プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2015年08月17日

『「最後のフロンティア」アフリカ われわれは何を学ぶのか(『一橋ビジネスレビュー』2015年SUM.63巻1号)』


一橋ビジネスレビュー 2015年SUM.63巻1号一橋ビジネスレビュー 2015年SUM.63巻1号
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2015-06-12

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 (1)旧ブログの記事「気がついたら30歳になっていたよ」で、調子に乗って(?)「将来はアフリカを目指すんだ!」などと書いてしまったが、アジアのことさえちゃんと理解していないのに、アフリカを持ち出したのはいかにも恥知らずだったと反省している。

 21世紀はアジアの時代だと言われる。 アジアの人口は2011年から2050年にかけて約1.2倍の51.4億人になる。2050年の世界全体の人口は約96億人と予想されているから、2人に1人はアジア人となる計算だ。また、経済面に目を向けると、2020年にはアジア全体のGDPが38.6兆ドルとなり、世界全体(118兆ドル)の約3分の1を占めるようになる。一方でアフリカは、21世紀中にはまだ世界の中心にはなれず、22世紀以降にずれ込むのではないかという気がしている。

 海外進出の可否を判断するフレームワークに、パンカジ・ゲマワットが提唱した「CAGEモデル」というものがある。これは進出候補先の国/地域を、文化的(Cultural)、制度的/政治的(Administrative/Political)、地理的(Geographical)、経済的(Economic)という4つの視点で評価するものである。本国と進出先の国/地域で、文化的、制度的/政治的、地理的、経済的な共通点が多ければ進出は成功しやすく、逆に差異が多ければ進出の難易度が上がる。

コークの味は国ごとに違うべきかコークの味は国ごとに違うべきか
パンカジ・ゲマワット

文藝春秋 2009-04-23

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 CAGEモデルに従えば、日本にとって中国やアメリカがビジネスのしやすい国である点が十分に説明できる。日本にとって中国は、制度的/政治的には大きく異なるものの、文化的に見れば長らく日本の師であり、地理的には非常に近く、経済的にも資本主義という共通点が見られるようになっている。また、日本とアメリカは、地理的には非常に遠いけれども、残りの3つの要素については多くの点で共通する(アメリカが日本をアメリカ化した結果ではあるが)。

 日本からアフリカを見ると、文化的にはどういう共通項があるのかよく解らないし、制度的/政治的には民主主義ではなく専制政治が蔓延しているし、地理的には地球をほぼ半周しなければならないし、経済的には資本主義のシステムがどの程度根づいているのか不明である。CAGEモデルを使うと、日本にとってアフリカは進出の難易度が非常に高い地域となる。
 アフリカは長らく「暗黒大陸」、あるいは腐敗した政府の役人やビジネスパーソンがただ海外からの援助や投資を待っているような地域であり、このことが、アフリカにおいてビジネスをすることは高くつき、「リスクの高い」ものにしていると認識されてきた。この認識は結局、透明性や情報開示、さらに定期的な取引関係によってのみ是正されるしかない「未知に対する恐れ」の問題なのである。
(ミッシェル・ルイターズ、ティエリ・ジョルダーノ「紛争後/脆弱国家におけるプロジェクトファイナンス」)
 ヨーロッパ諸国は、第2次世界大戦時にアフリカに多くの植民地を保有していた。彼らにとっては、統治を通じて得られた現地体験に加え、地理的な近さもあいまって、アフリカでビジネスをすることにはそれほど抵抗がないのかもしれない。そのヨーロッパから見ても、上記引用文のようにアフリカは暗黒大陸なのである。まして日本企業にとっては、超暗黒大陸であろう。

 もちろん、一部の日本企業が非常に高い野心を持ってアメリカ市場を攻めるとか、競合他社との競争をいろいろと回避した結果アフリカに行き着いたとか、アフリカ市場の固有性に応えるような非常に競争力のある製品・サービスを持っているといった理由で、アフリカに進出することはあるだろう。しかし、日本企業がこぞってアフリカに進出するというのは、ちょっと違うというか、あまりにも時期尚早な気がするのである。

