プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2014年09月24日

新雅史『商店街はなぜ滅びるのか』―競合他社を法律で排除した商店街は、競争力を鍛える機会を自ら潰した


商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道 (光文社新書)商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道 (光文社新書)
新 雅史

光文社 2012-05-17

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 『致知』2014年9月号を読んでいたら、筑波大学名誉教授・村上和雄氏(遺伝子工学)と、國學院大學名誉教授・小林達雄氏(縄文研究)の対談記事に、興味深い箇所があった。
 村上 本州の日本人というのは、DNA的に縄文人と弥生人の混血であることに加えて、温暖で、四季が豊かで、海に囲まれてといった独特の環境によって、ますます個性が磨かれたのでしょうね。それから、多様なDNAが残っているということは、弱い民族の皆殺しがなかったせいであると聞いたことがあります。先ほど先生は、縄文時代にも戦争はあったとおっしゃいましたが、民族を皆殺しにするような激しい戦争はなかった、そういう意味で比較的平和な時代であったという解釈でよろしいんでしょうか。

 小林 それはそのとおりだと思います。

 村上 つまり、普通なら弱い民族は強い民族に淘汰されるけれども、日本には先生がおっしゃるように戦争はあったけれども、ある強い民族が弱い民族を皆殺しするということがなかった。そういう歴史によって、日本人のDNAが極めて多様性に富んだものになり、いまの日本人が形づくられたと考えられるわけですね。
(村上和雄、小林達雄「生命のメッセージ 日本の源流 縄文からのメッセージ」)
致知2014年9月号万事入精 致知2014年9月号

致知出版社 2014-09


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 私は、敵を潰さない、競合を徹底的に攻撃しないというのは、日本人の美徳の1つだと考えている。日本人が優しいからということもあるが、一番の大きな理由は、日本人は敵が存在することで自らのアイデンティティを確認し、敵と共存することで自らを鍛えようとする民族だからだと思う。その源流が縄文時代にあるというのは面白い発見であった。

 以前の記事「日本とアメリカの「市場主義」の違いに関する一考」でも書いたが、一神教のアメリカは敵を徹底的に排除する文化である。市場で競争する各プレイヤーは、「自分こそが神の意思を正しく体現している」と信じ、自社の製品・サービスを市場に押しつける。そして、競合他社がいなくなるまで、市場の全ての顧客が自社製品を受け入れるまで、激しい戦いを繰り広げる。

 以前、ペプシがコカ・コーラとペプシのコーラをラベルを隠して消費者に飲ませ、どちらがおいしいか投票で決める、というCMがあった。両社の戦いは100年戦争と言われるほど激しく、どちらも自分が一番だと主張して譲らない。日本では競合他社を直接攻撃するCMを流すことは考えられないので、ペプシのCMは新鮮であったが、アメリカではこういうCMは日常茶飯事である。4年に1度の大統領選挙では、共和党も民主党も、相手候補の欠点やスキャンダルを暴くネガティブキャンペーンに必死になる。

 日本は多神教の文化であり、多様なプレイヤーが共存することを許容する。かつては護送船団方式という言葉があったように、市場の多様性を法律で保護しようとさえする。各プレイヤーは、表向きは激しい競争を繰り広げているように見せかけて、実は裏で部品を融通し合ったり、技術提携を結んだり、お互いの戦略や戦術を共有したりと、協力関係にあることが少なくない(だから、ある企業が新しい製品・サービスを発表すると、競合他社がすぐに追随する)。

 先日、久しぶりに鳥山明氏の『ドラゴンボール』を読んだのだが、孫悟空は自分より強大なパワーを持った敵が現れても、その敵を徹底的に排除しようとはしない。ベジータにもピッコロにも、悟空はとどめを刺さなかった。その後、悟空とベジータはよきライバルとなり、ピッコロは悟空の子・悟飯の師匠となった。魔人ブウを消し去る時には、「いいヤツに生まれ変われよ」と願った。その願いは、10年後の天下一武道会で、魔人ブウの生まれ変わりであるウーブと出会うことで果たされた。悟空がウーブを連れて新しい修行に出るところでこの漫画は完結する。

