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2014年06月16日
中沢孝夫『中小企業の底力―成功する「現場」の秘密』―2つの賛同と2つの疑問(前半)
![]() | 中小企業の底力: 成功する「現場」の秘密 (ちくま新書 1065) 中沢 孝夫 筑摩書房 2014-04-07 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
著者の中沢孝夫氏(福山大学経済学部教授)は中小企業論の第一人者だそうだ。これまでに1,100社(うち100社は海外)の聞き取り調査を行っているという。恥ずかしいことに、私の不勉強のせいでお名前を存じ上げていなかった。もっと勉強します・・・。
【賛同①】本書では中小製造業が中心に取り上げられているが、高業績を上げているBtoBの中小製造業は、特定の産業にとどまって少数の特定メーカーからの下請に依存しているのではなく、やはり複数の産業をまたにかけて多様な製品を展開しているものだ、という思いを強めた(以前の記事「中小製造業を国が支援する際の2つの方向性―平成25年度補正「新ものづくり補助金」を受けて」を参照)。
例えば、株式会社ナカキン(大阪)は、食品メーカー向けのサニタリーロータリーポンプと自動車向けのエンジン部品や金型を作っているし、同じく大阪にあるヤマウチ株式会社は、直径2ミリのハードディスク用樹脂製品からプリンタや複写機のローラー、あるいは全長11メートルの製紙用ロールまで数千種類のものを作っているという。顧客企業はメディア関連、製紙・紡績、建設、そして自動車と多岐にわたる。
かといって、これらの企業は戦略が不明確なわけではない。製品や顧客企業だけを見ればてんでバラバラで何でもやっているようだが、コアの技術は明確である。それはナカキンであれば鋳造技術であるし、ヤマウチであればゴム・樹脂形成技術である。ゲイリー・ハメルとC・K・プラハラードは、「コア・コンピタンス」の要件の1つとして、「多様な市場にアクセスし、多様な顧客に価値を提供できる中核的な技術」を挙げたが、両社のコア技術はまさにこの条件に合致する。
これに対して、大企業は近年そうしたコアを失っていると著者は指摘する。
近年、大企業のなかには「御社はなんの会社ですか」と聞いても判然としない会社がある。要するに自社の「家業」あるいは「コア」が説明できないのである。「えーと、大きく分けて6つの事業がありまして・・・」と始まり、さまざまな説明はあるのだが、要するに「なんでもやっているのですね」という結論になる。(中略)同じ「何でも屋」でも、コア技術のある何でも屋とそれがない何でも屋では全く違う。この点は私も賛成である。ハメルとプラハラードはコア・コンピタンスという概念を打ち出した時、NECの「C&C(Computer & Communication)構想」のことをよく研究していたのだが、大手家電メーカーが現在そのコア・コンピタンスを失って苦境に落ちっているのは何とも悲しい話である。
またそういう会社の製品の多くはオリジナルではない。同業他社と同じものを「若干の色をつけて」つくっているに過ぎない。テレビや白物家電、その後のエレクトロニクス系商品を展開した、電機系大企業の商品のラインナップがその典型である。「若干の色」とは、「ガラパゴス」と揶揄される「先端技術」である、といってもよい。基盤から遊離した「先端」は積極的な意味をもたない。
【賛同②】著者は、1999年に廃止された「中小企業近代化促進法」(1963年制定)のことを次のように批判している。この法律は、同年施行の「中小企業基本法」と表裏一体をなしている。
「基本法」のコンセプトは、(中略)(中小企業を)「近代化」させ、大企業との間にある格差を是正するために、「近代化法」により、小さな企業を集団化・集約化し「大きな会社」にする必要がある、というものだった。(中略)中小企業の世界では、何か新しいことをやろうとする時、和の精神を尊重したがるのか、自分だけリスクを取るのを恐れているのか、すぐに仲間と群れたがる。この傾向は、中小企業近代化促進法が廃止された現在でも、実はそれほど変わっていない。具体的な名前は伏せるが、中小企業の集団化の取り組みに対して補助金を出している公的な事業は今でも存在する。
しかし結果はさんざんだった。失敗の理由を1つ挙げれば、なによりも起業家精神を否定していたからである。つまり、いったい集団化して誰が社長になるのか。どのようにしてそれを選ぶのか。経営資源をもち寄って、どのように経営権を配分するのか、お互いに少しずつ異なった要素技術、固有技術をどのように融合させるのか、といったことが何もわからないだけでなく、何よりも、経営者は「自分のアイデアを生かしたい」「自分の理念の経営をしたい」といった、自尊と独立の精神が必要とされるのであって、「皆と一緒」というわけにはいかない、という市場経済の基本の無視があった。
また、中小企業経営の支援の局面においても、この悪癖が顔を出す。経済産業省や中小企業庁は、やれ認定支援機関制度だの地域プラットフォーム構想だのを持ち出して、中小企業診断士を含む様々な士業や金融機関を束ね、グループで中小企業経営のサポートを行おうとする。しかし、実態としては構成メンバー間の利害関係の調整に時間を取られて、コンサルティングのスピードがむしろ落ちているという印象である(もっとも、中小企業診断士が公的なコンサルティング資格でありながら、企業内診断士が7割に上り資格制度として十分に機能していないため、中企庁などがしびれを切らしてこういうスキームを考えた、という背景がある点は補足しておく)。
集団化の悪癖は大企業にも見られる。大企業は何かというとすぐに業界団体やコンソーシアムを作って、何十社もの会員企業を集めたがる。一般論で片づけるのは乱暴かもしれないが、こうした業界団体などが果たしてどこまで機能しているかは疑問である。
例えば、数年前に急浮上した電子書籍をめぐっては、Amazonに対抗するために出版社や取次会社が集まって業界団体を設立した。しかし、今のところAmazonに対する有効な対抗馬にはなっていない。また、半導体業界では、国が主導で様々なコンソーシアムを作ったが、具体的な成果を上げられず、むしろ半導体メーカーの競争力を削いだことが、エルピーダの元社員・湯之上隆氏の著書『日本型モノづくりの敗北―零戦・半導体・テレビ』で明らかにされている。
ある目的を達成する時、たとえそれが複数の組織にとって共通の目的だとしても、個別の組織レベルで見れば、組織内でその目的をどう優先順位づけるかは大きく異なる。ある組織はその目的に対する活動を強力にプッシュするのに、別の組織は戦略的な優先順位の低さからあまり力を入れない、ということが起こる。こうしてグループ内の足並みは崩れていき、当初の目的は達成が難しくなる。もし何か大きな目的を達成したいならば、吸収合併などによって経営資源を緊密に統合し、1つの組織体にまとめ上げる方がはるかに効果的であると思う。
(続く)