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2015年09月18日
『ブルー・オーシャン戦略のすべて(DHBR2015年10月号)』―ブルーオーシャン戦略で役立ったのは「戦略キャンバス」だけ、他
ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2015年 10 月号 [雑誌] ダイヤモンド社 2015-09-10 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
[新版]ブルー・オーシャン戦略―――競争のない世界を創造する (Harvard Business Review Press) W・チャン・キム レネ・モボルニュ 入山 章栄 ダイヤモンド社 2015-09-04 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
(1)チャン・キムとレネ・モボルニュが提唱した「ブルー・オーシャン戦略」に関する特集。10年近く前に2人の著書を読んだ時、率直に言って一体何が新しい考え方なのかよく解らなかった。本号の論文によると、学術界での貢献はほとんどなかったようだ。
「これだけ有名になったコンセプトであれば、経営学界や研究者の中でさぞかし注目を集めただろう」。そう思われる方もいるかもしれないが、答えは「ノー」である。(中略)少なくとも私が知る限り、A、Bクラスの論文で「ブルー・オーシャン」をメインテーマとして取り上げた例は皆無である。引用すらほとんどされていない。つまり、MBAの授業で取り上げることはあっても、研究テーマとしてはまったく無視されていると言ってもよい。個人的に、ブルー・オーシャン戦略で有益だと思ったのは、「戦略キャンバス」ぐらいである。これは、横軸に顧客にとっての価値(競合他社との差別化要因)を10個前後並べ、縦軸にそれぞれの要素の大小などをとって、自社と競合他社の製品・サービスの特徴を視覚的に比較できるようにするアイデアだ(以前の記事「「ものづくり補助金」申請書の書き方(例)(平成26年度補正予算「ものづくり・商業・サービス革新事業」)(3)」で少し触れた)。
(清水勝彦「再構築主義で新たな価値を生み出す 経営学から見るブルー・オーシャン戦略」)
自社と競合他社の製品・サービスを比較するアイデアとしては、マーケティング論における「ポジショニング・マップ」が挙げられる。これは、2つの顧客価値(差別化要因)の軸でマトリクスを作り、自社と競合他社の製品・サービスをマッピングする技法である。しかし、実際にポジショニング・マップを作ってみて感じることなのだが、製品・サービスが同じ象限にたくさん重なりすぎて、結局何が言いたいのか混乱することがある。
解りやすい例として、ビールやコーヒーチェーンのポジショニング・マップを見てみよう。ビールの事例では、「キレ―コク」、「さわやか―苦味」といった2軸でマトリクスを作る。だが、世の中にあまたあるビールをこのマトリクスにマッピングすると、マトリクスがぐちゃぐちゃになる。コーヒーチェーンの事例では、「高価格―低価格」、「食べ物中心―飲み物中心」といった2軸を使う。しかし、ドトーラーである私がドトールを選ぶのは、リーズナブルなデニッシュがあるからであり、Tポイントカードが使えるからであり、机がスターバックスなどに比べて広いからである。要するに、ポジショニング・マップの2軸だけでは、顧客価値を全て表現するのが困難なのである。
その点、戦略キャンバスは、やろうと思えば顧客価値(差別化要因)を横軸に際限なく並べることができる。最近はどの業界でも競争が激しくなっているから、たった1つや2つの要素で競合他社と差別化することは難しい。それよりも、競合他社と比べて少し優れているポイントを豊富に揃える、言い換えればちょっとの差別化をたくさん積み重ねる方が現実的であるように思える。戦略キャンバスは、そういった差別化戦略を可視化するのに有効である。
だが、もっと言えば、戦略キャンバスですら特段目新しい手法ではない。私は前職のベンチャー企業(コンサルティング・教育研修事業)でIT業界の顧客を長く担当させていただいたのだが、IT導入を検討している企業は、複数のITベンダーからの提案に基づいて、機能比較表を作成するのが通例である。機能比較表とは、その企業がIT導入に際して重視するポイントを列挙し、それぞれの項目について各ITベンダーを◎、○、×などで評価する方法である。ここで、◎、○、×の代わりに折れ線グラフを使えば、戦略キャンバスになる。
ブルー・オーシャン戦略は、競争の激しいレッド・オーシャンを避けて、未開拓・非競争の新市場=ブルー・オーシャンを創造することを狙っている。チャン・キムらの著書では、任天堂のWiiやシルク・ドゥ・ソレイユなどが紹介された。しかし、周知の通りWiiはスマートフォンゲームに押されて凋落気味であるし、シルク・ドゥ・ソレイユは中国資本に売却されてしまった。ブルー・オーシャンは決して永続的なものではなく、やがて競合他社が参入してレッド・オーシャンになるとチャン・キムらは警告していたが、私はブルー・オーシャン戦略はそれ以上に「劇薬」であると感じる。
上図の見方の詳細は「『稲盛和夫の経営論(DHBR2015年9月号)』―「人間として何が正しいのか?」という判断軸」などをご覧いただきたいのだが、ブルー・オーシャン戦略とは、左上の象限を狙う戦略である。アメリカ企業が得意とするこの象限では、イノベーターが世界標準の単一な新製品・サービスを考案し、グローバル規模で一気に販売して巨万の富を得る。しかし、その製品・サービスが世界中に普及すると、「終わりが始まる」。つまり、企業はその使命を終えたとして、衰退に向かうのである。企業は富を減らさないように、自社株買いによって株価を上げたり、配当を増やしたりして株主に報いる。たとえ2匹目のドジョウを狙っても、1匹目の時に蓄積したコア・コンピタンス(組織能力)がコア・リジリティ(硬直性)となるため、2匹目の獲得は難しい。
任天堂はWiiによって劇薬を飲んでしまったと思う。ブルー・オーシャン戦略は、企業の永続性を目指す従来の戦略とは正反対の概念かもしれない。ブルー・オーシャン戦略を採用する企業は、一発で劇的な成功を収めて、その後は晩節を濁さないうちに上手く撤退するのが掟である。果たして任天堂にそのような戦略が実行できたであろうか?
