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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2015年08月07日

山本七平『指導力―「宋名臣言行録」の読み方』―王安石の失敗から学ぶ、人々に受け入れられる改革案の作り方


指導力―「宋名臣言行録」の読み方 (日経ビジネス人文庫)指導力―「宋名臣言行録」の読み方 (日経ビジネス人文庫)
山本 七平

日本経済新聞出版社 2008-12

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 中国の宋(北宋)は、文治主義による官吏の増加や、北方民族の圧迫に対処するための防衛費の増大などによって、財政が窮乏していた。11世紀後半には政治の抜本的改革が必要となり、時の皇帝・神宗は王安石を宰相に採用した。新法と呼ばれる彼の改革は、農民や中小商工業者の生活安定と生産増加を図りながら、同時に経費を節約し歳入を増加させることによって、国家財政の確立と軍事力の強化を目指すものであった。しかし、王安石の政策は保守的官僚の反対に遭い、成果が上がらぬうちに彼は引退を余儀なくされた。

 王安石は相当頭が切れる人物だったらしい。ところが、頭がよいだけでは改革を進められないのは、いつの時代も同じのようだ。本書によると、蘇洵は王安石のことを「人情に近からざる者」と批判したという。人民の気持ちを汲み取ることができない者という意味である。しばしば、人間は道理と情理で動くと言われるが、王安石は後者の理解が足りていなかった。同じく王安石と対立した司馬光は、王安石を弾劾する文書の中で、「大姦は忠に似たり」と述べた。王安石は一見すると皇帝に非常に忠実だが、実はとんでもない悪党であるというわけである。

 王安石のスケールと比較することには無理があるかもしれないが、経営コンサルタントにも似たような部分がある。コンサルタントは徹底的に理論武装して、顧客企業の経営者に戦略を提案する。ところが、顧客企業は、コンサルタントが言っていることは正しいと解っているのだけれども、いや正しいと思うからこそ、余計に反発したくなることがあるようだ。

 どんなに論理的に筋が通った提案でも、それが実行されなければ無価値であり、コンサルティングは失敗である。最近、ある外資系コンサルティング会社のインタビュー記事を読んだのだが、あるプロジェクトで顧客企業の経営者と決定的に意見がすれ違ってしまい、経営者から「こんなのはぼったくりだ」と言われてその場で契約を打ち切られた、という話が紹介されていた。

 私の知る範囲では、この記事に限らず、このコンサル会社は顧客企業と”ケンカ”することを一種の美徳とする傾向がある。しかし、絶対的な論理を提案して1つも実行されないのと、絶対的な理想からは程遠いのだが、顧客企業が「今までとはちょっと違うことをやってみよう」と納得して行動を少し変容させるのとを比べたら、後者の方が対価をもらうに値するのではないだろうか?

 話を元に戻そう。王安石を擁護できる点があるとすれば、彼は決して強引に改革を進めたわけではないということだ。宰相になる前、地方官であった時代には改革を試行しており、また宰相になってからは自分のアイデアについて周囲の意見を聞くことも忘れなかった。
 「政治学者」王安石の新法は実に合理的に見える。さらに、彼がこれの実施に絶大な自信をもっていたのは単にこれが机上のプランでなく、その一部を地方官のときに実施してよい成績をあげていたからでもあった。いわばパイロット・プラントの実験では成功していたのである。
 「一日、介甫(安石)一巻の書を出して曰く、『此れ青苗の法なり。諸君、これを熟議せよ。便ならざる有らば、以て告げよ。疑う勿れ』と」。いわば青苗法をみなに議論させたわけで、こういう点、王安石は必ずしも独断専行ではない。
 それでも王安石の改革は半ばで頓挫してしまった。彼が引退した後は、新法党と旧法党が対立を深め、宋は衰退の道をたどった。王安石の失敗から、改革が人々に受け入れられるようにするための教訓として、以下の3点を学ぶことができるように思える。

 (1)改革プランは少なく、目標は多くする。
 王安石の改革は非常に多岐にわたる。以下に主なものを列挙する。

 ・青苗法・・・貧農に対し、植え付け時に金銭や穀物を低利で貸し付ける。
 ・均輸法・・・物資流通の円滑化と物価安定策。
 ・市易法・・・中小商人への低利貸し付け。
 ・募役法・・・職役(租税の管理などの役務)の強制割り当てを止め、希望者を募集して雇用し、そのために免役銭を徴収すること。
 ・保甲法・・・兵農一致の強兵策。
 ・保馬法・・・軍馬の飼育奨励。

 どれ1つをとっても、社会システムの抜本的な変更と法律の大幅な運用改正が必要である。また、上記以外にも王安石が考えた改革がいくつもある。さすがにこれだけの改革を短期間のうちにやろうとしたのは無理があったように感じる(王安石が宰相を務めたのは1070年から1076年。ただし、1074年には反対派によって一度左遷されられている。その後、1075年に復職した)。

