プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~


◆別館◆
こぼれ落ちたピース
シャイン経営研究所HP
シャイン経営研究所
 (私の個人事務所)

※2019年にWordpressに移行しました。
>>>シャイン経営研究所(中小企業診断士・谷藤友彦)

Next:
next 【補助金の現実(2)】補助金の会計処理は、通常の会計処理よりはるかに厳しい
Prev:
prev 山本七平『人間集団における人望の研究』―「先憂後楽」の日本、「先楽後憂」のアメリカ
2015年01月14日

山本七平『「孫子」の読み方』―日本企業は競争戦略で競合を倒すより、競合との共存を目指すべきでは?


「孫子」の読み方 (日経ビジネス人文庫)「孫子」の読み方 (日経ビジネス人文庫)
山本 七平

日本経済新聞社 2005-08

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 山本七平が孫子の『兵法』を解説した一冊。山本の著書は「山本学」と呼ばれるほど独特の論調がある(それゆえに、浅学の私には少々読みづらいと感じてしまう)のだが、本書は『兵法』の1文1文を比較的オーソドックスに解釈している(と思う)。

 山本らしさが表れている点と言えば、中国の古代思想の研究者である天野鎮雄に言及していることだろう。天野による『孫子』の厳密な本文批判によれば、『孫子』は一個人の著作ではなく、同時代もしくは後代の多くの注釈的敷衍が加わっているという。その上で、天野は「原(ウル)孫子」とも言うべき骨子を抽出した。山本は本書で、『孫子』の本文に加えて、「原孫子」も併記している。ただし、天野の説は山本以外、全面的に賛成している研究者は非常に少ないらしい。

 孫子はまず、敵国と自国を十分に分析して、相手と戦うべきか否かを判断せよと説く。
 両国の次の点を比較してみる。(1)君主はどちらが有徳か。この場合の「徳」は、人格的な統合能力の意味としてよいであろう。(2)将帥はどちらが有能か。この将帥には、前述のように宰相などの文官も含める、というよりその方が中心になるべき問題であろう。(3)天の時と地の利はどちらが有利か。(4)法律・制度はどちらが完備しかつ徹底し、よく守られているか。(5)士卒はいずれが精強か。(6)また、いずれが戦技に熟達し規律ある統一的行動ができるよう訓練されているか。(7)賞罰は、どちらが公正に行われているか。私は、この計算によっていずれが勝つかの勝敗を知ることができる。
 これらの観点から自国と相手国を分析した結果、自国の方が勝っていれば相手国に勝つ確率が高くなる。逆に、相手国の方が勝っていれば自国にほとんど勝ち目はない。その場合、相手国に攻め込まれないようにするために、優秀な将帥を抜擢したり、法律を整備したり、軍隊を訓練したりして、自国の組織的能力を高めることが最善の策となる。

 それでも自国と相手との間で戦争が生じた場合はどうすればよいか?孫子は「絶対にだらだらと長期戦をしてはいけない。一刻も早く決着をつけよ」と主張している。
 ここで、孫子が言っていることを簡単に要約すれば、戦争にならざるを得なくなったら、「一日も早く切り上げろ、決して泥沼の長期戦に持ち込んではならない。たとえ少々まずくとも拙速で終止符を打て」ということであって、個々の戦闘を「速戦即決でやれ」と言っているのではない。それを誤解すると「速戦即決」は日本軍の標語であり、「長期持久」は蒋介石国民党軍の標語であって、孫子の教訓は日本側が実行していたように見える。(中略)これは「原孫子」を踏まえず、自分のやっていることをその一語句の恣意的な引用で正当化しているわけで、全く「生兵法は大けがのもと」である。
 本書の他の記述と合わせて考えると、戦争でカギを握るのは、双方の軍事力とそれを支える物資量、政府と軍部の能力といった諸々の「組織能力」と、その組織能力の組み合わせによって取りうる様々な「戦術」の集合体であるようだ。

 戦争においては、最初に自国にとっての「ゴール」を設定する(相手国の元首や主要人物を拘束する、相手国の首都を占領する、相手国の軍事施設を破壊する、など)。同時に、相手国が設定しているであろう戦争のゴールを推測する。そして、自国のゴールを達成するために、どのような組織能力を用いてどんな戦術を展開するのかを多面的にシミュレーションする。当然、相手国も相手国自身のゴールを達成するために様々な戦術を展開するから、そうした動きも踏まえた上で、どのような戦術が有効なのかを検討しなければならない。

 ただ、結局のところ戦争とは物質的な戦いであるから、シミュレーションの精度が高ければ、戦う前から勝敗が決することが多い。それでも無謀な戦争に突入してしまうのは、精神面が物質面をカバーできるはずだという不思議な理屈が唱えられるからである。事実、太平洋戦争では、事前にどんなにシミュレーションをしてもアメリカに勝つ見込みはなかった。それでも戦争に突入したのは、精神論が勝ったからに他ならない。

 そもそも、日本人は将来のある地点にゴールを設定し、そこから逆算してゴールを達成するための手段を構築するという、「将来⇒現在」型の思考が苦手である。こういう思考に向いているのは、この世には終わりがあるという終末観を持ち、その終わりに向かってどう生くべきかを中長期的な視点から考えるキリスト教圏の人たちだ。一方、日本人にあるのは「現在」だけであるため、今この時をどう生きるかという刹那的な発想にならざるを得ない。日本人にも将来という観念はあるものの、将来のある一点を指すのではなく、漠然としたイメージでしかない。その将来に向かって今を一生懸命生きれば、自らを少しずつ高めていける。これが、いわゆる「道」である。

