プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2015年03月09日

『成功の要諦(『致知』2015年3月号)』―フリーミアム戦略で若手社員を上手に育成する


致知2015年3月号成功の要諦 致知2015年3月号

致知出版社 2015-03


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 末石:九大病院は規模が大きく、同業の大手3社なんかは営業部長クラスが部下を連れて毎日やってくる。普通にやっていては営業力で絶対に負けると思い、どうすれば彼らに勝つことができるかと考えましてね。私には若さがあるからフットワークでは絶対負けないという思いがあったので、自分ができることはどんな小さなことでも確実にやると決めました。

 血圧計などよく使う医療機器は修理に出されることが多い反面、戻ってくるまでに時間がかかると聞いて、まずはこれを徹底的にやろうと。修理を依頼されたら、急がれる場合はその日のうちに会社に持ち帰って修理のおじさんに必ず夜までに仕上げてもらい、どんなに遅くなってもその日中に届けることを徹底したんです。
(末石蔵八、小池由久「稲盛和夫に学んだ 成功の要諦」)
 笠原:最初は僕だけ何もできませんから、大きな声で返事をすること、掃除や鍋磨きをさせたら笠原が一番綺麗だぞ、と言われることを意識しました。(中略)

 奥田:私も全く同じで、休憩時間に鍋磨きを終わらせておくとか、ゴミ捨てに行ったら一番早く帰ってくるとか、まずは先輩から頼りにされる後輩になろうと思いました。頼りになれば、先輩がそばに置いておきたくなりますから。

 笠原:「これやっておけよ」と言われた仕事を、先輩が思う倍のスピードで終わらせると、「じゃあ、これもやるか?」となりますよね。
(奥田政行、笠原将弘「成功への光へと歩み続けて」)
 私が20代の時にこういうことをどれだけやれていたのかと聞かれるとお恥ずかしい限りなのだが、若い頃はこういう心構えで仕事をすることが非常に重要であると再認識した。

 若手社員は、会社での仕事に憧れ、自分の能力にある程度自信を持って入社してくる。ところが、会社側の評価というのは、若手社員が思っている以上に低く、彼らには何もできないと思っている。だから、会社にとって重要な仕事を、いきなり若手社員に任せるようなリスキーなことはしない(逆に、そういう会社は、本来は重要な仕事を担うはずの上層部がスカスカになっているブラック企業の可能性がある)。若手には厳しい話だが、これが世の中の企業の本音である。

 だから、若いうち、特に新入社員の頃は、細々とした雑用やお金にならない仕事が中心となる。そういう仕事は一見すると非常に地味だ。だからと言って、誰かがやらなければ、会社という組織・共同体が成立しない。若手社員は、そこで手を抜くこともできる。会社の運営に多少の支障が出るかもしれないが、大した痛手にはならない。だが、ここで一生懸命やる人は、引用文にあるように先輩から認められ、少しずつ大きな仕事を任せられるようになる。最近は、すぐに結果を求めたがるのか、地味な仕事をやりたがらない若手が増えていると聞く。これは非常に残念だ。

 傑出した競争力を持たない中小企業や後発のベンチャー企業にも同じことが言える。これらの企業は、競争力のある大企業や先行企業とまともに勝負しても勝ち目がない。だから、大企業などがやりたがらない仕事、具体的には小ロット、異形・難加工、短納期、不定期、低価格の仕事を引き受ける。そういう仕事で少しずつ信頼を積み重ねていくと、顧客企業から「次はあの会社にもうちょっと大きな仕事をお願いしてみようか?」と思われるようになる。

 先日、ある中小製造業を訪問したところ、まさにこういう戦略を実行していた。この会社はハーネスという製品を製造している。ハーネスとは、電源供給や信号通信に用いられる複数の電線を束にして集合部品としたもので、様々な機械装置に用いられている。

 顧客企業がハーネスを使う時、束になっている電線の1本だけが切れることがある。この場合、普通はハーネスごと買い替えるのだが、コスト削減をしたい顧客企業は、切れた1本の電線だけを取り換えたいと考えている。そこでこの企業は、こうしたニーズに応えるために、取り換え用の電線も製造することにした。社長の話では、1本単位で電線を作っても、手間はかかるしお金にもならないらしい。だが、顧客企業がそういうきめ細やかさを評価してくれて、結果的に大きなハーネスの商談につながればよいとのことだった。

