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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2013年10月02日

藤本隆宏『日本のもの造り哲学』―日本企業は実はモジュラー型の方が得意なのでは?という疑問


日本のもの造り哲学日本のもの造り哲学
藤本 隆宏

日本経済新聞社 2004-06

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 以前の記事「『経営の未来(DHBR2013年3月号)』―藤本隆宏氏の苦しい「日本のものづくり擁護論」」で触れた東京大学経済学研究科ものづくり経営研究センター長・藤本隆宏教授の本。この本を読んで、私は相反する2つの感想を持った。

 (1)藤本教授と言えば、産業を大きく「モジュラー型」と「インテグラル型」という2つに分け、日本企業は自動車産業に代表されるようにインテグラル型が得意である、という主張を長年に渡って続けており、本書もその主張に沿った内容となっている。日本企業がインテグラル型に向いている理由を、藤本教授は戦後の日本経済に求めている。
 こうした(日本のもの造り)企業は、1950年代、60年代、70年代という日本経済の急速な成長期に、ヒトもモノもカネも相対的に不足する中で、目前の市場機会をつかまえ、多少無理をしながらも一企業として成長してきたといえます。

 そういう状況であれば、「一旦雇った従業員は大事に使いましょう」「一旦据え付けた機械も大事に使いましょう」「一旦確保した下請けさんも大事にしましょう」となるのは、ごく自然な判断です。つまり、戦後日本で成長してきたもの造り企業は、常識的な経済合理性を追求した結果、「長期雇用・長期取引」という道を選んだわけです。その結果、ごく自然に、「ツーカーの関係」「あうんの呼吸」、あるいは「濃密なコミュニケーション」「緊密なコーディネーション」「チームワークのよさ」「幅広い情報共有」といったものに関して、つよい組織能力を共有するようになったわけです。
 本書では、このようなチームワーク重視の現場システムを「統合型もの造りシステム」と呼び、このシステムが最も威力を発揮するのは、開発・生産現場での相互調整を必要とするインテグラル型の製品である、としている。

 以前の記事「リチャード・モリタ『これだっ!という「目標」を見つける本』―キャリアデザインと戦略立案のアナロジー」や「ティム・クラーク他『ビジネスモデルYOU』―キャリア開発における「内省」を企業の内部環境分析に応用するための私案(1)(2)」でも書いたように、組織の競争力の源泉を歴史的背景に求めることに、私は大賛成だ。

 戦略論には、大きく分けて外部環境を起点とするもの(マイケル・ポーターが代表)と、内部環境を起点とするもの(J・B・バーニーが代表)がある。内部環境を起点とするアプローチでは、短期的に獲得され、誰の目にも明らかな強みに着目するだけでは不十分であると思う。その企業が世代を超えて脈々と受け継ぎ、磨きをかけてきた組織資産―ややもすると社員が見落としていたり、普段は意識していなかったりする無形資産―を掘り起し、それに根ざした戦略を構想することが、戦略の実効性を高める、つまり戦略を画餅に終わらせないことにつながると考える。

 ただ、日本企業の強みの源泉を戦後経済だけに求めてよいかどうかは、議論の余地があるだろう。というのも、モジュラー型を得意とするアメリカの分析を見ると、以下に引用するようにアメリカの建国以来の歴史が下地となっており、日本とアメリカでレベル感が異なる気がするからだ。
 やや乱暴な言い方になりますが、アメリカは、二百年間世界中から集まる有能な移民を即戦力として使うことによって、世界一の国力を獲得した国です。つまり、社会の成り立ちからして、基本的には「有能な人、完成度の高い人を組み合わせてスピーディーにパワーを出す」という、いわばモジュラー的なものだったといえます。
 日本という国は一体どういう国なのか?という問いに答えるのはそうそう簡単なことではない。だが、藤本教授と同じように”やや乱暴な言い方”を許してもらえるとすれば、日本は「諸外国のいいとこどりをするのが得意な国」ではないだろうか?

 明治維新によって日本の近代化が進んだ時、佐久間象山が「東洋道徳、西洋芸術」という言葉で端的に表現したように、政府は東洋の精神を守りつつ、西洋の優れた社会制度や技術などをどんどん取り入れようとした。その結果、憲法はドイツに、民法はフランスに、議会制度はイギリスに倣うことになった。また、富国強兵を進める政府は、造船技術をイギリスから導入し、群馬県の富岡製糸場にはフランスの技士を招き、北海道の開拓にあたってはアメリカ式の大農場制度を手本とした。明治時代の日本は、モジュラー的な国家であったと言えそうだ。

 いいとこどりの文化は、何も明治時代に始まったことではない。奈良時代から平安時代の国家作りは、隋や唐がモデルとされた。法令、統治機構、行政区画、租税、身分制度などは、遣隋使や遣唐使を通じて日本に導入された。この時代に日本と交流があった国は中国と朝鮮ぐらいしかなかったため、学習対象はかなり限定的だったが、「よその国のものをうまく組み合わせて、自国用にアレンジする」という日本人の気質は、古代には既にでき上がっていたように思える。

 最近知ったことだけれども(恥)、我々が初詣の時にお参りする七福神も、言葉は悪いが実は”寄せ集め”である(こんなことを言って神様の罰が当たらないことを祈る・・・)。大黒天、毘沙門天、弁財天はインドから、福禄寿、寿老人、布袋さんは中国から入ってきた神様であり、ただ1人恵比寿さんだけが日本の出身である。日本人は、7人の神様の間に正統とか異端といった区別をせず、横並びに組み合わせて幸せの象徴を作り上げた。

 こうして考えてみると、日本企業はインテグラル型ではなく、むしろモジュラー型が得意なはずではないだろうか?本当はモジュラー型に適しているにもかかわらず、自動車産業の成功によって、あたかもインテグラル型が得意であるかのように錯覚している可能性はないだろうか?

 (続く)

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