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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2014年09月11日

久繁哲之介『地域再生の罠』―コンパクトシティ先駆け(?)の岐阜市の実態を岐阜市出身の私が補足


地域再生の罠 なぜ市民と地方は豊かになれないのか? (ちくま新書)地域再生の罠 なぜ市民と地方は豊かになれないのか? (ちくま新書)
久繁 哲之介

筑摩書房 2010-07-07

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 以前の記事「久繁哲之介『商店街再生の罠』―補助金漬けにされている商店街の実態」で取り上げた久繁哲之介氏の別の著書(こちらの方が古い。読む順番を間違えた・・・)。国や自治体などは、中小企業や商店街などの成功事例をハンドブックのような形でまとめることが多い。ハンドブック作成には、だいたい数百万円単位の予算がついている。だが、本書を読んで、そのハンドブックがいかにいい加減なものかを思い知らされた。

 (1)天神町商店街(島根県松江市)
 天神町商店街は、「がんばる商店街77選」(中小企業庁、2006年)や『繁盛商店街の仕掛け人―街に人を呼び込んだ全国成功事例20』(鶴野礼子、ダイヤモンド社、2008年)に掲載されている。同商店街は、巣鴨地蔵通り商店街を真似して、白潟天満宮に認知症対策の神様「おかげ天神」を設置した。また、毎月25日に天神市を開催している。ところが、商店街がにぎわうのは天神市の1日だけであり、著者がそれ以外の日の16時から30分間商店街に滞在したところ、買い物のピーク時間にもかかわらず、歩行者は一人もいなかった。

 (2)ぱてぃお大門(長野県長野市)
 ぱてぃお大門は、善光寺の表参道に隣接する飲食店中心の商業施設であり、成功事例集にもよく掲載される。善光寺大門の蔵や古い建物を生かした町並みが特徴である。著者がランチタイムのピークである12時から30分間ぱてぃお大門に滞在したところ、来訪者は約20人であった。飲食店中心のエリアとしては寂しい数字である。しかも、その20人のほとんどは飲食店を利用していない。観光客と思しき中高年グループがガイドブックを片手に、ふらっとパティオ(中庭)に立ち寄り、写真を撮って後にするだけであった。

 (3)岐阜県岐阜市
 複数の土建工学者が著した『都市工学の専門家が推奨する『住みよい街ベスト50』』(心交社、2009年)で、岐阜市はコンパクトシティの先駆けとして紹介されている。ところが、コンパクトシティに不可欠とされる路面電車を岐阜市は廃止している。慢性的な赤字がその理由だという。代わりに、岐阜市は約150億円をかけて、岐阜シティ・タワー43を岐阜駅前に開業させた(2007年10月)。これは、路面電車の赤字の約20年分に相当するらしい。にもかかわらず、開業3か月後には商業施設の核テナントである服部家具店が撤退し、ビル1階がもぬけの殻となった。

住みよい街ベスト50 (Shinkosha Selection)住みよい街ベスト50 (Shinkosha Selection)
広瀬 盛行

心交社 2009-09-14

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 私は岐阜市出身なのだが、「よくぞ言ってくれた」と膝を叩きたくなった。私も、他人には岐阜市を勧められない。なにせ、JR岐阜駅近くのコンビニが潰れ、名鉄岐阜駅近くにあったスターバックスが撤退するような街である。これで本当に人口40万人の県庁所在地なのか?と疑いたくなる。

 JR岐阜駅は再開発が進み、テナントが数多く入っているが、日中の人通りはまばらである。また、駅北口には岐阜県と縁の深い織田信長の黄金像が設置されてるのに、誰も写真を撮っていかない。歴史上の人物で1、2を争うほどの知名度がある人物がこの扱いである。その織田信長像から北西に少し歩くと、古びたシャッター街が目に入る。岐阜市はもともと繊維の町として栄えたのだが、国内の繊維業の衰退によって、多くの店が閉店を余儀なくされた。しかし、これらの店は問屋兼住宅であり、今でも人が住んでいるから、簡単に他の用途に転換できない。

 JR岐阜駅の北口から10分ほど北に歩くと、美川憲一が「柳ケ瀬ブルース」で歌った柳ケ瀬商店街がある。しかし、この商店街も御多分に漏れずシャッター街と化している。柳ケ瀬ブルースの舞台を一目見ようとこの地を訪れ、大いに落胆したという”被害者”を私は何人も知っている。また、岐阜駅周辺には飲食店が非常に少ない。特に、飲み屋がない。夜7時ぐらいになると、多くの店が閉まってしまう。だから、私がたまに帰省して友人と飲もうとすると、場所の確保に困る。

 岐阜市らしい食べ物もない。私が他県の人から聞かれて一番困るのは、「岐阜はどんな食べ物が有名なのか?」というものだ。正直言って、これには答えようがない。名古屋市の喫茶店文化やきしめん、味噌煮込みうどんなどのように、解りやすい食べ物が全く存在しない。一応、岐阜市は柿の産地なのだが(岐阜県の柿の生産量は全国4位)、岐阜市民でもこのことを知っている人は少ないだろう。第一、柿が有名だからと言っても、年がら年中消費されるものではないし、他の食べ物に比べて用途が限られているから、どうしてもインパクトに欠ける。