 国家や組織が深刻な危機に陥っている場合は、長い年月を経て様々な問題が山積している。そういう国家や組織を短期間で救おうとすると、多くの問題に対応させる形で、あれもこれもと施策を打ちたくなる。王安石の頭の中では、それぞれの施策がお互いにどう影響し合って、最終ゴールである富国強兵が達成されるのか、イメージができていた。だが、理論的に正しいかどうかよりも、官僚や人民が実施可能かどうかを優先させ、改革プランを絞るべきであっただろう。

 改革プランは少数に絞るものの、改革の進捗を把握するための目標はたくさん設定した方がよい。特に、よい行動を数多く積み重ねることで望ましい結果に至ると考える日本人の場合は、目標管理が重要になる(以前の記事「『叙述のスタイルと歴史教育―教授法と教科書の国際比較』―whyを問うアメリカ人、howを問う日本人」を参照)。改革の最終ゴールをロジックツリーで分解したり、BSC(バランス・スコア・カード)を使ったりして、考えうる限りの目標を設定する。

 危機に陥っている組織というのは、たいてい目標の未達が常態化している。トップが目標を掲げても、現場は「どうせできやしない」と諦めている。改革の実行フェーズでは、そんな現場に「自分にもやればできるんだ」という自己効力感を持たせる必要がある。小さな目標をたくさん掲げれば、もちろん達成できない目標も出てくるけれども、逆に言えばどれかは達成できるはずである。その小さな成功体験が、次の目標への意欲を生み出していく。

 (2)計画立案と実行を分離しない。計画にわざと穴を作る。
 王安石の改革プランは論理的に完成度が高すぎた。こうなると、王安石=計画を立案する人、周囲の役人=計画を実行する人という役割分担ができ上がる。王安石の完璧なプランを受け取って実行するだけの役人は、自分が王安石の操る機械の部品のように感じられて、モチベーションが低下する。この点も、王安石の改革が上手くいかなかった要因だろう。

 我々は、他人からやれと言われたことはあまり乗り気がしないものである。逆に、自分で考えたことならば、主体的に実行しようとする。松下政経塾で14年間、スタッフとして塾生の指導にあたり、その後青年塾を立ち上げた岩井虔氏は、雑誌のインタビューで次のように語っていた。
 積極性を引き出すためには、与えないことです。要するに、人間はやってみたいことは黙っていてもやるんです。ところが、人に言われたことは、いくらいいことでも受け身、消極です。研修プログラムも、与えれば与えるほど消極的になる。だから青年塾では自分で研修計画を立てる。講師を自分で選んで、折衝も自分で行い、どういうテーマでどういう話をしてほしいかを考え、その先生について前もって一生懸命に勉強するんですね。
(岩井虔、上甲晃「松下幸之助が目指したもの その力闘向上の人生」)
致知2015年8月号力闘向上 致知2015年8月号

致知出版社 2015-08


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 改革を軌道に乗せるには、改革を実行する人々に「このプランは自分が作ったものだ」と思わせることが重要である。そのためには、プランの立案者は、最初から完璧な施策を設計しようとせず、意図的に計画に穴を空けておく。そして、その状態で現場に持って行き、「この穴を埋めるにはどうすればよいか?」と議論を促し、アイデアを吸収するとよい。

 実は、これは非常に勇気がいる。企画側の人間は、自分が有能であると周りに思われたい。だから、わざと計画に欠陥を設けるというのは、許しがたい行為なのである。しかし、現場の実行力を引き出すためであれば、上に立つ人間は自分の無能を隠さず、現場に「我々がちゃんと計画を考えないと、ひどい計画を上から押しつけられてしまう」と思わせる工夫が必要である。

 (3)中長期的な利益だけでなく、短期的な利益も尊重する。
 痛みを伴う改革の場合、マネジャーは現場に対して、「短期的にはマイナスになるが、中長期的にはプラスになるからやってほしい」と説得することがある。だが、人間というのは、中長期的な利益よりも短期的な利益の方に敏感に反応する生物である。たとえ中長期的にはプラスになると言われても、短期的にマイナスになるのであれば、やはりやりたくないのである。

 (1)とも関連するが、複数の施策に優先順位をつける場合、「施策がもたらす効果の大小」、「施策の難易度」という2軸でマトリクスを作り、各施策をプロットするという手法がある。施策の難易度は、施策にかかるコストの大きさや、効果が出るまでの時間の長さなどによって決まる。最優先で取り組むべきなのは、「効果=大、難易度=高」の象限に位置する施策である。

 だが、「効果=大、難易度=高」の施策だけに集中すると、効果が出るまでに時間がかかりすぎて、現場が息切れしてしまう。そういうリスクを低減するためには、「効果=小、難易度=小」の施策を組み合わせるとよい。すなわち、効果は小さいが、簡単に実行できて、かつすぐに効果が出るというものである。このような施策をクイック・ヒットとかクイック・ウィンと呼ぶ。中長期的な利益だけに焦点を当てるのではなく、短期的な利益も考慮するべきなのである。王安石の改革は、「効果=大、難易度=高」の施策ばかりで、クイック・ヒットがなかったのではないかと推測する。

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