プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2015年06月18日

坂本光司『日本でいちばん大切にしたい会社2』―給与・採用に関する2つの提言案(後半)


日本でいちばん大切にしたい会社2日本でいちばん大切にしたい会社2
坂本 光司

あさ出版 2010-01-21

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 《本書で紹介されている企業》
 株式会社富士メガネ(北海道)
 医療法人鉄蕉会亀田総合病院(千葉県)
 株式会社埼玉種畜牧場「サイボクハム」(埼玉県)
 株式会社アールエフ(長野県)
 株式会社樹研工業(愛知県)
 未来工業株式会社(岐阜県)
 ネッツトヨタ南国株式会社(高知県)
 株式会社沖縄教育出版(沖縄県)

 (前回の続き)

 (2)樹研工業(愛知県)と未来工業(岐阜県)の給与体系が特徴的であった。正確に言うと、日本では両社のような制度が当たり前だったのだが、海外から色んな人事給与制度が入ってきたために、両社の制度がかえって異色に見えるようになった。
 現在、同社の最高齢の社員は68歳ですが、樹研工業ではその人が一番給料をもらっているのだそうです。残業手当もつきますが、年齢で決まる本給が9割以上を占めるといいます。

 30年ほど前までは、樹研工業も、評価をして給与に多少差をつけていました。しかしある年、みんながよく働いたのでどうしても差をつけられなかったそうです。そのときは、「今回は評価できないけれど勘弁してくれ。次はちゃんと評価するから」と謝ったのですが、その次もやはり評価できませんでした。それで、今日に至っているのです。
 未来工業の給料は、能力主義や実力主義ではなく、完全な年齢序列です。同じ年齢、同じ役職で差がついたとしても、1年でせいぜいプラス・マイナス20万円ほどだそうです。
 対極にあるのがいわゆる成果主義で、企業の業績に対する各社員の貢献度を特定して給与を算出する。だが、社員の貢献度をどのように測るかがいつも議論の的となる。私も旧ブログでこの問題を部分的に取り上げたが、どうやってもしっくりこないので途中でやめてしまった。

 マネジャー(管理職)の評価方法に関する素案
 「イノベーションに失敗した人」の評価方法に関する素案
 個人の貢献度に応じた業績給の算出方法は永遠の課題―『「競争力再生」アメリカ経済の正念場(DHBR2012年6月号)』

 成果主義を設計するにあたっては、評価の公平さ・公正さを担保するために、できるだけ多面的な評価指標を取り入れる。しかし、指標をどのように設定しても、社員からは「なぜあの指標は評価対象になっていないのか?」と不満が出る。そして、その不満に真面目に答えていくと、複雑怪奇な給与モデルになってしまい、今度はその複雑さに対して文句が出るようになる。結局のところ、企業の業績を厳密に社員個人の給与に還元することは無理なのである。そういう厄介な問題を回避するために生まれたのが日本的な年功制なのではないか?と思うようになった。

 だから、今後私のもとに給与体系構築のコンサルティングの話が来たら、迷わず年功制を勧めるかもしれない。逆に、過去に業績給を提案したクライアントに対しては、ソリューションが不十分だったとお詫びするしかない(私のように、こういう”寝返り”をするならず者がいるから、世間がコンサルタントに対して抱いている不信感・胡散臭さがいつまでも消えないのかもしれない)。

 成果主義を批判し、年功制の復活を提言した書籍に、高橋伸夫氏の『虚妄の成果主義』(日経BP社、2004年)がある。約10年ぶりに読み返してみた(ちなみに、約10年前のミニ書評>>「【ミニ書評】高橋伸夫著『虚妄の成果主義―日本型年功制復活のススメ』」 10年前はこの程度の文章力だったことを考えると、我ながらこの10年あまりの間によく成長したと思う(笑))。

