プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2014年07月17日

茂木誠『経済は世界史から学べ!』―経済を通じて歴史を見た時の7つの発見


経済は世界史から学べ!経済は世界史から学べ!
茂木 誠

ダイヤモンド社 2013-11-22
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 本書を読んで個人的に勉強になったことのまとめ。

 (1)不況になると財政出動させて景気を刺激するのがケインズ主義の一般的な考え方だが、こうした考え方は古くはエジプト王国に見られるという。エジプト王国の最大の支出は公共事業費であった。毎年7月から10月にかけてナイル川の氾濫が起き、泥沼化した国土の復旧作業に大量の人員がされたが、この時給与として穀物が支給された。

 また、ピラミッドや神殿施設にも大量の人員が動員されるが、これには王権の強大さを誇ると同時に、もう1つ大きな役割があった。氾濫の期間、農作業ができない人民に仕事を与える失業対策、治安対策の公共工事でもあったことが発掘調査により明らかになってきた。

 (2)タレースの定理(「半円の弧に対する円周角は直角である」という定理)や、「万物の根源は水である」という言葉で知られる古代ギリシアの哲学者タレースは、オプションの先駆けである。

 タレースは「哲学なんて何の役に立つのか」と人々に嘲笑された後、天文の知識を使って翌年のオリーブが豊作になることを予測し、オリーブ圧搾機を契約時の価格で借り受ける権利を買い占めた。翌年、オリーブが豊作になって圧搾機が高騰すると、タレースは契約時の安価で圧搾機を借り、これを人々に高値でまた貸しして巨利を得た。

 (3)ヨーロッパでは十字軍以降、聖地エルサレムを訪れる巡礼者を守るため、騎士と修道士の役割をもった修道騎士により、宗教騎士団が結成された。主な騎士団には、ヨハネ騎士団、マルタ騎士団、テンプル騎士団などがある。このうちテンプル騎士団は、キリスト教信者から多くの寄進を受け富裕化し、ヨーロッパ各地に支部を持つまでに拡大した。しかし、その後フランス王フィリップ4世がその富を奪うため、1312年に解散させた。

 ここまでが高校世界史教科書の記述であるが、テンプル騎士団は現代の金融システムに不可欠な仕組みを作り上げた。当時、エルサレムへの巡礼者は途中で盗賊に襲われることが多く、現金の持ち歩きは危険であった。そこで、騎士団は巡礼者の旅費を預かって預かり証を発行し、預かり証を提示されれば現金を払い戻すシステムを確立した。預金通帳やキャッシュカードの原型である。その際、預かり手数料という形で利子をとった。また、旅行者からの預り金を運用し、フランス王室などにも融資を行った。

 (4)徳川5代将軍綱吉の時代に勘定奉行を務めた荻原重秀は、金銀の純度を下げる貨幣改鋳を行ったことで知られる。この結果、貨幣の価値が暴落して激しいインフレが起こり、人々の暮らしが悪化したと高校日本史教科書には書かれている。荻原は悪者というわけだ。

 ところが、著者は貨幣改鋳に重要な意義を見出している。「貨幣は国家が造る所、瓦礫を以ってこれに代えるといえども、まさに行うべし」という荻原の言葉は、貨幣価値が金銀の含有量で決まる「本位通貨」から、政府が通貨価値を決定できる「信用通貨」への転換を表現したものとして重要だという。もっとも、国家が通貨発行権を握ると、自らの無駄遣いにより貨幣量が増えてインフレが起こりやすいことも、著者は合わせて指摘している。こうした弊害を回避するために各国で作られたのが、中央銀行である。

 (5)荻原の貨幣改鋳を否定して金銀の純度を元に戻したのが新井白石である。高校日本史教科書では、悪玉の荻原に対して白石が善玉扱いされているが、実際には荻原の時代に元禄文化が花開き、白石の時代には貨幣量が激減してデフレに突入している。幕府の最大の収入源であった米の価格も下がったため、財政再建はさらに困難なものになってしまった。

 著者は、白石が実体経済を考えずに緊縮財政に走った原因を、白石が拠りどころとしていた朱子学に求めている。朱子学は、極端な理想主義・建前主義である。「国家は農業を基盤とすべきで、商工業はいかがわしい」という思想である。白石と同じように農業回帰の緊縮財政に走った例として、松平定信の寛政の改革が挙げられる。

 (6)日露戦争は、ユダヤ人がお金を貸してくれたおかげで日本が勝てたと言われる。当時、日本の第1回戦時国債約1,000万ポンドの半分を引き受けたのが、ユダヤ系財閥クーン・ローブ商会の頭取ジェイコブ・シフである。シフはドイツのフランクフルト出身で、同郷のユダヤ人財閥・ロスチャイルド家のアメリカにおけるパートナーであった。ロシア帝国がユダヤ人を迫害していたから日本に同情的だったと説明されるが、話はもっと複雑だという。

 ロスチャイルド家はロシアのバクー油田(カスピ海油田)に莫大な投資をしていたため、公然と日本を支援すればロシア政府から制裁を受けてしまう。そこで、パートナーのシフに日本国債を買わせて、二股をかけたのである。ナポレオン戦争の時も、ロスチャイルド家は英仏に二股をかけて資産を守り、ワーテルローの戦いで英軍勝利の情報を握るや、英国債を買いまくって莫大な利益を得ている。ユダヤ人はしたたかである。

 (7)アメリカは第1次世界大戦の時、ヨーロッパ向けに軍需物資を輸出するとともに、ヨーロッパの戦時国債を引き受けていた。これによってアメリカは世界最大の債権国となり、ポンドに代わってドルが国際通貨となった。ところが、連合国の一角であったロシアで革命が起こり、ドイツと休戦。余力のできたドイツ軍がフランスに攻勢をかけたため、連合国の勝利が揺らぎ始める。

 「連合国が敗北すれば、彼らが発行した国債は紙くずになる」と考えたウィルソン大統領は参戦を決意した。参戦の表向きの理由は「ドイツの潜水艦隊による無差別攻撃を阻止する」というものであったが、「自国の債権を守りたい」というのが本音であった。

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