 岐阜市は、市のコンセプトが曖昧である。岐阜市は、名古屋市から電車で約20分という地の利を全く生かせていない。20分と言えば、渋谷―大手町間ぐらいの時間である。大手町は栄えているのに渋谷は廃れているということはない。ならば、名古屋市と同じように岐阜市も栄えていなければおかしい。それなのに、名古屋市に勤める人は岐阜市に住まず名古屋市に出て行ってしまう。事実、私の同級生も、就職してから名古屋市(とその近隣)に引っ越した人が多い。私の同級生の父が20年ほど前に出した本のタイトルは、『岐阜は名古屋の植民地』であった。しかし、実際の岐阜市は、名古屋市との関係が非常に希薄である。

岐阜は名古屋の植民地!?―東京・大阪の衛星都市も同じだ!?岐阜は名古屋の植民地!?―東京・大阪の衛星都市も同じだ!?
松尾 一

まつお出版 1994-10

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 岐阜市は、名古屋市の企業に勤める人たちが住む町としてデザインすることもできるし、名古屋市の企業と取引がある企業を積極的に誘致することも可能なはずだ。そうすれば、市内の住民やビジネスパーソンをターゲットとして、飲食店をはじめとする小売店が増えていく。すると、その小売店に勤める人の一部も岐阜市に住むようになる。そして、さらに小売店が増えていく、という好循環が生まれる。

 ここで注意が必要なのは、こうした好循環は、大きな箱モノをどーんと作れば実現できるわけではない、ということだ。それができるならば、大資本がとっくの昔に岐阜駅周辺に進出して、ビジネスに成功しているに違いない。そうはいかないから、大資本が出てこないのである。

 だから、岐阜市は一点集中型の開発をするのではなく、住民や企業をじわじわと”面”で増やしていく施策を打つべきだと思う。150億円もあるならば、これから市内に住む人先着1万人を対象に住宅ローンの利息100万円分を市が負担するという優遇策と、市内で新たに起業する人1,000人に500万円ずつ与える助成策をセットで展開した方が効果的だったのではないだろうか?

 観光資源の発掘も急務だろう。岐阜で観光と言うと、県北部の下呂温泉や高山市、白川郷ばかりが注目されがちだ。しかし、アクセスのしやすさという点では、岐阜市の方が圧倒的に優位である。先ほど織田信長の名前を出したが、市内には、織田信長が斎藤道三から奪取した岐阜城もある(岐阜という名前は織田信長の命名による)。岐阜市は戦国時代の舞台となった場所だから、歴史を掘り起こせばいくらでも資源が出てくるに違いない。

 問題は、歴史上の名所をめぐる交通手段がないことである。前述のように路面電車が廃止されている上、市内にはめぼしい鉄道が通っていない。そうなると、頼りになるのはバスしかない。だが、バスしかないと言って悲観的になることもないだろう。日本随一の観光名所である京都は、地下鉄のアクセスが非常に悪く、どこへ行くにもバスに頼ることが多い。それでもそれなりにうまくやっているのだから、岐阜市でもやれないことはないはずだ。

 以上、岐阜市に対する文句(?)が長くなってしまったが、国や自治体が作成する成功事例のハンドブックはあてにならないことが本書で再確認できた。こうしたハンドブックは、個々の事例の分析が非常に浅い。国などは、1つの事例はだいたい1ページにまとめて、とにかく事例の数を集めたがる。そのため、どうしても表面的な分析にとどまってしまう。ビジネスの成功は、様々な要因が複雑に作用し合って導かれるものだ。それを1ページに収めるのは初めから無理がある。

 成功事例を詳細に分析した著書として私がぱっと思いつくのは、『ビジョナリー・カンパニー』(ジェームズ・C・コリンズ)や『ストーリーとしての競争戦略』(楠木建)である。いずれも300ページ以上のボリュームがあるが、登場する企業は10程度である。私は、取り上げられているのが大企業だからページが多くなるとは思わない。大企業も中小企業も、成功するためにやるべきタスクの”数”はそれほど変わらない。両者で違うのは、個々のタスクに要する”時間”の長さである。

ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則
ジム・コリンズ ジェリー・I. ポラス 山岡 洋一

日経BP社 1995-09-26

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ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)
楠木 建

東洋経済新報社 2010-04-23

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 また、国などのハンドブックでは、成功の定義が曖昧である。『ビジョナリー・カンパニー』では、財務諸表など定量的なデータを基に成功企業を選出している。ところが、公的な成功事例集に載っている中小企業や商店街は、どういう基準で選ばれたのかが全く解らない。本当に売上高が伸びているのか疑わしい企業なども散見される。だから、著者のように実際に商店街を訪れると、事例集の記述とのギャップに驚かされる、という事態が起きるのだろう。

 ややもすると、国や自治体は自分が用意した支援策を使ってくれた中小企業・商店街を成功例とみなしている節がある。先日、とある公的機関が作った中小企業の海外進出の成功事例集を眺めていたのだが、海外でどのくらいの売上高・利益を上げているのか?顧客はどのくらい増えているのか?といった話が全く出てこなかった。代わりに、JETROに相談して展示会に出展したとか、自治体のこういう支援策を使ったといった話が延々続いて、辟易してしまった。

 本書の中でも著者は、国などの成功事例集を自らが展開する施策の「プロパガンダ」だと断罪している。公的な資料なのに、どうも公平性からかけ離れているような気がしてならない。

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