 前述の若手社員やハーネスメーカーの戦略は、いわゆる「フリーミアム戦略」に非常に近い。フリーミアム戦略とは、基本的な製品・サービスを無料(free)で提供し、さらに高度な機能や特別な機能については料金を課金する(premium)戦略で、Webサービスによく見られるものである。若手社員の雑務やハーネスメーカーの電線は厳密にはフリーではないのだけれども、会社の収入にほとんど貢献しないという意味でフリーととらえてよいだろう。

 ただ、フリーミアム戦略は慎重に設計しないと、料金を払ってくれない顧客ばかりになって、いつまでも収益化しないリスクがある。『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2014年11月号にフリーミアム戦略を取り上げた記事があり(ビニート・クマー「『フリーミアム』モデル:その成功のカギ」)、以下の6つの課題が挙げられていた。

Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2014年 11月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2014年 11月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2014-10-10

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 (1)何を無料にすべきか
 (2)顧客は有料サービスについて十分に理解しているか
 (3)コンバージョン・レートの目標値はどれくらいか
 (4)コンバージョンのライフ・サイクルに対する備えがあるか
 (5)ユーザーがエバンジェリスト(伝道者)になっているか
 (6)継続的なイノベーションにコミットしているか
 記事の内容に基づいて、私なりにこの6つの課題を再解釈すると、フリーミアム戦略がきちんと機能するためには、以下の4つの条件が必要である。

 (1)フリーの部分とプレミアムの部分に大きな機能差があること。
 (2)プレミアムの部分について継続的にイノベーションを起こすこと。
 (3)低いコンバージョン率(フリーからプレミアムに切り替える顧客の割合)を前提として、大量のフリー顧客を獲得すること。
 (4)フリー顧客が紹介顧客を連れてくるインセンティブ・仕組みを整えること。

 この中で特に(3)が重要であり、プレミアム顧客を獲得するには、相当数のフリー顧客を相手にしなければならない。若手社員は大量の雑務をこなさなければならないし、ハーネスメーカーは電線1本の案件を大量に引き受けなければならない。社長は、電線1本を作るための専用機械を導入したが、稼働率がまだ十分でないとおっしゃっていた。工場を見学させてもらうと、その機械が工場の相当なスペースを占めていた。この機械がフル稼働してなお余りがあるぐらいでなければ、このハーネスメーカーのフリーミアム戦略は上手く行かないかもしれない。

 フリーミアム戦略のフリーの部分は、会社にとってはお金にならないけれども、若手や経験の浅い社員を育成するのにうってつけである。しかも、もともとお金にならない仕事だから、若手社員が失敗しても、それほど被害は大きくない。若手社員は、小さな仕事でもそれを自分自身の力で完結させるという経験を積むことで、PDCAサイクルを回す力が身につく。

 先ほどのハーネスメーカーの例で言えば、1本単位の電線を担当する若手社員は、顧客企業からの要望に応じて見積書を提示し、注文書を取得して電線を製造し、完成品を顧客企業向けに発送し、請求書を発行して入金を確認するという一連のプロセスを、ほぼ1人で行うことになる。こういう経験は、ハーネス本体の大きな商談を担当することになった時に、必ず生きてくる。

 しばしば、中小企業にはニッチ戦略が有効であると言われる。しかし、個人的にはニッチ戦略はあまりお勧めしない。狙っていたニッチ市場が代替品の登場などによって一瞬で吹っ飛ぶ可能性があるし、何よりもニッチ戦略では若手社員を育成する余裕がない。ニッチ戦略では、極限まで絞り込んだセグメントに属するほとんど全ての顧客に対し、常に全力で製品・サービスを提供する必要がある。失敗は許されないので、能力や経験が不足している若手社員をあてがうことができない。そして、若手社員を育成できない企業は、大きく成長することができない。

 企業は戦略を立案する時、自社のターゲット市場において、できるだけ早い段階で収益が上がるかどうかを考える。しかし、この考えが行き過ぎると、社内は失敗できない重要なプロジェクトばかりになって、若手社員が窒息する。本当に企業を大きく成長させたいのであれば、若手社員の育成の視点を戦略に盛り込まなければならない。フリーミアム戦略の考え方は、人材の育成と収益の獲得を両立させるヒントを与えてくれるように思える。

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