プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2015年03月18日

「ラオス投資セミナー」に行ってきた(日本―ラオス外交関係樹立60周年)


ラオスセミナー①

 (講演するトーンシン・タムマヴォン・ラオス首相。私のスマホはカメラ機能がしょぼいので、全然ズームできなかった・・・)

 1955年3月5日に日本とラオスの間で外交関係が樹立されてから、今年でちょうど60年になる。その節目を祝して日本アセアンセンターが主催した「ラオスセミナー」に参加してきた。ここ数年のラオスへの関心の高さをうかがわせるかのように、ホテルニューオータニの約300人の会場は超満員であり、多数のプレスも参集していた。

 (1)ラオスにJETRO(日本貿易振興機構)の事務所ができたのは2014年7月であり、ASEANの中では10番目と遅かった。事務所開設のきっかけは、積極的なASEAN外交を展開する安倍首相から、「そろそろラオスにも事務所を置いてはどうか?」と提案されたことである。2014年7~12月にラオス事務所を訪問した人の数は、JETROの全76事務所のうち11番目に多い数であった。これは、ニューヨーク事務所の倍であり、上海、ニューデリーなどをも上回るそうだ。

 ラオスにとって、日本はODAの最大の拠出国となっている。日本からラオスへのODAの年間平均額は約4,500万ドルである。一方で、ラオスへの直接投資は長らく低水準にとどまっていた。2012年の直接投資額は2,800万ドルであり、ODAの金額より下であった。ところが、2013年の直接投資額は2億5,500万ドルと、たった1年で9倍に膨れ上がり、初めてODAの金額を上回った。2014年も2億5,100万ドルに上る。そのぐらい、ラオスに対する関心は急上昇している。

 (2)ラオスに進出している多くの企業が問題点として挙げるのは、「インフラの未整備」である。ラオスは中国、ベトナム、タイ、カンボジア、ミャンマーの5か国と国境を接する陸の要所であり、トーンシン首相は「今後、インフラ整備に注力する」と強調していた。

 ラオスの首都ビエンチャンで生産した製品を海外に輸出するためには、

 ①タイのバンコクまで運んでから(トラックで約8時間)、バンコク港へと持って行き(同約2時間)、バンコク港から輸出するルート
 ②ラオスのサワンナケートまで運んでから(同5時間)、ベトナムのダナンへと持って行き(同10時間)、ダナン港から輸出するルート

の2つがある。ラオスに進出している日本企業の経営者の話では、①のビエンチャン―バンコク間、②のビエンチャン―サワンナゲート―ダナン間の陸路が以前に比べると随分改善されているらしい(ただ、どの程度よくなっているのかは、実際に自動車で走ってみないと解らない)。なお、この企業がミャンマー、カンボジア、バングラデシュなど労賃の安い他の国ではなくラオスを選択したのは、ラオスは道がガタガタでもゴミが落ちておらず、5Sが浸透すると思ったからだそうだ。

 (3)ラオスのもう1つの問題点としてよく挙げられるのが、ラオスは人口が677万人と少なく、労働力が不足している、ということである。一般的に、ラオスは千人単位の大工場ではなく、100~300人程度の工場に適しているとされる。それでも、「ラオスは労働力不足」という情報が先行しているためか、中小規模の工場でも人材集めに苦労するのではないかと思われている。

 しかし、ラオスに進出した日本企業の経営者によると、決してそんなことはないという。ある企業は、工場建設地に張り紙をしただけで必要な労働者が集まったらしい。別の企業はやや苦労したが、工場周辺に点在している部落を1つ1つ回って村長と話をしたら、必要な人材を出してもらえたという。ラオスは労働力化率が約6割と低いため、ちゃんと探せば人材は見つかる。

 (4)ラオスには10の経済特区(SEZ:Special Economic Zone)があり、経済特区に進出している企業は税制上の様々な優遇を受けることができる。例えば、法人税は「利益計上の年から」免税期間がスタートする。免税期間は輸出の割合によって決まっており、70%以上ならば10年間、30%以上70%未満ならば7年間、30%未満ならば5年間と定められている。また、免税期間終了後の法人税の割合は、輸出比率によらず一律8%と、非常に低く設定されているのも特徴だ。