虚妄の成果主義虚妄の成果主義
高橋 伸夫

日経BP社 2004-01-17

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 人事労務管理の分野では、「動機づけ要因」と「パフォーマンス」の関係に関する研究が盛んである。しかし、両者の間には「関係がある」という立場と「関係がない」という立場があり、見解が錯綜している。議論を整理するためには、「動機づけ要因」と「パフォーマンス」それぞれについて、もっと細かい分類が必要であると著者は指摘する。まず、パフォーマンスについては、ジェームズ・マーチ&ハーバード・サイモンによる、「従業員の意思決定」の分類に従うべきだとする。

 (a)組織に参加するか、あるいは組織を離れるか、という参加の意思決定。
 (b)組織によって要求された率(rate)で生産するか、あるいはそれを拒否するかという生産の意思決定。

 (a)は「退出の意思決定」である。(a)が高いということは、欠勤率や離職率が高くなり、組織のパフォーマンスが低下する。これに対して、(b)は「効率的に生産するかどうかの意思決定」であり、これが高ければ組織のパフォーマンスは向上する。

 次に、動機づけ理論には様々なものがあるが、本書では主にフレデリック・ハーズバーグの「動機づけ要因・衛生要因理論」、ビクター・ブルームの「期待理論」、エドワード・デシの「内発的動機づけ理論」が取り上げられている。

 ハーズバーグの理論は、約200人のエンジニアと経理担当事務員の職務満足度を研究したものである。動機づけ要因としては、「達成すること」、「承認されること」、「仕事そのもの」、「責任」、「昇進」があり、これらが満たされると満足感を覚えるが、欠けていても職務不満足を引き起こすわけではない。一方、衛生要因には、「会社の政策と管理方式」、「監督」、「給与」、「対人関係」、「作業条件」があり、これらが不足すると職務不満足を引き起こすと指摘する。

 簡単にまとめると、動機づけ要因は主に仕事そのものに対する周囲と自己の評価であり、衛生要因は給与をはじめとする職場環境に関する要因である。そして、動機づけ要因は(b)効率的に生産するかどうかの意思決定と関連しており、衛生要因は(a)退出の意思決定と関連している。

 期待理論を構築したブルームは、ハーズバーグの研究に対して懐疑的であった。しかし、結局のところブルーム自身は、期待理論が(a)退出の意思決定と職務満足との間の関係を説明するには有効だが、(b)効率的に生産するかどうかの意思決定と職務満足の間の関係を説明するのには向いていないと、その限界を感じていた。(a)には期待理論=外発的な動機づけ理論が向いているものの、(b)に関しては内発的な動機づけ理論が必要ではないかと予想した。

 ブルームの予想を理論化したものが、デシの内発的動機づけ理論である。人は、仕事に対して「自己決定的」であり、「有能さ」を感じていると、内発的に動機づけられ、生産性が向上する。ここでもう1つ重要なのは、内発的に十分動機づけられている人に対して、外発的報酬である金銭を与えると、内発的動機が挫かれるという点である。だから、生産性を上げるためには、成果と金銭を切り離した方がよい、とデシは結論づける。つまり、成果主義は間違いなのである。

 ここまでの議論をまとめると、以下のような関係になるだろう。

 (a)退出の意思決定←衛生要因、期待理論
 (b)効率的に生産するかどうかの意思決定←動機づけ要因、内発的動機づけ

 衛生要因や期待理論は金銭が中心であるから、「経済的動機づけ」と言い換えることができるだろう。動機づけ要因は内発的動機とイコールのように思えるが、実は「達成すること」、「承認されること」のように、周囲からの評価という外発的な動機も含まれている(「達成すること」が外発的であるのは、単に個人が内心で設定した目標を個人的に達成するだけではなく、組織によって設定された目標を達成し、それを周囲の人から認められることが重要であるためだ)。これに名称をつけるのは難しいが、「社会的動機づけ」とでも呼べるだろうか?