 もちろん、日本にも太古の昔から合戦はあった。ただ、日本の合戦は「戦力や兵士の食料などを現地で調達し、短期間で決着がつく」という特徴がある。語弊を恐れずに言えば、「場当たり的」なのである。「将来⇒現在」型の思考で、合戦のゴールを設定し、持てる組織能力をどう活かして戦術を仕掛けるかという発想に乏しい。合戦が短期間だったのは、孫子の教えに従った結果ではなく、日本の国土が狭くたまたま大規模な合戦にならなかったためにすぎない。天下分け目の合戦と言われた関ヶ原の戦いも、わずか6~8時間で終了している。

 山本は、物資の現地調達について、日本人が孫子の教えを誤解していたと指摘している。
 「故に智将は務めて敵に食(は)む。敵の一鐘(約50リットル)を食むは、吾が二十鐘に当る。キ(草かんむりに「忌」)カン(禾へんに「干」)(牛馬の飼料)一石(30キロ)は吾が二十石に当る」ということになる。だが、これはあくまでも「兵は拙速」を前提とした話、その前提のもとにさらに戦利品を鹵獲して活用せよということで、現地の住民を搾取することは決して「務めて敵に食む」ではない。

 太平洋戦争中フィリピンの砲兵隊本部にいた私は、内地からの補給は皆無で、大本営から送られてくるのは「現地自活」の通達ばかりだったので、全くうんざりした。しかも、それを「孫子の兵法だ」などと称する参謀もいた。これは大変なまちがいで、現地自活は「遠く輸(おく)れば」より、もっと悪い。
 戦争では、単に兵士を前線に送り込めば足りるわけではない。兵士が使用する武器や、兵士の食料などを適切に補給することが非常に重要で、それらの補給部隊は時に前線部隊と同じぐらいになる。前線に武器や食料などの物資を補給する機能を兵站と呼ぶが、日本は前述したような歴史的経緯があるから、兵站を重視するという発想が生まれなかった。兵站軽視が招いた悲劇の例が、太平洋戦争におけるガダルカナル島での戦いであり、インパール作戦であろう。この2例では戦術と兵站のバランスが完全に崩れていた。

 繰り返しになるが、日本人はゴールを設定して、そこから逆算方式で手段を導き出すことが苦手である。また、それぞれの手段を制約することになる手持ちの資源とのバランスを踏まえて、手段と資源を最適化することも不得手である。以上を踏まえると、日本人は安易に相手と戦ってはならない、ということを示唆しているのではないだろうか?

 「将来⇒現在」型の思考に慣れているアメリカ企業は、競合他社を徹底的に叩きのめそうとする。顧客に直接働きかけるマーケティングに加えて、「競合他社を市場から締め出す」というゴールを設定し、戦術を繰り広げる。競争戦略の父であるマイケル・ポーターは「戦略とは、いかにして競合他社と戦わない状態を作り出すかである」と主張しているが、彼の唱えたファイブ・フォーシズ・モデルなどを見ると、実際には競合他社を排除しようとしているように私は感じる。

 日本企業がアメリカ企業と同じように競合他社を攻撃するとどうなるか?日本企業は終着点を想定せず、場当たり的に戦術を打ち出す。解りやすい例が、牛丼チェーン業界や家電量販業界の価格競争であろう。各社には、競合他社を打ちのめすというゴールがあったのか不明である。本来、値下げ戦略は、自社が規模の経済を生かして、競合他社が利益を出せない水準まで価格を下げ、競合他社を弱体化させるのが狙いである。よって、各社には、どんな価格を、いつまで続けるのか?という構想が必要だった。ところが、実際には各社ともゴール地点がなく、だらだらと値下げ合戦を続けた。その結果、業界全体が不振に陥ってしまった。

 日本企業は競合他社との対決よりも、共存を目指すべきではないだろうか?ポーターが言った「競合他社と戦わない状態」は、日本こそが実現すべきだ。競合他社の動向を見ながら、自社のポジショニングを少しずつ変えて、最も居心地のよいポジショニングを探し当てる。そうすれば、顧客の多様なニーズに対して、多様な企業が製品・サービスを提供する豊かな業界になるだろう。一神教文化圏に属するアメリカ企業が、自社こそNo.1だと自負して競合他社を駆逐しようとするのに対し、多神教文化圏に生きる日本人は、「和」の精神を重んじなければならない。

 『孫子』は多くのビジネスパーソンが今でもよく読んでいるが、以上のことを踏まえると、実はそっくりそのまま企業経営に活かすのはむしろ危険なのではないか?という疑問が湧いてくる。事実、著者は本書の冒頭でこのように述べていることを見過ごしてはならないだろう。
 軍隊の存在理由または軍事行動の目的は敵の戦力を破砕することにある。しかし、企業はそうではない。企業は何かを破砕するために存在するのではなく、あくまでも生産をして利潤をあげつつ存続するのが目的だから、存在理由と機能の目的が軍事行動とは全く違うはずだ。いわば両者は基本が全く違うのだから、軍事はそのまま経営の指針もしくは参考にならないはずだ。


  • ライブドアブログ
©2012-2017 free to write WHATEVER I like