プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2015年11月20日

『習近平の蹉跌/中韓の反日に汚される世界遺産(『正論』2015年11月号)』―右派と左派の違いに関する試論


正論2015年11月号正論2015年11月号

日本工業新聞社 2015-10-01

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 教室や世間で口にされている「平和と民主」そして「進歩とヒューマニズム」に関連するきれい事の文句がすべて彼(※この記事は、西部邁氏が自身の少年時代を振り返っているものであり、彼とは西部氏のことである)には気に入らなく、それに唱和するよう強いられると、吃音がいっそう悪化するという具合なのであった。平和は「負けて静かになること」であり、民主は「愚論が罷り通ること」であり、進歩は「新しいものにはむやみにとびつくこと」であり、ヒューマニズムは「人間へのオベンチャラを述べること」としか少年には思われなかったのである。
(西部邁「ファシスタたらんとした者 「敗北」を目の当たりにした少年の「鬱勃たる憂鬱」」)
 稚拙ながら、右派と左派に関する私なりの理解を、左派を中心にここで整理しておく。左派の根底にあるのは、唯一絶対の神と人間との関係である。左派は、人間が神と直接つながることを目指す。そのため、神と人間の間に存在するあらゆる階層を敵視する。

 日本では考えられないことだが、アメリカでは大企業や政府に対する国民の信頼度が定期的に調査されている。アメリカ人は潜在的に大企業や政府に対して不信感を抱いており、できることなら大企業や政府がなくなればよいと考えるためだ。アメリカ人は教育機関に制約されることも嫌う。学校の教育内容に賛同できなければ、学校を拒否して家庭内教育を選択する。だが、その家庭においても、親が子を、男性が女性を束縛することを左派は批判する。急進的な左派は家庭すら解体しようとする(日本で言えば福島瑞穂氏など)。

 左派は現在の社会構造を階級対立でとらえる。そして、闘争を通じて階級を撤廃し、極限まで平等を志向する。社会主義においては、労働者が資本家を打倒し、国家という枠組みも取っ払って、全世界の人々が世界市民として連帯する社会が理想とされる。全ての人間は平等に政治に参画する。そこで、意見集約のメカニズムとして民主主義が選択される。

 左派の立場は、完全無欠の神が自分に似せて人間を作ったのだから、人間もまた完全であるというものである。確かに、現実の人間は何かと不完全であるように見える。しかし、潜在的には完全性を内在しているのであり、やがてはそれが発露すると考える。人間が信仰を厚くすれば、神とつながり、完全性を表現できるというわけだ。近代の啓蒙主義は信仰の非合理性を説いたが、個人的には、啓蒙主義によって理性の合理性に目覚めた人間が、絶対的な神と手を取り合って、同盟関係を一層強固なものとしたように感じられる。

 左派の人たちは、人間の合理的理性を信じる一方で、技術に対しては懐疑的である。大量生産技術が高度化すると公害を持ち出し、原子力発電所が建設されると健康被害を持ち出し、ロボットが普及し始めると雇用の喪失を持ち出すなどして、何かと新しい技術に抵抗を見せる。技術は知識の集合であり、知識は力の源泉である。よって、技術を持つ人は他の人に比べて優位な立場に立つ。この上下関係が左派には許せないのである。だから、かつての急進派は、進取的な技術が次々と現れる工業社会を捨てて農業社会に戻れと主張したこともあった。

 こうなると、左派は進歩主義と呼ばれるのに、本当に進歩的なのかどうか怪しく思える。左派の究極の理想を端的にまとめるならば、経済的には技術革新を捨てて全ての人々が平等に農作業にいそしみ、政治的には全員が完全な理性を発揮し、連帯して意思決定する原始経済・民主主義社会となるだろう。いや、左派の人々は心の底から連帯を望んているのかさえ、私は疑問に感じることがある。前述の通り、個々の人間が完全性を獲得するのは、神との関係を通じてであり、他者との関係は考慮されない。真の左派はお互いに疎外されているのではないかと思う。

 以前の記事「高橋史朗『日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと』―戦後の日本人に「自由」を教えるため米ソは共謀した」でも書いたが、かつてGHQにはソ連のスパイがいたと言われる。そして、アメリカもどうやらスパイの存在には気づいていたらしい。GHQ主導で進められた戦後の教育改革にソ連の共産主義が大きく影響しているのは、米ソの共謀関係があったためではないかと考える。冷戦しか知らない私などからすると、アメリカとソ連が手を組むというのがどうも信じられなかった。さらに言えば、第2次世界大戦でアメリカとソ連が同じ連合国として戦った理由もよく解らなかった。

 だが、これまで見てきた左派の整理に従うと、アメリカもソ連も、個人の政治的な自由を重視し、社会として民主主義を追求する点では共通している。これが、両国を結びつけた理由なのかもしれない(民主主義の対極にあるファシズムは、両国の共通の敵となった)。戦後、両国が対立したのは、ソ連が独裁主義になり政治的自由が失われたことが大きいだろう。また、経済面でも、私有財産を認める、すなわち経済的な自由を認めるアメリカと、財産は国家の共有とする、すなわち経済的には不自由なソ連との違いがあまりに大きくなったことも影響しているに違いない。

 左派の話が長くなったが、最後に右派に触れておく。左派と比較した場合の右派の特徴は、①階層関係を肯定する、②人間の不完全性を前提とする、③他者との関係を重視する、などである(詳しくは、以前の記事「山本七平『帝王学―「貞観政要」の読み方』―階層社会における「下剋上」と「下問」」を参照)。保守的な日本人は合理性が限定され、限定的にしか政治に参加できない。日本の民主主義は未熟だと批判されるが、それは致し方ないことだ。日本人は民主主義よりも権威主義の方が親和性が高い(以前の記事「加茂利男他『現代政治学(有斐閣アルマ)』―「全体主義」と「民主主義」の間の「権威主義」ももっと評価すべきではないか?」を参照)。

 以前の記事「山本七平『危機の日本人』―「日本は課題先進国になる」は幻想だと思う、他」で、日本社会を多面体にたとえた。この話をもう少し続けると、その多面体の各頂点は柔らかい針金で結ばれている。特定の頂点を引っ張る、つまりある人がリーダーシップを発揮して何か変化を起こそうとしても、その頂点は他の様々な頂点と針金でつながっているため、引き戻されてしまう。現状維持の抵抗勢力が働くという意味で、保守的である。

 しかし、何度か頂点を引っ張れば、針金の方が根負けして多面体の形が変わる。それでも、針金は最後まで反作用を及ぼすため、多面体は頂点の作用が意図した形とは違う形に変形する。この比喩から導かれるのは、日本社会は暫時的にしか変化させることができないということ、そして、必ずしもリーダーの意図した通りの結果にはならないことが多い、ということである。

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