 以上を踏まえると、パフォーマンスと動機づけ要因の関係は、次のようにシンプルになる。

 (a)退出の意思決定←経済的動機づけ
 (b)効率的に生産するかどうかの意思決定←社会的動機づけ、内発的動機づけ

 以前、「人事担当者やマネジャーは内発的動機づけを重視する傾向があるが、金銭的な外発的動機づけを軽視してはならない。試しに、『明日から皆さんの給与をゼロにします』と社員に告げてみるとよい。それでも出社してくる人は果たしてどれだけいるだろうか?」といったことを本ブログで書いたのだが、ちょっと脇が甘かったと反省した。

 金銭的報酬(経済的動機づけ)は、退出の意思決定を軽減する、つまり社員を出社させるには確かに有効である。しかし、ただそれだけのことであり、前述の図式に従えば、仕事の能率を上げ、成果を増やすのには効果がない。とはいえ、人事担当者にとって朗報もある。それは、社員を出社させるには法外な金額を積む必要も、社員によって金額に大きな差をつける必要もない、ということである。だから、日本的な年功制で十分なのである。

 実は、年功制を採用すると、賃金の意味合いも、企業の目的も変わってくる気がする。ここから述べることは、まだ十分に頭の整理がついていないことをあらかじめご容赦いただきたい。一般的には、賃金は仕事(もしくは労働時間)に対する対価と考えられている。また、企業の目的は、ドラッカーが言うように、顧客の創造であるとされる。

 しかし、見方を変えれば、企業とは、社会にとって有益な資本を蓄積する存在である。質の高い生産資本と労働資本を形成し、それらの資本を通じて、人々の生活レベルの向上に資する消費資本(この言葉はあまり適切でないが)(※)を生み出す。ここで、生産資本は地球資源に依存しており、労働資本は家族に依存している点に注意する必要がある。消費資本を大量に生み出そうとすると、生産・労働資本にしわ寄せが行く。具体的には、地球資源が浪費され、家族が犠牲になる。よって、それを防ぐために、企業は3つの資本のバランスを取らなければならない。

 企業が労働資本を蓄積するとは、労働者が自らの能力の維持・向上に投資するだけでなく、労働力を再生産する、つまり子どもを産み育てるのに必要な金銭を提供することである。労働力の維持・向上と再生産に必要な資金は、一般的には労働者の年齢が上がるほど増えていく。よって、企業は年功制を採用する以外に方法がないのである(旧ブログの記事「《要約》『戦略サファリ』―ミンツバーグによる戦略の10学派(2.プランニング・スクール)」で、企業が複数の目的を同時に追求するのは無理があるといったことを書いたが、この点は修正が必要かもしれない)。

(※)資本という言葉には、それを元手にして何かを継続的に創出する、という意味合いがある。消費資本とは、それによって顧客に対し継続的に効用を生み出し続ける財のことである。この言葉の意味からすれば、顧客が中長期的に使用・蓄積できる財こそが望ましい財であって、刹那的に消費されるもの、すぐに修理・交換が必要になるものはあまり望ましくない、と言える。

 《2017年4月12日追記》
 出光佐三『人間尊重七十年』(春秋社、2016年)より引用。
 私は開店当初から俸給を発表しなかったのであります。十年間ぐらい発表しなかったのであります。別に理屈もなかったのであります。ただ発表する気持になれなかったのであります。人格を金で評価することのいかに非礼であるか、評価されるほうも嫌だが、第一、評価するほうの心持は、何にも換えられない嫌なものがあります。人間尊重を主義とする私としては、当然の処置だと思います。

 俸給は生活の保障であって店員を待遇する方法ではない。店員を待遇するの道は、仕事を楽しましむることである。その才能に応じて適当の仕事を与えることである。適材を適所に配して、仕事に興味をもたせ、人生を楽しましむることである。俸給の多寡は家庭の事情を標準としたいのであります。妻帯と同時に昇給し、家族手当、住宅手当を支給し、さらに子供手当を支給するのは、この方針から出ているのであります。
人間尊重七十年人間尊重七十年
出光 佐三

春秋社 2016-03-08

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