 これに対して、経済特区外の企業の法人税については、「操業開始年から」免税期間がスタートする。免税期間は操業地域と事業の奨励度によって9段階に分かれており、最も長い免税期間は10年、最も短い免税期間は1年となっている。操業開始から数年間は赤字であることが普通であるから、免税の恩恵を受けられずに免税期間が終わってしまう可能性もある。免税期間終了後の法人税の割合は、9つの段階によらず一律24%に設定されている。

 ただ、問題なのは、10の経済特区のうち、工業特区に指定されているのはわずかに2つしかないということである。残りの経済特区はゴルフ場、カジノ、観光などに使われている。加えて、中小企業は経済特区に入りたがらない傾向がある。というのも、大企業が経済特区に進出してくると、待遇がいい大企業の工場に労働力を奪われてしまうからだ。例えば、ある経済特区では、現地の縫製工場が1か月分のボーナスしか支給していないのに対し、トヨタの工場は10か月分のボーナスを支給している。これだけの好待遇をされると、中小企業には勝ち目がない。

 そこで現在、ラオス南部のジャンパサック県パクセーにおいて、「パクセー・ジャパンSME(Small and Medium Enterprises)経済特区」という、中堅・中小企業に特化した経済特区が開発されている。この経済特区に入る工場は、賃金以外の部分で社員を優遇することを目指す。例えば、トイレにウォシュレットをつける、夜間学校に通う社員に対し授業料の一部を負担する、社員食堂の食事のクオリティを上げる、といった具合だ。

ラオスセミナー②

ラオスセミナー③

 (5)ラオスではハンディクラフトの商業化が進められている。ラオス人のきめ細やかさ、手先の器用さは海外でも高い評価を得ており、JETROは日本のデザイナーとのコラボレーションを実現させた。セミナー会場には、そのコラボ品が展示されていた(写真参照)。

 もちろん、これはこれですごいと思うのだが、本当に工業化・経済発展を遂げるためには、縫製業からはできるだけ早く”卒業”することが必要ではないかとも感じた。前述したカンボジア、ミャンマーなど労賃の安い国はいずれも、縫製業など労働集約的な軽工業に強みを持つ。ところが、最近のカンボジアは、「ミャンマーには縫製業しかないが、カンボジアには縫製業以上のものがある」というのを口癖にしているらしい。裏を返せば、縫製業などに注力しているうちは、まだまだ経済発展の初期段階を抜け出せていない、と思われているわけだ。

 (6)ASEAN諸国では、最低賃金の大幅な切り上げが相次いでいる。ラオスでは、2012年の月額34万8,000キープから、2013年には62万6,000キープと8割も上昇した。さらに、2014年12月の国会でさらなる引き上げが決定され、2015年2月からは、約44%増の90万キープに引き上げられることになった(1キープ=0.01487円。2015年3月6日時点)。

 ラオスに進出したある日本企業は、2013年の最低賃金をベースに進出計画を作り、顧客に対して見積を提示していたため、2015年2月の最低賃金の引き上げは、経営に対して非常に大きな影響があると懸念を示した。だが、海外生産拠点の設置を日本国内で検討するのには数年を費やしているはずであり、その間にASEAN諸国では最低賃金の引き上げが相次いでいたから、ラオスでも同様の動きがあることを見込んで計画を作るべきではなかっただろうか?これからASEAN諸国に進出を考えている企業は、最低賃金は政府の意向で簡単に引き上げられることを念頭に置いて、事業計画・収支計画を作成するべきである。

 (7)ラオスは大変な親日国である。ラオスは内陸国であるにもかかわらず、国際捕鯨委員会に加盟し、捕鯨に対して賛成の立場を表明している(なぜ、これほどまでに親日なのか、改めて調べてみたいところだ)。そのラオスからトーンシン首相をはじめ要人を多数お招きしたセミナーの中で、駐ラオス特命大使の日本人が、ラオスの強みの1つとして「訓練すれば使える安い労働力」という表現を使った時には、聞いているこちら側が少しヒヤッとした。

 また、JETROの関係者が、「茂木元経済産業大臣が、ラオス事務所の柴田所長を『映画スターになってもいいぐらいいい男』と言ってトーンシン首相に紹介したところ、普段あまり笑わないトーンシン首相が微笑みを見せた」と、トーンシン首相の目の前で語った時も、失礼にあたらないかと肝を冷やした。通訳を通じて変な風に伝わっていなければよいが・・・。

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