 悟空が単に敵をなぎ倒していくだけの漫画だったら、ドラゴンボールはここまで面白くならなかっただろう。悟空はライバルの存在を糧にして修業を積み、より高みを目指していく。ライバルがいるからこそ、悟空は「より強くありたい」という純粋な思いに裏打ちされた自分のアイデンティティを強化することができる。悟空の考え方は非常に日本的であるように思える。

 アメリカ企業は、自社の製品・サービスを上市した時点で、それが神の意思を十分に反映させた完全版だと思い込んでいる。だから、顧客の要望に応じて多少はファインチューニングすることはあっても、基本的には仕様を大きく変えることはない。どの企業も、自社が最初に決めた仕様に顧客が従うことを要求する(デファクトスタンダードとは、まさにこのことである)。アメリカにおける市場競争とは、どの企業が最も早く市場全体に自らの仕様を強制できるか?という競争である。だから、アメリカ企業にとって競合他社とは、自社の市場制覇を邪魔する厄介者でしかない。

 一方、日本企業は、競合他社の出方を常にうかがっている。「あの会社がこういう手に出るのならば、我が社はこういう手を打とう」と考える。潜在的な競合他社も含めれば、ほぼ無限に競合他社の存在が想定されることから、日本企業は常に自社の製品・サービスを改善し続けることになる。日本企業は、顧客に対する自社の提供価値を洗練させるために、競合他社の存在を必要とする。仮に自社の経営の方向性に迷いが生じても、それほど心配はいらない。なぜなら、競合他社が方向性のヒントを与えてくれるからだ。

 前置きがずいぶん長くなってしまったが、本書のタイトルにもなっている「商店街はなぜ滅びるのか?」という問いに私なりに答えるならば、「競合他社と共存するという日本的な価値観に反して、競合他社を法律で排除しようとしたから」ということになる。

 関東大震災後、それまで高級品を扱っていた百貨店が日用品も販売し始め、商店街を圧迫するようになった。そこで、商店街は結託して政治家に働きかけ、百貨店の営業を規制する「百貨店法」を成立させた。ところが、戦後になると、百貨店法の規制の穴をくぐってスーパーマーケットが出現した。商店街は再び政治と結びつき、より厳しい規制を含む「大店法」を成立させた。

 しかし、近年はアメリカからの圧力で大店法の規制が緩和されている。また、コンビニが商店街の地主を取り込んで商店街内への出店を加速させており、Web通販の拡大も商店街にとって脅威となっている。もはやこの流れは止められないと思うが、政治力だけはやたらと大きい商店街のことだから、コンビニやWeb通販を何とか規制しようと悪知恵を働かせるかもしれない(※1)。

 だが、仮にその試みが成功したとしても、商店街はかえって自らの首を締めるだけであろう。商店街は、競合他社との接触を拒んだために、競合他社を利用して自社の競争力を磨くという日本人的な作業を怠ってきた。商店街はよく、「郊外にスーパーマーケットやショッピングセンターができたから商店街が衰退した」と言う(※2)。しかし、日本人の本来の価値観に従えば、新たな競合他社の出現はピンチなどではなく、むしろチャンスとなるはずであった。そのチャンスを自ら潰しておいて、自身の苦境を外部環境のせいにしている商店街に、未来はない。

(※1)全国商工団体連合会によれば、コンビニの深夜営業を地球温暖化対策として規制する動きが出ているという。既に、埼玉県、神奈川県、京都市などが検討を始めているが、当然のことながら日本フランチャイズチェーン協会は反発している。「地球温暖化対策」とは言っても、実際には商店の保護が目的であることは明白である。誰も反論できないようなきれいごとを利用して一部の利益を守ろうとしているのだから、非常にたちが悪い。

