プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2014年05月17日

『アナリティクス競争元年(DHBR2014年5月号)』―ビッグデータの方向性とアブダクションの重要性


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 (前回からの続き)

 (2)「ビッグデータによる競争は終わった アナリティクス3.0」(トーマス・ダベンポート)/
 「根拠に基づく意思決定の文化をつくる つまるところビッグデータは不要かもしれない」
 (ジャンヌ・W・ロス、シンシア・M・ベアス、アン・クアードグラス)

 相反する内容の論文を同じ特集の中に入れるという、『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』がたまにやる”読者への試練”である。前者の論文は、ビッグデータによる競争はアナリティクス2.0であり、これからはそれを超えたアナリティクス3.0が必要だと主張する。

 これに対して、後者の論文は、はっきりとそう書いているわけではないが、企業には既存システムによって収集されるデータを活用する余地がまだ十分に残されている、と言いたげだ。これだけ情報チャネルが多様化している現在において、敢えて「情報のソースを1つに集約せよ」と提言しているのは、そういう意図だろうと私は解釈した。単一の情報ソースに頼るのは、トーマス・ダベンポートの言葉を借りれば、古典的なアナリティクス1.0となるに違いない。

 私も、どちらかと言うと後者の論文に賛同する。情報が増えれば意思決定の質が上がるわけではない。経済学者ハーバード・サイモンは、1971年に「情報は受け手の注意力を衰えさせる。このため、大量の情報は注意力の欠如を引き起こす」と記したそうだ。コンサルティングの現場で感じた私の印象だが、単一のシステムに限定しても、その中の情報を十分に分析・活用できている企業は一握りである。生産管理システム、在庫管理システム、販売管理システム、CRMシステム、SFAシステム、SCMシステム、そしてこれらのシステムを統合するERPシステムなど、どのシステムをとってみても、その中の情報から有益な示唆を導き出せる可能性は大いにある。

 単一のシステムでアナリティクスの”訓練”を積まないまま、ビッグデータに飛びついたとしても、組織は混乱するだけだろう。組織には、使う価値があるのかないのか解らないデータが、あらゆる情報チャネルから流入する。アナリストはそれを高度な解析にかけて、現場にフィードバックする。ところが、統計的な知識に乏しい現場の社員は、解析結果をどのように活かせばいいのかわからない。こういう事態は容易に想像がつく。アナリストが大量にばらまく解析結果の中には、非常に有益なものもあるだろう。だが、現場の社員は、それ以外の大量のゴミデータを受け流して、有益な情報が手に入るのを待つだけの寛容さを持っていなければならない。

 ただ、アナリティクス3.0も、全く無用なコンセプトというわけではないと思う。ダベンポートによれば、アナリティクス3.0とは、「顧客が購入する製品とサービスに『データ・スマートネス』(データ収集・分析機能)を組み込もうという新たな決意」である。データ・スマートネスによって、顧客が製品・サービスをどのように利用しているのかについてデータを取得し、保守・メンテナンスの適切なタイミングを把握したり、製品・サービスの品質改善に役立てたりするのだという(論文では、GEの事例が紹介されている。日本で言えば、コマツの「KOMTRAX」がこれに近い)。

 しかし、これはあくまでも企業側の都合によるものである。顧客の立場に立てば、「製品・サービスに『データ・スマートネス』を組み込むことによって、顧客自らが製品・サービスの利用方法を工夫し、顧客の経験価値を高めることはできないか?」という問いを発するべきではないだろうか?そして、これは新たな差別化の方向性となりうる。この問いに対して的確に答えた事例がぱっと思いつかなくて恐縮なのだが、最近のスマート・グリッド構想において、家庭の電気使用量を可視化し、家電の電気消費を生活スタイルに合わせて最適化する、というのはこれに近いと考える。

 (3)「【インタビュー】消費者の心理はデータから読めるか データは構想に従う」
 (鈴木敏文)

 言い古されたことではあるけれども、「データは過去の延長線上で物事を考えるのに役立つが、全く新しいことを起こそうとする場合には役に立たない」ということに改めて気づかされたインタビュー記事であった。製品・サービスの品質・機能改善や、マーケティング・ミックスの最適化などのように、現状を改善するケースでは、市場や顧客に関するデータを分析することが有益である。ところが、全く新しいイノベーションを考えている場合は、まだ市場や顧客が存在していないのだから、データを取得することは不可能だ。

 鈴木氏がセブンイレブンを作った時、周囲は大反対だったそうだ。「大型スーパーの時代を迎えており、小規模商店はどんどん潰れている」というのがその理由だった。ところが、鈴木氏はこう考えた。全てを大型スーパーにするのが消費者のニーズであるというのは考えにくい。伝統的な商店とは異なる形態の小型店で生産性を高めれば、消費者に受け入れられる、と。その後の結果は言わずもがなである。

 また、セブンイレブンにATMを入れる時も、周囲の大反対にあった。実は、鈴木氏はATMを使ったことがないらしい(妻に任せている)。それでも、次のように考えた。銀行の窓口は午後3時で営業を終えてしまい、その後はATMを利用することになるが、現在ほど遅い時間まで稼働していなかった。当時の人は、普段着でサンダル履きのまま街中の銀行に行くのははばかられるという印象を持っていた。もしコンビニにATMがあれば、わざわざ街に出なくても、ちょっとした買い物に行くついでにお金を下ろすことができる。コンビニが24時間営業していれば、真夜中でも、風呂上がりに部屋着を着たままでも気軽に行ける。以上のような推論から、ATMの導入を決断した。

 鈴木氏の直観的な推論は、「アブダクション」と呼ばれるものだ。推論には、個別の事象を1つずつ拾い上げて一般論を導き出す「帰納法」と、一般論から個別の事象を説明する「演繹法」の2つがあるが、「アブダクション」はその中間に属する第3の推論である。

 アブダクションは、限られた数の事象から一般論を導くという点で、全ての個別事象をすくい上げる帰納法とは異なる。限定的な事象から仮説を設定しているため、大きく外れることもあるが、当たれば誰も気づかなかったルールを確立することができる。優れたイノベーターや科学者は、アブダクションに長けていると言われる。ビッグデータによって誰もが同じような情報を入手できるようになった今、競合他社を大きく引き離すカギはアブダクションにあるのかもしれない。

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