(2)
開発した技術が当初の用途に使えなかったとしても、技術さえ磨いき続けていれば、高性能かつ高機能であることが要求される最先端の用途が追いかけてくるという経験を重ねてきました。
(日覺明廣「【インタビュー】なぜ長期的な技術開発ができるのか 東レ:市場は後からついてくる」)
私たちの提案する素材の機能性を正当に評価してくださり、それを自社製品にしっかりと活かせるパートナーであることを重視します。とはいえ、お客様が喜ばない開発をしても意味がないので、最終的にはパートナー企業と一緒に生み出す形が理想だと思います。ユニクロと共同開発したヒートテックが顕著な例でしょう。(同上)東レの考え方は興味深かった。1つ目の引用文には、「技術開発を続けていれば後から市場ができ上がる」という技術中心の思考が見て取れる。2つ目の引用文では、顧客のことをパートナーと呼んでいる。パートナーという言葉は、「私は普段、相手を下に見ているのだが、君だけは私にとって特別な存在であるから、パートナーとして扱ってあげよう」といった意味を持つ。つまり、力関係が上の者が下の者に対して使うのが普通であって、力関係が下である供給業者(東レ)が、力関係が上である顧客(ユニクロ)に向かって使うのは、本当は失礼である。
東レは素材企業であり、産業全体のバリューチェーンで見れば川上に位置する。一般的な戦略立案・マーケティングの手法は、主に川下の企業の分析を土台にしている((1)で挙げた図も川下の企業を想定している。逆に言えば、川上の企業を上手くカバーできていないという問題がある)。だが、川上の企業には、川下の企業とは違った流儀があるのかもしれない。その違いが、上記のインタビューに表れているのだろう。この点を深掘りし、川上の企業にとって有益な戦略・マーケティングの考え方を整理することが、私の今後の課題である。
随分昔に商社と一緒に仕事をさせていただく機会があった。面白いことに、商社の人たちは必ず「最初に供給源を押さえる」という発想をする。「最初に需要を押さえる」のが戦略のセオリーであるにもかかわらず、である。これも、川上企業に特有の現象と言えるだろうか?
(3)
ここでは経済主体となる3つの集団―事業主、労働ブローカー、販売業者―がインドの手織り絨毯産業を支配し、三社の相互に結び付いた利害関係によって、児童搾取から利益を得るという極めて醜悪な均衡状態が保たれているのだ。(中略)状況を変えることができるのは、奴隷労働で生産された絨毯の購入を拒否する知識を持った消費者であると。(中略)サティーアーティは、この老女と同じような人々が大勢おり、彼らを啓蒙すれば搾取による生産物を避けてきちんとつくられた製品を優先的に買ってくれるようになるだろうと気づいた。「持続可能な経営」が重視されるようになって久しいが、旧ブログの記事「持続可能な経営に最も必要なのは”顧客の意識改革”かも?―『「チェンジ・ザ・ワールド」の経営論(DHBR2012年3月号)』」でも書いたように、結局のところ実現のカギを握っているのは顧客の意識であると思う。この論文では、社会起業家が顧客を啓蒙する役割を果たしているけれども、もっと直接的に、企業こそが顧客を啓蒙する中心となるべきなのかもしれない。
(ロジャー・L・マーティン、サリー・オズバーグ「顧客や政府を巻き込み、イノベーションを購入する 社会起業の持続可能性を高める法」)
企業は顧客を甘やかしすぎた。企業がどんなに努力しても、顧客は「もっと早く、もっと安く、もっとよく」と注文をつけてくる。「顧客は神様である」という上下関係を律儀に守る企業は、自社の社員や外注先、地域社会、地球環境に無理な負担をかけて顧客のニーズを満たしてきた。
だが、これからの企業は、「我が社の社員にこれだけの給料を支払うためには/我が社の外注先に正当な対価を支払うためには/地域社会の他の組織との関係を良好に保つためには/地球資源を浪費しないようにするためには、こういう価格・納期・品質の製品・サービスになる」とはっきり言うことが重要になるだろう。顧客から企業へと下に向かう一方的な力だけでなく、企業から顧客へと上に向かう力が必要である。それは、社会学者・山本七平の言葉を借りれば、階層社会における「下剋上」と呼べるに違いない(以前の記事「山本七平『山本七平の日本の歴史(上)』(2)―権力構造を多重化することで安定を図る日本人」を参照)。
余談だが、(1)でコーヒーチェーンに触れたので、ここでも少しだけコーヒーチェーンの話をさせていただく。驚くべきことに、だいたいどのチェーンでも、顧客がコーヒーを誤ってこぼすと、店員が顧客に席の移動を促した上で新しいコーヒーを提供し、その後でこぼれたコーヒーを掃除する、という決まりになっているようだ。しかし、顧客がコーヒーをこぼしたのは、顧客の不注意が原因である。それによって、店側は1杯分の料金で2杯のコーヒーを提供することになる。お店の売上ロスによって、大げさかもしれないが、コーヒー豆の供給業者にしわ寄せが行くかもしれない。
企業が顧客を甘やかす結果、持続可能な経営ができなくなるというのは、こういう事例が大規模で慢性的に生じる場合を指すのだろうと思う。