 これはコンビニの深夜営業に限った話だが、コンビニの進出そのものを阻止しようというのが、たばこ販売の規制強化の動きである。何でも、既存のたばこ専売店を守るためだそうだ。百歩譲って、消費者の利益を守るためであれば理解できるが、たばこ専売店にどのような”守るべき利益”があるのか全く解らない。どこからともなく競合他社が現れるのは市場経済の宿命であり、どうすれば競合他社と全面的な競争にならずに済むか、戦略やポジショニングを必死で考えるのが経営である。たばこ専売店は、その経営努力を放棄して甘えているだけである。

(※2)仮にこのロジックが正しいのならば、秋田駅前商店街からイトーヨーカドーが撤退した結果、秋田駅商店街が壊滅状態になった、というのは全くもっておかしな話になる。商店街の栄枯盛衰は、ショッピングセンターや大型スーパーとは無関係である。

《追記1》
 足立基浩『イギリスに学ぶ商店街再生計画』では、郊外の大型店と商店街の共存を目指すイギリスの政策が解説されている。商店街再興の事例もいくつか紹介されているのだが、商店街の衰退を決して大型店のせいにするのではなく、商店街自体に魅力がないからだと自己分析して、魅力を取り戻す取り組みを積極的に行っている点も興味深い。

イギリスに学ぶ商店街再生計画―「シャッター通り」を変えるためのヒントイギリスに学ぶ商店街再生計画―「シャッター通り」を変えるためのヒント
足立 基浩

ミネルヴァ書房 2013-10

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《追記2》
 先日の記事「久繁哲之介『商店街再生の罠』―補助金漬けにされている商店街の実態」の最後で触れた香川県の高松丸亀町商店街では、百貨店との共存共栄を図るユニークな取り組みが行われている。以下、『致知』2014年10月号より引用する。
 百貨店が増床する際には大店法の関係でものすごく大変なんですが、三越さんには商店街の施設にテナントとして入っていただくことで、投資なしに増床していけるようにしました。ホールやカルチャーセンターなど、商店街のいろいろな施設も活用していただくのです。その代わり三越さんを通じて、コーチやグッチといった世界のスーパーブランドのお店が、僕らの商店街には軒を並べているんです。

 それから、三越さんの北側に大きな自走式駐車場がありましてね。三越さんのお店に合わせた外装にしてあるんですが、実は僕らのほうで建設した駐車場なんです。駐車場の収益は商店街でいただいていますが、三越さんもただで駐車場が手に入る上に、毎月地代が入りますから、お互いにウィン-ウィンなんですね。地元の百貨店と商店がビジネス・ライクにコラボしているのは、全国でも珍しい例だと思います。
致知2014年10月号夢に挑む 致知2014年10月号

致知出版社 2014-10


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《2014年10月12日追記》
 『致知』2014年11月号に、本居宣長に関する記事が載っていた。本居宣長といえば、生涯をかけて古事記や源氏物語を研究して国学を確立し、日本人の心の源流を探求した研究者である。
 宣長のもとで13歳の時から学問を教わり養子に迎えられた大平が、ある人から「宣長先生は何によってあのような偉い方になられたのですか」と問われた時に見せたのが、宣長が書いた「恩頼図(みたまふのず)」というものでした。恩頼とは「お蔭」のことで、この図には宣長が学恩を受けた人と、その学問に連なる人たちの名が記されています。

 そこには両親や契沖、(賀茂)真淵、若い頃に儒学を教わった堀景山、紫式部、孔子などの名が記されていますが、驚くことにライバルである太宰春台などの名も記されているんです。そこにはライバルがいてくれたお蔭で、いまの自分があるという感謝の思いがあったのだと思います。
致知2014年9月号魂を伝承する 致知2014年11月号

致知出版社 2014-11


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