回あたりの研修単価はそれほど高くなく、1日研修で平均30万円と設定する。すると、キャリア研修の市場規模は約20.7億円となる。

 同様にして、社員数500~999人の企業については、1社あたりの平均社員数が703人であり、各年齢とも703人÷39年=約18名の社員がいる計算となる。18人いれば集合研修のクラスが作れるから、この規模の企業では、毎年30歳、40歳、50歳向けの研修が1回ずつ、合計3回実施されるものとする。1回当たりの研修単価は少し上がり、1日研修で40万円程度と仮定する。すると、キャリア研修の市場規模は約45.5億円となる。

 最後に1,000人以上の企業だが、1社あたりの平均社員数は2,002人であり、各年齢とも2,002÷39=約51名の社員がいる。51名を一度にトレーニングするのは不可能なので、3クラスに分ける(1クラスあたり17人の計算)。よって、この規模の企業では、毎年30歳、40歳、50歳向けの研修が3クラスずつ、合計9回実施されることになる。1,000人以上の大手企業だと、研修1日あたり50万円ほど出してくれる場合も多い。また、1日ではなく2日間の手厚い研修を実施するケースも増えてくる。そこで、研修日数は間をとって1.5日とし、研修1回あたりの平均単価は、50万円×1.5=75万円とする。すると、キャリア研修の市場規模は約115.0億円となる。

 以上を合計すると、キャリア研修の市場規模は約181.2億円となる(a)。ただし、これは社員数300人以上の全企業がキャリア研修を実施した場合の潜在的な市場規模であるから、実態に即して補正する必要がある。ブルーウェーブ社の調査によれば、キャリア研修の実施割合は26.8%なので、先ほどの181.2億円にこの割合をかけると、約48.6億円となる(b)。

 また、全てのキャリア研修が外部の研修会社を使って行われるとは限らない。研修を社内で内製化することもある(実際X社でも、キャリア研修の商談を進めるうちに、顧客から「やっぱり社内で講師と研修コンテンツを準備することになりました」という理由で失注したことが何度もあった)。ブルーウェーブ社の調査によると、社外講師の利用割合は74.7%であるため、先ほど48.6億円にこの割合をかけると、約36.3億円となる(c)。

 さらに言えば、この数値は全国の市場規模である。X社のような小さなベンチャー企業は、全国の顧客企業を相手にできるほど人的リソースが十分ではなく、東京都をターゲットとせざるを得なかった。市場規模を東京都に限定すると、やや乱暴な方法だが、東京都の人口が全国の10分の1であることを利用して、36.3億円×10%=約3.6億円と推測される(d)。

 googleで「キャリア研修」と検索すれば解るが、キャリア研修を提供している研修会社は東京都だけでも数十社は簡単に見つかる。その数十社が4億円弱の小さな市場を奪い合っているのである。研修会社の中には、ほとんど個人経営のような企業もたくさん存在する。そういう会社であれば、東京都で数百万円の売上が取れるだけでも十分かもしれない。だが、X社は曲がりなりにも数十人単位の社員数を抱え、億単位の売上高を目指していたわけだから、この市場はあまりに魅力に乏しかったと言わざるを得ない。

 X社はキャリア研修をさらに細分化して、「女性向け」キャリア研修も提供していた。確かに、「ダイバーシティマネジメント」というキーワードが欧米から流入して、女性社員の活用が注目されるようになっていたこともあり、女性社員のキャリア意識を高め、女性の管理職を増やそうという機運が世の中にはあった。X社の経営陣やマネジャーは、そのためのソリューションとして、女性向けのキャリア研修を導入する企業が増えると予想したようだ。

 しかし、現実は甘くなかった。経済同友会のレポートによると、「女性の登用・活用のために必要と思われる施策」として、「女性の管理職・役員を育成するために、女性を主体とした研修を実施する」と回答した企業はわずか2.8%であった。2012年時点でもこの程度であるから、私が在籍していた2000年代後半はもっと数値が低かっただろう。管理職に占める女性社員の割合は、年々上昇しているとはいえ、現在でも10%台であり、OECD諸国の中でも最低水準のままだ。

女性管理職・役員の登用・活用状況のアンケート調査結果

(※経済同友会「「意思決定ボード」の真のダイバーシティ実現に向けて~女性管理職・役員の登用・活用状況のアンケート調査結果~」〔2012年10月16日〕より)

 こういうデータをX社の経営陣に見せたら、「キャリア研修も女性向け研修も、今までにない市場を切り開くイノベーティブなサービスであるから、市場規模は小さくて当然だ」と反論したかもしれない。だが、顧客の意識や行動の変容が必要なイノベーションは、成功の確率が下がる(P&Gはイノベーションの是非を判断する際に、この基準を大事にしているという。詳しくはアラン・ラフリー『ゲームの変革者―イノベーションで収益を伸ばす』を参照)。社員のキャリア支援もダイバーシティマネジメントも、人事担当者は「頭の中で重要性は理解しているけれども、いざやるとなると大変だ」と感じているものだ。そういう人事担当者の意識を変えるのは容易ではない。

ゲームの変革者―イノベーションで収益を伸ばすゲームの変革者―イノベーションで収益を伸ばす
A.G.ラフリー ラム・チャラン 斎藤 聖美

日本経済新聞出版社 2009-05-23

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 ある時、私はA社長に、「シニア向けのキャリア研修は、今後どうやって売っていくつもりですか?」と聞いてみた。するとA社長は、「8年後ぐらいには世の中がついてきて、売れるようになるんじゃないか?」と答えた。何とも気の遠くなるような話である。今日、明日の売上すら心もとないような状態で、8年間も顧客の啓蒙活動を行う余裕などX社にはないのは自明であった。なお、この問答を行ったのは2009年頃のことである。A社長の言う「8年後」は未だに到来していない。
(※注)
 X社(A社長)・・・企業向け集合研修・診断サービス、組織・人材開発コンサルティング
 Y社(B社長)・・・人材紹介、ヘッドハンティング事業
 Z社(C社長)・・・戦略コンサルティング
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