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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2014年08月20日

イザヤ・ベンダサン(山本七平)『中学生でもわかるアラブ史教科書』―アラブ世界に西欧の「国民国家」は馴染まないのではないか?


中学生でもわかるアラブ史教科書―日本人のための中東世界入門 (ノンセレクト)中学生でもわかるアラブ史教科書―日本人のための中東世界入門 (ノンセレクト)
イザヤ ベンダサン 山本 七平

祥伝社 2007-07

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 タイトルに「中学生でもわかる」とあるが、本当に中学生向けに書かれた本ではない。著者なりに解りやすく書いたことを「中学生でもわかる」と表現したにすぎない。実際には、最低でも高校の世界史レベルの基礎知識がないと、本書を理解することは難しいと思われる。

 以前、「イスラームは歴史的に見ると多様性に対して寛容である」という記事を書いたが、これはちょっと浅はかであったと反省した。多様性に対して寛容な精神を持っていたというよりも、イスラームの統治機構がそうさせたと言った方が正しい。遊牧民が多く暮らすアラブ世界は、集団ごとに異なる法を持っている。また、集団=宗団であり、それぞれの集団が異なる宗教(イスラーム、キリスト教、ユダヤ教などの中で細分化された宗派)を信仰している。

 イスラームが支配領域を広げる際には「聖戦(ジハード)」を行うとされるが、実は戦闘は最終手段にすぎない。最初はイスラームに改宗することを勧める。改宗すれば、納税の義務が免除される。もしも相手が改宗しない場合には、納税の義務を課す。相手の集団は、納税する限りにおいては自治が認められ、自らの法や宗教に従うことができる。改宗もしない、納税もしないという場合に、初めて聖戦が行われる。

 イスラームに改宗した者はマワーリーと呼ばれ、行政の実務を担当した。逆に、イスラームに改宗しなかったキリスト教徒やユダヤ教徒はドゥミヒーと呼ばれた。さらにドゥミヒーの下には異教徒や奴隷が存在した。こうして、アラブ系イスラームを頂点として、マワーリー、ドゥミヒー、異教徒、奴隷と続く階級社会が成立した。この階級社会においては、支配層であるアラブ系イスラームやマワーリーはむしろ少数派であり、イスラームを信仰しない者の方が多数を占めていた。

 支配層にとっては、イスラームの増加は困った問題を生じさせる。イスラームに改宗すると納税の義務が免除されると書いたが、代わりに戦士の義務を負うことになる。よって、イスラームが増えれば増えるほど、税収は減少する上に軍事費が増加するというダブルパンチを食らう。そこで、歴代の支配者は、納税対象者を増やすために領土拡大を志向し、非イスラームの拡大に努めたのである。こういう支配の仕組みであったから、イスラーム絶対主義を押しつけるのではなく、征服地の法や宗教、文化を尊重することになったのだと考えられる。

 私は政治学が専門ではないし、アラブ問題についてもほとんど知らないので、宗教対立や国家間紛争、国内の内戦について何か具体的な提言ができるわけではない。ただ、1つだけ言えることがあるとすれば、それは、これら諸問題の根源は欧米的な「国民国家」の考え方を無理やり中東に押しつけたことにあるのではないか?ということである。

 国家の成り立ちについては、カール・ドイッチュの説がある。ドイッチュによれば、国民(nation)とは次の2種類のコミュニケーションの積み重ねの産物である。1つは資本主義の発達に伴う財貨・資本・労働の移動の積み重ねであり、これらの結びつきが強い地域は「経済社会」(society)と呼ばれる。もう1つは、交通や出版、通信の技術の発達に伴う言語と文化(行動様式・思考様式の総体)に関するコミュニケーションの蓄積であり、それによって出現する共通圏を「文化情報共同体」(community)と呼ぶ。

 一定の地域である程度のコミュニケーション密度が長期間継続すると、そこは「くに」(country)となり、そこに住む人たちが「民族」(people)と呼ばれるようになる。この「民族」が独自の政府(government)つまり統治機構(state)を持ちたいと考えた瞬間に、「民族」は「国民」となる。こうした「民族」、「国民」が実際に政府を樹立し成立するのが「国民国家」(nation-state)である。

 ドイッチュはドイツ人であり、アメリカで教えた学者であるから、どうしても西欧的なものの考え方に立脚している。まず、国家の成立を促すのは資本主義であることが暗黙の了解とされている。また、西欧は基本的に政教分離であるから、国家の成立に宗教が関与する余地はほとんどないと言ってよい。さらに、農耕民族である西欧人は、経済社会も文化情報共同体も、地理的に連続した地域に成立すると考えている。

 しかし、アラブ世界は西欧的な意味での資本主義が浸透しているわけではないし、先ほども見たように、人々が所属する集団の宗教の影響は無視できないほどに大きい。加えて、遊牧民族である彼らにとって、国家の領域は連続的で固定的であるという常識も通用しにくい。

 第2次世界大戦後にアラブ世界の安定を急いだ西欧諸国は、文化的な境界に国境線を引こうとした。ところが、流動的で複雑なアラブ世界の文化を十分に把握することができず、いわゆる一般的な意味での民族という一番解りやすい区分を文化の境目だとみなして、機械的に国境線を引いたことが悲劇の始まりだったのではないだろうか?

 以前の記事「内田樹、中田考『一神教と国家』―こんなに違うキリスト教とイスラーム・ユダヤ教」で、イスラーム学者である中田考氏は、イスラーム世界に国家は必要ではなく、カリフ(預言者ムハンマド亡き後のイスラーム共同体、イスラーム国家の指導者、最高権威者の称号)制を復活させればよいと主張していることを書いた。個人的には、国家を完全になくしてしまうと、西欧など諸外国と交渉する道が途絶えてしまうので、国家はあった方がいいと思う。ただし、その境界線は、西欧の常識には反するが、宗教の境界に求められるのではないだろうか?

 イスラーム、キリスト教、ユダヤ教などどの宗教をとっても、内部には異なる宗派がたくさん存在し、それぞれの集団は地理的に分散している。そこで、宗派を同じくする集団の境界を国家の境界とする。そうすると、アラブ世界には今よりもずっと多くの国家が成立する。

《参考》
 イスラム教の宗派・学派の種類一覧|いちらん屋(一覧屋)
 【地図と解説】シーア派の中東での分布|中東・イスラーム学の風姿花伝

 国家の力が弱いと感じる場合は、宗派が同じ、ないしは似通っている国家が集まって、連邦国家を形成する。連邦国家内の国家は、必ずしも地理的に連続している必要はない。ちょうど、アラブ首長国連邦を構成する7つの首長国が、アラブ世界に点在しているような感じである。「国民国家」の発祥地であるヨーロッパでは、EUが新しい国家像を模索し始めている。アラブにも、アラブの事情に合った、「国民国家」とは異なる国家が成立する余地があるのではないだろうか?

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