 (※)近年、中国がアフリカ諸国に積極的に投資をしている。日本も中国も、アフリカとの距離はほとんど変わらないのに、中国はどうしてアフリカに進出できるのだろうか?それは、制度的/政治的に見れば中国の共産主義政権とアフリカの独裁政治の間に共鳴する部分があり、一党独裁の下で限定的に資本主義を導入することで経済成長を遂げた中国モデルに、アフリカ諸国が憧れを持っているからであろう。ただし、中国式の開発は、アフリカの地域資源を破壊し、現地の労働力を使い捨てにするため、アフリカ各国から批判の声が上がっていると聞く。

 (2)アフリカの大部分の消費者は、いわゆるBOP(ボトム・オブ・ザ・ピラミッド)に属する。BOPというコンセプトは、ゲイリー・ハメルとともに「コア・コンピタンス経営」を提唱したC・K・プラハラードが提唱したものであり、年間2,000ドル以下で暮らす約40億人の人々が該当する。

製品・サービスの4分類(修正)

 最近よく使うこの図を再掲(以前の記事「日本とアメリカの戦略比較試論(前半)(後半)」などを参照)。それぞれの象限に該当する製品・サービスをもう少し補足する。

 (a)必需品である&製品・サービスの欠陥が顧客の生命・事業に与えるリスクが小さい=
 食品、衣料品、日用品、白物家電、不動産、飲食店、小売店、教育、ニュースメディア
 (b)必需品である&製品・サービスの欠陥が顧客の生命・事業に与えるリスクが大きい=
 自動車、輸送機器、産業機械、住宅、建設、医療、介護、製薬、IT(BtoBの基幹業務システム)、物流・輸送サービス、金融サービス(預金&貸出)
 (c)必需品ではない&製品・サービスの欠陥が顧客の生命・事業に与えるリスクが小さい=
 高機能家電(スマートフォン、PC、タブレットなど)、アパレルブランド、エンターテイメント(ディズニー、ピクサーなど)、テレビメディア、IT(BtoCのWebサービス〔Youtube、Facebook、Twitter、Instagramなど〕)、音楽、書籍、雑誌、観光、金融サービス(証券&保険)

 (※)この製品・サービスの分類はまだ暫定版であり、今後追加&修正を施す予定である。

 BOPというのは、基本的なニーズが十分に充足されていない層のことである。言い換えれば、上記の(a)の象限に該当する製品・サービスが十分に行き渡っていない。BOPビジネス戦略とは、先進国のグローバル企業が、積極的にこの象限(a)を攻めようというものである。

 だが、思うに象限(a)は、基本的には現地企業が担うべきである。新興国や途上国においては、象限(a)で例示した製品・サービスの分野で外資規制がかかっていることが多い。なぜなら、新興国や途上国にとって象限(a)は、他の象限に比べるとビジネスの難易度が比較的低く、経済発展の出発点となるからである。新興国などでは、まずは象限(a)で多くの現地企業を生み出し、その中から十分な富を蓄積した企業が象限(b)(日本やヨーロッパが強い)や象限(c)(アメリカが強い)に進出する、というシナリオを描いている。

 象限(a)を現地企業が担うのは、安全保障の観点からも意味がある。前述のように、象限(a)は国民の大多数を占める貧困層の基本的ニーズを満たすものである。それを外資企業が供給する場合、万が一外資企業が戦略転換によって現地から撤退したら、供給がストップしてしまう。外資企業は経済的な利得に従って行動したまでであり、それによって現地が困窮しようとも彼らには関係ない。そうならないようにするためにも、象限(a)を現地企業に担わせ、保護主義的な政策でガードする代わりに、簡単には撤退させないという牽制を働かせることは重要である。

 BOPビジネスというのは、(プラハラードのコンセプト自体は素晴らしかったのかもしれないが、)実際には先進国のグローバル企業が新興国や途上国の経済発展のシナリオを挫き、貧困層からなけなしの所得をかすめ取っているだけかもしれない。20世紀を振り返ると、国内の生産能力が過剰になった先進国は、新たな市場として植民地を開拓し、先進国でだぶついていた製品を現地人に大量に売りつけた。これがいわゆる帝国主義である。BOPビジネスという名で現実に行われていることは、帝国主義の亜種であるというのは言葉が過ぎるであろうか?

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