プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2014年09月13日

『万事入精(『致知』2014年9月号)』―致知が大事にしている3つの価値観


致知2014年9月号万事入精 致知2014年9月号

致知出版社 2014-09


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 今年に入ってから『致知』の定期購読を始めたのだが、この雑誌が大事にしている日本人の3つの価値観がだんだんと解ってきた。

(1)その日その日を一生懸命に生きる
西端 きょうのテーマは「万事入精」と伺いました。この言葉を聞いて頭に浮かんだのは、仏教の諸行無常という教えです。先ほど嘉納先生もおっしゃったように、人生この先何が起こるか分かりませんが、だからこそ1日1日を大切に、感謝の心で生きていきたいですね。

嘉納 それは真心を込めて生きるということね。私も毎日一所懸命、真心を込めて生きています。まだ満足していないの。私の歌はもっと上手になるはずだし、私にできることもあるだろうにって。
(真宗大谷派浄信寺副住職・西端春枝、声楽家・嘉納愛子「老ひてこそ味わいふかし友の味」)
 『致知』には企業経営者のインタビュー記事もよく載っているのだが、目の前の仕事を一生懸命にやり抜くことが重要というスタンスが多い。組織のトップともなると、明確なビジョンや戦略を掲げて、それを達成するための計画を未来から逆算して立案する、というやり方をとりそうなものだ。ところが、そのようなタイプの人は『致知』にあまり登場しない。それよりも、「いま、ここ」を真摯に積み重ねていくことで、未来を切り開いていこうとする。これは、以前の記事「果たして日本企業に「明確なビジョン」は必要なのだろうか?(1)(2)」で述べたこととも一致する。

(2)礼儀作法を大事にする
 武士道は神棚に飾っておくものではありません。自分の生活に生かしてこそ価値があります。日々小さな実践を積み重ねていくことによって、大事な局面で大きな力を発揮することができるのです。それはつまるところ、挨拶の仕方であり、食事の仕方であり、人様との接し方であり、姿勢、表情、言葉遣いといった、一つひとつの些事にも心を込めること、万事入精の心懸けによって武士道は生きてくると私は考えます。あの人は内側から輝いている、と世間で称賛される人は、例外なく見えないところで自分を厳しく律し、努力されているものです。
(文筆家・石川真理子「武家の娘の心得 祖母に学んだ武士道」)
 以前の記事「『焦点を定めて生きる(致知2014年5月号)』―掃除とあいさつは経営の基本」、「『一刹那正念場(『致知』2014年8月号)』―勝つためには守りを固めよ」でも確認した価値観である。経営において単に勝つ=一時的に大きな利益を上げるためであれば、海外のマネジメントの手法が役に立つだろう。しかし、勝ち続けるためには、逆説的なことだが、一見利益につながるとは思えない人間としての基本所作をいかに大切にできるかがポイントとなる。

 私の前職の会社には、大手コンサルファームの出身者も多く集まっていた。彼らは確かに地頭はいいのだが、人間としては見過ごすことのできない欠陥が多かった(例えば「【ベンチャー失敗の教訓(第8回)】常識知らずで社員を唖然とさせる社長」、「【ベンチャー失敗の教訓(第41回)】自分の「時間単価」の高さを言い訳に雑用をしない」など)。だからという理由で片づけるのは短絡的すぎるかもしれないが、組織が一丸となって苦境を乗り越えなければいけないという局面で社員が結束できず、坂を転がり落ちるように業績が悪化してしまった。

 礼儀作法は、コミュニティにおいて他者を不快にさせないための最低限のルールである。それを軽視して他者を不快にさせる人に、どうして顧客のことを喜ばせることができるだろうか?先日、ある中小企業をアポなしで訪問したことがあった。ちょっと社長にお願いしたいことがあって、たまたまその企業の近くまで別件で来ていたので、ついでに立ち寄った。あいにく社長は不在だったのだが、オフィスに入っても社員は誰もあいさつをしてくれず、社員たちが机の上に座って大声で談笑していた。顧客はこういう企業に仕事を頼みたいと思うだろうか?

(3)不条理なことにも耐える
 困り果ててパリの日本大使館に駆け込むと、ある日本料理屋を紹介してくれたんです。そこで数か月働かせてもらいましたが、食器を投げつけられたり、油をひっくり返されて火傷したり、引っ叩かれたり・・・まあ、不条理なことがいっぱいありました。僕は何も悪いことはしていないのに。すごく辛かった。ただ、僕はその人のことを一度たりとも恨んだことはないんです。(中略)

 そういった理不尽なことも一流の職業人になるための試練と捉えて受け入れなきゃいけないと思っていました。やはり辛いからといって簡単に逃げるようではいけない。理不尽なことを耐え忍ぶ中で、自分という人間がつくられていくのだと思います。
(オーボンヴュータン オーナーシェフ・河田勝彦「作り手の気持ちが熱くないと美味しいお菓子は生まれない」)
 西欧的な合理主義を貫けば、絶対にこんな価値観は出てこない。だが、日本人には理不尽なことを自己成長の糧にできる強さがある。善を理解するためには善を知るだけでは不十分である。悪を知らなければ、善の完全な把握はできない。

 西欧は誰かが合理的だと考えたことを他の人にも強制する社会であるから(以前の記事「日本とアメリカの「市場主義」の違いに関する一考」を参照)、基本的には皆同じように合理的な考え方をする。一方、多様性を尊重する日本では、様々な価値観が並立する。これは、誰かにとって合理的なことは、他の人にとって非合理的であることを意味する。だから、日本社会で生きる以上、非合理との戦いは宿命なのである。そこから逃げていては、日本で生きることはできない。非合理を受け入れることで他者を理解し、ひるがえって自己を鍛えなければならない。

 昔の私は不条理が許せないタイプで、組織と軋轢を生みだすタイプであった。大学生の時にやっていた塾講師のアルバイトでは、時給が契約時と異なっていたり、生徒に使わせようと思っていた市販のテキストを塾が全然用意してくれなかったりと、不条理なことがあれこれ重なったため、1年ぐらいで辞めてしまった。だが今思えば、あれは契約プロセスをきちんと踏むというビジネスルールを学習する絶好の機会にできたはずであった。また、テキストが届かなかったのは、市販のテキストに頼らずに、自分でテキストを作れという塾側のメッセージだったのかもしれない。

 前職の会社も非常に理不尽だった。しかし、学生時代のように1年ぐらいで辞めはしなかった。結果的には退職したものの、他の何十人という社員が1~2年ぐらいで会社を去ったのに対し、私は約5年半在籍し続けた。これは全社員の中で、5本の指に入る長さであったと思う。おかげで「シリーズ【ベンチャー失敗の教訓】」という記事をまとめることができたし、今の中小企業診断士の仕事で理不尽なことがあっても(苦笑)、多少は我慢できる耐性が身についたと思う。

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